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No.13860の一覧
[0] 俺と彼女の天下布武 (真剣で私に恋しなさい!+オリ主)[鴉天狗](2011/04/15 22:35)
[1] オープニング[鴉天狗](2011/04/17 01:05)
[2] 一日目の邂逅[鴉天狗](2012/05/06 02:33)
[3] 二日目の決闘、前編[鴉天狗](2011/02/10 17:41)
[4] 二日目の決闘、後編[鴉天狗](2009/11/19 02:43)
[5] 二日目の決闘、そして[鴉天狗](2011/02/10 15:51)
[6] 三日目のS組[鴉天狗](2011/02/10 15:59)
[7] 四日目の騒乱、前編[鴉天狗](2011/04/17 01:17)
[8] 四日目の騒乱、中編[鴉天狗](2012/08/23 22:51)
[9] 四日目の騒乱、後編[鴉天狗](2010/08/10 10:34)
[10] 四・五日目の死線、前編[鴉天狗](2012/05/06 02:42)
[11] 四・五日目の死線、後編[鴉天狗](2013/02/17 20:24)
[12] 五日目の終宴[鴉天狗](2011/02/06 01:47)
[13] 祭りの後の日曜日[鴉天狗](2011/02/07 03:16)
[14] 折れない心、前編[鴉天狗](2011/02/10 15:15)
[15] 折れない心、後編[鴉天狗](2011/02/13 09:49)
[16] SFシンフォニー、前編[鴉天狗](2011/02/17 22:10)
[17] SFシンフォニー、中編[鴉天狗](2011/02/19 06:30)
[18] SFシンフォニー、後編[鴉天狗](2011/03/03 14:00)
[19] 犬猫ラプソディー、前編[鴉天狗](2011/04/06 14:50)
[20] 犬猫ラプソディー、中編[鴉天狗](2012/05/06 02:44)
[21] 犬猫ラプソディー、後編[鴉天狗](2012/05/06 02:48)
[22] 嘘真インタールード[鴉天狗](2011/10/10 23:28)
[23] 忠愛セレナーデ、前編[鴉天狗](2011/04/06 14:48)
[24] 忠愛セレナーデ、中編[鴉天狗](2011/03/30 09:38)
[25] 忠愛セレナーデ、後編[鴉天狗](2011/04/06 15:11)
[26] 殺風コンチェルト、前編[鴉天狗](2011/04/15 17:34)
[27] 殺風コンチェルト、中編[鴉天狗](2011/08/04 10:22)
[28] 殺風コンチェルト、後編[鴉天狗](2012/12/16 13:08)
[29] 覚醒ヒロイズム[鴉天狗](2011/08/13 03:55)
[30] 終戦アルフィーネ[鴉天狗](2011/08/19 08:45)
[31] 夢幻フィナーレ[鴉天狗](2011/08/28 23:23)
[32] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、前編[鴉天狗](2011/08/31 17:39)
[33] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、中編[鴉天狗](2011/09/03 13:40)
[34] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、後編[鴉天狗](2011/09/04 21:22)
[35] 開幕・風雲クリス嬢、前編[鴉天狗](2011/09/18 01:12)
[36] 開幕・風雲クリス嬢、中編[鴉天狗](2011/10/06 19:43)
[37] 開幕・風雲クリス嬢、後編 Aパート[鴉天狗](2011/10/10 23:17)
[38] 開幕・風雲クリス嬢、後編 Bパート[鴉天狗](2012/02/09 19:48)
[39] 天使の土曜日、前編[鴉天狗](2011/10/22 23:53)
[40] 天使の土曜日、中編[鴉天狗](2013/11/30 23:55)
[41] 天使の土曜日、後編[鴉天狗](2011/11/26 12:44)
[42] ターニング・ポイント[鴉天狗](2011/12/03 09:56)
[43] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、前編[鴉天狗](2012/01/16 20:45)
[44] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、中編[鴉天狗](2012/02/08 00:53)
[45] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、後編[鴉天狗](2012/02/10 19:28)
[46] 鬼哭の剣、前編[鴉天狗](2012/02/15 01:46)
[47] 鬼哭の剣、後編[鴉天狗](2012/02/26 21:38)
[48] 愚者と魔物と狩人と、前編[鴉天狗](2012/03/04 12:02)
[49] 愚者と魔物と狩人と、中編[鴉天狗](2013/10/20 01:32)
[50] 愚者と魔物と狩人と、後編[鴉天狗](2012/08/19 23:17)
[51] 堀之外合戦、前編[鴉天狗](2012/08/23 23:19)
[52] 堀之外合戦、中編[鴉天狗](2012/08/26 18:10)
[53] 堀之外合戦、後編[鴉天狗](2012/11/13 21:13)
[54] バーニング・ラヴ、前編[鴉天狗](2012/12/16 22:17)
[55] バーニング・ラヴ、後編[鴉天狗](2012/12/16 22:10)
[56] 黒刃のキセキ、前編[鴉天狗](2013/02/17 20:21)
[57] 黒刃のキセキ、中編[鴉天狗](2013/02/22 00:54)
[58] 黒刃のキセキ、後編[鴉天狗](2013/03/04 21:37)
[59] いつか終わる夢、前編[鴉天狗](2013/10/24 00:30)
[60] いつか終わる夢、後編[鴉天狗](2013/10/22 21:13)
[61] 俺と彼女の天下布武、前編[鴉天狗](2013/11/22 13:18)
[62] 俺と彼女の天下布武、中編[鴉天狗](2013/11/02 06:07)
[63] 俺と彼女の天下布武、後編[鴉天狗](2013/11/09 22:51)
[64] アフター・ザ・フェスティバル、前編[鴉天狗](2013/11/23 15:59)
[65] アフター・ザ・フェスティバル、後編[鴉天狗](2013/11/26 00:50)
[66] 川神の空に[鴉天狗](2013/11/30 20:23)
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[13860] 四・五日目の死線、後編
Name: 鴉天狗◆4cd74e5d ID:f283be69 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/02/17 20:24
「うがぁぁぁっ!鬱陶しーんだよテメェ!いい加減に一発くらい喰らいやがれっての!!」

「謹んでお断りさせてもらうよ。ボクに攻撃を当てたきゃ、精々頑張って狙いを付けるコトだね!」

 今にも地団太を踏みそうな勢いで苛々している板垣天使から約二間の距離を取りながら、明智ねねは余裕の表情で言い放つ。

 しかしながらその内心は、表情とは裏腹に焦りに支配されつつあった。

 先の遣り取りからも窺えるように、戦闘開始から既に数分が経過した現在、ねねの身体に一切のダメージはない。危うい場面も多少はあったが、今のところは天使が繰り出す全ての攻撃を回避し続けられている。

 もっとも、これは事前に予想された結果であり、あくまでヒット・アンド・アウェイを主軸に据えたねねの戦闘スタイルを考えれば、むしろそうでなくてはならない。

 天使の振り回す人外の暴力を一撃でも受けてしまえば、徹底的にスピードに特化したこの華奢な肉体では一溜りもないだろう。故に相手のモーションに細心の注意を払い、隙を見せることなく立ち回ってきた。

