== NARUTO ~うちはサスケと八百屋のヤオ子~ ==
キラービーと別れ、数日後……。
ヤオ子は大蛇丸の北アジトへと近づいていた。
昨日は、一番近い町で一泊して、本日は水面歩行で北アジトを目指す。
しかし、距離は近づいたが、ここからが一番大変な作業になる。
天地橋の大蛇丸のアジトで手に入れた納入リストからでは、北アジトの位置は大体しか分かなかったからだ。
故に、北アジト近くの島を虱潰しに調べ上げるしかない。
「結構、島があるんですよね」
「アジトを隠すなら、ダミーも必要だからな」
「そういう意味ではもってこいか。
・
・
行きましょう!」
ヤオ子は海岸から見える島の一つを目指し、チャクラの水面歩行により海へと歩き出した。
第90話 ヤオ子のサスケの足跡調査・北アジトへ②
探索を始め、数時間が経過する……。
小さな島を何個か探索するが、今のところ人の気配があった島はない。
しかし、調べた範囲を埋めていくと最終的に導き出される島群がある。
「もう、ここしかないですね」
「最後に引き当てるとは運がないな」
「仕方ないですよ。
一番なさそうなところが残ったんですから」
そう、残った島群は大半が岩で覆われている。
人が暮らすには暮らし難い環境だった。
その島群へと移動し、ヤオ子は一番近くの島へと上陸した。
…
剥き出しの岩肌が囲む島は、砂浜と呼べるものは、一切、存在しない。
海よりも内陸に近い場所に来ても、岩と荒野が広がるのみである。
ヤオ子は、ここも人が住むには適していない場所にように思えた。
それでも隠されたアジトの存在を疑い、島の奥へと進む。
そして、アジトが見つからないまま島の奥へと向かう途中で、ヤオ子は何かを耳にした。
破壊音、掘削音、叫び声……。
人が居ないと思った、この島には何かがあるのは確かだった。
ヤオ子は叫び声に耳を澄ます。
『誇りをくれ!
オレに最後の誇りをくれ!』
ヤオ子は首を傾げる。
「何のことだろう?」
「あまり、いい予感はしないな」
タスケに少し緊張感が見える。
ヤオ子も、タスケ同様にいい予感はしていない。
ヤオ子達は、叫び声のする方に進む。
少し開けたところに出ると荒れた岩肌の大地に幾つもの墓が並ぶ場所へと出た。
しかし、墓と言っても簡素な木に十字をつけただけのものだった。
「何のお墓だろう?」
ヤオ子が更に進むと、そこには異形の生物が吼えていた。
ヤオ子には分からない生き物だった。
だが、この生き物から発せられるチャクラは、どこか記憶に引っ掛かる。
「サスケさんが里を出る前に接触していた人達に似てる……?」
ヤオ子が目撃した音の四人衆が、ありありとヤオ子の頭に蘇っていた。
しかし、目の前の生き物は、呪印が浮かんだだけの彼らとあまりに違い過ぎる。
それは大蛇丸の開発した呪印の状態2に酷似している生き物だった。
目の前の生き物は重吾の体液サンプルから作り出された実験体の一人であった。
両腕が岩のように固い皮膚に変わり、突起物も沢山出ている。
顔も人の面影がなくなっている。
牙が生え、腕同様に固い何かになっている。
そして、それらを動かすために体は強化され一回り大きく変わっている。
実験体はヤオ子を目に捉えるが、無視して叫ぶ。
「そんなものでない!
