== 番外編・実験ネタ・混ぜるな危険 第3話 ==
黒子の所属する風紀委員第177支部……。
黒子がヤオ子と別れて、二日が過ぎた夕方。
第177支部にて、ヤオ子を引き渡した黒子にメールが届く。
「学園都市の照合データなし。
戸籍なし。
身元引受人なし。
・
・
三日後に学園都市を退去……。
退去って、この状態で放り出しますの?」
黒子の胸には、ヤオ子の言葉が残っていた。
『黒子さんを信頼する証拠に置いて行きます。』
(私は、あの方に信頼されていたというのに)
黒子は、暫くイライラしながらメールを読み返す。
そして、メールの末尾に書かれている電話番号に電話を掛けた。
…
学園都市の学舎の園の外の学生寮前……。
黒子は、ヤオ子を連れて溜息を吐いていた。
「どうしたんですか?」
「私って、こんなに考えなしの人間でしたかしら……。
幾らメールの言い方が気に入らなかったとはいえ……」
ヤオ子は、黒子の様子を見て、にやりと笑う。
「保険を掛けといてよかったです」
「保険?」
「正直、国外退去もあるかと思っていたんですよ」
「……は?」
黒子は、本当に意味が分からないという顔をしていた。
「いや、きっと訳分かんない存在になるだろうなと思っていたので、
黒子さんに迎えに来て貰うしかないと思っていました。
そうなると黒子さんをあたしのところに来させないといけません。
そこで、一か八か私物を人質に置いて、
黒子さんの良心を揺さぶるしかないと……」
「…………」
「黒子さんが友情に熱い人で助かりました」
黒子は、ヤオ子の襟首を掴むと縦に振る。
「利用したのですのね!
私の純情を! 優しさを!」
「縋るものがなくて……。
ただ黒子さんは、同じ変態を見過ごす人ではないと」
「私、変態じゃありませんのよ!」
「もう過ぎたことを言うのは止めませんか?」
黒子のグーが、ヤオ子に炸裂した。
「許し難い屈辱ですわ!」
「まあ、落ち着きましょうよ。
あたしは、全面的に黒子さんの言うことを聞きますから」
「貴女が何の役に立ちまして!」
「忍者ゆえに隠密行動が得意です」
「だから!」
「あの人のヌード写真ぐらい何枚でも撮ってあげますよ」
黒子の動きが止まった。
「……それは、本当ですの?」
「もちろんです。
盗遁術なら、お手の物です。
盗撮、尾行、何ならセクハラまでしてみせますよ」
「本当ですの!」
黒子は、ハァハァと熱い呼吸でヤオ子に迫った。
ヤオ子は、チョキを出す。
黒子は、後ろを向くと咳払いを一つする。
「……期待していますわ」
「任せてください」
変態同士の裏取り引きが成立した。
取引きが成立したことで、ヤオ子が黒子に別の質問を投げる。
「ところで。
あたしは、どうやってここに?」
「貴女の検査結果からは、普通の人間ということしか分かりませんでした。
国籍、戸籍、身元引受人不明。
しかし、私の部屋で何らかの力が働いたのは確か。
よって、私が調査を終了するまで貴女を預かることになりました」
「助かります。
あたしとしても、あの部屋にしか元の場所に帰る手掛かりがないので」
「本当に戻れるのですかね?」
「原因は、あたしの国の力かこの街の力……。
もしくは、その両方じゃないかと思っているんです。
あたしの国にも転送する術がありましたし、
黒子さんに見せて貰った力も転送するものでしたから」
「そうですわね。
明日、支部に寄ってデータバンクから該当する能力者を
探してみるしかなさそうですわね」
「それでは、暫くお世話になります」
「ええ……。
あ、これ仮のIDカードですの。
持っていてくださいな」
ヤオ子は、IDカードを受け取る。
「では、黒子さんに預けたままの道具入れに入れて置きます」
「そうしてください。
・
・
問題は、お姉さまですわね……。
同居人を勝手に増やして許してくれるか……」
「もう、やっちゃったんでしょ?」
「ええ、やってしまいましたわ……」
黒子は、溜息を吐くとヤオ子を連れて寮に入った。
…
208号室……。
そこには茶髪のショートカットの少女に詰め寄られる黒子の姿があった。
「く~ろ~こ~……!
あんた、誰に断わって勝手に同居人を増やしてんのよ!」
「お、お姉さま?
これには深い事情があるんですの……」
「どんな事情があるっていうのよ!」
「そ、それは……」
ヤオ子は、視線で助け舟を出そうかとサインを送る。
黒子は、もの凄い勢いで首を縦に振った。
「あの~……」
黒子の同居人で学年が一つ上の御坂美琴が、襟首を掴んで締め上げていた黒子からヤオ子に視線を移した。
「あたしが全面的に悪くて、
黒子さんは、善意でここに置いてくれただけなんです」
「善意? 黒子が?」
「詳しくは調査中で分かっていないんですが、
二日前にあたしは、ここの部屋に転送されたんです。
それがこの街特有のものか、あたしの国の力によるものか、
今のところ原因が分かっていないんです。
先ほど、黒子さんにお話を伺ったところ、
街を強制退去という形になるはずだったのを黒子さんの善意で調査していただいて、
行き場のないあたしをその間だけ保護してくれると……」
「そういう事情だったの……。
ごめん、黒子……」
美琴は、黒子を解放する。
「いいえ、お気になさらず。
お姉さまに連絡が遅れたのは、私のミスですもの。
急なことだったので時間がなかったとはいえ、申し訳ありませんでした」
ヤオ子は、美琴に確認を取る。
「え、と、誤解は解けましたでしょうか?」
「うん。
・
・
ところで、あなたは?」
「あたしは、八百屋のヤオ子と言います」
「……それ、どんな苗字なの?」
美琴は、微妙な顔でヤオ子に尋ねた。
「変ですかね?
