<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.13860の一覧
[0] 俺と彼女の天下布武 (真剣で私に恋しなさい!+オリ主)[鴉天狗](2011/04/15 22:35)
[1] オープニング[鴉天狗](2011/04/17 01:05)
[2] 一日目の邂逅[鴉天狗](2012/05/06 02:33)
[3] 二日目の決闘、前編[鴉天狗](2011/02/10 17:41)
[4] 二日目の決闘、後編[鴉天狗](2009/11/19 02:43)
[5] 二日目の決闘、そして[鴉天狗](2011/02/10 15:51)
[6] 三日目のS組[鴉天狗](2011/02/10 15:59)
[7] 四日目の騒乱、前編[鴉天狗](2011/04/17 01:17)
[8] 四日目の騒乱、中編[鴉天狗](2012/08/23 22:51)
[9] 四日目の騒乱、後編[鴉天狗](2010/08/10 10:34)
[10] 四・五日目の死線、前編[鴉天狗](2012/05/06 02:42)
[11] 四・五日目の死線、後編[鴉天狗](2013/02/17 20:24)
[12] 五日目の終宴[鴉天狗](2011/02/06 01:47)
[13] 祭りの後の日曜日[鴉天狗](2011/02/07 03:16)
[14] 折れない心、前編[鴉天狗](2011/02/10 15:15)
[15] 折れない心、後編[鴉天狗](2011/02/13 09:49)
[16] SFシンフォニー、前編[鴉天狗](2011/02/17 22:10)
[17] SFシンフォニー、中編[鴉天狗](2011/02/19 06:30)
[18] SFシンフォニー、後編[鴉天狗](2011/03/03 14:00)
[19] 犬猫ラプソディー、前編[鴉天狗](2011/04/06 14:50)
[20] 犬猫ラプソディー、中編[鴉天狗](2012/05/06 02:44)
[21] 犬猫ラプソディー、後編[鴉天狗](2012/05/06 02:48)
[22] 嘘真インタールード[鴉天狗](2011/10/10 23:28)
[23] 忠愛セレナーデ、前編[鴉天狗](2011/04/06 14:48)
[24] 忠愛セレナーデ、中編[鴉天狗](2011/03/30 09:38)
[25] 忠愛セレナーデ、後編[鴉天狗](2011/04/06 15:11)
[26] 殺風コンチェルト、前編[鴉天狗](2011/04/15 17:34)
[27] 殺風コンチェルト、中編[鴉天狗](2011/08/04 10:22)
[28] 殺風コンチェルト、後編[鴉天狗](2012/12/16 13:08)
[29] 覚醒ヒロイズム[鴉天狗](2011/08/13 03:55)
[30] 終戦アルフィーネ[鴉天狗](2011/08/19 08:45)
[31] 夢幻フィナーレ[鴉天狗](2011/08/28 23:23)
[32] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、前編[鴉天狗](2011/08/31 17:39)
[33] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、中編[鴉天狗](2011/09/03 13:40)
[34] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、後編[鴉天狗](2011/09/04 21:22)
[35] 開幕・風雲クリス嬢、前編[鴉天狗](2011/09/18 01:12)
[36] 開幕・風雲クリス嬢、中編[鴉天狗](2011/10/06 19:43)
[37] 開幕・風雲クリス嬢、後編 Aパート[鴉天狗](2011/10/10 23:17)
[38] 開幕・風雲クリス嬢、後編 Bパート[鴉天狗](2012/02/09 19:48)
[39] 天使の土曜日、前編[鴉天狗](2011/10/22 23:53)
[40] 天使の土曜日、中編[鴉天狗](2013/11/30 23:55)
[41] 天使の土曜日、後編[鴉天狗](2011/11/26 12:44)
[42] ターニング・ポイント[鴉天狗](2011/12/03 09:56)
[43] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、前編[鴉天狗](2012/01/16 20:45)
[44] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、中編[鴉天狗](2012/02/08 00:53)
[45] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、後編[鴉天狗](2012/02/10 19:28)
[46] 鬼哭の剣、前編[鴉天狗](2012/02/15 01:46)
[47] 鬼哭の剣、後編[鴉天狗](2012/02/26 21:38)
[48] 愚者と魔物と狩人と、前編[鴉天狗](2012/03/04 12:02)
[49] 愚者と魔物と狩人と、中編[鴉天狗](2013/10/20 01:32)
[50] 愚者と魔物と狩人と、後編[鴉天狗](2012/08/19 23:17)
[51] 堀之外合戦、前編[鴉天狗](2012/08/23 23:19)
[52] 堀之外合戦、中編[鴉天狗](2012/08/26 18:10)
[53] 堀之外合戦、後編[鴉天狗](2012/11/13 21:13)
[54] バーニング・ラヴ、前編[鴉天狗](2012/12/16 22:17)
[55] バーニング・ラヴ、後編[鴉天狗](2012/12/16 22:10)
[56] 黒刃のキセキ、前編[鴉天狗](2013/02/17 20:21)
[57] 黒刃のキセキ、中編[鴉天狗](2013/02/22 00:54)
[58] 黒刃のキセキ、後編[鴉天狗](2013/03/04 21:37)
[59] いつか終わる夢、前編[鴉天狗](2013/10/24 00:30)
[60] いつか終わる夢、後編[鴉天狗](2013/10/22 21:13)
[61] 俺と彼女の天下布武、前編[鴉天狗](2013/11/22 13:18)
[62] 俺と彼女の天下布武、中編[鴉天狗](2013/11/02 06:07)
[63] 俺と彼女の天下布武、後編[鴉天狗](2013/11/09 22:51)
[64] アフター・ザ・フェスティバル、前編[鴉天狗](2013/11/23 15:59)
[65] アフター・ザ・フェスティバル、後編[鴉天狗](2013/11/26 00:50)
[66] 川神の空に[鴉天狗](2013/11/30 20:23)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[13860] バーニング・ラヴ、前編
Name: 鴉天狗◆4cd74e5d ID:3fa74a6c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/12/16 22:17
「ふむ。私としてはだね、君に対して一つ質問をしてみたいと思う所存なのだが」

「何さ。かの虞美人も気後れして帳に引っ込んじゃうこの美貌の秘訣なら――」

「君は殿の事が好きなのかね、明智君?」

「にゃっ!?」

 得意の口先で煙に巻いてやろうと軽い気持ちで備えていたところに飛んできたのは、何ぞ計らん、恐ろしいまでに剛速球のストレートであった。しかも完璧な不意討ちときたものである。智謀百出にして良知良能、機転に富み英知に溢れたこの私が、思わずキャッチし損ねてしまったのも道理というものだろう。全く以って危険球もいいところだ。

「にゃっ、では残念ながら回答として適切とは言えないな。それとも何だ、単に私が知らないだけで、最近の女子高生の間ではその奇妙奇天烈な発声が意思表示の手段として罷り通っていたりするのかね?もしそうなら済まないね、私はどうにも昔から世間の流行というものに疎いのだよ。とはいえ私も花の女子高生、近頃は努めて興味を持つようにしているのだが、なかなかどうしてこれが侭ならないものだ。クラスメートとのコミュニケーションを通じて若者文化を学習しようと試みると、何故か皆一目散に逃げ出してしまってね。やれやれまったく度し難い。いくら過去にちょっとばかりヤンチャをしていたからとは言え、現在の私が良識の塊と形容すべき人格の所有者である事実は変わらないと云うのに。過去を顧みるばかりで目の前の現実に眼を向けようとしないのは人間の悪癖だよ」

 口を挟む暇すら与えず一息に言い終えたかと思うと、思い出したかのように余計な一言を付け加える。

「――で、どうなのかね明智君、君は殿にメロメロ☆フォーリンラブなのかな?ん?」

「ああぁああもうストップ!ちゃんと答えるからとりあえずボリューム抑えてよ!本人に聴こえちゃうじゃないか!」

 話題の中心人物が今まさに目と鼻の先を歩いている状況で、その質問はどう考えても危険極まりないだろう、常識的に考えて。

 『忠告しておくが、くれぐれも奴を俺達の常識で測ろうとするなよネコ。無駄に疲れるだけだからな』――我がご主人こと織田信長の実感に満ち溢れた台詞が、今更のように思い出された。成程成程、これ以上ないほどに納得だ。

 げんなりとした気分を存分に味わいながら、私は自身の隣を悠々と歩く人物を見遣った。彼女の名は柴田鷺風、自称サギ。和装に仮装用マスクというトチ狂ったファッションセンスを披露し、得物を収納していると思しき二メートル以上の長大な布袋を担いで堂々たる足取りで街中を突き進む姿は、川神学園に巣食う変態どもと比較しても何ら見劣りするところがない。挙句の果てに“サギ仮面”などと自らを名乗って恥じ入る様子もない弩級の変人は、腹立たしい程に悠然と嘯いた。

