DQD 27.5話
パスタ屋に着いた時、昼食時ということもあり満席に近く、そのため3つのテーブルに別れて席につくことになった。
ビアンカ、アリーナ、マーニャで一つ、フローラ、ソフィア、ミネア、で一つ、そしてトール、ハッサンで一つだ。
二つある女性陣のテーブルの内で片方は多少ギスギスしているようだが、両方ともそれなりに話に花が咲いているようだ。
**ハッサン**
ハッサンは目の前で座っているトールを見る。男だけで花がないが、この場合は仕方ないだろう。
ハッサンとしてもあの雰囲気で食事をしたいとは思わない。
「何と言うか随分とすごい事になっているなあ」
呟いた言葉はハッサンにとって二つのことを意味していた。
一つはトールの冒険者カードを見ての事だ。
感心すればいいのか、呆れればいいのか判断がつかずそう言うしかなかった。
半年前まで何の力もなかった少年。だが今は一端の冒険者の仲間入りをしている。
レベルやスキルの恩恵はあるだろう。
だがそれはトールだけのものではない。その恩恵は冒険者全てにあるのだ。
確かに特殊スキルである『自動レベルアップ』という特技を持っているが、それもトールだけものではない。
現に今ここに来た者たち全てが『自動レベルアップ』のスキルを持っている。
それでもトールのレベルアップのスピードは普通ではないとハッサンは思う。自分と比べてもその速さは凄いとしかいえない。
パーティーを組まずにいるということは、経験値を独り占めしている事と同じ事だから確かにレベルアップは早いだろうが、それは危険と引き換えでの事だ。
だが、他人の冒険の仕方にまで口を出す権利はない。どう迷宮を探索するかは個人の自由だからだ。
これに関してはハッサンに出来る事といえば、何か相談された時にそれに乗ってやる事ぐらいだろう。
もう一つは今この場の人間関係についてだ。
それにしてもおかしなことになっているとは思う。
恋愛事に敏いわけではないから、それが恋愛か親愛かは分からないが、女性陣は皆がなんらなの形でトールに思いを持っているのは何となく感じた。
マーニャ、ミネアとは、パーティーを組んだ事もある。
初めにミレーユと知り合い、その伝から二人とも知り合ったのだが、少なくとも男性関係で恋人がいると言う事を聞いた覚えはない。というか男友達の話も聞かない。
それがトールを間に挟んで知り合いの知り合いとして紹介される事になるとは思わなかった。縁とは奇なものとは言ったものだ。
ハッサンにとってアリーナはかわいい妹のような存在だ。トールとは仲良くしてほしいとは思っていたし、アリーナもそれを望んでいるようには感じていた。アリーナにとって初めて同等な立場で付き合える同年代の異性なのだ。
パーティーを組むようなら応援をしてやろうとは思っていたが、今のこのカオスな雰囲気は想定外だ。
他の少女たちの事も考えると少し頭痛がしてくる。
ふと見ればトールは疲れたようにため息をついている。
その気持ちが分からないわけではないが、ハッサンとて男である。言いたい事はある。
(もげてしまえ。というかモゲロ)
今のハッサンがトールに対しこんなことを思っても、それはきっと当たり前のことなのだ。
**ビアンカ**
ビアンカが始めてトールに会ったのは半年前、ルイーダからの紹介状を持ったトールが宿屋である『ダンカン亭』に訪ねて来た時だった。
冒険者宿を経営しているため今までも初心者の冒険者はたくさん見てきたが、たったの一人だけというのはビアンカの記憶にもほとんどなかった。
この時のビアンカは丁度冒険者志望という事でエルシオン学園に通っていた事も重なって、初心者の冒険者であるトールに興味を持つ理由には十分すぎた。
やって来たのは何か不安そうな少年。聞けば年齢も一つ年下。
初めは貴族の子弟だろうかとも思ったが、そうではない事は分かった。それほど態度がおかしく感じられたのだ。
世間知らずで街の事も良く分かっていないようだった。
元々ビアンカはおせっかいな性分だ。世話も焼きたくもなる。あるいは母性を刺激されたのかもしれない。
ビアンカとしては手のかかる弟が出来た気分だった。
宿にいる時は何かと話をし、気にかけていた。
そうしているうちにトールの不安そうだった生活もだんだんと慣れてきていた。
朝から迷宮に出かけ帰ってくるのは夕方過ぎ。
ほとんど休むことのない生活を続けていくのを見ていた。
トールが剣の修練のためエルシオン学園で会ったときには驚いたものだ。
手のかかる弟のような存在だと思っていた男の子は、いつの間にか冒険者として一端の存在になっていた。
いや、毎日見続けていたのだ。冒険者として少しずつ成長していくのは、ビアンカからも見て取れた。
自分は少し面倒を見ているだけなのに、少し誇らしげに思えたりもした。
