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No.13860の一覧
[0] 俺と彼女の天下布武 (真剣で私に恋しなさい!+オリ主)[鴉天狗](2011/04/15 22:35)
[1] オープニング[鴉天狗](2011/04/17 01:05)
[2] 一日目の邂逅[鴉天狗](2012/05/06 02:33)
[3] 二日目の決闘、前編[鴉天狗](2011/02/10 17:41)
[4] 二日目の決闘、後編[鴉天狗](2009/11/19 02:43)
[5] 二日目の決闘、そして[鴉天狗](2011/02/10 15:51)
[6] 三日目のS組[鴉天狗](2011/02/10 15:59)
[7] 四日目の騒乱、前編[鴉天狗](2011/04/17 01:17)
[8] 四日目の騒乱、中編[鴉天狗](2012/08/23 22:51)
[9] 四日目の騒乱、後編[鴉天狗](2010/08/10 10:34)
[10] 四・五日目の死線、前編[鴉天狗](2012/05/06 02:42)
[11] 四・五日目の死線、後編[鴉天狗](2013/02/17 20:24)
[12] 五日目の終宴[鴉天狗](2011/02/06 01:47)
[13] 祭りの後の日曜日[鴉天狗](2011/02/07 03:16)
[14] 折れない心、前編[鴉天狗](2011/02/10 15:15)
[15] 折れない心、後編[鴉天狗](2011/02/13 09:49)
[16] SFシンフォニー、前編[鴉天狗](2011/02/17 22:10)
[17] SFシンフォニー、中編[鴉天狗](2011/02/19 06:30)
[18] SFシンフォニー、後編[鴉天狗](2011/03/03 14:00)
[19] 犬猫ラプソディー、前編[鴉天狗](2011/04/06 14:50)
[20] 犬猫ラプソディー、中編[鴉天狗](2012/05/06 02:44)
[21] 犬猫ラプソディー、後編[鴉天狗](2012/05/06 02:48)
[22] 嘘真インタールード[鴉天狗](2011/10/10 23:28)
[23] 忠愛セレナーデ、前編[鴉天狗](2011/04/06 14:48)
[24] 忠愛セレナーデ、中編[鴉天狗](2011/03/30 09:38)
[25] 忠愛セレナーデ、後編[鴉天狗](2011/04/06 15:11)
[26] 殺風コンチェルト、前編[鴉天狗](2011/04/15 17:34)
[27] 殺風コンチェルト、中編[鴉天狗](2011/08/04 10:22)
[28] 殺風コンチェルト、後編[鴉天狗](2012/12/16 13:08)
[29] 覚醒ヒロイズム[鴉天狗](2011/08/13 03:55)
[30] 終戦アルフィーネ[鴉天狗](2011/08/19 08:45)
[31] 夢幻フィナーレ[鴉天狗](2011/08/28 23:23)
[32] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、前編[鴉天狗](2011/08/31 17:39)
[33] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、中編[鴉天狗](2011/09/03 13:40)
[34] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、後編[鴉天狗](2011/09/04 21:22)
[35] 開幕・風雲クリス嬢、前編[鴉天狗](2011/09/18 01:12)
[36] 開幕・風雲クリス嬢、中編[鴉天狗](2011/10/06 19:43)
[37] 開幕・風雲クリス嬢、後編 Aパート[鴉天狗](2011/10/10 23:17)
[38] 開幕・風雲クリス嬢、後編 Bパート[鴉天狗](2012/02/09 19:48)
[39] 天使の土曜日、前編[鴉天狗](2011/10/22 23:53)
[40] 天使の土曜日、中編[鴉天狗](2013/11/30 23:55)
[41] 天使の土曜日、後編[鴉天狗](2011/11/26 12:44)
[42] ターニング・ポイント[鴉天狗](2011/12/03 09:56)
[43] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、前編[鴉天狗](2012/01/16 20:45)
[44] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、中編[鴉天狗](2012/02/08 00:53)
[45] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、後編[鴉天狗](2012/02/10 19:28)
[46] 鬼哭の剣、前編[鴉天狗](2012/02/15 01:46)
[47] 鬼哭の剣、後編[鴉天狗](2012/02/26 21:38)
[48] 愚者と魔物と狩人と、前編[鴉天狗](2012/03/04 12:02)
[49] 愚者と魔物と狩人と、中編[鴉天狗](2013/10/20 01:32)
[50] 愚者と魔物と狩人と、後編[鴉天狗](2012/08/19 23:17)
[51] 堀之外合戦、前編[鴉天狗](2012/08/23 23:19)
[52] 堀之外合戦、中編[鴉天狗](2012/08/26 18:10)
[53] 堀之外合戦、後編[鴉天狗](2012/11/13 21:13)
[54] バーニング・ラヴ、前編[鴉天狗](2012/12/16 22:17)
[55] バーニング・ラヴ、後編[鴉天狗](2012/12/16 22:10)
[56] 黒刃のキセキ、前編[鴉天狗](2013/02/17 20:21)
[57] 黒刃のキセキ、中編[鴉天狗](2013/02/22 00:54)
[58] 黒刃のキセキ、後編[鴉天狗](2013/03/04 21:37)
[59] いつか終わる夢、前編[鴉天狗](2013/10/24 00:30)
[60] いつか終わる夢、後編[鴉天狗](2013/10/22 21:13)
[61] 俺と彼女の天下布武、前編[鴉天狗](2013/11/22 13:18)
[62] 俺と彼女の天下布武、中編[鴉天狗](2013/11/02 06:07)
[63] 俺と彼女の天下布武、後編[鴉天狗](2013/11/09 22:51)
[64] アフター・ザ・フェスティバル、前編[鴉天狗](2013/11/23 15:59)
[65] アフター・ザ・フェスティバル、後編[鴉天狗](2013/11/26 00:50)
[66] 川神の空に[鴉天狗](2013/11/30 20:23)
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[13860] 犬猫ラプソディー、中編
Name: 鴉天狗◆4cd74e5d ID:1d039d55 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/05/06 02:44
「―――猫被り、か。猫被りね。実を言うと、俺には良く分からないんだよ。お前の被っている“猫”の正体が。どうにも曖昧で、捉えられない」

「……」

「さて。本当のお前は果たして何処に居るんだろうな、明智ねね」

 
 胸の内を見透かしたようなその言葉に。

 
 “私”は――――――答を返す事が、出来なかった。

 
 

 首輪を嵌められ、鎖で繋がれて。思えば幼少の頃から、私は誰かに飼われていた。

 私はどちらかと言えば退屈を嫌う活動的なタイプの子供で、部屋の中でひとり人形遊びに興じるよりも、近所の子供達と一緒に泥を被って走り回りたかった。堅苦しい礼儀作法など肩が凝って仕方が無いし、高貴な人達があらあらうふふと交わす“上品”な会話を聞いていると否応なしに眠気が押し寄せてしまう。食事の際は面倒なテーブルマナーなど気にせず好きな物を好きなだけ好きな様に食べたい。早朝の鍛錬などもはや苦行だ――本当は日が高々と昇るまで眠っていたかった。