「フフフ、そう狼狽える事もないさ。何せ私の見立てでは、今の殿は只管に前しか見ていない。私達の百花繚乱男子禁制ガールズトークなんて最初から意識の外に締め出していると考えて然るべきだよ。そうではないかね明智君」

「いやまあ、それは……、確かにそうかもしれないけどさ」

 口を開けば胡乱で頓珍漢な発言ばかりの癖に、妙なところで的を射ているのがまた腹立たしい。

 実際、私達のやや前方を歩く我がご主人は現在、周囲の様子など一切関知していないだろう。この先に待ち受けるであろう様々な事態を想定し、その過程で生じ得る無数の可能性を多角的に検証し、脳内に詰め込んだ幾多の情報を基に対応策を組み上げる――そんな気の遠くなるような作業に没頭している筈だ。それを証明するかのように、彼の黒尽くめの背中からは、鬼気迫る、と形容する他無い異様な雰囲気が漂っていた。

 日々のトレーニングに教科書の予習復習、和菓子漁りから格ゲー対決に至るまで、自身を取り巻くあらゆる物事に対し全力を費やして真剣で取り組むのがご主人の特徴だが、それにつけても今回は気合の入り方が違う。それも当然――織田信長にとっては正しく、今が天王山。決して失敗を許されない重大なミッションに臨まんとしているのだ。開幕の時がすぐそこまで迫っているこの局面で、益にもならない雑音をわざわざ気に留めたりするまい。

 故に、このサギなる人物の見解は確かに正しいと言えるのだが……だからと言って、幾ら何でも。無言の催促とばかりにじぃっとこちらを見つめる奇怪なデザインの仮面を呆れの目で見返して、私は嘆息を一つ落とした。いかに洞察力を働かせても思考回路が見通せそうにないこの手の人種は、どうにも苦手なのだ。

「って言うか、何でセンパイは今ここでそんなコト聞きたいのさ。ホントに状況判ってるの?空気読み人知らずなの?」

「無論、現在がシリアスシーンの真っ只中である事は重々承知しているとも。だがしかし私としては、こうしてピチピチの現役女子高生が二人並んでいるにも関わらず辛気くさく真面目くさった話に終始するというのは甚だ愚かしい事ではないかと思わざるを得ないのだよ。女子高生と言えばコイバナ、コイバナと言えば女子高生。私は至極普遍的な常識に則って現状に相応しい話題を提供したまでの話だよ。――で、願わくばそろそろ答えを聞かせて欲しいのだがね」

 私としては言外に回答を拒否したつもりだったのだが、残念ながらそんな風に迂遠な方法ではこの怪人物の追及は止められないらしい。こちらの顔面を押し潰さんばかりの勢いでぐいぐい迫ってくる仮面を両手で押し退けて、またしても溜息を一つ。昔は主従だったなら何とかしてくれないかなぁ、と半ば無駄を悟りつつも前方のご主人へと視線を送る。

 ……ご主人。織田信長、か。

 こうしてその背中を眺めていると、先程の不躾な質問の所為で改めて意識せざるを得なかった。本当のところ自分が、彼という人間を、どう思っているのか。

 ……。

 うん。私が思うに、彼と言う人間は欠点だらけだ。自己中心的で自意識過剰で自分語りが大好きで、どんな形であれ己が人に見下される事を善しとしない、とんでもなく負けず嫌いの俺様気質。そんな派手に捻じくれた性根に加えて、常日頃から必要があろうとなかろうと呼吸同然に嘘を吐き、何やかんやと理屈を付けて自分を正当化する術に長けている詭弁家ときたものだ。人をからかうのは好きな癖に、いざ自分が人にからかわれると全力で反撃に掛かる。意地も悪ければ性格も悪い。冷静に考えずとも絶対に友達には欲しくないタイプだった。仮に彼が本性を曝け出したまま学校生活を送っていたとしたら、私とてお近付きになりたくないと思った事だろう。

 他にも……ツッコミは厳しいし、素直にお礼の一つも言えないし、ちょっと引くくらい和菓子に煩いし、夜更かしして映画鑑賞しているだけで壁ドンしてくるし、朝は朝で布団をかっぱぐという陰湿極まりない嫌がらせをしてくるし、無闇やたらと説教臭いし、高二にもなって結構な邪気眼持ちだし。エトセトラエトセトラ、こうやって本格的に欠点を数え上げればキリがない。

 でも、だけど――そんな、どうしようもなくどうしようもない、私のご主人だけれど。

『俺を信じろ。頼って、任せてみろ』

 信念を宿した双眸が時折垣間見せる、燃えるような情動の眼差しに、醒め切って凍り付いていた心が溶かされるように感じた。

『約束しただろう?俺はお前の傍から居なくなったりはしない』

 鍛え上げられた広く逞しい背中に身を預けると、それだけで言い知れぬ安心感に包まれて、絶えず心を苛む孤独を忘れられた。

『くくくっ、大儀であったぞネコ!』

 満足気な笑顔と一緒に頭を乱暴に掻き回されると、丁重にセットした髪型が崩れる事も気にならないくらい、掌の温もりが心地良かった。ずっと虚ろで空しかった心の隙間が、孤独と疎外感で彩られていた空虚な過去が、掛け替えのない大切な想いで満たされていくような――それは夢のような充実感に溢れた、とても幸福な感覚。

 本当は臆病な上に主体性が無くて、その割に疑り深く、我侭で嘘吐き。そんな、どうしようもなくどうしようもない明智音子という人間の全てを、彼の前では素直に曝け出す事ができた。美濃の名家たる明智の令嬢ではなく、ねねという一人の少女として、現在いまの幸せを噛み締める事ができた。

 ……。

 私こと明智音子は常日頃から、魏の謀士こと賈文和を心の師とし、感情に左右されない冷徹な理性をこそ重んじている。その私がこんな――実体の無い曖昧な感傷に塗れた思考を是としてしまっている時点で、もはや誤魔化しようはないのかもしれない。どれほど欺瞞を重ねてきた大嘘吐きであろうと、自分の心に嘘は吐けないのだから。

 
 そう、きっと。

 
 きっと私は、どうしようもなく――彼に、恋をしているのだろう。


「さてさて君が一体全体いかなる破廉恥な妄想に耽っているのかは好き勝手に想像して楽しむ他無いが、出来ればそういう●●●●顔をするのは独りの時に限った方が良いと忠告させて貰おうかな。可憐な花とは散りゆく瞬間こそ美しいもの……つい襲いたくなってしまっても何ら不思議はないからね」

「え、なにそれこわい」

 最初から言動が(というか全てが、だが)怪しいとは思っていたが、まさかリリーな性癖の持ち主なのか。必要以上に距離を詰めてくる仮面が別の意味で危険性を帯びているように思えてきたので、私は全力で退避した。諦めたのか知らないが、幸いにしてそれ以上追ってくる事はなく、サギはそのままのペースで歩きながら飄々と肩を竦めてみせる。

「やれやれ、一応断っておくが私は同性愛者でもなければ少女趣味でもないよ。勿論愛の形は人それぞれであり世界にはいかなる愛であれ受容されて然るべきだと常々考えてはいるものの、私自身は至って一般的な感性を有する平凡で健全な女子高生だと胸を張って断言出来るね。いいかね、私は普通に男が好きだ。私は男好きなのだよ明智君」

「それはそれで普通に距離置きたくなる発言なんだけど」

「フフフ、まあいいさ。回答は既に貰ったのだからね。私はよく殿から鈍感だの節穴だのKYだのと謂れ無き誹謗中傷を受けるが――幾ら何でもあんな表情を間近で見せられて尚、何も察しないほど愚鈍ではないのだよ。まあ、あまり深く追求するのは野暮というものかな。私は引き際を心得ている佳い女と巷で評判なのだ」

「……お気遣いどうも。意外とまともな配慮が出来るんだね、ちょっとだけ見直したよ」

「で、Aまでは進展したのかね?いやいや同棲しているのだからAとは言わずB……否、もはやそんな生半可な境地を超越したすらも視野に入れねばならないか?ううむ、これは何とも知的好奇心が刺激されて止まないな。悩ましい、悩ましいぞ」

