DQD 19話
カジノといえばDQではおなじみのレジャー施設だ。コインを購入して、様々なギャンブルでそれを賭けて遊ぶ。
このゴッドサイドのカジノでもそれは基本的に変わらない
カジノの建物は外装も煌びやかだが、中もそれに見合うように煌びやかだった。地下一階付きの二階建ての建物だった。
入る前から騒がしかったが、中はそれ以上に騒がしい。人々の放つ熱気と喧騒には圧倒されそうだった。
入り口の直ぐ側にはコイン購入所と景品の交換所があった。
トールはまずはコイン購入所へ向かった。
「いらっしゃいませ。冒険者カードの提示をお願いします」
受付のバニーさんに言われたとおりトールは冒険者カードを見せる。
「カジノは始めてですね。では少し当カジノのシステム説明させていただきます。当カジノでは、様々なギャンブル施設があり、その全てをコインによって遊び事が出来ます。一枚10GのGコインと一枚10SのSコインがございます。営業は朝の9:00から深夜3:00まででSコインは営業開始から夕方の5:00の間しかご利用になれません。ギャンブルの説明はその場その場で係りの者がおりますから、そこでお聞きください。得たコインはあちらの交換所で様々なアイテムと交換できます」
受付のバニーさんは入り口の反対側のカウンターを手で指し示いた。
「またGコイン一枚5Gで、Sコイン一枚なら5Sで換金もしております。後冒険者の方は増えたコインを貯蓄しておく事ができますのでどうぞご利用ください。では何枚ご購入されますか?」
詳しく説明すれば二種類あるのはカジノの顧客を増やすための策略の一つということだ。安いSコインでカジノの楽しさを知ってもらって、Gコインで儲けるというのがカジノ側の運営方法らしい。実際昼間のSコインを利用してのギャンブルは夕方からのGコインを利用してのギャンブルよりも随分と易しいとのことだ。
「……Gコイン100枚で」
少し考えてからトールは答えた。あくまで気晴らしのためだが、ある程度の枚数がなければその気晴らしも碌に出来ない内になくなってしまうだろう。
1000G程度なら大した額じゃないと思った事もあった。
コインをもってカジノの1階をうろつく。
パッと見回してまず目に入るのはスロット。
Gコイン1枚、10枚、100枚賭けのスロットがある。1枚賭けのスロットが12台と最もよく置いてあり、10枚賭けはその半分の6台、100枚賭けになると更にその半分の3台置いてあった。全てが上段、中段、下段、右下斜め、左上斜めの5ラインにかけるタイプとなっている。
テーブルではポーカーとブラックジャックがあり、二つとも3テーブルごとある。
ポーカーはDQのカジノでお馴染みのルールで最初に1~10枚のコインを賭けて、1回だけカードチェンジをして役を作り、その役の倍率によってコインを増やす方式だ。
そしてその後は一枚カードを置かれて、そのカードより次のカードが大きいか小さいかを選択するハイ&ローをする事になる。
実際のポーカーのようにレイズやコールなどの微妙な駆け引きをする事がないため簡単に出来る。
ブラックジャックは、ディーラーと勝負をする事になり、お互いに1枚ずつカードを引いて『21』に近づけるゲームだ。絵札は10、Aは1か11として数える。『22』以上になると負け。
ディーラーは手札が必ず17以上にならなければならず、17以上になったら追加のカードは引けない。
最初に1~50枚のコインを賭け、勝てば賭けたコイン分だけ貰える。増えたコインはそのまま次のゲームに持ち越して賭けのコインをして使用する事が出来る。
ルーレット台も2台ある。
色ごと、グループごと、数字ごとにコインを賭けて勝負をする。これは現実のカジノと似たようなものだ。
地下にはモンスター闘技場がある。数匹のモンスターが戦い、どれが勝つかを予想する。1~100枚のコインを賭け、勝てば賭けたコイン数×倍率のコインが手に入る。増えたコインはそのまま次の試合に賭ける事も出来る。
