== NARUTO ~うちはサスケと八百屋のヤオ子~ ==
小隊・鷹との戦闘後……。
ヤオ子がタスケの待つ小島に戻って来る。
全身、海水でずぶ濡れで俯いている。
タスケは、そっとヤオ子の足元に近づき、声を掛ける。
「どうだった?」
ヤオ子は強く噛み締めると泣き始めた。
第94話 ヤオ子とサスケ・再び交わる縁②
ヤオ子が搾り出すように声を漏らす。
「変わり…果ててた……」
目からは止め処なく、涙が流れ続ける。
「少しは覚悟をしてたけど……。
実際に冷たい声で話されると……心が痛い。
木ノ葉に居たみたいに憎まれ口で話してくれるかもしれない……そう思っていました」
タスケがヤオ子の肩まで駆け上がる。
「そんなに変わっていたのか?」
ヤオ子が黙って頷くと、タスケは何を言っていいか考える。
そして、サスケと対峙する前の違和感をヤオ子に投げ掛ける。
「ヤオ子……。
お前は、あの会い方で良かったのか?」
「……え?」
「お前らしくなかったぞ。
落ち着き払って、冷静過ぎて」
「…………」
ヤオ子は視線を落とす。
「サスケさんは……あたしを殺す気でした。
四人の中で、一番殺気が強かったんです。
・
・
だから、あたしもスイッチが入りました」
「それで、戦闘になったのか?」
ヤオ子は黙って頷く。
「本当は、しっかりお話ししたかった……。
だから、武器を取り上げて、女の人を気絶させて時間を無理に作ったんです……。
・
・
でも、時間が足りなかった……。
それに……。
あの影にあたしの気持ちも立て直せなかったし、まともに話せなかった……。
だから、次に繋げる嘘をつくだけで精一杯でした……」
無言で俯いて、ヤオ子は泣き続ける。
暫く時間を空けて、タスケがヤオ子の頬に肉球を当てる。
「第二ラウンドがあるんだろ?
約束を取り付けたんだろ?」
ヤオ子は黙って頷く。
「時間は?」
「……二時間後、ここで」
「なら、上出来だ」
ヤオ子がタスケに顔を向ける。
「まず、服を替える。
次に気持ちを立て直す。
そして、作戦会議だ」
「作戦……?」
「このままサスケを放っとく気はないんだろ?」
「……はい」
「さっきの会話では、お前らしさが出せなかったんだろ?」
「……はい」
「このまま終われないよな?」
「……うん」
ヤオ子は涙を拭う。
「言いたいことも、言ってやりたいことも言えてない……」
「そうだ。
何より、お前らしさを見せてない。
これからだ。
がんばれ」
ヤオ子は微笑む。
「タスケさん……ありがとう。
次は、こんな無様な姿は見せません」
「ああ」
ヤオ子は、小島の奥に進む。
そして、自分の持ち物から新しい服を取り出し着替えると、火を熾して体を温める。
「今度は、あたしらしく……。
殺気を感じても、あたしらしく……」
ヤオ子は目を閉じながら、念入りに頭の中で自分の考えと自分の気持ちを思い返すことに集中する。
そして、タスケは、そっとヤオ子に体を寄り添って、何も言わずに見守っている。
ヤオ子の問題に口を出すのはヤボだと思う気持ちと、応援してやりたいと思う気持ちの取った行動だった。
…
二時間が経過する……。
サスケは、約束通りに一人で小島を訪れた。
そして、砂浜で待つヤオ子に冷たい声で話し掛ける。
「約束通りに来てやった……。
さっさと話せ」
ヤオ子は、島の奥の森を指差す。
「あっちで」
ヤオ子が森へと歩き出すと、サスケも無言で着いて行く。
足元が砂から土に変わり出すと、木々が重なり日を遮り出す。
森の奥に大分来た。
そこでヤオ子は、ゆっくりと振り返る。
「サスケさん。
お久しぶりです」
そこには、いつもの緩んだ笑顔があった。
サスケは、その笑顔に何かを感じると顔が険しくなる。
そして、ヤオ子は自分らしさを押し出すために考え抜いた言葉を発する。
自分らしさを前面に押し出した言葉……。
「何も変わってなくて安心しました」
それは、明らかな嘘だった。
何故、嘘=自分らしさなのか?
ヤオ子は、必死に考えた。
そして、サスケとの思い出を必死に思い出した。
その結果……自分は『デフォルトで嘘をついていた』に到達した。
だったら、嘘から入るのも自分らしいと割り切った。
一方のサスケは虚を突かれて、固まっていた。
そして、我に返ると反論をヤオ子に返す。
「嘘をつくな!」
「嘘じゃないですよ。
だって、サスケさんって、いつもこれぐらいに短気でしたよ」
サスケは、またも予想外の言葉に固まる。
しかし、予想外というわけでもない。
ヤオ子がヤオ子らしさを貫けばこうなるし、前はサスケも順応できていた。
サスケは首を振る。
こんな話は、ここ何年かしていない。
「真面目に話せ!
オレは、イタチの計画を聞きに来たんだ!
余計なことはいらない!
さっさと話せ!」
「ヤダ」
「…………」
サスケが三度固まる。
深く俯き、額に手を置く。
(何かがおかしい……)
当然だ。
サスケは、ここ何年か極めてまともな会話が出来る人間としか話をしていないのだから。
ヤオ子も会話をしながら、自分らしいと納得する。
だから、次の言葉も簡単に出て来た。
「サスケさん。
自分の立場が分かっていますか?