木の葉では気にしませんでしたけど。
ウミノ イルカという人も居ましたから」
「何それ?
凄い可愛いんだけど?」
「男ですけどね」
「…………」
少女の幻想は、打ち砕かれた。
美琴は、気を取り直して黒子に質問する。
「この子、どうするの?
黒子が衣食住を面倒見るわけ?」
「一応、支部の方から少し援助して頂けるように、
申請を出すつもりではいますけど……。
大した額は期待出来ないでしょうね」
「あたし、その辺の鳥とか捕まえて食べてもいいですよ?」
「「食べるな!」」
「じゃあ、獣とか」
「居ないわよ!」
「居ませんわよ!」
「そうですか?」
「どんな野生児なのよ……」
「忍者でしたので、サバイバル訓練も受けてますから……。
ああ、川から魚を捕るという手も」
「目立つ行動は控えてくださいまし。
食費は、毎日置いておきますので、
それで何とかしてください」
「この国の通貨単位が分からないんですけど……」
「やっかいですわね……」
黒子は、額に手を置く。
(どうやら、一般常識から叩き込まないといけないようですわね……。
他にも基本的なルールなんかも……。
私達が学校に行っている間なんか……も?)
「が……。
学校に行っている間……」
「どうしたの? 黒子?」
「お姉さま……。
黒子は、大変なことに気付いてしまいましたわ」
「大変なこと?」
「寮監ですわよ。
私達が居ない間にこの子が寮監に接触したらですわ」
「言ってないの?」
「もちろん、住人が一人増えることは支部を通して伝えてあります。
問題は、この国の常識を知らないヤオ子さんが、
何も知らずにあの寮監に粗相を働いたらということです」
「それは大問題ね……」
「寮監って?」
「行けず後家のことですわ」
「何の関係が?」
「関係はありませんが、この寮の支配者みたいな者です」
「支配者……」
(綱手さんみたいな人ですかね?
でも、生死は付き纏わないでしょう)
付き纏うかもしれない。
「まあ、その手の扱いには慣れています。
大人しくしていればいいんでしょ?」
「そうなのですが……。
大丈夫ですの?」
「相手があたしのテリトリー内の人間じゃなければ、
無闇やたらに襲いませんよ」
「……は?
貴女は、人を襲いますの?」
「嫌ですね~。
ちょっと、気に入った人に愛のあるスキンシップをするだけですよ」
「……が。
貴女、お姉さまに手を出すつもりじゃありませんでしょうね!?」
「え?」
ヤオ子は、美琴に視線を移す。
「少しだけなら」
「お姉さまは、私のものですわよ!」
美琴のグーが、黒子に炸裂した。
「誰があんたのものだ!」
「そうですよ。
ここは、平等に皆のものにしましょうよ」
美琴のグーが、ヤオ子に炸裂した。
「あんたら、同じ思考回路してんのか!」
「違います!
黒子は、お姉さまだけに愛を捧げています!」
「あたしは、テリトリー内に黒子さんのお姉さんが居るだけですね」
「どっちも最悪じゃない!
この部屋にただ変態が増えただけじゃない!」
「お姉さま!
私は、変態ではございません!」
「あたしは、変態だって自覚してますね」
美琴は、バリバリと頭を掻く。
「黒子!
この子、本当に大丈夫なんでしょうね!
話を聞く限り、あんたより見境ないじゃない!」
「先ほどから申してる通り、
黒子は、変態ではありませんので分かりません」
「黒子さんは、変態じゃないんですか?」
「当然です」
「じゃあ、ベッドが二つしかないから、
変態のあたしは、黒子さんのお姉さんと一緒に寝ていいですか?」
「ダメに決まっていますでしょうが!
お姉さまとは、私が寝るに決まっています!」
美琴のグーが、黒子とヤオ子に炸裂した。
「誰が一緒に寝るか!
あんたら、揃って危険人物じゃない!」
ヤオ子は、頭を擦る。
「黒子さんのお姉さんは、シャイですね?」
「そうなんですの。
一人寝が寂しいくせにいつもいつも……」
美琴は、限界が近づいていた。
無言でふらりと首を回し、バチバチと放電が走る。
「いい加減にしろーーーっ!」
208号室に雷が落ちた。
黒焦げの何かが二つ転がる。
「お姉さまのいけず……」
「黒子さんのお姉さんは、雷遁が使えるんですね……」
「黒子のお姉さんじゃないわよ!
わたしには、御坂美琴って名前があるの!」
「じゃあ、今度から美琴さんと……」
ヤオ子は、腕組みをして仁王立ちする美琴を見上げる。
「短パン……」
「キャッ!」
美琴は、制服のスカートを押さえる。
「見せパンでしょ?
隠さなくたっていいじゃないですか」
「そういう問題じゃない!」
「そうですよね。
スカートから覗くチラリズムを無視して、
下着を見せないという変態の純真を踏みにじったんですから」
「変態なのか純真なのか、はっきりしなさいよ!
っつーか! 覗くな!」
美琴がヤオ子の顔の前をダンッと踏みつける。
ヤオ子は、隣で黒い煙を上げている黒子を突っつく。
「黒子さん。
この角度からなら、短パンの隙間から下着が見えますよ」
「ふはーっ!
それは本当ですの!?」
「はい。
その位置からなら、左に少し顔を傾ければ」
「あ、見え──」
黒子とヤオ子にグーが炸裂した。
「あんた達! ばっかじゃないの!」
こうして夜は更けていく。
黒子の机の近くではパチパチと静かに次元の穴が開いていた。
だけど、今は、誰も気付かない。
そして、その日、208号室に妙な同居人が一人増えた。