DQD 21話
トールは『グランマーズの占い館』へ戻ると、玄関ホールにいたメルルの案内で先ほどの部屋へ通された。
先ほどは薄暗かった部屋が、今はカーテンが開けられ日の光が入り込み明るくなっていた。
トールは『大きな小袋』の中から50000Gの入った皮袋を取り出し、グランマーズの前のテーブルに置いた。
こういう大量のものを持ち運ぶ時は、『大きな小袋』の便利さは助かる。
今、部屋にいるのはグランマーズとメルルだ。
ミレーユとミネアは、他の部屋で占い師としての仕事をしているし、マーニャは踊り子としての仕事先の方へ行っている。何でも支配人のパノンから呼ばれたらしかった。
「50000Gはちゃんと持ってきたようだね。ということは秘術を受ける気だと思っていいんだね」
「はいっ」
トールにとって今の時点で他の選択などない。
その返事を聞いてグランマーズはため息をつくように大きく息をついた。
「分かったよ。なら何も言わんよ。メルルや」
「はい、おばあちゃん」
「これを向こうに持っていっとくれ。後、材料の買付けの準備をしておいておくれ」
「分かりました」
メルルは重そうに皮袋を持ち上げると、そのままよたよたと部屋から出て行った。トールは少し心配になるがこの場では見守るしかなかった。
「さて、一週間もあれば用意は出来る。この一週間はお前さんには待ってもらうしかないね。ただ何をするか全くも知らないのも不安じゃろうから、大まかな事だけ話しておこう。お前さんには、夢を見てもらう。そして夢の中でお主のトラウマと向き合い、それを乗り越えてもらう。本来トラウマと向き合うといっても出来る事ではないが、夢を使ってそれを行うというわけじゃ。普通の者にはすることは出来ん。夢占い師であるこのわたしの力と、秘薬の力を用いて初めてそれを為す事が出来る事なのじゃ。まあ重要な話は本番前にまた話す事にしよう。一週間後の今ぐらいの時間にここに来てくれればいい。それまでは心穏やかに過ごす事をお勧めするよ。ではこれから買出しに行かなければならないのでね、失礼するよ」
「分かりました。一週間後ですね。じゃあこちらも失礼します」
トールは立ち上がる一礼すると『グランマーズの占い館』から去る事にした。
****
その日宿屋に帰るとビアンカからちょっとしたお小言をもらった。昨夜帰ってこなかった事を心配したとの事だ。
よく考えれば、ここに泊まるようになってから三ヶ月ほど、他で外泊した事など初めての事だ。
宿屋と客の関係ではあるが、実際には大家と店子のような関係といってもいい。
食事も大凡ここで食べているし、なんやかんやと一日に一度は顔も合わせている。色々世話にもなっている。
心配なんかするかとは言えないし、言わない。それに心配してもらえる事を嬉しく思っているところもある。
「結局昨日は何処に行ってたの?」
ビアンカの問いにトールは言葉を詰らせる。
正直に話すならば、カジノへ行き大勝して、酒場へ行って飲み食いしまくり、マーニャと一緒に朝まで寝てた、となる。
何故かそのまま言ってはいけない様な気がした。
「……知り合いと酒場でたらふく酒飲んじゃってね。酔いつぶれてそのまま寝ちゃったんだよ」
「ほんとに」
ビアンカはじと目でトールを見る。
「うん、本当」
何とか視線を逸らさないようにしながら答えた。実際に嘘は言っていない。真実をすべて語っていないだけだ。
「まあ、いいわ。近頃様子が変だったから心配したのよ。冒険者じゃないわたしじゃ相談には乗れなくても、愚痴ぐらいは聞くから。じゃあね」
それだけ言うとビアンカは、宿の仕事に戻っていった。
そんなほんの少しのビアンカの厚意をトールは嬉しく思った。
****
冒険者として迷宮探索をしないとやる事が本当に少ない。
朝から図書館に籠もっては、さまざまな書物を読み漁る。トールの『言語スキル』は今では書物等を読み書きする事によってしか上がらなくなった。
普通に生活するだけなら今のままの『言語スキル』のレベルで十分なのだが、モリーからスカウトリングを貰った事で、この話も変わってくる。
魔物使いもどきの事が出来るようになった以上、少しでもモンスターとの意思疎通がしやすくなった方がいいと思ったのだ。
そうするにはやはり『言語スキル』を上げるのが手っ取り早いのだろう。
もっとも『言語スキル』がアップしたからといって、それが即モンスターとの意思疎通に必要な特技を覚えられるかどうかは分からないし、グランマーズの治療が成功しなければどうしようもない。
