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No.13860の一覧
[0] 俺と彼女の天下布武 (真剣で私に恋しなさい!+オリ主)[鴉天狗](2011/04/15 22:35)
[1] オープニング[鴉天狗](2011/04/17 01:05)
[2] 一日目の邂逅[鴉天狗](2012/05/06 02:33)
[3] 二日目の決闘、前編[鴉天狗](2011/02/10 17:41)
[4] 二日目の決闘、後編[鴉天狗](2009/11/19 02:43)
[5] 二日目の決闘、そして[鴉天狗](2011/02/10 15:51)
[6] 三日目のS組[鴉天狗](2011/02/10 15:59)
[7] 四日目の騒乱、前編[鴉天狗](2011/04/17 01:17)
[8] 四日目の騒乱、中編[鴉天狗](2012/08/23 22:51)
[9] 四日目の騒乱、後編[鴉天狗](2010/08/10 10:34)
[10] 四・五日目の死線、前編[鴉天狗](2012/05/06 02:42)
[11] 四・五日目の死線、後編[鴉天狗](2013/02/17 20:24)
[12] 五日目の終宴[鴉天狗](2011/02/06 01:47)
[13] 祭りの後の日曜日[鴉天狗](2011/02/07 03:16)
[14] 折れない心、前編[鴉天狗](2011/02/10 15:15)
[15] 折れない心、後編[鴉天狗](2011/02/13 09:49)
[16] SFシンフォニー、前編[鴉天狗](2011/02/17 22:10)
[17] SFシンフォニー、中編[鴉天狗](2011/02/19 06:30)
[18] SFシンフォニー、後編[鴉天狗](2011/03/03 14:00)
[19] 犬猫ラプソディー、前編[鴉天狗](2011/04/06 14:50)
[20] 犬猫ラプソディー、中編[鴉天狗](2012/05/06 02:44)
[21] 犬猫ラプソディー、後編[鴉天狗](2012/05/06 02:48)
[22] 嘘真インタールード[鴉天狗](2011/10/10 23:28)
[23] 忠愛セレナーデ、前編[鴉天狗](2011/04/06 14:48)
[24] 忠愛セレナーデ、中編[鴉天狗](2011/03/30 09:38)
[25] 忠愛セレナーデ、後編[鴉天狗](2011/04/06 15:11)
[26] 殺風コンチェルト、前編[鴉天狗](2011/04/15 17:34)
[27] 殺風コンチェルト、中編[鴉天狗](2011/08/04 10:22)
[28] 殺風コンチェルト、後編[鴉天狗](2012/12/16 13:08)
[29] 覚醒ヒロイズム[鴉天狗](2011/08/13 03:55)
[30] 終戦アルフィーネ[鴉天狗](2011/08/19 08:45)
[31] 夢幻フィナーレ[鴉天狗](2011/08/28 23:23)
[32] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、前編[鴉天狗](2011/08/31 17:39)
[33] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、中編[鴉天狗](2011/09/03 13:40)
[34] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、後編[鴉天狗](2011/09/04 21:22)
[35] 開幕・風雲クリス嬢、前編[鴉天狗](2011/09/18 01:12)
[36] 開幕・風雲クリス嬢、中編[鴉天狗](2011/10/06 19:43)
[37] 開幕・風雲クリス嬢、後編 Aパート[鴉天狗](2011/10/10 23:17)
[38] 開幕・風雲クリス嬢、後編 Bパート[鴉天狗](2012/02/09 19:48)
[39] 天使の土曜日、前編[鴉天狗](2011/10/22 23:53)
[40] 天使の土曜日、中編[鴉天狗](2013/11/30 23:55)
[41] 天使の土曜日、後編[鴉天狗](2011/11/26 12:44)
[42] ターニング・ポイント[鴉天狗](2011/12/03 09:56)
[43] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、前編[鴉天狗](2012/01/16 20:45)
[44] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、中編[鴉天狗](2012/02/08 00:53)
[45] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、後編[鴉天狗](2012/02/10 19:28)
[46] 鬼哭の剣、前編[鴉天狗](2012/02/15 01:46)
[47] 鬼哭の剣、後編[鴉天狗](2012/02/26 21:38)
[48] 愚者と魔物と狩人と、前編[鴉天狗](2012/03/04 12:02)
[49] 愚者と魔物と狩人と、中編[鴉天狗](2013/10/20 01:32)
[50] 愚者と魔物と狩人と、後編[鴉天狗](2012/08/19 23:17)
[51] 堀之外合戦、前編[鴉天狗](2012/08/23 23:19)
[52] 堀之外合戦、中編[鴉天狗](2012/08/26 18:10)
[53] 堀之外合戦、後編[鴉天狗](2012/11/13 21:13)
[54] バーニング・ラヴ、前編[鴉天狗](2012/12/16 22:17)
[55] バーニング・ラヴ、後編[鴉天狗](2012/12/16 22:10)
[56] 黒刃のキセキ、前編[鴉天狗](2013/02/17 20:21)
[57] 黒刃のキセキ、中編[鴉天狗](2013/02/22 00:54)
[58] 黒刃のキセキ、後編[鴉天狗](2013/03/04 21:37)
[59] いつか終わる夢、前編[鴉天狗](2013/10/24 00:30)
[60] いつか終わる夢、後編[鴉天狗](2013/10/22 21:13)
[61] 俺と彼女の天下布武、前編[鴉天狗](2013/11/22 13:18)
[62] 俺と彼女の天下布武、中編[鴉天狗](2013/11/02 06:07)
[63] 俺と彼女の天下布武、後編[鴉天狗](2013/11/09 22:51)
[64] アフター・ザ・フェスティバル、前編[鴉天狗](2013/11/23 15:59)
[65] アフター・ザ・フェスティバル、後編[鴉天狗](2013/11/26 00:50)
[66] 川神の空に[鴉天狗](2013/11/30 20:23)
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[13860] 忠愛セレナーデ、中編
Name: 鴉天狗◆4cd74e5d ID:577e2530 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/03/30 09:38
「私には分からないんです。本当に、分からないんです」