あたしは、サスケさんの知りたい情報を持っているんですよ?」
「何が言いたい……」
「人にものを頼む態度ってものがあるでしょ?」
「つまり……」
「頭を下げろです」
サスケの額に青筋が浮かぶ。
こんな無礼な会話も久しぶりだ。
サスケは、拳を握る。
「ヤオ子……。
暫く見ないうちに、随分と態度がでかくなったな……」
「当たり前です。
木ノ葉に居た時は、サスケさんに手も足も出なかったんです。
サスケさんの弱みを握っている今だけしか、あたしに有利な条件はありません」
(段々、思い出して来た……。
コイツは、まともな会話が成立しない奴だった……。
・
・
コイツを制御するには……)
サスケが自分の拳を見る。
そう、ヤオ子を制御するには宝具のグーを炸裂させるしかないのだ。
しかし、葛藤が生まれる。
(ここで突っ込みを入れるのは負けだ……)
サスケは大蛇丸のところで克服した突っ込み癖を思い出す。
そして、歯を噛み締めたあと、息を大きく吐き出し冷静になる。
(どうせ、今だけだ……。
嘘でも何でもいい……。
オレは、コイツからイタチの情報を聞き出せればいいんだ……)
サスケが少しだけ頭を下げる。
「頼む……」
ヤオ子はニヤリと笑う。
「ヤダ」
「な…に……」
サスケが顔を上げると、ヤオ子は地面を指差している。
「土下座です」
サスケの中で何かがキレた。
そして、伝家の宝刀が抜かれる。
サスケのグーが、ヤオ子に炸裂した。
「ふざけるな!
このウスラトンカチ!」
サスケの中に何かが蘇り、ヤオ子の頭に懐かしい衝撃が伝わった瞬間だった。
…
サスケは自分の手を見ている。
完全に捨て去った感覚が残っている。
「どうして……」
呆然とするサスケを見て、ヤオ子は嬉しかった。
心の中では泣いて喜びたい自分が居るのが分かる。
でも、我慢する。
ようやく切っ掛けを掴み掛けた。
気持ちを強く持つ。
「懐かしい感覚ですね」
「思い出したくなかった……」
「やっぱり、変わってなかったでしょ?」
「…………」
少し間を空けると、サスケに再び冷静さが戻る。
自分がここに何をしに来たのかを思い出す。
「ヤオ子。
何度も言わない……。
イタチの計画を話せ!」
「無理!」
ヤオ子が胸の前で×を作ると、サスケは腰の草薙の剣に手を掛けた。
「だって、あたしの知っているイタチさんの計画は、半分未完成なんだもん。
完成させるにはサスケさんから情報を貰わないと、完成しないんだもん」
「……は?」
また、呆気に取られる。
もう、完全にヤオ子のペースだった。
「どういうことだ?」
ヤオ子は顎の下に指を立てる。
「そうですね~。
あまりもったいぶっても仕方ないし……。
・
・
少しだけ情報をあげます。
あたしの持っている情報は、
『イタチさんの未来計画』と『イタチさん本人と会って話した会話』です」
「そのまま、全部話せ」
「だから、無理。
サスケさんの補足がないと話せない」
サスケが溜息を吐く。
何か全てが面倒臭い。
こういう時は、どうしていたかが無理やり思い出される。
(オレが折れるしかなかったな……)
サスケが仕方なしに話し掛ける。
「分かった。
何でも話してやる。
何が聞きたいんだ?」
「まず、うちは一族のこと。
次にサスケさんの覚えている限りのイタチさんの思い出。
うちは一族のことと合わせて話してくれてもOKです。
その次に、うちは一族が滅ぶ原因になった事件。
その次に……マダラさんから聞いた話」
「マダラ……。
お前、気付いているのか?」
「気付いていませんよ。
マダラさんの名前は、木ノ葉に居た時に出て来ただけです。
ただ、単純なサスケさんをここまで歪めるんだから、
黒幕が居るって考えるのが当たり前でしょ?」
サスケのグーが、ヤオ子に炸裂した。
「何で、オレが単純なんだ!」
「じゃあ、純粋」
「『じゃあ』って、何だ!?」
ヤオ子がサスケを指差す。
「うっさいですね!
いいでしょ!
そんなの!」
「人を単純扱いして『そんなの』かよ……」
「早く話してよ!
こっちだって、色々と情報収集して、
納得いかないところがあって、イライラしてんだから!