 そう、それはいい。そこまでは理想的な展開であり、歓迎すべき事態である。

 問題は――対戦相手の板垣天使もまた自分と同様に、欠片のダメージも負っていない、という事だ。

「フゥゥー……、今度はこっちから行くよ!」

 小さく息を吐いてから、ねねは標的に向けて全力で地面を蹴り飛ばした。

 軽いウェイトと鍛え上げた脚力が生み出す瞬発力をフルに活かした短いダッシュ。そこからの跳躍に加え、更に身体の回転の勢いを付随させた強烈な回し蹴り。

「おっと、危ねーな!流水の構えッ!」

 自身の身体能力を最大限に発揮して放たれたねねの渾身の一撃を、天使は身体の前方で斜めに構えたゴルフクラブを用いて、鮮やかに受け流してみせた。

「いってぇ~、ちょっと腕シビれたぜ。ガキみてーにちっせー癖に蹴りは重いってのはムカつくな」

 天使の得物であるゴルフクラブは、攻撃よりもむしろ防御面においてその本領を発揮するらしい。特異な得物を巧みに使いこなして、彼女はねねの繰り出す全ての蹴りを危なげなく捌いてきていた。

 或いは本人の言うように多少の痺れは残っているのかもしれないが、実質的なダメージはゼロに等しいだろう。

「お礼にこれでも食らっときやがれっ!天使のような悪魔の蹴り!」

「くぅっ!」

 全力を込めた一撃の衝撃を流された結果、僅かに体勢を崩していたねねに対して、お返しとばかりに天使の強烈なミドルキックが放たれる。ねねは危ういタイミングのバク転でそれを避けつつ、素早く相手から距離を取った。

「くっそ、チョロチョロ逃げ回りやがって!メンドくせー奴だぜ、ったくよ!」

「こっちの台詞なんだけど。ゴルフクラブなんて武器にしてるギャグキャラに梃子摺るなんて、ホントに屈辱的だよ」

「ギャグじゃねー!ウチの超最強なマーシャルアーツをバカにしてんじゃねーぞコラ」

 再び一定の距離を挟んで、油断なく互いを牽制しながら睨み合う。それは、先程から幾度も繰り返して描かれている構図だった。

 攻めたくても、攻められない。その内心は両者共に変わらないが、しかしその実、勝負の天秤は確実に一方へ――板垣天使へと傾きつつあった。

 ねねは乱れ始めた呼吸を悟られないように整えながら、心中にて湧き上がる焦燥を必死に鎮める。

 肉体的なダメージこそ受けていないものの、予想を超えて長引いた戦闘によって、それ以上に深刻な問題が生じている。即ち、体力の限界が近付いていた。

 明智ねねの戦闘スタイルは、側転や逆立ち、宙返りと言った極めてアクロバティックな動きを主体として組み立てられている。当然のように全体的な体力の消耗が激しく、それ故に長期戦には向かない。

 だが、そもそも長期戦に向いている必要などないのだ。本来、圧倒的な瞬発力を活かしたねねの戦法は速攻を旨としており、数十秒も時間があれば相手を地に沈めるには十分過ぎる筈なのだから。

 かつて彼女のトリッキーかつ俊敏な動作は対峙した相手を悉く翻弄し、当惑の内に葬ってきた。トドメまで多少手間取ったとしても、幾つか技を重ねてやればすぐに対応が追いつかなくなり、一分と保たずに成す術もなく倒れ伏す。原型となる格闘技がマイナーな部類である事もあって、まさしく初見殺しと言うべきものである。

 しかし、現実として板垣天使は今もなお無傷で、自分の前に立ちはだかっている。そこに、ねねはどうにも不吉な違和感を覚えずにはいられなかった。

 思えば最初からおかしい部分はあったのだ。挑発によって冷静さを失っている状態で、更には初見であるにも関わらず、自身の攻撃は紙一重ながらも見切られていた。派手なアクロバットに驚いていたのも最初だけで、以降は惑わされる事もなく落ち着いて対処してくる。

 そんな彼女の異常な対応力の高さは、「板垣一家だから」の一言で済ませてしまっても良いものなのだろうか?

 ねねの脳裏を渦巻く疑問と当惑を見透かしたように、天使は嘲るような表情を浮かべながらおもむろに口を開いた。

「うけけ、オマエさぁ、青空闘技場って知ってっか?」

「……名前は知ってるよ。行った事はないけどね」

 青空闘技場。確かつい最近始動したばかりの施設で、廃工場の敷地を利用して造られたアンダーグラウンドのアリーナ、だったか。

 川神に越して来てから日が浅く、未だに周辺の地理を掴めていないねねにとっては、部下達の口から噂話を小耳に挟んだ程度の存在だ。

 廃工場とは言っても、“黒い稲妻”がアジトとして利用していたこの第十三廃工場とはまた別の場所に位置している。そこでは抜けた天井から青空を覗かせた工場内をリング代わりに、ルール無用の危険極まりないストリートファイトが繰り広げられているらしい。当然の様に試合結果は賭博の対象にされており、金の流れを嗅ぎ付けた柄の悪い連中が挙ってギャラリーとして集う事で大いに盛況しているとの評判だ。

 それにしても、何故ここでそんな話が出てくるのか。その意図が掴めず、ねねは眉を顰めて天使の言葉を待った。

「そんじゃ親切なウチが教えといてやるよ。ウチら一家は全員、あそこの常連でさ。いやぁ、ホント色んな連中がいて楽しいんだよな、気に入らねー奴は後腐れなくブッ潰せるし」

「別に宣伝文句は要らないよ。結局、キミは何が言いたいのさ」

「ヒトの話は最後まで聞こうぜぇ、ちゃーんとヒントは出してやってんだぞ?色んな連中がいる、ってのは超控え目に言ってのハナシだったりして。実のところ、それこそ全国どころじゃねー、全・世・界のバトル大好きな奴らが集まってきちゃうレベルなんだよなぁ」

 全世界、をやたらと強調した天使の言葉に、ねねは彼女の言わんとしている内容を察する。嫌な汗が額を伝った。

「時代はやっぱグローバルコミュニケーションだぜぇ。お、今ウチ超アタマよさそうなこと言ったんじゃね?」

「キミのアタマの出来はとてもよく理解できたから。さっさと本題に入ってくれないかな」

「焦んな焦んな、短気は暢気っつーじゃん」

「言ってたまるか。根本的に矛盾してるじゃないか……はぁ、まあいいや。で?」

 投げ遣りに続きを促すと、天使の顔にニタリと嫌な笑みが広がった。

「ウチがちょい前にやり合った“外人”がさぁ、オマエみてーなヘンテコな動きしてたんだよ。割とメンドーな相手だったからウチにしちゃあ珍しく覚えてたな。んで、気になったから後で師匠に教えてもらったぜ」