オレの誇りを守れるのは、そんな奴じゃない!」
ヤオ子は分からない。
「何を言ってるんですか……」
言葉の意味を理解しようとするヤオ子に対し、タスケは違ったところを見てヤオ子に話し出す。
「奴は死を──誇りある死を願っているんだ」
「死を願う?」
「アイツの脇を見てみろ」
ヤオ子が実験体の脇を見ると、その部分の皮膚が蒸発しているように見えた。
「何あれ……」
「実験体の寿命……。
メルトダウンだろう」
「あの人死んじゃうんですか?」
「だから、誇りある死を望んで叫んでいるんだ。
・
・
だが、オレ達には関係ない。
行くぞ」
タスケは振り返るが、ヤオ子は動けなかった。
「オイ」
「死んじゃう……。
助けないと……」
「無理だ……。
アレがどういう体なのか分からない。
分からないものの治療など出来ない」
「でも……」
「オレ達には関われない」
「あの人……。
放っといていいんですか?」
「助けられないんだ」
「……じゃあ、あの人の望みを叶えられませんか?」
「……まさか、お前がやるのか?」
ヤオ子は黙って頷くと、デイバックを地面に下ろした。
タスケはヤオ子に近づくと、再び話し掛ける。
「ヤオ子……。
お前は、サスケの情報を得るんだろう?」
「はい……」
「あれは大蛇丸の実験体だ。
無傷で勝てないぞ。
──いや、勝てないかもしれない。
それに勝っても怪我が酷ければ、治療に時間を費やして情報を集めるのが遅くなるかもしれない。」
「それでも……」
「お前が殺される可能性の方が高いんだ。
無視して、行くぞ」
タスケが促しても、ヤオ子は視線を実験体から動かせないでいた。
タスケは溜息を吐く。
「何で、放っとけないんだよ……」
「あたし……。
馬鹿だから……。
・
・
あの姿見たら……。
必死に頑張ってた友達を思い出しちゃった……。
皆のために頑張ったやさしい子です……。
だから──」
ヤオ子から殺気が漏れ出していた。
戦うという意思を示していた。
タスケは、ヤオ子の変化に戸惑う。
ヤオ子から殺気が出ているところなんか見たことがない。
そもそもヤオ子の話からは、明らかな戦闘経験不足が伺えた。
(そんな奴が、何で殺気を纏えるんだ?)
母親との修行で身につけた心のコントロール。
忍として負けないために身につけたもの。
真剣な戦いを意識してスイッチが入る。
ヤオ子の殺気に実験体も気付く。
「お前じゃダメだ!」
ヤオ子の殺気を感じても、実験体は相手にしない。
しかし、次の瞬間、駆け出したヤオ子が実験体を横切ると、実験体の右の頬をクナイで傷つけた。
「あたしは真剣です。
舐めていると最後の誇り……守れなくなりますよ」
いつの間にか握られたクナイを構えて、ヤオ子は向き直る。
実験体は斬られた頬触り、一瞬、呆気に取られた。
目の前の状況に、タスケが我に帰る。
「馬鹿ヤローが!
今ので決めちまえばいいだろう!
わざわざ相手に警告入れて、本気にさせるつもりなのか!」
タスケの言葉通り、実験体の雰囲気が変わる。
ヤオ子を敵と捉えて、殺気を向ける。
殺気と殺気がどちらに気圧されるわけでもなく辺りに満ちていく。
先に動いたのは、実験体だった……。
巨斧のような腕を振り上げると走り出す。
ヤオ子も躊躇わずに印を結びながら走り出す。
そして、実験体が振り下ろそうとする瞬間、地面を蹴ったヤオ子の右足で爆発が起きると加速する。
実験体の懐に入り込むと左足で地面を蹴る。
爆発と同時に上へと方向を変え、今度は実験体の首の右側の頚動脈を切り裂いた。
空中で三回宙をして距離を取り、砂煙をあげて着地をするとヤオ子は実験体に目を向ける。
「おかしい……」
実験体が何事もなかったように振り返った。
実験体の首の下ではボコボコと泡を立てながら傷口が塞がっていく。
「再生してる……」
実験体の腕がヤオ子に向けられ、砲のような穴から何かが射出される。
第一射を躱し、ヤオ子は走り出す。
前後左右にフェイントを入れることで的を散らして、続く砲撃を躱し続ける。
細かい破片が飛び交い、爆撃のような衝撃波が走り抜けるヤオ子の後ろに広がっていく。
砲撃の射程の外まで追いやられ、ヤオ子は方向を再び実験体に向ける。
「使う場面はないと思っていましたが──」
ヤオ子は右手を下げて、前傾姿勢に入る。
(この距離なら発動時間を稼げる……)
目を閉じ、チャクラの練成に集中し始めると、下げた右手の先で陽炎が揺れる。
(もっと……。
もっと性質変化を……)
徐々に形を成すと掌の先に眩い光源体が現れる。
それは、やがて人の掌を模った。
(準備は整った……)
この発動時間は、戦闘を行なう上では長いものだった。
その間、実験体が攻撃して来なかったのは、本来なら有り得ないタイムラグだった。
(あたしを待って居てくれたんだ……。
あたしをしっかりと敵と認めてくれた……。
・
・
その期待には応えなくてはいけません。
あたしは、この人に最後の誇りを守る相手だと選ばれた……!)