早くスッキリキッチリしたいの!」
サスケが額に手を置く。
何で、こんなことになったかと……。
そして、弥が上にも昔の自分を思い出されるヤオ子にイライラも募る。
だから、さっさと終わらせようと結論付ける。
(いっそ殺すか……)
しかし、ヤオ子の情報に価値があるとは思えないが、万が一もある。
聞かずに殺すわけにもいかない。
それに……。
(丁度いいかもしれない……。
憎しみを振り返るには……。
・
・
オレ以外の誰かの狂う反応も見てみたかった……。
そして、オレの復讐の理由の正当性が証明される……)
サスケは、今までを振り返ることで、自分の復讐を認めようとしていた。
そして、その聞き役と意見を述べる役にヤオ子が選ばれたのだった。
…
サスケが倒木に腰を下ろすと、ヤオ子は、その隣にピッタリと腰を下ろした。
「近い……」
「仕方ないでしょ。
真ん前に居ると写輪眼で幻術掛けられるかもしれないんだから」
(その手があったか……)
サスケは舌打ちする。
「危ないですね……。
この人、油断も隙もないですよ……」
そして、仕方なくサスケの口から過去が語られ始めた。
…
サスケの声は落ち着いていた。
再会した時のような冷たさがない。
ヤオ子も少し安心した気持ちで、耳を傾ける。
「オレには家族が居た……。
父さん……。
母さん……。
兄さん……。
うちは一族の敷地内で幸せに暮らしていた……」
(サスケさんの家族……。
うちと同じ、四人家族だったんだ……)
「父さんは厳しい人で、オレは父さんに認められたかった」
サスケは『さすが、オレの息子だ』この一言を言って欲しくて努力したことを思い出す。
「母さんは優しい人で、いつもオレを見守ってくれていた」
サスケは、兄ばかり褒めていた父親に拗ねていた自分を励ましてくれた優しい声を思い出す。
「そして、兄さん……。
オレの憧れで強くて優しかった……。
兄さんのことはよく覚えている……。
・
・
いや、最近になって思い出していると言った方がいいかもしれない……。
馬鹿なオレが無理して、怪我して背負ってくれたこと……。
その兄さんの背中の温かさ……。
そして、忙しい兄さんに我が侭を言っては、
『許せサスケ』ってデコを突かれていたこと……」
思い出の中の兄は優しい。
その兄の背中が大きく感じていた頃の記憶が蘇る。
いつも、サスケの我が侭に苦笑いを浮かべていた。
それは面倒臭いからの笑顔ではない。
かまってあげられない申し訳なさだったように感じる。
そして、尊敬できる立派な優秀な忍だった。
「兄さんは、忍としても天才的だった……。
子供のオレが見ても、大人の忍者より優秀だったし……。
手裏剣術は、父さんよりも上手かったな……。
・
・
兄さんの経歴も、七歳でアカデミーを首席で卒業して、
八歳で写輪眼を開眼させたことが天才だったことを証明している」
ヤオ子の眉が歪む。
(おかしい……。
七歳で……アカデミー卒業?
八歳で……写輪眼を開眼?)
サスケの話が続く。
「十歳で中忍となり、
暗部入りして十三歳の時には暗部の部隊長を務めていた」
ヤオ子が、手で待ったを掛ける。
「……その経歴って、本当ですか?」
「ああ……」
ヤオ子は額に手を置く。
(あたしも大概にしてデタラメな人間(性格的に)だと思っていたけど……。
サスケさんのお兄さんは、上を行きます。
デタラメです。
道理で、サスケさんが他の人よりあたしに耐性があったわけです)
サスケは、ヤオ子を無視して話を続ける。
「オレは……兄さんのようになりたかった。
忍としての強さだけじゃない。
正しいと思ったことをしっかり言える心も強かったから」
サスケは自分のアカデミー入学の際に父親がイタチを優先しようとした時、きっぱりと自分のことを切ったことを思い出す。
父親が来るはずの入学式に自分が出ると言った言葉。
そして、その言葉で父親を正した強さ。
そのことを知っていながら、起きてしまった事象に疑いも持てないでいた自分に罪を感じる。
思い返せば納得できないことがある……。
何で、真実を知ろうと走らなかった……。
サスケは少し言葉を止める。
自分以外に話すことで、より考えることになったからだ。
相手に伝える時、言葉を選ぶ……。
そのために伝えたいことを考える……。
一人で、延々と考えていた時とは違う……。
それは伝える相手が自分よりも明らかに格下のヤオ子であっても、必ず発生する作業だった。
そう……サスケは、言葉にして話すことで考えている。
「……でも、兄さんは果てしない壁であり続けて、どんなに努力をしても差が縮まらなかった。
・
・
正直、嫉妬もした……。
だけど、兄さんが自慢だった。
兄さんの弟でいられるのが誇らしかった。
そして──」
サスケは、何かを思い出す。
また話が止まる。
今度の沈黙は長い。
ヤオ子が首を傾げる。
「オレは……。
大人になったら、兄さんと木ノ葉の刑務部隊に入りたかったんだ……」
「刑務部隊?」
ヤオ子は、更に首を傾げる。
うちはの家紋の入る刑務部隊の本部は、今は、もうないからだ。
「サスケさん。
刑務部隊って、何ですか?」
サスケの口からは、足を怪我して兄に背負われて聞かされた言葉が漏れる。
「うちは一族の先代達が組織した部隊だ……。
木ノ葉の治安をずっと与り、守って来た……。
うちはの家紋は、その誇り高き一族の証だった……」
サスケが俯く。
忘れていた将来……。
兄と一緒にと夢見た未来……。
ヤオ子には、何故、サスケが苦しそうに胸の襟を握り締めているのか分からない。
「あの……サスケさん?」
サスケは、続きを搾り出すように続ける。
「今、思えば、その頃からだったのかもしれない……。
兄さんの苦しみが始まったのは……」
サスケが、ヤオ子に目を少し移す。
(懐かしがってる場合じゃない……。
コイツに話を聞かせて、オレの復讐の正しさを推し量るんだ……)
サスケの口調が変わる。
温かさが少しなくなる。
「ここからは、うちはマダラから聞いた話も入る……」
ヤオ子は黙って頷く。
そして、ここからは辛い話と予感する。
少しだけ気持ちを引き締め、ヤオ子は続きを促す。
「続けてください。
ただ、そのマダラさんって人から聞いたところは主張してください」
「ああ……」
サスケが話の続きを再開する。
「その頃、オレはアカデミーに入り、兄さんは暗部入りした。
マダラの話では、兄さんはこの時、里の二重スパイになっていた」
「二重スパイ?」
「ああ……。
うちは一族は、クーデターを考えていたらしい」
「……え?」
「兄さんは、うちは一族からは木ノ葉の暗部のスパイとしてのパイプ役だった。
しかし、その真実は木ノ葉の暗部のスパイだった」
ヤオ子は混乱する。
「な、何で?」
「うちは一族は、里を乗っ取ろうとしていたらしい……」
「ま、また分かんない!?