「……」

「主の為ならば私は幾らでも己が身を捨てられます。主の為ならば私は穢され命を奪われても本望です。主の為ならば私は幾らでも他者を害せます。主の為ならば私は幾千でも幾万でも幾億でも斬り捨ててみせましょう。主の為ならば私は幾らでも悪を為し、善を殺します。主の為ならば私は心すら捨てられます。刃を突き立てろと命じられれば、私は主ですら迷わず手に掛けられるでしょう。……主の為ならば、私は全てを捧げられます」

 
 泣き笑いのような顔で、彼女は言った。


「――ならば。ならば私は――主を、愛しているのでしょうか?」












 

 弓道場は、シン――と静まり返っていた。
 
 たん!たん!と、矢が的を射抜くリズミカルな音色のみが、粛々と響いている。
 
 この神聖な静謐を壊すことを恐れるように、観客達は一様に堅く口を閉ざし、僅かなしわぶきすらも漏らさない。昨日、明智ねねと川神一子の繰り広げたデッドヒートに白熱した様とはまるで対極の、張り詰めた静寂が決闘場を覆っている。

 尤も、仮に道場を揺るがす程の爆発音が鳴り響いたとしても、今の“彼女達”の注意を惹き付ける事が出来るかは怪しい。

 無数の観衆の目が見守る中、射場に立つ二人の少女、椎名京と森谷蘭。

 一心不乱に弓を引き、矢を射つ――それだけの動作に彼女達は全ての神経を集中しており、周囲の事など欠片として目にも耳にも入ってはいない様子だった。

「……」

 俺もまた観客達に倣い、沈黙の内に我が従者の姿へと視線を送る。

 蘭はピンと真っ直ぐに背筋を張り、鏃の如く鋭い双眸で自らが射抜くべき対象を見据えた。

 標的は、射場から六十メートル先に設置された、直径五十センチの霞的。

 目を瞑って精神を統一し、小さく吐息を漏らす。そして――蘭はかっと眼を見開いた。

 足踏み。胴作り。弓構え。

 打起こし。引分け。会。

――離れ。

 瞬間、時が止まる。

 限界まで張り詰めた弦が弾かれ、風切り音が鳴り。一瞬遅れて、たん!と小気味良い音色が響く。

 そして、残心。

 正確に的を射抜いた事への喜悦を一切覗わせず、凛とした雰囲気をそのままに佇む。

 その立ち姿に向けて、観客達は言葉にならない静かな吐息に乗せ、感嘆の念を送った。

 いつ見ても文句の付け様が無い。あの馬鹿従者を素直に褒めるのは癪だが、こればかりは俺も手放しで賞賛せざるを得なかった。

 身内の贔屓目を差し引いても、蘭の射法は格調高さと清廉さに充ちている。流水を思わせる美しい挙措に見惚れていれば、気付けば霞的にまた一本、矢が吸い込まれていた。

 ほぅ――と半ば溜息のような感嘆の声を漏らしたのは、何故か俺の隣で見物中の弓道部顧問、鬼小島である。彼女は射場の蘭から目を離さず、囁くように俺へと語り掛けた。

「見事なものだな。腕前もそうだが、何より品がある。あれほどの弓射、既に学生の域を超えているが……何処で教わった?」

「ふん。何処で教わった、か。川神鉄心の膝元、川神学園の教師ですらも其の名を知らぬとなれば、やはり“森谷”の家は終わったも同然の様だな。所詮は没落した武家、世に忘れ去られるは必定か」

 確か親類縁者は一人も居ないと言っていたので、蘭は名実共に森谷家最後の生き残りと言う訳だ。戦国の世から永らく続いてきた系譜も、いざ途絶えてしまえば随分と呆気の無いものである。諸行無常、兵どもが夢の跡。時代の移りを前に、人の営みは何とも儚い。

「……なるほどな。私と同様に武家の出身、と言う事か。そう考えれば多少は納得できるが、しかしあの練度は……。武家とは言っても椎名のように弓で名を馳せた家ではないだろう。現に以前の決闘では太刀を得物として用いていた筈だが」