常に催しているギャンブルはこの5つで、月や季節によって他のギャンブルも行うらしい。
2階はパーティー会場や宿泊施設があり、関係者以外は立ち入り禁止となっていた。
トールはとりあえず一通りやってみる事にした。そして実際にやってみて色々な事が分かった。
スロットはとりあえず一枚賭けをしてみるが、一度で5枚のコインがなくなる。そしてそれが湯水のように減っていく。コインに余裕がなければするものではない。
ポーカーで勝つためには、役を作って儲けるのは殆ど不可能に近いだろう。
ツーペアーで良いからとにかく勝ち、その後のハイ&ローでコインを増やしていくのが基本戦略だろう。
もっともそれが分かっているからと言って勝てるわけでもない。これはあくまで指針でしかない。最初の役が揃わなければ話にならないのだから。
ブラックジャックで勝つには、如何に連続で勝てるかだ。これはカード運しかないように思えた。
ルーレットも賭け方しだいでどのマスに入っても負けない賭け方をする事が出来るように思えるが、それにはコインの枚数が足りない。場の流れを見ながら賭けるしかないだろう。
モンスター闘技場にしても、絶対に勝負が見えているようなサービス試合もあるようだが、その場合の倍率はやはり低く滅多にない。
結局のところやはり運任せなのだろう。
必勝法などありはしない。ゲームで簡単に儲ける事が出来たのはリセットと言う技があるからだ。
それにスロット一つとっても、ゲームより揃う確率が悪いように感じた。
このカジノに比べれば、ゲームのカジノは明らかに勝てるようにしてあると思えた。
当初トールはその辺りを深くは考えなかった。元々が勝ち負けではなく気晴らしが目的だと言うこともある。
勝っては負けて、勝っては負けてを繰り返す。
これで負けばかりなら早めに見切りもつけていたのだろうが、勝つ時もあるから諦めきれない。
悔しい、次こそは勝てると思ってしまう。
そうしているうちに少しずつコインはなくなっていき、又コインを買い足す。
典型的な賭け事にはまるパターンにトールは陥っていた。
****
朝起きてから夕方5時までは図書館で本を読む。昼間のSコインを使ってのカジノは行く気にならなかったからだ。そして夕方5時になったらカジノへ行く。
そんな生活が一週間ほど過ぎた。
相変わらず迷宮へ行く気にはなれなかった。
カジノ通いも、トラウマの事を考えないようにするための一種の逃避である事は否定できない。
この時トールに相談できる相手がいなかったと言うのも原因の一つだろう。
初めはハッサンに相談しようと思っていたが時期が悪かった。
この時ハッサンは仲間のアモスたちと、ある『クエスト』を請け負っており半月ほどゴッドサイトから離れていた。
後知り合いの冒険者と言えばアリーナだが、今故郷のサントハイムに里帰りしているため彼女もこの街にはいなかった。問題の解決方法は分からないかもしれないが心の支えにはなってくれただろう。
友人としてならビアンカたちもいるが、冒険関係の事を相談できない。
一応独り立ちした今ルイーダには相談しづらく、ヒュンケルは講義を受けていないため尋ねるのはお門違いのような気がした。
結局はある程度Gもあり生活するのに余裕があった事が、トールにトラウマの事から目をそらさせる事になった。
そのため何か悶々としたものを胸の中に抱えたまま日々を過ごす事になった。
****
トールがそれに気が付いたのはGコインを新たに100枚買い足した時だった。
財布の中のGが随分と少なくなっている。数えてみると持ち金が1000G切っていた。
「あれ、もしかしなくても、今随分やばいか」
呆然としながらトールは呟く。
残った所持金558G、Gコイン108枚がトールの手持ちだ。
買ったコインは6000G分、この世界で数年は何もしないで暮らせるだけの金額を使ったことになる。
小市民のトールには気が遠くなるような散財だ。
だがこうなった以上どうしようもない。ある意味都合が良いといえなくもない。
そもそも金がある状況では、迷宮探索に行く気力が湧かないし、トラウマと向き合う気も起きない。
