== NARUTO ~うちはサスケと八百屋のヤオ子~ ==
その日、いつも通りに紹介場を訪れた。
いつも通り、今月の木ノ葉の経理を処理する日……。
いつも通り、ドアを開け……。
いつも通り、セクハラしようとした瞬間に、綱手に弾き飛ばされ……。
いつも通り、シズネの口から任務が言い渡され……なかった。
第58話 ヤオ子とフリーダムな女達
綱手の付き人のシズネの前に、ご意見番のコハルが居る。
コハルはシズネにヤオ子の任務の予約リストを突き付けていた。
「あひィーッ!」
シズネ独特の驚いた時の叫び声が響く。
「どういうことだ?」
コハルが詰め寄ると、シズネはタラタラと汗を流して押し黙った。
代わりに綱手がコハルに質問する。
「どうしたというのだ?」
「綱手。
里の経理──資産管理は、どうしている?」
「シズネから正確な情報を貰っている。
何の問題もない」
「では、シズネが管理しているのだな?」
「そうだ。
私だけで里の情報を把握しきれないからな。
資産管理はシズネに任せて、必要な情報を必要な時に取り出している」
「そうか……。
本題に入ろう」
コハルが予約リストの日付を指差す。
「毎月、この日にヤオ子へ経理の仕事が入る。
予約の指名をしているのは、シズネだ。
・
・
もう、どういうことか分かるな?」
綱手がシズネを睨む。
「シズネ……。
お前……里の経理をヤオ子にやらせていたのか?」
「ア、アハハ……。
バレちゃいましたね……」
シズネが頭に手を当て、笑って誤魔化す。
そんなシズネを見て、コハルが溜息を吐く。
「綱手をサポートするために、お前が里の状態を把握しておくのも大切な仕事のはずだ。
それをヤオ子に任せたら、把握し切れないだろう?」
「そ、それは……」
「大丈夫ですよ」
ここで初めてヤオ子が口を開いた。
「シズネさんは、そこら辺を五分で把握出来るように、
あたしに最後に簡易リストを提出させてますから」
綱手とコハルの視線がシズネに突き刺さる。
シズネは、更にタラタラと汗を流す。
「ほう……。
いい御身分だな……。
自分は、何もせずにヤオ子に丸投げとは……」
「道理で、最近の綱手からの報告に一分の隙もないはずだ……」
「だから、言ったのに……。
予約者をシズネさんにしてたら、いつかバレるって」
「…………」
シズネは小さくなっている。
「ヤオ子、この任務はしなくともよいぞ」
「あひィーッ!
コハル様! あの量は、一日じゃ無理です!」
「ヤオ子の予約時間は、二時間であろう?」
「この子と普通の人間を一緒にしないでください!」
「シズネさん……」
ヤオ子は項垂れた。
「私がやったら、いつまで掛かるか分かりませんよ!」
「明日の八時まで時間はある」
「綱手様!」
シズネが綱手に縋るような目を向ける。
しかし、綱手は両手を組んで小さく息を吐き出すだけだった。
「正直に言えば、こんな事にはならなかっただろうに……。
里の経理が大変なのは知っている。
しかし、自分が日々溜め込んだ仕事をヤオ子に丸投げするのは感心せんな」
シズネに味方が居ない。
しかし、この状況の中、ヤオ子には疑問に思うことがあった。
「何か……綱手さんらしくないですね?」
ヤオ子の言葉に綱手がビクッとする。
「いつもは面倒ごとがあると、
『ヤオ子に投げとけ』って言う人が、あたしの擁護なんて」
「そ、そうか?
私は、いつも優しさに溢れているぞ」
「まあ、あたしはいいですけど……。
次の任務まで、二時間まるまる余りますよ?」
そこでポンとコハルがヤオ子の肩を叩く。
「緊急任務だ」
「?」
「お主、マッサージが出来るそうだな?」
「はあ……。
任務で、マッサージ、整体、エステティシャンなんてのもしてますから」
「今からしてくれ」
「「は?」」
シズネとヤオ子の声が合わさった。
「してもいいけど……。
三十分ぐらいで終わりますよ?」
「ホムラもおる」
「ホムラさんも?」
綱手が席を立つ。
「シズネ……。
これから用があるから、後を頼む」
全てが繋がった。
「綱手様!