リンクした光る掌がヤオ子の握り込みと同調する。
「ヤオ子フィンガーACT2……」
ヤオ子は走り出し、真っ直ぐに実験体へと向かった。
それにに対し、実験体は腕を振り上げる。
さっきの焼き回し……。
だけど、さっきと大きく違う。
タスケが叫ぶ。
「馬鹿ヤロー!
カウンターを貰うぞ!」
実験体は、ヤオ子が印を結んでいないのを知っていた。
故に、さっきの爆発術による加速はないと知っている。
砲撃は完全にヤオ子を捉えるタイミングで撃ち出されていた。
──しかし、そこに狙いがある。
ヤオ子は、ここで初めて瞬身の術を使った。
「っ!」
チャクラの爆発で加速した一蹴りが砲撃をすり抜け、実験体に一気に迫る。
当然、実験体のカウンターは成立しない。
そのままの勢いで走り抜けるヤオ子の右手30センチ先の輝く手が、実験体の頚動脈を掴み取った。
ヤオ子は実験体との距離をあけて停止すると、輝く手が開かれ灰が舞う。
今度は振り向かずに、実験体は前のめりに倒れた。
…
戦いを終えたヤオ子が、ゆっくりと実験体に近づく。
前のめりで倒れた実験体は、最後の力で仰向けになると自分を倒した少女を視界に入れる。
「誇りは……守れましたか?」
そこにあった少女の悲しそうな顔に、実験体は毒気を抜かれた。
「ああ……」
ヤオ子はクナイを構える。
「苦しいなら……直ぐにでも、とどめを刺します」
実験体は、自分が倒れた意味を知っている。
頚動脈を高熱で焼かれて抉られたのだ。
焼かれた傷口は再生しない……。
(とどめ……か)
確かに苦しい。
血が足りなくなって、直に思考も出来なくなるだろう。
しかし、実験体は自分の気持ちに応えて悲しい顔を浮かべる少女と最後まで話をしたくなった。
「少し付き合ってくれないか?」
「……はい」
ヤオ子は正座をすると、実験体の頭を自分の膝に乗せる。
「あたし……。
これぐらいしか出来ない……」
その行為に対し、実験体は満足そうな顔をしていた。
「忍らしい戦いだったな……。
全部が急所狙いだった……」
「……それが忍としての誇りだと思ったから」
「こんな化け物みたいな姿になっても……。
忍として扱ってくれるんだな……」
ヤオ子は頷く。
そして、少し間を開けてから質問をする。
「何があったんですか?
あんなに苦しそうにして……」
「……皆で殺し合いをしたんだ」
「え?」
「オレ達は大蛇丸の実験になった時に人じゃなくなった……。
そして、実験体としての寿命も尽き始めた……。
・
・
でも、忍としての最後を迎えたかった……。
だから、生き残った者同士で殺しあって、勝った方が負けた方の墓を立てて誇りを守った……。
オレは運悪く最後まで勝ち残ってしまって、誇りを守れなかったんだ……」
「そんなのって──」
「仕方がなかった……」
ヤオ子は顔を伏せると、言葉を溢す。
「やっぱりイヤだ……」
実験体の頬に涙が当たると、実験体は無骨な腕を伸ばし、ヤオ子の頬の涙を拭う。
「ごめんな……。
辛い思いをさせて……」
「こんなのイヤです……」
「む、胸を張って…欲しいな……。
この島で一番強い奴に勝った…んだから……」
ヤオ子は実験体の手を取って、力強く頷く。
「いい子だ……」
ヤオ子は、今度は自分で涙を拭う。
涙は拭っても拭っても止まらなかった。
「き、君に…何かを残したいな……」
「……何でも受け取ります」
「……じゃあ、術を。
オレの術を覚えてくれないか?」
「術?」
「オレが居た証を君の中に……残したい」
ヤオ子は頷く。
「はい……。
受け取ります……」
「ありがとう……」
実験体の不恰好の指が印を結んでいく。
その指の動きをヤオ子はしっかりと記憶していく。
「この印だ……」
ヤオ子は頷く。
「しっかりと覚えました……」
「よかった……。
本当は、もっと教えてやりたいんだけどな……。
よく思い出せなくなって来た……」
ヤオ子は無理に微笑む。
「今ので、おじさんはあたしの兄弟子ですね……」
「兄…弟子か……。
ああ…それはいいな……」
