== NARUTO ~うちはサスケと八百屋のヤオ子~ ==
秘密基地の修行場で、ヤオ子は力尽きるまでやりきった。
本日もバッタリと仰向けに倒れる。
夕日も傾きかけて、空は夕闇が覆い始めていた。
「か…帰らないと……。
でも、この疲れた感じ……懐かしいなぁ」
あの時には居て、今は居ない少年を少し思い出す。
無理やりにやらされていたことが頭を過ぎり、自然と口の根元は緩んでいた。
今では、そのやらされていたことを進んでやっている自分が居る。
暫く土の匂いを間近に感じながら一息つくと、ヤオ子はフラフラと立ち上がり、里に向けて歩き出した。
第70話 ヤオ子と弔いとそれから……
納得のいく疲れを体に宿しながら、ヤオ子は里の大通りを歩く。
雑用任務で、意外と修行に力を入れたいという欲求不満が自分の中に溜まっていたのを感じる。
だから、思う存分に修行して、そのために疲れることは悪くなかった。
しかし、そんな気分を壊すように、里に入ると直ぐに噂話が耳に入る。
『……さんが亡くなったみたいなんです』
『本当に?』
ヤオ子は俯く。
「また……亡くなったんですか。
こういう仕事だから仕方がないとはいえ、いつまで経っても慣れない話です……。
・
・
昔と違って『死ぬのが嫌だ』だけじゃないから、分かります。
想いがあるから戦えるんです。
誰も簡単に命は懸けません。
命より大事だと思えるものが出来てしまうんです」
ヤオ子も、何回か葬式に参列している。
忍の仕事だから、他の職業に比べて命を懸ける場面も多い。
死に遭遇する場面も多い。
そして、それは突然訪れる。
納得がいかない死も、何度か見て来た。
『あのアスマさんが……』
ヤオ子は、その名前が耳に入ると立ち止まる。
「アスマ……さん?」
ヤオ子は噂話をしていた主婦に近寄り、質問する。
「あ、あの……アスマさんが亡くなったんですか?」
「ええ。
任務中に殉職したそうよ」
「もう、葬儀も終わった頃じゃないかしら?」
暫し呆然として、ヤオ子は主婦達の声で我に帰る。
そして、軽く頭を下げると無言で自宅へと向かった。
…
自宅の扉に張り紙がある。
張り紙に書かれていた、既に葬儀の時間は終わっていた。
ヤオ子は張り紙を剥がして家に入ると、シャワーを浴びて汚れを落とす。
そして、そのまま喪服に着替えて財布を持つと直ぐに家を後にした。
途中、いのの実家の山中花店を訪れた時には、すっかりと夜になっていた。
「いらっしゃい。
ヤオ子ちゃん。
喪服……まだ着てるの?」
「あたし、今からです」
「でも……。
葬儀は、とっくに……」
「ちょっと、外で修行をしていて張り紙に気付かなくて……。
お花、いただけますか?」
「少し待っててね」
いのの母親が用意してくれた花を受け取り、代金を払うとヤオ子は店を後にする。
寄り道をせずに真っ直ぐ葬儀のあった墓へと向かう。
そして、もう、誰も居ない場所へと一人歩いて行く。
そのつもりだったが、人影があった。
「いのさん?」
「ヤオ子?
