週末にすずかの家を訪れる俺、玄関で出迎えてくれたメイドのファリンさんに先導されて月村家の中を進む。
しばらく後について歩き、ファリンさんは一つの部屋の扉の前で声を掛けた。
「すずかちゃーん、雄介君をお連れしましたー」
言って一拍待ってから、扉を開けるファリンさん。
ちなみにファリンさんは、すずかの家の使用人と言うわけでは無い。
すずかの家の使用人の中でも、すずか個人付きのメイドがファリンさんだ。
…大して違いは、無いとは思うけど。
「おっす、アリサにすずか」
「雄介君、いらっしゃい」
「なのはは、一緒じゃないの?」
部屋に入れば壁の一面がガラス張りのその部屋で、すでにアリサとすずかがお茶を嗜んでいた。
俺の挨拶には、すずかだけ返答をくれる。
アリサの奴は、挨拶も無しにいきなり何を言っているのか。
いやまぁ、一緒に来ないかは誘ったけどさ。
「なのはなら一応誘ったけど、恭也さんと一緒に来るって言ってたから、後で来ると思うぞ」
「へぇ…」
…何だその口元の笑いは、恭也さんと一緒なら別に俺が一緒に来る理由も無いだろうが。
別に、がっついたりしたくないとか、そういうわけでも無い。
無いからな、絶対。
「あ、雄介君? お茶は何が良いですか?」
「あー、ファリンさんにお任せします」
「解りました!」
飲み物はファリンさんにお任せ、と言うのも実はあったかい飲み物が割りと好きじゃないからだ。
すずかの家でお茶と言えば、基本的に紅茶と言うか、まぁ暖めた飲み物。
美味しいんだけど、好みじゃないのでお任せ。
って、それはどうでも良い。
取りあえず移動して、一面ガラス張りの壁を背中にする席に着く。
割と強く日が差し込んでいるので、この席に座ったら背中が熱いだろうから、なのはがそんな事にならないように先に座っておくとしよう。
席順は、俺から見て右側にアリサで左側にすずか、なのはが来たら俺の正面に座ることになるな。
ってか、席の周りのネコたちが凄い邪魔なんだけど。
今にも踏みそう、と言うよりも足元にじゃれついてこられるのがどうにも気になる。
「そういえば、アリサ?」
「?…何よ、雄介?」
ネコをどうにか避けながらの俺の呼びかけに、口元に持ってきていたカップを少し離して応えるアリサ。
アリサの飲み方は、ソーサーを片手に持った上品な飲み方で、それがまた様になっているのが、コイツがお嬢様なのだと理解させられる。
普段の行動とか、そうでも無いのに。
…特に、俺をからかってきたりする時とかな!
「いや、そういえばなのはを呼ぶのは良いけど、何か元気付ける案でもあるのか?」
「ないわよ?」
呼ぶだけ呼んで、特に案は無しなのだろうか?
もしくは、単に俺が知らされてないだけ…って、何?
「…無いのか?」
「あるわけないじゃない、原因も解ってないのに」
「いや、それはそうだけど…」
何のプランも無しって、それは今日の集まりが無駄になったりしないだろうか?
なのはが元気にならなければ、意味が無いわけだし。
「あ、今アンタ今日の集まりが無駄になるとか思わなかった?」
「え、あー…まぁ、少しは」
俺が正直に言うと、思いっきり呆れたような顔をするアリサ。
何だよ、目的が達成出来てない以上は無駄とも言えるだろうが。
だがアリサはこれみよがしに溜息を吐き、
「あのねぇ、無駄になるわけがないでしょ?」
「何でだよ?」
「友達が集まるのに、無駄も何もあるわけないじゃない?」
一瞬、言葉に詰まってしまった…それは、確かにそうかも知れない。
だけどそれは、無駄にならないだけなんじゃないだろうか?
