== NARUTO ~うちはサスケと八百屋のヤオ子~ ==
中忍試験に向けて、ヤオ子の修行の日々が続く。
今ある技術を最大限に活かすため、今までの忍術を見直し、応用技も少しずつ増やしていく。
成果は急には出なくと少しずつ現われる。
そして、そこで成果と共に問題も現われる。
「応用するための技術を聞きたいんです。
今回は通牙のやり方を聞きたいんですよね」
ヤオ子は拳を振り上げる。
「突撃! 隣の忍術一家!」
ヤオ子はスキップしてキバの家である犬塚家へ向かった。
第71話 ヤオ子と犬塚家の人々?
ヤオ子が犬塚家の門を叩くと、中から返事が返り、キバの母である犬塚ツメが姿を現す。
「こんにちは」
「こんにちは。
キバは居ないわよ」
「いいえ。
赤丸さんに用があるんですけど」
(……この子、前から変だと思ってたけど、
何で、人じゃなくて犬に会いに来るんだろう?)
「赤丸も一緒に出てるわよ。
当然だけど」
「ですよねぇ……」
(困ったな……。
どうしよう?)
ヤオ子は困り顔で頭を掻く。
通牙のコツを四足歩行の赤丸に教えて欲しかったのである。
しかし、そこに眼帯をした大きな黒い犬が姿を現す。
ヤオ子は犬に向かって挨拶をする。
「黒丸さん。
お世話になってます」
挨拶するヤオ子にツメの疑問は膨らむ。
(そして、何故か犬にも敬語……。
犬 > 人?
・
・
忍動物とコンビネーションを組む素質があるのかしらね?)
そして、ツメが少し考え込んでいる間にヤオ子と黒い犬の会話が始まる。
黒丸と呼ばれた黒い犬がヤオ子に話し掛ける。
「何しに来た?」
「しゃべれる犬って素敵です♪」
(この前、普通に赤丸と話していたような……。
あの子は、人語を話していないのに……)
「何しに来た?」
「あ、すいません。
実は、通牙を教えて頂きたくて」
黒丸が溜息を吐く。
「仕方ない。
オレが教えてやる」
「いいんですか?
秘伝忍術じゃないんですか?」
「赤丸の子分だと聞いている。
仲間のよしみだ」
「あたしは赤丸さんの中ではそういう扱いなんだ……」
項垂れるヤオ子を無視して、黒丸がツメを見る。
「構わないわよ。
教えてあげても」
「ありがとうございます」
「こっちだ」
ヤオ子が黒丸の後に続くと、ツメは首を傾げる。
「何故か、あの黒丸も心を許してんだよねぇ……」
そして、溜息を漏らす。
「素質はあるけど……ダメだわね。
あれは、犬の下僕になるタイプだわ」
犬塚家の人々(?)の間でヤオ子の評価は微妙だった。
…
黒丸が家の中に入ると、日当たりのいい窓際に横になる。
黒丸はプルプルと顔を振ると、キバの姉の犬塚ハナへ向ける。
それに気付いたハナが黒丸に近づく。
「どうしたの黒丸?」
「ブラッシングの用意をしてくれるか?」
「ブラシを用意すればいいの?」
黒丸が頷くと、ハナが壁に掛かったブラシを持って近づく。
「ヤオ子に渡してくれ。
後は、いいぞ」
「…………」
ヤオ子とハナの視線が合う。
「「どういうこと?」」
「ヤオ子。
見返りだ」
「…………」
ヤオ子は意図を理解すると、無言でハナに手を差し出す。
「やらせて頂きます……」
ハナは苦笑いを浮かべたあと、一筋の汗を流してブラシを渡した。
(黒丸相手に大丈夫かな?)
気位の高い黒丸を相手にするヤオ子を心配して、ハナは少し様子を見ることにした。
…
横になる黒丸に、ヤオ子がゆっくりと毛に手櫛を掛ける。
丁寧に少しずつ毛並みを揃え、全身にくまなく手櫛を当てていく。
その時間はかなり長く、ブラシを手に取ったのは暫くしてからだった。
奇妙な動作にハナが質問する。
「何で、手櫛を掛けたの?」
「毛の性質を見分けました。
性質は、一人一人違います。
また、手は人間の万能の道具で、指より優れているものはありません。
これにより、毛の性質、枝毛、絡み、全てを見極めます」
「……プロ?」
「心無い飼い主は、直ぐにブラシを掛けます。
いけません。
毛は、犬の命です。
大事に──女の子にセクハラしても気付かれない手の動きでチェックします」
(……セクハラって)
ヤオ子がブラシを掛け始める。
毛並みに逆らわず、綺麗にブラシが入る。
「う、上手い!」
「ここの犬は、皆、毛並みが綺麗です。
毛の性質で硬い柔らかいはありますが健康的です」
(この子……何?)