実験体は穏やかな笑みを浮かべていた。
「もう、十分だ……。
最後にもう一つくれた……。
人として…逝ける……。
ありがとう……」
実験体はゆっくりと目を閉じると、静かに息を引き取った。
それを見たヤオ子の目から涙が止まらない。
勝っても辛くなるのは分かっていたのに……。
「あたし…ダメダメだ……。
辛いの分かって戦ったのに……」
タスケが近づいて来る。
「ヤオ子……」
ヤオ子は目を拭う。
「ごめんね……。
我が侭言って……。
でも、ほっとけなかったんです……。
あの叫び声を聞いたら……」
「弔ってやろう……」
「はい……」
ヤオ子は立ち上がり、実験体を背負う。
そして、自分より大きな実験体を引き摺り、墓のあったところまで戻る。
そこでヤオ子とタスケは見つける。
「穴が…掘ってある……」
「自分の墓穴を掘っていたんだな……」
仲間の墓の横に、一人分の墓穴が既に掘られていた。
ヤオ子は、そこに実験体を埋葬する。
「この人達……。
悲しいですね……」
「そうだな……」
ヤオ子は、手を合わせて目を閉じる。
タスケも目を閉じる。
暫くしてタスケが目を開けると、ヤオ子は、まだ手を合わせていた。
「ヤオ子……。
行こう……。
満足して逝けたよ……。
・
・
あのまま、八つ当たりして朽ちていくより良かった……」
「うん……」
タスケが歩き出すと、ヤオ子はゆっくりと立ち上がり、暫く墓を見続ける。
そして、タスケに続いて歩き出した。
…
北アジトを探すべく、次の島を目指し、ヤオ子とタスケが海岸線まで来る。
そこでヤオ子はペタンと尻餅をついた。
「どうした?」
「こ、腰が抜けた……」
「ハァ!?」
「あ、あたし……。
人の命を奪ったの…は、初めてなんです」
ヤオ子は震え出し、冷たい汗が全身を覆う。
「あ、あたしが人の命を奪った……」
ヤオ子は自分で自分を抱きしめる。
「イメージトレーニングは、あれだけしたのに……」
動けず震えるヤオ子に、タスケは溜息を吐く。
そして、ヤオ子に右の前足を出す。
「ほら、オレの前足を貸してやる。
少し握ってろ」
ヤオ子は言われるままにタスケの前足を握ると、タスケから伝わる体温を酷く熱く感じた。
ヤオ子の手が冷たくなっているのだ。
「少し落ち着いて来ました……」
「そうか……。
人間ってのは不便だよな」
「不便?」
「ああ。
オレ達は、食いもん取るのにも命懸けだ。
狩って狩られて……。
それが常識だから悩まない。
生と死は近くにある。
・
・
まあ、人間の言葉を解する以上、
他のヤツ等よりも理性があるから悩むこともあるけどな。
お前達ほどじゃない」
「……あまり考えて来ませんでした」
「これからは考えるんだな。
お前達忍は、一般人より少し外──どちらかと言えば、オレ達に近いところにいる。
戦うことが自然なはずだ」
「はい……」
少し呆けているヤオ子を見て、タスケが溜息を吐く。
「仕方ないな。
少しアドバイスしてやるよ。
ちゃんと大義名分を持っとけ」
「大義名分?」
「言い方を変えるか?
忍の誇り。
仕事の生き甲斐。
何でもいい。
要するに自分の納得する理由だ」
「何で?」
「大事だからだよ。
否定しない何かをしっかりと心に持ちな。
心が壊れちまうぜ」
「うん……」
ヤオ子は少し振り返る。
何で、忍になろうとしたか。
そして、それは最近口にして誓いを立てたばっかりだ。
「そうでした……。
あたしが頑張ることで誰かが守られるんだ……」
「うん。
忘れるな。
大事だぞ」
「はい……」
「それに……さっきの戦いは、しっかり守ったじゃないか。
お前の想いを持っていたぞ」
「はい……」
「じゃあ、くじけちゃダメだな」
「そうですね……。
・
・
えへへ……。
タスケさん、ありがとう。
あたし、少しだけ忍者が分かりました。
また、先に進めます」
タスケは軽く笑うと、ヤオ子の頭に駆け上がる。
「さあ、北アジトに行こうぜ」
「はい!」
ヤオ子はしっかりと自分の足で立つと、次の島へ向けて走り出した。