 しかし、そんな他愛ない我侭が許される事は一つとしてなかった。何故なら、私は由緒正しき名門・明智家の当主の血を引く一人娘だから。日本三大名家には及ばずとも、周辺地域を実質的に支配下に置ける程の権勢を誇る、高貴なる家柄。私はそんな血筋の跡継ぎとして相応しい品性に教養、物腰を周囲から常に求められていた。故に私の望みはことごとく却下され、厳格な両親は自らが思い描く理想の“良家の子女”であることを私に課した。私もそんな周囲の期待に応えようと、自分を押し殺して立派なお嬢様を目標に自らを磨き続けた。これは他者よりも財力・権力を持って生まれた者の義務なんだと自分に言い聞かせて、自由を望む感情を心の奥底に封じ込めていた。この頃の私にはまだ、家族への愛情というものがあったから。

 さて、閉された箱庭の中で退屈な年月が流れ、そして私が九歳の誕生日を迎えた頃の話である。降って湧いたようなニュースが明智家を賑わした。今更になって、私の弟が生まれたのだ。両親やその他の明智家の人間のように、私はそのニュースを素直に喜ぶ事は出来なかった。代々、明智家は男性優位の家系。つまり――弟が生れた以上、跡継ぎとしての明智ねねにはもはや価値がない。となれば、明智家の名を背負うべく我慢と研鑽を重ねてきた自分は一体何なのだろう。私は自身の忍耐と努力が否定されたような気分に陥った。そして事実として、両親を始めとする明智家の人間は、明らかに私よりも弟を優先する姿勢を取り始めていた。これまで私に平身低頭して媚を売ってきた親族達も、態度が明らかに悪くなった。誕生日には山ほど贈られてきたプレゼントも、精々が小山ほどの量まで減った。どうでもいい親族達の変化そのものには何の感慨も抱かなかったが、それを切っ掛けに私は、明智家の堅苦しい屋敷で人生を消費していく毎日に、抑えられない疑問を覚え始めていた。

―――そんな時、事件は起きた。それは間違いなく、私の人生を変えた出会いだった。
 
 明智家の財力に目を付けた馬鹿共に、下校中の私が誘拐の対象として狙われた事が、その出会いの切っ掛けだった。黒服の屈強な男達に身辺警護の付き人が殴り倒され、無力な私が抵抗できないまま見知らぬ車に押し込まれようとしていた時、その人物はピンチに駆けつけるヒーローの如く、颯爽と現れた。

『そんな幼い少女を寄ってたかってどうしヨーって言うんだこのロリコンどもめ!ボクがセーバイしてくれるワ!』

 カタコトっぽい日本語で口上を上げたのは、外国人と一目で分かるネグロイド系の顔立ちの若い女性。彼女は目で追う事すら難しい俊敏さで男達との距離を詰めると、さながら舞うような華麗な体捌きで男達を蹴り飛ばし、抵抗を許さず瞬く間に意識を刈り取っていく。黒服達が揃って地面に倒れ伏すまで、十秒と掛からなかっただろう。まさに疾風の如き早業に、私は気付けば見惚れていた。目の前で繰り広げられた舞踏に興奮していた為か、当時の詳しい事はいまいち覚えていないが、どうやら私は彼女にお礼を述べると同時に住所を聞き出していたらしい。女性は急いでいたらしく、現れた時と同様に素早い動作で去っていった。その後姿、バサバサと風に靡くロングコートが、私の目にはヒーローの纏うマントのように映った。

 そして後日、改めてお礼を言うために私が訪れた住所に佇んでいたのは、小ぢんまりとしたみすぼらしくて薄汚い道場。明智家の保有する豪勢な武道場に慣れた私は、最初はそこが道場であるという事すら上手く理解できなかった程だ。入口に掛けられた木製の看板は自作なのか、辛うじて読み取れるレベルの日本語で『カポエィラ』と記されている。意を決して道場に足を踏み入れると、件の女性が驚いた顔で私を出迎えた。私の顔は覚えていなかったようで、やぁやぁこんなトコロにお客サンなんて珍しいね、キミは入門希望者かナ?と冗談交じりに問い掛ける彼女の言葉に、私は反射的に頷いていた。そんなバカな、とばかりに女性がますます驚いた顔になっている様子に、私は思わず笑ってしまった。

 そういった経緯の末に私は彼女を師匠と仰ぎ、明智家の小うるさい監督の目から抜け出しては道場に通って、カポエィラと呼ばれる特殊な格闘術を習うことになった。コイツはいいとこのお嬢サマには似合わないヨ、やめといた方がイイ、と一度は師事を拒否されたが、私は常ならぬ強情さで彼女が根負けするまで延々と頼み込み、どうにか認めさせた。そこまで必死になった理由はシンプルだ。誘拐犯を薙ぎ倒す彼女の武術を一目見た瞬間から、私はその舞踏の如き奔放な足技に魅了されていたのだ。これしかない、と。明智家で義務的に習っている由緒正しい護身術に対しては少しも感じなかった胸の高鳴りを、私はカポエィラに対して明確に感じていた。そんな私を興味深げに見遣りながら、師匠は楽しそうに語ったものだ。

『ネネ。カポエィラの起源をキミは知ってるかナ?……ボク達のご先祖サマはね、かつて奴隷としてヒドイ扱いを受けていたんだ。今ではそんなコトはないけど、昔はホントに辛イ時代だっタ。いつも手錠と足枷で繋がれて、ムリヤリに働かされて、ファミリーとも会えなかった。―――だから、ご先祖サマは自由を求めた。大空へ羽ばたくタメの、ツバサを求めたんだ。カポエィラがどうしてそのスタイルに踊りの要素を取り入れてイルか、不思議に思った事ハないかナ。それはね、暦としたトレーニングをダンスのレッスンだと見せかけて、監視の目をゴマかすために生れた格闘技だからサ。自由のツバサが育つ前に折られてしまわないように。自由への希望を守ルために、カポエィラは生み出されたんだヨ、ネネ。……だからね、ボクはこう思ってるのサ―――ボクの脚は、自由のツバサ。誰にも縛られず、ボクがボクらしく、自由気侭に生きるためにあるってネ』

 ああそうか、と。師匠の言葉を聴いて、私はとてもすんなり納得していた。私が師匠の披露したカポエィラにあそこまで強く惹かれた理由は、きっとその在り方にあるんだ、と。拘束からの解放、自由を求める精神。明智家の血という呪いで地面に縛られている私は、大空へ向けて飛び立つための翼が欲しかった。きっとその可能性を、カポエィラのアクロバットな挙動に見出していたのだ。