「己の常識のみで物事を語るべきではないな。然様に狭い視野では後進を導く教職など務まるまい」

「……ああ全くだ。教職者の務めとして、まずはお前を更正させてやらねばな。覚えておけ、後で存分に指導してやろう」

 不気味に微笑みながら仰る彼女の目は、しかしまるで笑っていなかった。控え目に言っても怖い。強烈な眼力だ、一般人ならまず怯まずにはいられないだろう。生徒達が“鬼小島”と呼んで恐れる理由が良く分かる。戦闘能力も人外レベルとなれば、不良学生・織田信長を演じねばならない俺も内心ビクビクものである。

 まあそれはともかくとして、だ。

 世の中には、常軌を逸しているが故に世間に受け入れられず名を馳せられない、道を外れた連中が確実に存在するものだ。蘭の生家である森谷家もまた、その顕著な一例と言えた。何せあの家の両親のイカレっぷりは――いや、余計な事を思い出すのは止そう。色々な意味で胸糞が悪くなりそうだ。

「剣術、弓術、槍術、棒術、杖術、短刀術、手裏剣術、十手術、薙刀術、鎖鎌術、捕手術、含針術、柔術、馬術、水術、抜刀術、隠形術、砲術……森谷の血筋は代々、戦国の世に倣い、武芸十八般の悉くをその子息に対し徹底的に仕込んできた。“武士とはかくあるべし”を家訓に掲げ、未だ幼い己が子にすら躊躇わず過酷な鍛錬を課す、気の違えた完璧主義の蔓延る家よ」

「……馬鹿な。古武術の全てをあの年で、それもあの練度で修めていると言うのか?幾ら家の教育が厳しいとは言っても、有り得ない話だろう」

 信じられない、と疑惑の念を言葉にも表情にも隠さずに告げている鬼小島を、俺は嗤う。少しも笑えやしない、暗澹たる内心を誤魔化すように。

 同じ武家に生まれておきながら、彼女達の境遇には何故こうも埋め難い差があるのだろうか。もし神とやらが実在するならば、その不公平な采配を弾劾せずにはいられない気分だ。

「ふん。“小島”か、由緒正しく真っ当な武家だ。さぞかし厳しく躾けられた事だろう。――然様な了見であるが故に、視野が狭いと言っているのが分からぬか?そのお目出度い頭では俺の言うところの“過酷”の意味に理解は及ぶまい。あの生き地獄の如き有様を知らずに今日までの時を過ごせた幸福に、精々、感謝するがよかろう」

「……」

 とは言っても、蘭は森谷の娘としての“完成”に到っていない為、身に付けた武術も十八般とはいかず、剣術・弓術を始めとする幾つかに留まっている。十年ほど前、それらの基礎を身体に叩き込まれた段階で森谷の家が破滅したので、その後の研鑽については基本的に蘭の独学だった。

 教えを乞う師は既に亡く、満足な設備は元より無い。

 幾ら手を抜かず真面目に励んでも、自主的な鍛錬で伸ばせる能力には限度があった。それこそ忌むべき森谷式教育法でも用いない限り、武芸十八般の全てには到底手は回らない。

 である以上、優先度が低い武術に関しては切り捨てざるを得ず、鍛錬を行わなくなったそれらの武術の腕は年月と共に錆付いていく。今でも実戦でまともに使えるレベルを保っている武術となれば、剣術と弓術と……兎に角、かなり数は限られてくるだろう。

 まあ要するに鬼小島は蘭の能力を相当に過大評価している訳だが、わざわざその勘違いを訂正するような勿体無い事はしない。こういった認識の誤りは、将来的に何らかの役に立つ可能性が高いのだ。仕込んだ罠は多ければ多いほど策に幅が出る。

「……事情は判らんが、森谷が尋常ではない鍛錬を積んでいる事は理解できた」

 数秒ほど黙って何事か考え込んでいた鬼小島が、難しい顔で再び口を開いた。

「しかし――それでも、だ。あの腕を以ってしても、椎名を降せるとは限らんぞ」

「……」

「担任の贔屓目でも何でもなく、椎名は天才だ。私はこれまでの人生で、あれほどの天稟の持ち主を見たことはない。まさに弓の申し子のような奴だよ、あいつは」

 自身の教え子を誇るように言って、鬼小島は射場に目を向けた。俺もその視線を追う。その先では、怜悧な雰囲気を纏う短髪の少女――椎名京が構えを取ろうとしている所であった。

 デモンストレーションの時にも感じたが、彼女の射法はとにかく迅い。

 無造作とも形容できる気軽さで構えを取り、殆ど狙いを定める事もなく――射つ。

「あいつが的を外した所など、一年を通じても数える程しかあるまい。まあ、そもそもの出席率が論外ではあるがな」

 そして、その狙いは恐ろしいほどに正確無比だった。今もまた、彼女の一矢は霞的を違えず射抜いている。

 六十メートルの距離を隔てた、直径二十三センチに満たない円の中心部を、寸分の狂いもなく。

 全く、俺の想像を超えて化物じみた腕前である。戦国の世に名を馳せた椎名流弓術、これほどのものか。

 京自身はその結果に何も思うところはないのか、ケロリとした無表情で佇んでいる。

「森谷の腕は評価されて然るべきだが、しかし相手が悪い。それに――条件もな」

「条件、か」

「お前ならばもう分かっているだろう、織田。“このルール”の下での勝負は、完全に椎名の独壇場だぞ」

 まさしくその通りだった。否定の余地は無い。直江大和が確実に勝ちを取りに来ている以上、それは当然の話である。2-F側にしてみれば、明智ねねに手痛い一敗を喫して後がない状況だ。絶対的な自信を以って臨める、ギャンブル要素を極力排除した純粋な実力勝負を挑むほか選択肢はないだろう。

