永遠と云う概念は、凡そ此の世界には存在し得ない。
時空の中にて万物は流転し、いずれ避け得ぬ終焉へと至る。
この残酷な世界に囚われる存在であれば、一つたりとも例外はない。
ならば、壊れた少女の壊れた願いもまた、いつか終わりの刻を迎えるのだろう。
――長い一日が、始まる。
「あー、突然だがお知らせだ。今日からこのクラスに新しい転入生が来る事になった」
“その一日”の本格的な始まりを俺に告げたのは、我らが担任教師・宇佐美巨人が不意に放った一言であった。
四月二十七日、月曜日。そろそろ朝のHRも終わりに差し掛かろうかというタイミングでの発言である。どうにも未だに眠気の抜け切らない顔を並べていた2-Sの生徒達が、突如として降って湧いた一大ニュースを前に一瞬で覚醒を果たしたのは何ら不自然ではなく、むしろ当然の反応と言えよう。
「おお~ビッグ・イベント!今度はどんなのが来るのかな~、わくわく」
「つーか転入生って、また随分といきなりな話だなオイ。なぁ、若は何か聞いてたか?」
「いえ、この件に関しては私も初耳です。こういう時は事前に何かしらの通知があるハズなのですが……おかしいですね。何か事情があるのでしょうか」
「フハハ、何でも良いではないか我が友トーマよ。我が栄光の領地に新たな民草が根を下ろすのは喜ばしい話である!してティーチャー宇佐美、無論その者はS組に相応しき実力の持ち主なのであろうな」
「うむ、気になるゆえ、勿体振らずさっさと此方達に紹介せい。ヒゲの分際で焦らすとは生意気なのじゃ」
「あーはいはい、一旦落ち着けお前ら。これから紹介するから静かにしろ」
先程までの気怠い雰囲気は何処へやら、俄かに活気付き騒然となった教室の様子を、巨人はいかにも億劫そうな面持ちで見渡した。
このオッサンが帰宅中のリーマンよろしく草臥れているのはいつもの事だが、改めて見れば、今朝は普段の三割増で表情に疲労感が滲み出ているように思える。その精気の欠けた顔を眺めていると、どうにもふつふつと嫌な予感が湧き上がってきた。何やら途方もなく厄介な面倒事に巻き込まれるような気がしてならない。所詮は論理的根拠の存在しない只の勘なのだが、しかし残念ながら俺の勘は割と良く当たる。自分にとってマイナスな物事に対しては特に、だ。
転入生の出現という思いがけないイベントの到来にクラスメート達が揃って浮き足立つ中、俺は座席の上でひとり身構えていた。
「それじゃー転入生、入っていいぞ」
教室のざわめきが収まるまで待った後、巨人が廊下に向けて投げ遣りな声を掛ける。
そして、外で待機していたのであろう件の人物が扉を開き、好奇の視線が集中する中、教室内へと足を踏み入れた。気性の傲岸さを窺わせる堂々とした歩調で壇上に立ち、鋭い眼差しでクラス全体を見渡しながら、正体不明の転入生は静かに口を開く。
「マルギッテ・エーベルバッハです」
それだけ言うと、転入生は口を閉ざし、値踏みするように周囲の反応を見守る。
「…………」
そして、異様な沈黙が数秒ほど流れた。誰も彼もが言葉を失い、困惑を顔に貼り付けている。転入生の挨拶そのものに問題があった訳ではない。飾りのない第一声は愛想にこそ欠けるものの、取り立てて奇抜という程のものではなかった。何せ2-Sはかの九鬼英雄を委員長として戴くクラスだ――生徒達の有する変人耐性は他クラスの比ではなく、現れたのが並大抵のイロモノならば動じる事すらない。
ならば今現在、何故に俺を含めた2-Sの面々が揃って言葉を失っているかと問われれば……答は明瞭。
つまるところ、その存在が常識を足蹴して憚らぬ、並外れたイロモノであるからに他ならない。
まず第一に、名前からも予想出来る通りに外国人であるという点――だが、これはまあ問題ないだろう。腰元まで伸びた、燃え盛る火炎のような赤髪や、日本人離れした長身とスタイルが否応無く目を惹くのは確かだが、同じく外国人であるクリスティアーネ・フリードリヒの転入がつい先日である事もあって、容姿に関してはさほどの目新しさを覚える部分はないと言っていい。
だが。物々しい黒の軍服をその長身に纏い、威圧的な眼帯で片の紅瞳を覆い隠し、極め付けには猛犬も尻尾を巻いて逃げ出しそうな獰猛極まる雰囲気を絶え間なく全身から発している点については、どう言葉を取り繕っても擁護不可能である。特に学校というロケーションには場違い過ぎる軍服が致命的だった。これでイロモノ認定されなければむしろ奇跡だろう。