滑らかで流れるようなソフトタッチ。
季節の変わり目で抜け変わる毛や痛んだ毛だけがブラシには絡まり、健康的な毛には一切のダメージを与えない。
その一振りの後は、まるで絹の川が流れたように輝いていた。
ブラッシングが終わり、ヤオ子がブラシの毛を綺麗に取り終えるとハナにブラシを返す。
そして、そそくさと黒丸のところに戻ると、ちょこんと正座した。
「黒丸さん。
見返り」
「通牙だったな。
通牙の何が知りたいんだ?」
「空中での回転です。
高速で回る時のコツが知りたいんです」
「あれは両手の遠心力を利用するのがコツだ。
回転する際、力を加える時に手を外。
空気抵抗で回転が落ちるのを防ぐため、勢いが付いたら内に畳む」
「理論は分かります。
ただ、もう少し回転力が欲しいんです」
「なるほど。
体を回転させることに、何か興味があるのだな?」
「さすがです」
「だが、ここまでだ」
「へ?」
「コツを教えるまでがブラッシングの見返りだ」
「…………」
ヤオ子がチョコチョコと頬を指で掻く。
「次は、何を?」
黒丸がハナを見る。
「例の犬が食べない薬草があったな」
「あの臭いで受け付けない子ね」
「ヤオ子。
それを食べさせるようにしろ」
「…………」
更なる見返りを突き付ける黒丸に、ヤオ子はガシガシと頭を掻く。
今、習得している技術だけでは、新しい術の応用は出来ない。
ヤオ子は背に腹は変えられないと立ち上がる。
「お姉さん。
その薬草を見せてください」
「え?
・
・
ああ……これ」
ハナは腰の後ろの道具入れから、薬草を取り出した。
ヤオ子はジッと薬草を凝視すると頭の中の知識を引き出し、いくつかの薬草の候補を思い浮かべる。
そして、フンフンと臭いを嗅ぐ。
「この薬草を嫌っている子の好きな臭いは?」
「え?
・
・
えっと……。
魚だったはず……」
「魚か……。
この薬草を食べなきゃいけないということは、胃腸を壊しているんですよね?
そんな子に魚なんて食べさせられないから、エサに混ぜることも出来ない……。
そして、今は柔らかいご飯類が主食ですね?」
「その通り!」
「やっぱり、あの薬草か……。
台所をお借りしていいですか?」
「え? あ、うん。
どうぞ……」
ハナはヤオ子を台所に案内し、必要な薬草類も用意する。
ヤオ子は案内された台所に立つと、件の薬草の根だけを集め始めた。
「この薬草は根に強い効力を持ちますが、それだと胃腸には強過ぎます。
しかし、臭いだけなら、根は強くありません」
「はあ……」
「そこで、昔のお医者様が書き記した方法を使用します。
根を蒸すことで効力を水分と一緒に出して、効き目を弱くします」
ヤオ子は集めた根を丁寧に洗い、蒸し器に根を入れて蒸し始める。
そして、その間に別作業を行う。
「いくら蒸しても、臭いは僅かに残るので犬の鼻には感知されます。
きっと、受け付けてくれません。
だから、この僅かな臭いを魚の臭いで消します。
おかゆを作る工程で昆布出汁ではなく、鰹出汁を使います」
蒸し器の隣りのコンロを二つ使い、ヤオ子がおかゆを作る準備を始める。
鍋に半分ぐらい天然水を張り、味付けではなく、あくまでも臭いを付けるために別の鍋で取った鰹出汁を加える。
この時、後で加える薬草の臭いを消すため、鰹出汁はやや多く。
そして、蒸し上がった根を透けるぐらいの薄さでスライスし、スライスした根をご飯と一緒に鍋に投入すると火を点け、蓋をする。
「あとは、火に掛けておかゆが出来上がるのを待ちます。
スライスした根は、おかゆとほぼ同じ柔らかさになるので気になりません」
ヤオ子は目を閉じ、おかゆの沸騰する音を聞き分けて火を止める。
そして、少しの間、おかゆを蒸らす。
「あくまで犬用ですので、おかゆの水分を少し飛ばします」
ヤオ子は清潔な手ぬぐいの上におかゆを乗せて適度に絞ると、器に盛り付ける。
「食べ頃の温度になったら、試食をお願いします」
「私?」
「あなたが食べて、どうするんですか……」
「そうよね」
ハナは笑って誤魔化すとそそくさと退散し、暫くして問題の犬を連れて戻った。
そして、問題の犬の前に器が置かれる。
「…………」
問題の犬は臭いを慎重に嗅ぎ分けていたが、直に一口だけ食べた。
そして、安心したのか、全て完食した。
「あたしの勝利です」
ヤオ子がチョキを出す。
ハナは珍獣でも見るようにヤオ子を見ると、質問する。
「何処で知った調理方法なの?