だが、迷宮探索をする事もままならない今の状態では、何かする事があるだけでも有難かった。
夕方からは、ほんの少しだけカジノへ行く。
勿論あの日のように大勝ちする事はない。
スロットやカードゲームなどをするが、あの時のような大勝ちもしなければ、負けもしない。100枚ほどを増やしたり減らしたりしている。
マーニャにもカジノで会って一緒にギャンブルをすることもあるが、彼女はぼつぼつ負けている。大負けはないがこの分では前の勝ち分も無くなってしまうのではないかと思う。
ただマーニャはカジノでの勝ち負けよりも、カジノでギャンブルを楽しむ事の方が目的のような気がするためこれでも良いような気もする。
トールにとって今のカジノは気晴らしだが、目的としている事もある。それはモンスター闘技場だ。
『言語スキル』の特技を確かめるため、そこで耳を済ませるが、やはりモンスターの声はうなり声にしか聞こえない事が大半だ。
ただ、明らかにこちらに向けて声を発したときだけ意味は聞き取れた。
といってもトールにだけ話しかけてきたわけじゃない。モンスター闘技場で勝利したモンスターが、たまに観衆の人間に向かって叫ぶのが聞こえるのだ。「オレッテ最強ダロー」とか「カッタゾー!」とかだ。あくまでこちらへ話しかけられたものしか今は理解できないようだった。
本当はモリーともう一度よく話をしたいと思っていた。
あの時はギャンブルでの大当たりやトラウマで悩んでいた事もあり、あまり冷静に物事を考えられなかったのではないかと思っている。
ただ今の自分ではスカウトリングも使う事が出来ないため、そんな自分が訪ねていってもよいのかと思う。それにトラウマが治らなくては、スカウトリングを使う事もないため結局聞いても仕方がないと思った。
相談するなら少なくともトラウマを治してからしなくては意味がないだろう。
何をするにしても結局はトラウマが治るか、それともこのままなのかをはっきりさせなくてはいけないと思った。
一度マーニャの舞台を見るために劇場にも足を運んだ。カジノでマーニャからチケットを貰ったのだ。
そこはこの街一番ともいえる大きな劇場だった。
花形で一番人気だとは聞いていたが、それには嘘偽りはなかった。
トールとカジノで会っていた一週間は、たまたま休みの時期だったらしい。
劇場と専属契約をしていると聞いたが、お金を儲けてはカジノへ行きで、そのほとんどがギャンブルに消えているというのだからある意味大物だと思う。
だが劇場のスターとして軽やかに踊るマーニャは、確かにスポットライトの中で光り輝いて見えた。
こっそりと見に行ったのだが、ステージで踊っているマーニャは気づいたらしくトールのいる方に向かって、ウインクと投げキッスをしてきた。単なる自意識過剰なのかもしれないが、少なくともトールにはそう感じた。
周りの観客が色めき立ったが、トールは何となく気恥ずかしくなってしまい、劇場の隅のほうで見たのだった。
このようにして一週間は過ぎていった。
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「よく来たね。これからすぐに始めるが構わないね」
以前と同じ部屋でグランマーズはトールを向かい入れた。部屋は薄暗く床には魔法陣が描かれ、部屋の四方には水晶玉が掲げられ、中央にテーブルとトールが座る肘掛つきのイスがある。
部屋にはグランマーズ以外はいなかった。
「はい、お願いします」
「じゃあ重要なことだけを説明するよ。前にも言ったがお前さんにはこれから夢を見てもらうよ。わたしの秘術で夢と精神を密接の結びつける事によってトラウマと相対してもらう。要は夢の中でそのトラウマを屈服させれば良い。そうすればトラウマに打ち勝つ事が出来る。言葉にするならこれだけの事だよ。ただそれにはお前さんの強い意志が必要だよ。トラウマを克服しようとする強い意志、それは為さればならぬ使命や決して諦められない目的などがあるかどうかという事だよ。前にこの秘術を使った者には諦めきれない思いがあった。その強い思いがトラウマに打ち勝つ源になった。だからお前さんもただお金があるからだけだと金をドブに捨てるようなモンだよ。何故トラウマを克服しなくてはいけないのか、それをもう一度強く思い浮かべるんだよ。分かったかい」
トールは深く頷いた。
「それじゃあまずはこれを飲んでもらうよ」
グランマーズは陶器の小瓶をトールの前に置いた。
