DQD 11話
トールが案内された場所は、エルシオン学園に数ある練武場の一つだった。
その際に剣と『大きな小袋』は受付の方に預けていた。学園には王侯貴族の子弟のいるため、部外者にはこのような処置が施されるらしい。
もっとも講座によって対応は異なるが、ヒュンケルが行う講座は全てヒュンケル側で必要な物を用意するため、トールは道具類を預けなければならなかった。
練武場はこれから講座の期間終了まで専用で使えると言うのだから贅沢な事だと思う。
そこで待っていたのは、銀髪の一人の青年だった。年齢は20代後半といったところだろうか。
矢張りというべきか、予想通りというべきか、講師ヒュンケルは『ダイの大冒険』のヒュンケルのように見えた。ただし年齢は漫画版よりも年上に見える。
ただこの世界では大魔王が人間世界に進行しているようなことはないため、似ている別人と考えたほうがいいのかもしれない。
好奇心にかられるが、会ったばかりで素性を根掘り葉掘り聞くのも怪しいという以外ない。
トールの興味以外に大した意味はないのだから、今は気にする事ではないだろう。
何よりも大事な事はしっかりと剣術が学べるかどうかだ。
「ヒュンケルだ。これから君に剣を教える事になる」
言い方は非常に素っ気無いが感心がないというわけではなさそうだ。練武場に入ってきた時からトールを観察するように見ていた。
「トールです。よろしくお願いします」
トールは一度軽くお辞儀する。
「期間は二十日。決して長いわけではない。この期間を如何により良いものにするかは君しだいだ。こちらからも教えはするがそれは手助けをするに過ぎない。肝心なのは君がどうするか、だ。その辺りを心してほしい」
「分かりました」
「後、堅苦しい言葉は使わない。怒鳴る事もあるかもしれないが、覚悟はして欲しい」
「はい」
「それじゃあ、まずはこれだ」
そう言うとヒュンケルは持っていた二本の木剣の内の一本をトールに投げて渡した。
受け取った木剣はトールが思っていた以上に重かった。
ただの木製の剣かと思ったがそうではないようだ。多分芯に鉄でも入っているのだろう。重さ的にはトールが普段使っている銅の剣ぐらいの重さだった。
「それで俺に打ちかかってこい。どの程度出来るか実際に見せてもらう」
「えっ」
「本気で打ち込んこればいい。こっちも指導するのに、君が今どの程度の腕前か把握する必要がある。だから本気でやってくれ。というより本気でやってもらわないとこちらが困る」
「……分かりました」
ここまで言われてはやらないわけにもいかない。今の自分は教えを受ける側だ。講師のほうから言っているなら、思い切りやるべきだろう。
トールは木剣を握り締めると、一度大きく呼吸をしてからヒュンケルに向かって打ち込んだ。
当たらない。
上段からの振り下ろし、左右からの薙ぎ、突き、下からの斬り上げ、緩急をつけ、時にはフェイントを織り交ぜながらトールはヒュンケルに打ち込みを掛けたが、まるで当たらない。
ブンッ、ブンッとトールの木剣からの風切り音だけが練武場に響く。
ヒュンケルは手に持つ木剣を使うことなく、体捌きだけで避けていく。
確実に当たると思った剣が避けられる。
トールは初めこそ人に向かって木剣を振るということで躊躇していたが、段々とそんな気持ちはなくなっていた。
むきになって追い回すようにヒュンケルに向かっていくが、一向に当たらない。
結局はトールの方の体力が尽きる事で、追いかけっこのような稽古は終わる事になった。
汗まみれで座り込みながら、呼吸が荒く肩で息をいているトールに対して、ヒュンケルは息切れ一つせず平静なままだった。
冒険者になって一ヶ月と半分ほど、随分と体力は付いたと自信を持っていたがまだまだなのだろう。
「なるほど、良く分かった。剣に関しては我流で素人同然だな。基礎から叩き込む事にする。水分を補給しておけ。すぐに取り掛かるぞ」
