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No.13860の一覧
[0] 俺と彼女の天下布武 (真剣で私に恋しなさい!+オリ主)[鴉天狗](2011/04/15 22:35)
[1] オープニング[鴉天狗](2011/04/17 01:05)
[2] 一日目の邂逅[鴉天狗](2012/05/06 02:33)
[3] 二日目の決闘、前編[鴉天狗](2011/02/10 17:41)
[4] 二日目の決闘、後編[鴉天狗](2009/11/19 02:43)
[5] 二日目の決闘、そして[鴉天狗](2011/02/10 15:51)
[6] 三日目のS組[鴉天狗](2011/02/10 15:59)
[7] 四日目の騒乱、前編[鴉天狗](2011/04/17 01:17)
[8] 四日目の騒乱、中編[鴉天狗](2012/08/23 22:51)
[9] 四日目の騒乱、後編[鴉天狗](2010/08/10 10:34)
[10] 四・五日目の死線、前編[鴉天狗](2012/05/06 02:42)
[11] 四・五日目の死線、後編[鴉天狗](2013/02/17 20:24)
[12] 五日目の終宴[鴉天狗](2011/02/06 01:47)
[13] 祭りの後の日曜日[鴉天狗](2011/02/07 03:16)
[14] 折れない心、前編[鴉天狗](2011/02/10 15:15)
[15] 折れない心、後編[鴉天狗](2011/02/13 09:49)
[16] SFシンフォニー、前編[鴉天狗](2011/02/17 22:10)
[17] SFシンフォニー、中編[鴉天狗](2011/02/19 06:30)
[18] SFシンフォニー、後編[鴉天狗](2011/03/03 14:00)
[19] 犬猫ラプソディー、前編[鴉天狗](2011/04/06 14:50)
[20] 犬猫ラプソディー、中編[鴉天狗](2012/05/06 02:44)
[21] 犬猫ラプソディー、後編[鴉天狗](2012/05/06 02:48)
[22] 嘘真インタールード[鴉天狗](2011/10/10 23:28)
[23] 忠愛セレナーデ、前編[鴉天狗](2011/04/06 14:48)
[24] 忠愛セレナーデ、中編[鴉天狗](2011/03/30 09:38)
[25] 忠愛セレナーデ、後編[鴉天狗](2011/04/06 15:11)
[26] 殺風コンチェルト、前編[鴉天狗](2011/04/15 17:34)
[27] 殺風コンチェルト、中編[鴉天狗](2011/08/04 10:22)
[28] 殺風コンチェルト、後編[鴉天狗](2012/12/16 13:08)
[29] 覚醒ヒロイズム[鴉天狗](2011/08/13 03:55)
[30] 終戦アルフィーネ[鴉天狗](2011/08/19 08:45)
[31] 夢幻フィナーレ[鴉天狗](2011/08/28 23:23)
[32] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、前編[鴉天狗](2011/08/31 17:39)
[33] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、中編[鴉天狗](2011/09/03 13:40)
[34] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、後編[鴉天狗](2011/09/04 21:22)
[35] 開幕・風雲クリス嬢、前編[鴉天狗](2011/09/18 01:12)
[36] 開幕・風雲クリス嬢、中編[鴉天狗](2011/10/06 19:43)
[37] 開幕・風雲クリス嬢、後編 Aパート[鴉天狗](2011/10/10 23:17)
[38] 開幕・風雲クリス嬢、後編 Bパート[鴉天狗](2012/02/09 19:48)
[39] 天使の土曜日、前編[鴉天狗](2011/10/22 23:53)
[40] 天使の土曜日、中編[鴉天狗](2013/11/30 23:55)
[41] 天使の土曜日、後編[鴉天狗](2011/11/26 12:44)
[42] ターニング・ポイント[鴉天狗](2011/12/03 09:56)
[43] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、前編[鴉天狗](2012/01/16 20:45)
[44] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、中編[鴉天狗](2012/02/08 00:53)
[45] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、後編[鴉天狗](2012/02/10 19:28)
[46] 鬼哭の剣、前編[鴉天狗](2012/02/15 01:46)
[47] 鬼哭の剣、後編[鴉天狗](2012/02/26 21:38)
[48] 愚者と魔物と狩人と、前編[鴉天狗](2012/03/04 12:02)
[49] 愚者と魔物と狩人と、中編[鴉天狗](2013/10/20 01:32)
[50] 愚者と魔物と狩人と、後編[鴉天狗](2012/08/19 23:17)
[51] 堀之外合戦、前編[鴉天狗](2012/08/23 23:19)
[52] 堀之外合戦、中編[鴉天狗](2012/08/26 18:10)
[53] 堀之外合戦、後編[鴉天狗](2012/11/13 21:13)
[54] バーニング・ラヴ、前編[鴉天狗](2012/12/16 22:17)
[55] バーニング・ラヴ、後編[鴉天狗](2012/12/16 22:10)
[56] 黒刃のキセキ、前編[鴉天狗](2013/02/17 20:21)
[57] 黒刃のキセキ、中編[鴉天狗](2013/02/22 00:54)
[58] 黒刃のキセキ、後編[鴉天狗](2013/03/04 21:37)
[59] いつか終わる夢、前編[鴉天狗](2013/10/24 00:30)
[60] いつか終わる夢、後編[鴉天狗](2013/10/22 21:13)
[61] 俺と彼女の天下布武、前編[鴉天狗](2013/11/22 13:18)
[62] 俺と彼女の天下布武、中編[鴉天狗](2013/11/02 06:07)
[63] 俺と彼女の天下布武、後編[鴉天狗](2013/11/09 22:51)
[64] アフター・ザ・フェスティバル、前編[鴉天狗](2013/11/23 15:59)
[65] アフター・ザ・フェスティバル、後編[鴉天狗](2013/11/26 00:50)
[66] 川神の空に[鴉天狗](2013/11/30 20:23)
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[13860] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、中編
Name: 鴉天狗◆4cd74e5d ID:de2b0499 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/02/08 00:53
『なあネコ。本当に今更ながら、俺という人間は救い難い悪党だ。嘘吐きの外道で、死後の裁定じゃどう足掻いても地獄行き間違いなし。そこは自覚している』

『うん』

『いつかは積み重ねてきた嘘の重さに潰されて、地獄へ真っ逆さまに落ちるかもしれない。もしその時が来たら、お前はどうする?』

『勿論、ご主人の後を追うよ。一人で地獄巡りっていうのは退屈でしょ?純情可憐で純真無垢な私が傍にいれば、地獄も天国も同じ事さ』

『くく、嬉しい事を言ってくれるな。主君冥利に尽きるというもんだ。――でも、嘘だろ?』

『嘘だよ。嘘も嘘、狼少年もびっくりな大嘘さ。……うふふ、ホントはね――』


 








 私のご主人こと織田信長がこれより決闘を繰り広げる予定の第一グラウンドには、既に幾多の先客が押し掛けていた。さすがに風間ファミリーのボス、風間翔一との決戦の時の如く、ほぼ全校生徒に迫るという驚異的な人数が集合している訳ではないものの、それでも個人に寄せられるものとしては破格な注目度である事には変わりない。或いはいずれ来るべき彼の自クラスへの侵攻に備えて、今の内に少しでもその手の内を探ろうと考えている連中も居るのだろう。情報を制する者こそが戦を制する――もっとも、類を見ないレベルで大嘘吐きなご主人の戦いから、正確な情報を手に入れる事はほぼ不可能だろうが。徒労に終わるとも知らず、御苦労な事だ。

