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No.13860の一覧
[0] 俺と彼女の天下布武 (真剣で私に恋しなさい!+オリ主)[鴉天狗](2011/04/15 22:35)
[1] オープニング[鴉天狗](2011/04/17 01:05)
[2] 一日目の邂逅[鴉天狗](2012/05/06 02:33)
[3] 二日目の決闘、前編[鴉天狗](2011/02/10 17:41)
[4] 二日目の決闘、後編[鴉天狗](2009/11/19 02:43)
[5] 二日目の決闘、そして[鴉天狗](2011/02/10 15:51)
[6] 三日目のS組[鴉天狗](2011/02/10 15:59)
[7] 四日目の騒乱、前編[鴉天狗](2011/04/17 01:17)
[8] 四日目の騒乱、中編[鴉天狗](2012/08/23 22:51)
[9] 四日目の騒乱、後編[鴉天狗](2010/08/10 10:34)
[10] 四・五日目の死線、前編[鴉天狗](2012/05/06 02:42)
[11] 四・五日目の死線、後編[鴉天狗](2013/02/17 20:24)
[12] 五日目の終宴[鴉天狗](2011/02/06 01:47)
[13] 祭りの後の日曜日[鴉天狗](2011/02/07 03:16)
[14] 折れない心、前編[鴉天狗](2011/02/10 15:15)
[15] 折れない心、後編[鴉天狗](2011/02/13 09:49)
[16] SFシンフォニー、前編[鴉天狗](2011/02/17 22:10)
[17] SFシンフォニー、中編[鴉天狗](2011/02/19 06:30)
[18] SFシンフォニー、後編[鴉天狗](2011/03/03 14:00)
[19] 犬猫ラプソディー、前編[鴉天狗](2011/04/06 14:50)
[20] 犬猫ラプソディー、中編[鴉天狗](2012/05/06 02:44)
[21] 犬猫ラプソディー、後編[鴉天狗](2012/05/06 02:48)
[22] 嘘真インタールード[鴉天狗](2011/10/10 23:28)
[23] 忠愛セレナーデ、前編[鴉天狗](2011/04/06 14:48)
[24] 忠愛セレナーデ、中編[鴉天狗](2011/03/30 09:38)
[25] 忠愛セレナーデ、後編[鴉天狗](2011/04/06 15:11)
[26] 殺風コンチェルト、前編[鴉天狗](2011/04/15 17:34)
[27] 殺風コンチェルト、中編[鴉天狗](2011/08/04 10:22)
[28] 殺風コンチェルト、後編[鴉天狗](2012/12/16 13:08)
[29] 覚醒ヒロイズム[鴉天狗](2011/08/13 03:55)
[30] 終戦アルフィーネ[鴉天狗](2011/08/19 08:45)
[31] 夢幻フィナーレ[鴉天狗](2011/08/28 23:23)
[32] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、前編[鴉天狗](2011/08/31 17:39)
[33] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、中編[鴉天狗](2011/09/03 13:40)
[34] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、後編[鴉天狗](2011/09/04 21:22)
[35] 開幕・風雲クリス嬢、前編[鴉天狗](2011/09/18 01:12)
[36] 開幕・風雲クリス嬢、中編[鴉天狗](2011/10/06 19:43)
[37] 開幕・風雲クリス嬢、後編 Aパート[鴉天狗](2011/10/10 23:17)
[38] 開幕・風雲クリス嬢、後編 Bパート[鴉天狗](2012/02/09 19:48)
[39] 天使の土曜日、前編[鴉天狗](2011/10/22 23:53)
[40] 天使の土曜日、中編[鴉天狗](2013/11/30 23:55)
[41] 天使の土曜日、後編[鴉天狗](2011/11/26 12:44)
[42] ターニング・ポイント[鴉天狗](2011/12/03 09:56)
[43] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、前編[鴉天狗](2012/01/16 20:45)
[44] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、中編[鴉天狗](2012/02/08 00:53)
[45] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、後編[鴉天狗](2012/02/10 19:28)
[46] 鬼哭の剣、前編[鴉天狗](2012/02/15 01:46)
[47] 鬼哭の剣、後編[鴉天狗](2012/02/26 21:38)
[48] 愚者と魔物と狩人と、前編[鴉天狗](2012/03/04 12:02)
[49] 愚者と魔物と狩人と、中編[鴉天狗](2013/10/20 01:32)
[50] 愚者と魔物と狩人と、後編[鴉天狗](2012/08/19 23:17)
[51] 堀之外合戦、前編[鴉天狗](2012/08/23 23:19)
[52] 堀之外合戦、中編[鴉天狗](2012/08/26 18:10)
[53] 堀之外合戦、後編[鴉天狗](2012/11/13 21:13)
[54] バーニング・ラヴ、前編[鴉天狗](2012/12/16 22:17)
[55] バーニング・ラヴ、後編[鴉天狗](2012/12/16 22:10)
[56] 黒刃のキセキ、前編[鴉天狗](2013/02/17 20:21)
[57] 黒刃のキセキ、中編[鴉天狗](2013/02/22 00:54)
[58] 黒刃のキセキ、後編[鴉天狗](2013/03/04 21:37)
[59] いつか終わる夢、前編[鴉天狗](2013/10/24 00:30)
[60] いつか終わる夢、後編[鴉天狗](2013/10/22 21:13)
[61] 俺と彼女の天下布武、前編[鴉天狗](2013/11/22 13:18)
[62] 俺と彼女の天下布武、中編[鴉天狗](2013/11/02 06:07)
[63] 俺と彼女の天下布武、後編[鴉天狗](2013/11/09 22:51)
[64] アフター・ザ・フェスティバル、前編[鴉天狗](2013/11/23 15:59)
[65] アフター・ザ・フェスティバル、後編[鴉天狗](2013/11/26 00:50)
[66] 川神の空に[鴉天狗](2013/11/30 20:23)
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[13860] 四・五日目の死線、前編
Name: 鴉天狗◆4cd74e5d ID:5ac98617 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/05/06 02:42
 俺こと織田信長と板垣一家の関係を、一言で説明するのは非常に難しい。

 過去十年に近い腐れ縁を通じて積み上げられ、ゴチャゴチャと複雑に絡まり合った俺達の関係性を、事情を知らない他人に理解させるのは余りにも難易度が高すぎる。というか、はっきり言って無理だろう。