 悩ましいのはその頭蓋の中身だ。無駄に真剣な調子で謎の考察に励んでいるセンパイを丁重にスルーして、私は歩調を速めた。

「……ふむ。未だに出ないとは。まったく何処で何をしているやら。何にしても、私からの着信をガン無視とはいい度胸じゃあないか。どうしてくれようか馬鹿弟子め」

 知的好奇心(笑)を満たす為にしつこく追ってくるかと思ったが、ちらりと振り返ってみれば今度は携帯電話を片手に何やらぶつくさ呟いている。アクションといいリアクションといい“間”が独特に過ぎて、つくづく先の読めない人物だった。

 数秒ほど携帯の液晶に視線を落とした後、おもむろに彼女は顔を上げた。意図せずして、視線と視線が虚空で交錯する。私が自身の失敗を悟った時には、弾むような足取りで再び距離を詰めてられてしまっていた。不覚である。

「やあお待たせして済まないね明智君」

「一ミクロンも待ってないからお構いなくセンパイ。って言うかいい加減黙ってあっち行ってくれないかなぁ。どうせ私は何も答える気ないんだからさ」

「む、それは困るな。それは実に困る。私としては君にどうしても訊いておきたい事項があと一つだけあるのだが」

「はぁ……、じゃあ次がラスト・クエスチョンふしぎ発見!ってコトでよろしく。ちなみに質問によっては断固回答拒否させてもらうからそのつもりで」

 恋だの愛だのとそういったモノは、独り自分の胸の内にしまい込んでおくならともかく、他人から無遠慮に詮索されるのは真っ平御免だった。

 と言う訳で、またしてもデリカシーの欠けた質問が飛んでくるようなら師匠直伝のボッシュート(※ボ、と空気を唸らせながら頭部を粉砕する上段蹴り)を叩き込んでやるつもりでいた私だったが、幸か不幸かその目論見は不発に終わった。サギがこれまでになく真面目な語調で口にした質問は、私の想定していなかった種類のものだった。

「――私が闘う、理由?」

「うむ。君という人間が此度の闘争に身を投じる動機を、私は知りたいのだよ。……これより刃を交える敵手は正真正銘、血に塗れた“裏”の住人だ。陽光の下にて平穏に暮らす一般人とは元来無縁である筈の存在。私と違って暴力の匂いを纏わない君のような少女が、自ら望んでそんな連中との闘争に赴く以上、其処には何かしらの“意志”が在って然るべきだろう?私は、その内実を把握しておきたい。――無論、回答を強要はしないが、叶うならば答えて欲しいと願う所存だ」

「…………」

 ふざけた仮面の所為で相変わらず表情は窺えないが、しかしその声音は疑いなく真剣さに満ちたものだった。ならば彼女にとって、先程の質問は本当に重要な事なのだろう。その雰囲気から蔑ろにしがたい何かを感じ取って、私は思考を改めながら彼女を見遣る。

 この柴田鷺風という風変わりなセンパイとは、余計な雑念を取り払って本気で向き合わなければならない――何故か、そう思ったのだ。

「……理由。理由、か」

 私が、明智音子が闘う理由。己の未熟を悟りつつ、敵の脅威を知りつつ、それでも命懸けの闘争に身を投じる動機。言外に参戦を思い留まらせようとしていたご主人の意に反してでも、私がこうして戦場へと赴かなければならなかった理由。わざわざ胸の内を浚って見出すまでもなく、答えは判り切っていた。

「私には、責任があるから」

「責任?」

「……ランを、追い詰めちゃった責任さ。今の事態を招いた原因の一端を、私は間違いなく担いでるんだ」

 正確には――私の存在そのものが、森谷蘭という少女の精神を掻き乱し、少なからず心の均衡を喪わせた。勿論、彼女が暴走に至った根本的な理由自体は別のところに在るが、しかし私がトリガーの一つとして機能してしまったのは確実だろう。ひたすらに“織田信長の従者で在ること”を精神の拠り所としてきたランは、自身の領域に這入りこんで来た私という存在を、いかに受け止めていたのか。

『主がお気に召したのも理解できる気がします。正直に言わせて貰うと、ちょっと、妬けちゃいます』

 思い返してみれば――初めて出遭った時から、ランの内面は揺らいでいたのかもしれない。私という新たな“手足”がご主人の手足として活躍を重ね、彼との精神的な距離を縮めていくに従って、彼女は自身の存在意義を疑い始め、己が居場所を脅かされる事への不安を募らせていった。だからこそ――ランはあの時、私を殺そうとした●●●●●●●●●●●●●●●のだろう。もしも学長の介入が無ければ、きっと私はあのまま無惨に斬られていた。欠片の容赦も無く叩き付けられた漆黒の殺意は、紛れもない本物だったから。全身を駆け巡った怖気が鮮明に蘇って、私は身震いする。普段の温和な笑顔の名残が掻き消えた冷酷な双眸は、拭い得ぬ恐怖を私の心身に刻み込んでいた。

 それでも。どんなに怖くても、見ない振りをして逃げ出したら、私は二度とランと向き合えなくなる。

「私は責任を取らなくちゃいけない。私という小石が生み出した波紋を、収めなくちゃいけないんだ。ランの為にも、ご主人の為にも、私自身の為にもね」

「ふむ。だがその件については、他ならぬ殿が――」

「うん、それは分かってる。ご主人が私を従者にスカウトしたのは、まさしくその“波紋”を求めた事も理由の一つなんだって。……だけどやっぱりそんなコトは無関係に、私は闘わなきゃいけないと思う。少なくとも私が現れなければ、ご主人とランがこんな最悪の状況で再会するコトだけは無かったんだからさ」

「……贖罪か。成程、それが君の理由、君の“意志”という訳だね。責任感に罪悪感に義務感。ふむ――」

 私の回答にどのような感想を抱いたのか、サギは軽く首を捻って、何事か考え込んでいる様子だった。

 数秒の沈黙を経て再び口を開いた彼女の言葉を遮ったのは、研ぎ澄まされた刃物の如く鋭利な声音。

「――接敵まで僅かだ。ネコ。サギ。お前達は手筈通り、気配を絶ち所定の位置に付け」

 歩みは止める事なく、後ろを振り向く事さえしないまま。一切の感情の色を窺わせない、無機質な語調でご主人が指示を飛ばす。

「サギ。お前の隠行は些か粗末に過ぎる。不用意に距離を詰めれば、彼奴らに気取られよう」

「ふむ、了解したよ。何せ私は殿と違って、慎ましく氣を抑えるという繊細な行為がどうにも苦手で仕方が無いからね。フフフ、“昔”に較べればこれでも格段に抑えが効く様になったのだから寛大な心で勘弁願いたいな」

 特に悪びれた様子もなく飄々と答えると、サギはこちらに向き直った。

「――さて、大変名残惜しくはあるが時間切れならば致し方なし。話の続きはこの面倒極まりない事態が片付いてからにしようではないか明智君。私としては君と語りたい事柄がまだまだまだまだ、それこそ山ほど残っているのだよ」

「はぁ、AだのBだの言わないならお喋りに付き合うくらい構わないけどさ。……んー、それにしても何ていうか、センパイってば、さっきから私に興味津々って感じだよね。何か理由でもあるの?」

 ご主人の口からその存在は知らされていたとは言え、実際にこうして顔を合わせたのは今日が初めての筈だ。かつての従者と現在の従者、という線での繋がりは確かに在るが、こうも激しく興味を抱かれる理由としては些か弱いだろう。彼女の私に対する態度には、間違いなく何かしらの拘りを感じられた。

「ああやはり違和を感じさせてしまったか。我ながら少しばかり積極的に過ぎたと自覚はしていたのだが、なかなか己を抑えるのは難しいものだ。――ふむ、実のところ一言で纏めるのが覚束ない程度に様々な理由があるのだが、敢えて最も相応しい答を挙げるならば、そうだな」

 淡々とした前置きを経て、サギは答を口にする。

 悪趣味な仮面に隠れて表情など窺えないにも関わらず、私には何故か、彼女が微笑んでいるように思えた。


「――君の事が羨ましいから、かもしれないな」












 


 誰かが意識を司るスイッチを押したかのように、前田啓次の覚醒は唐突だった。

「――、オレは……、どうなってんだこりゃァ」

 状況を飲み込めないままに呟きながら、ひとまず啓次は身体を起こした。

 ぼんやりと霧が掛かったような頭を上げて、周囲を見渡す。

「外……?」

 少なくとも昼寝の最中にベッドから転落して目が醒めた――と言う訳ではなさそうだった。啓次の視界に広がるのは薄暗く薄汚れた、狭苦しく陰気な空間。堀之外の街並みを形作る雑居ビルの狭間に細々と点在する路地裏だった。その壁に寄り掛かって、自分は今まで意識を失っていたらしい。現在地を把握した事で、ようやく頭がまともに回転を始め、曖昧にぼやけていた記憶が一気に蘇っていく。