 何はともあれ、私は混み合うギャラリーをざっと見渡し、その中に先行したクラスメート二名を発見。事前に指定したポジションをきっちりと押さえている事を確認して、ニヤリと笑う。

「よしよし、イイ場所が取れてるね。ほら行こまゆっち、何をまごまごしてるのさ」

「ええっ!?えーっと、あの、ねねちゃん、そうは言ってもですね……ま、松風っ!」

『あのさネコっち、あの二人って確かさー、S組でも特に尖がってる肉食系じゃね?誰もが認める草食系女子のまゆっちがノコノコ顔出したらアレだ、~サバンナの過酷な生態系~とかテロップ入る予感』

「あはは、気持ちは分からないでもないけど、きっと心配御無用だよ。論より証拠、案ずるより産むが易し。んでもって善は急げ、さ。まぁ行ってみればキミにも分かるって」

 未だにあうあうと唸りながら躊躇している由紀江の手を強引に引っ張って、私は二人の下へと向かった。

「やっほ、お待たせ~」

「ん?ああ、やっと来たみたいね。ねね、アンタの言った通りにしてあげたわよ感謝しなさい……って」

 毎度の如くムスッと無愛想な表情で出迎えた小杉は、私の隣で小さくなっている由紀江に気付くと、露骨に眉を顰めた。

「“黛”の……ははーん、わざわざ1-Cに寄ったのはそういう事だったワケね。ま、どうせそんなトコだろうと思ってたけど」

 ジロリと胡乱げな視線を寄越す小杉に、由紀江はますます縮こまりながら頭を下げる。

「あ、あの。武蔵さん、私、この前は大変失礼なことをっ」

「全くよね~、公衆の面前で馬鹿にされるわ投げ飛ばされて気絶するわ、ホントもう私のプレミアムなプライドはズタズタよ。当分は忘れられない屈辱ね。ここで会ったが百年目――と、言いたいところだけど。……まあいいわ、取り敢えずは勘弁してあげようじゃない」

 俯いたまま小杉の非難を受け止めようとしていた由紀江は、え、と驚いたように顔を上げた。対する小杉は相変わらずの仏頂面で、不機嫌そうに言葉を続ける。

「考えてみれば先にケンカ吹っ掛けたのはこっちだし、それで返り討ちに遭ったからっていつまでもグチグチ言ってるようじゃ、プッレ~ミアムな武蔵一族の沽券に関わるし。……言っとくけど、別に許したワケじゃないから。いつか私がもっとプレミアムに進化を遂げたら、その時こそ皆の前でアンタを叩きのめして借りを返すわ!せいぜい首を洗って待っておくコトね」

 そっぽを向いて鼻を鳴らしながら、ぶっきらぼうに言い放つ小杉。武蔵小杉は基本的に馬鹿でエリート意識ばかりが高く、加えて人を見る目がない愚物ではあるが、一度実力を認めた相手に対しては相応に寛容な態度を見せるタイプの人間だ。気質としてはS組生徒の典型と言ってもいいだろう。しかし、そんな小杉の対応がよほど意外だったのか、目を丸くして硬直している由紀江に、私は悪戯っぽく笑いかけてみせた。

「ね、心配は要らなかったでしょ?前にも言ったじゃないか、“私たちは力有る者には寛容だ”ってさ。ちなみに念の為に確認しておくけど、キミも文句はないよね、子分A」

「へ、自分ッスか?そりゃあもう勿論ッス、自分より“強い”相手に従うのは自分的には当然の事ッスし、ボスのご友人って事なら尚更、敬って敬って敬い倒すのが当然ッス。もうどんなにボロックソな扱いをされたところで甘んじて受け入れちまう覚悟ッスよ!これからは敬意を込めてまゆっちの姐さんと呼ばせて頂くッス!あ、自己紹介がまだッスよね。自分の名前は可児かま――」

「えー、と。ってワケだからよろしくしてやってね、まゆっち。二人とも友達と言うには色々とアレな感じだけど、まあ根はそこまで悪い連中でもないからさ。たぶん」

「は、ははははいっ!」

 “友達”という単語に何かを感じたのか、緊張にカチコチと固まった表情ながら、二人を見る由紀江の目は輝いていた。出会いの形はどうあれ、そして相手の性格はどうあれ、念願の友達が新たに増えるかもしれないという時点で、由紀江にとっては絶対的に大きな意味を持つのだろう。鬼気迫る、と形容してもさほど的外れではない気迫と共に、彼女は深々と頭を下げた。

「ふ、不束者ではありますが、よろしくお願い致しますっ!武蔵さん、カニカマさんっ」

「ダウトォッ!カニでもカマでもカニカマでもないッス!そんな渾名が定着しちまった日には真剣で泣いちゃうッスよ自分!断固撤回を要求するッス!キシャァァァッ!」

「あうあうあう!?」

『一歩目で地雷踏み抜くとか不束者ってレベルじゃねーぞまゆっち!泣けるで!』

 大いに慌てながら平謝りに謝っている由紀江と、ここぞとばかりに図に乗って上体を反らしながら謝罪を受けている子分A。そして、「あの腹話術、挑発用じゃなかったんだ……」と顔を引き攣らせている小杉の三人を順番に見遣って、私は静かに目を細める。

 何はともあれ、面通しは片付いた。我がクラスメート達はお世辞にも素晴らしい友人と言える種類の人間ではないが、同時に黛由紀江は“友達”を選り好みする種類の人間ではない。私が懸念していたのはむしろ1-S側の面々が彼女を受け入れない、という事態だったのだが、そこは事前の根回しが役に立ったようだ。小杉も子分Aもそこそこ好意的に由紀江と接する姿勢を見せている。よほどの下手を打たなければ、時を重ねる内に自然と適応するだろう。そうなれば、黛由紀江と1-Sとの結び付きはますます強固なものとなる。

 一年生最大の不確定要素。ひとたび鞘から抜かれれば留め得ぬ暴威。その存在を律する為の鎖は、一つでも多い方が良い。

「あーっ!アンタはっ!」

 だからこそ――聞き覚えのある元気溌剌とした声が自身の傍で上がった時、私は勝手に吊り上る口元を周囲に悟られないよう、猫を被り直さなければならなかった訳だ。すなわちその笑みを嫌味ったらしい嘲笑へと変質させながら、私は声の出所へと振り返った。

「やあやあワン子センパイ、今日も相変わらず××××だね。××××が×××××じゃなかったら××××だよ。やっぱり××××が××××なの?」

「ぐ、ぐぬぬ、こ、このネコ娘はいつもいつも……!センパイは敬うべし、ってジョーシキをアンタの主人は教えてくれなかったのかしらね!」

「生憎と暑っ苦しい体育会系のノリは苦手はなんだよねぇ、ほら私ってばどの角度から見ても気品溢れてて奥ゆかしい文化系だからさ。センパイこそ、すぐにそうやってキャンキャン吠え掛かるお下品な癖はどうにかならないのかな?くふふ、どうせ飼い主の躾け方が悪いんだろうけどね」

「む、アタシはともかく大和を悪く言うのは許せないっ!やっぱりここはセンパイの威厳を見せつけてやらないとダメね!ぐるるるるっ」

 自分が飼い犬呼ばわりされる事は構わないが、飼い主への悪口は看過出来ないらしい。大した忠犬っぷりだ、といっそ感心しながら、こちらに向けて威嚇の唸り声を上げている先輩を眺める。