 正直な話、かく云う俺自身すらも、あの一家との複雑怪奇な関係については未だに整理し切れていないのだから。

 そういう訳で、その辺りの事情についてはまたの機会に語るとして。取り敢えず今は、板垣一家のパーソナリティについて軽く触れておこう。

 
 板垣竜兵、板垣亜巳、板垣辰子、板垣天使。

 
 断言してもいいが、この四兄妹の中にマトモな感性の持ち主など一人もいない。揃いも揃って何処かしら神経がイカレている。思考も価値観も常識も、何から何まで外れていて、“裏”の社会の中ですらも異端・危険視されている連中だ。

 にも関わらず、他の有象無象から排斥される事もなく自由気ままに振舞えている辺り、その力がいかに人外じみているか判ろうと言うものである。

 昔はそうでもなかったのだが、現在の堀之外には板垣一家に逆おうとする連中は殆ど居なくなっていた。理由は単純明快、逆らえば文字通りの意味で叩き潰されるからだ。

 まさしく享楽と暴力とをそのまま形にしたような在り様。堀之外という魔窟が産み落とした魔物――そんな表現がこれ以上なくしっくりくる。

 俺とその忠実なる従者であるところの森谷蘭が繰り広げた、明智ねね率いる“黒い稲妻”とのバトル。

 それが俺の完全なる勝利を以って終局を迎えようとしていたまさにその瞬間、それをブチ壊すように突如として乱入してきた連中、板垣一家とは――まあ、そんな奴らである。

「乗り込んでみれば既に祭りの後、と思ったが……どうやらまだ生き残りがいるらしいな」

 板垣一家のド派手な登場に度肝を抜かれたのか、“黒い稲妻”の面々は未だにポカンとした顔を晒して突っ立っている。顔に獣じみた凶相の浮かぶ長身長髪の男、竜兵はニヤリと残忍な笑みを浮かべながら、傲然と彼らを睥睨した。

「フフ、安心したよ。今夜はたっぷり愉しむつもりでわざわざ出向いたってのに、アタシのために鳴き声を上げる豚どもが居ないんじゃつまらないからねェ」

 亜巳は相変わらずの嗜虐趣味全開な目つきで、値踏みするように男達を眺め回していた。生粋のドSの気持ちなど想像したくもないが、SMクラブでの仕事(女王様)だけでは物足りないものなのだろうか。

 ……まあ他人の性癖に口を出すのは賢明ではない。少なくともこちらに目が向くまでは放って置くのが一番だろう。君子危うきに近寄らず、である。

「ウチはウチで新・必殺技!の実験台、募集中なんだよなー。うけけけ、さーて何から試そっかなーっと」

 天の奴はどうせまたゲームの技の真似でも試そうとしているのだろう。ヒーローショーを視る子供のようにワクワクした顔でゴルフクラブを素振りしている。

 何故か本人にとってはこれ以上手に馴染む得物は無いらしく、ゴルフクラブは奴が護身術を始めて以来、愛用し続けている武器だった。

 たまに交換はしているようだが、いつ見てもヘッドの部分に黒い血痕がこびり付いていると言う、何とも恐ろしい凶器である。

「zzz」

 そして残る一人。辰子は先程自分が蹴破った入り口にて仁王立ちしたまま、実に幸せそうな顔で夢の世界へと旅立っていた。

 奇人変人の知り合いは嫌になるほど数多くいるが、流石に敵地のど真ん中で堂々と居眠りできるような図太い神経の持ち主はこいつの他には知らない。マイペースにも程があると言うものだ。

 そんな彼女に亜巳が無言で歩み寄ると、安らかな寝顔に慈愛の眼差しを向けながら、無防備な腹部に容赦なくボディーブローを叩き込んだ。

「おふっ!……ん~?あ、おはよぉアミ姉ぇ。もう朝かぁ」

「残念ながらおはようを言うには半日近く早いねェ。寝惚けてんじゃないよ、まったく」

 何だこいつら――そんな思いで、今現在、“黒い稲妻”の面々の心は一つになっている筈だ。俺だって長年の付き合いで慣れていなければ、同様に混乱するのは間違いない。

 多少たりとも常識のある人間ならば、あまりの得体の知れなさに不条理な恐怖心すら抱く事だろう。実際、板垣一家に注目する彼らの表情は、揃って当惑と不安に満ちていた。

 竜兵はそんな彼らを鼻で笑い、小劇を繰り広げている三姉妹に声を掛けた。

「俺も血が滾って仕方がねぇところだが、今回は暴れる前にやるべき事があるからな。ちっ、腹立たしいがエモノは譲ってやる。遠慮はいらん、俺たちのシマを荒らすってのがどういうことか、愚かな新参どもに教育してやろうじゃねえか」

「おお、珍しく太っ腹だなリュウ!そんじゃ早速ウチから行くぜぇ、ゲーセンで鍛えたウチの北都神拳を見せてやらーっ!」

 ゲームとリアルを混同してしまった感じの色々と危ないセリフを叫びながら、天が愛用のゴルフクラブを振り回して暴れ始める。武器を使っている時点でそれは既に拳法ではないと突っ込みを入れたくなる俺は間違っているのだろうか。

「ひとまずシンへの挨拶は任せたよ、リュウ。ほら、いつまでボケっとしてんだい。アタシ達もさっさと行くよ、辰」

「うぅ~、眠い……」

 次いで亜巳が妖しい笑みを浮かべながら得物の棒を振るい、最後に辰子がフラフラと覚束ない足取りで参戦する。

 そして、人外の人外による人外のための蹂躙の宴が始まりを告げた。

「うぎゃああぁぁっ!!」

「ひぃぃっ!助けてくれえぇええッ!」

 蘭に追い回されていた時点で既に戦意を失っていた“黒い稲妻”の面々が、人外街道まっしぐらな三姉妹を相手に抵抗など出来るはずもない。

 人体が重力を無視して縦横無尽に宙を舞い、殴打と骨折の音響が四方八方から鳴り響く、そんな阿鼻叫喚の地獄絵図が瞬く間に展開された。

 悲鳴が飛び交う危険地帯の中を平然たる顔つきで横切って、こちらへと歩み寄る男が一人。そして、二メートルほどの距離を挟んで俺達は対峙した。

「よお。くっくっく、こんな所で遭うとは奇遇だな」

「奇遇だと?ふん、その言葉の意味を解しているとは思えんな。まあいい、能書きは不要。用があるなら今すぐ言え」

「言わずとも分かっているだろう?血の匂いに満ちた戦場で、俺と、お前が会ったんだぜ。やる事は初めから決まっている……違うか?」

 胸の前で指の骨を鳴らしながら、板垣竜兵は不敵に言い放つ。

 やれやれだ。どうやらこの分だと、戦闘を回避するのは少しばかり難しそうである。

 もしかしたら穏便に解決できるかもしれないと踏んでいたが、やはり希望的観測は宜しくない。世界は俺の望む通りに動いてくれるほど、ご都合主義的には出来ていないのだから。