・
・
あんた……。
顔、凄いことになってるわよ」
いのがヤオ子にハンカチを差し出すと、ヤオ子はハンカチを受け取って涙を拭いて鼻をかむ。
「ハンカチは、洗ってから返します」
ヤオ子は皆に遅れて花を捧げ、お墓の前で手を合わす。
数分して立ち上がると、いのは待っていてくれた。
「ありがとう……。
きっと、アスマ先生も喜んでいるわ」
「遅れて、すいませんでした。
朝から夜まで修行中だったんで、家の張り紙に気付きませんでした」
「アスマ先生は、そんなことを気にしないわよ。
それよりも……。
ヤオ子は、アスマ先生とそんなに仲が良かったの?」
「『そんなに』の意味が分かりませんけど?」
「だって……。
お墓に来る前にボロボロだったじゃない」
「確かにお会いした回数も話した回数も多くありません。
皆さんが中忍になってからは、お仕事もバラバラですし。
・
・
でも、大好きでした。
いのさん達と一緒に居るのを見るのが好きでした」
「……ヤオ子は優しいのね」
「…………」
ヤオ子が拳を握り締める。
「それに……。
紅さんとも、やっと……」
「そう……ね」
ヤオ子といのは、涙を必死に堪えていた。
「それだけじゃないです……。
中忍試験に皆さんが受かった時、
何度も何度も嬉しそうに紅さんに話していました……」
「そうなんだ……。
アスマ先生……」
ヤオ子といのは、故人を思って涙が決壊した。
「それを聞いている紅さんも呆れていました……。
同じことを何度も言うから……」
「先生ったら……」
「でも、今度は紅さんがヒナタさん達を自慢して、
アスマ先生が聞き役になるんです……」
「…………」
いのが涙を拭う。
「それでお互い同じことを言い合ってることに気付いて、笑い合っていました……」
「スン……。
ヤオ子……」
「スン……。
何ですか? いのさん?」
ヤオ子といのは、涙を拭う。
「何で、私の知らないアスマ先生を……知っているの?」
「あたし、趣味でストーキングをしているから……。
だから、二人が育んで来た時間を知っているから……」
「そう……」
いののグーが、ヤオ子に炸裂した。
「何やってんのよ!」
「ううう……。
泣きながら怒んないでください……」
「アスマ先生の思い出だけど……。
思い出だけど!
何で、変態エピソードが付いてくんのよ!」
「だって……。
気になったんだもん。
あたしの趣味なんだもん」
いののグーが、ヤオ子に炸裂した。
「涙が止まらないのに怒りが込み上げてくる……」
「泣くか怒るか、どっちかにしませんか?」
「じゃあ、泣く……」
「お付き合いします……」
とりあえず、二人は気が済むまで泣き合った。
…
思いっきり泣いて、気分が少し落ち着いた。
いのがヤオ子に質問する。
「ヤオ子の感情移入が激しかったのって、
アスマ先生と紅先生の関係を知っていたからなのね?」
「はい」
「犯罪よ……それ」
「バレなきゃいいんです」
「あんたねぇ……」
(とはいえ、上忍二人が気付かない尾行術って凄いわね……)
「あたし、かなりの期間をストーキングに費やしました。
あたしの記憶の中では、二十二日間分のデートの記憶と総集編二つがあります」
「もう、何も言えない……」
いのは、完全に呆れ返った。
呆れ返っているいのに、ヤオ子が少し真剣な顔で声を掛ける。
「いのさん……」
「何?」
「あたしの記憶……。
貰ってくれませんか?」
「は?」
「アスマさんと紅さんの記憶です」
「全部しゃべる気?」
「いいえ。
この前、開発したエロ忍術で記憶を見せます」
いののアイアンクローがヤオ子に炸裂する。
現在進行形でギリギリと炸裂中……。
「どういう意味?
エロ忍術って?」
「痛いです……」
「どういう意味!」
「あたし……。
エロいことだけ、相手に幻術で伝える術を持っているんです」
アイアンクローが強まる。
「何で、エロいことだけなのよ!」
「痛いです!」
「答えなさい!」
「術の種類がおいろけだから!」
いのがヤオ子を解放して、額を押さえる。
「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけど……」
「運良くストーカー行為中の記憶なので術を掛けられます」
いのが手を突き出して『待った』を掛ける。
「それ出来ない……。
プライバシーがあるから、紅先生に聞かないと」
「それ出来ない……。
紅さんにあたしの犯罪行為がバレる」
いのは頭痛を引き起こしつつも少しずつ冷静になると、ヤオ子の申し出は直ぐに答えられないと気付く。
「……少し時間をくれる?