 幸いにして私には才能があったらしい。家で習う護身術の腕前に伸び悩んでいた事が馬鹿らしく思えてくるほどの猛烈なスピードで、私はめきめきと上達していった。その成長速度には師匠も驚きを隠せない様子で、『コレはもうボクが追い抜かれる日もそう遠くはないネ』、と嬉しそうな調子で何度も口にしていた。もっとも、『子供の頃からトレーニングを続けて体が出来上がってたお陰で、今の成長がアルんだ。間違ってもこれまで家で習ってきたことをおろそかに思っちゃアいけないヨ』と真面目な顔で付け足していたが。

 実を言うと師匠の道場には私以外の門下生は一人もいなかったので、常にマンツーマンで指導を受ける事が出来たのは実に幸いだった。道場の経営を考えれば師匠にとっては不幸という他無い事態だが、私にとっては好都合そのものである。師匠は物事を理論立てて説明するのがあまり得意ではないのか、その教え方はどちらかと言えば個人の感覚に頼ったものが多く、一般的な指導者としてはあまり優秀とは言えなかっただろう。しかし、私にとっては彼女以上に相応しい師は何処にもいなかった。過去に明智家で雇ってきた、大層な資格を持つとかいう講師も、誰一人として私をこれほどまでに一つの物事に打ち込ませ、夢中にさせることなど出来なかったのだから。

 そんな調子でカポエィラに熱中する一方、護身術の鍛錬に身が入らなくなった私は、次第に道場で過ごす時間の割合が増えていく。比例するように両親から貰う小言が多くなって、家に居ること自体が疎ましくなっていった。休日は用も無いのに道場を訪れては、小汚い床に師匠と二人して寝転がって、ダラダラと雑談しながら怠惰な午後を過ごすのが習慣となった。互いの誕生日にはプレゼントを贈り合って、その値段の釣り合わなさ具合に大笑いする。だけど、『アァやれやれビンボーは嫌だね、ボクに渡せるのはこんなモンしかないヨ』と恥じ入るように言いながら贈ってくれた師匠愛用のロングコートは、私の掛け替えのない宝物になった。師匠が私の分まで買ってきたジャンクフードなる物体にカルチャーショックを受けたり、逆に彼女を高級レストランに招待してその挙動不審っぷりを楽しんだり、少しばかり調子に乗って師匠に真剣勝負を挑んでコテンパンに叩きのめされたり、その話を肴にまた盛り上がったり、かつて世界を渡り歩いたという師匠の語る波乱万丈な冒険譚に心を躍らせたり。季節が巡り、私が中学校に進学する頃には、薄汚くて狭苦しいボロボロの道場は、私にとってのもう一つの家になっていた。明智の家に生れてからずっと感じていた息苦しさはいつの間にか消え失せていて、私は間違いなく自由を噛み締めていた。師匠と二人で過ごす怠惰で愉快な日常が、このまま続けばいいのにと願う。


―――けれど。楽しかった日々は、唐突に、理不尽な形で終わりを告げた。
 
 
 ある日、私がいつものように訪れた道場からは、人の気配が消え失せていた。明かりも灯っておらず、シィン、と不自然な静寂に包まれている。おかしい。この時間なら、彼女はゴロゴロと寝転がって雑誌か何かを読んでいる筈だ。湧き上がる不安を堪えながら周囲の住人に事情を尋ねると、無関心な態度で、「既に引き払った後だ」と言い渡された。夢中で道場に駆け込む。戸口の鍵は開いていた。

 誰もいない。師匠の姿はどこにもない。元々数少なかった私物も、どこかへと消え失せている。そんな空っぽの道場の真ん中には、ぽつんと一通の手紙が置かれていた。

 それが私に宛てられたのものだという事はすぐに判った。聞いた所によれば彼女の家族は国元に残してきたそうだし、人種の壁もあってさほど親しく付き合っている人間はいない。それに何より、たった一人の弟子である私に彼女が何のメッセージも残さないなんて、そんな馬鹿な話はないのだ。震える手で手紙を開くと、不恰好な日本語でたどたどしく綴られた文面が広がる。要領を得ない無駄話がグダグダと続いてから、一際無様な字体で締めの言葉が記されていた。『たのしかったよ、ネネ。いままでありがと。わすれないで、キミのあしは、いつでもとびたてる。りっぱな、じゆうのツバサだよ』―――精一杯の想いを込めて書かれたであろう別れの手紙を何度も何度も読み返しながら、私は泣いた。

 師匠は手紙の中で引っ越し先については触れていなかったので、街を立ち退いてどこへ去って行ったのかも判らない。或いは母国のブラジルへと帰ったのかもしれなかった。どうやら携帯電話が解約されている様で、連絡も取れなかった。

 そんな師匠の突然すぎる失踪が、明智家が何らかの圧力を掛けた結果だという事は、私には簡単に予想できた。あのように素性も知れない外国人の営む、みすぼらしい道場など、明智家の息女が通うに相応しい場所ではない。醜聞に繋がりかねない芽は摘んでおこう――そんな両親の思惑が手に取るように分かる。それが娘の身を案じる親心の発露ならば、納得はせずとも許す事は出来ただろう。しかし私は、両親の行為から家の名誉を保ちたいという意図しか感じられなかった。私が初めて手に入れた自由と大切な居場所は、明智家の下らない見栄の為に、いとも容易く失われてしまったのだ。許せない。こんな馬鹿な話があってたまるか。その呪うべき日からしばらくの間、私は豪奢な寝台の中で悔しさに涙を流したし、湧き上がる怒りに任せてさっさと家を出てやろうかとも思った。

 しかし結局、私は激発する事は無かった。気を抜けば溢れ出さんとする激情を全て呑み下して、誰に対しても動揺一つ悟らせることなく、文武両道で品行方正な、両親が理想とする優等生を演じ続けた。私が目指す自由を追い求めて行動を起こすには、時期がまだ早い――そう自分に言い聞かせて、ひたすら猫を被って耐え忍んだ。

 そして月日が流れ、中学三年生に進級した十四歳の夏。すなわち高校受験シーズンを迎える頃になって、私は両親に折り目正しく懇願した。明智家の管理下にある地元を離れ、他県の高校で学びたい、と。両親共に少なくない反対の声を上げたが、一人暮らしを体験する事で自立心を養いたい、などともっともらしい理屈を捏ね繰り回して、数週間に渡る説得の末にその首を頷かせる事に成功した。師匠が街から居なくなって以来、私が何かしらの問題を起こす事もなく、大人しく素直な“お嬢様”を続けていたので、両親も安心していたのだろう。我侭の一つくらいは聞いてやろう、という形で彼らの認可を得て、私は晴れて神奈川県川神市の有名私立校、川神学園への入学を果たしたのだった。明智家の庇護と云う名の拘束から逃れて、望み焦がれた“自由”を手中に収めたのだ。その時の溢れんばかりの喜びは今でも忘れられない。