綱手様もマッサージをして貰うつもりでしょう!?」
「緊急任務だ。
二時間で戻る」
「時間もピッタリじゃないですか!」
シズネの悲痛な叫びに、ヤオ子も顔を顰める。
「いいんですか?
里の経理より、マッサージを優先して?」
「大丈夫だ。
シズネは虐められて喜ぶMだ」
「綱手様!」
「そうだ。
昔から、何だかんだで仕事はこなす」
「コハル様!」
そんな不満な目を向けるシズネに、綱手はキリリッとした顔で切って捨てる。
「ヤオ子がマッサージの技術を習得するまで待ったんだ。
今日だけは譲れない」
「この時間は長かったな……綱手よ」
いつも意見を違える綱手とコハルの息が、今日だけはピッタリだった。
そして、綱手とコハルの会話のせいで、ヤオ子の頭を理由も分からず通っていた任務の数々が駆け巡る。
「あ、あたしって!
このためだけに任務させられてたの!?」
「「そうだ!」」
「…………」
((職権乱用だ……))
「医療忍者の方が体のツボとか理解してんじゃないの?」
「そ、そうですよ!
マッサージなら、私が代わりに──」
「「プロの技でなければダメだ!」」
(プロって……あんた達……。
あたしの今の腕は、どんだけ忍者から掛け離れてんだ……)
ヤオ子だけでなく、シズネも項垂れる。
「「ううう……。
あんまりだ……」」
紹介場にシズネを残し、綱手とコハルはヤオ子を引きずり去って行った。
…
夜八時少し前……。
本日、最後の任務であるいつものケーキ屋の手伝いを終えて、ヤオ子が帰宅する。
「う~ん!
・
・
はあ……。
疲れた……」
家に着くと早速伸びをして、ヤオ子はテーブルの前に新作の試作ケーキの詰め合わせの箱を置いた。
「お土産に貰ったけど……。
この量だとお夕飯ですね。
栄養のバランスが悪いけど、これでお夕飯にしちゃおうかな?」
ヤオ子が箱を開けようとすると、インターホンが鳴った。
「ん?
誰だろう?
こんな時間に?」
更に鳴る。
連射して鳴る。
あまりにしつこいので、ヤオ子は玄関に走り、勢いよく扉を開けた。
「こんな夜中に、何の悪戯だ!」
そして、ガバッ!と抱きつかれた。
「な、何っ!?」
「ヤオ子ちゃ~ん!」
「シズネさん!?」
ヤオ子に抱きついていたのは、シズネだった。
「全然、終わらないの~っ!
助けてーっ!」
「終わらない……って、朝から!?」
「そう!」
「どうして!?」
「サクラといのとヒナタに助っ人して貰っても終わらないの!」
シズネ……もう直ぐ三十路、もしくは、既に三十路。
九歳の女の子に泣きつくの図。
「な、何で!?」
「ヤオ子ちゃんの処理能力が高いから、
調子に乗って仕事量を拡大していたら……こんな事にーっ!」
「オイ……。
この人、今、さりげなく凄いことを白状したよ……。
仕事する影分身が徐々に増えるから、おかしいとは思ってたけど……」
「助けて! お願い!」
「今からですか?」
「そう!」
「嫌ですよ」
「ヤオ子ちゃ~ん!」
シズネが泣きついて離れない。
シズネ……もう直ぐ三十路、もしくは、既に三十路。
九歳の女の子に泣きつくの図……継続中。
ヤオ子は溜息を吐く。
「分かりましたから……。
手伝いますから……」
「本当?」
「はい。
ホラ、泣かないでください」
ヤオ子がティッシュペーパーの箱を渡すと、シズネが涙を拭いてチーンと鼻をかむ。
(まったく……)
シズネは、まだグシグシ言っている。
「シズネさん……。
ケーキありますから、食べていってください。
これあげるから、もう泣いちゃダメですよ」
「ありがとう……」
九歳児に慰められる大人……。
そこには何とも微妙な絵面があった。
~ 十分後 ~
「ヤオ子ちゃん!