シカマル達に時期を見て相談するから……」
「時期?」
「ええ。
私達は、やることがある……」
「私達?」
「ええ……。
アスマ班がやらなければいけないこと……」
いのの決意の篭もった目を見て、ヤオ子は何となく察した。
「……分かりました」
ヤオ子が、いのの手を取る。
「だけど……。
必ず帰って来てくださいよ。
その時は、あたしも怒られるのを覚悟しますから」
「ええ」
ヤオ子は、いの達の無事を祈り、いのは新たに誓いを立てた。
…
いのとお墓で話し合って数日……。
修行をしながらも、少しずつ情報がヤオ子にも集まり出した。
暁という組織……。
それに対する里の対応……。
アスマが命を落とした経緯……。
ヤオ子は、お昼の休憩をしながら空を仰いでいた。
「いのさん達の仇討ち……。
でも、それだけじゃない」
ヤオ子はおにぎりに噛り付き、お茶を啜る。
「アスマさんを殺したのが暁……。
暁が暗躍して各地で戦いの火種がバラ撒かれている……。
・
・
ただし、この暁という組織は少人数ですから、
早々に少しでも叩いて置けば、それだけで効果も大きい。
つまり、いのさん達の行動は重要で、Sランクにも匹敵するんじゃないでしょうか?」
おにぎりを食べ終え、ヤオ子をお茶を飲み干す。
「いのさん達を追って、ナルトさん達も出たみたいです……。
相手二人に対して二小隊……。
相当強いんですね……。
・
・
大丈夫かな……」
ヤオ子が首を振る。
「大丈夫に決まっています!
ヤマト先生も居るんだから!
それに頼りないけど、カカシさんも!」
「…………」
少しでも黙ると暁の噂が頭に蘇り、不安だけが広がる。
「ダメです!
じっとしていると嫌なことばっかり考えてしまいます!
修行します!」
ヤオ子は没頭するために修行を再開する。
そして、その日のうちに暁のメンバー二人は倒されることになった。
…
更に数日が過ぎる……。
暁二人の討伐を、カカシ班とアスマ班は綱手に任務報告する。
シカマルの紅に対する報告も終わる。
そして、いのから明かされるヤオ子の犯罪行為……。
シカマルとチョウジは激しく項垂れつつもヤオ子の記憶を貰う事に決め、紅への了承を得る役はいのに任せた。
夕方……。
ヤオ子がドロドロになって帰って来ると、家の前では、いのが腕組みをして待っていた。
「おかえり」
「お疲れ様です。
もう、ズタボロです」
「何、いきなりボケかましてんのよ?」
「はは……。
随分前から修行の内容を濃くしたんですけど、体が耐え切れなくて疲労困憊の日々です」
「じゃあ、明日にしようかしら?」
「何か急用ですか?」
「無事……終わったから」
いのの顔に寂しさと達成感が少し浮かぶ。
ヤオ子はいのが約束を守って帰って来てくれたのだと分かった。
「家の中で少し待ってて貰えますか?
この汚い格好で紅さんの家に行けませんから」
「無理言って……ごめん」
「気にしないでください。
いのさん……無事に戻って来てくれました」
「ヤオ子……」
「それだけで嬉しいです。
だから……」
ヤオ子が真剣な目でいのを見る。
「風呂上りにハグさせてください。
出来れば乳を押し付ける形で」
いののグーが、ヤオ子に炸裂した。
「さっさと用意をしろ!」
「ううう……。
あんまりだ……」
ヤオ子は家に入ると直ぐに風呂場に直行した。
いのは、ヤオ子の家のソファーに腰掛ける。
「あの子は、まったく……」
いのは家の中を見回し、勝手知ったる何とやらで冷蔵庫まで行き、扉を開ける。
「相変わらず、でかくて何でもあるわね……」
コップを借りてミネラルウォーターを注いでソファーに戻ると一口飲み、手前のテーブルの上にコップを置く。
「しかし、来る度に内装も私物も変わるわよね。
毎回、別人の家を訪問しているみたいな錯覚をさせられるわ」
いのの座っているソファーの生地も、前回来た時と変わっている。
電化製品は、特に入れ替わりが激しい。
「ヤオ子が電化製品を入れ替える度に、
木ノ葉の何処かでヤオ子の知り合いの電化製品が増えるのよね……」
ヤオ子の修理した電化製品は、一人暮らしを始めたばかりの忍などが買い取る。
値段は、適当。
言い値で売っている。
この前は、テレビを二百両で譲った。
ヤオ子のリサイクル製品は競争率が高く、ヤオ子の知らないところで予約が発生していたりする。
いのがコップを口に運ぶ。
「それに気のせいか……また部屋広くなってない?」
錯覚ではない。
外から見れば、ヤオ子のアパートの出っ張りは、一目瞭然ででかくなっている。
というか、今やアパート全体に改造の手が及んでいる。
「ガン細胞だって、ここまで人に寄生しないわよね……。
・
・
ところで、アレなんだろう……」
いのの視線の先には、謎の工作室からはみ出た機械が目に映っていた。
…
十分後……。
ヤオ子が風呂場から出てくる音がする。
いのが目を向けると絶句する。
ヤオ子は高級なバスローブを着て出て来た。
「何処のセレブよ……」
「これですか?