「そうだ……確かオレは」

 森谷蘭。織田信長の従者である少女の尋常ならざる様子を見掛けて、ほんの気紛れで声を掛けて――

 不意に走った鋭い痛みに、啓次は顔を顰めた。そう、思い出してきた。あの瞬間に啓次を襲ったのは、不吉な漆黒に彩られた手刀。備えてもいなかった啓次に身を躱す術がある筈もなく、迫る凶刃がビニール傘を両断して――衝撃、そして暗転。その後の記憶は無い。思えば白昼夢でも見ていた様に奇妙な出来事だったが、啓次の胸板を一文字に走った傷がシャツに鮮血を滲ませ、ズキズキと確かな痛みを訴えている以上、あれは紛れもない現実だったのだろう。

「だがまァ、大した傷じゃねェな」

 特に焦りもなく裂傷の具合を確認して、啓次は軽い口調で一人呟いた。実際、皮膚の表面を軽く切り裂かれただけだ。少々派手に出血があっても、決して慌てるほど深刻な負傷ではない。昔から喧嘩に明け暮れ、大抵の怪我や痛みには耐性のある啓次にとって、こんなものは所詮、掠り傷の範疇だった。適当に包帯巻いてりゃ勝手に治んだろ、と気楽に自己完結して早々に意識から締め出す。


「ったく、しかし何だったんだありゃァ。新手の強盗かァ?」

 雨に打たれる捨て犬のような弱々しさを装って油断を誘い、迂闊に近寄ったところを襲って金品を奪う。なるほど堀之外という無法地帯ではいかにも現実味のある推測だが、しかし冷静に考えてみればそんな筈は無い。下手人の森谷蘭という少女は何の小細工を施す必要もなく、啓次より遥かに強いのだから。例え真正面からの闘いであろうと、武器を用いず啓次を気絶させる事など容易いだろう。

 そんな啓次の推測を証明するかのように、懐をまさぐってみたところ財布とその心許ない中身は健在だった。やはり物盗りではない。それに――意識が途絶える最後の瞬間に垣間見えた、あの少女の悲愴な表情を思えば、己には窺い知れない何かしらの事情がある事は疑いなかった。

 そもそも単なる辻斬りが目的ならば、滅多に人目に付かないこの路地裏まで、気絶した啓次を運ぶ理由がない。もしも意識を失ったまま表通りに放置されていれば、恐らくは身包み剥がされるだけでは済まなかったであろう事を思うと、蘭という少女が己を気遣った事はほぼ間違いないだろう。自分の手で襲っておきながら、同時に被害者の安否を気遣う。一体どのような意図があって、彼女は矛盾した振舞いに及んだのか。

「……ちっ、何考えてんだ。オレにゃ関係ねェだろォがよ」

 元々、碌に話した事もない他人だ。わざわざ気に懸けるのは馬鹿らしい。大体、自分があそこで中途半端な甘っちょろさを発揮してしまったからこそ、あんな災難に遭う羽目になったのだ。襲われた理由を納得したいのならば、次に街中に鉢合わせた時にでも軽く問い詰めてやればいいだけの話ではないか。

「あー、やめだやめ。面倒くせェ」

 ぶんぶんと自慢の金髪を振って無用な思考を頭から追い払うと、啓次は天を見上げた。ビルとビルの合間から覗く切り取られた空は、啓次が気絶する前と同様、真っ黒な暗雲に覆われている。この絶え間なく周囲から響く雨音から判断しても、嵐は依然として続いている様だ。天候の所為で時間経過が計りにくいが、一体どの程度の間、自分は気絶していたのか――啓次は無事だった携帯電話を引っ張り出して、液晶を覗き込み、そして「げっ」という奇声を漏らしつつ盛大に顔を引き攣らせた。

 啓次を狼狽させたのは画面中央に映る時刻表示ではない。意識を失っていた時間はさほどでもなかったらしく、ゲームセンターを出てから未だ一時間と経っていなかった。それは問題ないが――いや紛れもなくそれが原因なので問題がない訳ではないが――兎にも角にも啓次が戦慄の視線を向けるのは、大量の電話着信を知らせるメッセージウィンドウである。憂鬱な気分で携帯を操作し、恐る恐る着信履歴を確認する。案の定、画面を埋め尽くしていたのは一つの名前であった。

「間が悪ィにも程があんだろォがよ……真剣で勘弁しろってんだ」

 いっそこのまま気付かない振りをしてやり過ごしてやろうか、という誘惑が頭を過ぎるものの、所詮それが虚しい現実逃避にしかならない事は心の奥底で既に悟っていた。

 現在の苦難を一時的に逃れたところで、そのツケは近い将来に恐ろしい利息を伴って支払わされる。あの女の辞書に自重の二字が存在しない事は、過去の忌まわしき経験から嫌と言うほど学習済みだった。ならば早々に眼前の現実を受け止める事で、被害を最小限に留める努力をすべきだろう。

 と言う訳で、啓次は盛大に陰鬱な溜息を吐き、数秒ほど決定ボタンの上で指を彷徨わせてから、コールを開始した。

「あー、もしもし?」

『やあ前田少年。私はとても豊かな包容力を持ち合わせた佳い女と評判だからね、申し開きがあるなら聞いてあげようじゃないか』

「いやオレもワザと出なかったワケじゃなくてだな、実はアレだ、通り魔に襲われて電話出れなかっただけで」

『ハッハッハ、火に油を注ぐ作業は楽しいかね前田少年。稚拙な嘘と言うものは吐かれている側の怒りを倍増させる。ワタシがそんな子供騙しの戯言に踊らされるとでも思うか愚物め』

 これ以上なく正直に答えたところ、何故か露骨に声のトーンが低くなっていた。今までの付き合いから判断して、これはかなり危険な兆候である。昂ぶっているというか、荒ぶっているというか、何にせよどう考えても碌な状態ではない。啓次は盛大に冷や汗を流しながら、取り繕うように言葉を続けた。

「まあ過ぎた事をとやかく言っても始まらねェだろ?な?んな事より、オレに何か用事あったんじゃねェのか?」

『ふむ。まあ良い。――そう、君に用がある。ただし生憎と、誰かのお陰で悠長に事情を説明している時間は無くなってしまった。故に余計な解説は飛ばして一言で用件を伝えるとしよう。今すぐ私の所まで来い、前田少年』

「今すぐ?」

『今すぐだ』

「つっても、アンタの居場所が判んねェんだが」

『私の氣を辿って来い。これからすぐに一暴れする予定なので、君のお粗末な探知能力でも位置は特定出来るだろうよ』

「この嵐の中をかよ。なんつーか気ィ進まねェなオイ」

『黙れ殺すぞ』

「…………」

 成程、このらしくもない台詞の直截さと簡潔さ、どうやら相当にお怒りのご様子である。一瞬、電話の向こう側に鬼が見えた。二度と余計な無駄口は叩くまい、と迂闊な自身へと厳重に言い聞かせる。

『まったく嘆かわしい事だ。最近の若者は最低限のルールすら遵守出来ないのかね?先輩が来いと言えば万難を排して疾駆するのが後輩としての責務だろうに。これがゆとり教育の弊害という奴か』

 そんな啓次の様子を知ってか知らずか、電話相手は至って無頓着且つ傍若無人に言葉を続ける。異様に平坦で抑揚の少ない機械じみた声音を聞く限り、少なくとも表面上は普段の調子を取り戻しているようだった。

『それに言っておくがこれは他ならぬ君の為でもあるのだぞ、前田君。何となればあくまでも君の願いを斟酌したが故の差配なのだから。師の有難い配慮に涙を流して感謝感激される覚えはあっても、ついうっかり携帯を握り潰したくなるような不平不満を投げ掛けられる筋合いはないよ』

「俺のためだァ?アンタがか?」

 頭の中で反響させてみればみるほど、それはどこまでも胡散臭い字面だった。

 何せ電話の向こう側にいる己が師匠には、そんな風に心温まる行為が全く以って似合わない。奴隷を弟子と、虐待を修行と履き違えて辞書登録しているとしか思えない天然鬼畜系女子、それが柴田鷺風のパーソナリティである。つい啓次が疑惑に満ちた声を上げてしまったのも無理からぬ事だった。
 
