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No.1390の一覧
[0] 図書室。もしくはピーチクーパーライオン。[牧村](2006/04/26 15:51)
[1] Re:図書室。もしくはピーチクーパーライオン。[牧村](2006/04/26 19:02)
[2] 第三話「maguro strikes !!」[牧村](2006/04/27 19:03)
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[1390] 図書室。もしくはピーチクーパーライオン。
Name: 牧村 次を表示する
Date: 2006/04/26 15:51
 窓の外ではもの凄い勢いで雨が降っていた。

 その勢いは「俺は地球を青くしてやるぜ」という事実上の水攻めの如しであり、雨に歌えばなミュージカルとして成立し得る大豪雨だったことは筆舌に尽くしがたい。先日まで青かった空は梅雨を迎えて灰色になることを1日で了承し、図書室の外の階段を野球部が室内トレーニングと称して「1、2!1、2!」と上り下りしていた。
 全く持って煩わしい。
 
 受験が迫る秋から冬にかけて校内の図書室は塾や予備校に通わない受験生によって占領される場所になるが、まだ6月だと利用するのは純粋に読書が好きな人間か。あるいはうちのスーパー美人な司書教諭を見に来る連中だけだった。
 六人掛けの机が六つ存在するのだが、その2つにそれぞれ2人くらいが腰掛けているだけで図書室というのは案外寂れたものである。放課後になったら外に遊びに行くのが健全だろうとは思うが、もう少し忙しくなってくれても構わないよなというのが僕の意見ではある。
 簡単に言えば、とても暇なのだ。

 日常的に本を読む習慣があった僕はクラスで委員会を決める時には真っ先に図書委員になりたいとの決意表明を示し、楽チンそうだからと群がってきた有象無象をジャンケンによって千切っては投げた結果、勝利を掴めとばかりに繰り出したグーにおいてこの合戦で文字通り勝利を掴んだ。
 これで本当に本好きな人間と友達になれるかもしれないと喜び、恥ずかしながら小さなガッツポーズをした僕に
「よろしく」
と小声で声を掛けてきたのは図書委員の女子の方で決まったらしい、何だか小難しい顔をした少女だった。名前をヨウコさんと言った。苗字は武士俣(ぶしまた)という血が滾りそうなものであった為
「よろしく武士俣さん」と言うと
「苗字で呼ばないで。とても恥ずかしいから」と言われてしまったのだ。

 日常的に本を嗜む人間が必要とするのは一番に「面白い本」であり二番に「リラックスして読書できるふかふかの椅子」であり三番目に「読書好きな仲間」というのが僕の数少ない持論である。この理論に今まで反対意見は存在しなかったのだが、何を隠そう読書好きな人間が今まで僕の回りにいなかったのだから当たり前と言えば当たり前である。反論がないではなく、反論できる人間がいなかったのだ。
 そんな第三希望を叶える為に希望としたのが図書委員だった。たしかにクラスでも楽そうだからとこの役職を希望した人間がいたことを鑑みて、1学年7クラスだから合計21クラス。図書委員は42名。42人だよ42人。さすがにそれだけの人数がいれば、3人か4人くらいは本好きがいるかもしれないと思うのだ。
 そしてもし本当にそんな人間がいたのなら、読書好きは読書好きな仲間を求めるという持論から僕とその誰かさんは歩み寄っていけるのではないかと想像することは容易かった。

 うん、想像することだけは容易かった。いつだって行動は難しい。何てこった。


 図書委員になって2ヶ月。
 外は雨粒が猛威を振るって帰宅途中の学生を蛇蝎の如く打ちのめしていた。白い雨合羽を着たチャリンコに乗った高校生が雨と強風からか蛇行しながら頑張っている姿が窓から見下ろせる。
 カウンターに座りながらカート・ヴォネガットの「チャンピオンたちの朝食」をもう4回目ながらも再読していた僕は、ページに栞を挟んでから伸びをして背骨をリズムよくゴキャゴキャと鳴らした。ゆっくりと息を吐くとその音に気付いたのか図書委員の相方がこちらを見た。
 僕にとって誤算だったのは図書委員が基本的にクラスの2人で仕事をすることだった。考えれば分かることだったが、僕はもっと乱数的にクジ引き感覚でパートナーを決めて仕事に就くのだと考えていた。そうやって総当り的に皆と仕事をしていけば、きっと本好きな誰かと友達になれるなんて、はは、夢想していたのだ。砂糖菓子のように甘い考えだ。

 良かったことと言えば司書教諭が本好きだったことだろう。先生は毎日図書室に残って自分の仕事をしているので、平日に行っても世間話(本のことだ)をしてくれたし、仕事がある日もそれは同様だった。
 けれど先生は何をどう間違えたのか無駄に美人だったから、その分生徒の人気が高くて世間話をしに行っても先客が楽しそうに彼女と話していることが多かった。そんな時スゴスゴと逃げ帰る様は正しく敗残兵であり落ち武者であり格好悪いの一言だったのだ。未熟者の僕め!
 30歳に近い先生は草色をしたフレームの眼鏡をかけていて、大体の生徒は彼女を「眼鏡先生」とか「司書さん」と読んだ。僕はそんな親しそうに呼ぶことが恥ずかしかった為、いつも彼女を先生と呼んだ。
 基本的に担任も持たない司書教諭は普通の教師と違って、生徒たちに親しまれていたからそんな呼称をされていたのだろう。確かに笑顔が蜂蜜を舐めて笑う小熊みたいに可愛らしい女性であった。