そんなある日トールの様子がおかしくなった。
平気そうな表情をしているが、無理をしているのは明らかだった。
だがビアンカは何も言えなかった。
一端の冒険者であるトールと、まだエルシオン学園で修行中の自分では相談に乗る事の出来ない。
出来た事はいつも通りに振舞う事だけだった。
多分このときが気持ちの分岐点だったのだろう。何とか力になりたいと思い、やきもきする日が続いたがどうにもならず、いつの間にかトールは元通りになった。
良かったと思う反面、自分が何の力にもなれなかったことを歯痒くも感じた。
そして冒険者になった今、やっとスタートラインに立てた気分だった。
改めて一人で迷宮探索を続けているトールの凄さが分かった。
ビアンカは今の自分のはっきりとした気持ちは把握できていない。ただ好きということだけは理解していた。
**アリーナ**
サントハイムの王女という身分は、何時如何なる時にも付きまとってきていた。それはどうしようのない事だとアリーナは思っていた。何をしても生まれは変えられないのだ。
ただそんな中で武術に出会えた事は幸いだった。
好きだからこそ努力をし、才能もあったらしく腕前は上がっていった。
いつからか、武術によって生きていきたいと思うようになった。だからこそ冒険者になろうとした。
そうなればサントハイムの王女ではなく、冒険者のアリーナとして生きていけると思った。
師も兄弟子たちもあまり良い顔はしなかったが、最終的には賛成してくれた。アリーナの強情さに折れたと言ってもいいだろう。
そしてこの街でアリーナが出会った一人の少年、トール。自分と一つしか違わないのに、すでに冒険者として独り立ちしていた。
初めは流派の試験中だけの付き合いで、上辺だけの程よい関係をすれば良いと思っていた。
もし自分の素性がばれた時のことを考えてしまうのだ。
その時に相手の態度が変わってしまうのを今まで何度も体験してきたが、何度体験しても未だに慣れる事はない。
目の前の少年もきっと同じだと思っていた。
だが実際は違った。
初め会ったときにサントハイムの王女だと気づいたにも関わらず態度は至って変わらない。まるで兄弟子たちが接してくれるようだった。
そして自分が王女だろうが気にしないと言ってくれた。アリーナにとって初めてのことだった。
兄弟子たちでさえ、当初は何処か身構えていたところがあったのだ。
アリーナがそんなトールの事をもっと知りたいと思うのは、当然の事ではないだろうか。
あの時は時間がなく、試験の直ぐ後に別れてしまったが、今アリーナは冒険者としてここにいる。
トールが別れたあの日よりも、ずっと強くなっているのは見ただけで分かった。
そんなトールの事をもっとずっと知りたいとアリーナは思った。
**マーニャ**
初めて見たときは、なんて憂鬱な表情をしてカジノにいる奴なのだろうと思った。
例え負けても楽しくやる、それがマーニャのモットーだった。
放っておけばいいものを態々叱咤をする為に話しかけたのが関係の始まりだった。
思えばこの時にはもうトールの事を気にしていたのだろう。そうでなければ態々声をかけるなんて事はしない。
例えテーブルで隣の席に座ったにせよ、暗い顔でカジノいる者など捨てるほどいるのだ。それなのに態々トールにだけ声をかけたというのは、そのころから気にしていた証拠といっていいだろう。
それが切欠でその後何かと話したり世話を焼いたりするようになり、カジノで会う時は「坊や」「お姉さん」で呼び合うようになっていた。
名前が気にならなかったのかといえば、そんな事はない。ただこの穏やかな心地よい距離感が好きだった。
相変わらずカジノは負け続きだったが、それも話題の一つに過ぎなかった。
一目惚れに近いものだというのはマーニャ自身も理解していた。だからこそトールの憂鬱そうな表情が我慢ならなかった。
反面年の差も理解していた。「お姉さん」の言葉通り姉のようにしか思われていないだろう事も分かっていた。
ただ当分はこのままの関係でよいとも思っていたのだ。
そんなときにトールがカジノで大勝をした。そしてそれに引きずられるようにしてマーニャも大勝をした。
ここでお祝いとばかりに酒場に行ったのが、その後を決めたといっていい。
トールが愚痴るように話した自分の抱えている問題、それの解決法をマーニャはたまたま知っていた。
そのことを話すとトールは喜び、マーニャも自分の事のように嬉しくなった。
その後は前祝いのようにマーニャもトールも浴びるほど酒を飲んだ。
酒場の二階の部屋を取ったのはマ-ニャだ。酒の力を借りてというのは卑怯かもしれないと思ったが、それは全てを酒の性にも出来るということだ。
ただ結局はマーニャ自身も飲みすぎて記憶がなくしてしまい、結局自分がどう行動したのか覚えていなかった。