 何せ先鋒戦にて小細工に頼った結果、敗北の苦い味を噛み締めたばかりである。もし直江大和が失策を反省し、次に活かそうと考えるならば――必然、選ぶのはこの手の戦法だと、俺には先んじて読めていた。ねねが川神一子を負傷させてくれたお陰で相手側のカードが減っていた事も大きな要因だ。この展開、俺の計画と多少のズレはあるが、それとて幾らでも修正の利くレベルでしかない。

―――“制限時間付きの射詰め”。それが今回の決闘方法である。

 “射詰め”は弓道における競射の種類の一つで、主に同得点で決勝に到った者同士が勝負を決する為の方法である。その内容は射主が互いに一矢ずつ射て、外した者から順次失格にしていくというもの。分かり易く表現するならば弓道版PK、と言ったところか。

 先に外した方の負け。この最高にシンプルなルールに加えて、今回の決闘には二十秒の制限時間を設けている。射場に立ってから構えを取り、狙いを定め、矢を放つ――その一連の動作に二十秒を超える時間を掛けてはならない。

 この追加ルールこそが曲者だった。ただでさえ人外の域に達している椎名京の弓術を、更に厄介なモノへとランクアップさせている。

 こういう的確なサポートをさり気なくこなせる辺り、直江大和は疑いなく優秀な参謀役だろう。裏と関わりのない学生の割に、随分と戦法を心得ている。

「“弓の椎名”。まさしく名に恥じぬ腕よ。元より侮りは無かったが、これ程までとはな」

 たん!たん!と――淡々と、二人はひたすら弓を引き、矢を放つ。最初から軌跡を定められているかの如く、それらの全てが的に吸い込まれていく。

 果たしてこれで何十射目だったか。この神聖なる静謐の中、二人の戦いは永久に続くかのような錯覚すら観客達に抱かせた。

 だが――人の営みは儚く、永遠は幻想だ。決着の時は、確実に迫っていた。

「疲労、か。当然の話だな」

 射場から目を離さないまま、鬼小島が呟いた。

 そう、疲労である。流石に弓道部顧問、現状を正確に理解している。

 弓を引き、狙いを定め、射つ。言葉にすればそれだけの動作だが、実際に言葉通りの容易さである訳がない。

 ほんの一瞬でも気を抜けばその時点で敗北が確定する戦いである。一矢を射る度にどれ程の精神を磨り減らしているのか、俺には想像も付かない。加えて単純な話、弓を連続して引く事で腕の筋肉を酷使しており、肉体的な意味の疲労も尋常ではないだろう。

 凛と背筋を張って強烈なプレッシャーを押し返しながら、制限時間のために肉体を休める暇さえ与えられず次なる矢を放ち、再び構え、射つ。

 人間である限り、そんな極限状態に二十分近くも身を置いていれば、心身ともに疲れ果て、精根尽き果てるのが自然である。

 だから――未だに力尽きる事なく、正確な狙いを崩さずに矢を放ち続けている彼女達は、正しく人外と呼ぶべき存在なのだろう。

 だがしかし、分類としては同じ人外であっても、そのカテゴリの中でも必ず何処かで差は生じるものだ。

「ふん。限界、か」

 的に向かって和弓を構える蘭の頬を伝う幾筋もの汗を、俺も鬼小島も見過ごしはしない。

 構えの優美さも弓射の的確さも何一つとして崩れてはいないが、幼馴染として長年を共に過ごしてきた俺に、蘭の必死な痩せ我慢を見抜けない訳もなかった。まず間違いなく疲労が限界に達しつつある。

 翻って、椎名京。彼女は、何も変わらなかった。

 決闘を始めた時と何一つとして変化のない無表情のまま、ただルーチンワークをこなすように淡々と、不気味な程の命中精度で的の中心部を射抜き続けている。流石に少し汗を掻いてはいるようだが、立ち振る舞いは至って涼やかであり、さしたる疲労の色は見受けられない。

「椎名の射法は、森谷と比べて“離れ”までの時間がかなり短い。故に一射ごとに休憩を挟めるが……森谷は制限時間ギリギリだな。あれで良く体力と精神力が保つものだ」

 鬼小島が感心と呆れの入り混じった調子で呟いた。

 彼女の解説の通り、両者の形勢の優劣を決したのは、件の二十秒制限ルールである。椎名京の弓術が異常なレベルで迅さと正確さを両立しているからこそ選べる、これ以上なく有効且つ凶悪な手段だった。昨晩、忠勝が再三に渡って告げていた「勝ち目がない」という言葉、その根拠が良く分かる。