これ美味しい!」
「そうですか……」
シズネ復活。
そして、ヤオ子は、更なる仕事をすることになった。
…
シズネに割り当てられた部屋で、電卓と格闘する少女が三人……。
サクラは勢いで必死に打ち込んでいる。
いのは検算が合わなくて怒り狂っている。
ヒナタは慎重に打ち込んでいる。
「カオスですね……」
扉を開けたヤオ子の第一声がそれだった。
その声で気付き、サクラがヤオ子に走ってくる。
「あんた!
私らに何をやらせんのよ!」
サクラがヤオ子の首を締め上げる。
(あたしのせいじゃないのに……)
その怒り狂うサクラをシズネが宥める。
「サクラ、落ち着いて。
助っ人として連れて来たんだから」
「シズネ先輩……。
分かりました」
(何? サクラさんって……。
綱手さんとシズネさんには逆らえないの?)
ヤオ子は使えるか使えないか分からない情報を手に入れた。
そして、シズネに宥められ、サクラの手から解放されたヤオ子は、早速、サクラに質問をする。
「ところで……。
捗っているんですか?」
「1/3ぐらいね。
このままだと朝までに終わらないわ」
次に、いのがヤオ子の顔を捕まえて右に向かせる。
「いいところに来たわ!
この検算がいくらやっても合わないのよ!」
「また、いきなり……」
ヤオ子がいののやっていた経理の検算をチェックする。
上から下に眺め、頭の中で数回の計算を繰り返すと、過去に蓄積されたパターンから同じ手口が頭に浮かぶ。
「まただ……。
・
・
シズネさん。
この『根』って言うとこ、二重取りしようとしてますよ」
「ええっ!?
また!?」
「この前も言ったじゃないですか。
厳重注意ですよ」
「分かったわ。
・
・
しかし、何でまた……」
ヤオ子がいのに振り返る。
「いのさんのせいじゃありませんよ。
シズネさんの注意のし忘れ……というか、根の人達のせいですね」
「そっか……。
しかし、そんなのどうやって判断するのよ?」
ヤオ子が山積みされている資料をポンポンと叩く。
「読んで系統を得る!」
「出来るか!」
「まあ、初心者がやるにはキツイですね」
最後にヒナタが声を掛ける。
「ヤオちゃん。
こんばんは」
「こんばんはです。
ヒナタさんは清涼剤のような存在ですね」
((どういう意味だ……))
「私……。
あまり進まなくて……」
「初めは誰でもそうですよ。
恐怖と緊張で雁字搦めにされて、
生死の堺を彷徨った後に心眼が開けるんです」
(((そんなの嫌だ……)))
「あたしは、そうやって技術を習得しています」
(((何回、死に掛けてるわけ?)))
ヤオ子が、にこりと笑う。
「後は、あたしが引き受けます。
皆さん、お疲れ様でした。
・
・
これ、差し入れです」
ヤオ子がお土産に貰ったケーキを代表してサクラに渡すと、サクラは手渡された箱を開く。
「ケーキね。
・
・
一個ないんだけど?」
「シズネさんをあやすために……」
「あ…そう……」
(また泣いたんだ……)
「あたしの分も残しといてくださいよ。
夕飯なんですから」
「夕飯って……何でよ?」
「お土産にそれ貰って、腐らせるのも何なんで夕飯にしようとしたら、
シズネさんが現れたんです」
サクラは概ねの事情を理解すると頷く。
「分かったわ。
二つでいい?」
「ええ。
・
・
では!