「彼女はドイツから来た留学生でな。F組のほら、この間来た留学生……そうだクリス。彼女の関係者でもあるらしい」
「よろしくお願いする。質問があれば答えてやってもいい」
「あー、何つーか、つかぬ事をお聞きしますが。ひょっとして軍の人っすか……?」
「ああ。栄えあるドイツ連邦軍にて少尉を任ぜられている。敬いなさい」
クラス全体の疑問を代表して恐る恐る問い掛けを発した井上準に対し、マルギッテは何でもないかのようなあっさりした調子で答える。あ、そっすか、と顔を引き攣らせる準に続いて、元気良く手を上げたのは小雪である。
「はいは~い!その服は許可もらったの?」
「軍から川神学園へ多額の寄付金が出ている。よって制服は規定のものでなくて構わない。いつでも有事に備えるためと理解しなさい」
“有事”――か。まあ、そうだろうとも。
身に纏うオーラが誤魔化しようのない本物なので最初から判り切っていた事だが、やはり物騒な軍装はコスプレと言う訳ではないらしい。そして今まさに、その事実を改めて証明するかのような遣り取りが、俺の目の前で行われていた。
「さて――情報として事前に知らされていたとはいえ、こうして実際に合見えてみると、何とも奇妙な気分だ。まさかこのような場所で再会するとはな、“女王蜂”」
マルギッテの不敵な笑みと視線が向かう先には、英雄の傍に控える暴力メイドの姿があった。九鬼家従者部隊第一位にして、戦場にて死の象徴として恐れられた傭兵――忍足あずみは、にこやかな笑顔の仮面の奥底に、隠し切れない獰猛な本性を滲ませながら応える。
「中東以来ですか。運命の悪戯ですね、“猟犬”」
かつて戦地で幾度となく出会ったのであろう二人。彼女達が言葉を交わす度に、血と鉄の匂いで教室が充たされていくような錯覚に囚われる。彼女達が何気なく口にした“女王蜂”と“猟犬”の呼び名は、それほどまでに血と恐怖に塗れているのだ。
――マルギッテ・エーベルバッハ。
武の世界に通じ、更に軍事方面に幾らかの関心を持つ人間ならば、その名を知らぬ者は稀有だろう。幼少の頃から軍人としての高等教育を受けた生粋のエリートで、並外れた優秀さ故に驚くべき若さで戦場に降り立ち、幾多の戦功と屍の山を積み上げた戦闘機械。軍の“狩猟部隊”に所属し、その磨き上げられた牙爪にて己が獲物を冷徹に狩り殺す姿から、“猟犬”の呼び名で恐れられる、少なくとも欧州最強は確実と謳われる戦士だ。二十そこらという年齢で将校の地位を得ている事実こそが、彼女の突出した実力を証明している。
そして彼女は――かのドイツ軍の英雄、フランク・フリードリヒ直属の部下でもある。
……やはり嫌な予感というものは良く当たるものだ、俺は無表情のまま天井を仰ぎ、遥か彼方の天上にいるらしい神とやらを盛大に呪った。
世界の戦場を棲家とする血塗れの猛犬が何の理由もなく、平穏無事な日本国内の学園に、それもこの2-Sに転入してくる訳もなし。まず間違いなくあの親バカ中将より何かしらの任務を与えられている筈であって、そして誠に遺憾な事に、俺はその知りたくもない任務内容を推察出来てしまう。
ましてや、戦場での顔馴染みたる忍足あずみとの対話を切り上げたマルギッテの視線が、今度は俺の方へと向けられているとなれば、もはや疑う余地はなかった。致し方ない――俺は腹を括ると、冷たい殺意の仮面を被り直して、その獰猛な眼光を正面から受け止めた。
「……中将殿は“一目見れば否応なく分かるだろう”と仰っていたが……ふっ、なるほど。確かに、これは間違えようもない。日本という島国は些か平和に過ぎて退屈だと思っていたが。こうして任地に赴いてみれば、あたかも銃声鳴り止まぬ紛争地にでも居るかのようだ」
ニタリ、とマルギッテの口元が歪んだ。織田信長の生み出す殺気と真正面から向き合っている現状が愉しくて仕方がない、と言わんばかりの、好戦的な肉食獣の笑みだった。本当に心の底から鬱陶しい事に、俺にとっては割と見慣れた類の表情だ。この女、竜兵や川神百代と同様、戦闘狂の気配を漂わせている。優秀な軍人と言うからには冷静な人物だと思いたかったが、この顔を見る限りは望み薄だろう。
――あの耄碌ジジイ、一体どういう調停をしやがったんだ?