 何せこのルールの中で力を発揮できるのは、彼女と同系統の異能を有する人間に限られるのだ。そんな類稀な才能の持ち主など、全世界を探してみたところで何人も見つかるまい。鬼小島の言葉に則れば、まさしくこのステージは椎名京の独壇場だった。

 いつまでも共に踊る事が許されないならば、ダンスの相方は先にステージを降りる他無い。

「ッ……!」

 ぐらり、と。射場で構えを取ろうとしていた蘭がよろめき、観客達が息を呑んだ。声にならない悲鳴が所々から上がる。

 しかし――蘭は倒れない。両足で確りと床を踏みしめ、渾身の力を振り絞って弦を引く。

 眼を見開き、背筋を真っ直ぐに伸ばし。唇を強く噛み締めながら、射ち放った。

 張り詰めた空気が引き裂かれた次の瞬間、たん!と的を射る音色が響き渡る。ほぅ、と安堵の吐息を漏らしたのは蘭ではなく、むしろ見守っている観客達の方であった。

「……」

 俯いて数語、何事か呟く。再び顔を上げた時、蘭の目には強い意志の光が宿っていた。

 そして――それ以降の森谷蘭の弓射は、もはや壮絶と形容する他ない。誰もが言葉を失い、その姿に目を奪われた。

「……凄まじいものだな」

 鬼小島の漏らした呟きが、観客達の総意だっただろう。

 吐息は荒く、汗は滝の如く流れ、顔色は青褪め、手足は震え、それでも蘭の射法はその凛とした美しさを何一つとして失わなかった。

 足踏み。胴作り。弓構え。打起こし。引分け。会。離れ。残心。疲労に膝を屈せず、射法八節の一つとして疎かにする事はない。

 心身共に限界を超えても尚――否、限界を超えているからこそ、それら全ての挙措に魂が込められていることを明確に感じ取る事が出来る。

 たん!たん!たん!と、休みなく放たれる矢に込められた少女の想いは如何ほどか。

 気付けば、観客達は厳格に保ち続けてきた静寂を自ら破っていた。

 的を射る音色が響く度、歓声が湧き上がり、拍手が湧き起こった。

 織田信長の懐刀、森谷蘭。悪役として在り続ける事を課せられた少女に向けて、人々の惜しみない声援が送られる。既に周囲の音など一切聞こえていない事を知りながら、それでも励ますような拍手が止む事は無かった。

 それは現実味に欠けた、まさに夢のような時間で、故に醒めるのは必然だったのだろう。

「―――?」

「―――。―――」

「――――」

「――――、――――」
 
 射場の上にて蘭と京が何事か会話を交わした様だが、その内容は此処からでは聴き取れなかった。

 蘭は震える脚で構えを取り、震える指先で弦を引く。

 
 そして――矢を放つ事なく、弓を下ろした。

 
 観客達が戸惑いにどよめく中、蘭は静かに振り向いた。その凛々しい双眸が射抜く先は、只一つ。

「信長様。蘭の“武”は、此処までの様です」

 俺の目を真っ直ぐに見つめながら、蘭は物静かに言った。

 それが我が一の従者の判断だと云うならば、俺の返すべき答は最初から決まっている。

「――許す。良きに計らえ」

「ははーっ!有り難き幸せに御座います!」

 弓矢を携えた身なので流石に平伏はせず、蘭は俺に向けて深々と頭を下げた。

 次いで観客達に向き直り、真摯な声音を朗々と張り上げる。

「申し訳ありません。いよいよ、限界の様です。これ以上の仕合を無理に続ければ、私の弓は尊ぶべき“礼”を失するでしょう。然様な無様を晒す事は、弓の道を穢しかねない侮辱と考える所存です。……皆様の有り難き応援、誠に感謝に堪えません。私の武が皆様の御目を僅かなりとも楽しませられたなら、其れを以って私からの返礼として頂ければ幸いです」

 最後に蘭が視線を向けたのは、依然として感情の読めない無表情を保つ少女、椎名京。

「お見事です。貴女が相手ならば、私は恥じる事無く、胸を張って敗北を受け入れましょう。――私の、敗けです」

 言い終えたそのタイミングで、制限時間の二十秒が経過した。

 主審の川神鉄心が大きく息を吸い込み、そして空気を震わす大音声にて決着を告げる。

「それまで!勝者――椎名京!!」

 勝者の名を告げる宣言が、暫し弓道場に反響する。その音が完全に去った後も、数秒の静けさが場に沈滞した。

 やがて、ぱちぱち、と何処からか控え目な拍手が起きる。

 そして、小石を投げ入れられた水面に波紋が広がるように、徐々にその数は増していった。更に数秒が経った後には、観客達が挙って盛大な拍手を打ち鳴らしていた。京の驚異的な腕前への賞賛の声と、蘭の健闘を称える温かい声が飛び交う。