「リュウさん。主に害を為そうと思うなら、私の刃を浴びる覚悟を致してからに下さい」
 
 俺と竜兵の間に漂う不穏な気配を察知して、蘭が素早く愛刀を鞘より抜き放った。二尺五寸の刃が鋭く光る。こいつが顔見知りの人間に向ける態度にしては珍しく、随分と好戦的だった。

 まあ無理もない、基本的に人を斬った直後の蘭は気が立っているのだ。一度血を見ると、誰彼構わず斬り捨ててしまいたくなります、勿論主は別ですが―――とは蘭の言である。

 何とも物騒極まりない話だが、これは過去のトラウマに起因する蘭の自衛本能のようなものだ。俺には精々、ストッパーとして振舞うことしか出来ない。

「蘭。少し待て。奴とは話がある」

「……ははっ、承知致しました」

 俺の命令を受けると、蘭は表情をぎこちなく強張らせながらも太刀をゆっくりと鞘に収めた。それを確認してから、俺は竜兵に向き直る。

「念の為に問うておくとしよう。先の言葉、俺に対する宣戦布告と捉えるが。相違はないか?」
 
 元々、織田信長と板垣一家は明確な敵対関係にある訳ではない。表の顔と裏の顔、立場としては利害が衝突する事もあるが、実のところ私的な面ではそれなりに付き合いが深かったりする。

 親不孝通りを歩けば結構な頻度で一家の誰かと遭遇するし、そんな時は連れ立って行動する事も珍しくない。少なくとも、会う度会う度に死闘を演じるような険悪な間柄ではないのだ。

「他にナニがある?辰はともかく、俺もアミ姉ぇも天も、いつだってお前との死合いを望んでるぜ……それはガキの頃から変わってねぇ」

 しかし、単なる仲良しな隣人、と言い切れるほど分かり易い関係でもないのもまた、確かだった。だからこそ、この忌々しい現状が出来上がっている。

「ふん。今更になって俺に勝負を挑もうとは、随分と増長したものだ。街の顔と持て囃され、驕ったか?リュウ」

「っ!くくっ、相変わらずイイ殺気だ。肌にビリビリきやがる」

 竜兵は俺の威圧にも動じる事なく、むしろ愉しむように身体を震わせる。少し言葉を交わしただけで既にうんざりし始めている俺を誰が責められようか。

 このどうしようもない戦闘狂にとって、殺気は夏場に浴びるクーラーのように心地良く感じられるらしい。中途半端に殺気を飛ばしてみたところで逆に喜ばせるだけと言う、俺からしてみれば何とも鬱陶しい性質を有している男なのだ。

「参ったな、お前と話してるとますます昂ぶってきたぜ。なあシン、やり合う前に場所を移して、俺の槍を受け入れてみないか?」

「死ぬがよい」

 不気味に頬を染めながら世迷言を抜かす竜兵の股間を全力全開で蹴り上げてやりたくなる衝動に襲われたが、いや待てそれは織田信長のキャラクター的に考えて宜しくない、と理性を以ってどうにか抑える。

 その一方で、全身に浮かんだ鳥肌はなかなか収まってはくれなかった。気分としてはS組の葵冬馬に口説かれた時よりも酷い。つまり死ぬほど胸糞が悪い。

「つれないな……かれこれ十年以上の深い関係なんだ、そう邪険にすることもないだろう」

「深い関係?ふん、訂正が必要だ。不快な関係、だろう」

 ――板垣竜兵十七歳(♂)、好みのタイプはイイ男。少なくとも一年前の時点ではそっちのケはなかった筈なのだが、気付いた時にはいつの間にやら俺を見る目つきが怪しくなっていた。背中を向けた際に寒気がするようになったのもその頃からである。

 どうしてこうなった、と頭を抱えたい気分だ。本人曰く、とある運命の出逢いで考え方が変わっちまった、との事。何とも傍迷惑な運命もあったものだ。
 
 そこまで考えた所で、俺は何とも嫌な予想に思い至ってしまった。板垣一家が正面入口からこの工場内に侵入してきた以上、当然ながらあの二人にも遭遇している筈なのだ。

「……外には見張りを置いてあった筈だが。彼奴らにも、手を出したのか?」

 巨人のオッサンはともかくとして、忠勝は川神学園のイケメン四天王エレガンテ・クアットロの一人に数えられる程のルックスの持ち主である。十分、竜兵好みのイイ男に該当するだろう。

 もしも万が一、大事な幼馴染が無残にも野獣の毒牙に掛けられてしまったのなら。俺は、この命を賭してでも仇を取ってやらねばなるまい。

「ああ、あいつらか。なかなか美味そうだったが、後一歩の所で取り逃しちまった。くっ、思えば何とも惜しい事をしたな」

 竜兵は心の底から悔しそうに顔を歪めた。どうやら我らがタッちゃんの純潔は無事に守り抜かれたようで、全く以って何よりである。

 しかし、安心してばかりはいられない。重要な戦力であるあの親子が撤退した事で、俺と蘭は敵地に取り残された形になる。

 彼らにしてみれば別に見捨てたつもりはなく、“織田信長”の実力を信用しているが故の戦略的撤退なのだろうが……虚像を取り払った俺の素の実力を考えてみると、この状況は相当に厳しいものがある。

 さて、どうしたものやら。

 会話の最中に幾つかのプランを脳内で組み立ててはみたが、果たしてどの手段を選択するのがベストなのか。いまいち判断に困る。自身の置かれた状況をより正確に把握するためにも、まずは情報を引き出す必要がありそうだ。