「ああ……そう。そういうコト。やっと得心がいったよ、どう足掻いたって納得は出来そうもないけどね」

 苦々しい思いが込み上げてくるのを抑えられず、ねねは唇を噛んだ。

 日本国内においては相当にマイナーなハズの自分の格闘スタイルがこうも早く見切られたのは、既にその使い手と対峙した事があったから。ネタが割れてしまえば何とも下らなく、そして理不尽極まりない理由だった。

 世界的に見ても絶対数の少ないレアなスタイルの格闘家が、近頃オープンしたばかりの青空闘技場に参戦していて、多数の選手を差し置いて偶然にも板垣天使と闘い、選りにも選ってその彼女と自分が今こうして対峙している。

 何者かに仕組まれているとしか思えない程、ねねにとって不都合な流れだった。運が悪い、の一言で済まされては堪ったものではない。何より性質が悪いのは、恨む相手が見付かりそうもない、という点である。

 ギリリと奥歯を噛み締めるねねに勝ち誇った顔を向けて、天使は言い放った。

「“カポエラ”ってんだろ、ソレ。何せウチって天才だかんな、対策はバッチリだぜ。そのレベルじゃもう通じねー。ヒャハハ!残念でしたァ!」

「正確には“カポエィラ”なんだけどね。まあ言っても無駄だろうけど。……ハァァ~、もう。参ったなぁ、ホント」

 カポエィラとは、かつてブラジルの黒人奴隷によって編み出された、ダンスと足技を組み合わせた異色の格闘技である。

 日本にも道場自体は存在するが、それらは舞踊としての一面を前面に押し出しているか、或いは単なるエクササイズの一種として扱っている場合が多く、純粋な戦闘用格闘技としてのカポエィラは日本国内ではまるで浸透していないと言ってもいい。

 それこそねねの様に、本場ブラジルのカポエィリスタを師匠に持つ日本人など数える程しか居ないだろう。

 当然の如く知名度は低く、その技の数々に対する対策等も練られてはいない。だからこその初見殺し、だったのだが……どうやら全ては神の気紛れによって台無しにされてしまったようだ。重い溜息の一つも吐きたくなる。

「何でよりによってこんなタイミングなのさ。今回ばかりは失敗は許されないのに」

 もしもここで実績を上げられなければ、あの男――織田信長はねねを容赦なく切り捨てるだろう。

 切り捨てる、で済めばまだいい。何せ文字通りに斬り捨てる、という可能性は十分以上にあるのだから。

 事前に集めた情報などに頼るまでもなく、彼の人格は一目見れば明らかだ。冷酷非道にして傲岸不遜。例え味方であろうと役に立たなければ無慈悲に始末する事は疑いない。

 惨劇はつい先刻、まだまだ記憶に新しい。血飛沫を上げて倒れ伏す部下達の姿が脳裏にまざまざと蘇る。ねねとしてもアレの二の舞は勘弁願いたいところだった。

「あれだけの大見得を切った手前、やっぱダメでしたー、ってワケにはいかないよね。やれやれ、口は災いの元だよ」

 よしんば命を繋げたところで、だ。このタイミングを逃し、織田信長の庇護下に入る事に失敗しようものなら、自分には川神から撤退する以外の選択肢は残らないのだ。この街の住人が放つであろう追っ手から逃れる為には、最低でも他県へと拠点を移す羽目になるだろう。

 少なくともマロードへの意趣返しを果たすまでは、明智ねねはこの地から去る訳には行かないと言うのに。

 己の前に広がる暗澹たる未来図を思い描いて憂鬱な気分に浸る。そんな彼女の姿を、天使は妙に醒めた目で見ていた。

「あー、なんか飽きたな、相手すんのも面倒になってきちまったぜ。さっさとステージクリアしてシンと遊ぶか。仕方ねえ、そろそろウチも本気出そっと」

「何を言ってるのさ……」

 訝しむねねを余所に、天使は片方の手を無造作にポケットへと突っ込む。

 そして懐からカプセル錠を取り出すと、おもむろに口の中に放り込み、飲み下した。見る間に天使の顔に赤みが差していく。

「くぅぅぅゥゥ、ドーピング完了ぉ!超ぉ絶ぅパワーアァップ!くぁー、こいつはキクぜぇ、ヒャッハハハハハハァッ!!」

「……え」

 ぞっとした。ゆらりと顔を上げて、異常なテンションの笑い声を響かせながらこちらを向いた天使は、不自然に瞳孔が開いている。ビタミン剤を飲む様な気楽さで彼女が今しがた服用したのは、一体全体何のクスリだと言うのか。

 板垣一家は非合法ドラッグの売人とも濃密な繋がりがある――そんな情報が不意に頭を過ぎり、ねねは戦慄に背筋が凍り付くのを感じた。正真正銘のアンダーグラウンドの住人と接触したのは初めての経験だが、ここまでヤバい連中なのか。

 ひとしきり笑い声を上げてから、天使はゴルフクラブをゆっくりと構えた。焦点の合っていない不気味な視線がねねを捉え、そして。

「ウチの名前をネタにしやがった奴に明日はねー、テメェはもうコンテニューできねーんだ、よォ!」

 ねねがその一撃に反応できたのは、ほとんど奇跡と言っても良かった。

「な、速っ……!?」

 絶句する。

 それは爆発的な加速を伴う踏み込み。ただそれだけで、細心の注意を払って保ち続けてきた三メートルの距離は瞬時に詰められ、気付いた時には既にゴルフクラブの射程圏内にまで入り込まれていた。

 そして暴力的に空気を引き裂いて振るわれるアッパースイング。これまでのモノよりも明らかに速く、重く、鋭かった。身体が反射的に回避行動を取ってくれていなければ、棒立ちのまま顎を砕かれていただろう。

 冗談ではなかった。何だこれは。ただでさえ人外じみていた相手が、更に強化されたとでも言うのか。

 しかし、天使の名を冠する悪魔の如き少女は、絶望に打ちひしがれる暇すらも与えてはくれなかった。これまでと同様、とにかく相手から距離を取ろうと試みるねねに対し、間髪を入れずに第二撃が襲い掛かる。

「っ……!」

 駄目だ、余りにも攻撃の繋ぎ目が速過ぎる。今までのような避け方は不可能。どう足掻いてみた所で、このタイミングでは回避が間に合わない。

 逃げられない。ならば―――受け止めるしかない。

「ヒャッハァッ!ゲームオーバーだぜぇ!ザ・エーンド!!」

 勝利を確信した天使の雄叫びを耳にしながら、ねねは体を庇うように両腕をクロスさせ、衝撃に備えてきつく歯を食い縛る。

 そして、鋼鉄の塊が凶悪な速度で空気を引き裂き、小柄な矮躯を強かに打ち抜いた。










「うぉらあああああああああああああああッ!!」

「おおおおおおォあァアアアアアアアアッ!!」

 廃工場の一角に二人の男の野太い咆哮が重なって響き渡る。

 そこで行われているのは、殴り合いだった。

 それ以外に相応しい表現が存在しないと思えるほどに単純で原始的な暴力の応酬。テクニックや駆け引きなど一欠けらもなく、後退も回避すらも完全に度外視した乱打戦。

 本能と湧き上がる衝動に任せてただひたすらに殴り殴られ殴り殴られ殴り殴られ殴り殴られ、派手に飛び散った血飛沫が自分のものか相手のものか、そんな事は些事とばかりに気にも留めず、より重くより鋭くより強い拳を目の前の相手へと叩き込む。それが全てだ。この瞬間、前田啓次と板垣竜兵にとって、それ以外の物事に価値などなかった。

