== NARUTO ~うちはサスケと八百屋のヤオ子~ ==
日暮れ時の川沿いの道……。
ここは二人の少年が、よくすれ違っていた場所……。
川に突き出た桟橋に腰を下ろして、一人は川を眺め、一人は小高い川沿いの道から桟橋の少年を見ていた。
そして、お互い気付いて顔が合うと、二人は顔を背ける。
別れ際は、いつもお互いの行動を振り返って笑い合っていた。
第1話 八百屋のヤオ子
その川沿いの道で、二人の少年が一人の少女に対して暴力を振るっていた。
二人の少年は、忍者を養成する学校──木ノ葉の隠れ里のアカデミーの生徒である。
時に、手に入れた力は間違った使われ方をする。
少年達は手にした力を試したかった。
そして、その力の矛先が少女に向けられた理由も簡単だった。
”力を推し量る手頃な一般人であること”
付け加えるなら、自分達のような忍者ではなく弱い存在であることだった。
…
少女のすすり泣く声が響く。
幼い少女のポニーテールを掴み、少年達の殴る蹴るの暴力はエスカレートしていく。
やがて少女が泣くことしか出来ないと分かり、自分達の強さが証明されると、少年達は意気揚々とその場を後にした。
残された少女はすすり泣き、少年達の姿が完全に消えるまで泣き続けた。
そして──。
「ったく! アイツら……」
──少女は、少年達が完全に消えるのを確認すると跳ね起きる。
右肩を廻し左肩を廻し、体を伸ばす。
そして、首を左右に振りながらゴキゴキと音を鳴らしながら桟橋まで歩いた。
「あ~あ……。
鼻血出ちゃってるよ」
少女は右の鼻の穴を指で押さえ、プッと左の鼻の穴に詰まった血をワイルドに吐き出した。
ポチョンと固形化した血が川に落ちると、暫くしてダクダクと何故か一筋の血が川に線を引いていく。
まるで川上から、殺人事件が起きて死体でも流れて来るかのように……。
「粘膜切った……」
少女は盛大に流れ出る自分の鼻血に慌てて鼻を摘まむ。
こんなはずではなかったと上を向き、逆流する鼻血でむせ返る。
(おかしいな……。
この前見た格闘系漫画の主人公は、こうやって鼻血を処理してたのに)
鼻血が止まるまでの時間、少女は妄想に耽る。
妄想の出だしは、ジョルノ・ジョバァーナ風に……。
(この八百屋のヤオには夢がある。
・
・
両親の残した店で、普通に生活をして普通に一生を終える。
お婿さんは不細工でもなく美形でもない。
いや、美形に越したことはない……。
・
・
子供は、二人がいい。
男の子と女の子と一人ずつ。
そして、子供達が大人になった頃に隠居して、ゆっくり余生を過ごす。
死ぬ時は、葬式の準備とかが面倒臭いから旦那より早く死ぬ。
もちろん、老衰の安楽死で……)
更に妄想は続く。
(今日のあれは、未来への投資……。
ガキンチョの今はどうあれ、奴らも大人になる。
道徳的感性が備わって過去を振り返った時、幼い女の子を殴ってしまったというトラウマは拭えない。
・
・
そう……。
奴らは、そのトラウマから抜け出せずに、知らず知らずに罪悪感からあたしの店に足を運ぶようになる。
他の店では野菜を買わずに、あたしの店の野菜のみを買い続ける。
奴らが生きるために必要なビタミンを摂取するのに、
あたしの店を四十年訪れたと仮定して、一体、どれだけの利益が上がるだろうか?
それを考えれば、今日のあれは先行投資だ。
・
・
大体、泣くほどの痛さじゃないし、涙腺コントロールして涙を流すなんて朝飯前だ)
ヤオは涙を止めるのを忘れながら、鼻を摘まんだまま妄想で口元をヘラリと緩ませる。
傍から見ると危ない少女以外何者でもない。
実はこの妙に計算高い少女……まだ八歳である。
忍者とは関係ない八百屋の子としてして生まれている。
身長と体重は、その歳相応の平均値。
Tシャツに短パンの姿は、女の子でも木ノ葉の隠れの里では珍しくない。
ただ、素足にドタ靴はいただけない。
特徴敵なのは茶色の髪の毛で、適度に前髪に振り分けつつポニーテールにしているところだろうか。
ちなみにヤオの木ノ葉で尊敬する人は、シカマル。
愛読書は、八歳にして十八禁のイチャイチャ系。
両親と弟一人の四人家族。
etc...。
…
ヤオが泣きながら将来の妄想でにやけていると、突然、後ろから声を掛けられた。
「オイ、お前。
何で、泣いているのに笑っているんだ?」
「へ?」
誰も居ないと思っていたヤオは『誰か居たっけ?』と振り返る。
いつの間に居たのか、そこには木ノ葉の額当てをした少年が立っていた。
(額当てをしているってことは、もう忍者?
下忍の人かな?)
ヤオは涙腺をコントロールし、忘れていた涙を止めて少年を見る。
鼻血を止めていた指を離し、涙の後を拭う。
少年が話を続ける。
「悔しくないのか?
同じアカデミーの連中にいい様にされて」
「はい?