 明智家の財力を用いて借りた高級アパートの一室で、悠々自適の一人暮らし。私の動向を逐一監視しては両親に報告する、鬱陶しい侍女も使用人もいない生活。少なくとも月に数回は様子を伺いに使用人が訪れるとのことだったが、今まで過ごしてきた窮屈な実家を思えば、あたかも鳥篭から放たれて広い世界に飛び出したような気分だった。

 アパートへの引越しがあらかた片付いて、明智家に関わる人間が自らの周囲から引き払うのを待ってから、私は行動を開始した。まず腰まで届きそうなロングヘアをばっさり切り落として、ヘアスタイルを師匠とお揃いのショートに変える。ただそれだけの事で、私は全ての重力から解放されたような素晴らしい感覚に浸る事が出来た。着付けの面倒な和服は脱ぎ捨ててクローゼットに放り込み、代わりに師匠に贈られた大事なロングコートを取り出して、恐る恐る袖を通す。私の小柄な身体とはサイズがまるで合っていなくてブカブカだったが、私はちっとも気にならなかった。むしろ普段の如く帯に身体を締め付けられる窮屈な感覚と比べて、より“自由”を感じられて嬉しくなった。師匠と同じ髪型、同じ服装。師匠の何事にも縛られない気侭な生き様は、いつだって私の憧れだった。形だけでも彼女の真似をすることで、少しでもその在り方に近付けると思ったのだ。

 そうして私は、部屋の鏡に映った自分の姿を改めて眺める。十数年間に渡って周囲に強制され続けてきた“お嬢様”の姿は、どこにも見当たらなかった。

 
 鏡の前に立ち尽くしたまま、私は笑った。笑いながら泣いた。師匠、師匠。私はこれでやっと自由になれそうです。

 
 川神学園への入学を控えた準備期間、すなわち三月中、私はこれまでのように門限に縛られることもなく夜の街を彷徨って、今までの人生では見た事すらない様々な物事に触れた。低俗なものとして両親の許可が下りず、立ち入ることを許されなかった娯楽施設にも楽々と足を踏み入れる事が出来る。十数年のあいだ抑圧され続け、胸の中で膨れ上がった好奇心は留まる事を知らず、私は川神市内のありとあらゆる場所へと足を伸ばしていった。最初はアパートの周辺をぶらつく程度だった行動範囲が、“無法地帯”と名高いその歓楽街に届くまで、そう多くの時間は必要ではなかった。

 堀之外―――暴力と享楽が形を成して行き交い、絶えず混沌を吐き出し続ける魔窟。

 最初はその雰囲気の異質さに戸惑い、人の目を盗むようにして通りを歩いた。しかし徐々に馴染んでくるにつれて、この街に流れる空気は私にとって大いに心地よいものに思えてきた。誰もが何かに縛られることなく奔放で、自分の欲望の赴くままに生きている。それはある意味で私が望んだ在り方と重なった。その日から、私は堀之外の街に夜遅くまで入り浸るようになった。

 非合法に片足を突っ込んでいるようなバーに出入りして、見た事もない風体の客達が交わす様々な会話を立ち聞きするのは楽しかった。そうして板垣一家に織田信長、といった街の有力者に関する情報を集めると同時に、いつしかアルコールの味も覚えた。舐める程度しか飲んでいないにも関わらず二日酔いの頭痛に悩まされて、自分には酒は向いていない、と思い知らされただけの事だったが。

 自由と享楽のみならず、当然ながら夜の街には危険と暴力が付き纏う。そもそもにして私が活動圏としている堀之外という街は日本国内でも屈指の無法地帯らしく、素人目にも明らかに目付きのヤバい人間が闊歩しており、呆れる程に喧嘩っ早い者が多い。しかし、明智家で習った武道と師匠から教わったカポエィラのお陰で、性質の悪い連中に絡まれても場を逃れるのは容易であった。例え屈強な外国人男性が相手でも、師匠直伝の足技が決まれば必ず一撃で勝負は決した。師匠の下で学んでいた頃、『キミは天才だヨ。ボクが保障しよう』と繰り返し褒められたことを思い出す。私は自分が紛れもない強者なのだという事実を、初めて実感していた。

 自由気侭に堀之外を闊歩して、好きな時に食べ遊び喧嘩し、疲れたらベッドに倒れ込んで手足を思いっきり伸ばしながらはしたなく惰眠を貪る。そんな、かつての自分には想像する事も出来ないほどに充実した日々を送っている時、一つの出会いがあった。

『実はさ、ちょっとしたグループを仕切るリーダーを募集中なんだよねー。君なら上手くやれそうなんだけど、どう?俺の仲間になってみない?』

 疑惑の声を上げる私に対して、そいつは自らを『マロード』と名乗った。互いに顔も見えない電話越しに色々と話を交わして、私は性別も年齢も分からないそいつに興味を抱いた。胡散臭くてガキっぽくて怪しさ爆発のマロードだが、その思想と言葉には妙に惹き付けられるものがあった。カリスマ性、とでも言うのだろうか。好奇心に駆られた私はマロードの誘いに乗って、百人ほどの不良を取り纏めるという未知の役柄を演じてみる事にした。かくして私は師匠譲りのコートを颯爽と翻し、不良グループ“黒い稲妻”のボスとして君臨した。もっとも、あくまでそれは表向きの姿で、マロードが私に求めた役割はまた別のものなのだが……まあ所詮、今となってはどうでもいい話ではある。奴が一体何を考えていたのか、もはや興味はない。報いは受けて必ず貰う、それだけだ。

 新鮮な体験の数々を楽しんでいる内に気付けば三月は過ぎ去り、そして桜舞い散る四月七日、私は私立川神学園の門を潜った。短く切った髪をウィッグで誤魔化して、私はまた分厚い猫を被って“お嬢様”に戻る。学園の中では明智家の目が届く可能性が高いので、仕方のない選択だった。万が一にでもこちらでの自分の素行が両親の耳に入って、あの牢獄の如き実家に連れ戻されるような事があれば、自由の味を全身で知った私は今度こそ耐えられないだろう。

 私は怖かった。鎖で繋ぎ止められて、狭い箱庭の中で飼い殺される事を、私は何よりも恐れていた。そのどうしようもない恐怖感が猫被りに磨きを掛けて、学園内の誰よりも理想的な良家の子女を私に演じさせた。私はもう解放された筈なのに、どうしてこんな事をしているのだろう、という抑え難い疑惑の声が心を蝕む。本当に私は解放されたと言えるのだろうか。明智家の庇護が無ければ学校に通う事すらできない、そんな立場は以前と何一つとして変わっていないのに?