 その姿はまさしく、戦闘狂と呼ぶに相応しい。出自にも経歴にも体格にも性格にも共通する点は少ないが、二人の男は性質の根本的なところで似通っていた。何よりも闘争を求め、血を欲する。そんな飢えた獣同士が遭遇すればどうなるか――その答えが今ここにあった。

「ハハハハハ!いいじゃねぇか、昂ぶってきやがった!もっとだ、もっと俺を愉しませろ!」

「クソが、余裕ぶってんじゃねェ……!そこ動くんじゃねェぞ、そのツラ変形させて元に戻らなくしてやっから、よォ!」

 雄叫びと共に大きく腕を振りかぶり、前田啓次は型も何もない不恰好な、しかし全力を振り絞った一撃を繰り出す。

 そのがむしゃらな拳は確かに竜兵に届き、その顔面を捉えた。が、所詮はそれだけの事でしかなかった。

「く、チクショウがッ!」

「ククク、どうした?わざわざオマエの言う通り、動かずにいてやったんだ。さっさと俺の顔を整形してみろよ、ああ?」

 竜兵はニヤリと獰猛に笑う。さすがに顔面への衝撃で鼻血を垂らしてはいるが、他にダメージらしいダメージは見受けられなかった。間違いなくクリーンヒットだったにも関わらず、まるで通じていない。

 その結果が、現時点における板垣竜兵と前田啓次の戦闘狂としての格の違いを、これ以上なく雄弁に物語っていた。

 啓次を猛獣とするならば、竜兵は云わばヒエラルキーの頂点に君臨する百獣の王だ。弱者は強者に、強者はそれを超える強者によって捕食される。弱肉強食こそが世界の理。

「この俺を相手に良く頑張ったと褒めてやるぜ。シンとヤる前のいい準備運動をさせてくれた礼だ、全力でブチ壊してやろう!」

 それは啓次と同様、型も何も滅茶苦茶な拳だったが、そこに込められた暴力が桁違いだった。

 振り抜かれた竜兵の剛拳が啓次の腹部にめり込むと同時に、びきりばきりごきり、と怖気の走るような音が響いた。

「うぐぁぁっ!!」

 アバラの何本かは折れただろう。激痛と衝撃に啓次は気が遠くなったが、気合を以ってどうにか意識を繋ぎとめる。込み上げる嘔吐感を堪え、ふらつく足を叱咤して立ち続ける。

 膝を屈せずに踏み留まった啓次の姿に、竜兵の表情は愉悦の色を深くした。

「ほう、なかなか頑丈だな、貴様。シン以外の有象無象には何も期待しちゃいなかったが、いい獲物に巡り合えたもんだ!」

「っく、そが。一日の内に何度もダッセェところを見られるなんざ冗談じゃねェ……ぞォッ!!」

 咆哮と共に、お返しとばかりのボディブローを放つが、それを悠然と迎える竜兵は余裕の表情を崩さなかった。

 己の全身を覆う鋼鉄の筋肉が生半可な攻撃では小揺るぎもしない事を、竜兵はよく承知している。実際に啓次の拳は筋肉の鎧に阻まれ、僅かに竜兵の体を揺らしただけの結果に終わった。

「くく、その程度じゃあ俺には届かんな。諦めが肝心だ、雑魚は雑魚らしく這いつくばれ」

「ふざけたこと抜かしてんじゃねェ、誰がてめェ如きに負けるかよ……いいか、オレはなァ、下げたくねェ頭は下げねェって決めてんだ」

「そうかよ、だったら下げたくても下げられないようにしてやる。首の骨をへし折って、な!」
 
 再び竜兵の拳が唸りを上げ、暴力の塊と化して迫る。

 その瞬間、啓次の眼が鋭く光った。

(仕方ねェ)

 油断があったのだろう。何せ眼前の獲物の攻撃が己に決定打を与える事は有り得ない、と分かっているのだから無理もない。

 だが、強者の余裕は驕りと紙一重だ。狩り終えた獲物と侮らず、全力で仕留めに掛かるべきだったのだ。竜兵の対応は、手負いの獣に対するものとしては余りにも無用心だった。

 竜兵が動くと同時に、啓次の拳が伸びた。

 これまでの戦闘の中で最も鋭く速いストレートは真っ直ぐに竜兵へと突き進み、そして竜兵の拳が己に到達するよりも数瞬だけ先に、その顔面を打ち抜く。

「がっ……!?」

 先程の一撃とはまるでレベルの違う衝撃に、竜兵は苦悶の声を上げながら体勢を崩した。脳が揺れた状態で真っ直ぐに立っていられる人間は存在しない。どれほど獣じみていても、板垣竜兵は紛れも無く人間である。

 ぐらり、と身体が傾き――しかしそのまま倒れはしなかった。

「おおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 咆哮。アスファルトの床を砕かんばかりの勢いで踏みしめ、僅かな時間で体勢を立て直す。そして、竜兵は野獣そのもののギラついた目で眼前の獲物を睨み据えた。その口元からは紅い血が一筋、流れている。

「ぐ……貴様、何をしやがった……!今まで、そんなパワーはなかったハズだろうが……!」
 
「あァ?いくらステゴロが好きだっつっても、さすがにクロス・カウンターくらい知ってんだろォがよ」

 例え同じ攻撃でも、事前に心構えが出来ているか否かによって受けるダメージの度合いは大きく変わってくる。警戒している相手には通じない攻撃も、無防備な瞬間を狙えば話は違うのだ。

 そして、“攻撃の瞬間”こそ、人間が最も無防備な姿を晒す瞬間の一つ。多くの場合において攻撃と防御は両立しない。そこを見逃すことなく狙い打つことで、己が拳の破壊力を高める……それが俗にクロス・カウンターと呼ばれる技術の概要だ。

「ちっ、やっぱこんなセコイ真似は性に合わねェぜ、ったくよォ」

 地力では満足にダメージを与えられないならば、技術で補うしかない。獣としての格で負けていると言うならば、勝利を得るためには人の生み出したテクニックを用いる他に無かった。

 それが啓次としては不本意だったのか、その表情には相手に一矢報いた喜びは見受けられない。

「クロス・カウンターだと?……なるほど、ただの雑魚という訳でもなかったか」

 怒りに染まった表情に少しだけ用心の色を浮かべて、改めて竜兵は啓次に向き直る。

 クロス・カウンター。口で説明するのは簡単だが、実践するのは極めて難しい。
 
 リターンは大きいが、当然ながらそれに見合うリスクも存在する。相手の攻撃を確実に見切ることが出来なければ本末転倒、かえって己が受けるダメージが倍増するだけだ。故に高等技術とされ、扱いにはある程度の力量と慎重さが要求される。