服屋さんで任務してたら、売れないからって貰ったんです。
初めは抵抗もあったんですが、タダだって認識したら『別にいいかな~』って。
それに少しエロいから、あたし向きかと……」
「頭痛い……」
「風呂上りにフルーツ牛乳飲んで、ゆっくりするまでこの格好です」
ヤオ子は冷蔵庫からフルーツ牛乳を取り出し、一気飲みする。
「ぷっは~!
この一本が、やめられません!」
「オヤジか……」
「もう少し待ってくださいね。
髪を乾かしたら、着替えますんで」
フルーツ牛乳の空き瓶を分別ゴミに捨て鏡台の前に行くと、ヤオ子はドライヤーで髪を乾かし始める。
「何か……。
凄い違和感あるわ……」
「何で?」
「私、あんたの歳の時にそんな背高くなかったし、
当然、風呂上りにバスローブなんか着てなかったわ。
あんた、どう見ても大人の女みたいよ……」
「成長が早いのは、我が家の遺伝ですからね」
「そうなんだ……」
「ええ」
ヤオ子はドライヤーを置くと、髪を結ってポニーテールを作る。
そして、着替えも直ぐに終わる。
「行きますか?」
「ええ。
・
・
でも、その前に聞きたいんだけど……」
「ん?」
「あの変なの……何?」
「んん?」
ヤオ子は、いのの指差す方を見る。
例のはみ出た機械があった。
「ああ。
何処の家にでもある機械です」
「少なくとも私の家にはないわ……。
何の機械?」
「研磨機」
「何それ?」
「クナイとか手裏剣とか研ぐの」
「ああ……。
って、やっぱり一般家庭にはないわよ!」
「あはは……。
やっぱり?」
「あんた、自分で整備してるの?」
「そうですよ。
他にも武器を製造したり、釘を打ち出す機械なんかもあります」
「本当に使ってるの?」
ヤオ子は顎の下に指を当てる。
「う~ん……。
最近は、あたしよりもテンテンさんの方が使用頻度は高いですかね?」
「テンテンさんも使ってるんだ……」
「ええ。
ここで暗器なんかも作りますよ。
この家はカラオケもするんで防音も完璧ですから、大きな音で機械を動かしても平気ですしね。
お礼に特注のクナイを貰っちゃった♪
・
・
テンテンさんは、よく使うんで合鍵も持っています」
いのが吹いた。
「ヤオ子!
あんた、自分のプライバシーは!?」
「いんじゃないですか?
もう、秘蔵のエロ本を公開した時点で、あたしのプライベートで隠すものなんてないし。
寧ろ、最近、見せる方に欲求することも多いですね」
「この変態が……。
更に磨きを掛けて……」
「まあ、いいじゃないですか。
そろそろ行きませんか?」
「そうする……」
ヤオ子といのは、ヤオ子の家を後にして紅の家へと向かった。
…
紅の家のインターホンを押すと、直ぐに扉が開いた。
紅は、珍しい客に言葉を一拍開けた。
「シカマル以外が訪ねて来るなんて珍しいわね」
「今日は、紅先生にお話があって来ました」
いのの言葉に紅は微笑むと、ヤオ子といのを家の中に通した。
三人がテーブルの前の椅子に各々座る。
そして、紅からいのに話し掛けた。
「お話って、何?」
「実は、凄く大事なことで……」
「大事?」
「はい。
その……アスマ先生の思い出を貰っていいかの確認なんです」
紅が首を傾げる。
今一、話が見えて来ない。
「どういうこと?」
「ヤオ子の記憶の中にアスマ先生と紅先生の思い出があって、
それを私達──私とシカマルとチョウジで貰っていいかと……」
「ちょっと、待って」
「はい」
「疑問は、二つ。
まず、何で、ヤオ子に私達の記憶があるのか?