思わず心中で毒を吐いてしまった俺を誰が責められようか。本当に全く、冗談ではない。
「優秀な私にミスは有り得ないとは言え、やはり確認は必要。答えなさい――お前が、“織田信長”か」
「…………。……事情を知らぬ転入生の身である故に、一度目は赦す。だが二度は無い。脳髄に刻んで確と記憶しておけ。俺の姓名を、続けて、呼ぶな……!」
心の奥底から湧いてきた殺意を叩き付けると、マルギッテは僅かに右目を見開いて、そして口元の歪みをますます大きくした。
「なるほど、中将殿のお言葉の意味が良く分かる。これほどの獲物――命令が無ければ、自分を抑えられる自信がない。サガというものは難儀なものです」
……やはり、こういう反応か。牽制レベルの殺気程度で本職の軍人が怯え竦んで従ってくれるなどとは欠片も思ってはいなかったが、マルギッテの場合はそれ以前の問題だ。威圧に対して恐怖するどころか、強者との邂逅を純粋に喜んでいるようにしか見えない。精神的に優位に立つ事すらも許してはくれない、か。ならば、別方向からのアプローチを試みてみるとしよう。
「ふん。フランク・フリードリヒの差し金か。大方、貴様の任務は、対象との交戦を禁じた上での監視、と言った所だろう?娘の子守り程度の雑事の為に態々“猟犬”を送り込むとは、奴の親莫迦振りはいよいよ以って度し難い。くく、貴様には同情を禁じ得ぬな」
「……話が早いのは面倒が無くて良い。ただし誤解がある。真に優秀な軍人は私情とは無縁。与えられる任務の内容に拘らず、不満など決して覚えはしない。同情される謂れは無いと知りなさい」
「ふん。で、あるか」
それはまあ何とも結構、まさに軍人の鑑だ。猟犬は飼い主に忠実でなければ務まらない、と言う事か。
兎にも角にも――今の遣り取りで色々と分かった事がある。とは言っても、俺の碌でもない予想がおおむね正しかったというだけの話だが。先週末のドイツ軍襲撃の一件。学長たる川神鉄心の仲裁で事が全て解決した、と安心していたところにこれだ。俺はもはや教職者を信じまい。
「私の任務は監視。基本的に交戦は禁じられているが……緊急時の交戦許可は得ている。こちらから手出しをする事は無いが、お前がお嬢様に危害を加えようとした場合、話は別だ。命乞いの暇すら与えずその喉元に喰らい付き、命脈を噛み千切ってやる。心しなさい」
「くく、過保護な事だ。生憎、俺は温室育ちの小娘如きに拘るほど暇ではない。精々、徒労を嘆くが良かろう」
先程のお返しとばかりに叩き付けられる強烈な殺気を、醒めた冷笑と共に受け流す。相手に交戦の意志が無い事を確認できた以上、わざわざ自分から煽る必要はない。勿論、だからと言って指を咥えて放置する訳にはいかないが、仮に何かしらの対処を行うにしても、まずしばらくは様子を見てからだ。仕掛けるには時期尚早、現時点では未だ色々と情報が不足していた。
「あー、信長よ。ちょっといいか?何つーか、話を聞いてると、何だかお前がドイツ軍にマークされてる危険人物みたいに思えるんだが……いや、さすがに無い、よな?」
俺とマルギッテとの刺々しい会話を黙って見守っていた準が、冷や汗混じりに訊いてくる。己の内の常識と必死に闘っているのだろう、気持ちは痛いほどに良く分かる。俺もまさかこの段階で自分が国際的要注意人物として認定されるとは、流石に想像していなかった。しかし現実は紛れもない現実であり、敢えて偽る事に意味はない。
「準。お前の良く光る頭は飾りか?先の会話に対し、其れ以外の如何なる解釈を下せると云うのか」
「えぇー……マジっすか。そこは否定して欲しかったぜ……クラスメートとして。つーかそれじゃアレか、つまりあの噂も本当って事になるのか?学園を襲撃したドイツ軍の特殊部隊を軽く捻って撃退したっていう」
盛大に顔面を引き攣らせている準の問いに、おや、と俺は内心首を傾げた。放課後の人気の無い校舎内での出来事だったので、あの一件については教員くらいしか知らないものだと思っていたが、噂になっているという事は目撃者が居たのか。まあ武装した軍人があれだけの大所帯で押し掛ければ嫌でも目立つし、最終的には俺も自重せずに戦術レベルの殺気を放出した訳で、冷静に考えてみれば“何も無かった”で済ますのは不可能だろう。
何はともあれ、噂となって広まっているならばそれも良し。尾ひれ背びれの付いた噂は現実を超えて大仰になるかもしれないが、俺にとって何ら不都合は無い。それらの荒唐無稽な噂を現実へとすり替えられるだけの“説得力”――築き上げた織田信長の虚像は、それを確実に有している。どれほど大袈裟な噂話にもリアリティを与えられるだけの“凄み”を、生徒達の心に認識として植え付けている。故に、ありとあらゆる噂話は俺の糧と成り得るのだ。今回の一件もまた、織田信長の威信を高める為の一手段として、存分に利用させて貰うとしよう。