「ボクシングにハマってた時期もあったなァ、そういや。ま、周りがザコばっかですぐ飽きちまったんだがな」

 何かを懐かしむような目をしながら吐き捨てる啓次に、竜兵の顔が歪んだ。怒りや憎悪ではなく、猛々しい笑みの形へと。

「く、ははは、はははははは!面白い、面白いぞ貴様!いいぞ、いいじゃねぇか、滾ってきた!なあおい、もっと愉しもうぜ。俺の猛りを鎮めてくれ……!」

「オレはてめェみてーな変態とは関わりたくねェんだがな……」

「おいおい、つれねぇなぁ。同じ雄としてどちらが上か、ハッキリさせたいとは思わないか?」

「はん、てめェと同意見っつーのはムカツクけどよォ」

 両腕を肩幅に構え、肘を脇腹につける。左足を一歩前へ。膝を起点に小刻みなリズムを作る。かつて嫌と言うほど反復したフォームを再現することで、身体に染み付いた闘士の記憶が呼び覚まされていく。

 どうやら獣同士の喰らい合いはここで終わりらしい。

 これより始まるのは、人の技と獣の力の闘争だ。

「そればっかりは間違いねェなァ!」

「ハハハハ!そうだ全力で来い!貴様は素晴らしい獲物だ、俺が喰い尽くしてやろう!」
 
 






 一家の長女にして取り纏め役、板垣亜巳は戦場にあって頭の冷静な部分で分析していた。この状況は冗談抜きで不味い、と。

 鉛を流し込まれたように全身が重い。

 心臓は弾けそうな程に激しく脈を打ち、呼吸が速く、苦しくなる。

 四肢は凍えたように感覚が鈍く、指先が得物を握り締める感触すらも希薄だ。

 ほんの僅かでも気を緩めれば、勝手に身体が震え出す事だろう。亜巳の中に潜む生存本能が、絶え間なく恐怖を訴え警告を鳴らしている。

 目の前の男を敵に回し、正面から対峙すると言う事はつまり、死を直視するに等しい。

 亜巳達の師匠である釈迦堂をして「規格外」と言わしめた殺気は、相も変わらず健在だった。いや、以前よりも更に鋭く怜悧に磨き上げられているか。

 こうして敵対したのは、板垣一家と彼が袂を別ち、異なる道を歩み始めた“あの日”以来だが、このイカれた密度の殺気ばかりは何度浴びても慣れられそうもない。

「ふん。如何した」

 黒のロングコートのポケットに悠々と両手を入れて、構えも取らずに亜巳と向かい合う男――織田信長が、静かに口を開く。

 その身に纏う異質な雰囲気だけであらゆる者を圧し、足元に跪かせる様は、まさしく魔王と呼ぶに相応しい。

「くく、怖気付いたか?顔色が悪いぞ、亜巳」

 嘲る様な声音ですらも、一言一言が周囲の空気を軋ませた。亜巳は知らず溜まっていた唾を飲み下してから、声が震えないよう心掛けながら答える。

「流石にサシでアンタとヤる羽目になるとは想定外でねェ、こっちも参ってるのさ。そもそも、アンタのお相手は辰の役目だったってのに」

 板垣の家に弱者と称されるような輩は一人として存在しないが、しかしそれにしても辰子だけは別格である。

 そこらの不良が百人集まろうが鼻歌交じりで蹴散らせる程度には、竜平は強い。素質の高さに加え、優秀な師を仰ぎ武術を身に付けた天使は軽々とその上を行く。知識や観察眼を含めた総合的な亜巳の実力は天使を凌駕するだろう。

 そして、辰子は姿すらも目視できない程の遥かな高みから、そんな自分達を見下ろしているのだ。

 川神百代に、世界最強と謳われる怪物に並び立てるかもしれない――そう師匠に評された、眠れる龍。

 規格外には規格外を。織田信長と言う異形の相手が務まるとすれば、壁の向こう側に到達した呑気な次女しかいなかったのだが。

「あの従者、真っ先に辰を狙ったねェ。お陰で計算が狂っちまったよ」

 その辰子は現在、ドス黒い気を全身に纏った剣士と激突し、暴風を連想させる無茶苦茶な闘いを繰り広げている。

 織田信長の懐刀として悪名高い少女、森谷蘭。本来の手筈では、彼女の相手を引き受けるのは亜巳の役目だった。

 信長に辰子をぶつけ、亜巳が蘭を抑え込む。相性を考慮すれば、間違いなくそれこそが最も有利に事を運べるであろう組み合わせだ。しかし予想を外れて、その構図は現実のものとはならなかった。

 戦闘の開始と同時に、蘭が辰子に対して有無を言わさぬ猛攻を仕掛け、信長と亜巳の両者から引き離すように誘導したことで、既に戦場は分断されてしまっている。

「やってくれるよ、全く。どう見ても暴走してるってのに、随分と要領良く立ち回るもんじゃないか」

「ふん。彼奴は嘆かわしい程に救いのない莫迦だが。何があろうとも俺への忠義だけは忘れん。例え理性を失っていようとも、己が役割を放棄する事など万に一つも、無い」

 信長は冷め切った表情で亜巳を嘲笑い、少し離れた場所にて戦闘中の己が従者へと視線を移した。

 蘭が黒く染まった巨大な刀身を振り下ろす度にコンクリートの床が陥没し、辰子が手近に落ちている武器を拾っては投擲する度に四方の壁が粉砕される。

 轟音と震動が絶え間なく響き、天井からパラパラと埃が舞い落ちてきた。双方共に人間の域を超えた膂力を惜しげもなく振り回して、廃工場の一角を戦場跡へと模様替えしていく。

 人外同士が繰り広げる、駆け引きを除いた純粋な暴力の応酬。常人が巻き込まれれば数秒と保たずにミンチと化す事だろう。

「それにしても、ねェ」

 そんな常識外れの光景を呆れ半分の目で見遣りながら、亜巳は呟く。

 板垣辰子と森谷蘭。一見すると互角の勝負を演じ、拮抗している様に見える二人の力関係だが、実のところはそうではない。

「アレでもまるで本気を出しちゃいないって言うんだから、我が妹ながら末恐ろしいよ」

 亜巳の見立てでは、辰子は未だ実力の半分も出してはいなかった。あの正真正銘の怪物が完全にリミッターを外して暴れ出そうものなら、“こんなもの”で済む筈もない。

 剣道三倍段、という俗説を嘲笑うように、素手で易々と真剣と渡り合っているその姿ですらも、辰子の有する力の片鱗を示しているに過ぎなかった。

 だからこそ、管理が必要。日常的に亜巳自身が手綱を取り続けらなければならないのだ。

「やっぱり、組み合わせをしくじったのは痛いか。アタシならもっとスムーズにやれるってのにねェ」

 亜巳は唇を噛んで失策を悔やんだ。パワーと引き換えに理性を捨て去った蘭の戦い方は完全にその馬鹿力に頼っており、小細工を弄すれば容易に崩せる類のものだ。普段ならともかく、今の彼女の足元を掬う方法など幾らでも思いつく。