どうして、里を乗っ取るの!?」
サスケは目を瞑り、自分なりに話を纏めると語り出す。
「話すと長くなるから、話は掻い摘む。
オレもマダラから聞いた受け売りだから詳しくない……。
・
・
遡ると木ノ葉の創立まで行く。
初代火影の柱間とマダラが手を組んで出来たのが木ノ葉なのは知っているな?」
「歴史の本で読んだ程度なら」
「十分だ……。
そして、歴史の本のように都合のいい話ばかりじゃない……。
・
・
うちは一族は、柱間が火影になることで里の隅に追い遣られた。
それが要因で里の利権を取り戻そうとしたのがクーデターの原因だ」
「……大雑把ですけど、
何となく分かりました」
「ただ……」
「?」
「クーデターの話は、幼いオレには知らされていなかった」
「そうなんですか?」
「ああ……。
・
・
だが、兆しはあった。
兄さんと一族の人間が揉めているのを見ている。
そして、兄さんはこうも言っていた。
『オレの『器』は、この下らぬ一族に絶望している』……と」
「下らない……」
ヤオ子は少し思っていたイタチのイメージが違っているように思えた。
でも、何となくだが分かるような部分もある。
『下らぬ一族』……その言葉がクーデターを嫌悪していたように感じた。
「そして、あの事件……一族皆殺しの夜に続く。
兄さんは、里の上役であるダンゾウ、三代目火影、ホムラとコハルに任務を言い渡された。
『うちは一族の皆殺しだ……』」
ヤオ子は、何も言えない。
呆然とする。
真実は、幼いヤオ子に大き過ぎた。
ホムラとコハル……この二人の名前が出たことで、心が傾きそうになる。
今、ヤオ子が忍としてここにいるのは、この二人の誘いがあったからでもある。
そして、この二人が関係して『うちは一族皆殺し』が行なわれたと思うと、自分も悪人に利用されて忍になったように感じる。
でも、あの誘いのあった日……。
この二人は、確かに木ノ葉のことを思っていた。
ヤオ子の中で、人の黒い部分と白い部分が葛藤する。
しかし、強く口を結ぶ。
全てを受け入れて考えるのを意識する。
綺麗ごとだけで、サスケの真実は見えない。
ここで考えを止めてはいけない。
自分の考えに情報を加えて、サスケに伝えるために相反するものを頭の中に叩き込んで考え続ける。
「続きをお願いします……」
サスケは、この話を聞いて辛い顔を覗かせながらも、続きを促すヤオ子に複雑な気持ちが芽生えた。
(オレは、マダラと同じことをしている……。
真実を聞けば壊れるぐらい辛いのは分かっている……。
オレが、そうだったんだから……。
・
・
それをヤオ子にしている……)
複雑な気持ちの正体は罪悪感なのか?
サスケは首を振る。
(違う!
あの話を聞けば!
真実を知れば!
誰だって復讐に走る!
・
・
オレは復讐者だ!
そして、コイツは、今のオレを推し量る器なんだ!)
辛い気持ちを噛み殺しているヤオ子から、サスケは視線を外す。
そして、話を続ける。
「……マダラの話だ。
兄さんは戦争を知っていた。
だから、里の安定と平和を第一に考えて、うちはを裏切った。
利己的なうちはの思想で内戦を起こせば、第四次忍界大戦の引き金になりかねないからだ。
・
・
兄さんは苦しんでいたんだ……。
一族を殺すかどうか……。
そして、決断した……。
自ら一族の幕を閉じることを……。
・
・
……それなのに木ノ葉の上役は、その兄さんをそのまま追い出した!
一族を殺させて、兄さんを使い捨てた!」
ヤオ子は、サスケの怒る理由が分かる。
恨みが晴れない理由が分かる。
そして、言葉の猛りから、悲しみが伝わってくる。
しかし、心が痛い中でも考えを無理に止めないでいるから疑問が浮かぶ。
聞けば、サスケは傷つくかもしれないようなこと……。
でも、聞いて真実を受け入れて自分の考えを伝えると覚悟した。
だから、ヤオ子は疑問を投げ掛ける。
「……でも。
……どうして、サスケさんは助かったんですか?」
サスケは唇を噛み締める。
「兄さんは…オレだけは殺せなかった……」
イタチの気持ちを考えると、ヤオ子は胸が痛くなった。
他人の自分でさえ、胸が痛い。
当の本人は、どれだけ辛かったのか……。
「その後、兄さんはオレを残して里を出た……。
里を出た後は、暁に入って里に危害が及ばないようにスパイになった……。
そして、一族殺しの罪を背負ってオレに恨まれて生きた……」
「イタチさん……。
どうして、そんな辛い生き方を……」
「ワザと仇になった……。
うちはは、木ノ葉では滅ぼされなければいけない一族……。
だから、殺せなかったオレを自分を越えるぐらい強くするために、オレの恨みを一心に向けさせた……。
オレのために……。
オレに自分の身を守れる力を与えるために……」
「…………」
ヤオ子は、ゆっくりと視線を落として俯いた。
そして、事の顛末が頭を過ぎる。
──この後、サスケは兄のイタチを殺してしまう。
サスケが真実を知って苦しんでいたのが分かる。
サスケの最初の会話からおかしいと思っていた。
サスケは、イタチを『兄さん』と呼んでいた。
復讐する対象から、尊敬する兄に戻っていたのだ。
サスケが続ける。
「オレは、その兄さんを手に掛けてしまった……。
何も知らないで……」
「……何で、イタチさんは誤解を解かなかったんですか?