「椎名センパイカッコイイッ!改めて見てもやっぱり半端ない技のキレ!痺れちゃいますッ!」

「椎名はスゲーけど、転入生も良くやったよホントに。俺、何だか感動しちまった。弓道って良いな……」

「つーか二人ともとんでもねーよ、レベル高過ぎだろ常識的に考えて。全部で何十射続いたよ……全国大会でも見れるか分かんねーぞコレ」

 それらの声に対して、京は相変わらずのクールな態度で聞き流し、蘭はいちいち折り目正しく頭を下げている。

 肩を落とし、己の敗北を嘆く“敗者”の姿は其処には無い。ギャラリーの歓声は二人に等しく向けられていた。

 否、どちらかと言えば――観客の好意的な感情は蘭に向いているとすら言える。その妙な流れに気付いたのか、京の勝利に浮かれる2-Fメンバーの中で一人、直江大和の表情だけが険しくなっていた。

「うーん。私、弓道のコトは良く分からないけどさ。森谷さんの方は不利なルールで勝負して、それでも諦めずに限界まで粘ってみせたんでしょ?恰好いいよねーそういうの」

「僕は森谷さんの弓の方が好きだな。いかにも“弓道”って感じがしてさ。椎名さんって技術は本当に凄いんだけど、なんていうか心が感じられないよね~。弓道じゃなくて弓術なんだよ」

「あ、分かる分かる。椎名の奴にはさっきあの人が言ってた“礼”って奴が足りないと前々から想ってたんだよ。全く、ただ勝てばいいってもんじゃないだろうに」

 本来ならば称えられるべき勝者が貶され、打ち捨てられるべき敗者が擁護される。そんな、何とも不可解な空気が急速に弓道場を支配しつつあった。

――全ては、織田信長の目論見通りに。

「くくっ」

 俺は密かに口元を歪めて、嗤った。

 上出来だ。全く以って文句の付け様も無い。蘭は俺の意をこれ以上なく正確に汲み取って、望み得る最高の結果を上げてくれた。

 弓道場に足を踏み入れてから何かにつけて周囲にアピールして回っていた、礼節を尊ぶ蘭の態度は、半分ほどは素だが――残りの半分は、俺の指示で意図的に演じたものだった。

 残念ながらあいつの実態は聖女でも何でもない。そもそも、俺達のような裏側の住人に真っ当な礼節など求める方が間違っている。基本的には礼儀正しくとも、主君の事が絡めば幾らでも非礼になれるのが蘭という従者である。

 さて、俺が何故にそのような指示を出したのか。答は単純明快、観客達の蘭に対する好感度アップが目的である。

「んー、どうせならもう少し対等な条件で勝負して欲しかったよなぁ。なんつーか釈然としないぜ」

「2-Fの奴ら、何だか勝ちに拘り過ぎてるよね。余裕がないって言うか遊び心が足りないって言うか。気持ちで既に負けてる感じ?」

「まあこれはクラスの意地を賭けた決闘なんだ、形振り構わない気持ちも分かる。だが……些か、興醒めな感は否めんな」

 この次鋒戦にて、風間ファミリーは一勝を掴んだ。それは紛れもない事実だが――果たしてその勝利にどれ程の価値があるのか、其処にまで思考を至らせるべきだったのだ。

 椎名京という極めて強力なカードを切り、確実に勝利を収める為のルールで保険を掛けて、まさしく万全の布陣を敷いて臨んだ決闘。

 だからこそ、誰の目から見ても今回の勝負は“勝てて当然”なのだ。

 所詮は順当な結果を収めたに過ぎず、そこに観衆を湧かせるドラマ性は介在しない。最初から答の用意された予定調和の決着に、無責任なギャラリーは価値を見出さないものだ。

 クラス内外を問わず人気のある川神一子と異なり、椎名京の対人関係が非常に閉鎖的である事も少なからず影響している。無愛想な勝者と“礼儀正しい”敗者の何れが大衆に支持されるか――答は見ての通りである。

 そして何より大きいのは、今回の決闘で織田信長の懐刀・森谷蘭が本領を発揮していないという事実を観客達が承知している事だ。転入二日目にて繰り広げた九鬼英雄・忍足あずみの主従との決闘を通じて、蘭の主武装が太刀である事は広く知れ渡っている。

 弓を用いない蘭の高い実力を既に把握しているギャラリーにしてみれば、今回の敗北は別段、あいつへの評価を下げる理由には成り得ないのだ。むしろ、太刀だけが取り柄ではないのか、と蘭に対する評価は上方修正された事だろう。

 そこに加えて俺が鬼小島に吹き込んだ偽情報が効果を表せば、森谷蘭は織田信長が一の従者の肩書きに恥じない格を備える事になる。

 要約すれば。今回の決闘、形としては敗北だが――俺は何一つとして失わずにメリットだけを得た訳だ。

 それが故に、2-Fメンバーにとっては見事なまでに価値無き勝利だろう。昨日の決闘でねねが苦戦の末に掴み取った会心の勝利と並べて見れば、その余りの収穫の少なさに哀れみすら覚える。

 目先の勝利だけに注目して、大衆の風評と言う最も大事な要素を軽視した直江大和の采配ミス――などと、ここでそんな風に彼を責めるのはお門違いだろう。

 2-F側にしてみれば、織田信長という相手は文字通り“挑むべき壁”なのだ。自分達の全力を尽くしても“手足”と対等に渡り合うのがやっとな、まさに化物と形容する他ない最凶の存在。手段を選び、手札を出し惜しんでいられるような相手ではない。加えて先程の決闘の時点では、ねねの奴に喫した一敗のお陰で後が無い状況だった訳だし、風評だの何だのと細かい事を気にしている余裕があったとは思えない。