 そのように悩みを抱える一方で、放課後になれば私は制服を脱ぎ捨てウィッグを投げ捨て思考を放り捨てて、享楽だけを求めて堀之外の街に繰り出す。学園生活で押し殺された自分の中の奔放さを解き放ち、反動の如く自由の空気を貪り、私は“黒い稲妻”を率いてマロードの言うがままに暴れ回った。そんな私の姿を第三者が見れば、どうしようもなく奇異で歪なものに映った事だと思う。実際、その時の私は自身の二面性に挟まれてストレスを溜め込み、半ば自暴自棄になっていたような気がする。

――今にして思えば、そんな私の歪みを察していたからこそ、マロードは私を利用しようと考えたのだろう。

 ボタンを決定的に掛け違えているような、何処か現実味に欠ける白昼夢にも似た日々は、実にあっけなくに終わりを告げた。忘れもしない、あの日。私の運命を想像もしない方向へと誘うべく、あの主従は現れた。

 織田信長と、その従者、森谷蘭。堀之外の裏の支配者。実質的な勢力をほとんど有していない“個人”であるにも関わらず、その存在は恐怖と畏敬によって人々を縛り上げ、組織を超越した統制を以って街の秩序を保っている。『信長が動くぞ』と脅されれば誰もが震え上がって狼藉を止め、怯え竦んで引き下がる。死に様を自分で選びたいならば間違っても敵に回すな――そんな彼らに関する風評を部下の口から耳にする度、私は半ば鼻で笑って聞き流していた。大袈裟に脚色された噂などに踊らされて、まんまと支配者側のイメージ戦略に乗せられているのが分からないのか、と。そのように織田信長という男の実力を侮って掛かっていたからこそ、マロードから彼の住居を襲撃するよう指示が下りた時も、さほど躊躇わずにその指示を実行に移したのだ。

 しかし結論から言えば、間違っていたのは私の方だった。

 私の予想通りに“黒い稲妻”のアジトに乗り込んできた二人組は、私の予想を遥かに超えて化物だった。堀之外で過ごした一ヶ月の中でついに自分と対等に戦える人間が現れなかった事で、私はやはり増長していたのだろう。自分では慢心を戒めていたつもりでいたが、恐らくは心のどこかで高を括っていた。私はあの師匠も認めた天才なんだ、裏の支配者とやらも物の数じゃあない――と。そんな滑稽な思い上がりは、男の暗く凍えるような瞳に見据えられた瞬間に消し飛んだ。一体どれほど深い闇を歩き、血潮を浴びればこんな凶悪な目が出来上がるのか。堀之外を拠点として多くの裏の住人を観察してきたが、彼は明らかにそこらのチンピラとは格の違う存在だった。立っているステージそのものが違う、と言ってもいい。

 私は文字通り手も足も出ずに敗北を喫し、憎きマロードには手酷い裏切りを食らって切り捨てられ、“黒い稲妻”は完全に崩壊。そして気付けば、何の因果か、明智ねねは織田信長の臣下に収まる事になっていた。裏社会における案内役のマロードに裏切られた以上、織田信長の影響力による庇護が無ければ川神での生活を続ける事すら難しい。そうして私は新たな鎖で繋がれ、またしても願って止まない自由から遠ざかった。傲岸不遜で冷酷無比な飼い主を目の前に、私は明るい未来を見る事は出来そうにもなかった。そもそも恐怖と恫喝で成り立つ主従関係に、忠誠心などある訳もない。面従腹背、猫被り。『ご主人』などと呼んで媚びたりもしたが、いつまでも大人しく従い続けるつもりなど端からなく、機を見て鼻を明かしてやるつもりだった。

 なのに、何故だろう。織田信長。森谷蘭。案内された倒壊寸前のボロアパートで彼らと食卓を囲み、スーパーの特売品であろう安っぽい食材で作られた料理を食べていると、私は不意に師匠と気侭に過ごしていた懐かしい日々を思い出したのだった。老朽化してヒビ割れだらけの部屋は、何だかあの小汚いカポエィラ道場と良く似ていて、冷徹極まりない住人とはまるで似合わぬ温かい雰囲気に包まれていた。

 だからだろうか、『ネコ』などと自分でも気にしていた名前を揶揄され、少しでも口答えすれば殺気混じりに恫喝され、どこから見ても首輪を付けられたこの身には自由など見当たらない筈なのに、私は不思議と悪い気分ではなかった。彼らと居れば少なくとも退屈する事だけは無いだろうし、いまいち頼りにならないもう一人の従者と一緒に飼い猫生活を続けるのも、まあ少しの間ならいいかもしれない――そんな風に思うくらいには、私は新しい生活を気に入り掛けていた。そのまま何事も起きなかったなら、私はダラダラと適当に如才なく織田信長の従者を務めて、そこそこに有能な駒として割と楽しく過ごしていたのかもしれない。

 そう、私の『ご主人』が、この私ですら呆れ返るような、とんでもない大嘘吐きでさえなかったなら。私は何一つとして選ぶ事も決断する事もせず、どこまでも大人しい飼い猫で在り続けたのかもしれなかった。

 だから――彼は。織田信長は、私の人生を変えた二人目の人間だ。

 あの夜、私が彼の本質を追及する言葉を吐いた時。きっとあの瞬間に、私の運命は新たな歯車を回し始めた。


『大嘘吐き、か。――くく、誰よりも自覚はしてるつもりでいたが、第三者から改めて言われると妙に新鮮な気分になるもんだな。ま、俺にそんな事を言うのはタツくらいのものだから、当然と言えば当然か』


 平然と嘯いて、織田信長はニヤリと笑う。先程までの無表情を呆気なく崩して、まるで悪戯が成功した子供のような、不自然極まりない笑顔を浮かべる。

 
 隠し通していた秘密を暴かれた人間としては、その反応は奇妙という他なかったが、しかし“私”はそんな彼の反応を当然のものとして、至極冷静に受け止めていた。自分の推測が正しかった事を再確認し、そして身構える。賽は投げられた。覆水盆に返らず。織田信長という人間の核心に踏み込んだ以上、覚悟は決めておかなければならない。

『随分と簡単に認めるんだね。キミなら幾らでも誤魔化すことはできたと思うんだけど』

『誤魔化す?そんな行為に意味がない事はお前が一番よく分かってるだろうに、良く言うもんだ。……ま、探偵の推理シーンには俺の対応は少しばかり無粋だったか。追い詰められる犯人役として、ここは冴え渡る名推理を静聴させて頂くとしようかね』

 信長は背後の壁に体重を預けながら、私に向かって飄々と言葉を投げ掛ける。本性を露にしても、腹立たしい程の余裕の態度は一切崩さない。化けの皮は既に剥いでやったと言うのに、この得体の知れなさはどういう事か――いや、惑わされるな。彼が私の“同類”だという事は分かっているのだ。ブラフやハッタリの一つや二つ、今更気にしていてもキリがない。