お話ししなかったんですか?」
「兄さんは話さなかった……。
最後の戦いで、オレを追い込んで大蛇丸の呪印を引き剥がすために……。
オレに最も親しい人間を殺させて万華鏡写輪眼の力を与えるために……。
病でボロボロの体を薬で無理やり延命して、オレに殺されるために生きていた……。
・
・
マダラは、こう言っていた……。
『オレに殺されて一族の仇を討った、木ノ葉の英雄に仕立て上げるためだ』って……。
・
・
それなのに最後は笑ってた……。
『許せサスケ……。
これが最後だ……』って……。
・
・
これが真実だ……」
「…………」
ヤオ子は呆然とし、サスケは俯いている。
殺されるために生きる……。
殺されるために延命する……。
愛する者のために死ぬ……。
愛する者のために愛する者に何年も恨まれる……。
辛い条件だけあげればキリがない。
それでも、イタチは最後に笑っていた。
「何で……」
ヤオ子には分からない。
分からないけど、そのまま投げ出してはいけない気がする。
サスケの話に逃げ出しそうになった自分を叱咤するために、歯を喰いしばると自分の拳を額に打ちつけた。
サスケが、その行動でヤオ子の方を見る。
ヤオ子の顔は、今まで見たことがないぐらいに真剣だった。
「……時間をください。
今、サスケさんに話すことを纏めます」
ヤオ子は目を閉じると、必死に考えを巡らす。
自分の嘘かもしれないイタチの話を聞くために、サスケは辛い話をした。
ここで考えを止めたら最低だと心で叫ぶ。
ヤオ子は必死に考え続ける。
自分の基になった考えにイタチの人間像を当て嵌めて考えを形成していく。
そして、暫しの後にゆっくりと目を開けた。
…
サスケは、ヤオ子の答えを静かに待っていた。
そして、考えの纏まったヤオ子は、サスケに視線を向けた。
「サスケさん。
あたしの知っている情報と考えを伝えます。
でも、その前に一つだけいいですか?」
「ああ……」
「まだサスケさんが行動を止めないのは、どうしてですか?」
「言わなくても分かるだろう……」
「イタチさんを苦しめた上役に復讐するんですか?」
サスケは首を振る。
「全ての原因になった木ノ葉を潰す……」
「……そうですか」
ヤオ子は、そのまま話を続ける。
「サスケさん。
あたしの言っていた『イタチさんの計画』というのは、
イタチさんという人を第三者の立場から見た推測です。
そして、この推測は、イタチさんと会った時に話した記憶が後押ししたものです」
「ああ……」
「まず、マダラさんの言ったことは何処までが本当か分かりませんが、半分以上が真実として受け止めます。
そして、その上で思ったことがあります。
・
・
サスケさん。
多分、洗脳されています」
「いい加減なことを言うな!」
サスケがヤオ子の胸ぐらを掴む。
目に怒りを灯すサスケと裏腹に、ヤオ子の目は冷静だ。
「じゃあ、サスケさん。
少し当てましょうか?
・
・
この真実の話を聞いた時は、イタチさんを殺した後でしょう」
図星をつかれて、サスケの手が緩む。
「何で、上役だけでなく木ノ葉全体が憎いんですか?
仇を討つなら、上役で十分でしょう」
「ダメだ!
木ノ葉を潰して、一族の恨みを晴らすんだ!」
ヤオ子がサスケの手を払う。
ここは引けないと言葉に力を込める。
「じゃあ!
うちはマダラに協力するんですか!」
「アイツも殺す!
アイツも一族を殺した!」
「何で、木ノ葉を潰して一族の恨みが晴れるんですか!」
「木ノ葉が、うちはを隅に追い遣らなければクーデターは起きなかった!
父も母もイタチも一族も死ななかった!」
「違います!
違いますよ!」
「何が違うんだ!」
「イタチさんは、そうしたかったんじゃない……」
ヤオ子は、今にも泣き出しそうな顔でサスケを見ている。
「イタチさんは……」
「お前に何が分かるんだ!」
「サスケさんだって……。
サスケさんだって、イタチさんの何が分かるんですか……。
サスケさんだって、イタチさんじゃないのに……」
「…………」
サスケはヤオ子から離れると座り直す。
「お前の考えを言ってみろ……。
納得できなければ、この場で殺す……」
「……はい」
ヤオ子も座り直す。
そして、心を少し立て直して冷静になろうと勤めた後で、ゆっくりと話し始める。
「……あたしは、まず、イタチさんのことを少しでも知らないといけないと思いました。
何も知らずに語れないし、推測するにしてもいい加減なものになるから。
・
・
だから、サスケさんの話を聞いてイタチさんという人が、どういう人かを考えました。
そうするとイタチさんの中に大きなものが三つ見えて来るんです。
『サスケさん』『うちは一族』そして──」
「木ノ葉か……」
ヤオ子は首を振る。
「違います。
『戦争』です。
イタチさんに取って、木ノ葉というのは利用する材料の一つでしかないと思います」
「…………」
サスケは、口を噤む。
最初からヤオ子の会話の予想が外れた。
ヤオ子は根本から別の予想を立てたと判断した。
「『サスケさん』『うちは一族』『戦争』……。
この中で底辺になっているのが『戦争』なんです。
・
・
サスケさん。
イタチさんとあたし達で違うものって、何だと思いますか?」
「『戦争』……かつての忍界大戦か」
「はい。
あたし達の世代は『戦争』を知らないんです。
でも、イタチさんは『戦争』を知っている世代なんです。
更に言えば、あたし達は木ノ葉で起きた九尾の災害すら知らないんです。
・
・
だから、イタチさんは『戦争』に対して、トラウマに近い嫌悪感を持っていたと思うんです」
(確か……。
マダラも、そんなようなことを言っていたな……)
サスケはヤオ子の話があながち的外れではないと、耳を傾ける。
「これを踏まえて『うちは一族』についてです。
サスケさんのお話で印象に残ったものがあります。
『木ノ葉の治安をずっと与り守って来た刑務部隊……。
うちはの家紋は、その誇り高き一族の証だった……』
『オレの『器』は、この下らぬ一族に絶望している』
・
・
サスケさん。
イタチさんの言っている『器』って、何だと思いますか?」
「力だ……。
兄さんの力は、うちはの力を超えていた。
オレにも、『己の力を量る器だ』と言っていた」
「それ、イタチさんの嘘だと思います」
「……何故だ?」
「イタチさんの言っている『器』って力じゃないと思います。
心の器量のことだと思うんです。
『戦争』に嫌悪感を持っている人が、力を量りたがるって変でしょ?