練武場の隅にあるタンクを指差すと、へたり込んでいるトールの方には見向きもせずヒュンセルはそのまま一度練武場から出て行った。
トールはのろのろと立ち上がると、タンクの方へ歩いていき、タンクの側にあったコップでタンクの中のものを飲んだ。
飲む前はただの水かと思ったが、ほんの少し甘みと塩分を感じた。スポーツドリンクを薄めたような味だった。
水分を取った事でトールはようやく一息ついた。
迷宮で一日中歩き回っていた事もあり、体力は十分いついていると思ったが、トール自身が思っているほどには体力があるわけではないようだ。
よく考えれば、少し疲れたと思うたびに『ホイミ』や薬草で回復していた。実際に体力がどの程度まで続くかは分かっていなかったのだ。
今回は体力の配分も考えずに闇雲に剣を振るったため、あっという間に体力がなくなってしまった。
剣を空振りする事は思った以上に体力を使う事を知った。
反省はすべきだろうだが、それは後だ。これから直ぐに訓練が続くのなら体力の回復はしておくべきだろう。
あいにく今は『大きな小袋』が手元にないため薬草は使えないが、『ホイミ』は使える。
「ホイ―「待て」」
『ホイミ』を使おうとしたトールに背後から制止の声が掛けられた。トールが振り向くとそこにはヒュンケルがいた。
「悪いが訓練はそのままで続行だ。こちらにもやり方があるのでね。従ってもらう」
それだけ言うと、ヒュンケルは手に持っていた宝玉を頭上に掲げた。
一瞬だけ宝玉が光ると、トールは何かに押さえつけられたような感覚を受けたが、それも宝玉が光るのと同じく一瞬だけのものだった。
「悪いが呪文の類は封じさせてもらった。これからの鍛錬に魔法は関係ないからかまわないだろ。さて、これからが本番だ。中央に来い」
悪びれた風もなくヒュンケルは言う。ヒュンケルにしてみれば当たり前の事をしているのだから当然なのかもしれない。
トールは自分の中の魔力が上手く使えなくなっている事に気づいた。確かにこれでは魔法は使えないだろう。
ヒュンケルが使った宝玉は多分『静寂の玉』なのだろう。あれを使われてはもう魔法は使えない。
ここはヒュンケルの言う事を聞くしかないだろう。
トールは疲れた身体を引きずるようにしてヒュンケルの後をついていった。
基礎として剣の握り方に始まりその振り方の指導の後、トールは素振りをする事になった。
正面斬り、右袈裟きり、左袈裟きり、右袈裟切りからの逆袈裟きり、左袈裟切りからの額袈裟きり、左右の横胴斬り、正面切りからの斬り上げ、突き、各50本を一セットでこれを10セットだ
尋常な数ではない。だが言われた以上やらないわけにはいかない。
覚悟を決めてトールは素振りを始めた。
どれだけ素振りをしたかははっきりと覚えていないが、この日生まれて始めてトールは疲労で吐いて気絶した。
普通ならこの状態になった時点でもう休むしかないのだろうが、このまま休めるほど甘くはない。
何といってもチートといって良い回復方法が存在するのだ。
ヒュンケルは袋から杖を一本取り出すと、それをトールの頭上で振るった。
トールが一瞬仄かに光ったかと思うと、トールはゆっくりと目を覚ました。
ヒュンケルが使ったのは、『祝福の杖』。『べホイミ』に近い回復をする事が出来る杖だ。
これはヒュンケルが迷宮内の宝箱から得た物で、基本的に魔法の品はレアアイテムで数が少なくい。
ヒュンケルは魔法が全く使えないため、この『祝福の杖』は非常に重宝していた。
「早く立て。さっさと続きをしろ」
ヒュンケルに言われトールは起きる。
冷たい言い方に少しむっとする。もう少し言葉を選んで欲しいとも思うが、それこそトールの都合というべきだろう。
身体の疲労は感じないし、確かに続けるのに何の問題もない。
トールは自分が望んでここに学びに来ている事を思い出す。
剣技を高めるのは、迷宮探索で生きながらえるのに必須の技能だと思っている。