 目まぐるしく脳内を駆け巡る思考を一旦打ち切る。そして、私は興味津々といった様子でこちらを見つめる目を、正面から見返した。

『推理と呼ぶにはあまりにもお粗末なモノだけどね。ボクがキミを嘘吐きだと判じた根拠、その一つ目は、雰囲気の違いさ。このボロっちいアパートの外にいる時、キミは常に張り詰めている。自分は触れれば骨まで切り裂くナイフなんだって自己主張するみたいにね。だけど、ここにいる時は、そんな空気を感じられなかった。このアパートは自分の拠点で、警戒すべき外敵がいないのだから当然の話、とキミは言うかもしれないけど。そうやって多少なりとも外面を“作っている”という事実が存在する時点で、キミが周囲の目を欺き、噂と評判を意図的に操作しているんじゃないか――という疑いに結び付けるには十分だよ』

『ほうほう。それでそれで』

 “追い詰められている犯人役”とは程遠い、実に楽しそうな顔で続きを促す信長に、私は淡々と言葉を続ける。

『第二の根拠は、さっきとは逆に、キミがあまりにも“変わらない”点だ。ボク達と戦った時も、板垣一家と戦った時も、不死川心との決闘でも、今日の堀之外巡りでも――キミの態度はいつも自信満々で余裕綽々だった。敵を目の前にして構えすら取らず、隙だらけの無防備な姿で対峙する程にね。それは自分の実力に対する強烈な自負の表れで、わざわざ本気を出すまでもないという意思表示なんだと、最初は思った。織田信長は最強にして最凶の男、という大層な前評判をあれだけ耳にしていれば、誰だってそう考えるだろうね。だけど、ボクが従者として行動を共にしている間、キミが無防備で隙だらけじゃなかった時なんて一度もなかった。そうなると、これはもう“意識的にそういう姿勢を取っている”と考えるのが自然だ。……なんて言っても、一つ目の根拠の方でキミが嘘吐きだと疑っていたからこそ、そんな風に思えたんだけど。そして、その疑惑を踏まえた上で、キミの戦いの数々を改めて考え直してみると、それらの全てを通してキミが“何もしていない”事に気付いたのさ。建物を壊滅させるような攻撃力も、刃が一切通らないような防御力も、ボクはその片鱗すら目にしていないってね。その異常な威圧感に紛れて疑う事すらできなかったけど、一つ嘘を吐いた人間が二つ嘘を吐かないなんて馬鹿げた話だと思ったから、ね。……だから、ボクはボクなりの予測を立てた。織田信長は圧倒的な高みにいるんじゃなくて、高みにいる相手を自分のステージまで引き摺り落とすタイプ。つまり―――本当はそれほど、強くない。……それらの疑惑を事実だと仮定して考えれば、キミは自分の本性と実力、その双方を偽り隠している事になる。だからボクは言ったのさ。織田信長は、とんでもない大嘘吐きだ、ってね』

 締め括るように言って、私は息を吐き出す。言葉を差し挟まず、興味深げな様子で私の言葉に聞き入っていた信長が、感心したような声を上げた。

『いや、驚いた。ここまで的確に看破されるといっそ痛快だな。もっとも、予想と推測ばかりで肝心の証拠が無いってのは、探偵としては如何なものかと思うがね』

『だから最初に言ったじゃないか、推理と呼ぶにはあまりにお粗末なモノだって。そもそもボクがそういう疑いを持つに至ったのは、キミが自分からヒントを与えてくれたからだし。キミが本気でボクを騙すつもりだったなら、幾らでもやり様はあったハズなんだから』

『それでも、俺としてはここまで早い段階で悟られるとは予想してなかったさ。屋根を同じくしてればその内に気付くとは思ってたが、出会って三日ってのは尋常じゃあない。その事は素直に誇っていいと思うがな』

『そうかなぁ。肝心の証拠が犯人の自白のみ、っていうのは締まらないと思うけどね』

『証拠は証拠。誘導尋問で自白を引き出した、と考えれば万事解決だろう?』

 どこか愉快そうな信長の顔に、相変わらず動揺の色は見当たらない。初めからこちらに自身の本性を気付かせるつもりで振舞っていたのではないか、という私の推測はどうやら正しかったらしい。

 しかしそうなると、分からないのが彼の意図だ。大きな秘密を抱える人間にとって、それが他者に漏れるという事は確実に致命的な意味を持つはずだ。何としても隠し通そうとするのが当然のハズ。わざわざ自分から秘密を露呈させるような真似をする事に、果たしてどういった意味があるのか。

 彼の行動が読めないことに、私は焦っていた。

 私の立ち位置は酷く危ういものだ。織田信長という飼い主の庇護の下にいるからこそ、私はこの川神の地で立ち回る事が出来ている。その主人の秘密を知った事で、私の処遇がどのように変化するのか、まるで想像もつかない。これからの信長の対応次第では、私は自身の居場所を完全に失う羽目になりかねないのだ。

 いや、今後の心配などするまでもなく、果たしてこの場を無事に切り抜けられるものか。可能性は低いだろうが、直接的な暴力に訴えてくるようなら対処を考えなければならない。私は全身の筋肉を緊張させ、いつでも動けるように備えながら、注意深く彼の出方を窺った。

『やれやれ、警戒されてるな。まぁ気持ちは判る、俺もお前の立場なら間違っても安心なんて出来ないだろうさ。しかし、そう構えなくてもいい。今更口封じなんて考えるくらいなら、最初からバレないように振舞うさ。かくいう俺も猫被りには自信があるんでね』

 警戒心を体全体で主張しているであろう私に対して、信長は苦笑しながら言う。そして、不意に笑みを消して真剣な表情で口を開く。

『さて。お前が言う様に、俺は弱い。性格の方も見ての通り、人畜無害な一般人だ。それをお前に明かしたのは――お前が欲しかったからさ、明智ねね』

『…………』
 
 ずざざざざ、と咄嗟にベッドの隅にまで退避した私を責められる者はいないだろう。

 常日頃から口では色々と軽い事も言っている私だが、初めては好きな人にと夢見る乙女なのである。こんな所で純潔を散らすくらいなら、命を散らすまで抵抗する事を選ぶ。

『変質者を見る目で俺を見るのはやめて貰えませんかね?本当の俺は繊細なハートの持ち主なんだから。ロリハゲと一緒にされた日には絶望しかないっての』

 やや顔を引き攣らせながら言って、信長は仕切り直しと言わんばかりに咳を一つ落として、再び切り出す。

『そうだな。俺は、ずっと“手足”が欲しかったんだ。俺の意を汲み、非力な俺に代わって具体的な行動を起こす事の可能な人材。これまでは蘭一人でもどうにか事足りていたが――ここから先は、それでは通用しない。小学校、中学校、高校、大学、そして社会。俺達の世界は年を追う毎に広がっていく。俺は川神学園に来て、その事実を改めて実感させられた。川神百代や川神鉄心は言うに及ばず、2-Sに2-F……俺と同学年の連中ですら呆れるほどにレベルが高い。どいつもこいつも抜きん出た傑物ばかりで、少しでも気を抜けばゲームオーバーだ』