猛れ! あたしの妄想力!」
ヤオ子が禍々しいチャクラを練り上げ、印を結ぶ。
「影分身の術!」
影分身が五体現れ、本体と分身が一糸乱れぬ作業を開始する。
資料の整理、分担。
電卓を弾く。
結果を書き込む。
シズネ用のリストを作成する。
そして、ヤオ子達がテキパキと作業をする横で声があがり始める。
「何これ!? 新作!?」
「そうなのよ!
さっき食べたブルーベリーソースのチーズケーキが最高なの!」
「え!?
そんなのありませんよ!?」
「よく見ると全部種類が違うわ!」
「どうする!?
何から食べる!?」
(イライラ……)
「でも、ヤオ子に二つも残さないといけないのよね」
「どれを残す?」
「量の少ないのか……。
今まで食べたことがあるものを残すべきね」
「それ……。
ヤオちゃんの差し入れなんじゃ……」
「いいのよ。
私らの労を労うために持って来たんだから」
「そうよ!」
「あそこのケーキ屋の新作を発売前に食べられるなんて滅多にないんだから!」
(イライライライラ……)
「でも、新作じゃないショートケーキも入ってるわよ?」
「本当?」
「本当だ……。
これ、昔からあるじゃない」
「じゃあ、これをヤオ子の分にしましょう」
「そうね」
「あとは……」
「シュークリームでいいんじゃない?」
「そうね。
今更って気もするし」
「じゃあ、ヤオ子には、
ショートケーキとシュークリームで」
(いいのかな……)
(イライライライライライラ……)
「いの。
どれにする?」
「どれも捨て難いわね」
「ヒナタは?」
「え?
私は、どれでもいいけど……」
「私は、どれにしようかな?」
「サクラ。
私には、聞かないの?」
「だって……。
シズネ先輩は抜け駆けしたじゃないですか」
「そういう言い方ないじゃない」
(イライライライライライライライラ……)
「そうだ!
四分割にして全種類食べましょう!」
「いの!
ナイスアイデア!」
「そうね。
それがいいわ!」
「シズネ先輩は、一つ分我慢してくださいよ」
「え~!
私も、ヤオ子ちゃんのケーキを食べたい!」
「皆!
仲良くしよう!」
「ヒナタ……。
あなたはいい子ね」
シズネがヒナタを撫でる。
「ヒナタばっかり……」
「サクラ、切ったわよ!」
「早っ!
あんた、無視してそんなことしてたの!?」
「いいじゃない♪
さ、食べよ♪」
「「「「いただきま~す♪」」」」
(ブチッ!)
ヤオ子がキレた。
「うっさいですよ!」
全員が振り向く。
「黙って食ってろ!」
「うるさいのは、あんたよ!
スイーツを前にテンション低い女の子って、どうなのよ!」
「人に仕事させてハイテンションにしているより、
百倍も二百倍もいいですよ!」
「手、止まってるわよ」
「あ、すいません……。
・
・
って、何で、あたしが注意されるんですか!」
「静かにして!
じっくり味わいたいんだから!」
ヤオ子はやさぐれた。
「差し入れなんて持って来るんじゃなかった……。
四人のうち三人がキレキャラだから、誰が話してるか微妙に分からないし……。
・
・
木ノ葉の里ってボケのナルトさんが主人公だから、突っ込みの割り合いが無駄に高いんですよ……。
そして、それがドSの増殖にも繋がっているんです……」
ヤオ子は項垂れてブツブツと何かを呟くと、やがて仕事に戻った。
ケーキがなくなるまでの間、ヤオ子はイライラしながら仕事をこなしていった。
…
夜十時少し前……。
「終わった……」
影分身が同じ様に項垂れて煙になる。
静かになったサクラ達に目を移すと……。
「寝てやがる……。
食ってる時だけ騒ぎやがって……」
ヤオ子はシズネに近づくと、チョンチョンと突っつく。
「……ん?」
「終わりましたよ」
「……何が?」
「…………」
ヤオ子は拳を握る。
「あんたが九歳児に泣きついた仕事だ!」
シズネがビクッ!とする。
「あ…ああ!
あれね!
ありがとう!
