DQD 4話
~ 一日目 ~
「まずは教会へ行きなさい」
朝に挨拶の後ルイーダさんから言われたことだ。
教会は冒険者にとって必須施設だ。
怪我や体力の回復、毒や麻痺の治療、呪いの解呪、ホイミすらきかない瀕死からの復活と色々ある。
だが徹がルイーダから特に重点を置いて言われた事は次の二つだ。
一つ目は『お祈り』。
これは冒険中の死からの生還の可能性があるということだ。
これは実例もあり、神が起こす奇跡の一つとされている。ただ死んでしまった者の内で誰が生き返ることが出来るかは分かっていない。
敬虔な信徒、英雄といわれた者でも生き返らなかったかと思えば、ただの町人が生き返ったりと何が基準となっているか分からない。
ただお祈りをする事が条件である事だけは分かっていた。
二つ目は『祝福』。
冒険者は迷宮でモンスターを倒すことより、その魂の一部を取り込む。その魂のエネルギーを使って成長する事が出来るのだが、自然に出来るのは一部の特別な素質を持つものだけだ。
多くの者は魂を取り込む事は出来るが、そのエネルギーを使うことが出来ず時間が経つと共にそのまま拡散してしまう事になる。
『祝福』とは取り込んだ魂のエネルギーを使い冒険者を成長させる奇跡の事だ。
つまり魂の一部とは経験値の事で、成長するとはレベルアップするということだ。
ゲームの中の勇者やその仲間達が自動的にレベルアップするのは、正しく特別な素質を持つ一部の者なのだからだろう。
確認としてハッサンの事を聞いてみると、やはりその特別な素質を持っているらしい。
ちなみに、『祝福』の奇跡は、普通にレベルアップとこの世界でも言うらしく、強さの基準としてレベルが認知されているとのことだ。
この辺りゲームっぽいが、神の奇跡で皆は納得している。神の存在が感じられるこの世界と元の世界の差なのかもしれない。
レベルアップ自体は冒険者だけのものではなく、一般人でも出来しその際に成長も出来るのだが、冒険者は何がどのように成長したのかは分かるし、更に様々な特典もあるとの事だ。
最も何よりの問題は異世界人の徹に、この世界の神の奇跡があるのかどうかということだろう。損はないのだから試してはみるが、もしレベルアップが出来ない時は色々と予定を変えなくてはいけない事になるだろう。
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徹はルイーダの言う通りまずは教会に向かった。とはいっても、一番近くの教会は迷宮の入り口近くにあるため都合が良い。いや、迷宮の入り口に併せて教会も造られたのだろう。
教会と言ってもそれほど大きくない。簡易的な出張所と言った感じだ。司祭が一人とシスターが一人いるだけだが、それでも教会独特の厳かな雰囲気がここにはあった。
「新たに冒険に来られた方ですね」
「はい」
「では神にお祈りください。あなたに神の加護がありますように」
司祭の言葉に徹は教会奥に鎮座する神像に頭を下げた。
(生き残れますように、元の世界に返れますように)
神がいる世界だからこそ真剣に祈った。
その後司祭に一礼して迷宮入り口に向かう。
迷宮の規模は街の広さとほぼ同じだ。地下への入り口は一つではなく5つ存在する。
今回来たのは『ルイーダの酒場』から最も近くにある入り口だ。
大きな扉があり警備兵が二人その前に立っている。
徹は二人に対しペンダントを見せた。警備員の一人が顔とペンダントを確認するように見る。
「新しく来た子だね。まあ頑張ってくれ」
それだけ言うと、両開きの扉を二人で開いた。そこには通路があり奥に扉が見える。
「あの扉の奥にある階段を降りれば、そこからが迷宮の本番だよ」
「分かりました。どうもすいません」
一度礼を言ってから、徹はゆっくりと通路に入っていく。
身体が微かに震えているのが分かった。未知なる事に対する恐怖は確かにある。不安もある。なんといっても装備はひのきのぼうと布の服という最弱の装備品なのだから。
でもほんの少しだけの好奇心もあった。
さあ、冒険の開始だ。
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スライム。
玉葱型の青いゼリーみたいなモンスター。大きさは中型犬程でドラクエでの定番の雑魚モンスターだ。
石積で作られた迷宮の地下一階通路を進んで曲がり角を曲がったとき、いきなり遭遇した。
心臓が跳ね上がり、身体が一瞬硬直した。
モンスターに会う事は覚悟してはいたが、驚くのはどうしようもない。
すぐに攻撃されなかったのは、運が良かったというしかない。
幸運に感謝しながら、ひのきのぼうを握り締める。だが、そこからすぐに攻撃が出来なかった。近づいてひのきのぼうを振り上げ、思い切り叩きつける。これだけの事が出来なかった。
生物に対して暴力を振るう。徹の今までのモラル、常識がここに来て邪魔をした。相手が徹の常識と比べて異質な生物であろうとも、だ。それは確かに目も前で生きているように見えているのだから。