友人よりは近い関係になれたと思うが、他人に説明する場合はやはり友人というしかないだろう。
このまま絆を深めていけばいいと思っていたが、他にも相手がいるなら話は別だ。
マーニャは自分がもつ色気というものを理解していた。
ならばこの武器を使ってトールの気を引くのはどうだろうか。
マーニャ自身はこれで自分に好意を向くように仕向けるのは本位ではないが、愛おしいという思いのほうが強かった。
それに年齢のハンデもある。それならば手段は選んでいられないのではないか、そう思うのだ。
だが、やはり女としては相手の方から行動してほしいという思いもある。
マーニャはトールに嫌われているとは全く思っていないし、近頃は女として見られてると思っている。
そして今の関係も気に入っている。
トールを好きなのは間違いないが、だからこそ今はどう動くべきかをマーニャは悩んでいた。
**フローラ**
トルネコ商会の名からは生きている限り逃れる事は出来ないだろう。フローラはそれを分かっていた。
揺り籠から墓場までをモットーとし、世界中に支店を持つトルネコ商会。ある者は裏から世界を支配しているというが、それもあながち間違いではない。経済を支配しているトルネコ商会は、その気になればそれも可能になるかもしれないのだ。
現会長でもあるルドマンの娘であるフローラには、どうしたってトルネコ商会の名がついて回る。
それが普通の事だったから特に問題はなかった。不便もなかった。
自由奔放な姉のデボラは自分で好き勝手に物事を決めていたが、フローラは父が勧めるままに生きてきた。その内結婚相手さえも父が見つけてきた相手とするものだと思っていたし、それに不平不満をいう気もなかった。それは父は子煩悩で、決して自分が不幸になるような事はしないだろうという信頼もあったからだろう。
そしてフローラが13才の時、花嫁修業の一環として預けられていた修道院からゴッドサイトの街に戻されたかと思うと、エルシオン学園に入学させられた。
そして父のルドマンから冒険者としてある程度の功績を残せと言われた。
トルネコ商会の創業者一族は、創業者のトルネコに倣い一度は冒険者になるという事は知っていた。父のルドマンもそうだったし、姉のデボラも自分で決めたことだが冒険者になっていた。
この事は知っていたが、弟で長男のレックスも生まれ、姉のデボラも冒険者でいる今、まさか自分までもが冒険者にならなければいけないは思わなかった。フローラとしてはどちらかがトルネコ商会を継ぐことになるだろうから、自分は関係ないだろうと思っていたのだ。
だが父が決めた事に文句は言わない。それがフローラの生き方だった。
ただ、ここでビアンカとソフィアという友人を得た事は良かったことだったといえる。
トールとはそのビアンカの紹介で出会った。会って思ったことは不思議な少年ということだった。
普通はトルネコ商会の血縁だとすれば、何らかの反応を示す。それなのにその事に関してまるで興味がないようだった。
冒険者になった時に、トールを誘うように提案したのはフローラだった。
トルネコ商会の中には、冒険者に関する情報を集めている部門もある。当時その中で期待の新人の一人として名があがっていたのがトールだった。
そんな冒険者と知己になっておくのもいいかもしれない。
理由としてはその程度のものであったが、それ以上にそれでも自分に対して身構えないのは良かった。
ビアンカやソフィアと同じように接してこられるのは心地よかった。
こちらの背景などを考えず一個人で話を出来る相手は少ない。異性で同世代ともなるとなおさらだ。
それを思うとこの出会いは有難いものだった。
時折ビアンカと一緒に会っていたがその度に冒険者としてのレベルも上がり、更にトルネコ商会のほうでも注目度が上がってきていた。
今は得がたい友人の一人だと思っている。気兼ねなく話せる異性というのは稀だ。幼馴染のような男性はいるが、それでも壁のようなものはあるのだから。
それに優良物件であることに間違いはない。
気が早いかもしれないが、このままなら塔に登る権利を得るかもしれない。
ただビアンカのこともある。
それを考えると今は友人というのが最も良い関係のようにフローラは思えた。
**ソフィア**
ソフィアが生まれたのは、山奥の小さな村だった。そんな村だったため身近にいる同世代の男は少ない。
そのため兄のソロと幼馴染のシンシアと3人で遊ぶ事が多かった。
その二人が一足早く冒険者になるために村を去ると、ソフィアもその二人を追うように村を出てこの街に来たのだ。
ド田舎から来たソフィアが最初に泊まった宿屋が『ダンカン亭』だった。そこでビアンカと出会えたのは幸運だった。