だが、もし金銭が尽きてしまえば、生きるため金を稼ぐために迷宮へ行かなければならなくなる。そうしなければ生活していけないからだ。
それはトラウマと向き合わなければいけない事を意味している。
どうしようもないところまで自分を追いつめなければ、今の自分は動くことが出来ないようにトールは感じていた。
だからといってわざと負けるつもりはない。
そんなことをすればコインが勿体無い。1000G分はあるのだ。
未だ心の何処かで戦うことを怖がっている自分がいるのをトールは分かっていた。
それではどのギャンブルをするか。
いつものように惰性ではなく、勝つことを念頭において考えるが、どのギャンブルも運しだいのように思えて勝てる気がしなかった。
こうなるとどのギャンブルにも手が出しづらい。
このまま何もしないようでは本末転倒だ。
トールはカジノの中をグルグルと見て回りながら地下に降りた。
そこはいつものモンスター闘技場と少し雰囲気が違っていた。どうやら今日はスペシャルイベントが行われるらしい。
いつものモンスター闘技場は多くても4匹までのモンスターが戦い、どれが勝つかを当てるものだが、今回はモンスターの数が違った。20匹でのバトルロワイアルだ。
その分倍率も高くなっている。月に一度のイベントに相応しいものだった。
「あら、坊やも来てたんだ」
聞き覚えのある声にトールは振り返る。
そこにいるのは褐色の肌をした紫水晶のような髪を持つ美女だった。
カジノに来て二日目の夜、ブラックジャックのテーブルでたまたま隣同士の席でゲームをしたのが顔合わせだ。その時は二人そろって負けたが、その事が仲間意識を芽生えさせたのか顔を見かければ話すようになっていた。
お互い名前は名乗りあっていない。カジノという特殊な場のみの関係なのだからこれで良いと思っていた。
だがその容姿から何となくだがDQⅣのマーニャだろうと想像がついた。
殆ど下着と言って良いような踊り子の服の上からローブを羽織っているが、前を閉じていないため非常に扇情的だ。
近くに寄られると、胸がドーンと目に入る。青少年であるトールには非常に目に毒だった。
「ああ、お姉さんも来てたんですか」
初めは『あなた』と呼んでいたのだが、堅苦しいと言われて『お姉さん』と呼ぶ事になった。そしてトールは『坊や』と呼ばれている。
カジノだけの関係だが、この適度な距離感は今のトールには心地よかった。
「今日は月一のイベントだからね。当然よ。後一時間もしない内に賭けの締め切りだから早くした方が良いわよ。まあ今回は悩まなくても良いと思うけどね。それじゃあ」
それだけ言うと『お姉さん』はそこから受付の方へ歩いていった。
トールはモンスターの控え室の方へ向かう。
普通のモンスター闘技場の場合、賭ける前に教えられるのは名前と倍率だけだが、バトルロワイアルである今回は、試合前に実際に戦うモンスターをこの目で見る事も出来る。
いつもは十数試合行うモンスター闘技場も今日はバトルロワイアルの一試合しか行わないため、前段階の投票の時間もそれなりに長いのだ。
トールも自身の目でモンスターを見て回る。
スペシャルイベントと言うだけあり倍率も普段より良い。賭けてみるのも良いだろうと思ったのだ。
様々なモンスターが檻の中にいる。
ブラックドラゴン、キラーアーマー、オーク、スライムナイト、バーサーカー、ミイラ男、パペットマン、リザードマン、シルバーデビル、ガーゴイル、エリミネーター、キメラ、ばくだんいわ、リビングデッド、メタルハンター、ガメゴン、タホドラキー、キングコブラ、がいこつ、マタンゴ、スライム。
後ろの5匹はトールも戦った事があるから分かるが明らかに勝てそうもない。その分どれも高倍率になっている。スライムなど300倍だ。
それとは別に今回は明らかに鉄板と思えるモンスターがいるのも、他のモンスターが高倍率の原因だろう。
ブラックドラゴン、倍率1.2だ。
あまりに鉄板過ぎて賭けか成立するとは思えないほどだった。だが確実にコインが増えるのはトールにとっても助かる。