・
・
きっと……。
木ノ葉の治安をずっと与り守って来た誇り高きうちは一族が、
隅に追い遣られただけで、利権のためにクーデターを起こそうとした心の器量の狭さに絶望していたんです」
サスケはヤオ子の説明の一部に納得する。
しかし、分からないことがある。
「じゃあ、兄さんは、
何で、オレに『己の力を量る器だ』と言ったんだ?」
「多分、イタチさんのうっかりです」
「……は? うっかり?」
「すいません。
そうじゃなくて……。
・
・
うちは一族の皆さんに漏らしてしまった言葉の方です。
・
・
『オレの『器』は、この下らぬ一族に絶望している』
・
・
この言葉は、イタチさんの本音が思わず漏れたものと思います。
そして、この言葉はサスケさんに聞かれちゃいけなかったんです。
だって、自分を憎ませないといけないから。
心の器量の方だって気付かれたら、演技がバレてしまいます。
・
・
でも、イタチさんは頭がいいでしょ?
だから、サスケさんに『己の力を量る器だ』と言って、
器を『心』じゃなくて『力』だって勘違いさせて憎しみを向けさせたんです。
実際、サスケさんは、今も力の方だって思ってたし」
「…………」
サスケは、少しヤオ子に言い負かされた気分になる。
ヤオ子の話は続く。
「そして、最後に『サスケさん』。
多分、サスケさんを殺せなかったのは最愛の弟だった以外に、『戦争』と『うちは一族』も関係しているんです。
・
・
まず、『戦争』。
イタチさんに取って、『戦争』を知らない世代がいるっていうのは特別なんです。
何でかというと『戦争』を知らないでいて欲しいからです。
『戦争』の凄惨さを知っている優しい人だから、『戦争』を起こさせないために頑張っていました。
今、第四次忍界大戦が起きていないのは、イタチさんのお陰なんです。
そして、私達『戦争』を知らない世代が『戦争』知らないままでいられたのが、
イタチさんの選んだ茨の道の成果なんです。
・
・
そして、『うちは一族』。
クーデターを起こそうとしている一族の中で、
サスケさんの言葉が嬉しかったはずです。
・
・
『兄さんと木ノ葉の刑務部隊に入りたかったんだ……』
・
・
サスケさんは、一族の皆が忘れていた誇りを持っていたんです。
だから、うちはの誇りの火種をサスケさんに託したんです」
「…………」
ヤオ子の話は、うちはマダラと全然違う。
イタチを中心にしか話さない。
「そしてね……。
あたしの確信になっているのが、イタチさんとの会話なんです。
あたし、Dランクの任務でお団子屋さんに勤めていたんです。
その時、イタチさんとお話ししたんです。
その時、イタチさんは、あたしにこう質問しました。
・
・
『今の木ノ葉をどう思うか?』
『今の木ノ葉には、どういう気持ちが溢れていると思うか?』」
「何て答えたんだ?」
「一生懸命さ」
「……は?」
「イタチさんも、そんな顔をしていました。
当然、補足しましたよ。
『里への愛着があるから、一生懸命なんだ』って」
「補足になってない……」
「その後……。
『どうして愛着があるんだ?』って聞かれました」
「まあ、補足になってないからな……」
「あたしは、
『里の大人達が守ってくれた平穏に、どっぷりと浸かっているからです』
って答えました」
サスケが吹いた。
「お前、そんなことを言ったのか!?」
「はい。
イタチさんは呆れていました」
「当然だ!」
「でね。
『平穏に暮らせるようにしようと頑張っているのが戦争を体験した大人達で、
戦争を知らない世代が平穏に暮らせているんだから狙い通りです』
みたいなことを言いました。
・
・
そして、その後でイタチさんが言ったんです。
『無駄じゃなかったかもしれないな……』って。
・
・
これって、さっき言ってたイタチさんが戦争を回避したことで安堵を示したことに繋がりませんか?」
「…………」
ヤオ子のイタチに対する変な回答のせいで脇道に逸れたが、サスケは確かにイタチの言動は戦争回避の成果に安堵したもののように感じた。
ヤオ子は、一息つき、再び語り出す。
「ここまでが、前提。
これからが計画の話。
サスケさんの話から、イタチさんにある事が発生していることが分かりました。
……病気です。
・
・
実は、少し気になっていたんです。
イタチさんはかなりの実力者だったのに、
何で、サスケさんを一緒に連れて行かなかったのか」
「連れて行く?」
「そうです。
だって、イタチさんの行動には理由があるし、サスケさんに話せば理解してくれる内容でした。
修行だって、自らサスケさんにつけてもいいわけでしょ?