『ふむ。ひとまず君の私に対する認識については後でたっぷりじっくり問い質すとして』

 途轍もなく不吉なセリフをさらりと口にしながら、淡々と言葉を続ける。

『私の粋な計らいを知れば、いかに愚鈍で恩知らずな君とて私を拝み倒したくなること請け合いだ。頓首再拝の準備は済ませたかね?』

「相変わらずオーバーだなアンタ……。オレは仮に一億貰ってもそこまでは感謝しねェぞ」

 といっても、そもそも啓次は金銭に対してさしたる執着が無いのだが。むしろ、この世界には啓次の心を激しく動かすような事物が殆ど存在しない。金も女も娯楽も、啓次の心を満たすものではなかった。幼少の頃から啓次は常に退屈で退屈で退屈で、だからこそ唯一興味を見出せる“闘争”を求めて数多の喧嘩を繰り返してきたのだ。

 故に――そんな啓次が心から誰かに感謝するタイミングがあるとすれば、それは。

『板垣竜兵。聞き覚えある名だろう?』

「っ!?」

『フフフ、愛しの彼とのリベンジマッチの場を設けてやったぞ。さぁさぁ、さぁさぁさぁ、幾ら君が無気力な若者代表であろうとこれで些かばかりのやる気が出たんじゃないかね?前田啓次――未だ眠れる未完の若獅子よ』
















 雨粒と共に恐るべき勢いで天空から落下してくる“それ”に気付いたのは、私と彼女のどちらが先だっただろうか。

 何にせよ、私達の対処は共通して迅速だった。一瞬の躊躇が命取りに繋がる事は、自分達の上空を覆う“氣”の質量の膨大さからして疑う余地が無かったのだ。

「ちっ――!」

 落雷の如き様相を以って降り注いできた破壊のエネルギーに対して、板垣亜巳は素早く右方向へ跳躍する事で回避し、同時に彼女のハイヒールの踵がもたらしていた後頭部への圧力が消失した事で、私は行動の自由を得る。

「うわぁぁぁぁっ!?」

 その瞬間、私は思わず悲鳴を上げながら全力で左方向へと地面を転がっていた。悠長に身体を起こしているような時間の猶予は無かった。死に物狂いの回避行動がぎりぎりのところで功を奏し、辛うじて攻撃の軌跡から逃れる事に成功。唐突に来襲した蒼色の暴力は、顔面から僅か数十センチだけズレた地点へと着弾し、衝撃の余波で私の身体を派手に吹き飛ばした。

「~~っ!」

 ゴロゴロと無様に濡れた路面を転がった後、あちこちが痛みを訴える肉体を酷使し、全身泥だらけになりながら立ち上がった私が目にしたもの。それは大地に穿たれた円錐状のクレーターと、その中心に堂々と仁王立ちしている、見知った人影であった。

「ふむ。ふ~む。うん、こうして見た限り大した怪我は無さそうだね。いやあ無事で良かったよ明智君」

「もう一歩で死ぬトコだったんだけど!私ごと敵を葬ろうっていう犠牲ありきの鬼畜戦術かと思ったんだけど!」

「やれやれ。危機一髪で錯乱しているのか?全く以って何を言っているのか解らないな。君は死なないぞ、私が護るもの」

「キミに殺されかけたんだってば!」

 相変わらず、頭痛を覚えずにはいられない会話の噛み合わなさである。絶体絶命の危機を救われたのは事実だが、しかしもう少しマシな救出法は採用出来なかったのだろうか。傍迷惑な助力ついでに場の雰囲気を一瞬で粉砕してくれた理不尽なセンパイに、私は思わず溜息を吐いた。

「……で、センパイ。さっきから気になってたんだけど……何なのさ、その奇妙奇天烈なイロモノ武器は」

 理不尽と言えば、まずはそこに突っ込まざるを得なかった。クレーターの中心に突き刺さった彼女の得物はなんというか、色々とツッコミ所に満ち溢れている。

「フフフ。やはりこいつに着目したか、然もありなん然もありなん。例え矢尽き刀折れようとも、ひとたび受けた質問には極力答えて差し上げるのが私の流儀――勿論教授して進ぜようではないか」

 よほど触れて欲しかったポイントなのか、サギは意気揚々と自前の得物を虚空に掲げてみせる。そうする事で、私はこの珍妙極まりない武装の全体像をより詳細に把握する事が出来た。一目で様々なギミックが仕込まれていると判る、重量感に溢れた大槍。

 尤も、一応は大槍と形容してはみたが、その形状は武士が用いた和槍ではなく、ヨーロッパにおける騎兵の武器として有名な“ランス”のそれに近い。細長い円錐という独特の形状に、ヴァンプレイトと呼ばれる笠状の特殊な鍔。馬上での使用を前提とした、全長ニメートルを超える暗灰色の鋼塊は、ただそれだけで圧倒的な威圧感を有しているが――殊更に異様なのは、全体に渡って双龍が交差するように絡み付く螺旋状の刃と、その内部にて轟々と獰猛な唸りを上げるエンジン音であった。

 私の脳内に蓄えられた語彙の中で、ソレを端的に形容するならば、相応しい表現は一つしか思い付かない。

――すなわち、ドリル。

 完膚なきまでに、これ以上ない程どうしようもなく、それはどこまでいってもドリルでしかなかった。

「唸れ唸れ剛壮なる我が愛槍・羅閃ラセン!フフフ、魂魄を載せた一撃は天元を突破し、いかなる頑強な障壁もただ撃ち貫くのみ。全ては偉大なる愛の名の下に――ん?うむ、うむうむ。判るよ明智君、心揺さぶられるあまり言葉が見つからないのだろう?何せ永遠不滅の浪漫が目の前に顕現しているのだからね。そんな風に感動に満ちた熱視線を送りたくなる気持ちは我が事のように理解出来るとも」

「いや別に全然」

「何を隠そう私には機械弄りが大層得意な大親友が居てね、こいつはオーダーメイドの特注品なのだよ。西日本在住という事で顔を合わせる機会は無いだろうが、思えば彼女は何処となく君と似ているかもしれないな。ああ、ちなみに“羅閃”は私の命名した魂の愛称であり、こいつの正式名称は螺旋槍と言う。所有者の氣を流し込む事で起動し、更には螺旋力――もとい所有者の気合に比例して出力が上昇するという私得仕様を搭載した素敵過ぎる逸品だ。どうだ話を聞いているだけでワクワクしては来ないかね?でも駄目だ、これはあげないぞ」

「いらないよ」

 得意気に言いながらこちらに見せびらかすかのように螺旋槍とやらを掲げ、エンジン音と共にドリル部分をギュンギュン回転させる。仮面の向こう側ではこれ以上無く見事なドヤ顔を浮かべている事だろう。総じてとんでもない鬱陶しさだった。状況が状況でなければ、問答無用で蹴りを叩き込んで黙らせていたに違いない。これはご主人が愚痴を零したくなるのも無理はないな――と納得していた、その時。

「……何で、アンタが助太刀に来られる?まさか、“起きてる”状態の辰を倒してきたってのかい?」

 唐突極まりないサギの出現以降、注意深くこちらとの距離を保って様子見に徹していた板垣亜巳が、僅かな緊張を湛えながら口を開いた。それは――私も気に掛かっていた疑問である。亜巳の問い掛けに対し、サギはやれやれとばかりに肩を竦めてみせた。

「私としては是非ともそう在りたかったのだがね。戦闘中に偶々少女虐待の現場が視界に入ったもので、すわ一大事とばかりに大至急駆け付けただけだよ。何せタッツーの戦闘力は真剣で規格外だ。一応の足止めはしておいたが、それもいつまで保つか――」

 言葉の途中で特大の危険を察知し、サギと私は同時にその場を跳び退いた。

 直後、空気をぶち抜くような音響と巨大な破砕音が重なって響き渡る。一瞬前まで私達が立っていた地点……凄まじい破壊の力で深く穿たれた路面の中心には、根元から引き抜かれたと思しき電柱が、丸ごと斜めに突き刺さっていた。その非常識な光景が意味する事は一つ。“彼女”は、総重量二トンにも及ぶコンクリート柱を、あたかも投げ槍でも扱うかのような気軽さで投擲してきたのだ。

「……ッ!」

 悪夢か冗談の類としか思えない現実を眼前にして背筋を冷やした時、その存在はゆっくりと嵐の中に姿を現した。世界を震撼させるような途轍もない暴威を全身から無造作に垂れ流しつつ、一歩ごとに大地を踏み砕くような足取りで迫り来る。見開かれた瞳は爛々と輝き、明確な破壊の意志を宿してこちらを睥睨していた。

 ただ其処に居るだけで問答無用で身体が大地に縫い付けられるような、およそ人間のものとは思えない“存在の圧力”は――さながら、人の形を取った龍のそれだ。無差別に、無慈悲に破壊を振り撒く、災厄の権化。


――これが、板垣辰子。全ての枷から解き放たれた、板垣最強の怪物。


 駄目だ。これは駄目だ。これは――あまりにも、レベルが、違う。

 マルギッテ・エーベルバッハや板垣亜巳といった格上の強者を相手にした時ですら覚えなかった、どうしようもなく絶対的な絶望感が私の心を覆っていた。これは、初めて“織田信長”と遭遇した時に覚えた感覚と同じモノだ。いかなる小細工も、純粋で圧倒的な力の前では意味を為さない。いかに力を尽くして足掻いたところで、勝利に至るビジョンがまるで見出せない。ましてや、絶好の機会を二度も手中に置きながら板垣亜巳を討つ事すら叶わなかった私が、この化物を相手に何を為せると言うのか。

『ハナっから場違いなんだよ、アンタは』

 決定的な侮蔑に満ちた言葉に対しても、何一つとして反論が叶わなかった私如きに、一体何が出来る?