助かったわ!」
「まったく……。
ちょっと、トイレに行ってきます」
ヤオ子はシズネ用の簡易リストを渡すと部屋を出て行った。
残されたシズネは簡易リストに目を通す。
「さすがね。
私達が十二時間掛けても終わらなかったものを二時間でやり切るなんて……。
・
・
多重影分身……必須科目にすればいいのに」
そこに扉が開き、誰かが入ってくる。
「結局、ヤオ子に泣きついたのか?」
「綱手様……」
「後片付けぐらいやってやれ」
「はい」
頷いたシズネに視線を向けた時、綱手の目にテーブルに置かれたままの箱が目に入った。
「ん? それは何だ?」
「ああ……。
それはヤオ子ちゃんの──」
「ほう。
美味しそうだ」
綱手がシュークリームを手に取り、一口食べる。
「あ!」
「本当に美味しいな……。
まだ、あるのか」
そして、ショートケーキも捕獲する。
「ああ!」
「どうした?」
「それ!
ヤオ子ちゃんの分!」
「ヤオ子?」
そこにヤオ子が戻る。
「シズネさ~ん♪
あたしのケーキ~♪」
「そ、それが……」
シズネが恐る恐る箱を見せる。
「空?」
シズネの隣りでは、綱手が手のクリームを舐めている。
「ちょっと!
綱手さん!
あたしの食べたの!?」
「おまえのだったのか?」
「そうですよ!
あたしの夜食!」
「シズネが食べていいと言ったのでな」
「言ってません!」
「どうして!?
何で、いつもあたしだけ!?」
「まあ、そう怒るな。
これをやるから」
「ん?」
ヤオ子は綱手から何か受け取った。
「お酒?
・
・
未成年だ!」
「そうか。
それは残念だ」
ヤオ子は地団太を踏む。
「あったま来た!
今、やった仕事をなかったことにする!」
「「は?」」
「かつてのサスケさんのように、豪火球の術で経理の記載をもや──」
「え!?
サスケ君!?」
起き上がったサクラの頭突きがヤオ子に炸裂する。
「っ~~~!
この色情狂がーっ!
寝ぼけるのは夢の中だけにしろ!」
「何だ……。
ヤオ子か……」
サクラが、また眠りに落ちる。
「今度こそ!
豪火球の術で!」
「そんな暴挙を許すか!」
綱手のデコピンが、ヤオ子に炸裂する。
「ううう……。
あんまりだ……」
「まったく……。
ホラ、着いて来い!」
「?」
「行きつけの屋台に連れて行ってやる」
「綱手さん……」
「シズネ。
後は、任せたぞ」
「はい」
綱手がヤオ子と部屋を後にすると、残されたシズネはホッと息を吐き出して焼かれずに済んだ成果を纏め始めた。
…
屋台に向かう途中で、綱手がヤオ子に話し掛ける。
「なかなかいい味なんだぞ」
「期待してますよ。
ずーっとお預け食らってんですから」
「ああ。
任せておけ」
それから、二人でおでんの屋台の暖簾を潜り、ヤオ子はお腹一杯におでんを詰め込んだ。
ご褒美のおでんは美味しかった。
しかし、その後、酔った綱手の介抱をすることになるなど、ヤオ子は知る由もなかった。
…
その頃のダンゾウ……。
「ダンゾウ様。
また失敗しました」
「今までバレなかったのに……何故だ?」
「急にシズネ女史の経理能力があがりまして……」
「言い訳はいらん」
「申し訳ありません」
「下がれ……」
「は」
一人になったダンゾウが考え込む。
「何故、急に伝票の細工に気付き出したのだ?
二重三重に裏工作をしていたはずだったが……」
裏工作失敗の裏にシズネの仕事放棄の手抜きとヤオ子の雑務能力の高さが絡んでいるなど、ダンゾウには想像も出来なかった。
ある意味、シズネの怠惰が根への裏資金を阻止したのだった。
そして、足が着くのを恐れた根からは二重取りの伝票はあがらなくなったとか……。