 川神学園2-F所属、風間ファミリーの一員にして川神百代の義妹、川神一子。直接的に知り合ったのは以前の決闘の前後で、私達はその日以降、顔を合わせる度に小競り合いを起こす程に密接な関係を築いてきた。大抵の場合、向こうから突っ掛かってきたところに私が反撃を加える形だ。精々が小学校高学年程度の思考回路の持ち主を相手に我ながら大人気ない態度だとは思うが、どうにもあの能天気な顔を見ていると自分を抑えられなくなってしまう。恐らく遺伝子レベルで相性が悪いのだろう。全く以って困ったものではあるが、こればかりは先天的に定められた不可避の運命であり、決して私に非は無いのだ。

 と言う訳で、今回もまた自重を自重する事にして、迎撃再開といこう。

「あぁやれやれ、そんな風に時と場合を弁えずに噛み付こうとするから駄犬扱いされてるって、どうして分からないかな?まあどうせ何度やっても私が勝つだろうから勝負してあげてもいいけど、残念ながら今は駄目だね。私にはご主人の決闘を見届けるっていう大事な大事な使命があるんだからさ」

「むむ、腹は立つけど……まあ確かに今はあっちを観戦する方が先決かも。いつかノブナガにアタシを認めさせるためにも、相手の研究は怠らないわ!ふふーん、ただトレーニングに励むだけが修行じゃないってコトよ。銃剣日ってヤツね!」

「……。えーと……“智勇兼備”?」

「そうそれ!って訳で、アタシはノブナガの動きをばっちりチェックしちゃうけど、それって部下としては困るんじゃない?止めたいなら止めてくれてもいいわよ!」

「ハハッ。お気遣いはとってもありがたいけど、全く以って無駄な心配だね。そして無駄な努力でもある。センパイ程度の力量の武人が幾ら目を皿にして見張ってたところで、ご主人の武を暴くコトなんて到底出来っこないんだからさ。結局、“壁”の向こうを覗き込めるのは、あっち側の領域に辿り着いちゃった化物だけだよ」

 と意地悪に言ってはみたものの、実際は世界に点在するマスタークラスの実力者ですら、織田信長の実力の底を正確に測る事は出来ないのだが。何せ深淵へと続く底無し沼にカモフラージュされた水溜りだ、誰であれ直接足を突っ込んでみない事には判断の術がないだろう。そして、世の中の一般的な武人は、実力を見通せない相手=格上という認識を抱く場合が多い。我がご主人は凶悪なオーラのみならず、その在り方そのもので相対する者を幻惑しているのだ。かくいう私自身も最初はものの見事に騙されていた訳で、つまりは警戒心の強い慎重な人間であるほど欺かれてしまう――考えてみれば何とも性質の悪い詐欺だった。

「う~ん。それにしても、せっかく急いで来たっていうのに、まーだ決闘は始まらないのかな。これじゃ焦って校舎内Bダッシュを敢行した私が馬鹿みたいじゃないか全く」

 世界レベルの怪物達をも容易く騙しかねない件の詐欺師は、既に観客達の織り成す輪の中心で悠々とスタンバイしている。間近に控えた決闘に対する緊張も気負いも窺えない、絶対的な余裕と自信を総身から滲ませた悠然たる立ち姿。有象無象とは存在の格が異なる、万人の頂に立つべき王者――表向きにはそんな威風堂々たるオーラを振り撒いているその裏では、絶えず必死に頭脳をフル回転させて小賢しい策謀を練っているのだろう。そう考えると、思わずふと笑みが零れてしまいそうになる。川神学園の誰もが――あの武神ですらもが一目置く男。その奥に隠された本当の姿を知っているのは、私達だけ。彼が心を開き、自身の秘密を打ち明けたのは、世界で私達だけなんだ、と。何というか、クールでクレバーな私らしくもない幼稚な優越感だとは自覚しているが、まあ他ならぬ“家族”の事だ。少しばかり感情の制御が甘くなっても仕方がない。

「お、やっと対戦相手の入場みたいッスよ。あの織田先輩をお待たせするたぁイイ度胸ッスよねぇホント」

 感心したような子分Aの顔が向く先を目で追えば、グラウンドの中心を目指して群集の間を歩く一つのシルエットが視界に入った。成程、ようやくか。心中で呟きを落とすと、敵愾心も露にこちらを睨み付けている先輩へと向き直る。そして、どこまでも嫌味ったらしい笑顔を貼り付けながら言葉を投げ掛けた。

「ま、どう足掻いても無駄な努力である事は変らないけど、精一杯頑張って探ってみるといいんじゃないかな。くふふ、そっちの飼い主さんにもよろしく伝えておいてね、ワン子セ・ン・パ・イ。じゃ~ね~」

 呑気な声の向かう先は、目の前で向かい合う川神一子の、その背後――観戦に訪れた2-Fの面々。直江大和、風間翔一、源忠勝、椎名京。島津寮在住の四名の注意が間違いなく自分の方に惹き付けられている事を確認してから、私は飄然と踵を返し、彼らの隣に屯している集団の方へと戻った。すなわち、普段の面子に“黛由紀江を加えた”1-Sメンバーの下へと。

「はぁやれやれ。毎度毎度どうして突っ掛かってくるかな、あのセンパイは。うーん、やっぱりライバル視されちゃってるのかな?」

「こ、これが噂に聞く、強敵と書いて友と読む関係……憧れます。うぅ、そのコミュニケーションスキルが心の底から羨ましいです」

『友達作りの秘訣ってヤツをまゆっちにそっと囁いてやっても――バチは、当たらねーんだぜ?』

「いやいや、キミは色々と夢見過ぎだよまゆっち。アレは私にとって不倶戴天の仇敵、宇宙が一巡しても友情なんて芽生える余地はないって。……ま、それはともかくとして」

 改めて、グラウンドの中央へと視線を向ける。そこでは、既に二人の決闘者が向かい合って対峙していた。相変わらず尻尾を巻いて逃げ出したくなるような威圧感を撒き散らしている我がご主人。そしてもう一人は―――

「……今更だけど、誰なのかなぁ?」

 どうにも見覚えのない人物だった。学園指定の制服をだらしなく着崩した、精悍な顔立ちの男子生徒。平均よりも身長が高く、顔の造りも悪くない。客観的に見てなかなかのイケメンではあるが、ヘラヘラと笑った口元が拭えぬ軽薄さを醸し出しているので個人的にはナシだ。という至極どうでもいい評価は脇に置くとして。さて、どちら様だろうか。

「あー、あれは確か、2-Gの先輩ッスねぇ。資料があった筈なんでちょいとお待ちをッス」

 子分Aは肌身離さず持ち歩いている分厚いレポート用紙の束を取り出すと、猛烈な勢いでページを捲り始めた。川神学園全校生徒のプライバシーを詰め込んであるとの触れ込みの、ある意味凄まじい危険物だ。あっという間に目的のページを探し当てると、子分Aは実に活き活きとした表情でその内容を読み上げ始めた。

「2-Gクラス出席番号26番、蜂須賀栄斗。成績とか趣味とか好物とかきっちりばっちりデータ揃ってるッスけど、ボス――」

「興味ないね。必要事項だけさっくり伝えてくれれば結構だよ」

「……。そッスか……」

 よほど調べ上げた個人情報を披露したくて堪らなかったらしい。子分Aはいかにも残念そうな様子でがっくりと肩を落としたが、気を取り直して再び紙面に目を落とす。

「今タイムリーに必要なデータと言えば、やっぱ武術関連ッスから……えーどれどれ、武術経験は……一応は空手部に所属してるッスけど、やる気は皆無。要するに幽霊部員ッスね。まぁでも家が武士の家系ッスから、実際に戦えば主将より強いんじゃないかって評価を受けてるッス。今の2-Gを実質的に仕切ってるのはこの人ッスね。素行が相当悪いって事で、クラスの中では怖がられてるみたいッス」