「ふむ、然様な事もあったか。生憎と詰まらぬ些事を何時までも記憶に留め置く趣味は無い。が、其れが事実であるとして、何を驚く?精々が一国の軍勢如きを以って俺を阻め得る道理が無いのは明白よ。違うか、英雄」
「フハハハ、無論、我が好敵手なれば当然よ!世界に冠たる九鬼財閥の後継者たる我と競わんとするならば、その程度の苦境は一笑の下に乗り越えられねば話になるまい」
気持ち良い程の確信に満ちた口調で、英雄は堂々と言い切った。それは紛れもなく俺が期待していたリアクションではあるが……相変わらず、この男は滅茶苦茶だ。思考のスケールが巨大に過ぎて、大法螺を吹いてようやく張り合うのがやっと、という有様である。もはやツッコむのも疲れた、と言いたげな呆れ顔で俺と英雄を見比べている準の方がよほど、人種的には俺と近い。
「なぁユキよ、ひょっとして俺の感性が間違ってるのか?こいつらについていける気が全くしねぇんだが……俺と同い年だよなあの二人」
「ふっふーふ、準はちっちぇえもんね。まーまー、しょせんハゲは心もハゲな小市民だし仕方ないのさ~。ましゅまろ食べて元気出しなよ~」
「ああチクショウお前に聞いた俺が悪かったよ!いただきます!」
ヤケクソ気味にマシュマロを口に詰め込んでいる準を余所に、葵冬馬とマルギッテとの間で“転入生への一問一答”が行われていた。曰く、
――大切なものは? ―――当然、自分だ。
――尊敬する人は? ―――自分だ。これも当然だな。
――あなたの主張は? ―――自分は正しい。自分こそが絶対正義。
「素晴らしい。まさにSクラスに相応しい人材ですね」
全く以って同意である。ここまで突き抜けているといっそ清々しい。不遜・尊大・傲岸・横柄はS組生徒の基本ステータスだが、この転入生は新入りながら全体の平均値を軽く突破しているようであった。冬馬が寸評を添えて満足げに口を閉じると、今度は英雄が傲然と腕を組みながら声を発した。
「トーマよ、問題は実力であろう。いかに大口を叩こうとも、実際の力が伴わなければ道化に過ぎぬゆえな」
「……ふっ」
マルギッテは英雄の言葉を一笑に付し、抗弁する価値すらないとばかりに冷笑を浮かべた。その不敵な態度は、自分の能力に絶対的な信頼を寄せているが故の余裕の表れなのだろう。そんな彼女に代わって、巨人が疲れ気味な調子で口を開く。
「あー、マルギッテの実力は抜群だぞ。このクラスでも三指に入るだろうな。ってなワケでお前ら、きっちり気を引き締めろよ」
三指に入る、か。それは武人としてなのか、或いは学生としてなのか……敢えてどちらとも口にしなかったところを見ると、双方共に、と考えるべきなのだろう。巨人の言葉は間違いなく生徒達に対し“S落ち”の危険を警告しているものだった。
一部の例外を除けばS組の定員は常に四十名。新入りを迎えるという事はつまり、必然的に誰かが脱落するという事だ。今回の転入はよほど急に捻じ込まれた話だったのか、例外として“四十一人目”の存在が許されている様だが、恐らくはそれもあくまで一時的なものだろう。次の学力考査にて誰かが弾かれる事になるのは疑いなかった。何とも世知辛い話ではあるが、これもエリートクラスたるS組の宿命というものだ。クラスメート全員が同志であり、好敵手――だからこそ互いの実力を認め合い、対等な友として結束を深める事が出来る。
それ故に、この2-Sの一員として認められる為には、確かな実力を示す事が何よりも必要とされるのだ。織田信長が九鬼英雄や不死川心との決闘を通じて自身の地位を確立したように、マルギッテ・エーベルバッハもまた動かねばならない。それは、S組の新入りに例外なく課せられる試練であった。
「面白いのじゃ。マルギッテとやら、それほど強いと言うなら、実演にて此方達に証明してみせい」
「ウム、我もあずみの異名を知る貴様に興味がある。あずみよ、戦地での顔馴染みならばお前が相手を務めるがいい。久々に小太刀の舞が見たい」
「承知致しました英雄さまぁぁぁっ!さぁて、まさか勝負から逃げたりはしないですよね、“猟犬”?」
「……戯言を。私に逃走は有り得ないと思いなさい。逃げ惑う野ウサギを追い詰める狩猟者こそが、私の本分。それを存分に思い出させてやる必要がありそうだ、“女王蜂”」
そして、S組の誰よりもエリートらしいエリートたるマルギッテが課せられた試練に背を向ける筈もなく。それから僅か数分の後には、校庭にて火花を散らし、激しく切り結ぶ二人の武人の姿が見られた。授業開始時間も近いので観客達が集まってくる事はなかったが、代わりに各教室の窓からは数え切れない程の好奇の目が覗いている。