 同系統のパワーファイターである辰子が相手だからこそ互角の勝負として成立しているが、対戦相手が亜巳ならば既に決着は付いている事だろう。当然、亜巳の勝利という形で。

 力に対して馬鹿正直に力で対抗している辰子を、ただ見物しているしかない自分がもどかしかった。

「“本気を出しちゃいない”。“しくじった”。ふん。先程から聞いていれば、随分とまあ、暢気なものだ」

「っ!?」

 凶悪な殺気に満ち満ちた言葉に、一瞬で肌が粟立つ。その声音が耳に届いた瞬間、亜巳の身体は反射的に跳び退り、信長と距離を取っていた。

 全身を駆け巡る冷たい悪寒に耐えながら棒を構える亜巳に向けて、信長は無感動な調子で言葉を続ける。

「持てる手札を全て切る事もなく、弱者らしく策を弄する事も儘ならず。然様な有様で、この俺を相手に勝利を収めようとでも?愚かな。俺の想像を超えて増長していたようだな――板垣」

 信長が無造作に一歩を踏み出す。周囲の空気ごとこちらの存在を圧し潰さんとする威圧感を前に、気付いた時には後退っていた。

 やはり、こいつは桁違いにヤバい。

 眼前の男に恐怖心を抱いている己をはっきりと自覚する。同時に、十全な思慮を巡らせる事無くこの場に赴いた事に対する後悔の念が頭を駆け巡った。

 そもそも、好戦的な性格の持ち主が多い一家の中でも比較的慎重な一面を持つ亜巳は、当初はこうして信長と敵対する気は無かったのだ。

 今回の件に関しては亜巳自身の意思と言うよりも、マロードに唆されて乗り気になってしまった竜兵と天使をフォローするため、長女として仕方なく付き合っている、という面が大きい。

 板垣亜巳は生粋のサディストである。当然ながらその性質は臆病とは程遠く、自分の実力に関しても揺るがぬ自信を持っている。

 しかし、何事にも例外は存在するものだ。師匠であるところの釈迦堂刑部、そして幼少時代からの隣人、織田信長。この両名だけは亜巳にとって別格と言っていい。

「冷静に考えてみれば、何とも馬鹿をやってるもんだ。アンタと一対一でやろうだなんて、冗談にもなりゃしない」

 こんな筈ではなかった。亜巳が従者の足止めを担当し、その間に残りの三人が協力して信長を仕留める――それが本来のプランだったのだが、そんな構図など今や見る影も無く崩れてしまっていた。

“黒い稲妻”のリーダーが天使とやり合えるほどの使い手だとは想定していなかったし、あの何処から沸いたのかも分からない金髪の男に至ってはイレギュラーも良い所である。

 見たところ、天使も竜兵も優勢に勝負を進めてはいる。が、未だ決着には到らないようだ。

 天使はピョンピョンと機敏に動き回る少女を仕留められずにイラついている。一方の竜兵は、殴っても殴っても屈せず、立ち向かってくる男にむしろ喜んでいる様子だった。

 何と言っても自分の弟と妹だ。双方とも放って置けばそのうち勝利するのは疑いないが、あの調子ではカタを付けてこちらの援護に来るにはまだ時間を必要とするだろう。

 実際、これはある意味において最悪の状況だった。最大の切り札、辰子のリミッター解除を実行できない。今このタイミングで辰子を暴走させれば、まず間違いなく――交戦中の弟と妹が巻き込まれてしまう。

 封印を解くならば、一家全員がこの廃工場内からすぐに避難できる状況を作り出してからだ。眠れる災厄を呼び覚ます以上、その前提条件は確実にクリアしなければならない。

 しかし、彼らの方で決着が着くまでの間、自分が生き延びられるか否か判らないのもまた、事実である。

「如何した、辰を“起こさ”ないのか?くく、一声掛ければ、それで済むだろうに」

 そんな亜巳の心中の葛藤を見透かしたように、信長が酷薄に口元を歪めて哂う。

 そう、目の前にこの男が立ち塞がっている限り、条件が満たされるまで亜巳が立ち続けていられる保障など何処にもないのだ。

 戯れのつもりなのか、今はまだ向こうから仕掛けてくる様子は無い。が、一度彼が動き出せば、亜巳はその計り知れない脅威を単身で受け止める羽目になる。

「チィ……」

 舌打ちしつつ、逡巡する。先手を打って自ら勝負を仕掛けるべきなのか、或いは巻き添えを覚悟で辰子を解放するべきなのか。

 いずれを選ぶにせよ、迷っていられる時間はそう長くない。

 考えている間にも信長が悠然たる歩調で、だが確実に距離を詰めてくる。その殺意に満ち溢れた黒いシルエットが迫り来るにつれて、亜巳の心中を焦りが支配していく。心臓は絶え間なく早鐘を打ち続けている。

 どうするどうするどうする。

 焦燥と逡巡と困惑と恐怖とがぐるぐると脳内を駆け巡り、冷静さと思考力を見る間に奪い去っていた。

「ああ!ごめんアミ姉ぇ、避けて~!」

 焦りを滲ませた叫び声と、次いで風を切る音が背後から届いたのは、その時であった。

「なっ!?」

 事態を脳髄が正しく理解していなくても、幸いにして身体は反射的に動いていた。得物の棒が鋭く弧を描いて一回転し、己へ向けて高速で突っ込んできた“何か”を叩き落とす。

 甲高い金属音を立てながら床に転がったモノは、鉄パイプ。一瞬の空白を経て、亜巳は答えを導き出した。

 辰子が蘭に向けて投げ付けた武器が、流れ弾として飛来したのか。間の悪い偶然もあったものだ。


――――偶然?本当にそうなのか?