「ふむふむ、成程ね。他に何か有益な情報は?」

「んー、役に立つかは微妙な情報ッスけど。どうもこの先輩、入学以来2-Fの風間先輩をライバル視してるみたいッスねぇ。実際に何度か決闘も吹っ掛けてるんスけど、今のところ全敗。まあ直接戦闘形式じゃなかったみたいなんで、結果はそれほどアテにならないかもしれないッス」

「へぇ?あの人間台風なセンパイがライバル、ねぇ。それはまた何とも」

 風間ファミリーのリーダー、風間翔一。恐怖の帝王・織田信長の侵攻を水際で食い止めた男として、ここ最近で急激に校内の評価を上げている先輩だ。ご主人もまた、「大した奴だ……やはり天才か……」などと真顔で漏らしていた辺り、彼の事は高く評価しているのだろう。元々がエレガンテ・クアットロの一員という事で女子人気は非常に高かったのだが、例の決闘にて見せた気骨は男子生徒の胸をも打った様で、現在では男女問わず多くの生徒に支持される人気者である。

 だがしかし、人気者の宿命として、妬み嫉みの目からはどう足掻いても逃れられない。彼の破天荒で華々しい活躍は人の注目を惹き付ける分、どうしても敵を作らずにはいられないのだ。恐らくは蜂須賀某という件の先輩もまた、そういった“敵”の一人なのだろう。

「さて、両者揃ったの。それではルールを確認するぞい。勝負内容は武器を用いぬ格闘戦、両者共にハンデの類は特になし。つまりは見事なまでの真っ向勝負じゃの」

 学長・川神鉄心が口にした確認の言葉を受けて、ギャラリーが騒然とざわめきを見せた。当然の反応だ――“あの”織田信長を相手に真正面から勝負を挑むという事が何を意味しているのか、観衆の大多数は理解しているだろう。奥義・殺風……ハッタリの威圧だと理解している私ですらも思わず背筋が凍り付くような、絶望と恐慌の嵐。風間翔一との決闘を通じて、その規格外の暴威は否応無く彼らの目に焼き付けられた筈なのだから。

「オイオイ、幾ら何でも無茶だろそりゃ」
「無茶しやがって……」
「あの風間でもハンデ付きで一矢報いるのが限界だったのに、ガチ勝負なんてどう考えても無謀だぜ」

 その証拠に、決闘者へと投げ掛ける言葉の方向性は誰もが同じ。要するに「やめとけ」というシンプルかつ的確な忠告だった。それらの声は確かに蜂須賀の耳に届いた様だが、しかし残念ながら心にまでは届いていないらしく、依然としてふてぶてしい態度を崩さないまま、臆した様子も無くご主人を睨み付けている。

「けっ、うるっせぇ連中だぜ。風間が何だってんだ、どいつもこいつも少しばかり運が良いだけの素人を持ち上げやがって。俺が本気でやりゃーあんなヒョロっちい優男、瞬殺なんだよ。あの野郎に出来て俺に出来ない道理はねぇんだ……」

「……」

 苦々しげに吐き捨てる蜂須賀を、ご主人の空恐ろしいまでに醒め切った目が見つめていた。例の如く能面と見紛う無表情からは一切の感情を読み取れない。

「オイ、信長さんよ。てめぇも俺と風間の野郎を一緒にすんじゃねぇぞ?俺はあいつとは違う、余計なハンデなんざなしに叩き潰してやるぜ。転入生の分際で俺らを仕切ろうなんてふざけた事は、二度とほざけねぇようにしてやるよ」

「……くく、元より貴様と風間翔一を同列に並べる心算など皆無よ。貴様と奴の差異は、自明だ」

「へっ、分かってんじゃねーか。俺は昔から武道を仕込まれてんだ、フラフラ遊び回ってただけの素人とは鍛え方が違う。全力で掛かって来いよ、瞬殺されちまうとみっともねぇぜ?」

 傲然と言い放つ蜂須賀に対し、ご主人は無言で応えた。やはり彼が何を考えているのかは判らないが、まあ大体のところは想像できる。そして同時に、この決闘の“意義”についても大凡の予想が付いた。成程、事前に私への通達が来なかったのはそういう事だったのか。

 蜂須賀とやらのあの態度――間違いなく、ご主人を軽く見ている。有体に言って、舐めている。一体全体どのような思考回路を以ってその認識に至ったのか、是非とも頭蓋を割り開いて確認してみたいところだ。私が物騒な妄想に浸っていると、子分Aが挑戦者に対する感想を漏らした。

「いやぁ、身の程を知らないヒトっていうのは傍から見てると恐ろしいモンッスねぇ。自分もそこそこ腕に覚えがあるッスけど、あの先輩を相手にガチ戦闘を挑むとか想像だけでも勘弁ッスよ。くわばらくわばらッス」

「何だかやけに実感こもってるねぇ子分A。キミってご主人と直接の面識あったっけ?」

「あー、実はつい先日、バイト先で予想外のホラー体験を――あ、やっぱやめとくッス、思い出しただけで心臓が痛くなってきたッス……」

 何やら勝手に顔を青褪めさせている子分Aの姿に、首を傾げる。確か彼女は梅屋でバイトをしている筈で、そこで何事かイベントがあったのだろう。まあさして重要な事でもなし、わざわざ追求する必要もないか。そんな風に考えている私の横で、小杉が呆れ顔で蜂須賀を見遣りながら口を開いた。

「相手とのプレミアムな実力差も見極められないってのは哀れよね~。ま、痛い目見ても自業自得ねアレじゃ」

「え、よりによってキミがそれ言っちゃうんだ。それとも自虐ネタなのかな?あははは、何にせよ噴飯モノだよね~。まゆっちもそう思わない?」

「ふ、不意打ちで途方もないキラーパスがこちらにっ!?」

『ネコっち……恐ろしい子!ホンマS組委員長は現代のマルキ・ド・サドやで……』

 初対面の時は見事なまでにドン引きしたものだが、一緒にいる内にこの珍妙な一人芝居にも段々と耐性が付いてきた。というか、弄って遊ぶとこれ以上なく楽しいという事に気付いてからは、積極的にネタにさせて貰っている。由紀江がいじられ役の立場に回った方が、プライドの高い1-S連中の受けがいいという打算も絡んでいるが、その辺りの事情を度外視しても美味しいキャラだった。勿論、前提として超弩級の変人である事には間違いないが。

 そんな訳で由紀江を適当にからかっていると、何時の間にか決闘が始まろうとしていた。両者は数間の距離を置いて対峙し、無言の内に緊迫した空気を生み出している。グラウンドを覆う雰囲気が張り詰めていくに従って、観衆達の織り成す喧騒も徐々に静まり、やがては厳粛な沈黙が決闘場に降りた。そのタイミングを見計らっていたかのように、川神鉄心が音声を張り上げる。

「――これより川神学園伝統、決闘の儀を執り行う!両者とも、名乗りを上げるが良い!」

「2-G所属、蜂須賀栄斗だッ!てめえをブッ倒せば、阿呆な連中にも誰が“本物”なのか理解出来るだろうさ。へっ、俺は実際に闘いもしねえ内からビビって震えてる臆病者とは違うぜ」

「2-S所属、織田信長。……成程、貴様を“選んだ”のは、やはり正解だった様だ」

 邪悪に弧を描く口元から、おもむろに告げられた言葉。その意味するところを計りかねたのか、蜂須賀栄斗は不可解そうに眉を顰める。しかし、詮索の時間は与えられない。決闘の開始を宣言すべく、主審たる学長の咽喉は既に震わされていた。

