== NARUTO ~うちはサスケと八百屋のヤオ子~ ==
木ノ葉への帰宅の途……。
帰りは行きと違い、静かだった。
ヤオ子は、一言も話していない。
そして、半分以上の道のりを歩き切ったところで、ヤオ子はようやく重い口を開いた。
「ヤマト先生……。
任務失敗ですね」
「どうして?」
「…………」
ヤオ子が言葉に出さずとも、ヤマトには察しがついた。
今まで掴みどころのない女の子と思っていたヤオ子だが、芯の部分は責任感が強い子だった。
今回の任務では、それがよく分かった。
ヤマトは歩きながら、ヤオ子に話し掛ける。
「今回の任務を、ボクは失敗とは思わない」
「どうしてですか?」
「君の友達が亡くなったのは悲しいことだけど、
君のお陰で他の村の子供達は救われるはずだ」
ヤオ子は少し間を空け、呟く。
「……あたしじゃないです」
「違うよ。
君も頑張った。
・
・
あそこに居た人達で手を抜いていた人が居たのかい?」
「……いません」
「だったら、皆の成果だろう?」
「……そうなのかもしれない」
あの色々と失った日……。
自分は未熟だった。
そう感じたのは、自分が取り組んでいた日々の姿勢のせいでもあった。
忍者になりたくない。
危険なことはしたくない。
そのせいで忍としての修行を何処かで手を抜いていたのではないか。
そのせいで大事な友達を失う結果になったのではないか。
だけど……。
あの時、あの場に居た時に手は抜いただろうか?
全力を尽くさなかっただろうか?
いいや、全力だった。
それだけは嘘じゃない。
「目的の薬売りは捕まえた。
成果も、ちゃんとあったんだ」
「そう……ですね。
成果も皆で半分こですね」
「そうだ。
出来なかったことを受け止めるのも大事だが、
出来たことに胸を張れなければいけないと、ボクは思うよ」
「ヤマト先生……。
ありがとう」
ようやく気が緩んだヤオ子を見て、ヤマトはヤオ子に微笑んだ。
第43話 ヤオ子の初Cランク任務⑤
ヤマトとヤオ子は行きと同様に途中で夜を明かし、明方、木ノ葉に到着した。
そのまま任務の報告へと足を向け、紹介場ではコハルが待っていた。
任務の報告を受け、コハルはヤオ子に話し掛ける。
「辛い任務であったな」
「はい」
ヤオ子はコハルに普段通りの声で返し、この時には落ち込んでいる素振りは見せなかった。
コハルとヤマトは、それが気持ちを建て直そうとするヤオ子の見えない無理あることは薄々気付いていた。
「今日は、ゆっくりと休め。
明日からまた、いつも通りの任務を言い渡す」
「はい」
「では、下がってよい。
ヤマトは残るように」
ヤオ子はヤマトに小さく頭を下げる。
「では、ヤマト先生。
お先に失礼します」
コハルはヤオ子の後姿を見送ると、ヤマトへ訊ねる。
「お前の報告書に指示があったから、休暇を一日だけにしたが……。
いいのか?
明日から、任務をさせて」
「体を動かさせてあげてください。
ヤオ子は、その方が楽なはずです」
「そうか……。
お主達の任務の成果は、後日、結果が出る。
今は各村に医療部隊を回らせておるからな」
「はい」
コハルが座り直す。
「さて、もう一つの方だ。
ヤオ子の能力は、どうだ?」
ヤマトは右の掌を返す。
「かなりのものだと思います。
本人はチャクラの量や体術の欠点をあげていますが、
比較対象は、うちはサスケのようです」
「それでは無理があるはずだ。
あやつは、中忍試験の本戦まで残った奴だぞ」
「はい。
実際、アカデミーで習う術は習得済みでしたし、
それ以外の術も習得しています。
それだけでなく、本人は自分の属性を理解して術の習得もしていました」
「大したものだ」
「しかも、オリジナル忍術まで開発して」
ヤマトの言葉にコハルが思い出したように話す。
「そこら辺は、母親譲りだな」
「母親?」
「くノ一だったのだ。
里の『きょうき』と呼ばれたな」
「それは……自来也様では?」
「木ノ葉の都市伝説の方だ」
「都市伝説?」
「狂った姫と書いて『狂姫』として伝わっておる。
悪い噂八割で、良い噂二割だ」
「……気になりますね」
「まあ、今となっては、
尾ひれがついて全然違うものになっているがな」
(どんな親子関係なんだろう?