普通のモンスター闘技場の時も、明らかに始まる前から勝負が分かりきっている試合があった。スペシャルイベントの時でもこういう試合はたまにある。
今回もそうだろう。多くの者はサービス試合だと思った。
トールにしてもそうだ。
スペシャルイベントは賭ける場所が一つだけで掛け金が一律Gコイン100でと決まっている。それならば20枚得する、そんな風に思っていた。
『ピィピィーピィー(オイ、オレニ賭ケロヨ)』
その声を聞くまでは、だ。
初め何が起こったか分からなかった。周りを見るがトールに話しかけた人は誰もいなかった。
そもそも今声が聞こえてきた方向には檻の中のスライムしかいない。
「まさか……な」
スライムを見ながらトールは引きつった笑みをする。幻聴が聞こえたとすれば、精神的に随分とやばいところまで来ているのかもしれないと思った。
『ピィーピィッピィー(オレダヨ。聞コエテルンダロ)』
気のせいだと思いたかったが、今度は目の前のスライムが言っている事が確かに分かった。
少し遠くだが周りには数人の客がいるが、その人たちは何の反応も示さない。
傍から聞くとピィーピィー鳴いているようにしか聞こえないが、トールにはその意味が分かったのだ。
(とうとう何処かがおかしくなったのか)
モンスターの声が分かると言う異常事態にトールは呆然とするしかなかった。
『ピーピィッピ、ピィーピィー(何ボーットシテンダヨ。オ前、『言語スキル』持ッテンダロ。ナラ分カッテ当然ダロ)』
そう言われてトールは慌てて冒険者カードを見る。スライムの言ったとおり言語スキルが一つ上がり、『会話』が、『会話2』に変化していた。スライムの言葉が分かったのもこのためだろう。
少なくとも自分がおかしくなった訳じゃない事が分かりトールはホッと息をついた。
ただ鳴いているモンスターは他にもいたが、その言葉が分からなかったことから、言葉が分かるのは何らかの条件があるのだろうという事は、何となくだが理解できた。
どういう場合だとモンスターの言葉が分かるのか確かめたかったが、賭けの締め切りが近い今そんな時間はないだろう。
『ピーピーピィー、ピィッピィーピィー(時間モナイコトダシ、モウ一度言ウゾ。勝チタケレバオレニ賭ケロ)』
普通ならスライムごときが何を生意気な事を言っているのだと思うが、何故かそうは思えなかった。
トールとスライムの視線が合う。
スライムからは絶対的な自信というものが感じられた。迷宮で会うスライムや他のモンスターたちから感じる視線とは違う強烈な意志の篭った瞳がそこにはあった。
トールはこくりと頷いた。
このスライムに賭けてみよう。
例え騙されたとしてもこのスライムなら構わないと思った。
トールは急いでモンスター闘技場の受付に向かいスライムの賭け券を買った。
****
月に一度のバトルロワイアルだが、いつもなら試合前は緊張感がみなぎっているが今回に限っては観客の間に流れる空気も緩やかなものになっていた。
観客は200ぐらいいるだろう。
誰が見ても鉄板のサービス試合。それが観客の一致した思いだった。この試合のためだけに来た者もいるだろう。
ただ一人トールだけは違う期待をしていたのだが。
「いつもはもうちょっと盛り上がるんだけど、今回は内容が内容だから仕方ないかな」
トールの側には『お姉さん』が来ていた。
「君も当然ブラックドラゴンでしょ」
そう言いながら『お姉さん』はトールの賭け券を覗き見るが驚くしかない。そして呆れたようにトールを見た。
「ちょっとスライムって冒険過ぎるでしょ」
「そうかもしれませんけどね、たまのイベントらしいですし冒険も良いんじゃないですか」
スライム自身から勧められたとは流石に言えない。トールとしては曖昧に笑うしかない。
「それはそうだけど……」
「まあいいじゃないですか。あっそろそろ始まりそうですね」
闘技場に動きがあったのを見てトールは誤魔化すように話題を変えた。
円形の闘技場の淵にモンスターの入った檻が並べられていく。こうなると『お姉さん』の意識も闘技場に向く。