「いざ尋常に、はじめぃっ!!」

 



――正直なところを言うと、私は少しばかり心配していた。外聞の問題もあって面に出す訳にはいかなかったが、一対一の純粋な格闘対決という形式はどうしても不安を誘う。ご主人こと織田信長は断じて評判通りの絶対強者などではなく、あくまで一般人レベルの身体能力しか有さない脆弱な武人だ。これまでの決闘の如く、ルールを利用した搦め手を用いるでもなく、ただ単純に正面から相争うなどというシチュエーションは彼の本領からは程遠い。故に、いまいち実力の判明していない相手との衝突の中で、何かしら不慮の事態が生じはしないか――そんな風に一抹の不安を感じていたのは否定出来ない。

 まあ結果を見れば、所詮、それも杞憂に過ぎなかった訳だが。

 今まさに繰り広げられている決闘風景を眺めながら、私は小さく安堵の吐息を漏らした。

 端的に言えば、風間翔一との対決の焼き直しだ。蜂須賀某の繰り出す拳打と蹴撃の全てを逸らし、躱す。何の焦りも気負いもなく、ルーチンワークをこなすかのように淡々と。あらかじめ攻撃の順序を打ち合わせているのでは、との錯覚を観客達に抱かせる程に、その立ち回りには澱みがない。

「う~ん。遊んでるね、ご主人」

 そもそもあの程度の実力の相手ならば、わざわざ攻撃を避ける必要すらないのだ。開始と同時に集中威圧で身動きを封じるなり、意識を刈り取るなりしてしまえばそれで済む。所詮は常人でしかない風間翔一がそれらの重圧を撥ね退けて“闘い”の段階まで進めたのは、あくまで彼の特殊性に依るものだ。肉体と精神の双方で突出した能力を持つ人間に非ざる限りは、軍人ですらも問答無用で縛り上げる殺意の拘束に抗う術などない。そして先程から観察していても、今回の対戦相手たる蜂須賀は精々が強力な不良レベルの武人だった。であるにも関わらず、未だに決闘が決闘として成立している理由は明白。ご主人が、全力で手を抜いているからに他ならないだろう。

 まあ当然か――彼の目論見を考えれば、実を刈り取るのはまだ早い。

「何度見てもあの身のこなしは凄いですね……、あそこまで無駄のない、綺麗な立ち回りはなかなか見られないと思います。氣も使わずに、よくあそこまで」

「ふふん、やっぱり私のプレミアムな目標に相応しい実力ね。あの誰をも寄せ付けない絶対の余裕……あれこそ私の理想形!いつかはあの域まで辿り着いてみせるわ」

「ま、ご主人ってばここに至るまで散々地獄の鍛錬を積んできたみたいだし、あれくらいは序の口さ」

 極限まで研ぎ澄まされた観察力と反射神経、動体視力、そして何より人生の中で培ってきた直感によって織り成されるのは、常人の限界を踏み越えた回避能力。微細な筋肉の運動から相手の予備動作を読み取り、攻撃の描く軌道を瞬時に計算し、最低限の動作のみで身を躱す――口で説明するのは簡単だが、それを実現するのにいかほどの訓練を要した事か。ましてや、武神は言うに及ばず、私にすらも遥かに劣る、凡夫と言うべき武才を以ってその技術を習得するのは、文字通り命懸けの修行を必要としたに違いない。彼の能力は、ひとえに執念と熱意の結晶であった。それを他者の口から、ましてや剣聖の娘から手放しに賞賛されたとあっては、ついつい私の頬が緩むのも無理はない。いかなる形であれ、身内が褒められるのは嬉しいものだ。少し浮き上がった気分に任せて、舌が勝手に動いた。

「っていうかぶっちゃけあの程度、ご主人にとってはお遊戯みたいなものなんだよ?あの人が本気で動いたら想像を絶する衝撃波で川神市が消し飛ぶし、ましてそれが相手と激突したら地球がヤバイ。ご主人の喧嘩で地球がヤバイ」

「……冗談、ッスよね?」

 冷や汗を垂らしながら恐る恐る尋ねてくる子分Aに、清々しい笑顔で答える。

「うふふふ、さあてどうだろうね。残念ながら私はまだその場面を見た事ないから、嘘かホントかは私にも分からない。正直に言って、あの驚天動地なご主人の本気なんて見たいとも思わないけど。パンドラの箱は金庫に入れて海底にでも沈めておくのが一番さ」

「…………」

 決闘中のご主人へと視線を向けながら、皆は揃って神妙な顔で黙り込んだ。この場にいる全員が私の言葉を荒唐無稽な冗談として一笑の下に笑い飛ばせないのは、事実として隕石を召還したり、それを宇宙空間を貫く気功波で消滅させたりする常識外の怪物が実在しているからだろう。そうでなければ嘘吐きを自認する私と言えども、冗談でもここまでの大法螺は吹けない。ただの妄想家扱いされるのがオチだ。

 さて、私が健気にも些細な嘘を吐いて“織田信長”の虚像を浸透させる作業に励んでいる間にも、グラウンド上では二人による決闘が進行している。見れば、蜂須賀の仕掛けた都合二十三回目のラッシュが、悉く掠りもせずに終了したところであった。全力で拳を繰り出し続けた結果、肩で息をしている蜂須賀と、余計な動作を省いた回避に徹した結果、汗の一つも掻いていない我がご主人。その対比一つ取ってしても、両者の間に隔たる格の差は誰の目にも明らかだった。しかし、そもそもにしてその現実を認められるような柔軟さを持ち合わせている人間ならば正面からの決闘を挑んだりはしないワケで。蜂須賀は苦々しげに表情を歪めて、眼前のご主人へと罵声を浴びせた。

「――くそ、てめえ、さっきからちょこまかと逃げ回りやがってッ!それだけしか出来ねえのかよヘタレが、男なら真っ向から闘いやがれ!それともなんだ、怖えのか?え、俺が怖えのかって訊いてんだよクソ野郎ッ!」

 自分の攻撃が欠片も命中しないのは相手が逃げに徹しているからであって、特に決定的な実力差がある訳ではない。正面から殴り合えば間違いなく勝てる――虚勢や挑発の類ではなく、蜂須賀は心の底からそんな風に信じている様子だった。その思考が地味に真実を掠っているのは面白いところだが、それはさておき。織田信長としてはこの侮りの念に満ちた罵倒を黙って見過ごす訳にもいかないだろう。ならば、そろそろ行動の時、か。

「……成程。くく、然様である、か。成程、な。漸く、得心がいったぞ」

「あぁん?いきなり何言ってんだてめえ!御託はいいからさっさと掛かって――」

「く、くくくくっ、ははははははははっ!!」

 不意にその喉元から漏れ出た哄笑に、グラウンドが一瞬にして凍り付いた。“それ”は笑い声と形容するにはあまりにもおぞましい、まさしく悪魔の嗤い。ぞわぞわと背筋を這い上がる怖気に、観客達が息を呑み、身を震わせた。本能的な恐怖を煽る笑声が暫し決闘場に響き渡り、そして墓場を思わせる静寂が訪れる。誰もが怯え竦む中、ご主人は酷薄に口元を歪めながら、朗々と声を発した。

「――俺は漸く、答を得た」

 先程の哄笑が嘘だったかのような無表情で、無感情に言葉を続ける。

「予ねてより、俺には一つの疑問が在った。何故に、俺に挑み、俺の歩みを阻まんとする輩が絶えぬのか。万人を跪かせる威を示し、力を示して尚――俺に歯向かう有象無象は消え失せぬのか。そして、その問いに対する答を、俺は今まさに得た」