戦場でのライバルであったと思しき二人の実力は伯仲している様子で、その素人目にもハイレベルな戦闘は開始から五分と十数秒を経た頃、引き分けという形で幕を下ろす事になる。といっても双方共にまるで底は見せず、今回の仕合ではその計り知れない実力の一端を示したに過ぎない。目的は決着を付ける事ではなく、あくまでマルギッテの能力を周囲に知らしめる事だったのだろう。川神学園でも上位に位置する実力者の忍足あずみを相手に一歩も譲らず、互角以上に闘いを運んでみせた姿は、デモンストレーションとして十全の効果を発揮したと言える。
「相変わらず、苛烈な攻めですねっ☆毎度ながら、捌くのには苦労させられます」
「そちらの技の多さには畏れ入る。戦場を離れても腕は鈍っていないようだ。安心した」
二人は最初から互いの力量を認め合っているようで、交わす言葉と刃からは武人同士としての確かな絆が感じられた。S組内階級では事実上トップクラスのあずみに認められており、更に優秀な学力・戦闘力を有している――となれば、2-Sの面々に認められる条件としては十分だ。
「ふふ、素晴らしい能力をお持ちだ。凛として美しく、何とも言えず魅力的ですね。困りました、胸の高まりを抑えられません。恋は前触れもなく吹き抜ける春風に似ている――私はまた新たな恋を見つけてしまったようです。……ああ、心配しないで下さい。信長への想いは特別な“愛”ですから、妬く必要はありませんよ?」
「焼く必要はありそうだが、な。貴様は疾く、闇の炎に抱かれて消えろ」
「はー、しかし大したもんだな。信長主従に続いて、また凄ぇ転入生が来たぞ。今度は軍人か……やれやれ、一体どこへ向かってるんだかね、ウチのクラスは」
「ま、まぁあれぐらいなら此方の勝ちじゃな。……な、なんじゃ織田、そんな目で此方を見るでない!言いたい事があるなら男らしくはっきり言うのじゃ!」
「死ね。身の程を弁えろ。思い上がるな雑魚が」
「はっきり言い過ぎなのじゃ!うわ~ん!」
「きゃははっ、ノブナガがココロ泣かしちゃった~。せ~んせいに言ってやろう~」
「小学生か!というか泣いてないのじゃ!」
「ふぅ、なんて騒々しいクラスだ……まさか私の想定を上回るとは。祖国の士官学校が懐かしい」
何はともあれ、マルギッテ・エーベルバッハはかくして堂々たる実力を見せ付け、2-Sの新たな有力メンバーとして迎え入れられた。グラウンドでの決闘見物を終え、今まさに開始の時を告げんとしている一時間目の授業を受講すべく教室へと向かう道程にて、俺は真剣な思考に沈む。ほぼ完全に想定外のこの事態、いかなる形で収拾を付けるべきか。他の状況と併せて、考えるべき事は数多い。
それにしても、本当に次から次へと面倒な厄介事が降り掛かる学園である。もはや何かしらの組織的な嫌がらせを疑いたくなるレベルだ。己を磨く修行場所としては相応しいのかもしれないが、物事には限度があるだろう。このまま慮外のトラブルが続くようであれば、ストレスがマッハで俺の頭が頭痛で痛い。
……まあ、幸いにして、勿論これは不幸中の幸いという意味だが、少なくとも今回は時間の猶予がある。マルギッテの行動原理を考えれば、2-F所属の“お嬢様”ことクリスティアーネ・フリードリヒへの手出しを控えさえすれば火急の危機は無い筈だ。かかる内に熟考を重ね、慎重に手段を突き詰めていけば、最上の対策も自ずと見つかるだろう。
「ふん。俺の歩みを阻むには、足りぬな」
自身を励ますように口内で呟いて、俺は果てしなく続きそうな思索を打ち切る。
――残念ながら、俺が自身の見通しの甘さを呪う事になるのは、それほど先の話ではなかった。
『全校生徒の皆さんにお知らせです。只今より第一グラウンドで決闘が行われます。対戦者は2-S所属、織田信長と――』
「んむぅ?ごしゅじん……?」
不意にスピーカーから響き始めた校内放送。その声が読み上げた名前をしばし頭の中で反芻して、数秒の後にそれが自分の主人の名前だという事に思い至り、そこでようやく私は心地良い微睡に沈んでいた意識を覚醒させた。突っ伏していた机から顔を上げ、目を擦りながらスピーカー横の掛け時計を見遣れば、現在時刻は昼休み真っ盛りの十二時半。昼食を胃袋に詰め込む事で満腹中枢が刺激された結果として襲い来る猛烈な眠気の攻勢に抗えず、やむなく無条件降伏を選んだのは果たして何分前だったか。
「ふあぁぁ。ん~、んんんん」
椅子に座ったまま両腕を挙げて上体を伸ばし、身体の奥底から湧き出でてきた欠伸を零す。
そうしている内に、無意味に図体の大きいシルエットが私の傍に歩み寄ってきた。歩く度に口元でピョコピョコと鬱陶しく揺れる笹の葉の存在も併せて考えると、わざわざ顔を見るまでもなく相手を特定出来る。
「あ、お目覚めみたいッスね、ボス。けどここに居てもいいんスか?どうもボスのボス……あー、大ボスがこれから決闘するみたいッスけど」
「けっとうぅ?……ああそう、決闘ね。それは大変だなぁ。…………って、決闘!?」
頭の中に掛かっていた靄が一気に晴れて、瞬く間に思考がクリアになった。微睡の中で微かに聞こえた校内放送はそういう事だったか。