これこそがグランマーズ特性の秘薬で今回の秘術には欠かせないものだった。世界樹のしずく、ゆめみのしずく、エルフののみぐすり、ゆめみの花などで造った物だ。
「お前さんがそれを口にしたときが秘術の始まりだよ。それを飲めば直ぐに意識がなくなり、私が術をかける。心の準備が出来たら飲んどくれ」
グランマーズは強制しない。多分今日は調子がよくないといえば、明日でも良いというんじゃないかとトールは思う。
トールは秘薬の入った小瓶をじっと見る。小瓶の大きさから見ても一口で飲めてしまうだろう。
良薬は口に苦しというけど、どんな味だろうか。
トールは自分が全く関係ない事を考えている事に気づいた。少なくとも今気にする事ではない。たぶん緊張しているせいだろう。
顔を上げてグランマーズを見る。
グランマーズが凄腕の占い師であるという事は、この一週間に周りの人から聞いている。
だからと言ってゲームでしか知らない人が作ったよく分からない薬をこれから何の疑問も持たずに飲もうとしていたのだ。
結構抜けているというか呑気だなあとトールは自分の事を思った。
それでも止めようとは思わない。こんな事を思っておきながらも信じている自分がいた。
トールは小瓶を指でつまみ上げるとそのまま一気に呷った。
味はなく無味無臭のように感じる。そう思った瞬間、まるで電気のブレーカーが落ちるかのようにトールの意識は途切れた。
****
夢を見た。夢の中で夢と感じるのだから可笑しな事だと思った。
濃い霧に包まれたような白いおぼろげな世界。
その中でトールは自分の心を目にする。
元の世界で普通に高校生になっていた。
父がいて、母がいて、兄がいて、姉がいて、妹がいて、祖父母がいて、友人達がいた。
特別な事などなく、退屈で在り来りな平和な日常。当たり前だと思っていた世界と日常。
失くして初めてそれが掛け替えのないものだと気づいた。
そこへ帰りたいと思った。それは嘘じゃない。
この世界に心惹かれているのも事実だ。
初めはただただ理不尽を嘆いていた。
何故こんな目にあわなければならないのかと思った。だがレベルが上がり力を身につけていくにしたがって、ある種の願望が少しずつだが芽生えていった。
この世界なら英雄になれる。
元の世界でゲームをしながら何度も空想した。自分が英雄や勇者になる姿を。
これは別にトールだけではないだろう。年頃の少年なら誰でも一度は夢見たはずだ。
しかし現実を知り、それが叶わぬ夢だと悟り、ただの妄想へと変わり諦める事になる。珍しくもなく普通の、当たり前の事だ。
だがこの世界では、その夢が叶うかもしれない。勿論その道は険しい。
それでも元の世界で空想にふけるより確率はある。
それにハーレムだって夢じゃないだろう。これも男なら誰もが一度は夢見るだろう。
どれも強くあればこの世界なら叶うかもしれない。
だからこそ強くなりたいと思った。これも嘘じゃない。
剣がある。これはトールのとっての力の象徴だった。だが今は恐怖の象徴でもある。
剣はトールに死を連想させるものになった。
ただいつまでも経っても憧れは消えない。手にとることはできなくても見ることはできる。
自分が何をしたいか、何をするべきなのか。そんな事は前から分かっていた。
この世界で生きていくだけなら、もう剣は必要ない。
生きていくだけの金銭を得る当てはある。
商売を始める事も出来るだろう。
元の世界にあってこの世界にないものを探してそれを商売にすれば、出来る事は多々あるだろう。
だがそれではトールは嫌なのだ。
夢の中で素直になっているのだろう。願いに対して貪欲になっていた。
やるべき事は分かっていた。
反吐たれようが、ぶっ倒れようが、無理やり弱い心を屈服させるしかないのだ。
だがその勇気がなかった。もてなかった。
だがここでは違う。この夢の世界では心をむき出しにする。
そしてそれは気の持ちようで変わってくる。
グランマーズが口が酸っぱくなるほど何度も気を強く持つように忠告してきたのは、このためだろう。
自分が何をするか、どうしたいのか、そんな事はきっともう分かりきっていた事なのだ。見ているだけじゃあ何も出来ない。
するべき事は決まっていた。
トールは剣を握った。驚くほどすんなりと、自然に、そうであるのが当然のように、当たり前のように、剣はトールの手の中にあった。
****
トールは自然に目が覚めた。背もたれにダラリともたれかかっていた性なのか、少し身体が凝っている様な気がした。