 絶対零度の視線が射抜く先は、己が決闘相手たる蜂須賀栄斗。気迫に呑まれ、彫像の如く硬直している彼を醒めた目で見遣りながら、ご主人は淡々と言を紡ぐ。

「俺は、自らを基準に物事を考えるべきではなかった。塵芥には塵芥の、無能には無能の価値観が在るという可能性を、俺は失念していた。己が身へと厄災が降り掛からねばその恐怖を理解できぬ程に、蒙昧且つ愚昧な輩が存在するという自明の事実に、俺は思い至らなかった。――是は、大いなる失態よ。だが、過失を教訓とし、己が糧と換えてこその覇道。故に、俺の為すべきは、唯にして一つ」

 悠然と言い放つと同時に、ご主人は動きを見せた。常にポケットに隠されていた両手が、陽光の下に晒される。ただそれだけの動作に対し、しかし観客達の間では大きな動揺の波が生じた。何せ、これまで繰り広げてきた幾多の決闘の中で、彼が自らの“手”を用いた事は一度もない。四肢の内の二つまでもを封じながら、彼は悠々と勝利をもぎ取ってきた。すなわち、ハンドポケットは絶対強者たる織田信長の在り方を体現した、余裕と遊び心の象徴だったのだ。

 その封印が今、解かれた。果たして何事が起きるのか、とギャラリーが固唾を飲んで状況を見守る中、ご主人は自由を得た両腕を左右に広げ、不敵に言い放つ。

「遊戯では物足りぬと云うならば。恐怖と絶望が足りぬと云うならば――良かろう、手ずから心身に刻むまで。さぁ、来るがいい。貴様の望む通り、心ゆくまで仕合ってやろう。くく、如何した?よもや自ら俺との闘争を望みながら、逃げる心算か?」

「っ……ざっけんじゃねえぞ!誰が逃げるか、俺を誰だと思ってやがる!たかだか手を使ったくらいで、俺に勝てるハズがねえんだよッ!」

 自らの内に芽生えた恐怖心を無理矢理に振り払おうとするかの如く咆哮すると、蜂須賀はご主人へ向けて真っ直ぐに突撃した。迅速な踏み込みと共に繰り出されるのは、顔面を狙った強烈な上段突き。一般人が相手ならば致命の一撃となり得る破壊的な拳打。空気を切り裂いて自身へと迫る拳の軌跡を、ご主人は冷徹な眼差しで追い、そして――事も無げに、“掴んだ”。五指が手首を締め上げ、正拳の勢いを瞬時に殺し切る。結果、顔面の手前で寸止めされる形で、拳は完全に静止した。

「論ずるに足りん。評価対象外、だ。この程度の拳速を以って俺の身に届かせようとは、片腹痛い」

「てめ、離しやがれ――がぁぁあああっ!?」

 蜂須賀が狼狽を顔に貼り付けながら振り払おうと試みた瞬間、苦悶の悲鳴が上がる。握り締められた手首が、メキリメキリと猛烈に嫌な音を立てていた。アレはさぞかし痛いだろう。さて、以前の人間力測定で出たご主人の握力は一体全体何キロだったかな、と記憶を掘り返していると、鈍い打撃音と共に悲鳴が止んだ。見れば、蜂須賀はお返しとばかりに拳を水月に突き込まれ、幾度も咳き込みながら膝を付いて悶えていた。犯人たるご主人はと言えば、追い討ちを掛けるでもなく、ただ胸の前で両腕を組み、傲然とその姿を見下ろしている。

「ふん。些か、刺激が強過ぎたか?これでも力の及ぶ限りの手加減は施してやった筈だがな。潰さぬよう蟻を踏むのは、力の加減が難しいものよ」

 淡々と口にする言葉には怒りもなく、愉悦もない。己が為すべき事柄を機械的に消化しているだけ――そんな印象を植え付ける姿は、人間離れした不気味さを総身に湛えている。

「ぐ、ぅ、舐めんじゃねえぞ、ラッキーパンチが入ったくらいで浮かれてんじゃねえよ低脳が!」

「くくっ、元気良く吼えるものだ。やはり躾が必要、か」

 言うや否や、欠片の躊躇も無く次なる一打が撃ち込まれた。肝臓を抉られた蜂須賀は、先程とは種類の異なる激痛に襲われている事だろう。よろめきながら防御の姿勢を取ろうとするも、続けて放たれた三打目はそれすらも許さない。鏃の如き拳は不完全なガードを容易く素通りし、正確無比に腎臓へと突き込まれた。続け様に神経を苛む苦痛に耐えかねて、苦悶の色で彩られた絶叫が迸る。

「あちゃー、あれは痛いだろうなぁ。ご愁傷様だねホント」

 実にえげつない。観戦しているこちらが思わず眉を顰めたくなる程に暴力的な光景だ。人体急所のみをピンポイントで狙った連撃――それらは一貫して、相手の打倒ではなく、苦痛を与える事を主な目的としている。無慈悲な冷徹さで行われた一連の動作には、まるで容赦というものが見受けられなかった。これは技術がどうこうと言うよりも、他者を痛めつける行為に手馴れている、と言うべきだろう。

 それにしても、見事なまでに一方的だった。相手の蜂須賀という先輩が格別に弱い訳ではない。私の見立てでは、学年ベスト16辺りには食い込んでも不思議はない程度に、彼の戦闘技能は優れている。単純な武力で競うならば、ライバル視しているという風間翔一よりも確実に上を行くだろう。彼にとっての不幸は、彼が武人として一線を踏み越えた強さに到達できていない事に他ならなかった。私のご主人もまた同様に一線を越えられない武人ではあるが、しかし彼は“踏み越えた相手”と張り合う為、限られた才能を限界まで磨き上げ、無理矢理にでも形にした男だ。握力に腕力に脚力……あらゆるパラメータは既に学生の域を軽く凌駕している。仮に氣の使用を禁止とする戦闘ルールが適用された場合、純粋な身体能力で彼と満足に渡り合える武人は多くはないだろう。そうした基本能力の高さに加えて、何よりご主人は実戦というものに馴れている。勝利への道筋を探り当てる、いわゆる勝負勘とでも言うべきものが常人以上に発達しており、試合運びの巧さが素人離れしているのだ。「ガキの頃からの経験の賜物だ」と本人は苦笑混じりに語っていたが、果たしてどれほど殺伐とした幼少時代を送っていたのやら。彼は過去の自分について多くを語らなかったが、想像するだけで憂鬱な気分になれそうだった。

 兎にも角にも、両者の実力差はもはや明白。私の目から見ても、或いは観衆の目から見ても――蜂須賀栄斗に勝機は存在しない。

「がはっ、ぐぅっ、やりやがったな畜生……!調子に乗るなよ、今すぐぶっ殺してやるッ」

 しかし、当人の闘志の炎は未だに絶えていない様子で、憎悪を込めた眼差しでご主人を睨み据えている。この段階に至っても彼我の力量差を認められない程に愚昧なのか、或いは悟っていながらもプライドが邪魔をして退けずにいるのか。果たしてどちらが真実なのかは推察する事しか出来ないが、間違いなく言える事がある――何れが真実であったにせよ、それは私のご主人が希望し、予見した通りの反応に過ぎない。蜂須賀を見遣るご主人は常と変らず、鉄壁の無表情。しかし私の脳裏には、「してやったり」とほくそ笑んでいるあくどい顔が鮮明に浮かんでいた。