何にせよ、主人が決闘に臨もうとしている時に寝過ごすという醜態を晒さずに済んだのは運が良かった。一度でもそんな失態を犯そうものなら、小姑の如く口うるさい先輩従者に延々と説教を食らう羽目になってしまう。自由を愛し夜更かしを日常茶飯事とするこの私、生活習慣の改善を強制されるのは勘弁願いたいところだ。
「それで子分A、決闘場所は?」
「第一グラウンドッスね。そしてそして!お待ちかねの自分の名前は――」
「あはは、大丈夫大丈夫、博覧強記な私がまさか可愛い部下の名前を忘れる訳がないじゃないか。カニカマなんて衝撃的な名前、忘れるヤツの気が知れないね」
ぜんぜん大丈夫じゃないッス!と哀れっぽく喚き立てる子分Aを放置して、私は自席から腰を上げた。アナウンスが入ったのはつい先程なので、よもや今すぐに決闘が始まるような事はないだろうが、だからと言ってあまりのんびりしている訳にもいかない。ただでさえ“寄り道”が必要なのだから、無用なタイムロスは避けるべき場面だ。
軽い屈伸運動で凝り固まった筋肉を解きほぐしてから、私は1-S教室をぐるりと見渡した。探し人はといえば、先程までの私と同様に、腕枕で机に突っ伏して怠惰な午睡を貪っている。
「おーい、小杉ちゃん。武蔵小杉ちゃん。……ムサコッス」
「ムサコッスゆーなっつってんでしょーが!プッレ~ミアムな組技の餌食になりたいワケ!?」
「おお、一瞬で起きるとは予想以上の効果だね。まあキミの目覚し要らずで便利な体質についてはホントどうでもいいとして、そんな事より小杉ちゃん。さぁさ、いざ決闘見物と洒落込もうじゃないか。上手くすれば、あー、ホラ、ご主人こと織田信長のプレミアムな技を盗めるかもしれないよ?」
「行く!行くに決まってるじゃない!このプレミアムチャンスを逃すワケにはいかないわ!」
私のプレミアムな説得がハートをキャッチしたらしく、勢い良く立ち上がりながら喧しい雄叫びを上げる1-S副委員長、ムサコッスこと武蔵小杉。覚醒後僅か数秒の癖に恐ろしいテンションの高さだった。演技全般(物真似含む)には相当な自信がある私でも、こればかりはちょっと真似できる気がしない。
年中無休で無意味な騒々しさを発揮しているクラスメートに呆れた目を向けていると、彼女は何やら不気味にブツブツと呟いて自分に気合を入れてから、意気揚々と私の元へ歩み寄った。そして、眉を顰めながら私の身体を上から下まで眺めて、訝しげに口を開く。
「ねね。朝から気になってたんだけどさ、何その服装?改造制服にしちゃプレミアムに前衛的過ぎない?」
「制服に見えないのは当然だね。これ、私服だし。いわゆるお気に入りの一着って奴だよ」
そう、私にとっては大切な思い出の詰まった愛着の一品だ。首から下をすっぽりと覆うロングコート。かつて尊敬する師匠が愛用し、そして私に遺してくれた唯一の形あるモノ。普段は学校の外で好んで着用しているそれを、今日の私は校内にて翻している。小杉が違和感を覚えたのは当然だった。何やら自分の学生鞄に手を突っ込んで中身をガサゴソと弄っていた子分Aが、小首を傾げながら口を開いた。
「う~ん、自分の見る限り、服のサイズが合ってないんじゃないッスか?どう見てもすんごいブカブカッスよ」
「ほうほう、小学生並のチビの分際で一丁前に大人用のロングコートなんて着てる私は背伸びしてるお子様にしか見えなくて微笑ましいって?キミ、ちょぉぉぉっと私より背が高いくらいで調子に乗っちゃってるんじゃないかな。シメるよ?キュッてシメるよ?」
「ひぃぃ、自分そんなコト思ってないッスよ~!スピニングバードキックの実験台はもう勘弁ッス!」
そうか、アレはそんなに嫌だったのか。まあ私も決して鬼ではないし、部下を労わる事の大切さは良く分かっているつもりだ。この反省を活かし、今度からは完成度八割の百裂脚にしておこう。これまで以上に打たれ強さが鍛えられて、子分Aも喜んでくれるに違いない。
「しかしまぁ、そのボロッボロのコートがお気に入り、ねぇ。はっ、アンタってイヤミなくらい何でも出来る万能タイプだと思ってたけど、少なくとも服のセンスは最悪みたいね。あのプッレ~ミアムな明智家のお嬢様とは思えないわ。つーか良く先生に注意受けなかったわねソレ」
「学園には話を通してあるからね。仮に私が肩パッドとジャギヘルメットを着用していても文句は言われない筈だよ」
「いや流石にそれは苦情が来るでしょ常識的に考えて……マロとかリアルに泡吹いて気絶しそうね。あー、考えてみれば不死川とか九鬼とか、あの辺のセンパイはかなりフリーダムな服装だったわ。金色スーツとかメイド服とか和服とか。明智家の財力があればそういうゴリ押しも出来るってコトかぁ。金持ちはお得よねー」