「下らん前置きは此処までだ。時間が惜しい。お前達が何故、何の為に。この場所に居るのか、いい加減に説明して然るべきだろう」

「くくっ、何を説明すればいいのか分からんな。ヨソ者連中の教育に足を伸ばしたら、偶然お前達と鉢合わせた。それじゃあ駄目なのか?」

 竜兵はニヤリと笑いながら、わざとらしい口調で答える。その様子を見る限り、どうやら初めから誤魔化そうと言うつもりもないらしい。

 殺気を飛ばして催促すると、竜兵は軽く肩を竦めて見せてから、楽しげに言葉を続けた。

「そうだな。俺がここに来て、今こうしてお前と話しているのは――全て、マロードが望んだからだ」

 竜兵が口にしたのは、何処かで聞いた事のある名前だった。マロード。マロード?記憶を探ってみるが、咄嗟には思い浮かばない。

「マロードだって……?ちょっと待ってよ、マロードがキミ達をここに寄越したって言うの!?」

 背後から上がった叫び声が、思考に沈み掛けていた俺を現実世界に引っ張り戻した。首を捻って後ろを見てみれば、驚愕に目を見開いた明智ねねの姿が視界に映る。

 そこで初めて彼女の存在に気付いた竜兵は、眉間に皺を寄せ、凶悪な眼光でねねを睨み据えた。

「おい女、なぜマロードの名前を知ってやがる。てめえは何者だ?」

「ボクは……“黒い稲妻”の、リーダーだよ」

「ブラックサンダー?ああ、俺たちの街で馬鹿をやりやがった件のゴミ連中か。くくっ、つまり、今まさに貴様の部下が壊されている訳だ。それを、こんな所で黙って見ていていいのか?」

 竜兵が顎で指し示す先では、三つの暴力による容赦の無い蹂躙が続いていた。

 辰子が薙ぎ払うような動作で無造作に腕を振るえば、ただそれだけで複数の男達が纏めて吹き飛ばされ、五体を変形させながら宙を舞う。

 その圧倒的な暴虐から逃れようと必死で走る者を、人体の急所を正確に狙って繰り出される亜巳の冷徹な一撃が昏倒させる。

 そうして意識を失い、地面に伏していった者達にも安息が訪れる事はない。倒れた者に対しては、天が嬉々とした顔でゴルフクラブをスイングし、一人一人の頭蓋を打ち抜いて追い討ちを掛けていた。

「酷い有様ですね……」

 裏の世界で幾多の暴力を散々その目に焼き付けてきた我が従者でさえ、そんな呟きが零れ出るのを抑えられなかったらしい。

 “表”側の人間ならば直視することも躊躇われるような、どうしようもなく悲惨な情景が眼前にて繰り広げられている。

「もうダメだよ。もう、手遅れだ。ボクには、彼らを救う事なんてできない」

 しかし、意外にもねねが取り乱すことはなかった。激昂する事も悲嘆する事もなく、ただ疲れ切ったような表情で、淡々と言葉を紡ぐ。

「フン、心が折れたか、つまらん。“黒い稲妻”は残党の一匹も残さず徹底的に叩き潰せ、それがマロードの指令だ。安心するといい、貴様もすぐにあの連中と同様に壊してやる。いや、まずはマロードとの繋がりを吐かせるのが先か?」

「そう……、そうなんだ。この結末が、マロードの望んだモノなんだね。そうかそうか、なるほどね」

 恫喝の言葉が全く耳に入っていないかのように、ねねは俯いてブツブツと呟いている。俺の立ち位置からはその表情を窺う事はできない。

「うん、そうだ、あの時から。ああそう言うこと?最初から、そのつもりで?ふ、ふ、ふふふふ、あははははっ」

 不意に不気味な笑い声を上げ始めたねねの姿が勘に触ったのか、竜兵が青筋を立てて凄みを利かせる。

「貴様、何が可笑しいん――」


「ぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああむかつくムカつくムカツクぅ!胸糞悪い!死ねばいいのに!ここまで舐め腐られた経験は初めてだよ……、マロードォッ!!」


 唐突な怒りの咆哮が廃工場を揺るがせる。


 カッと限界まで見開かれ、ギラギラと燃えるねねの目は、先程までとは打って変わって異様な迫力を有していた。竜兵ですらも、彼女の突然の変貌にたじろいだ様子を見せている。


「ああそうだよ何もかもボクの自業自得さ。だけどそれでこのボクが泣き寝入りすると思われちゃ困るね、絶対に思い知らせてやる!ゼッタイ、絶対にだッ!」


 傍にいる人間が取り乱していると、見ている側はかえって冷静になれるものだ。怒り狂って喚き声を上げるねねの姿に、俺はようやく我に返った。この切迫した状況で思考を停止するとは、何とも不覚である。猛省して然るべき失態だ。

 仕事を放棄していた十数秒を取り戻そうとするかのように、俺のさして高性能でもない頭脳が全力の高速回転を始める。
 

 マロード。そうだ。ようやく思い出した。

 
 何処かで聞いたと思えば、ここのところ堀之外を中心に広がり始めている合法ドラッグ――ユートピアの流通ルートの元締めが、確かそんな風に名乗っていた筈だ。

 勿論のこと偽名であり、その本名はおろか国籍も容姿も年齢も、性別すらも知る者は誰一人としていない謎の売人と専らの評判であった。

 新参が調子に乗って羽目を外さないよう、裏の顔として直接釘を刺してやろう。そんな目的を胸に、俺自ら堀之外のあらゆる情報屋を当たってみたが、それでもその尻尾を掴むまでは至らなかった。

 結局、これまで大した問題は起こしていないので放置していたのだが、まさかここに来てこのような形で障害となろうとは。予想だにしていなかった展開である。

 
 さて。竜兵は何と言っていた?“俺がここに来て、今こうしてお前と話しているのは――全て、マロードが望んだからだ”。

 
 その言葉の意味を察するに、つまり例のマロードとやらが板垣一家に命令を下す立場にあると、そういう事なのだろうか。

 はてさて、それが事実だとするとまた妙なことになる。こいつらは他者の指示に大人しく従うような殊勝な連中ではない。マロードという人物が、板垣一家の手綱を取れるほどの驚異的な統率力を有している、と考えるべきなのか。