もう一つは、記憶を貰うということ」
いのは複雑な顔を浮かべると、避けて通れないヤオ子の話をする覚悟をした。
「最初から、お話します。
ヤオ子……いいわね?」
「いいですけど……。
紅さん、お手柔らかに」
「?」
「まず、ヤオ子にお二人の記憶があることなんですけど……。
この子、お二人のデートをずっとストーキングしていました」
紅が吹いた。
「どういうこと!?」
「そのまんまの意味です」
紅のグーが、ヤオ子に炸裂した。
「何てことをしてたの!」
「あたしのささやかな趣味です……」
「一体、何処まで見てたの!?」
紅がヤオ子の首根っこを持つと、ヤオ子は完全に視線を逸らして呟く。
「キス…するとことか……。
抱き合ったりしてるとこまで……」
いのは顔を少し上気させ、紅はヤオ子にグーを炸裂させた。
「本物の変質者じゃない!」
「否定はしません。
あたしも、それを誇りに思っています」
「「思うな!」」
紅といののグーが、ヤオ子に炸裂した。
いのが咳払いをする。
「話が進まないので、制裁は後でいいですか?」
「ええ……」
「え?
まだ制裁加えるの?」
「「当然!」」
二人の迫力押され、ヤオ子が押し黙る。
「ヤオ子の行為は犯罪行為なんですが、
この子、その記憶を他人に伝える術を持っているんです。
それで……。
その中で私達にも頂ける思い出があれば……。
アスマ先生の思い出をいただきたいんです」
「それで初めの『確認』に繋がるのね」
「はい……」
紅が溜息を吐く。
「良いも悪いも確認してみないことには……」
「分かってます。
だから、ヤオ子を連行して来ました」
「そこは、普通に連れて来たでいいんじゃ……」
紅は再び溜息を吐く。
「仕方ないわね……。
私もアスマの思い出を渡せるなら、渡したい思い出もあるもの。
・
・
その術、私も習得できるのかしら?」
「紅さんもいのさん達に見せたいものがあるんですね?
でも、習得は出来ないと思います」
「何故?」
「この術は、心にやましいことがないと習得できないエロ忍術だからです」
紅がテーブルに額をぶつけた。
「な、何それ……」
「エロいことしか伝えられないんです」
紅もいのも複雑な顔で青筋を浮かべている。
「じゃあ、あんたしか使えないわけね……」
「カカシさんも使えました。
ほら、よくエロ小説を読んでるでしょ?」
((馬鹿にしか扱えないのか……))
いのが気を取り直しながら、紅に話し掛ける。
「ま、まあ、そういうわけで、紅先生にヤオ子の記憶を確認して貰ってから、
私達にも頂ける思い出があれば……ということです」
「複雑ね……。
いのの気持ちは嬉しいんだけど、
それを行うヤオ子の過程ががっかりさせるわ」
「それは、私も同じ気持ちです」
項垂れている紅といのを置いて、ヤオ子が紅に近づく。
「じゃあ、始めましょうか?」
「大丈夫なの?」
「カカシさんは平気でした」
「『カカシだから、平気だった』じゃないでしょうね?」
ヤオ子が顎に指をあて考える。
「それは考えられますね。
普通の人間以上にエロい私やカカシさんだから耐えられたのかも?」
(何か、段々とカカシがダメ人間に思えて来た……)
「全二十四巻で構成されて記憶してあるんで、一巻ずつ行きましょう」
「不安になって来たわ……」
「この術は幻術を応用しているんで、
精神に少し隙を作っといてくださいね」
「はぁ……。
分かったわ……」
ヤオ子がチャクラを練り上げ、印を結ぶ。
「おいろけ・走馬灯の術!」
紅の記憶にヤオ子のストーカー行為第一弾の記憶が加わる。
一気に詰め込んだ前回と違い、紅に精神的負担を掛けることはなかった。
そして、紅の瞳から涙が零れる。
「覚えてる……。
この場面……。
とても、日差しが暖かかった……」
「紅先生……」
「紅さん……」
「他人からは、こういう風に見えていたのね……」
「ええ。
とても幸せそうでした」
紅がヤオ子に微笑むと、そのままヤオ子にグーを炸裂させた。
「ほぼ始めの頃からストーカーしてたのね!」
「ぐあぁぁぁ!