「お待たせいたしました。モンスターバトルロワイヤル、これより開始します」
場内にアナウンスが響く。
ざわついていた客もこの時ばかりは静まり返る。
「それでは、レディー・ゴー!」
アナウンスにより一気に檻が開放されて、モンスターは飛び出していった。
20匹ものモンスターが闘技場の中を暴れまわる。
その中でもやはり『ブラックドラゴン』の強さは別格といってよかった。その太い尾での一振りが、口から吐く強烈なブレスが次々と周りのモンスター消していった。
このモンスターバトルロワイアルも、普通のモンスター闘技場と同じで倒したモンスターを殺すわけではない。瀕死になった瞬間に闘技場にかけてある結界により自動的に場外のモンスター預かり場へ転送されるのだ。
普通にくる一般人に無残な姿を見せないための配慮と言う事もあるが、せっかく捕まえたモンスターを無闇に殺すのは、また捕まえるのが後々面倒だと言う事もあった。
闘技場は正に『ブラックドラゴン』の独壇場だった。残ったモンスターもこぞって『ブラックドラゴン』を攻撃するが、『ブラックドラゴン』の圧倒的な攻撃力の前に倒れていった。
一匹、一匹とモンスターが消えていく中で、『スライム』はまだ健在だった。他のモンスターを盾にしたり、『ブラックドラゴン』の死角に回り込むなどして『ブラックドラゴン』の攻撃範囲から逃れていた。
そして遂に、『ブラックドラゴン』と『スライム』を除いて他のモンスターは消え去ってしまった。
信じてはいたが実際に『スライム』がここまで残るのを見ると、驚かずにはいられなかった。
『ブラックドラゴン』の攻撃力をこの眼で見たときに、トールは早々にこの賭けを諦めていた。
いくらなんでも勝てないだろう。
『お姉さん』が呆れた目で見ていたのも理解できた。
本調子の自分が戦ったとしても勝てる気はしなかった。
確かに『スライム』は避けるのが上手かった。見ていたトールも感心したほどだ。だがそれだけだ。
『ブラックドラゴン』は他のモンスターの攻撃で傷ついてはいるがまだまだ健在だ。
その硬い鱗を突き破れるほどの攻撃力を『スライム』が持っているとは思えなかった。
避ける事が出来ても倒せる力がなければ、いずれ攻撃が当たりそれで勝負はついてしまう。
一対一になった時点で勝負は決まってしまったようなものだ。
トールはそう思った。いやトールだけではない。会場の客たち全てがそう思ったのだろう。
ただそれは次の光景を見るまでは、だ。
ゴツンッ!
会場に凄まじい打撃音が響き渡った。闘技場には信じられないような光景が繰り広げられていた。
『スライム』の体当たりが『ブラックドラゴン』に炸裂していた。ただの体当たりではない。『ブラックドラゴン』の巨体をよろめかす様な一撃だ。
それがどれほどの衝撃なのか。もし自分が食らったらどうなるのか考えたくもない。
ただ今の一撃で、目の前の『スライム』がただの『スライム』ではない事が明らかになった。
『スライム』の体当たりなら、トールも食らった事があるが、今目の前で見た体当たりとは雲泥の差だ。
もし『スライム』の全てがあのような体当たりをしているなら、トールは当の昔にこの世からいなくなっているだろう。
『スライム』の攻撃は終わらない。
『ブラックドラゴン』の回りを素早くピョンピョンと飛び跳ねながら、『ブラックドラゴン』の隙を突いて的確に体当たりしてダメージを与えていく。
その内に『ブラックドラゴン』が尾で周りを薙ぎ払ったため、『スライム』は後ろに跳び一度大きく距離をとった。
『ブラックドラゴン』が大きく口を開けるのと、『スライム』がまるでバネのようにその身を縮みこませるのはほとんど同時だった。
そして『ブラックドラゴン』の口から輝くブレスが吹き出た時、『スライム』はそのバネを開放するように『ブラックドラゴン』めがけて飛び出していた。今までのスピードを更に越える速度の体当たりだった。
『スライム』の身体が一つの弾丸のように、ブレスを突き破る。
ドゴンッ!!!