 
 そして問題は、ここに来て何やら妙な繋がりが見えてきた少女、明智ねねだ。

 
 言動から推察するに、彼女は以前にマロードと接点を持っている。そして板垣一家がこの場に現れた事で、騙されたか、或いはそれに値する裏切り行為を受けた事を悟った、と。

 
 …………。

 
 成程。あくまで何となくではあるが、全体の構図が浮かび上がってきた。同時にここで俺が選ぶべき道筋もまた見えてくる。思考が一つの方向性を持って固まり掛けてきた、その時。


「なーんかスッゲー怒鳴り声が聞こえた気がしたけど、何だったんだ?マロードがどうこうって言ってたよな」

 
 血に染まったゴルフクラブを片手に歩み寄ってくるのは、鮮やかな橙色の髪をツインテールに束ねた活発そうな顔つきの少女。天こと板垣天使である。

 ちなみに天使と書いてエンジェルと読む。天使と書いてエンジェルと読む。大事なことなので二回言った。

 蛇や竜をイメージして名付けた姉や兄が実にアレな感じに育ったので、せめて彼女だけは天使のような子に育って欲しいという思いからのネーミングだったらしい。

 しかし残念ながら見ての通り、どちらかと言えば悪魔と呼んだ方が適切な感じの性格へと成長を遂げているのが現実である。

 両親の思惑が見事なまでに裏目に出た訳だが、同情なぞ出来る訳もない。自業自得以外の何者でもなかった。

 天は板垣一家の末妹にして、DQNネーム被害者の会におけるナンバー2の地位に就いている。ちなみに会員は俺と天の二名のみである。互いにロクな親を持たない者同士、通じ合うものは多い。主に趣味とか。

 そんな訳で、俺と天は月に何度かの頻度でガチバトルを繰り広げ、時には協力して強敵を打ち倒す。ちなみにゲーセンの話である。アーケードゲーム、特に格ゲーは俺達の共通の趣味なのだ。

 何だかんだあって板垣一家の中では最も俺との親交が深い少女。それが板垣天使である。

 しかし、その彼女もこの状況で遭遇する限りにおいては厄介な“敵”以外の何者でもない。ここで天が家族を敵に回してでも俺に味方してくれるような展開があれば助かるのだが、まあ有り得ない妄想をしても無意味だろう。

「オイオイ、もういいのか?意外に早かったな。一番暴れたがっていたのは確かお前だったハズなんだが」

「だってさぁ、アイツら手ごたえ無さ過ぎでつまんねーのなんのって。最初はリアル北都無双っぽくて楽しかったけど、すぐに飽きちまった。あー、やっぱヌルゲーじゃダメだな」

 竜兵の言葉に肩を竦めて答えると、天はこちらに目を向けた。ニィ、とその口元に三日月のような笑みが形作られる。

「それに何より、スリル満点で激ムズの熱い死合いゲームが目の前にあんだぞ?そっちが気になって楽しめねーっての。つー訳でウチが欲求不満なのはシンのせいだかんな、責任取れよ!」

 なんという嬉しさの欠片も感じられない誘惑。嘆かわしい。昔は悪ガキだった天も今ではすっかり年頃の女の子だと言うのに、どうしてこんな色気のない暴力娘に育ってしまったのだろう。

 ああ名前か、そう、DQNネームが諸悪の根源。天は犠牲になったのだ……思慮の足りないDQN親、その犠牲にな……。

 などと愚にもつかない思考を頭の片隅で行いながら、俺は天の言葉を鼻で笑う。

「ふん。天」

「な、なんだよ……」

 じっと目を見つめながら口を開くと、嫌な予感を覚えたのか、天はたじろいだ様子で後ずさる。

「そこまで言うからには、当然オムツは用意済みという訳か。くく、いつぞやの様にしっき―――」

「わあああああああああぁぁぁっ!昔の話を蒸し返すんじゃねええええええぇぇっ!!」

 俺の必殺の一撃を受けて、天は釜茹で蛸の如く顔を真っ赤にして喚いた。血のたっぷり付着したゴルフクラブをブンブン振り回してさえいなければ微笑ましい姿なのだが。

 若さゆえの過ち、忘れたい過去という物は、大なり小なり誰にでもある。天にとってのソレは常人よりもいささか巨大過ぎた――それだけの話だ。まあ彼女の名誉を守る為にも、これ以上は触れてやるまい。

「あ~、つかれたぁ。もう仕事はおしまいでいいのかなぁ」

「おや、これで終わりかい?呆気ないもんだねェ。はぁ、アタシを満足させられる理想の豚は中々見つかりゃしない。そっちはどうだい、辰?」

「zzz」

「寝るな!」

 俺が天で遊んでいる間に、向こう側の騒がしい乱闘にも片が付いたらしい。亜巳と辰子がいつも通りの遣り取りを交わしながら、ゆっくりとこちらに向かってくる。

 二人が通り過ぎた現場は、まさしく台風一過、という表現が相応しい惨状と化していた。廃工場の至るところに血痕と得物の残骸と、無数の人体が散らばっている。

 立ち向かった者は勿論、逃げ出そうと試みた者達の誰一人として屋外の空気を吸うことは出来ず、意識を刈り取られて埃塗れの床に転がされていた。

 総勢百数十名の構成員が揃って戦闘不能。実質上、“黒い稲妻”というグループは全滅したと言ってもいい。


「あのさ」


 いや、違う。訂正しよう、まだ“全滅”ではなかった。この場に一人だけ、自らの足で立っている者が居る。

 明智ねね。グループのリーダーである彼女は未だ無傷で、そして決意の炎を宿した瞳で俺を見つめていた。

「一つだけ、頼みたいことがあるんだ。キミがここで板垣一家と闘うなら、どうかお願い。ボクを……使って欲しい」

「ふん。何を突然。己が部下の、仇討ちの心算か?」

「んー、そうだね。それも確かにあるよ。でも、そういうセンチメンタルな理由はどっちかというとオマケだね。ちょおっとメンドーくさい事情があって、ボクは帰る家を無くしちゃったみたいなんだよね。可哀想でしょ?今のボクは、言ってしまえば野良猫同然なんだ。だからさ、冷たい雨風とか、心ないヒト達の暴力から保護してくれる飼い主を急募中ってワケ」