「もう起きたのかい。何というか雰囲気が変わった気がするよ。その分だと悩みは解決したようだね」
「あっ、はい、お世話になりました」
グランマーズの声に居住まいを正してトールは答える。
「いいさ。これも仕事だからねえ。それにこっちの都合というのもあったのさ」
「都合……ですか」
「そうだよ。だからそれほど気にする事でもないのさ。ただ一言言わせてもらえれば、帰るにしてもここに残るにしても金は大事になる。無駄遣いせずに大切にするんだね」
「……何で――」
「何でこんな忠告めいた事を言うのか、かい。それがこちらの都合っていう奴だよ。そうさねえ、ここで何も言わずに分かれるのも気分が悪いねえ。なら少し話しでもするかね」
トールは頷いて答えた。
「わたしがお前さんを気にかけたのには訳がある。それはお前さんが『渡り人』だからさ。昔わたしの知り合いにも『渡り人』がいたよ。初めの内は元の世界に戻る方法を探していたが、その内にこの世界にも大切な者が出来てしまった。愛する者に子供、つまりこの世界に家族が出来た。そやつもお前さんぐらいの歳でこの世界に来てな、それなりに幸せそうに暮らしておったよ。もう元の世界の事など思い出にしてしまったと思っておった。じゃがそいつがいまわの際で搾り出すように言ったよ。『帰りたい』とな。その後に『この世界にいたことを後悔したわけじゃない』とも言ったがね。ただ死ぬ直前になって故郷の事が頭に浮かんだのじゃろうなあ。わたしはその事に気づきもしなかった。己を省みても生まれ故郷を忘れる事などなかったというのに、あやつは来たくてこの世界に来たわけではないのに、そのことを忘れておった。結局あやつはそのまま死んでしまった。故郷に帰ることなくこの世界で骨を埋めた。そのときに思ったんじゃよ。もし、あやつのような者と再び会う事になったら、つまり『渡り人』に会うような事になって、あやつのような願いを持っているなら、なるべく力になってやろうとな。それだけの話だよ。特別誰かが不幸になったわけでもない。それでお前さんは元の世界に帰りたいかい?」
「……帰りたいと思っています。でも、この世界に心惹かれてもいます」
「そうかい。マーニャに聞いたがお前さんは塔を目指しているのだろう。とすれば目的は神龍だろう。まあ、協力といっても今のわたしには占うぐらいしか出来ないがね。実際、他の世界へ行く確かな方法なんて、随分長い間生きてきたわたしでさえ聞いた事がない。見知らぬ世界へ行く『旅の扉』のようなものがあるとは聞いたことがあるが、それがお前さんの世界に繋がっているかといえば、全く分からない。もしかしたら又他の世界に行く事になるかもしれない。となれば確実に元の世界へ帰る方法をというと、やはり神龍の力を頼る事が確実だよ。帰りたいならこのまま進む事が、結局はもっとも近道になるよ。ただもし、何か悩みがあり、道が見えなくなった時はここに来ると良いよ。道を見てあげよう」
「ありがとうございます」
トールは頭を下げて礼を言った。
――― ステータス ―――
トール おとこ
レベル:17
職:盗賊
HP:115
MP:50
ちから:45
すばやさ:41+10(+10%)
みのまもり:20
きようさ:50+20(+10%)
みりょく:30
こうげき魔力:21
かいふく魔力:26+5
うん:31
こうげき力:45
しゅび力:39
言語スキル:3(会話2、読解、筆記)【熟練度:21】
盗賊スキル:3(索敵能力UP、常時すばやさ+10、ぬすむ、器用さ+20、リレミト)【熟練度:87】
剣スキル:5(剣装備時攻撃力+5、ドラゴン斬り、メタル斬り、剣装備時攻撃力+10、ミラクルソード)【熟練度:48】
ゆうきスキル:3(自動レベルアップ、ホイミ、デイン、トヘロス)【熟練度:41】
特殊技能:闘気法(オーラブレード、ためる)
スカウト
経験値:19264
所持金:3258G
Gコイン:42340
持ち物:やくそう(39個)、毒けし草(21個)、おもいでのすず(4個)、スライムゼリー(1個)、まんげつそう(2個)、せいすい(2個)、スカウトリング
――― あとがき ―――
早々と終わりました。元々夢の部分についてはそれほど長くしないつもりでした。もう少し上手い書き方があるのかもしれませんが、今の自分ではここまでです。もしかしたら書き足しや書き直すをするかもしれません。確率としては限りなく低いでしょうが。
とにかく完全にとはいかなくとも、とりあえずトールの復活です。
それでは、また会いましょう