こんな調理の方法、聞いたことも見たこともないわ」
「でしょうね」
「?」
「この調理法が書かれた本は、二十年前に絶版になっています」
「どうして?
こんなに素晴らしい方法なのに……」
ヤオ子の眉間に皺が出来る。
「それはですね……。
この本のタイトルが、
『わたしの大好きなワンちゃん』
だからです」
「は?
・
・
獣医療の本よね?」
「間違いなく。
しかし、当然、タイトルを見て買うのは犬好きの人です。
でも、内容は自分の研究成果である犬の治療方法です。
直ぐに売れ行きが悪くなって絶版しました。
・
・
薬学から手術式まで細かく書いてある素晴らしい本なのに……。
そして、本当に見て欲しい人の目には触れることなく消えた幻の本です」
ハナが額を押さえる。
「私も目を通したかったな……。
でも、そのタイトルじゃ、本屋にあっても絶対に買わない……」
「はい。
あたしのように意味の分からないものに吸い寄せられる、変態の目にしか触れないでしょうね」
「……変態なの?」
「変態です」
(言い切った……。
今、巷で噂の都市伝説の変態少女……なわけないか?)
その変態だったが、噂が噂を呼ぶと本人を前にして分からないことがある。
そして、ヤオ子はハナを置いてスキップして黒丸のところに向かう。
「黒丸さ~ん♪
続き~♪」
ハナはヤオ子が去った後で我に返ると、ヤオ子の調理方法をメモし出した。
…
ヤオ子に黒丸の講義が始まる。
黒丸は続きを話し出した。
「当然、通牙は犬のオレでも出来る」
「はい」
「そして、オレ達は全て足だ。
つまり、回転に四本の足を全て使っている。
お前も回転を得る際に足を利用しては、どうだ?」
「足か……」
「人間に分かるように説明しよう。
例えば、ヤオ子が片足で立つ」
「はい」
「そこで手を使わずに回転する時、どうする?」
「バランスを取っている足を回転方向に蹴り出します」
「うむ。
手で遠心力を得るのと同時に足でも行ったら?」
「なるほど……。
でも、同時に手と足を回転させるのは難しいですね」
「二段式にすればいい。
足で回転を与えた後で、上半身の回転を更に加える」
「おお!」
「慣れれば、手だけの遠心力だけでも対応できるだろう。
要は普段使わない方法だから、回転力が上がらんのだ」
「じゃあ、足で回転加えるのは意味ないの?」
「そんなことはない。
足の回転力は、奥の手にすればいい」
「なるほど!
助かりました」
「オレもな……」
ハナは、犬と人間の奇妙な関係に不思議な気分になる。
完全に立場が逆だった。
「話し疲れた……」
黒丸が伏せると、ヤオ子は指を立てる。
「お礼に、マッサージしましょうか?」
「そんなことも出来るのか?」
「試してみますか?」
「うむ」
「では、後ろ失礼します」
ヤオ子の手が黒丸の首の後ろに当たり、少しずつ揉み解し始める。
マッサージする手が上下に移動すると、黒丸が目を細めた。
その黒丸を見てハナが微笑むと振り返る……と、暫し固まる。
ヤオ子の後ろには犬の列が出来ていた。
どうやら、マッサージの順番待ちらしい。
(あの子……。
今日、帰れないかもね……)
ハナは苦笑いを浮かべて部屋を出ると、ツメに件の犬用の薬草調理方法を報告しに向かった。