「……」

 なるほど、そういう事か。これまでの振舞いを見ている限り、単純な激情家かと思っていたが、実際はそうでもなかったようだ。

 計算高いタイプの人間でなければ、間違っても今のセリフは出てこない。彼女は自身の置かれた立場を冷静に把握して、何をすべきか考えて行動している。

 ここに到るまで、“黒い稲妻”は見境も分別もなく暴れ過ぎた。俺や板垣一家が出張るまでもなく、いずれは他の組織に潰されて終わっていた事は想像に難くない。このグループは既にそれほど多くの連中を刺激してしまっている。

 つまりリーダーのねねは、例えこの場を上手く切り抜けても、今後も板垣一家を筆頭とする数多くの勢力から付け狙われる羽目になる訳だ。そうなってしまっては満足に日常生活を送ることすら難しくなるだろう。

 しかし、俺の傘下に入る事に成功すれば話は別である。ねねの肩書きが“黒い稲妻の元リーダー”から“織田信長の配下”に変わる事で、裏社会の殆どの連中は手を出すことを躊躇うようになるだろう。これに勝る保身は早々あるまい。

「ボクは、マロードの奴に一泡吹かせてやるって決めたんだ。こんな所でやられるのはゴメンだからね。それにこの状況じゃ、猫の手も借りたいでしょ?」

 その通りだった。彼女のこの申し出は俺にとっても渡りに船。俺と蘭の二人だけで相手をするには、板垣一家という連中は少しばかり手強過ぎる。

 ねねの実力は未知数だが、間違いなく俺よりは頼れる戦力となるだろう。悲しいほど才能に恵まれなかったとは言え、俺も武道を嗜んだ人間だ。眼前の小柄な少女が只者でないことは一目で分かる。

 つまり、この場における織田信長と明智ねねの利害は、完全に一致していた。

「良かろう。その度胸に免じ、口車に乗ってやる。だが」

 殺気を乗せて正面から睨み据える。ねねは身体を震わせ、表情を強張らせたが、屈する事無くこちらを見返した。

「俺は貴様とは違い、無能な部下など要らん。俺に飼って欲しければ――相応の結果を披露して魅せるがいい」

 一言一言にかつてない強烈な重圧を込めて、俺は言葉を紡いだ。

 明智ねねが織田信長を利用するのではない。織田信長が、明智ねねを選別するのだ。俺が俺であるためには、其処の所だけは譲る訳にはいかない。

 恫喝めいた俺の言葉に顔色を青くしながらも、ねねは黙って頷いた。

「おーい、シン!そんなガキっぽいチビ女はほっといて、早くウチとやろうぜぇ」

 先程から退屈そうな顔で俺とねねの会話を聞いていた天だったが、遂に飽きたのか、ゴルフクラブを構えて声を上げる。

 それに対して俺が何かしらのリアクションを取るよりも先に、ねねが反応した。底意地の悪い笑みを浮かべながら、噛み付くように言葉を返す。

「ガキだのチビだの、随分と言ってくれるじゃないか。キミの事は知ってるよ、板垣一家の末の妹。板垣、えーっと、エンジェルちゃん!いやぁユニークなお名前だねぇ、くすくす」

 その瞬間、ブチ、と血管の切れる音がやけに鮮明に聞こえたような気がした。

 子供の頃、DQNネームが原因で散々からかわれてきた天にとって、自分の名前は最大級のコンプレックスだ。そこを揶揄されれば、いとも容易く理性を失ってしまう。

「てんめええぇええええっ!!殺ス、ぜってーブッ殺すッ!!」

 それ故に、挑発としてはこれ以上ない効果を発揮した、と言えよう。悪鬼の形相でゴルフクラブを振りかぶって突進してくる天を前に、ねねは悪戯が成功した子供のように笑う。

 そして、数瞬の溜めを経て地面を蹴り上げ、150cmに満たない体躯を大きく跳躍させた。人外じみた速度で振り抜かれたゴルフクラブの上を、その持ち主の身体ごと飛び越えるように宙を舞う。驚嘆に値する身軽さだった。

「なっ、どこ行きやがった!」

 天の目から見れば、一瞬で相手が視界から喪失したように映るだろう。

 ねねは標的を見失って戸惑っている天の背後に着地し、同時に着地の衝撃を利用して地面に手をつくと、そのまま半ば逆立ちのような体勢での後ろ蹴りを放った。

 見ているこちらの目が回りそうな程にアクロバティックな動作で繰り出された一撃。後頭部を捉えるかと思われた足先は、しかしギリギリのところで虚空を切る。

 天は咄嗟に振り返ると同時に、身体を捻って蹴りの軌道から逃れていた。相変わらずの恐るべき反応速度だ。空中で一回転して逆立ち状態から体勢を立て直しつつ、ねねが舌打ちを落とす。

「初見で避けるかなぁ、アレを。予想通りというか何というか、ぶっ飛んでるね。流石は板垣一家」

「てんめェ、やりやがったな、このォっ!!」

 怒号と共に飛んでくる鋭い反撃の一閃を、ねねは素早い側転で回避し、ゴルフクラブの射程圏外へと距離を取った。

「さてと」

 腰を落とし、だぶついたコートの袖で顔面を防御しながら、左右へとリズムを刻むようなステップを踏む。一度でも見たら忘れ様のない、特徴的な構えだ。

「ボクが無能かそうでないか。存分に見極めてくれるといいよ、“ご主人”」

 タン、タン、と軽快に円を描いて天の周囲を移動しながら、ねねが俺に向けて不敵に言い放った。

「……決めたぜ……コイツはウチがぶっ殺す!シンは譲る、ただしコイツだけはウチの獲物だかんな、邪魔すんじゃねーぞッ!」

 一方の天は、完全に頭に血が上っている様子だった。どう見てもキレてしまっている。興奮剤によるドーピングもなしでここまで熱くなっている天の姿は珍しい。

 それだけ名前をネタにされるのが気に障ったと言う事か。うん、気持ちは非常に良く分かる。もし俺が誰かに同じことをされでもしようものなら、相手の心臓を止められるレベルで殺気を放てる自信がある位だ。