「くふふ、良く言うよ。さすがに不死川家と比べるのはアレだけど、お宅の武蔵家だって十分な名家じゃないか。それこそキミが望めばいつだって年中ブルマで過ごせるようになると思うよ?欲望に生きてる男子達は大歓迎だろうし、何より学長が間違いなく食い付くね。キミも幸せみんなも幸せ、ハッピー尽くしで素晴らしいじゃないか。Nice Bloomers.」
「なんで私がブルマ履きたくて仕方ない変態みたいになってるワケ!?言っとくけどアレはいつ決闘になっても闘い易いように持ち歩いてるだけで――」
「うんうん。分かってる分かってる、何も言わなくていいよ、私はちゃんと分かってるから。それよりさ、いつまでもこんなところで遊んでたら決闘が始まっちゃうし、急ごうじゃないか小杉ちゃん」
このまま実にならない馬鹿話をしていては見物に間に合わなくなってしまう。という訳で、私は未だに何か言いたそうな表情の小杉と子分Aの両名を無理矢理に引き連れて、早足で根城たる1-S教室を後にした。そのまま脇目も振らず真っ直ぐに決闘場所の第一グラウンドへ向かう――かと言うとそうではなく、その前に大事な寄り道をしなくてはならない。私は一階の下駄箱へと向かうよりも先に、1-Sの三つ隣に位置する教室、すなわち1-Cへと足を運んだ。訝しむ二人を一足先に第一グラウンドへと向かわせてから、私は戸口へと向かう。
「やっほ~、お邪魔するよ。本来なら賓客待遇を要求するところだけど、今日は急ぎだから別にいいや」
開きっ放しの扉から無造作に足を踏み入れながら声を掛けると、一瞬で教室内の時が停まった。よもや幽波紋でも発現したのではないかと疑いたくなる沈黙が数秒ほど続いてから、泡を食ったような情けない声が音を取り戻す。誰かと思えば、いつぞやの地味眼鏡な1-C委員長(名前は忘れた)である。
「き、君は……うわぁああもう、どうしてまた来るんだよぉ!今度は僕達、何もしてないだろ!?」
絶望的な表情で嘆きの声を上げると、1-C委員長は教室の隅へと目を遣った。その視線の先では、腕を包帯で固めたゴリラ(名前は忘れた)が、巨大な図体を小さくしてぷるぷると震えている。以前に痛め付けてやった事がよほど堪えたらしい。そんな彼らを嘲笑うように、私は口元を酷薄に吊り上げた。
「あはは、心配しなくても、キミ達みたいな凡愚に用事なんてこれっぽっちもないから安心しなよ、1-C委員長。私は友達を誘いに来ただけさ。――ねぇまゆっち、私達はこれからご主人の決闘を見学に行くんだけど、一緒に来ない?」
「あ、ねねちゃん……」
1-Cの生徒達に対しては冷酷な侮蔑の眼差しを贈り。一転、奥の座席に居る“お目当て”には親しみを込めた温かい微笑みを贈る。それを受けた少女――黛由紀江は表情を明るく輝かせた。途端、教室中の生徒達の視線が一斉に突き刺さり、肩身が狭そうに椅子の上で縮こまる。無理もない話だ。何せ、周囲の生徒達が彼女を見る目は、少なからぬ悪意で濁っていた。“敵であるS組と馴れ合っている裏切り者”、彼ら彼女らの表情はそのような敵愾心に満ちた感情を雄弁に物語っている。成程、どうやら子分Aの仕事は着実に成果を挙げているらしい。醒めた頭で冷徹に思考しながら、私は親しげな笑みを崩さないまま言葉を続ける。
「ほらほらまゆっち、何をのんびりしちゃってるのさ。急がないと始まっちゃうよ?……まあ、まゆっちが私なんかと行きたくないって言うなら、大人しく引き上げるけど、さ。そうか、そうだよね、考えてみればS組の私に誘われても迷惑なだけかな。あはは、ゴメンねまゆっち。私とした事が、考えが足りなかったみたいだよ」
わざとらしくない程度に未練の色を宿した、優しくも儚く寂しげな微笑を形作ってみせながら、私は殊勝に踵を返す。そのまま足を止める事無く廊下へと出て、先にグラウンドにて待機しているであろう二人と合流するべく歩き始めたタイミングで――私は背後に、人の気配を感じた。自然と吊り上る口元を悟られないように前を向いたまま、私は脳内で書き上げた“台本”を諳んじる。
「……駄目だよ、まゆっち。1-Cのヒト達は、キミが私と一緒にいるのが気に入らないみたいだ。私は、キミに迷惑を掛けたくない。私のせいでキミがあんな風に居た堪れない思いをするのは、嫌なんだ。キミは何も悪い事なんてしてないのに、ただ私と一緒にいるってだけで、汚れた色眼鏡で見られてしまう。まゆっちは……私なんかとは比べ物にならない、とっても優しい娘なのにさ」
自虐的に吐き出された言葉に対し、廊下に佇む由紀江は悲しげな表情で、しかし芯の通った揺ぎ無い返答を口にする。
「ねねちゃん、いいんです。周囲の目を気にして、大切な友達と一緒にいられないなんて……やっぱり、嫌ですから」
「……まゆっち」