 足りない。力も覚悟も、何もかもが足りなかった。

 自身の無力が、どこまでも腹立たしい。惰弱で脆弱な己への失望と怒りで震える肩に、不意にサギの手が置かれた。

「ふむ。こうなれば選択肢は一つ――即ちこの場は私が引き受けるとしようか。と言う訳で君は速やかに殿の後を追いたまえ、明智君」

 何でもないように淡々と紡がれた言葉の意味を理解し損ねて、私は一瞬、呆然と立ち尽くした。

「む、言葉の意味が伝わらなかったのかね?ならば致し方なし、少年漫画風に言い直すとしよう。ここは私に任せて先に行け!とね。ふむ、この言い回しからはどう工夫したところで死亡フラグの香りが漂うが、まあしかしそんな曖昧な代物は強靭・無敵・最強の我が羅閃にて粉々に打ち砕いてやれば済む話だ」

「何を……、今は冗談言ってる状況じゃないでしょ?それとも、まさかセンパイ一人でこの二人を相手に出来るとでも――」

「“意志”とは即ち“エネルギー”である。果たして何時からだったかな、私がそんな信念を抱くようになったのは」

 私の声が端から耳に届いていないかのように、サギはおもむろに謳うような調子で言葉を紡いだ。

「マイナスの意志はマイナスのエネルギーに。プラスの意志はプラスのエネルギーに変ずる。オカルトと決め付けて掛かる輩も居るが、それは大いなる誤りなのだよ。故に悲哀や絶望の念は容易く人の力を喪わせるが、逆に数多のプラスを内包した意志は、無限の力を生み出す源泉と成り得るのだ。なればこそ、人はいついかなる時であれ、前を見据えて歩まなければならない。未来の希望を信じて闘わなければならない」

 淡々と呟きながら、サギは螺旋槍を虚空に翳す。

 その切っ先の向かう先には、板垣辰子の姿が在った。人の身で立ち向かうにはあまりにも絶望的な威圧感を引き連れて、彼女は徐々に距離を詰めてくる。否応無く緊迫に張り詰めていく空気の中、ギュルン、とエンジンが唸りを上げて、螺旋の刃が猛烈な勢いで回転を開始した。

「上から目線で偉そうな事を言ってしまって誠に済まないが、君の掲げた“理由”は相応しくないのだよ。命を懸けた闘争に身を投じるには相応しくない。人が己を顧みず闘うに相応しい理由が在るとするならば――それは愛の為に他ならないのだから。分かるだろう?愛は人を救うし、愛は世界を救う。誰かを想い慈しみ愛する心は、果て無きプラスのエネルギーへと変ずるが故に。そしてプラスのエネルギーは即ち前進の力。行く手に立ち塞がる総てを貫き徹し、望んだ明日をその手に掴まんとする力――!」

 これまで一貫して平坦な調子を崩さなかったサギの無感情な声音が、徐々に熱を帯びていくのが分かった。その内なる精神の昂ぶりに比例するように、螺旋槍の回転の速度が高まっていく。

 一方で、身体から溢れ出た蒼碧の氣が螺旋を描いて刃へと纏わり付いていた。際限なく勢力を増すエンジン音と共に、激しい蒼の光芒が周囲を満たしていく。


「辰!警戒しなッ!」


 何処までも膨れ上がる“氣”に危険を感じ取ったのか、亜巳は顔に焦りの色を滲ませながら語気鋭く警告を発する。その直後、


「螺旋の回転が織り成す無双の突進力、一身にて受け止めてみせるがいいッ!」


 目を灼くような爆発的な閃光を帯びて、螺旋槍が空間を穿ち貫いた。


「――――――!!」


 槍の切っ先より放出された莫大な“氣”は、巨大な螺旋を形作りながら蒼色の波濤と化し、瞬く間に辰子の姿を呑み込み――それでも止まる事無く、行く手に在る全てを無差別に巻き込みながら直進する。

 荒々しく渦を巻く氣の嵐に接触したアスファルトの路面が、信号機が、ガードレールが、鋼鉄製の自動車ですらも、削岩機が触れたかのように次々と抉り取られていった。

 数秒の後、数十メートルに渡る長大な破壊の爪痕を残して漸く、氣の波濤は消失する。


「…………」


 もはや絶句する他無かった。凄まじいまでの超大規模破壊。これ程までに出鱈目な威力を有する外気功を、私は他に知らない。

 破壊の痕から濛々と立ち込める土煙を呆然と眺めていた私に、身体の芯を穿つような鋭い叫びが投げ掛けられた。


「――さあ往け、明智音子!手前の誇るべき戦場は此処には無い!織田信長の従者を名乗るならば――見事、己が愛を貫いてみせろッ!!」


「……っ」

 
 それが何故なのかは、分からない。

 
 分からないが――気付いた時には、弾かれたように、脚が地面を蹴っていた。尤もらしい理屈に言い包められた訳ではなく、サギという女が思いがけず発した怒涛の如き激情が、目に見えない大きなエネルギーと変じて強烈に私の背中を押したような感覚。

 胸中より込み上げる衝動に突き動かされるようにして、私は前のめりに嵐の中へと駆け出していた。板垣亜巳が咄嗟に繰り出した六尺棒の一撃を掻い潜り、舞い上がる粉塵の中を突っ切って、脇目も振らず疾駆する。


「殿を――信長●●を、頼んだよ」


 背後から静かに響いた呟きは、果たして空耳や幻聴の類だったのか。

 判ずる術も無いままに、しかし私の肉体はそれが最善の選択だと確信しているかのような我武者羅な速度を以って、“彼”の元へとひた走る。

 
 小難しい理屈ではなく。小賢しい計算ではなく。

 
 彼に惹かれ始めたその日から、心の内にて静かに燃え続けてきたこの想いを貫き通す。きっと、ただそれだけのために。


















 

 近年では例を見ない程の猛りに満ちた現在の板垣竜兵にとって、名すら知らぬ眼前の少年の存在は、“蝿”だった。

 餌として喰らう価値も見出せない非力な雑魚の分際で、鬱陶しく飛び回って己を煩わせる。普段の竜兵ならばさほど気に留める事も無く、強者の余裕を見せ付けながら破壊衝動の捌け口にするだけの話。叩き潰した時の爽快感さえあれば、笑って許せるような存在だ。

 しかし、今は。一秒が過ぎ去る度に至上の雄が遠ざかっていく現状においては――しぶとく立ち回って己に無為な時間を費やさせる羽虫は、煮え滾るような憎悪の対象ですらあった。

「オォラアアアッ!!」

 だが、そんな苛立ちもこれで遂に終わる。自身の拳が一撃の下に少年の顔面を粉砕する未来を確信し、竜兵が心中にて歓喜の咆哮を上げた瞬間――不意に、予期せぬ衝撃が右肩を打った。

 反射的に視線を向ければ、何者かが投擲したであろう拳大の石が、地面へと落下していく。それは竜兵の頑強な肉体に有効打を与える程では無かったが、振り抜いた拳の軌道を、標的たる少年の顔面から僅かにズラすには十分な衝撃だった。結果、必殺を期した一撃は空を切り、その間に少年は脚をふらつかせながらも素早く竜兵から距離を取る。

 ――またしても、仕留め損なったのだ。

「あー、パッと見ヤバそうだったもんでつい手ェ出しちまったが、ひょっとして余計な世話だったか?ガチのタイマンを邪魔しちまったってんなら謝るぜ」

 石礫で竜兵を妨害した男は、若干気まずそうな表情で口を開いた。

 野放図に広がった金色の長髪と引き締まった体躯は、竜兵にとって見覚えのあるものだった。数週間前の闘争にて拳を交えた無名の男――確か名は、前田啓次。思いがけない乱入者の出現に動きを止める竜兵達を見遣って、啓次は言葉を続けた。