そのうちにユラユラと動いていたスライムがつぶれたように身を縮みこませると、バネのように跳ねて体当たりをしてきた。
一瞬に事だったが何とか反応して身をひねりながらかわすが、左腕に掠る。掠ったところが焼けるように痛かった。
次の瞬間には恐怖が全身を支配した。叫ばなかったのは僥倖だろう。
かわされてつぶれたように体勢を崩しているスライムをどうこうしようなんて気は起きなかった。
出来たのは階段に向かって一目散に逃げる事だけだった。
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徹は階段室で息を荒げながら座り込んだ。
階段室を目指したのは、ここには結界がありモンスターの類は侵入できず安全地帯となっている事を教えてもらっていたからだ。
何かあればまずはここに逃げ込めと言われていた。
徹は壁にもたれかかるようにしながら眼を閉じて、先ほどの事を振り返った。
スライムになんて楽に勝てる。正直そう思っていた。
ドラクエで楽に倒せていたため、はっきり言えば舐めていたのだ。スライム程度なら何とかなると。
だがそれが間違いである事に気が付いた。考えが甘かった。
姿形がどうあれスライムがモンスターである事に変わりはない。そして自分は勇者ではない。
今の自分には紛れもなく強敵なのだ。
逃げ出してしまいたい。だが逃げる場所がない。居場所もなければ、身を証明するものもない。
このまま何もしなければ一年間教会に奉仕する事になる。そうなれば確かに一年間は衣食住の心配はないのかもしれない。
一瞬それがひどく魅力的な考えに思えたが、そうなれば一年間は元の世界に帰るための手立てを講ずることが出来なくなるということだ。それに奉仕といっても何をさせられるのかも分からない。
この世界の事も、この街の事もまだ良く分からない事だらけだ。出来れば自由の身でいたい。
この街で冒険者は自由業で身分証明も兼ねているから特に都合が良い。
つまりやるしかないのだ。
だがこのまま挑んでも結果は変わらないだろう。又逃げる破目になるだけだ。
期間がある以上あまりゆっくりしていられない。それに今現在の衣食住を確保するための金を得るにもモンスターを倒す必要がある。
ルイーダからは2階の休憩室を格安で宿屋として提供しても良いと言われている。只で提供は出来ないが、それでも一日2G欲しいと言われている。
覚悟を決めなくてはならない。他の生き物を殺す覚悟を。
思えばある程度の大きさになれば昆虫でさえ殺すのには躊躇してしまう。料理の手伝いでで生きた魚や海老を捌いたりするのでさえ、ギューなどと変なうめき声が聞こえて嫌な感じを受ける。
それなのに中型犬ほどの大きさのスライムを殺すのだ。
出来るのか?
いや、やらなければいけないのだ。今日を生き抜き、元の世界に変えるためにも。
後、覚悟を決めたからと言って勝てるわけでもない。これでやっとスタートラインに立ったに過ぎない。
まともに戦っては勝てるかどうか分からない。つまりまともに戦ってはいけないのだ。
スライムの体当たり。
あの時は腕に掠っただけだがまともに食らった場合、それだけで終わりになる可能性もある。だがあの体当たりには一瞬だがタメがあった。身体を潰すように縮める行動だ。人間でいうなら膝を曲げて腰を落とす行動だろう。
スライムはその体形から、魔法が使えないとすれば攻撃方法は体当たりだけだろう。つまり、あの行動の起こりさえ、見落とさなければ避ける事は出来る筈だ。
あの時も偶然に近いが避ける事が出来た。落ち着けば何とかなるはずだ。
最も実際には正面から対峙するつもりはない。理想としては攻撃をさせず、一対一の形で不意を付くことだ。
あの時逃げ切れたのは、スライムが一匹だけだった事が大きい。二匹以上いて連続で体当たりされたなら、避けきる事は出来なかっただろう。
そう考えるとあの遭遇は運が良かったのかもしれない。
覚悟を決める事、対処を考える事が出来た。
後は行動に移すだけだ。
人間、逃げ場がなければ、又逃げ場に不安があるなら恐る恐るだろうと前に進むしかないのだ。
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徹は曲がり角で息を潜めながら獲物を待つ。階段からそれほど離れていない場所だ。これはもしもの時すぐにでも逃げ出せる用に、だ。
角の向こう、そして背後にも気を配る。
スライムのグループ、蝙蝠のようなのモンスターであるドラキーなどを見かけたが、その時はすぐさま逃げた。
そして待つ事約一時間、やっと目的の獲物が来た。スライム一匹が奥からこちらに向かってくる。床を滑るように、又は時折飛び跳ねながら移動している。
心臓が高鳴るが、それはあえて無視する。どうしようもないからだ。
ひのきのぼうを振り上げ、スライムが角から顔を出すのを待つ。
そしてスライムが視界に入った瞬間、思い切りひのきのぼうを振り下ろした。
ガツッ!