そう思って、それを言うのは嫌味では無いかと思うが。
「…だったら、なのはが元気にならなかったら、意味が無いって事だろう?」
言わずには居れず、つい言ってしまった。
言った直後に、何でこんな事を言ってしまったのかと悔やむが、既に後の祭り。
(何言ってんだ俺は…こんな、揚げ足取りみたいな事を…)
内心で、小学生の女の子相手に馬鹿なことを言ったと自分で自分を罵る。
もちろん、こんな事を言われた本人のアリサは、自分のやろうとした事にこんな事を言われて、怒るか呆れるかするのだろう。
しかしアリサは、そんな俺の予想を裏切って、怒ることも呆れることもせずに、ただ一言だけ。
「意味なんて、要らないでしょ」
そう、何でもないことのように断言した。
俺はアリサの断言に、何にも言葉が出なくなってしまう。
手に持ったままだったカップを傾けて、アリサは少しだけ自分の口を潤して離す。
そして片目を瞑り、ニヤリと笑って見せながら。
「友達の元気が無いから、元気になってもらおうって単にそれだけの事よ? 意味なんて要らないし、友達同士で集まって少しでも元気にならないことがあると思う?」
良く考えれば、別に元気にならない事だってある筈だが、こう理屈ではない部分でアリサの言葉がその通りだと思う。
ついでに言えば、ものすごくアリサが男前だ。
意味なんて要らないと断言できたり、色々と格好良すぎるぞアリサ。
「大体、元気にならなかったら元気にする! それだけでしょ?」
「…全くもって、その通りだな」
「雄介は、何ていうか理屈っぽいのよね。 意味とか理由とか、無駄とかなんて友達同士で考える事じゃないわよ?」
何ていうか全てにおいて、完全にアリサの言うとおりだと思う。
今日の俺は、完全に負けたな。
きっと何をやったとしても、今日はアリサには勝てそうにない。
俺が女でアリサが男なら、惚れてたかも知れない…色んな意味で、仮定の段階で有り得ないけど。
「…お前って、格好良いなぁ」
「はぁ? どういう意味よ、それは?」
思わず呟いてしまった言葉に、アリサがものすごく不審そうな顔で聞いてくる。
気にするなと、愛想笑いで誤魔化そうと顔を逸らしてみれば、すずかが笑顔で俺たちのやり取りを見ていた。
その微笑がアリサの言葉への同意なら、俺はもう今度から子供を装うのは止めようか。
アリサ達のほうが、元大人の俺よりも潔く賢い判断が出来ているとしか思えない。
まぁ、今でも装えてる自信は無いんだけどな。
「面白そうな話をしてるのね、すずか?」
「あ、お姉ちゃん」
急に入ってきた声に向いてみれば、いつの間にやら部屋の入り口にはすずかの姉の、月村忍さんが居た。
口元を手で隠した、上品な笑い方で俺とアリサを見ていて、何とも楽しそうな表情で微妙に複雑な気分になる俺が居る。
イカン、あれと似た表情でのからかいを多数受けた所為か、あの笑顔が俺に対するものじゃないかと思えてきた。
そのからかいをしてくる人物、アリサは何時の間にカップを置いたのか、丁寧に忍さんへと挨拶をする。
「忍さん、お邪魔してます」
「あ、俺もお邪魔してます」
「えぇ、いらっしゃいアリサちゃんに雄介君?」
俺も続けて、忍さんに挨拶。
一応、この家にも何回か遊びに来たことはあるし、翠屋でも会ったこともあり、忍さんとは顔見知りくらいの関係だ。
忍さんはそのまま部屋へと入ってきて、空いていた俺の対面の席に座り笑顔のまま、
「今日は皆で…なのはちゃんを元気付けるための、集まりかな?」
そんな事を言った。
忍さんが知っているのは、直接なのはに会ったか…恭也さんからか。
もしくは、翠屋で働いてるときに他の人たちから聞いたかだけど。
「はい、そんな感じです」
「そっか、恭也もそんな事を言っていたから…皆、心配してるのね?」
「うん…なのはちゃんって、結構我慢して溜め込んじゃうから」
「そうねぇ…恭也もそんな感じだし、似た者兄妹なのね。 …雄介君は、特に心配かしら?」
「へ? いや、まぁ心配は心配ですけど…」
何故、そこで俺限定で聞くのか?
そう思って、ふと忍さんへ目線を向ければ、一瞬で疑問は解決した。
解決したというよりも、さっきの印象が正しかっただけなのだけど。
その表情は思いっきり笑顔で、俺をからかう時のアリサと完全にそっくりだった。
「あら、雄介君は特に心配してたんじゃないの~?」
めちゃめちゃ笑顔だよ、この人。
誰だ、この人にバラしたのは?
すずかか、いやすずかはこういうのはバラすタイプじゃない。
と、なればアリサか?
いや、アリサもわざわざ言うタイプじゃない…と思う。
ならば、一体誰だ?
「…ちょっと雄介、アンタ今誰がバラしたとか考えてない?」
「お前か!」
「いや、全然違うから」
アリサに指を突きつけるが、ペシっと叩き落された。
だがしかし、思いっきり俺の心を読んだようなタイミングだったぞ、今のは。
しかもアリサ、そんなに呆れたような顔をするなよ。
「あのねぇ、アンタは自分で思ってるほど、本心隠すの上手くないわよ?」
「…つまり?」
呆れたようなアリサの言葉に、何となく唾を飲み込んで往生際悪く訊ねる俺。
嫌な予感、嫌な予感しかしないぞ…いや、本当は何を言いたいかなんて予想付いてるけど。
だけど、信じたくないのだ。
それよりも忍さんは、笑顔をもう少し抑えて…何でそんなに楽しそうなんですか?