「愚かなり」


 背後から響く冷徹な声音に、亜巳は自身の犯した致命的な失態に気付いた。

 突然の“攻撃”に意識を取られて、ほんの僅かな時間とは言え、決して目を逸らしてはならない相手の存在を失念していた事に。


「―――らぁぁああっ!!」


 殺気に絡め取られた身体は重く、焦燥と恐怖に縛られた心は平静を保てず。それでも亜巳の肉体は、鍛錬の反復によって芯まで染み付いた棒術を正確に再現してみせた。

 振り返ると同時に放たれるのは、比較的面積が広く狙い易い人体の急所、腎臓を狙って一直線に伸びる高速の突き。

「甘い」

 必殺を誇る亜巳の決死の一撃に対し、信長は表情を変えないまま、その軌道から僅かに身を逸らす事で対処する。

 結果として突き出された棒の切っ先はロングコートの裾を貫いて、彼の脇腹を掠めたのみであった。攻撃の軌道を完全に読み切ってでもいなければ絶対に不可能な、最低限の動作による理想的な回避。

 そのまま伸び切った棒を脇に挟むような形で、信長は滑るような足取りで亜巳の眼前まで距離を詰める。

 懐に入り込まれるまでは、体感にして一瞬の出来事であった。

「停まれ」

 直後、顎先ギリギリのところで寸止めされた拳と、叩き付けられる凄まじい殺気に、亜巳は小さく息を呑んで硬直した。

「くくっ、もっとも……命を惜しまぬならば、望むがままに振舞えば良いが。さて、どうする?」

 互いの息遣いを感じられる程の至近距離で受ける恫喝の言葉は、普段以上の凄惨さを帯びていた。

 欠片の温もりも宿さない信長の瞳が自身の姿を映しているのが良く分かる。その双眸からは何の感情も読み取れず、ただ絶え間なく放たれる殺意だけが彼の意思を雄弁に物語っていた。

 己の咽喉へと突き付けられた拳に視線を移す。織田信長を相手に、この至近距離では回避も防御もあったものではない。指先一本動かそうものなら、即座に“何か”をされるだろう。

 そのまま首の骨をへし折られるのかもしれないし、或いは頸動脈を切り裂かれるのかもしれない。否、そんな生温い事は言わず、首から上が跡形も残さず消し飛ばされたとしても不思議はない。

 何にせよ、物言わぬ死体が一つ出来上がるのは間違いなかった。肌をピリピリと刺激する強烈な殺気が、碌でもない未来図を亜巳に教えてくれる。

 元より頭の回転が速い亜巳である。完全に詰んだ、と悟るまではさして時間を要さなかった。

「やれやれ、だねェ」

 家族には悪いが、板垣一家と織田信長の因縁の死合いはどうやら、またしても自分達の敗北で終わりそうである。

 亜巳は乾いた笑い声を上げながら、得物の棒を床へと投げ捨てた。









「大人しく降参しとくよ。稼ぎ頭がくたばったら、あの馬鹿どもを食わせてやれないからねェ」

 亜巳の口からその言葉を引き出した時、俺が心中でどれほど安堵していたか、余人には想像もつくまい。

 綱渡りのような真似ならばこれまでに何度も行ってきているが、今回の切羽詰ったギリギリっぷりに匹敵するケースはそうそう無かっただろう。何か一つでも条件を満たしていなければ、この未来を掴み取ることは出来なかった。

 そもそも俺と亜巳が一対一で対峙する状況を作り出せていなければ、まずその時点で相当に厳しい。イレギュラー二名の参戦によってこの形に持っていけたが、その幸運が俺に欠けていればどうなっていたことか。考えるのも嫌な仮定だった。

 次に、俺が亜巳の一撃を回避出来た件だが、これには幾つかの理由がある。

 まず第一に、殺気による身体能力の低下。板垣が相手となれば殺気による拘束自体がほぼ不可能だが、身動きを鈍らせる程度の効果は与えられる。先の一撃にしても、まず間違いなく百パーセントの力は発揮できなかっただろう。
 
 第二に、上手く亜巳の持ち味たる冷静さを奪えたこと。これに関しては我が従者のアシストによるものが大きい。俺と亜巳が対峙している間に辰子との位置関係を誘導して、同士討ちを狙ったのだろう。相手が単純な辰子だからこそ通用したとも言えるお粗末な作戦だが、理性のほとんどを投げ出した状態の蘭にしては上出来だ。不意を衝かれて動揺した亜巳の棒術は、殺気による補正を差し引いても、明らかに普段の精彩を欠いていた。

 そして第三にして最大の理由として挙げられるのが、俺が故あって亜巳の棒術を“見慣れている”という事だ。どのような状況でどのような行動に出るのか事前に予測できる、それは俺のようなタイプの人間にとってはあまりにも大きなアドバンテージである。亜巳が常に人体の急所を狙うことは承知していたし、その精度が限りなく正確無比であることも把握している。正確であるからこそ、計算に狂いが出ることはなかった。予測した刺突の軌道から少しばかり身体をずらしてやればそれで済む。

 とまあ、そんな風に様々な理由を積み重ねた結果でもあるが、最終的にはやはり半ば賭けのようなものだった。亜巳のような人外を相手に百パーセントの保障などある訳もない。少しでも読み違えれば串刺しで終わっていた。

 結局のところつまり、俺は幸運に恵まれていたのだろう。

 幸運といえば、亜巳が俺の「フリーズ」に大人しく従ってくれたのもそうだと言える。

 訳あって回避能力には多少の自信がある織田信長だが、肝心の攻撃手段はゼロに等しい。実際のところ、俺のパンチなどせいぜい少し腕っ節の強い一般人程度のレベルである。

 本気で急所を狙えば人間を気絶させるのはそう難しくないが、“気”を扱える人外を気絶させるとなれば火力不足もいいところだ。

 つまり俺はモデルガンにも劣る玩具の銃を突きつけて、白々しく亜巳を恫喝していた訳だ。何ともまあ、我ながら滑稽な姿だと思わずにはいられない。

 とは言えこういう下らないハッタリが通用するのも、俺が長年を掛けて築き上げてきた虚像あっての事だと考えれば、努力を続けた甲斐もあったというものである。

「ふん」

 まあそんな感じで、色々な必然と偶然が折り重なった先に辿り着いた結末として、俺はここにこうして立っている。常勝無敗の魔王、織田信長は幾度の修羅場を越えて健在だった。

 勝ったならば、盛大に勝鬨を上げるとしよう。この迷惑極まりない闘争に幕を引くために。

「ちょっと、乱暴にするんじゃないよ。女の扱い方が分かってないねェ、まったく」

「ふん、黙るがいい。虜囚は虜囚らしくしていろ」

 コートから引っ張り出した手錠で拘束した後、背中を押して自分の前に立たせながら、俺は肺活量の限界まで息を吸い込む。

 辰子は既に気付いているらしくチラチラとこちらの様子を窺っているが、竜兵と天の二人は完全に自分の戦闘に熱中している模様。そんな戦闘狂どもの注意を引きつけるべく、俺は工場の隅々にまで響き渡る大音声を張り上げた。


「敵将、討ち取ったり!――貴様らが長姉の首、惜しいと思うならば、即刻抵抗を止めるがいい、板垣ッ!!」

 
 特に自慢というわけではないが、常人と比べて俺の声音は良く通る。

 容姿や性格と同様に、“声”という要素は指導者のカリスマ性にかなりの影響を与える、と言うのが通説であり、俺はその辺りを考慮して、中学生の頃からヴォイストレーニングで発声を鍛え続けていた。

 本格的に講習を受けた訳ではないのでそう大したものではないが、それでも取り敢えず戦闘狂どもの意識に入り込むことには成功したようで、連中は各々の戦闘を中断してこちらに注意を向けてきた。

「なっ、アミ姉ぇ!?」

 苦笑いしながら両手を挙げて降参のポーズを取る亜巳の姿に、竜兵が愕然と目を見開いた。鼻から口からだらだらと血が流れており、どれだけ派手な殴り合いを繰り広げたのか一目で分かる姿だった。