『……』

『故に、俺は改めて欲していた。織田信長の実態を知った上で、俺の臣下として動く、まさに“手足”と呼ぶべき有能な人材を。所謂“直臣”って奴だな。実を言うと、これまでも候補に食い込んだ人間は何人かいるんだ。俺の眼鏡に適って、一度は従者として迎え入れようとした。が、そいつらは蘭の眼鏡には適わなかった。それでお流れ、結局そいつらは俺が本性を明かすまでもなくクビになった。間違いなく有能ではあったんだが、蘭の気には召さなかったらしい。……ここまで言えば察しはついてるだろうが、俺の出す合格判定はあくまで一次試験のもので、難関の二次試験を突破しない事には織田信長の従者としては認められない。そしてその試験官は、俺の第一の従者。森谷蘭だ』

『ランが、ね』

 森谷蘭。織田信長を主と仰ぎ、絶対の忠誠を寄せる、どこか歪な在り方の少女。

 『ねねさん。貴女には、大切なものがありますか?』―――私は日曜日の午後、彼女と二人きりで交わした会話を思い出していた。信長の言葉から考えれば、あの遣り取りこそが蘭の課した試験だったのだろうか。そして、私は自分でも気付かない内に合格判定を貰っていた、と。

 ……さてあの時、私は何を話しただろうか。彼女に気に入られるような答えを返した記憶はないのだが。

『正直に言って、俺は驚いたよ。蘭の奴は“織田信長の従者”という立場を唯一無二のもの、自分だけのものにしたがってると、ずっとそう思っていたからな。新しい候補としてお前を見出しはしたが、蘭は受け入れないだろうと半ば諦めていた。……然るに、現実として森谷蘭は明智ねねを認め、二人目の従者として受け入れた。つまり、蘭を除けば、お前は真の意味で俺の部下に成り得る初めての存在なんだ。――だから、俺はお前に織田信長の正体を晒す決断を下した。後は知っての通り、見ての通りさ』

『……』

 信長の言葉の内容に思考を巡らせたが、そこに嘘が含まれている様には思わなかった。そもそも、ここで私に嘘を吐いたところで意味はないだろう。どうやら本当の事を話していると受け取っても良さそうだ。

 彼の不可解な行動に一通りの説明が付いて、私は少し安堵していた。取り敢えず身の危険はなさそうだ、と心を軽くして、私はやや警戒を解いた。

 次いで心中に生じたのは、疑問だ。先程までよりは幾分か軽くなった口に任せて、私は信長に問い掛けた。

『キミの行動は理解できたけどさ。やっぱり考えてみれば不自然なんだよね。キミが作り上げてきた“織田信長”の虚像は、堀之外の街で多大な影響力を有している。その権威がキミの実力に対する過大評価によって成り立っている以上、キミの抱える秘密はとんでもなく重いモノのハズだ。少なくとも、“手足”を増やしたい、その程度の理由で打ち明けるには重過ぎる秘密だと思うんだけど。リスクがあまりにも大き過ぎる』

『ふむ。その程度の理由、か。くく、そもそもの部分で認識の違いがあるらしいな。まあ当然と言えば当然なんだが。……俺が自分の本性を隠し、実力を偽り。種が割れれば即座に身を滅ぼすような危険を冒してまで、裏社会で伸し上がって来たのは何の為か。考えてみた事はあるか?』

 信長の問い掛けを受けて、私は答えに詰まった。

 彼の在り方は私には理解できないものだった。常に家の都合に縛られ、嫌々ながらお嬢様を演じさせられてきた私と違って、彼は望みさえすれば自由に生きられたハズなのだ。自由気侭に奔放に、楽しく人生を過ごせるハズなのだ。

 にも関わらず、彼は性格も実力も何もかも偽って、私と同様、周囲に嘘を吐きながら生きている。そんな人間の意図など理解出来る訳がない。理解したいとも、思わない。

 返すべき言葉を見つけられず、黙り込んだ私に向かって、信長は宣言するように堂々とその解答を告げた。

『勧誘する以上、これは前提して知っておいて貰わないと困るな。目標、野望……というのは相応しくないか。そうだな、ならばやはりこう表現するとしよう―――俺こと織田信長には、夢がある』

 そうして彼が語った“夢”は、実に荒唐無稽なものだった。十人が聞けば九人が唾を吐きながら馬鹿にして、冗談の通じない一人が警察に通報するような。進路相談の用紙に書いて提出すればもれなく担任のお叱りが入るような、そんな現実離れした異質な“夢”。

 しかし、それを私に向けて語る信長の表情はこれ以上無く真剣で、心の底から本気で言っているのは明白だった。ありとあらゆるモノを切り捨ててでも実現させる、そんな気迫を感じさせる口調で語り終えると、彼は真っ直ぐに私を見据える。

 その抉るようなギラギラした視線を受けて、普段の彼が放つ身も凍るような殺気は不在だと言うのに、私は身体が緊張に強張るのを感じた。虚飾を取り払った素の織田信長を前に、気圧されていた。

 押し潰されるような威圧感とはまた違う、奇妙な圧迫感。気を抜けば瞬時に呑み込まれてしまうであろう異様な雰囲気を発しながら、信長は静かに口を開いた。

『言うまでもなく、俺の夢は果てしなく遠い。蘭の奴と主従で二人三脚、などという生温い考えでは到底辿り着けはしないだろう。自身の手足となる人材は幾ら居ても足りない位だ。だから、俺は嘘偽り無くお前が欲しい。仮に秘密が漏れる可能性が増すというリスクとデメリットを抱え込んだとしても、そんな事は天秤を傾けるに値しない』

『な、何で――ボクなんかを』

『何故って?気に入ったからだよ。廃工場で出会った時からその思いはあったが、数日間を共に過ごして益々気に入った。戦力として十分に使えるし、自分で物事を判断できる程度の頭もある。周囲に対して猫を被れる演技力に、俺を恐れずに接する度胸もまた得難いものだ』

 嫌でも背中がムズ痒くなるような褒め殺しだった。熱心に私を評価する信長は完全な真顔で、真剣にそう思っている事が伝わってくるだけに、尚更対処に困る。そんな私の戸惑いには一切気付かない様子で、彼は言葉を重ねた。