 激怒に顔を赤く染めた天が猛牛の如く突撃すると、そのまま激しい応酬が始まった。

「ちょこまかちょこまかウゼェェェっての!大人しく頭カチ割られて死んじまえっ!!」

「はんっ、ボクの天才的な頭脳をキミみたいなバカがオシャカにしようだなんて、おこがましいと思わないかなっ」

 直撃すれば骨をも砕くゴルフクラブのスイングを紙一重で見切り、舞踏の様な派手な動きで避ける避ける避ける。ねねの戦闘スタイルは回避に特化したものらしく、戦闘が始まってから天の攻撃を一回たりとも“受け”ようとはしなかった。

 実際、恐らくその判断は正解だ。生半可な防御など容易く突き破って粉砕してくるのが人外連中の人外連中たる所以であり、怖いところである。

 少なくとも身体つきを見る限りにおいては、ねねにそれほどの耐久力があるようには思えない。となるとやはり、現在のように小柄な体躯を活かして回避に専念するのがベストなのだろう。

 しかし、ねねも逃げてばかりと言う訳ではなく、時折隙を見てはカウンターの蹴撃を放っていた。

 宙返りと同時に放つ踵落としや、側転後の勢いを利用した回し蹴り。相当に身体が柔らかいのか、常人ならば無茶としか思えない体勢から繰り出されているにも関わらず、彼女の蹴りは驚く程に速く鋭い。

 未だに手を攻撃に使っていない所を見ると、どうやら足技のみを徹底して鍛えてきたようだ。足技のキレという一点を見れば、俺が今まで出会った使い手の中でも最高レベルに位置しているだろう。

 初見殺しと呼ぶに相応しいトリッキーな立ち回りも合わさって、流石の天も苦戦を免れない様子だった。

「おや。雑魚共の相手をしてる内に、何やら勝手に盛り上がってるみたいだねェ」

「おお~。あのコ、天ちゃんと互角だ。すごいなぁ」

 いつの間にか亜巳と辰子が見物に加わっている。これで泣く子も黙る板垣一家、その四人が全員集合した事になる訳だ。戦闘中の天を差し引いても、残るは三人。俺と蘭の二人だけで相手取るには少々厳しいと言わざるを得ない。

 頭数だけで言えばさほどの差はないが、何せ板垣の家は――あの釈迦堂刑部ですら持て余すような、とんでもない化物を飼っているのだから。

「くっくっく、邪魔な雑魚どもの掃除も済んだ事だ……存分にヤろうぜ、シン」

 激戦を繰り広げる天とねねから視線を外し、竜兵はこちらに向き直った。

「あァもう自制が効かねえ。血が昂ぶって仕方がねえんだ、鎮めてくれ俺の猛りをッ!」

 野獣の如く咆哮を上げる竜兵。俺を見つめる眼はギラギラと貪欲に輝いている。色々な意味で怖いからこっちを見ないで欲しい。

 そんな俺の願いは、全く以って予想も付かぬ形で叶うことになった。

「ウォラァァアアアアアアアッ!!」

 突如として俺の後方から野太い叫び声が響き渡り、同時に二メートル四方ほどの板状の物体が飛来する。

 表面の一部分が無残にひしゃげたその鈍色の物体は、ほんの少し前まで廃工場の入口を守っていた鉄扉であった。何とも強烈なデジャヴを感じる光景だ。

「フンッ!」

 “飛来してきた”とは言え、今回は先程のような非常識な速度ではない。

 竜兵は余裕の表情で両手を振り上げ、自分に向かって飛んでくる鉄扉をタイミング良く叩き落した。アスファルトと金属が激しく衝突し、耳障りな音響が周囲に広がった。

「どうやらまだ生き残りがいたみたいだねェ。フフ、活きのいい豚は嫌いじゃないよ」

 亜巳が舐めるような眼差しを向ける先には、大量のピアスを耳からぶら下げた、派手な金髪の男が立っていた。名前は確か、前田啓次だったか。あの鉄扉の直撃を食らってまだ動ける辺り、相当にタフな男である。

「なんだ、貴様は?俺は今、血が煮え滾って気が狂いそうなんだ……邪魔してんじゃねえよ、ああ!?」

「オレはなァ」

 悪鬼そのものの形相で睨み付ける竜兵に怯んだ様子もなく、啓次は静かに呟いた。

「そりゃな、確かに言ったぜ。自分から格上相手にケンカ売るのは止めにするっつったけどよォ。それでもなァ!」

 呟きが徐々にボリュームアップしていき、やがて天を衝くような怒鳴り声になっていく。

 巻き添えで鉄扉の下敷きにされたのがよほどお気に召さなかったらしい。啓次は完全にブチ切れている様子だった。まったく、蘭といいねねといい天といい、どいつもこいつも沸点が低い。キレる若者が問題視されるのも頷ける。

「吹っ掛けられたケンカを買わずにいられるほど、オレァ腑抜けちゃいねェんだよッ!!」

 どうもこの男の怒りの矛先は板垣一家へと向けられているようだ。ズカズカと床を踏み鳴らしながら俺の傍を通り過ぎて、啓次は竜兵に真正面からガンを付けた。

 大柄で筋肉質な両者が睨み合って対峙する光景には、それだけで一種の迫力がある。

 俺の見立てでは扉を吹っ飛ばしたのはまず間違いなく辰子なので、竜兵に食って掛かるのは筋違いもいい所なのだが、まあここは黙って様子を見守るとしよう。

「板垣だったか?てめェは冗談抜きで強ェんだろうな、一目見りゃ分かっちまうぜ」

「フン、見る目はあるらしいな」

 啓次の賞賛の言葉に、竜兵は当然と言わんばかりに鷹揚な調子で答える。

「だがな、逆に言やァ“一目見りゃ分かっちまう程度の強さ”だってコトだ。てめえからは、信長みてーなあの底知れないヤバさは感じねェ。あそこで戦ってる二人みてェに、一線を踏み越えた感じもしねェ。だからよォ」

 猛々しく不敵な笑みを浮かべながら、啓次は堂々と言い放つ。

「てめェから売られたケンカを買っても、それほど無茶をやってる気はしねェなァ!」

 ブチ、とまたしても血管が切れる音が聞こえた気がした。やれやれだ。ここに集まった連中は本当に、どいつもこいつも地雷を踏むのが無駄に上手い。ついでに本人も喧嘩っ早いと来たから困ったものである。