こ、これって、あたしの犯罪行為の生激白じゃないですか!?」
「ヤオ子、あんたって……」
「と、兎に角、紅さん!
暴力は、よくありません!
一回一回、殴らないでください!」
「寧ろ、一回一回、殴らないと気が済まないわ!」
(その気持ち、分かるなぁ……)
その後、ヤオ子は二十三回術を掛けて、二十三回殴られた。
…
ヤオ子が頭から煙を上げながらテーブルに突っ伏す。
「い、以上です……」
一方の紅の顔は上気している。
決して殴り続けたために体が火照ったわけではない。
ヤオ子のストーカー行為が及んだ場面の恥ずかしさのためである。
「この子、本物の馬鹿だわ!」
「はは……」
(紅先生が、ここまで怒ったところなんて見たことない……)
「やっぱり、黙って心に封印しておけば良かったかも……」
紅が咳払いをする。
「十八番目の思い出なら、許可します」
「何の思い出ですか?」
「あの人が……。
あなた達の中忍試験を褒めてる思い出」
「あ……」
「きっと、素直に褒められない人だから……。
ちゃんと覚えておいた方がいいわ」
「何を言ってるんですか……」
「ヤオ子?」
ヤオ子がムクリと復活する。
「そんな、こっ恥ずかしいこと、誰だって言えないですよ」
「……それもそうね」
紅が思い出に微笑む。
いのは、紅の微笑みに大事なものを貰うことを強く認識する。
「では、紅先生。
その思い出だけ……皆で貰います」
「ええ。
大切にしてね」
「はい」
そして、いのはヤオ子のポニーテールを掴んだ。
「さて、最後に大きな問題が残ったわね」
「な、何ですか? いのさん?」
「それは、私も気付いていたわ」
「紅さんまで……。
・
・
ハッ!
さっきの制裁の件ですか!?」
二人が首を振る。
「「ヤオ子の頭に残った記憶の消去よ」」
「え?
・
・
そんなのいいじゃないですか。
元々、あたしの記憶なんだし」
「ダメね……」
「何で?」
「あんな恥ずかしい行為を覚えている人間を野放しに出来ないわ!」
「あ、あたし、口は硬いですよ!」
「しかも、他人に伝える術まで開発して……!」
「そのお陰で思い出を共有できるんでしょ!」
いのが紅の肩に手を置く。
「紅先生……。
いいことがあります」
「何かしら?」
「私達が思い出を頂いたら、ヤオ子の記憶を消します」
「いのさん……。
人の記憶は、そんなに簡単に消えませんよ?」
「大丈夫よ。
ショック療法で消すから」
「待った!
何!? その力任せな原始的な方法!?
そんなの死ぬ! 死ぬって!」
「いい考えね……いの」
「おかしいって!
二人とも!」
「このガキ、絶対に他にも言えないストーカー行為をしているに違いありません!
女の敵は、完全に記憶を失わせます!」
「あたしも女だ!
女の敵って、何だ!?
亡き者にして記憶を抹殺する気か!?」
「私も手伝おうかしら……」
数日後、いの、シカマル、チョウジに記憶が渡った後で、一人の少女の断末魔が里に響いたという。
そして、ヤオ子のストーカー行為は綱手の耳にも入り、おいろけ・走馬灯の術は禁術に指定された。
しかし、それでもヤオ子のストーカー行為は治らず、日々、里には変態的な都市伝説が増えていった……。