 相方であるヨウコさんは酷く不思議な人で、いつも厭世的で気難しそうな顔をする人間だった。特定の誰かを嫌ったり面倒がっている様子ではなく、もっと漠然とした集合体として世界なんかを嫌ったりしているのかもしれない。だから基本的にヤル気がなかったし、よく寝てた。
 その雨の日も彼女は僕が伸びをしているを見てから、「枕ない?」と小声で言った。たぶん小声なのは声帯を震わせて大きな声を出すのも面倒くさいに違いないと僕は勝手に思っていた。

「枕?」
「寝たいの。よろし?」
「よろしくない」

 そう、その通りだ。よろしくない。
 幾ら図書室を利用する生徒が激少なくて、かつ僕たちは恐ろしく暇であり、図書室は墓場のように静かで、なおかつ野球部が外の階段を上り下りしている掛け声が遠く喧騒のように聞こえそれが子守唄に近いアルファー波でぐっすり快眠できそうでも、僕たちは仕事しているのだ。暇そうにしているのはいいけれど、図書委員がカウンターで爆睡ぶっこんでるというのは体裁が悪かろう。

「それより何か話でもしない?僕、すごく暇なんだよ」
「うん、嫌だ」
「……だよね!!」

 仕方ないくらい弱気な僕は、弱気を通り越して卑屈な態度でカウンターから出る。その足で大きい本がある本棚ゾーンへと向かい、『世界おもしろ動物図鑑』を2冊取り出してからまた元の場所へと戻った。
 それをヨウコさんに渡す。

「はい、枕」
「嫌に固いよこれ。ものすごく固い」
バコバコと手で図鑑の表面を叩き、バコバコなんて音がなる物体を私に枕として使わせるなんてユーはチャレンジャーね。という顔をしてヨウコさんは間接的にお怒りだった。
 相方として僕はご機嫌をとるべく実体験を話すことにした。

「僕はこの図書室の図鑑を全部枕として使用してみたんだけどね、伸縮性と中途半端な紙繊維の固さが『世界おもしろ動物図鑑』が最高の枕だと証明しているみたいなんだ。僕はそれで2時間寝たよ」
「ふむ、そうなのか?」
「起きると首が右に曲がらないくらい神経が痛むことを考えなければ、この図書室では2番目の枕だろうね」
「1番は?」

 彼女が首を傾けながらそんなことを訊いてくるので、僕はあらかじめ用意していた解答を返した。自分の膝をポンポンと叩きながら。

「僕の膝」
「生まれ変わるといいよキミは」
「すごいねヨウコさん、まるで1回死んだほうがいいって言ってるみたいに聞こえるよ」
「……おやすみ」
「……おやすみなさい」

 彼女はまた難解な顔をして、眉毛の角度を鈍角から鋭角に変えた後に呆れたように図鑑を枕に眠ってしまった。カウンターの後ろのスペースでは先生がパソコンに向かって真剣な顔でキーボードを滅多打ちしていたし、雨は相変わらずその猛威を弱める様子はなかった。
 僕はまた仕方がないかと思う。雨は降るものだ。ヨウコさんは寝るものだ。先生は忙しいものだ。仕方がない。そういうものだ。
 僕は「チャンピオンたちの朝食」を制服の裏ポケットにしまってから、尻ポケットに突っ込んであるサマセット・モームの短編集を取り出してその中の『雨』を読むことにした。

 聞こえる音は先生が打つキータイプの音と雨が歌うザーザーというノイズじみた声、まだ飽きずに肉体行使する素敵野球部の遠い喧騒と「すいません」と近くから聞こえる誰かの声だった。
 平和だ。とんでもなく。

「すいません」

 僕は家に帰ったら今年で9歳になる妹と何をして遊ぼうかと考え、それから何て無色な青春をしているんだと頭を振った。16歳の男が帰ったら妹と何をして過ごすか考えるなんて、誰か頭の中を覗く超能力者がいたら今頃そんな僕を腹かかえて笑っているに違いない。
 おいおいお前、遊び相手が妹かよー。とか。そんな風に。
 僕は念のために「お前に頭の中を覗かれているのは分かっているんだぞ!」と強く念じておいた。

「すいません」

 しかし家族大事にして何が悪いというのか。そもうちの妹はとてつもなく可愛くて優しくて「将来はね、お兄ちゃんとね、結婚するのきゃはー」と言いながら自分で「きゃはー」と照れてちゃうのだ。どうだ!

「すいませんっ!!」
「っ――はいっ」
「あのー、本を借りたいんですけど……」
「どうぞどうぞ、大歓迎ですえと……先輩」

 スリッパの色を確認するとどうやら一つ上の先輩のようで、何とも短いスカートをした女性が文庫本を持って立っていた。しかも持っていた本はやたらと長くて挫折確率70%を誇る鉄壁文学「カラマーゾフの兄弟」だった。
 いつかこの人とアリョーシャやイワン、スメルジャコフについて語り合える日はくるのだろうかと思いながら在籍番号とお名前を訊く。

「2114、七条(しちじょう)です。七条スズキ」
「あぁ、すずき。魚介類な名前ですね。うちの妹も魚介類ちっくなんですよ」
「はぁ」
「鮪と言いましてね。変わった名前でよくイジメられるそうなんですが」
「マグロちゃん、ですか?」
「えぇ、おっとありました。2年1組14番、七条さんですね」

 確認してから名簿にある七条さんのバーコードを機械に通し、それから文庫本のバーコードを通す。これだけで貸す手続きは終わりである。何とも軽やかにそんなことをしていると、先輩は横で寝ているヨウコさんの豪快な寝姿に感銘を覚えているのか少しだけ微笑んでいた。

「はい、終わりましたよ」
「ありがとうございます。それじゃあ」

 先輩は本を受け取るとお辞儀をしてから、何だか上機嫌そうに図書室を出て行った。
 時計を見るともうすぐ完全下校時刻になりそうで、僕はどうやってヨウコさんを起こそうか真剣に考えるのであった。
>たぶん、つづく……


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