金属同士がぶつかるような音が響き渡った。『スライム』の体当たりが『ブラックドラゴン』の顔面に激突した。
『ブラックドラゴン』の身体がそのまま大きくよろめくと、音を立てて地面に倒れこみそのまま消えていった。
『スライム』の勝利だった。
****
「か、勝ったー!」
知らぬ間にトールは叫び声を上げていた。
「う、うそよ、こんなの」
『お姉さん』は呆然としたように言う。いや『お姉さん』だけではない。この闘技場にいる大半のお客が呆然としていた。
そんな中で会場にアナウンスが響く。
「ただ今の勝負はスライムの勝利でしたが、当方の手違いにより只今出場しましたスライムは、バトルロード出場予定のスライムを誤って出場させてしまいました。よって今回の試合は無効といたします。賭け券を払い戻しいたしますので、売り場の方までお越しください」
放送に会場全体から安堵の雰囲気が流れるが、今度はトールの方が呆然としてしまう。
確かに普通のスライムではない事は見て分かるが、だからといって勝ちを反故されるのは納得いかない。
トールがスライムに賭けたのは、スライム自身からの勧めがあったからだが、別にそれは違反になっているわけではないのだ。
トールは急いで受付の売り場に向かって走り始めた。背後から『お姉さん』が「ちょっと」と声をかけていたが、トールはそのことには気づかなかった。
受付は払い戻しにきた人たちでごった返していた。イラッとしたが回りを無視して突っ込む訳にもいかず、列に並んで順番を待つ。
待っているうちに少しだけだが、いらつきが収まってきた。もしあのまま受付についていたら怒鳴り散らかしていただろうと思う。そう考えるとこの待ち時間も有意義だったと思えた。
そして自分の番が来て、『スライム』の賭け券を見たとき受付の表情が驚いた顔に変わると、トールが何かを口にする前に静かな声でトールに告げた。
「こちらの件に関してはオーナーから直接お話がいります。係りの者が御連れいたしますから少しお待ちください」
なんだかよく分からない展開にトールは頭を捻るしかなかった。
****
「ヘイ、ボーイ!よく来たな。歓迎しよう」
オーナー室に入ったトールを迎えたのは鮮やかな緑と赤の服を着てマフラーをつけた禿頭の男だった。
あまりに印象深い姿の男はトールの記憶にもある。DQⅧのモリーだ。
左右にバニー姿の美女を侍らせ、無意味なほどにテンションの高さにトールは圧倒された。
「まずはそこに座るといい。飲むのはコーヒーで良いかな。いいね。よし、マリー用意をしてきてくれ」
右側にいたバニーが「わかりました」といって部屋の片隅で用意をし始める。
トールはモリーの言うとおりソファーに座る。それと同時にキョロキョロと回りも見渡してしまう。
毛足の長い絨毯にテーブルとソファーの応接セット。壁には見事な絵画。これらがこの世界でも豪華なものである事はトールにも分かった。
一息ついてモリーも向かいのソファーに座った。そしてコーヒーが配られた頃にモリーは口を開いた。
「話、というかお願いがあるが、まずはこれを渡してからだな」
モリーがパチンッと指を鳴らすと、もう一人のバニーが何かの詰まった皮袋を持ってきた。
「コイン、30000枚だ。まずは受け取ってほしい」
圧倒されっぱなしで脳裏から消えかけていたが、ここに来たのは勝ったコインを受け取るためだったのだ。
「それで頼みがあるのだが、聞いてくれるかね」
モリ―の言葉に少し考えてから、トールは頷いた。
「うむ、それではまずこれを受け取ってくれるかね」
そう言ってモリーが差し出したのは一つの指輪だった。
「これは……」
「それはスカウトリングというものだ」