以前からこの街に住んでいるビアンカも同時期にエルシオン学園に通うことになっており、何も知らないこの街で知己が出来たのは心強かった。
この街にはソロもシンシアもいたが、二人は恋人同士になっており、またすでに冒険者として活動していたため、その邪魔をするのはソフィアとしても心苦しかった。
その後学園でフローラと出会ってからは、3人で集まって行動することが多かったし、実際に学園の実習での迷宮探索では3人でパーティーを組んでいた。
ビアンカの紹介でトールと知り合った時、トールはある意味では学園で有名人になっていた。
ヒュンケル講師の講座を受けている者として、少なくとも剣術科にいた者たちには知らぬ者はいなかった。もちろん顔も名前も知らず、そういう人物がいるという話が広まっていただけなのだが。
ヒュンケル講師の講座といえば、なかなか達成者がいないことで有名だった。その教えは厳しく、まさしく死ぬような目にあって、ようやく身につけることが出来るといわれていた。
多くの者が講座の途中で逃げ出す中で、最後まで講座を受けきったというのだから言葉が出ない。
実際にエルシオン学園に在学中の生徒がその講座を受けたことがあったが、二日目で諦めてしまい、その後行くことはなかった。
多分覚悟というものが違うのだとソフィアは思う。
それを思うと、自分はどうなのかと考えてしまうのだ。
そもそも冒険者になったのも特に理由はなく何となくだ。兄のソロと幼馴染のシンシアがなったのだから、自分もなる、その程度なのだ。
目的を持ってそれに邁進しているトールには頭が下がる思いだ。
それだけに、今自分達につき合わせているのが申し訳なくも感じる。
年もあまり変わらないのに冒険者として独り立ちしているトールは、昔は兄のソロや幼馴染のシンシアに、今は友人のビアンカとフローラに頼るようにして物事を決めている自分には、憧れを感じさせる存在だった。
**ミネア**
ある時を境に帰ってくる姉の機嫌が良くなっていた。初めはカジノで大勝をしたのかと思っていたが、そうではなかった。
今から思えばあの時期にトールを出会っていたのだろう。
姉は格好や踊り子という職をしていることから軽く見られがちだが、実際の身持ちは硬い方だと思う。
踊り子という職にいる子の中には身体を売っているものも確かに存在する。
だが姉のマーニャは何より踊り子という職に誇りを持っている。それをミネアは知っていた。
そんなマーニャがトールを連れてきたときにはさすがのミネアも驚いたものだ。しかもミネアより年下の少年だ。
マーニャは面倒見の良いほうの性格のため、困っている子でも連れてきたのかと思って話を聞いていると、どうやらそうではないようだった。
初めてトールを見たときにミネアは、なんとも不思議な少年だと思った。
ミネアも占い師という職業柄、人を見る目は持っているつもりだった。人の善し悪しや、敵意や害意を持っているかどうかなど、何となくだが分かるようになっていた。勘が鋭くなっていたといってもいい。それなのにトールに関してはその勘が働かなかった。
この感覚は久しぶりだった。ミレーユやメルルにしても同じ感覚を持ったようだった。
それをもって不審者と思わなかったのは、姉のマーニャの人を見る目を信じていたからだ。
幼いころからある目的を果たすため、姉妹二人で生きてきた。今まで無事に生きてこられたのは、良い縁に恵まれていたからだ。その結果マーニャはパノンと出会い、ミネアはグランマーズと出会った。これらの出会いがなければ、今ごろ自分たちはどうなっているか。不幸な想像しか浮かばない。
自分たち姉妹は人との縁は恵まれている方だと思う。
その姉が出会ったのだ。第一姉の方が積極的のように感じる。
近頃マーニャの機嫌がいいのは、トールと会っていたからだろう。しかもグランマーズも気に入ったようだった。
悪い子ではない。というかむしろいい子だ。酔った姉を送ってきてくれるなどよくある事だ。
ミネア自身も仕事を抜きにすると親しい男性は少なく、トールがほとんど唯一の存在だといってもいい。
気にかかる存在ではある。
ただ今のミネアにはそれ以上に姉のマーニャとの関係のが気になっていた。
**トール**
迷宮探索するときより気疲れするはいかがなものだろうと思った。
所持金:11956G → 11882G(預かり所:30000G)
――― あとがき ―――
今回は幕間です。
とりあえず今女性陣の中で一番好感度が高いのはマーニャです。
今回は皆がトールをどう思っているかや、背景などを書いてみました。なかなか上手くはかけません。
これについては後に少し手直しをするかもしれませんが、大筋は変わらないつもりです。
ステータスに変化はないため、今回は省略します。
次回からは、またビアンカ達と探索の再開です。
それでは、また会いましょう