「何せオレはコトの経緯なんざなにも聞かされちゃいねェ。どういう事情があってアンタらが今ここで闘り合ってんのか、オレは知らねェ。つーかぶっちゃけ興味もねェんだがな。だからよォ、取り敢えずだ、そっちのボロボロのアンタに一つだけ訊いとくぜ」

 啓次がボリボリと頭を掻きながら無造作に語り掛ける先には、額から血を流す少年の姿があった。

「この喧嘩、オレが引き受けて構わねェか?オレはな、そこのいけ好かねェクソ野郎に用があんだよ。どうせアンタ、そのザマじゃしばらくは闘えねェんだろ?結構危ねェぞ、そのケガ。痩せ我慢せずに休んどくべきだろうよ」

「……」

 少年は無言のまま、相手の意図を探るように慎重な目で啓次を見遣った。

 是とも否とも返さない態度を前に、しかし啓次はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

「沈黙は了解と受け取ったぜ。取り消しは効かねェ。ま、つーか最初から止まる気なんざねェんだがな」

 一方的に言いながら、啓次は遠慮も躊躇も無い足取りで少年の傍へと歩み寄ると、おもむろにその肩を軽く押した。ただそれだけの動作で、少年はバランスを崩し、呻き声を上げて地面に膝を着く。

「ほら見ろ。やっぱ限界なんじゃねェか」

 呆れた様に言って、啓次は少年と立ち位置を入れ替える形で竜兵と対峙した。

 貪欲な戦意を全身に湛え、溢れ出る闘争本能を隠す気も無いその様子は、織田信長との闘争を切望する板垣竜兵の姿と似通っている。似通っているが故に――竜兵の怒りを煽り立てた。

「さァて、あの日の続きと行こうじゃねェか板垣竜兵。まずはてめェをぶっ倒さねェ事には、信長の野郎には永遠に届かねェからなァ!」

 其処に加えて、啓次が不意に口にした名前は、竜兵の冷静さを消失させるには十分なものだった。憤怒に血走った目が獣の眼光を孕み、凄絶な猛気に満ちた咆哮が響き渡る。

「――貴様如きが気安くシンの名前を口にしてんじゃねえぞゴミカスがッ!!あいつは俺の、俺だけの運命だッ!」

「なんだ、てめェもあの野郎と闘いてェのかよ?だったらハナシは簡単じゃねェか。オレとてめェで闘り合って、最後に立ってた一人だけが信長に挑める。そういう事だろ?分かり易くていいねェ、ケンカっつーのはやっぱシンプルが一番だぜ」

 空気を震撼させる竜兵の怒号に対し、啓次は怯んだ様子すら見せずヘラヘラと笑う。余裕すら漂わせた態度に、残された僅かな忍耐力が完全に消し飛んだ。もはや言葉を発する事すらなく、竜兵は獣じみた咆哮と共に巨躯を躍らせ、眼前の男へと殴り掛かった。

 拳に載せるのは純粋なる暴虐の意志のみ。普段の如く、闘いを愉しむ気など欠片も無かった。

 所詮、この前田啓次という男も、あの“蝿”と変わらない。前回の闘争においては小手先の技術で多少食い下がってきたものの、そんなものは結局のところ、全ては“格下”であるが故の虚しい抵抗に過ぎない。弱者が強者を前にいかに足掻いた所で、絶対的な力量の差は決して覆せないのだから。

 故に、絶対強者たる竜兵の為すべきは一つ。鬱陶しく飛び回る羽虫を叩き潰すように、圧倒的な力を以って一息に終わらせる事だけだ。前回のように闘争の愉悦に任せて遊んだりはせず、手加減抜きの全力を叩き付ける。

 ただそれだけで、まず間違いなくカタは付く――その筈だった。

「がはっ――!?」

 気付いた時には、頬に拳がめり込んで●●●●●いた。

 強烈な衝撃が顔面を突き抜け、口内にて歯がへし折れる。込み上げる激痛を信じられないような思いで噛み締めながら、竜兵はたたらを踏んだ。

 クロス・カウンター――それはまさしく、前回の闘争にて前田啓次が披露した“小細工”の再現だった。ストレートにストレートを合わせ、多大なリスクと引き換えに最高火力を叩き出す戦闘技術。

「て、めえ……、何を、俺に何をしやがったァッ!?」

 だが、“そんな事”は有り得ない。有ってはならないのだ。

 板垣竜兵の誇る全力の剛拳は、ありとあらゆる技術を力尽くで粉砕する。格下の羽虫程度が、竜兵のストレートに対処出来る筈が――ましてや攻撃に乗じてカウンターを決めるような余裕がある筈など無い。

 口内に溜まった血と折れた歯を纏めて荒々しく吐き出しながら、竜兵は血走った目で敵手を睨み据えた。小刻みにファイティングステップを踏みながら、啓次は怪訝そうに眉を顰める。

「何してんだ、はこっちのセリフだぜ。そんな腰の入ってねェフラフラしたパンチでオレと闘ろうってのは、流石に無謀を通り越して自殺行為だろうがよ。こちとら元ボクサー、パンチングの専門家だぜ。さっきのパンチ程度なら腐るほど捌いてきたんだよ。さっさと本気で来やがれ、オレを舐めんじゃねェぞクソ野郎」

「……な、に?」

「ん?手ェ抜いてたワケじゃねェのか?っつー事は、だ……」

 啓次の目が光り、注意深く検分するように竜兵の全身を観察する。数秒の空白を経て――呆れと感心が入り混じったような、微妙な表情が面に浮かんだ。

「は、なるほどな、道理で妙に芯が入ってねェと思ったぜ。てめェ、随分といいパンチ貰ってんじゃねェか」

「貴様、何を言ってやがる……!」

「あァ?鼓膜イッちまってんのか?顎に一発、綺麗なのを喰らっただろ、って言ってんだよ。てめェじゃ気付いちゃいねェのかも知れねェが、アタマへのダメージってのは思ったよか響くもんだぜ?真っ直ぐにパンチも打てなくなる●●●●●●●●●●●●●●●くらいになァ」

「……っ!!」

 まさか。

 届いていた――と、言うのか。

 己に供せられるべき糧に過ぎない“弱者”の拳が、強者たるこの身を揺るがしたと言うのか。

 竜兵は眼を見開いて、己が“蝿”と断じた少年に視線を向けた。力なく大地に片膝を付き、辛うじて意識を保っているような状態でありながら――その双眸だけは、未だ力を失っていなかった。

 額から流れ落ちる鮮血の間から、強固な意志を宿した瞳が竜兵を見据えている。絶対にお前には屈しないと、無言の内に宣戦するかのように。

「手負いだからフェアじゃねェ、なんてヌルい事は言わねェよなァ。ケンカにルールなんざねェんだからよ。まァ、どうしてもってんなら手加減してやってもいいんだぜ?」

「――雑魚の分際で俺を見下してんじゃねぇぇえ!この程度で俺が斃れるかよっ、俺は、この俺がシン以外のオスに劣るなんざ、ある筈がねぇんだッ!!」

 強者の誇りを踏み躙られた屈辱に猛り狂いながら、竜兵は己の肉体を叱咤するかのように、轟音と共に足元の大地を踏み砕いた。

 勝つ。勝って勝って勝って勝ち続けて、敗者を喰らう。十七年の人生を、そうやって生きてきた。そんな生き方に、疑問など欠片も無かった。闇の中を棲家とする以上、弱肉強食こそが絶対の摂理だった。己を護るのは己の力のみ。それが叶わないなら、惨めたらしく喰われるのは当然だ。

 自分は間違っていない。間違ってなどいる筈が無い。

 板垣竜兵は“強者”だ。弱者を嬲り、喰らう側の存在なのだ。絶対に、そうでなくてはならない。


「く、くく、ハハハハハァッ!!」


 全身を焼き尽くす様なありとあらゆる激情の末に――竜兵は、笑った。
 
 そう、笑顔こそが強者の証であり、捕食者に相応しい表情だ。ならば笑わなければならない。いつもの如く高らかに哄笑しながら、愉悦の内に弱者の骨肉を噛み砕こう。

 頬の筋肉が引き攣り、額の血管が浮き出、だらだらと口から赤黒い血が流れ落ちても尚、欠けた歯を剥き出しに板垣竜兵は笑う。


「――全てだ!俺の邪魔をしやがるクソどもはどいつもこいつもッ!何もかも全て、喰い散らかしてやるぞッ!!」


 吹き荒ぶ嵐の中、凄絶な面貌を天へと向けて、獣の王が狂気の咆哮を轟かせた。















「まさか、シンがこんな切り札を隠し持ってたとはねェ。流石のマロードもこいつは想定外だろうさ」

 自身の眼前に広がる惨憺たる光景……一直線に破壊し尽くされた街並と、一撃の下にそれを成し遂げた武人の双方を見遣りながら、亜巳は内心の驚愕を押し殺す事に苦慮していた。