「スカウトリング?」
「そうだ。その説明の前にまず一つ聞いておきたい。ボーイはあの『スライム』の言葉が聞こえたね」
モリーに言われて一瞬トールは言葉に詰まる。今回勝った事は違反しているところはないが、何故か後ろめたく感じるのも事実だからだ。
「ああ、何も責めようというわけじゃない。バトルロワイアルで賭けの参加者はモンスターを見る事が出来る権利があるからね。その際にどんな情報が手に入れられるかは本人しだいだよ。ボーイが気にする事はない。あの『スライム』、スラリンから君と話した事を聞いたのでね。これは一応の確認だよ。どうだい?」
トールはコクリと頷いた。
「それなら話はしやすい。先ほどのリングはスカウトリングといってモンスターを仲間にするのに必要なものだよ」
「モンスターを仲間に?でもそんなことは……」
「出来ないと言うのかい。その疑問はもっともなものだよ、ボーイ。確かに普通ならば魔物使いの職でなければ、モンスターを仲間に出来ない。なぜなら魔物使いの力でモンスターの邪悪な心を消す事によってモンスターが改心するから、人間の仲間でいてくれる。魔物使いでない人間がいくらモンスターを倒してもGに変わるだけだ。だがしかーし、元から邪悪な心を持っていないモンスターならどうかね。神は封じた邪神や魔王の悪しき力を細分化する手段としてモンスターを作り出したが、生まれたモンスターの全てが悪しき心に染まっているわけではない。そういうモンスターを仲間にするために必要なのが、そのスカウトリングだ。それを身につけて倒す事により、モンスターはボーイの話を聞いてくれる。弱肉強食が基本のモンスターたちは、自分より強く相手でないと話も聞いてもらえないからね。そして意思交流が出来ない事にはどうしようもないからね。スラリンと話す事の出来たボーイには資格があるということさ」
「確かにスカウトリングの事は分かりました。でもどうしてこれを僕に?」
「スカウトが出来る者は先ほども言ったが意思交流ができる者でなくてはいけない。だがこれが一番の問題だ。実際に言葉が分かってもそれを気もせいにしたり、聞こえない振りをして端からモンスターとの関わりを持とうとしない者はいる。というより殆どはそうする。冒険者といえばモンスターは倒すものを言う認識があるからね。その点ボーイはスラリンの言葉に反応し、尚且つその言葉を信じた。まず普通はこれが出来ない。これだけでもボーイは合格だよ。実のところスラリンはそのための試金石の一つとしてあそこにいてもらったんだよ。スラリンの御眼鏡に叶う者が現れたら、スラリンはそのまま出場してもらい実力を発揮して勝利をし、そうでなければ普通のスライムが出場する。そういうわけなんだ。後はこちらの都合だね。邪悪でないモンスターたちを助けたいという気持ちがないわけではないが、この闘技場やバトルロードを繁盛させるためでもある。出来れば君がスカウトして仲間に出来たモンスターをこちらに引き渡してもらいたい。報酬はもちろん払おう。ボーイがそのモンスターを魔物使いのようにパーティーの一員にしたいというならそれもいいだろう。その際の預かり場もこちらで手配しよう。こちらとしては一匹でも多くのモンスターを確保したいと思っている。そのために才能のある若者にはそのリングを渡す事にしているんだよ。使うか使わないかはボーイの自由だよ。ただ条件としては悪くないと思うがね」
確かにモリーの言うとおりだろう。トールに不都合は何一つない。いやなら使わなければ良いだけの話だ。
それにモンスターの仲間を作れるかもしれない。そうなればパーティーの事は解決するだろう。