「……未だに心は折れぬ、か。名誉と誇りに目が眩み、存在しない勝機を追い求める。実に、実に忌むべき悲劇よ。斯様な直視に耐えぬ因果は、根元より断ち切らねばなるまい?くくっ」

「な、何意味分からねえこと言ってやがる……!」

「意を解する必要はない。貴様は、只一つの事実を知っていればそれで良い」

 傲岸不遜に告げ終えた途端、俄かにグラウンドの空気が震撼した。

 肌に突き刺さる寒気の出所は――ご主人の、右手。内より漏れ出したドス黒い瘴気が霧状のオーラと化して纏わり付き、指先から肘に至るまでの部位を覆い隠している。不吉を具現化したかのような禍々しい有様は、まさしく悪魔の右腕と形容するに相応しい。その異様な光景を前にしては流石に竦まずにはいられなかったのか、蜂須賀は顔色を青くして狼狽えていた。

「くふふ、これはいよいよ、本格的にセンパイの冥福をお祈りしなくちゃね。AMEN」

「おおお、アレッスか!?遂にアレを使っちまうんスか!」

「え?キミ、ご主人が何してるか分かるの?」

「当然ッスよ!間違いないッス――アレは奥義・暗黒吸魂輪掌破の構えッ!そうッスよねボス!」

「残念だけど邪気眼を持ってない私にはワケが分からないよ」

 そんな唐突に思春期特有の病を発症されても私としては対処に困る。

 ……まあ実のところを言えば、敬愛すべき我がご主人のネーミングセンスもまた、些かばかりアレだったりするのだが。流石に子分Aのソレほど突き抜けてはいないが、“殺風”だの“蛇眼”だの、何と言うかこう、中途半端に病気が治り切っていない感じが逆に痛々しいと思うのは私だけではない筈だ。

 ちなみにこれを言うとご主人は真剣で沈みそうなので口には出さない。まったく、我ながら涙ぐましいほどの忠誠心である。天使の如き慈愛と寛容さを兼ね備えるという素晴らしい従者を持った幸福に感謝して欲しい。

「な、なんだよ……そりゃ……!?」

 私の呑気な思考とは裏腹に、蜂須賀の方はかなり切羽詰っている模様だった。目に見える程の瘴気を腕に纏うというビジュアル的な衝撃に加えて、現在のご主人は、今に至るまで意図的に抑え込んでいた威圧感を一気に開放している――当然、その身に降り注ぐ重圧はこれまでの比ではない。本来の威を発揮した“織田信長”を前に、少し腕が立つ程度の一般生徒が平然と立っていられる筈もなかった。焦燥と恐怖を滲ませた表情で後ずさる蜂須賀に、重々しく冷酷な声音が突きつけられる。

「ふん――何時から、俺が本気で勝負に臨んでいると錯覚していた?生死の懸からぬ“決闘”など、所詮は座興。戯れに過ぎん。であるにも関わらず、其処に勝機を見出し思い上がる有象無象のなんと多い事よ。増長した学生風情の遊戯に何時までも付き合う気はない。……故に。此処で、終止符を打つ」

 空間を軋ませる重圧と共に、ご主人が一歩を踏み出す。その右腕に纏う“氣”は禍々しさを増し、凶悪な死臭を漂わせている。傍目にも分かる程の特大の危険を眼前にしている以上、体面やプライドに拘っている場合ではなくなったのだろう。大いに慌てた様子の蜂須賀が、恐らくは降参の意を示そうと口を開きかけて――そのまま固まった。蛇に睨まれた蛙の如く、殺意に満ちた眼光を正面から浴びせられ、舌の動きに至るまでを完全に封じられている。

 視線を媒介に圧縮した殺気を叩き付け、一種の暗示と氣の相乗効果によって心身の自由を奪い取る。蛇眼、と名付けられた威圧術で、対個人の際に真価を発揮する技だ。多大な集中力を要し、精神力の消費が激しく、更に対象と目を合わせなければ発動が不可能というデメリットの多い威圧術だが、それ故に威圧効果の高さは折り紙付きだ。私自身、初めてこれを受けた時には文字通り手も足も出なかった。いかに相手に合わせて加減をしているとは言え、氣の扱えない一般生徒に克服できる筈もなく、蜂須賀は真っ青な顔で硬直したまま、表情に絶望を浮かばせる。その様子を見遣りながら、ご主人は傲然と口を開いた。

「知らなかったのか……?大魔王からは、逃げられない」

 降参など、許される筈もない。死刑宣告にも似た冷酷な言葉と共に、ご主人は更なる一歩を踏み出した。

 身動きの出来ない蜂須賀の眼前まで悠然と距離を詰め、そして。

「貴様の道は一つ。俺の覇道に捧げられる、贄となれ」

 黒に染まった右手が蜂須賀の首筋を鷲掴みにし、強靭な膂力を以って宙へと吊るし上げる。何事が起きるのか、と観客達が息を呑んだ瞬間――

「嗚呼嗚呼嗚呼アアアアアアアアアあアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

 絶叫が、響き渡った。

 いかなる剛の者であれ心胆を揺さぶられずにはいられない、極限の恐慌に染め上げられた悲鳴。喉が嗄れんばかりに叫び続ける蜂須賀の身体には、首筋を掴む右手を伝って漆黒の邪気が纏わりつき、あたかも生物のように蠢きながら浸食している。白目を剥き、全身を痙攣させ、それでも意識を失う事すら許されず、おぞましい瘴気に心身を蹂躙され続ける――そんな、あまりにも非情且つ凄惨な光景をまざまざと見せつけられ、ギャラリーの中から小さな悲鳴が幾つも湧き起こった。私と一緒に観戦している1-Sの面々も、戦慄に身を強張らせ、一様に顔色を悪くしながら唾を呑み込んでいる。

「あ、悪魔だ……人間じゃねぇ……」

「こんな、こ、これが人間のやることかよぉぉ!」

「……魔王の再臨、か。私達は未だ、その脅威を測り損ねていたのかもしれんな」

 死の鷲掴みデス・グラスプ

 対象の体内へと殺気の奔流を流し込み、内側から心身を掻き回す威圧術だ。相手を深刻な恐慌状態に陥れると同時に、経絡を巡る氣の流れを乱し、あわよくば断絶させる事で肉体面を掌握する――間違っても食らいたくないと心から思わせる技だった。内気功によるレジストという対抗手段を持たない相手にはまさしく一撃必殺を誇り、また威圧の効力を自在に調整可能、生かすも殺すも意識を保ったまま苦しめるも術者の意のままという、規格外の凶悪さだ。その発動条件は、自身の掌を直接、相手の身体に密着させる事。――これらの性質からも容易に想像出来るように、この技は捕虜、或いは格下の相手に対する拷問・尋問に特化している。「是非もなし」と溜息を吐いてみせつつ、その実ノリノリで敵対者を甚振るご主人の姿を私はこれまでに何度も見た事があった。演技とか無関係に素の彼は絶対にドSだと思う。その証拠に、哀れな犠牲者の絶叫と苦悶の表情を至近距離で鑑賞する彼の口元には、薄らと嗜虐的な笑みが浮かんでいる。

「――それまでッ!勝者、織田信長!」

 蜂須賀は未だに意識を保ってこそいるが、もはや戦闘を継続できる状態ではないのは誰の目にも明らかだ。何よりそれ以前の問題として、単純に惨たらしい光景を生徒達の前に晒すのが忍びなかったのだろう。焦燥に駆られたような声音で学長が決着を宣言し、そして同時に背筋の凍るような絶叫が止んだ。