遂に親の二つ名まで出て来ちゃったよ……)
「報告は、以上か?」
「いえ、もう一点。
ヤオ子には忍者としての欠点がありました。
心の部分の成長が技術に伴っていないのです」
「忍びとしての覚悟のことか?」
「いいえ……。
純粋に子供であるということです」
「子供か……」
「我々は大きな勘違いをしていました。
彼女の子供らしからぬ知識や行動から、肝心なことに気付かなかった。
そして、それはじっくりと育ててあげなければいけないことです。
何故、忍が必要なのか?
何故、武器を握るのか?
彼女が子供だからこそ、しっかりと覚えさせなくてはいけません。
彼女はアカデミーにも行っていないので、認識も成長も中途半端です」
「そうだな……。
未来を担う忍になるなら、しっかりと理解させないといけないな」
「はい。
だから、彼女には任務をさせながらも、もう暫く子供でいる時間を与えてください。
次の段階に進む時は、ボクが判断します」
「うむ……。
よく分かった。
・
・
他は、ないな?」
「はい」
「では、また暫く暗部に戻って貰うぞ」
「分かりました」
ヤマトが退室すると、コハルは椅子の背にもたれて呟く。
「一体、どんな忍になるのか……。
母親のようにだけはならないで欲しいものだ」
コハルは溜息を吐いた。
…
任務の報告を終えたヤオ子は自宅に帰らず、そのままの足で木ノ葉病院を訪れていた。
何故かサスケに無性に会いたかった。
口では悪く言っても、何だかんだで最後に頼りにするのはサスケだった。
そして、ヤオ子はサスケの病室へと歩いて行く。
今日は面会謝絶の札は掛かっていない。
中を見ると、寝たきりのサスケ以外誰も居なかった。
ヤオ子は隣の面会謝絶の札を勝手にサスケの部屋の扉につけると扉を閉め、サスケの近くの椅子に座った。
「サスケさん……。
そのままでいいんで聞いてください」
ヤオ子は寝たきりのサスケに懺悔をするつもりで面会謝絶の札を掛けたのだった。
「あたし、Cランクの任務をして来ました。
そして……。
初めての同い年の子と友達になったんです。
直ぐに……亡くなっちゃったんですけど」
「…………」
「その時、犯人を殺そうとしました。
復讐です」
「…………」
「許せなかったんです」
「…………」
「サスケさんは、こんな辛い思いを背負っていたんですか?
一族全員だから、もっと辛いんですか?」
「…………」
「あたしは復讐できませんでした。
今でも胸には、何か晴れない気持ちが残っています」
「…………」
「でも……。
きっと、この気持ちとは向き合えると思うんです。
ヤマト先生やイビキさんと半分こしたら、少しですが楽になりました。
一人では抱えきれなくても、あたしには一緒に向き合ってくれる人達が居るからです」
「…………」
ヤオ子は目を擦る。
そして、暫く何も言わないサスケを見つめる。
「えへへ……。
話したら楽になりました。
地面に穴掘って叫んだ人みたいに。
・
・
サスケさんの気持ちも誰かと半分こ出来れば、
きっと、少しは楽になれるのに……。
ナルトさんやサクラさんじゃ、ダメなんですか?」
「…………」
「いっそのこと、カカシさんを騙して復讐する仲間に取り入るとか?」
「…………」
「そういうタイプじゃないですね。
ありがとうございました。
あたし、行きます」
ヤオ子は窓際を見つめる。
そこには一輪の花が花瓶に飾られていた。
「お花がある……。
誰かがお見舞いに来ているんですね」
ゆっくりと立ち上がり、ヤオ子はサスケの足の方に移動する。
「数日振りなので、インクが薄くなっているかもしれません。
書き直しますよ~」
ヤオ子は勝手にサスケの足の裏を確認する。
「思ったほどでもないか。
でも、一応。
・
・
え~と……ヤ──」
ヤオ子がマジックで前回の文字をなぞろうとした時、サスケの踵がヤオ子の口に突っ込まれた。
「んむぅ!」
(何これ!?
起きてる!?
起きてるって! 絶対!
サスケさん、意識覚醒してます!)
ヤオ子がサスケの踵を吐き出し、足の裏に目をやる。
「ひィィィ!」
涎で擦れた文字が『ヤオコラブ』から『ヤオコロス』に変わっていた。
「何これ!?
ワザと!?
偶然!?」
訳が分からない状態で、ヤオ子は慌ててサスケの足の裏を雑巾で拭き取る。
「こわっ!