ピギィィィ!
当たった音と、スライムの悲鳴とも思える声。だがそれを気にする余裕はない。唯ひたすらに何度もひのきのぼうを振り下ろした。
一気に仕留めなければ、次の瞬間には危機に陥るのは自分かもしれないのだ。
何度目かの攻撃の後、スライムは潰れたかと思うとそのまま消え去り、その後には2枚の金貨が残された。そして自分の中に何かが入り込むような感覚が一瞬だけした。多分魂の一部なのだろう。
初めてモンスターを殺した。それなのに徹の心は割りと落ち着いていた。
手にはその余韻もあるのだが、死体がないため何だかおかしな気がした。いや、死体がないから冷静でいられるのだろう。
実際に目の前に死体が残っていれば、それを見て吐いたかもしれないし罪悪感に押しつぶされていたかもしれない。
まだ実感が沸いていないだけかもしれないが、それを確かめる時間はない。
傍から見れば卑怯だ、とか男らしくないと言う者をいるかもしれない。だが今の徹ではこれが精一杯なのだ。生き抜かなければ何も出来ない。
この調子で戦っていくしかないのだ。
それから五時間ほどでスライムを6匹倒す事が出来た。得た金額は14G。2Gが宿代として12Gが返済分となる。
全て待ち伏せをして不意打ちで倒せたため、傷といえば一番初めの左腕の擦り傷だけですんだ。
ゲームのように先制攻撃が一度だけで後は交互に攻撃を繰り返していたらこうはいかない。ゲームと現実の差というやつだろう。
ただしそれは反対にもいえる。一度こちらが体勢を崩せば、そのままボコボコにされるだろう。やはりまずはこちらの有利な状況で戦うようにしなければならない。
とりあえず今日無事に終えることが出来た事を徹は感謝した。
集中のし過ぎで頭がぼうとするし、全身の疲労感が酷い。明日は筋肉痛になってもおかしくないだろう。それを考えると憂鬱になるがしょうがないことだろう。
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徹は迷宮を出るとそのまま教会へ行く。『祝福』を受けるためだ。レベルアップ出来ればそれだけ戦いも楽になるはずだからだ。
「『祝福』をお受けになられますか?」
「お願いします」
「分かりました。では神よ、その奇跡をここに」
司祭が祈ると、身体が熱くなり中から何かが湧き出すような感覚に襲われた。そしてそれが収まると確かに何かが変わったような気がした。
「おめでとうございます。あなたはレベルアップしました。ではこれからも神のご加護がありますように」
『祝福』でレベルアップしたという事は、今の徹には自動でレベルアップできる才能がないということだろう。後に目覚める事もあるというから、それを期待するしかないだろう。
徹は司祭に礼を言って、そのまま『ルイーダの酒場』に戻った。
無事に帰ってきた徹に、ルイーダは安堵のため息と共に喜びの笑みを浮かべて迎えた。
軽い食事をしてから、そのまま部屋に戻る。
食事代は宿代に入っている。この『ルイーダ酒場』の宿は金のないであろう仮冒険者だけを対象にしているため、他の宿屋よりもお得になっているのだ。
本来なら風呂に入りたいところだがここにはそんなものはない。水だけを貰うとタオルを濡らし身体を拭く。
その後微かな記憶に頼りにマッサージを自分で施しておく。このままではどう考えても、明日筋肉痛になるように感じたからだ。何もしないよりは良いだろう。
それが終わると、そのままベッドで泥のように眠った。
何か余分な事を考えるような余裕はなかった。
肉体的には勿論疲れていたが、それ以上に精神的にも疲れていた。絶えず周囲を警戒し、違和感や異音に気を配るのは予想以上に徹を疲労させたのだ。
こうして一日目は終えた。
本日の収支
収入:14G
宿代:―2G
収支決算:12G