でも、わざわざリスクの高い木ノ葉にサスケさんを残した。
何故か?
・
・
多分、その頃には発病していたんじゃないでしょうか?
病気が死に至るものだったら、短い期間しか守れないですし……。
だから、いつ死ぬか分からない自分の側ではなく木ノ葉に残した。
普通に修行するだけでは得られないから力は、+αの行動に託したんです」
「自ら恨まれる役を買って出た……」
「はい。
でも、ここで大きな誤算がイタチさんには発生しています。
サスケさんが大蛇丸さんに呪印を植えつけられていたこと。
万華鏡写輪眼を開眼していなかったこと。
以上、二点です。
ただ、後者の方は手段を選んでないんで、イタチさんに少し吃驚していますが……。
もしかしたら、この時期に病気が一気に進行したのかもしれませんね。
・
・
そして、月日が一気に流れます。
多分、病気も末期です。
サスケさんとの……戦いです」
「…………」
「イタチさんの計画は、大蛇丸さんの呪印除去と万華鏡写輪眼の伝授で完了したかのように見えますが、
あたしは、そうは思いません。
イタチさんは、サスケさんに託しています。
うちはの火種と力を……。
・
・
本当は、ここからサスケさんの人生の仕切り直しなんです。
イタチさんは……。
イタチさんは……」
ヤオ子は俯く。
ここからは、勝手に自分で断言してはいけない気がしていた。
「何故、続けない?」
「言いたくない……。
これを言ったら、マダラさんと同じになる……」
「……どういうことだ?」
「サスケさん……。
あたしの話で、考え方がマダラさんと全然違うと思いませんでしたか?」
「……ああ」
「あたしがね……。
洗脳って言ったのは、こういうことなんです……。
マダラさんの話を聞いて感じました……。
・
・
人間の心には許容範囲があると思うんです。
普段は、他愛のないことは冷静に取捨選択が出来るんです。
でも、一定の範囲を超えると、心が苦しくなって救いを求めるんです。
イタチさんとの戦いの後で、サスケさんの心は半分ぐらい埋まっていたと思うんです。
仇討ちですけど、イタチさんとの思い出はサスケさんの大部分を占めています。
きっと、空虚で半分以上埋まっていたはずです。
喜びも達成感もない……。
だって、本当は大好きなんだもん……。
・
・
そして、その後で真実を聞かされたら、心の許容範囲なんて直ぐに決壊します。
お兄さんは味方だった……。
手に掛けてしまった……。
苦しい……。
どうすればいい……。
何をすればいい……。
酷い時には、死にたいと思ったかもしれない……。
・
・
マダラさんは、この状態をワザと作り出すために、サスケさんに真実を明かしたんだと思うんです。
救いを求めるサスケさんに新たな敵を作り出したんです。
自分も敵と思っているもの……木ノ葉です」
サスケが首を振る。
「無理がある……」
「そんなことないです……。
さっき、言ってましたよね?
『木ノ葉を潰して一族の恨みを晴らす』って……。
・
・
サスケさんとイタチさんの会話からじゃ、一族の話は出ないんです。
イタチさんが口を噤んで、サスケさんに知られないようにしていたんだから」
ヤオ子の目に涙が溜まり始める。
「マダラさんが一族の話をしなければ、サスケさんは何も知らないままだった……。
イタチさんの計画の通りだった……。
・
・
イタチさんが最後まで背負って終わりになるはずだった……。
サスケさんの未来をマダラさんが壊した……」
ヤオ子の目から涙が溢れる。
サスケは、今、ヤオ子の目から溢れている涙が自分のためではないと思った。
そう……ヤオ子はイタチに対して泣いていた。
「どうして……。
お前が泣くんだ……」
「マダラさんは……。
マダラさんは、イタチさんの気持ちを分かってない……。
分かろうとしていない……。
これだけ辛い思いをして、サスケさんに大事なものを残したのに……。
絶対に話さないで、罪を背負って息を引き取ったのに……。
・
・
最後の最後に全部暴露して……。
あたし、悔しい……。
・
・
だって……。
だって……。
英雄に仕立て上げるなんてことをイタチさんが望むわけない……。
『戦争』が嫌いで優しいお兄さんが、サスケさんにそんなの望まない……。
ただ、サスケさんの帰る場所を作ってくれただけなのに……。
イタチさんが『戦争』から守ったサスケさんの帰る場所なのに……。
・
・
それをサスケさんの手で壊させようとするなんて酷過ぎる……」
ヤオ子は涙を拭う。
それでも、次から次へと涙が溢れる。
サスケもヤオ子の涙のわけを知ってようやく分かる。
「マダラは、イタチを利用して……。
……それは知っていた。
・
・
本当のイタチの計画……か」
ヤオ子が泣きながら声を絞り出す。
「……本当は、イタチさんの死については、あたしやマダラさんが触れちゃいけないのに……」
ヤオ子は立ち上がるとサスケのところまで近づき、座っているサスケに土下座をするように肩を掴む。
「イタチさんの計画は……。
サスケさんの未来のための計画だから……。
・
・
あたしが話すとマダラさんみたいに洗脳しちゃう……。
だから……。
だから……。
だから、サスケさんが復讐だけじゃなくて自分の未来を考えて……。
お兄さんが、何を望んでいたかを考えて……」
サスケは、イタチを思うヤオ子に嫉妬する。
自分と違う考えでイタチに涙を流すから……。
サスケは、イタチを思うヤオ子を嬉しく思う。
自分だけじゃなくて、イタチと自分を含めて涙を流してくれるから……。
ヤオ子は誰よりもイタチを分かろうとしてくれていた。
「ヤオ子……」
「う…ううう……」
サスケが左肩のヤオ子の手に右手を添える。
「オレは……。
兄さんの未来を受け取る資格はない……。
兄さんの行動に、何も気付かなかった……」
ヤオ子は重ねられていない手で、涙を何度も拭うと叫ぶ。
「サスケさんの復讐は間違いじゃない!