 しかし、ここまで竜兵に傷を負わせるとは……前田啓次とやら、俺との戦闘では本気を出していなかったのか?金髪ピアスの俺の後輩を目で探すと、竜兵以上にボロボロになりながら壁にもたれ掛っていた。

 あのやられ様だと骨も何本かは折れているだろう。まあ、竜兵を相手に最後まで立っていられただけでも十分、賞賛に値する。

「うぉいシンてめー!人質取るなんて卑怯だぞ!正々堂々勝負しろやコラ!」

「王将を取られちゃってる時点で人質も卑怯も何もないと思うけどね。あーあ、そんな事も分かんなくなっちゃうなんて……クスリって怖いねーホント、うん」

「うっせーぞ性悪ネコ娘!だいたいてめーもてめーだぜ、卑怯な手使いやがってよー!」

「さて、ボクが何かしたかな?ぜんぜん覚えがないんですけどー、言い掛かりはやめてくれないかなぁ。ボク困っちゃうにゃん」

「あぁウゼェウゼェウゼェどいつもこいつも!イライラムカムカするぜぇー!」

「おおこわいこわい」

 こちらの人外二人組は戦闘直後にしては元気過ぎる。ぎゃあぎゃあと喧しいことこの上なかった。竜兵と啓次の消耗ぶりとは比べるのも馬鹿馬鹿しくなる。

 お互い大きなダメージを負った様子もない辺り、どうやら実力はほぼ伯仲していたらしい。あの天と真正面からやり合えるような人材が未だに発掘されることもなく、この界隈に残っていたとは驚きである。

 ふむ。俺の情報収集能力もまだまだ、と言ったところか。

 反省点を頭に刻み込みながら、戦場跡へと視線を移す。森谷蘭は抜き身の刀を手にしたまま、ぼんやりとその場に突っ立っていた。

「蘭」

「主」

 一言呼び掛けると、我が従者はふらふら、と覚束ない足取りで俺の前まで歩み寄ってきた。

 相変わらず身体からは禍々しい気が黒色のオーラとなって立ち昇っており、虚ろな目はこの世の一切を映していないように見える。現世に遺した未練を晴らすべく黄泉より這い出た幽鬼だ、と何も知らない人間に教えたら信じるかもしれない。

「ふん」

 だとすれば、こいつの未練を晴らすのは主たる俺の役目である。

 表情を失くした森谷蘭に向けて、俺はいつも通り、無造作に声を投げ掛けた。

「大儀であった。暫しの、暇を与える」

「…………ははっ。ありがたき、しあわせ……」

 馬鹿正直にその言葉を待っていたのだろう。糸が切れたように蘭は意識を失い、そのまま俺の腕の中へと倒れ込んだ。

 蘭愛用のシャンプーの香りと、血の匂いが鼻腔を満たす。返り血の飛び散った頬は、先程までの無表情が嘘だったかの如く幸せそうに緩んでいた。

 溢れる忠誠心で誤魔化しているが、実際のこいつのメンタルは豆腐並みの脆さだ。人を斬った時点で今夜の活動限界はとっくに超えていただろう。本当に世話の掛かる従者である。

 周囲に悟られないようにそっと一度だけ頭を撫でてやってから、俺は力の抜けた蘭の身体を床に打ち捨てた。弱みになりそうな姿を衆目に晒す訳にはいかない。

「おやおや、酷いことするねェ。その娘、アンタの為に必死に頑張って戦ってたってのにさ」

「ふん、下らんな。然様な感傷に意味は無い。道具を道具として扱わずしてどうする?」

「フフ……アタシも冷血だの人間じゃないだの色々言われてるけど、アンタには負けるね」

 薄く笑いながら妖艶な流し目を送ってくる。前々から思っていたが、何だか亜巳には妙な親近感の込められた目で見られている気がするな……具体的には同類というか、仲間を見るような。

 まあ“織田信長”のキャラクターを考えれば仕方が無いと言えば仕方が無いのだが、微妙な気分だ。

 しかし人質の癖にこの余裕、さすがに尋常の神経ではない。

「ねえ~二人とも~、アミ姉ぇつかまっちゃったし、もうやめようよ~」

 亜巳が俺の手に落ちたことでもともと乏しかった戦意がマイナスにまで落ち込んだらしく、辰子は緊張感のない声で家族に休戦を呼びかけていた。

 まあ実際のところ、亜巳というカードを俺が有している以上、休戦というよりは降伏という形になるだろうが。

「けどよ、マロードの指令は……」

「何言ってんだリュウ、アミ姉ぇがやられちまってもいいのかよ!相手はシンだぞ?付き合い長いからってためらう訳ねーじゃんよ」

「ね~、リュウ~」

 板垣一家は誰にも支配されず拘束されない無法者だが、家族の命が掛かっているとなれば話は別だ。他人がどれだけ傷付こうが死のうが笑い飛ばせるこの連中も、身内には甘い。

 所詮は他人であろうマロードとやらの命令と、大事な大事な家族の命。どちらを優先するかなど考えるまでもないだろう。

「ちっ、そうだな……マロードには悪いが、こればかりは……ん?」

 竜兵が苦虫を噛み潰したような表情で、渋々頷きかけた時だった。場違いに陽気な電子音のメロディが鳴り響き、誰もが一瞬身動きを止める。

 どうも音楽の発生源は竜兵のズボンのポケットらしい――ということはつまり、携帯電話の着信音か。

「……なぁリュウ、ウチの記憶が間違ってなけりゃ、この着メロって確か……」

 天が言い終えるよりも早く、俺が制止するよりも早く、竜兵は携帯を耳元に宛がっていた。

「ああ。分かった」

 そして数秒の後、気難しい表情で俺の方に向き直り、携帯を投げて寄越しながら口を開く。

「――マロードだ。お前と話をしたいんだってよ」

 手元に納まった携帯電話のディスプレイに視線を落とす。表示されている現在時刻は零時零分。

 深夜のマッドパーティーの主催者が、やっと挨拶に現れたか。

 小さく息を吐き出して気分を落ち着けてから、俺は凪いだ海原の如く平静な心で携帯を耳元まで持ち上げた。

 マロードか。奴に言ってやりたい事は幾らでもあるが、取り敢えず最初の一言だけは既に決定済みだ。


「『ようこんにちは、はじめまして。織田信長』」

 
 ありったけの殺意を、君に。


「死ぬがよい」














 覚えていらっしゃる方はお久し振りです。ここしばらくは創作目的でキーボードを叩くことすら稀になっていましたが、まじこいSの情報を見ていると創作意欲がモリッと湧いてきました。
 やはりモチベーション維持のためには原作に対する情熱が必要不可欠なんだなぁと実感した今日この頃。今はまじこいを再プレイしながら改めて色々と妄想もとい構想を練ってます。
 まあ相変わらず筆は遅いですが、まったり待って頂ければ。それでは、次回の更新で。


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