「……おい。タツ姉ぇ、アミ姉ぇ、気が変わった。シンとヤり合う前に、身の程を知らんカスを教育しておかないと気が済みそうもねえ……」

 もはやどう形容していいか困るような表情で、竜兵は力尽くで感情を押し殺したような声を上げる。

 どうやら、俺と蘭は当面の標的から外れたらしい。竜兵特有の獣じみた殺気は、既に眼前の不敵極まりない男へと向けられていた。これは何とも好都合だ。

「まったく、アンタらはすぐに頭に血が上っちまうから困るよ。結局、シンの相手がアタシと辰しか残ってないじゃないか、この単細胞どもが」

 そんな竜兵の姿に、亜巳が呆れ顔で文句を漏らした。

 長女として一家を取り仕切っている亜巳は、基本的にいかなる時でも冷静さを失うことはない。瞬間湯沸し器を擬人化したような性格の竜兵や天と同じ血が流れているのか、常々疑問に思うところである。

 それを言うなら超が付くほどのんびり屋である次女、辰子も浮いているのだが、まあ奴は奴でアレなので何とも言い辛い。

「えぇとぉ。私がシンとやるんだ?う~ん……痛いのはイヤなんだけどなぁ」

「最初からそういう予定だったじゃないのさ、今更何言ってるんだい。ほら、いい加減にシャキっとしな!」

 一喝と共に、亜巳の得物――漆黒に塗られた棒が辰子の後頭部に振り下ろされる。瞬間、まるで金属同士が衝突したような甲高い音が響いた。

「うぅ~、痛い……」

 そんな強烈過ぎる目覚ましに辰子は少し涙目になっていたが、それだけである。一般人が同じことをされれば間違いなく頭蓋にヒビが入っている事だろう。

「ふん。二人も戦力を欠いて、それでも俺から勝ちを得られるとでも思っているのか?」

「そうだねェ……アンタの怖さは言うまでもないとして。真剣持ちの従者が一緒となると、アタシ達だけじゃあ危ないかもしれないね」

「そう思うなら、素直に退いて頂けると嬉しいのですが。私は、主の御友人を斬りたくはありませんから」

 淡々と警告の言葉を紡ぐ蘭の表情は一見すると冷静なものだが、主君としての俺はどうにも危険な予兆を感じ取っていた。

 ―――時間切れ、か?

 こういう状況において、人格的に欠陥だらけの我が従者が人並みの冷静さを保てるハズがないのだ。

 散々人を斬って返り血を浴びた上、絶え間の無い敵意と悪意が“主”を襲い続けているこの現状、いつストレスが限界を突破してもまるで不思議はない。

 暴走はするな、と事前に俺自ら命令しておいたお陰で、危ういながらもここまで理性を保ってはいるが……堤防が決壊するならばそろそろだろう。

「残念ながら、アタシ達にも事情があってねェ。ソイツは無理な注文だよ」

「退いてくれないんですね。そうですか。そうですか。退いてくれないんですね。そうですか」

 亜巳の返答を受けた途端、完全に蘭の表情と目から光が消え失せる。

 その姿に、やはり俺は悪い予感に限って良く当たる、と改めて思い知らされる羽目になった。


「一体どういう訳だか知りませんし知りたくもないんですけど、ここに居る人はみんなみんなみんな私の主を傷付けようとするものですからもう苛々して苛々して苛々して、ああもういっそのこと皆死んでしまえばいいのに、なんて思ってしまうんですよ。皆さんひどいですよ、どうしてよってたかって主の邪魔をするんでしょうか。でも考えてみればみんなバラバラに斬り刻んでしまえば主の“敵”じゃなくなりますよね、そうしたらもう誰も斬らずに済みますし主が不快な思いをなさる事だってないんですから、ああだったら簡単ですねそうするのが一番ですよ。いいですか、警告はしましたからね、私がちゃんと退いて下さいって言ったのに退かないのが悪いんですよ、そうです悪いのは貴方達なんですだから私の刃に斬られて血飛沫と臓物を撒き散らしながら死んでください」


 抑揚の欠けた調子でブツブツと呟きながら、蘭は一息に太刀を鞘より抜き放った。

 
 全身から立ち昇る黒々とした“気”が銀の刀身に纏わりつき、五尺に及ぶ漆黒の大太刀へとその姿を変貌させる。

 
 その気になれば人間を容易に真っ二つに両断出来る狂気的な凶器を構え、禍々しい殺気を放つ蘭。そんな物騒な存在を見過ごせる筈もなく、亜巳と辰子の両名が素早く臨戦態勢を取った。


「相変わらずのイカレた“気”だねェ。忠臣――なんて生温いもんじゃないか」

「んん~……早くウチに帰って寝たいなぁ。シン~、手加減してくれない?」

 
 何とも覇気に欠ける辰子の言葉と共に、いよいよ戦いの火蓋が切って落とされる。

 
 明智ねねと前田啓次が板垣天使と板垣竜兵の二人を引き受け、俺と蘭の主従の相手として残ったのは、板垣亜巳と板垣辰子。一家の中でも図抜けた実力を有する二人を同時に敵に回す羽目になるとは、何ともやり切れない話であった。

 
 狂化した蘭という人外の戦力を有して尚、それが大したアドバンテージにもならない戦い。この笑えないデスマッチを仕組んだのが例の“マロード”だと言うなら、俺は必ずそいつを引き摺り出して然るべき制裁を与えてやる。

 
 その為にはまず、この人外一家の魔手を撥ね退けてやらねばならないが。さて、どうしたものやら。


 まあ、最初に打つ手は決まっている。余裕なんぞ欠片もなく、気を抜けば崩れそうな膝を無理矢理に支えてやっとの事で立っている、そんな弱っちい自分自身を誰も彼もに誤魔化して、余裕綽々に言ってやるのだ。




「ふん。板垣風情が俺に挑もうとは笑止千万―――昔日が力関係を今再び、思い出すがいい」


















ようやく更新できました。感想欄での前田君への言及率の高さに変な笑いが込み上げた作者です。今後も彼の地道な活躍にご期待ください。それでは、次回の更新で。


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