アカデミー?」
「惚けるな」
「惚けるも何も……。
あたし、八百屋の子でアカデミーには通っていませんよ?」
事態を正確に把握出来ていなかった少年が、意表を突かれた顔をする。
「そうなのか?」
「そうです」
「俺は、てっきり諦めを悟って、笑っていたと思っていたんだが……」
「あたしが、あんな雑魚相手に本気になるわけないでしょ?」
「雑魚って、お前……」
少年は額に手を置き、項垂れる。
少女の様子が、何かさっきと違う。
「アカデミーの奴らを雑魚呼ばわりって、どういう一般人なんだ?」
「それは言えません」
(あたしの妄想なんて、人に言えるわけがない)
「じゃあ、笑ってたのは?」
「…………」
ヤオは笑って誤魔化している。
その笑顔を見て少年は正直な感想を漏らす。
「ただの変態か……」
ヤオがビシッ!と少年を指差す。
「オイ!
いたいけな少女に向かって、何て言い草だ!」
「いたいけな少女は、泣きながら笑わない」
「うっ……」
少年は溜息を吐くと、自己紹介をする。
「オレは、うちはサスケだ。
お前……名前は?」
「八百屋のヤオです」
「そうか。
それでヤオ子――」
「ヤオです!」
ワンランク大きなヤオの声に一瞬は間を置くも、サスケは気にすることなく続ける。
「語呂が悪いな。
ヤオ子って、呼ばせて貰う」
(あたしの名前って、語呂悪いですか?
・
・
いやいや……。
そもそも会って自己紹介して、いきなり名前否定って、何?)
抗議の目を向けるも、サスケは気にしない。
「ヤオ子は、忍にはならないのか?」
注意しても直さないサスケ……。
それを見て、ヤオは思う。
(もう、ヤオ子でいい……)
呼び方の修正を求めることを諦めると、ヤオ子はサスケの質問に答える。
「忍びになんてなりませんよ。
あんなデンジャーでヴァイオレンスな職業」
「珍しいな」
「そんなことありませんよ。
木ノ葉の子が、みんな忍者に憧れるわけじゃありません」
「そうか。
・
・
そういえば、八百屋の子って言ってたな」
「はい」
「八百屋って、あの今にも潰れそうな……あの店か?」
「…………」
(この人、さっきから失礼なんじゃないかな?)
拳を振るわせるヤオ子を無視して、サスケは話を続ける。
「さっきのは悔し泣きだったのか……」
「ハァ!?」
「ヤオ子の家は貧乏だから、アカデミーにも入れないんだな……」
「な、何を言ってるんですか?」
「それで、さっきの奴らに虐められても、
泣きながら笑って耐えていたのか……」
「…………」
(何か、この人勘違いしてませんか?
……それよりも!)
ヤオ子は握っていた拳を更に強く握る。
(さっきから人のことを貧乏貧乏って……!
そっちの方が失礼極まりなくないですか!?)
サスケが腕を組んで頷く。
「分かった。
オレがヤオ子の師匠になって、アイツらより立派な忍にしてやる。」
「え?
・
・
嫌ですよ!
何、素敵に勘違いしてくれちゃってんですか!
あたしは、デンジャーな忍家業なんてしたくないんです!」
「フ……。
まだ意地を張るか。
根性もある……気に入った」
「ハァ!?
何が根性!?」
「頑なに貧乏である事を認めずに、
アカデミーに入れないことを受け入れないところだ」
ヤオ子は地面を踏みつけ、いきり立つ。
「いい加減、ぶっ飛ばしますよ!?
さっきから、あたしの家を貧乏貧乏って!」
「遠慮はいらない。
ただで教えてやる」
「そうじゃなくて──ちょっと! うちはさん!」
「サスケでいい」
「オイ! サスケ!」
サスケのグーが、ヤオ子に炸裂する。
「年上は、敬え!」
ちなみにサスケは、担当上忍のはたけカカシを呼び捨てである。
頭を押さえながらヤオ子が吼える。
「サスケさん!
止めてください!
余計なことはしなくて結構です!」
「口応えをするな!」
「口応え!?」
(何で!?
何で、こうなったの!?)
混乱するヤオ子を余所に、サスケは鞄の中から本をヤオ子に投げて渡す。
それを受け取るとmヤオ子は無言で本を眺める。
「……何ですか? これ?」
「アカデミーで使ってた教科書だ。
お前の家は貧乏で教科書も買えないから、オレのお古をやる。」
「…………」
(この流れは修正出来ないのか……)
ヤオ子は教科書を持ってプルプルと震えている。
「やっぱり……。
そんなに嬉しかったのか」
「違います!
何の勘違いですか、それは!?」
「とりあえず、明日までにそれを読んで来い」
「読むって……ハァ!?」
「そして、チャクラを練れるようになって来い」
「なって来いって、何それ!?
チャクラって、何!?
練るって、何!?
どういうこと!?」
「読めば分かる」
ヤオ子は眉間に皺を寄せ、片眉をピクピクと引く付かせながら訊ねる。
「サスケさん……。
八歳児が忍者の教科書なんて読めると思ってるんですか?」
「お前なら出来る」
「一体、何の根拠だ!?」
「うるさいぞ!
兎に角、やって来い!
・
・
明日、同じ時間でこの場所で待つ」
サスケはヤオ子を残すと、さっさと歩いて去って行く。
「何故、こんなことに……」
ヤオ子は、頭を抱えて蹲った。