 冗談抜きに地形を変えてしまう程の外気功。それもここまで突き抜けた大破壊となると、二年前の闘争にて信長が放った、かの戦慄すべき恐怖の一撃の他には、およそ匹敵するものが思い浮かばない。

「まったく、とんだイレギュラーが出てきたもんだよ。だが――」

 独特な形状の大槍を虚空へと突き出したままの体勢で硬直し、僅かな動きも見せない女の姿に、亜巳は唇を吊り上げた。

「あれだけの瞬間火力を得る為には、代償として相応のコストを支払う必要がある。高威力の技は代わりに燃費が悪いと相場が決まってるのさ。さあて、さっきの一撃で、オマエはどれくらいの氣を消耗したのかねェ?一割?三割?それとも……フフ、既にすっからかんだったりするんじゃないのかい?」

「…………」

「何やら恰好付けて威勢の良い啖呵を切ってたみたいだけどねェ……残念ながらここでゲームオーバーさ。ほら、感覚を研ぎ澄ませてみなよ。とびきりの絶望ってヤツを味わえるだろうさ」

 仮面女が作り出した破壊痕から生じ、周囲一帯を覆い隠していた大量の粉塵が、突如生じた轟風によって一瞬にして吹き払われる。そして、その中からゆらりと姿を現したのは、先程の一撃にて破壊の奔流に呑み込まれた筈の板垣家次女、板垣辰子。

 身に纏っていた衣服は総じて見るも無惨なボロ布と化していたが――その破けた衣の隙間から覗く素肌は、掠り傷一つすら負ってはいなかった。あれほどの破壊のエネルギーに巻き込まれながらにして、完全な無傷。

「まったく。いくら効かないとは言っても、モロに直撃食らってどうするんだい。師匠に知られたらどやされるよ、辰」

 第三者が観れば間違いなく驚嘆に値するであろう事実に対し、亜巳の胸に驚きは無い。

 亜巳にとって、板垣辰子という妹は最初から“そういう存在”なのだ。生まれ持った規格外の“氣”によって保護される辰子の肉体硬度は、鋼鉄の鎧をも遥かに凌駕する。心得として多少の警戒はあっても、心底からの心配など元より不要なのだ。住まう次元の異なる存在を、自分達の矮小な物差しで測ってどうなると言うのか。

 天を衝くような氣を立ち昇らせ、悠然と歩を進める辰子から視線を外し、亜巳は眼前の敵手に嗜虐的な笑みを向けた。

「ご覧の通りさ。アンタ如きが全力を費やしたところで、辰にキズ一つ付けられやしない。愛がどうのなんて甘っちょろい信念は、残酷な現実の前じゃクソみたいなもんなのさ。フフ、そのダサい仮面の所為で顔を拝めないのが残念だよ。絶望に歪んだ表情はさぞかし――」

「ヒトという生き物は個人差こそあれど、誰もが多かれ少なかれ二面性を有しているものだ。そしてごく稀に、その二面がそれぞれ独立した個性として分離してしまうケースが存在する。タッツー然り、ラン君然りだ。そうした性質の持ち主達は、己の中にナニカを“飼っている”と形容するのが相応しい。私は常々そう考えてきた」

 嬲るような亜巳の台詞を完全に無視する形で、仮面女は唐突に沈黙を破り、謎の独白を始めた。或いは初めから亜巳の話など聞いてすらいないのかもしれなかった。ゆっくりと迫り来る辰子の存在に気を留める様子もなく、彼女はぶつぶつと呟いている。

 そんな傍目にも只ならぬ様子に、亜巳は言い知れぬ違和感を抱いていた。こいつは……何かがおかしい、と。

「うむ、そう、あれは確か二年前の事だな。戦場にて板垣辰子という武人と初めて語り合った時、私は大いに感銘を受けたものだ。まさしく目が醒める様な思いを味わったよ。タッツーは普段、自身の意識に制限を掛ける事で、制御出来ない己が一面……内に棲まう“龍”を自身の深奥へと完全に封じ込める事に成功している。それは、当時の私にとって目から鱗だった。己の気性を抑え付けるに際し、そんな手段が存在するとは想像すらしていなかったのだからね。己がいかに未熟であったか痛いほど思い知らされた一戦だったと言えよう。だが同時に私は、大いなる一歩を進んだのだ。あの闘いを経て、私は遂に私の中の“鬼”を寝かしつける方法を学習した」

「……?」

 そこで、亜巳は己が覚えた違和感の正体に気付いた。

 仮面女が身に纏っている氣が、徐々にその性質を変化させている。蒼天を連想させる青の中に――女の身体よりじわりと湧き出してきた不吉なドス黒い赤色の氣が混じり、くすんだ滅紫の色彩を新たに生み出していく。少しずつ青と赤の融合が進むにつれて、不気味な禍々しさを孕んだ空気が場を満たしてゆく。

「簡単な話だったのだよ。無益な思考を止めれば、ただそれで良かった。複雑な思慮は無用だったのだ。私が己を無理矢理に抑圧する事無く、心の底から望む事を望む様に振舞っていれば、それだけで奴は満足して眠っていてくれるのだから。生れてこの方、私と周囲を散々に振り回し続けてきた厄介者も、もはや敢えて私が起こそうとしなければ滅多な事では起きやしない。全く随分と大人しくなってくれたものだ。しかし誠に遺憾極まりない事ながら、どうやら再び出番が訪れてしまった模様だがね」

 今となっては、女の放っていた元来の氣――清浄な蒼色は何処にも見受けられなかった。身体を覆い尽くした紫色の氣は留まる事無くその勢力を増し、尚も次から次へと溢れ出す。先程の外気功にて大量の氣を消耗した筈であるにも関わらず、惜し気もなく垂れ流されるオーラはまるで尽きる様子を見せない。

 やがて、絶え間なく吹き上がる気迫に押されるように暗灰色の長髪が浮き上がり、天へと逆立ち始めた。次いで、ぴしり、という微かな音を響かせながら、顔面を覆う仮面に一筋の亀裂が入る。

「今の私はあくまで客将。本来、ここまで深く手を貸す予定は無かったのだが……まあこれは親愛なる殿のみならず可愛い後輩の“愛”を護る為でもある。お得意様限定、出血大サービスという事にしておこうじゃないか。フフフ、一体全体誰が出血するのかは、蓋を開けてのお楽しみだがね」

 内側から溢れ出る氣を抑えられなくなったのか、遂に仮面の全体に無数の罅割れが走り――完全に砕け散った。

 ぱらぱらと破片が地に落ちて、その内側に秘されていた素顔を外気に晒す。


「愛・戦士ことサギ仮面の血湧き肉踊る大冒険活劇はこれまで。これより先は、このワタシ――」


 際限なく噴出する主の氣に呼応するかのように、その手に握られた得物が不吉な唸りを上げて鳴動する。

 先程までの茫洋とした雰囲気は欠片も残さず掻き消え、入れ替わるようにして面に顕れるのは、兇暴な闘志に満ちた悪鬼の相。

 滾る戦意に暗い灰色の双眸を炯々と光らせ、抑え切れない愉悦の念に口元を大きく歪ませて、女は哂った。


「かつて織田信長と死線を踊った、“鬼柴田”が相手となってやる。――くれぐれも、此処を抜けるなぞと戯けた夢を見るなよ?匹夫ども」





 





 第七死合・前田啓次 対 板垣竜兵。

 
 第八死合・柴田鷺風 対 板垣辰子、板垣亜巳。


 
 堀之外合戦――続幕。





















 

 
 




 最後まで主人公がほぼ影も形も見えないという妙な回でした。後編ではちゃんと出ますのでご安心ください。
 サギご自慢の武装についていまいちイメージし辛い方は、三国無双6のスネークもとい鄧艾の武器を見れば一発でピンと来るかと思います。見事なまでにロマンです。
 それと辻堂さんに関してですが、皆様の意見を参照する限り、どうやら急いでプレイする必要も無さそうなので、取り敢えずしばらく保留にしておこうと思います。情報提供頂き誠にありがとうございました。それでは、次回の更新で。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.031812906265259