すずか、そんなに気の毒そうな顔しないでくれ…一つくらい、希望が欲しいから。
「ハッキリ言えば…親しい人の殆どにバレてるわよ? アンタがなのはを好きなこと」
「………マジ?」
「大マジよ。 ちなみに、誰もバラしてないわよ?」
アリサの言葉に、何となく予想してたけど呆然。
また飲み物に口をつけるアリサから、心密かに救いを求めてすずかに視線をやるが。
ついっと、ごくごく自然を装いながら、すずかは一度も俺と視線を合わせてくれなかった。
「…まぁ、学校で知ってる人は殆ど居ないから、安心しなさい?」
「いや、それで何を安心しろってんだ」
アリサの言葉には、ほぼ反射で返した。
学校で知られてないのは良いが、それ以外ではものすごく知られてるって事じゃないのかそれは。
言われて、言われて見れば何だかこう、そんな感じの対応を受けた記憶もごく最近…リアル世界樹の日に士郎さんからだ。
「…ちなみに、なのは本人にはバレてないだろう…きっと多分バレてない思いたいけど、高町家の皆さんには?」
「…さぁ?」
何故そこで言い渋るのか。
この場でのその反応は、高町家の皆さんにはバレてると思っても良いんだなアリサ。
それとも、最悪の場合はなのはにバレている!?
「あぁ、なのはは気づいてないわよ?」
「…そうか」
バレてないのを、悲しむべきか喜ぶべきか…喜ぼう、うん。
バレててあのなのはの態度なら、俺は完全に脈なしって事だし。
可能性が繋がった事に、今は喜んでおこう。
喜べ俺、でも落ち着け俺。
ちなみに忍さん、声を押し殺して笑わないでください。
すずかも、笑ってないで忍さんを窘めるとかしてくれお願いだから。
と、そこで部屋のドアをノックする音。
「失礼しまーす、雄介君のお茶をお持ちしましたぁ」
部屋へ入ってきたファリンさんが、出て行ったときには居なかった忍さんを見て少しだけ驚いたように見えたけど、一瞬だったので本当に驚いてたかは解らなかった。
取りあえず、ファリンさんからお茶を受け取ろうかな。
「ファリンさん、ありがとうございます」
「はい、どういたしまして。 あ、そういえばすずかちゃん、さっきお姉さまが玄関の向かってたので、多分なのはちゃん達が来たんだと思いますよ?」
「そうなの、ファリン?」
ファリンさんからの報告に、すずかが聞き返す。
ちなみにファリンさんの言うお姉さまとは、同じこの家の使用人のノエルさんの事だ。
聞いたところだとまだ二十代前半なのに、月村家のメイド長なんて立場にいる凄い人だ。
「あら、それじゃあ恭也ももう来たのね…」
「はい、そうだと思います」
忍さんの呟きに返答するファリンさん、とちょうどその瞬間に
ガチャリ
と、この部屋の扉の開く音、視線を向けてみればそこには俺たち全員の待ち人の姿が。
「なのはちゃん、恭也さん」
「すずかちゃん」
椅子から立ち上がって声を掛けたすずかに、なのはも表情を輝かせている。
その肩のユーノが、まるで一緒に挨拶するかのように鳴いていた。
「なのはちゃん、いらっしゃい」
「恭也、いらっしゃい」
ファリンさんもなのはに声を掛け、忍さんは恭也さんに声を掛けながら歩み寄っていく。
忍さんは恭也さんの目の前に立ち、恭也さんは一言。
「あぁ」
とだけ答えると、二人はおもむろに見つめあい始めてしまった。
恭也さんと忍さんは付き合っているらしく、すずかの家だったり翠屋で偶に同じ様な場面を見ることがある。
正直、羨ましいなぁと思うこと少々。
絶賛片思い中な俺だが、いつかはああなれると良いなぁと思う。
+++後書きとコメレス
アニメ一話分を一気に走り抜けるとか、無理だった!! でも、一週間に一度のペースは習慣づけたかったので、半分に分けることに…まぁここまでしか書けて無かったですけどね!ww
>紅猫さん
ありがとうございます、荒事無縁がこのお話ですww
確かに魔法の接点はありませんが、日常部分ではもう一年くらいは友達ですので結構付き合いは濃いはずですww 作者の十和も、恋の成就を願ってやまないですが…どうですかねぇww?
雄介は、ユーノの存在を知ってからしか行動を起こさないような気がするww