だがそれより先にトラウマを払拭して実際に戦えるようにならなければ話にならないだろうがそれは後から考えれば良い。
今の問題は受け取るかどうかだ。
DQⅧのモリーの事を考えれば疑う必要はないのだが。この世界ではどうか分からない。それに結構裏の事情も聞いてしまった。
様々な事情を考慮すれば答えは一つだろう。
「分かりました。使わせていただきます」
「そうかい。そう言ってくれて嬉しいよ。スカウトできるモンスターは他のモンスターと群れる事はなく一人で行動している。また他のモンスターたちと争っていることもあるためか、同種の他のモンスターよりも強いのが殆どだ。見た目では判断できないから、出会えるのは運に近いものがあるから、探すというよりも偶然出会うのを期待した方がいいだろうな。それでは後はこれを渡そう」
そう言って渡されたのは、首輪のようなものと、金色の粉だった。
「その首輪はスカウトしたモンスターにつけるものだ。その首輪をしていれば人に従うモンスターの証になる。それとその粉は、ルラムーン草の粉で仲間のモンスターをこちらにある預かり場へ転送させるものだ。有効に使って欲しい。後サービス出来るのは今回だけだ。次から必要な時は購入して欲しい。ではボーイの活躍を期待しているよ」
そう言ってモリーはトールに手を差し出し、トールはそれに答えるかのように握手をした。
****
「大丈夫だったの」
オーナー室から闘技場に戻ったトールを出迎えたのは『お姉さん』だった。
「待っててくれたんですか」
月一イベントのバトルロワイアルであるため、この後の試合はないため、辺りは閑散としていた。
「そりゃあ知り合いがオーナー室に行くのを見たのよ。何事かと心配ぐらいするでしょ。あんなふうに没収試合のあとなら尚更よ」
「ああ、よく考えればそうですね。でも別に大事はなかったですよ。ただ貰う額が額だから呼ばれただけです」
そう言いながらコインの入った袋を見せる。
「やっぱり有効だったんだ」
「そうですね。不手際はあくまで向こうの都合ですからね。ちゃんと払ってくれましたよ。さてこれからどうします。この通り臨時収入はありましたし、なんなら飯でも奢りますよ。それとももう一勝負行きますか」
「勿論もう一勝負よ」
トールの言葉に『お姉さん』は笑って答えた。
この夜は、つきや運や場の流れというのが良く分かる夜だった。
――― ステータス ―――
トール おとこ
レベル:17
職:盗賊
HP:115
MP:50
ちから:45
すばやさ:41+10(+10%)
みのまもり:20
きようさ:50+20(+10%)
みりょく:30
こうげき魔力:21
かいふく魔力:26+5
うん:31
こうげき力:45
しゅび力:39
言語スキル:3(会話2、読解、筆記)【熟練度:3】
盗賊スキル:3(索敵能力UP、常時すばやさ+10、ぬすむ、器用さ+20、リレミト)【熟練度:87】
剣スキル:5(剣装備時攻撃力+5、ドラゴン斬り、メタル斬り、剣装備時攻撃力+10、ミラクルソード)【熟練度:48】
ゆうきスキル:3(自動レベルアップ、ホイミ、デイン、トヘロス)【熟練度:41】
特殊技能:闘気法(オーラブレード、ためる)、スカウト
経験値:19264
所持金:558G
持ち物:やくそう(39個)、毒けし草(21個)、おもいでのすず(4個)、スライムゼリー(1個)、まんげつそう(2個)、せいすい(2個)、スカウトリング
――― あとがき ―――
『お姉さん』はそのままあの人です。
モリーのテンション具合が難しいです。
カジノのギャンブルはゲームに近いものにしました。
それでは、また会いましょう