「ふん。相も変わらず、斯様な生温さを以って“決闘”とは嗤わせる。が、規則は規則。この身は学生なれば、従わねばなるまい」

 監視するような鋭い目で自身を射抜く川神院総代に対して、実に詰まらなさそうな口調で言い放つと、ご主人は右腕から吊り下がり、ダラリと弛緩した身体を無造作に放り投げた。砂埃を上げて地面に転がった蜂須賀が立ち上がる気配はない。絶望的な恐怖の余韻を示すかのように、ビクビクと小刻みな痙攣を続けるのみだ。体育教師のルーが焦った様子で駆け寄り、氣を用いた治療を開始する。

「さて」

 自身の生み出した犠牲者への関心を欠片も窺わせない無表情で、ご主人は未だ戦慄に怯え竦んでいる観衆へと向き直った。押し殺したかのように重苦しく、それでいて不思議と心の奥底まで浸透する声音で、朗々と言葉を紡ぐ。

「此度の遊戯を以って、俺は俺という存在を“敵”に回す意味を、貴様等に示した。生半可な志と塵芥の如き力量を頼みに俺を斃さんと試みる愚昧さを、自ずから悟る機会を呉れてやった。その上で――今一度、告げるとしよう」

 言霊に込められた圧力は一言ごとに勢力を増し、空気を張り詰めさせていく。

「俺を無用に煩わせるな。身の程を弁えぬ蛮勇は、己が身を滅ぼすと知れ」

 冷酷に放たれた言葉は、鋼鉄の楔と化して聴衆達の心へと打ち込まれた。それらは脳裏に焼き付いた哀れな犠牲者の末路と相俟って、叛逆の気力を根本から削ぎ落とすには十分だった。本来ならば平穏な学園にて遭遇する筈のない、死臭に満ちた暴威を前に、ギャラリーは完全に萎縮し、静まり返っている。

「くふふっ。絶好調だね、ご主人」

 少しばかり脅しが効き過ぎている感もあるが、何にせよデモンストレーションとしては申し分ない成果だろう。ならば、今回の決闘における目標は問題なく達成されたと言っていい。毎度ながら、彼の有する、“自身の望んだ状況を実現させる”能力には脱帽する。

 目標。それはすなわち、織田信長の威信を増強する事。その恐怖をより深く、より広くに浸透させる事。

 「犠牲が足りない」――それは、前々からご主人が口癖のように漏らしていた言葉だ。その意味は、彼自らがこれまでに臨んできた決闘において、実質的な被害を受けた“犠牲者”が居ないという事実を指している。決闘ルールという制限を考えれば過剰なダメージを生徒に負わせられないのは当然なのだが、だからこそ生徒達は織田信長への反抗に際して具体的な危機感を覚えにくい。いかに圧倒的な実力を見せ付けたとしても、敗北にペナルティが伴わないとなれば、挑戦者が完全に絶える事はないだろう。故に、生贄が必要だった。未だに織田信長への反抗心を示す一人を徹底的に痛め付ける事で、敗北に付き纏う傷の深さを生徒達に認識させなければならなかった。

 ご主人曰く、『俺一人で問題なく対処できて、尚且つ叩き潰しても後顧の憂いがない、それでいて意欲旺盛に吠え掛かってくる、理想的な“噛ませ犬”はいないものか』――そして結果的に白羽の矢が立ったのが、蜂須賀栄斗という男だったのだろう。つまるところ、彼は犠牲になったのだ。平和呆けした学生たちに織田信長の脅威と恐怖を改めて知らしめる儀式の、その犠牲に。

 あの光景を見せ付けられて尚、逆らおうなどと考えられるのは、よほどの馬鹿か真の強者のどちらかだろうな、と観客達の様子を窺いながら思案していると、不意に冷たい静寂が破られた。私のすぐ近くで観戦していた、2-Fの集団から騒々しい声が上がっている。見れば、どうやらクラスメート同士での口論が起きているらしかった。

「だから、勝算もないのに挑んでも仕方ないだろ!お前は自分が2-Fの一員だっていう自覚を持って――」

「ええい、止めるな大和!そんな理屈など関係あるか!自分は騎士として、あのような無法は絶対に見過ごせないぞっ!」

「いいから落ち着けって、もっと冷静に――ちょ、待てクリスっ!……あの馬鹿っ」

 何事かと首を伸ばして観察する間もなく、言い争いは打ち切られていた。

 そして、観客達の人垣を猛烈な勢いで掻き分け、弾丸の如くグラウンドの中心部へと躍り出たシルエットが一つ。

 透き通るような碧眼を義憤に燃え上がらせ、絢爛たる金髪を颯爽と翻しながら、暴君の眼前に敢然と立ち塞がる。

「あれは……、中将殿の大事な大事な宝物じゃないか」

 暴虐の魔王に挑む聖騎士の名は、クリスティアーネ・フリードリヒ。その身を案じてドイツ軍中将が特殊部隊を引き連れて学園に乗り込んでくるという、奇妙奇天烈な脅威度を背景に有する人物だ。また、当人の武力もまず確実に学年内でトップクラスを誇るという、総合的に判断して相当な危険人物と言える。

 さてさて、これは私も傍観を決め込んでいる訳にはいかないだろう。もう一本の“手足”の状態を考えれば、私こそが抜け目なくご主人をサポートしてあげなければ。なんだかんだと日頃から偉そうなご主人だが、結局は私が世話を焼かなければやっていけないのだ。やれやれである。

「おい、お前ッ!」

「…………」

 そのご主人はと言えば、突然の闖入者の出現に動じた様子もなく、どこまでも冷徹な目付きで眼前の少女を観察している。

 彼は武力という分野でこそ私達に大きく劣るが、手練手管を以って場の流れを操作する能力に掛けては他の追随を許さない。そういう意味では、今すぐに私が介入する必要性はないだろう。

 外面の印象からすると、フリードリヒ家のお嬢様はさほど頭が回るようにも見えないし、彼一人に任せておいても、労する事無く場を自身に有利な状況へと持っていける筈だ。何せ、いかなる状況であれ、ご主人は焦りや恐怖などの余計な感情に囚われてペースを乱す事はない。

 そう、それこそ相手がご主人の地雷をピンポイントかつ全力で踏み抜きでもしない限りは――


「お前のような不敬者は、このクリスティアーネ・フリードリヒが義の下に成敗してくれる!――僭越にも織田信長公の名を騙る、恥知らずなニセモノめっ!」














~おまけの板垣家~


「オイ、こいつはっ!?……なぁアミ姉ぇ、どう思う?」

「……ああ、間違いないねェ。久々だろうが何だろうが、嫌でも分かっちまうよ」

「うぅ~ん、目が覚めちゃったなぁ。ねぇ天ちゃん、これってやっぱりアレだよね~」

「ああ……、どこのドイツがやらかしやがったのかは知んねーけど、これはぜってーにアレだ。ウチが言うんだから間違いねーぜ」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「「「「――シンが、キレてる……」」」」












 貴重な信長の(本当の意味での)無双シーンでした。モブに対してだけは徹底的に強い主人公です。
 まじこいSをオールクリアしての感想は……色々有り過ぎるので省略しますが、とにかく新キャラ勢を書きたくなる内容でしたね。特に与一のキャラは個人的にクリティカルでした。色んな意味で。ちなみに、少なくとも当分の間は今作の中でSのネタバレに触れる予定はありませんので、未プレイの方もネタバレを気にせず読んで頂いて大丈夫です。それでは、次回の更新で。


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