彼女は、悪意に負けて安易な逃げ道を求めてきた訳ではない。私を追って教室を飛び出す事によって1-Cにおける自分の立場がますます悪くなる事を承知した上で、明智音子の傍に居る事を“選んだ”のだ。自分自身の孤独を埋める為ではなく――恐らくは、私を傷付けない為に。拒絶される痛みを知っているが故に、同じ痛みを他者に与えたくないと、そう願っているのだろう。真正面から向けられる、相手を慮る優しさに満ちた穏やかな眼差しは、私の憶測こそが真実だと告げている。
……あまりに高潔で、眩い。私のようなどうしようもなくどうしようもない嘘吐きが正面から直視するには、その在り方はあまりにも――
「……。ふふ、まゆっちは、強いなぁ。強いし、優しい。どうしてキミに友達が出来なかったのか、正直言って私には全然分からないよ」
「い、いえいえいえ、私なんてそんな大層なものじゃっ!?」
『オラが思うにこの謙虚さがまゆっちの人気の秘訣だよな、バリバリ真似してもいいんだぜネコっち』
「……ゴメン、前言撤回。理由は一目瞭然だったね」
「あうあう……」
「ふふ、ふふふふ、あはははっ」
それは、普段同様の空虚な演技とは異なる、心の底からふわりと込み上げた感情の発露。湧き上がる可笑しさは、自然の内に抑え切れない笑い声となって溢れ出た。
私は、こんな風に笑えたのか。
顔を真っ赤に染めて縮こまっている由紀江の手を握り、突然の事に目を丸くして固まっている彼女を強引に引っ張って、私は駆け出す。
「わ、わわわわっ、ね、ねねちゃん、なにゆえ私達は盗んだバイクで走り出すかの如き様相を呈しながら廊下を全力疾走してるんでしょうかっ!?」
「十五の昼だもの、たまにはそんなコトもあるさ!まぁホントのところを言うと遅刻したらご主人に全殺しされかねないっていう切実な理由があるんだけどねっ!」
けたけたと陽気に笑いながら風を切り、驚きと狼狽を顔に貼り付けて振り返る生徒達を次々に追い越して、私は走った。
繋いだ手と手は、私が全力で疾駆しても解ける事はない。
温かく、柔らかな掌の、その心地良さを手放したくない……そんな風に思っているのは、私と彼女の、一体どちらなのだろうか。
―――私は、キミを、どうしたいんだろう。
口の中で小さく小さく呟かれた言葉は、流れ往く風景に溶けて、誰の耳にも届く事なく消えていった。
~おまけの風間ファミリー~
「しっかしよー、まーた2-Sに戦力が増強されちまったな。しかもマジモンの軍人だぜ、軍人?こっちは信長のヤローだけで十分キツイってのに、真剣でやってらんねーっつーの」
「ガクトがそう言いたくなるのも分かるけど、まあそこまで心配する事はないんじゃないか?ウチ(2-F)のクリスと知り合いみたいだし、いざとなれば交渉でどうにかできるさ」
「む、何を腑抜けた事を言ってるんだ大和。自分とマルさんは確かに姉妹同然の仲だが、いざ勝負となれば互いに手を抜いたりはしないぞ。正々堂々、真っ向から全力で刃を交えるだけだ。……まったく、やはりお前は駄目だな、ダメダメだ。騎士道精神の何たるかをまるで分かってない」
「生憎と日本育ちなもんで、騎士道には詳しくないんだよ。それに、俺はクラスの為を思って、より勝率の高い手段を選んでるだけだ。俺に言わせれば、個人のちっぽけなプライドに拘って勝機を逃すなんて馬鹿らしいね」
「むむむ、おい大和!ちっぽけなプライドとはなんだ、騎士道をバカにしてるのか!だいたい大和、お前は――」
「……うーん。ねぇガクト、僕の気のせいかもしれないけど、あの二人、何だかちょっといい感じじゃない?ほら、大和があれだけムキになるって珍しいし」
「言われてみりゃ確かに……なんつーか、“仲良く喧嘩してる”って感じだな。あー、あいつら見てると何だか俺様イラッとしてきた。大和のヤロー抜け駆けしやがって」
「ホントにね。金髪碧眼ツンデレなんて判り易い属性で私の伴侶を誘惑するなんて……許せないんだッ!」
「んー、俺は恋とかそーゆーのは良く分かんねぇけどさ、クリスの事は割と気に入ってるぜ?オモシレーじゃんアイツ」
「まあキャップから見たらそうなのかもしれないけど、だからってファミリーに誘うのは話が別でしょ――って、まあ、今はこの話題はやめた方がいいね。僕の意見はまた後で」
「オーケー、それじゃ放課後、適当な時間に秘密基地で集合だ。前の集会の続きはその時にしようぜ。……お、校内放送か?昼休み真っ最中のこの時間に、って事は、さてはまたまた決闘だな」
「決闘かぁ、最近ホントに多いよね~。連日のバトルラッシュにアタシのハートは超エキサイティンッ!ってトコね!今度はどんな対戦カードなんだろ、わくわく」
ようやくマルさん登場まで漕ぎ着けられました。何はともあれ、これで原作のS組メンバーが全員揃ったかと思うと少し感慨深いですね。まあSでは更に武士道プランの面々が追加される訳ですが、それはそれという事で。
今回は諸々の都合で若干短めですが、これ以上場面を追加するとキリがなくなるのでご容赦を。
毎回ありがたい感想・ご意見を下さる皆様に感謝の念を捧げつつ、それでは次回の更新で。