『俺の夢の達成に、お前は疑いなく必要な人材だ。だから何度でも言おう。――俺の真の“手足”となって働いて欲しい』

 あまりにもストレートな誘い文句は、他ならぬ自分が、明智音子という人間が強烈に求められているという事実を、私に対して明確に突きつける。

 私は、心を揺さぶられるモノを感じていた。学園内での私と、学園外での私。彼はその両方の姿を知った上で、その何れかに囚われる事なく、ただ在りのままの私を欲している。

 形はどうあれ、こうまで他者に自身を必要とされたのは初めての経験だった。困惑と混乱が脳裏の大半を占める中、確かに嬉しいと思っている自分がそこにいた。

『働いて欲しい、だってさ。笑っちゃうよ』

 心中の動揺を見透かされないよう、私は彼の熱意に水を差すような憎まれ口を叩く。

『いかにも頼んでるような口振りだけどさ、それってボクに選択権はないんだよね、実際。ここで断ったら板垣一家に突き出されるんだろうし、首尾よく逃げ出したとしても居場所を失うだけの話だし。袋小路に追い詰めてから選択を迫るなんて酷い悪党だね、全く。冷酷非道な俺様キャラを演じてる時の方がまだ良心的だったんじゃない?』

『くく、何を今更。大体、それくらいの悪党でなければあんな“夢”なんて抱く訳がないだろう?俺はただ、お前に自分の飼われ方を選ばせたいだけだ。ただ与えられる餌に満足するか。或いは俺の“夢”に協力し、その能力を存分に揮うか。後者を選ぶなら、少なくとも退屈だけはさせないと保障出来る』

『…………』

 彼の語る夢。それはあまりにも遠大で現実味の無い、まさしく夢物語と云うべき野望だ。彼は私の焦がれた“自由”を捨ててまで、その実現を追い求めて自分の道を歩んでいる。足取りに迷いはなく、未来を見据える瞳に曇りはない。

 翻って、私はどうだろうか。十五年の人生を通じて、私はひたすらに束縛からの解放を願い、自由そのものを夢として生きてきた。師匠のように奔放に生きたいとずっと思い続けてきた。

 川神学園へ入学し、明智家との距離を空けた事で、私の夢は叶ったと言えるのだろうか。好きな時に夜の街に繰り出して遊び回ることが、私が心から望んだ“自由”なのか?

 
 首輪を嵌められ、鎖で繋がれて。思えば幼少の頃から、私は誰かに飼われていた。

 
 だがしかし。もしかすると、それは―――――


『まぁ、別に答を出すのが今である必要はないさ。そう簡単に決めて貰っても困る。俺が望むのはあくまで自発的に力を貸してくれる事であって、無理強いするのは本意じゃない。良心的な悪党を自認してる俺としては、平和的に協力関係を築きたいと思ってる訳だ』

 俯いて物思いに沈んでいる私に、信長は気軽な口調で声を掛ける。

 顔を上げると、彼は何かを企むようにニヤリと口元を歪めて、楽しげに言葉を続けた。

『とは言ってもお互いそう簡単に相手を信用できる性格でもなし、まずは改めて“俺”を知って貰う必要があるか。と言う訳で、存分に話をしようじゃないか。対話こそが人と人を結び付け、信頼関係の礎となるのだよ明智君』


――その夜、私と彼は多くの話をした。

 
 演じてきたキャラクターとは裏腹に彼は相当に饒舌で、こちらの知りたくないようなどうでもいい情報を多分に含んだ様々な話を私に語った。その一方、私も彼に対してはやけに口が軽くなった。彼が私を高く買ってくれているからなのか、それとも嘘吐き同士の共感のようなものなのか、その辺りはいまいち分からない。

 しかし、気付けば私は、誰にも吐き出した事のない悩みを彼に語っていた。明智家の呪縛と、私の夢。一人で抱え込んできた葛藤を口に出して、少しだけ胸が軽くなるのを感じた。

 深夜を過ぎ、蘭がやけに怖い顔で様子を見に来るまで、私達の対話は続いた。

 
 そして、一夜が明け、日が昇り頂点に達し、時は現在に至る。

 
 決闘直前の熱気に包まれた川神学園第一グラウンドにて。石灰で引かれたホワイトラインを前に佇んで、私はギャラリーに視線を向けた。

 予想通り、彼もまた最前列でこちらを見ていた。視線が交錯し、絡み合う。

 織田信長。明智ねねの“ご主人”。

 あまりにも不可解で不透明だった彼の正体は、昨晩の一件で多くを知る事が出来た。冷酷無情の仮面の中に隠し通している素顔。胸に抱える巨大な夢と、その実現の為に求めるもの。そして、明智ねねが欲しい、と心から願っている事実を知った。

 だから、私は私なりの方法で彼に対する答えを返そう。

 私の追い求める自由。私の夢。決闘相手である川神一子との会話を通して、私は既にある決意を固めていた。

 故に、言葉は無かった。余計な干渉も余分な感傷もなく、明智ねねは何一つ語る事無く織田信長から視線を外し、背中を向けて、ひたすら静かに来るべき合図を待つ。
 
 そして、闘いが。とある少女の人生を大きく大きく変える事になる、そんな決闘が。今ここに、幕を開けた。


「いざ尋常に――――はじめぃっ!!」















~おまけの2-S~


「まったく織田のやつめ、友である此方を蔑ろにしおって。あの性悪な小娘の何が気に入ったのやら。明智如き、所詮は不死川家の威光の前には塵同然。友とするならばより高貴な此方こそが相応しいと云うに、全く理解に苦しむのじゃ」

「お前には分からんだろうがな、不死川よ。男は皆ロリコンなんだぜ。あのミニマムでキュートな!穢れない白雪の如き身体を!自分の手で守ってやりたいと願うのは当然のごふぅっ!?」

「ハゲをいっぴきやっつけた!でもレベルが上がった気がしないなぁ……ハゲはやっぱり経験地くれないハズレモンスターだったのか」

「お手柄ですよ、ユキ。しかし気になっていたんですが、不死川さん。いつの間に信長と友達になったのですか?」

「おお葵君。実はの、先日の決闘の後にあやつから友にして欲しいと頼み込んできたので仕方なく――う、何だか恐い気配を感じるのじゃ……」

「なるほど、大体の所は分かりました。……2-Sをこうも早く掌握しますか――ふふ、やはり面白い男ですね、彼は」

「うぅむ、それにしても、何ゆえ織田の奴はあんな事を頼んできたのやら。我が友ながら訳の判らん奴じゃ、まったく」







 あれ?これってマジ恋二次だよね?と突っ込まれても言い返せない今回の話でした。
 改めて読み返すと原作キャラがおまけにしか登場していないという暴挙。我ながらこれはマズイと思いますが、ネコのバックボーンを早めに明確にしておく機会が欲しかったので今回ばかりはどうかご勘弁願います。次回は後編にしてようやく本番の決闘開始。
 有り難い感想を下さる皆さんに感謝の念を送りつつ、それでは次回の更新で。


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