何か怖い!」
ヤオ子は、一目散でサスケの部屋を逃げ出した。
そして、その後に訪れたサクラが数分の間だけ席を外したうちに面会謝絶の札が下げられ、パニックを起こしたとか起こさなかったとか。
…
数日後……。
ヤオ子は、普段通りのDランクの雑用任務をこなしていた。
そして、今日は任務報告を終え、久々の午後の早引きをしていた。
「毎週金曜はケーキ屋さんのアルバイトみたいですね。
あそこの店長、いつ自立できるんだろう?」
ヤオ子の手には大き目のケーキの箱が二つ握られている。
「帰り際に医療部隊の人には差し入れしたからOKでしょ。
あたしの掴んだ情報だと、この通りをヤマト先生とイビキさんが──。
・
・
あ! 発見!」
ヤオ子は街道を歩くヤマトとイビキに駆け寄り、元気よく声を掛ける。
「こんにちは!」
ヤオ子の声に二人が振り向く。
「どうしたんだい?」
「えへへ……。
ちょっとね。
・
・
何ですか? イビキさん?
あからさまに嫌そうな顔して」
「これが普段の顔だ」
「そうですか」
(このガキ、何しに来たんだ?)
ヤオ子に関わった下忍の試験以来、イビキは未だにヤオ子に苦手意識を持っていた。
例え、ワンクッション挟んでヤオ子の違う一面を垣間見たとしても、それは簡単に拭い去れるもではなかった。
そのイビキの胸中など知ることなく、ヤオ子は笑顔で持っていた白い箱を差し出す。
「はい。
こっちがヤマト先生。
こっちがイビキさん」
ヤオ子に手持ちのついた白い箱を手渡されると二人は疑問符を浮かべ、ヤマトがヤオ子に訊ねる。
「何これ?」
「あたしの気持ちです。
この前、ありがとうございました」
ヤオ子がヤマトとイビキに微笑みながら頭に手を当てる。
「お礼は、前にも言ったんですけど、形でも渡したいな……なんて思って。
任務で行ってるケーキ屋さんの店長に頼んで、職場と材料を借りて作りました」
「手作りケーキか」
「オレは、こういったものは……」
イビキは複雑な顔をしていた。
「はは……。
イビキさんは、そういうの食べなさそうですもんね。
でも、そうじゃないかと工夫しました。
イビキさんの箱には『苦い』と『甘い』が両端についてるでしょ?」
「ああ」
「チョコレートケーキの甘味が違うんです。
真ん中が普通。
大人の男の人でも大丈夫だと思いますよ」
「気を遣って貰って悪いな……ありがとう」
イビキの微笑む顔を見て、ヤオ子は顎の下に指を当てる。
「へ~。
イビキさんって、そうやって笑うんですね」
「まあな。
それにしても……こんなに食べれんぞ?」
「部隊の皆さんで食べてください」
「ああ。
ありがたく頂くよ」
ヤマトも複雑な顔をして、ヤオ子に訊ねる。
「ヤオ子……。
ボクは、この量をどうしろと?」
「カカシさんとか試験の時のお仲間が居るでしょ?
種類が全部違うから、皆さんで、どうぞ」
「そうするかな?。
そうなるとアンコさんに頼まれてた団子は、どうしよう?」
ヤオ子はヤマトに指を立てる。
「あたしの勘ですけどね。
買った方がいいですよ」
「どうして?」
「『団子は、別腹』って言って文句言います」
「…………」
「ヤオ子に従おうかな」
そんな会話をして、三人は笑いあった。
ヤオ子は振り返りながら手を上げる。
「じゃあ、これで」
「「ありがとう」」
「どういたしまして。
・
・
あ! ヤマト先生!」
「うん?」
「年上もいいもんですね!」
ヤオ子は笑いながら大きな置き土産を残して去って行った。
「何だ? 今のは?」
首を傾げるイビキの横で、ヤマトは額を手で覆う。
「しまった……。
捕食リストにエントリー権が立った……」
ヤマトがイビキに捕食リストの話をすると、イビキは苦笑いを浮かべた。
しかし、ヤオ子にいつも通りの明るさが戻って来たので、ヤマトとイビキに悪い気はしなかった。
…
追伸1:
その後、尋問部隊でチョコレートケーキのビター風味が流行った。
追伸2:
やはり、アンコは『団子は、別腹』と言い切った。
そして、ヤオ子の通うケーキ屋に上忍の常連さんが少しだけ増えた。