 所詮は局地的な敗北、広く全体を見通せば何の痛痒も感じない。試合に負けても、勝負に勝つ事が出来れば問題は無いのだ。

 後は明日の大将戦がどう転ぶか、全てはそこに掛かっている。思考を巡らせていたその時、不意にギャラリーがざわめいた。

 蘭である。

 流れ出る汗をぽたぽたと床に滴らせながら、我が従者がやや危うい足取りで歩み寄ってくる。

「信長様」

「蘭」

 俺の眼前に辿り着くと、蘭はおもむろに膝を付いた。未だ整わない呼吸を落ち着けながら、苦しげな言葉を搾り出す。

「此度は偉大なる主の代理を任ぜられておりながら、力及ばず敗北を喫するという不始末。もはやお詫びの言葉すら浮かびません……どうか如何様にも処罰をお与え下さい」

 それは血を吐くような、悔恨に塗れた言葉だった。

 この決闘はそもそもにして敗北を前提とした勝負、半ば狂言のようなものだ。しかし、蘭は己の敗北に対して本気で責任を感じている様子だった。確かに、「勝てるものならば勝ちに往け」とは言ったが、心から勝利を要求した心算はない。

 いや、だからこそ、か。自身が期待されていない事を承知しているが故に、蘭は其処で掴み取る“価値ある勝利”を求めた訳だ。決闘中の一所懸命さは何も演技ではなかった、という事か。

 ……馬鹿な奴め。俺よりも弓に精通するお前が、戦力差を解せない訳もあるまいに。

 まあ結果的にその必死な姿が観客達の心を打ったのだから、良しとしておこう。

 俺は冷然たる無表情を以って、自身の足元で不動を保つ蘭を見下ろした。

「ふん、不要だ。然様に下らぬ感傷に浸る暇があれば、一秒でも多く己を磨くがいい。そして無双の名を遍く四方に知らしめよ。其れが俺の従者たる者の務めだ」

「ははーっ!寛大なる御心に感謝致します。誉れ高き主の従者に相応しい武を得る為、蘭は不惜身命の心意気を以って一層の鍛錬に励みます!蘭の精進をどうかご覧下さい、信長様!」

 先程までの悄然とした雰囲気はどこへやら、蘭は天へと握り拳を突き上げてやる気を表明していた。活力に満ち溢れたその姿を目の当たりにして、観客達がほっとしたような声を上げる。冷酷非情と噂される織田信長は己が臣下の敗北を許さない、ならば彼女はどうなってしまうのか――大方、そんな風に考えていたのだろう。御苦労な事だ。

 ただ冷酷に振舞うだけでは人は付いて来ない。飴と鞭、無慈悲さと寛容さを使い分けてこそ理想の主君。人材を集める為には、織田信長に従う事で得られるメリットをアピールしていかねばならなかった。

「森谷、少しいいか」

「あ、小島先生。はい、大丈夫です。何用でしょうか」

 鬼小島は真面目な顔で蘭をじっと見つめて、淀みなく口を開いた。

「単刀直入に訊こう。弓道部に入部する気はないか?」

「え、え。私が、ですか?」

 想像もしていなかった勧誘なのか、蘭は戸惑ったように目を白黒させた。まあ弓道部顧問としては、学生レベルを超えた腕を持つ人材を放置する方が不自然だろう。鬼小島は両腕を組みながら重々しく頷いた。

「先の決闘、見事な弓射だった。お前がウチに入ってくれれば、それは単純な戦力の補強に留まらず、部員達にとって良い見本と刺激になるだろう。私はそう確信している」

「……」

「お前はまだ部に所属していないと記憶している。他にアテがないなら――」

「申し訳ありません、小島先生」

 穏やかに微笑みながら、蘭は彼女の話を遮った。

「私の任は信長様の従者。いかなる時であれ主の傍に控え、その御身を守護するのが私の生きる意味なのです。お誘いはとても光栄ですが、私は他の道を選ぶ気はありません。私如きの未熟な弓道に目を留めて頂き有難うございます、先生」

 深々と頭を下げる蘭を、鬼小島は目を細めて見つめた。生徒に対する慈愛の込められた眼差しだった。改めて言うまでもなく、俺には向けられた覚えがない類の目である。

「……そうか。お前は自分の道を定めているのだな。その年で、中々できる事ではない。そういうことならば、私は大人しく引き下がるとしよう。無理強いする気はないのでな」

「それに、椎名さんがいらっしゃいますし、私の弓に頼るまでもなく弓道部は安泰でしょう。彼女の腕は既に天下に鳴り響いていても不思議はない程のものでした」

「椎名か。あいつの弓道への姿勢は……いや、愚痴は零さん。部員の意欲を引き出すのも顧問の務め、四の五の言う前に私が確りせねば。邪魔をしたな」

 自らに言い聞かせるように決然と呟いて、鬼小島は2-Fの集団の方へと去っていった。椎名京の方に声を掛けに行ったのだろう。弓道部顧問で2-F担任、ともなれば彼女に対しては色々と思う所がありそうだ。その辺りも後で突っついてみようか、と思惑を巡らせながら、俺は蘭に向き直る。