あたしは、否定しない!」
「ヤオ子……?」
「だって、サスケさんが復讐しなきゃ、イタチさんの計画は進まなかった!
だから、サスケさんの復讐は間違いじゃない!」
サスケは、一瞬、目を見開くと微笑んで俯く。
(そうやって言ってくれるんだよな……。
コイツは、いつも否定しない……)
「イタチさんの思いは確かに汚されたけど……。
こんなことじゃ、壊されない!
サスケさんが諦めなければ、イタチさんの勝ちです!
・
・
だから、サスケさんが……。
サスケさんが……。
無理にでもイタチさんの意思を貫いてあげて…よ……。
この世界で、お兄さんの気持ちを受け取る権利があるのはサスケさんだけなんだから……。
お願い…です……」
サスケの手がヤオ子に重ねた手から、ゆっくりと離れる。
そして、その手で自分の顔を覆う。
「ウスラトンカチが……。
これじゃ……。
復讐を肯定できないじゃねーか……」
「だって……。
だって……。
イタチさんが報われないのイヤだ……。
サスケさんがイタチさんの思いを未来に繋げられないのイヤだ……。
こんな辛いのに、サスケさんとイタチさんに見返りがないなんてイヤだ……」
ヤオ子の感情が高まり、そして限界を迎える。
「ザズゲざ~ん!
あたじ、イヤだ~~~!
ごんなのイヤだ~~~!」
いつもの大絶叫。
自分の限界を迎えると泣き叫ぶ。
ここ暫くは、出ていなかったヤオ子の特徴。
「お前!
そのクセ、まだ治ってないのか!?」
「ぞんなのじらない~~~!
ザズゲざ~~~ん!
イダヂざ~~~ん!」
ヤオ子の大絶叫を聞きながら、サスケは再び顔を手で覆う。
「馬鹿が……」
(コイツが居ると別の可能性を感じさせられる……。
イタチを思う……。
父さん、母さんを思う……。
一族を思う……。
こんなに差があるなんて……。
・
・
もう一度、考えてみないといけないかもしれない……。
コイツの言う通りなら、マダラと話した時、オレの心は揺らいでいた……)
グシグシと鼻を鳴らして涙を拭っているヤオ子をサスケは見る。
そして、トンとヤオ子の額に指を当てた。
「もう、泣くな……。
約束してやるから……。
・
・
イタチの計画は、オレが引き継ぐから……」
「サスケさん……」
ヤオ子は大泣きが止まったが、ダーッと涙だけが滝のように流れている。
サスケは笑うのを堪える。
そして、少しだけ思いに耽る。
(何で、ナルトやサクラの声は振り切れたのに……。
コイツの声は振り切れないんだろうな……。
・
・
──コイツがあの時のオレだからだ)
サスケの心で幼い時の声が響く。
『兄さん!』
そして、ヤオ子の声が響く。
『サスケさん!』
イタチの弟だったサスケの声。
サスケの妹のようなヤオ子の声。
あの時と同じだ。
『サスケ……。
また、今度だ……。』
イタチに押されたおでこの感触。
『悪かった……。
オレのせいだ。』
ヤオ子のおでこを押した指の感触。
全てを思い出せる。
あの時、何故、イタチの真似をしたのか。
(ヤオ子にオレを重ねていたんだ……。
そして、ヤオ子は、オレのもう一つの可能性……。
復讐をしないで育った可能性……。
アカデミーに入る前のオレなんだ……。
・
・
だから、イラついた……。
オレは変わったのに変わらなかったヤオ子……。
変わらないヤオ子が流してくれた涙……。
きっと、あの時のオレなら、素直に泣けたんだ……。
・
・
確かに何も知らない人間にイタチを知らないことを押し付けるのは強引だったかもしれない……。
だけど……。
いくらヤオ子が諭してくれても……。
ヤオ子の言う許容範囲が心に出来たとしても……。
許せない奴も居る……)
「全てを納得はしていない……。
復讐も捨てられないかもしれない……」
「うん……。
それでもいい……。
・
・
サスケさんが、自分のことを考えてくれるなら……。
ホムラさんとコハルさんを足腰立たないぐらいにするのは目を瞑る……」
サスケの顔に懐かしい微笑みが蘇る。
木ノ葉で過ごした短い期間。
隣に居た変な女の子との会話の時に流れた穏やかな笑顔。
「お前は、本当に変わらないな……。
オレを忘れてもオレを思い出せる……。
それが本当に──」
「あたしは、いつでもサスケさんの味方だから……」
ヤオ子はサスケに抱きついた。
サスケが知っているサスケに少しだけ戻ったことが嬉しくて……。
サスケとヤオ子の縁は、再び交わった。
サスケの復讐は、ヤオ子の介入により方向性が少しずつ変わり始める。