「決闘を終えた以上、此処に留まるはもはや無意味。往くぞ、蘭」

「ははーっ!参りましょう、主!蘭はどこまでもお供致します!」

 やけに嬉しそうな顔で張り切った声を上げる蘭を引き連れて、俺は弓道場を後にする。

 ……実を言えば。蘭が弓道部に勧誘された時、俺は口を挟むべきか大いに迷っていた。

 部活動というコミュニティーに所属すれば、蘭の閉鎖的な交友関係は大きく広がる事だろう。一方で集団に属するという事は当然、ルールで縛られ、長時間を拘束される事を意味する。これまでのように四六時中俺の傍にくっついている訳にはいかなくなるし、仮にそうなれば織田信長の貴重な手足が満足に機能しなくなるのは間違いない。しかし、その重大なデメリットに目を瞑ってでも、俺は蘭の視界に映る世界を開いてやりたいと、確かに思ったのだ。

 だが――結局は、言い出せなかった。

 主君への忠誠を言葉に紡ぐ蘭の表情は、あまりにも充たされていた。俺が口を挟む余地など、何処にも見当たらない程に。

 織田信長の忠実なる従者というポジションは、もはや蘭の人格とは切っても切り離せないものとなっている。十年という歳月は、一度は砕けた蘭の心が歪な形で在り方を確立するには十分な時間だった。無理矢理に引き剥がそうとしてみた所で、その結果として蘭が救われる事はないだろう。

 俺は、どうするべきなのだろうか。

 あらゆる難題を解決してきた脳髄は、幾ら働かせても答を与えてはくれない。

「あ!信長様、少し宜しいでしょうか」

 蘭が驚いたような声を上げて立ち止まったのは、下校中。夕日に染まる多馬川の河川敷を歩いていた時だった。

 その視線が向かう先には、川辺に座り込んでいる人影が一つ。


「……あれは」


 黄昏色に染まって何処か憂愁を帯びた横顔は、恐るべき腕前で蘭を下した弓術士――椎名京のものであった。


 








~おまけの風間ファミリー~


「ん~?どうした大和ぉ、随分と白けた顔してるじゃないか。せっかくウチの京が織田の奴に文字通り一矢報いたんだ、もっと浮かれてもいいだろうに」

「あ、姉さん。……どうにも嫌な感じがしてね。今回の決闘、確かに勝ちは勝ちなんだけど、いまいち手ごたえがないって言うか。有体に言うと、勝った気がしない」

「おいおい大和、なに妙な事言ってんだ。これ以上ない大勝利だっただろうがよ。ヘンな事言ってると京が泣くぜ」

「ガクトはもうちょっと考えるべきだと思うよ、色々と。僕も大和の言いたい事は分かる。みんな京よりも森谷って奴を褒めてた……訳分からないよ、S組は嫌われてる筈なのに」

「う~ん。アタシは難しい事は分かんないけど、信長のヤツ、部下が負けたってのに全然悔しそうに見えなかったのよね。何か企んでるのかしら」

「……。勝たされた、敢えて勝ちを譲られた……?いや、でも……んん」

「大和。おーい、大和?あーダメだこりゃ、完全に軍師モードに入ってやがるぜ。俺様を無視しやがるとは良い度胸だ」

「ちょっとガクト、邪魔しちゃマズいって。いよいよ明日で勝負が決まるんだから、軍師としては集中して策を練りたいだろうし」

「しかし、森谷蘭か。身のこなしからして剣術だけじゃないとは思ってたが、この分だとまだまだ引き出しがありそうだなぁ。あの一年坊も活きが良くて戦い甲斐がありそうだ。――メインディッシュが当分お預けなら、オードブルの摘み食いというのもアリかな?ふ、ふふふ、あぁ……想像するだけで楽しくなってきたぞ」

「(お姉さま……。今は無理でも、きっといつかアタシが!)」








 という訳で、屁理屈で負けを誤魔化す主人公の巻でした。戦略と戦術と戦闘の違い、と言った所ですね。

 ちなみに弓の腕で大雑把なランク付けをするなら、今作中ではこんな感じになります。

 京>>>蘭>>|人外の壁|>>弓道部主将>>>ムサコッス>>一般部員

 天下五弓は伊達じゃない、という事で京には無双してもらいました。しかし改めて思えば、京は近距離中距離遠距離死角なし、と本当に優秀なパラメータの持ち主ですね。しかも冷静沈着で頭も回る。百代には及ばずとも十分にチートキャラな気がしてきました。

 尚、感想を拝見すると、今作を読んで原作に興味を持ったという方が何人かいらっしゃる様で、心の底から嬉しく思います。元々原作好きが高じてキーボードを叩いているので、皆さんの報告には本気でテンションが上がりました。ちなみに原作未プレイで今作を面白いと思って頂けた方、原作の方が何倍も面白いので是非ともプレイ推奨です。

 感想は作者の原動力、という事を改めて実感しました。これからも是非今作の歩みに付き合ってやって下さい。それでは、次回の更新で。


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