そのために態々有り金の殆どを払ったるのだ。それも本来もしもの時のために貯蓄しておこうと思っていたお金を、だ。だから今まで道具以外何も買わずに過ごしていた。
もっとも今の装備でも十分だと言う思いもあったからなのだが、そのおかげでこの講座の受講料が直ぐの払えるだけのお金が貯まっていたのだから良かったと言えば良かったのだろう。
だが、懐に寂しさと不安を感じずに入られない。
とにかく命に金、この二つが懸かれば大抵の人は努力を惜しまない。
早々に諦めるわけには行かないのだ。
トールはヒュンケルを一度睨みつけると、木剣を手に取って再び素振りを始めた。
何度か倒れ込みながらも10時間ほどかけて何とか終わる事ができた。
宿屋に帰った時には、ビアンカから酷く心配された。
「酷い顔色をしている」だそうだ。
今まで迷宮から帰ってきたときには言われなかったから、余程酷い顔色だったのだろう。
確かに今までの迷宮探索よりも疲れているのはトールも分かっていた。
怪我や筋肉の疲労は治っているのだが、芯の部分では疲れている感じがした。風邪の一歩手前という感じが、今の状況を表すのに丁度良いのかもしれない。
これが後、19日。
本当に続けられるのか自信がなくなってくる。
とりあえずは体力を戻すためにも、まずは栄養をつけなくていけない。
本来これほど身体を酷使すれば胃が食べ物を受け付けないのだろうが、そんなことはない。腹は減っているくらいだった。
たらふく食ってぐっすり寝よう。明日も厳しい訓練があるのだから
トールはそう決めると、ビアンカにいつも以上の食事を頼んだ。
****
稽古は素振りから始まる。初日に行った素振りの10セットを先ず行うのだ。
ヒュンケルはそれを監督しながら、時折構えや振り方を注意する。
「まて」
黙々と素振りをしていたトールにヒュンケルの声がかかる。
「少し聞くが、何を考えながら素振りをしている」
「……特に何も。しいて言えば数をこなす事でしょうか」
トールは正直に答える。疲れすぎてあまり思考が回っていなかった。
「なるほどな。まあそうなるのも分からんわけではないが、あえて言っておく。常に最適をイメージして素振りしろ」
「最適?」
「そうだ。ただ素振りする事に全く意味がないとは言わない。だがその一振り一振りをイメージして行ったときと、そうでないときではその効果が違ってくる。これが分かりやすいかどうかは分からんが、例えるなら身体を鍛える時でも鍛えた後の身体をイメージするかしないかでその効果はは大きく違ってくる。もちろんイメージした方が効果は大きく出る。素振りの鍛錬もこれと同じだ。明確なイメージを持ったほうが効果はある。だからこそイメージしろ、最適の素振りを。その素振りはもう見せたはずだ」
確かにトールが見たヒュンケルの素振りは素人目でも素晴らしかった。
「限られた時間の中でやるんだ。少しでも効率的なやり方がいい」
確かにその通りだ。時間は有限なのだ。
ならば効率が良いやり方をするべきだろう。
トールは頷くと、再び素振りを始めた。ヒュンケルの素振りを思い浮かべながら。
疲れて頭が働かなくなるまでの話だが。
それが終われば、実戦形式での訓練、お互いが木剣を持っての打ち合いだ。
ヒュンケルは初日のようにただ避けるだけではなく、自らも打ち込んでくる。
刃のない木剣をいえどもそれが武器である事には変わりはない。少なくともトールが最初に使っていたひのきのぼうよりは攻撃力があるだろう。
頭部への攻撃だけは流石に寸止めだが、その他への攻撃は遠慮なく当ててくる。いや多少の手加減はしているのかもしれないが、トールにはその判断がつかない。
腕に打ち込まれ、骨が折られた事もあった。
あまりの痛みに蹲るが、『祝福の杖』で回復され、すぐに稽古は続行される。
『祝福の杖』は魔法の『べホイミ』と同じくらいの回復が出来、骨折くらいなら平気で直せる。流石に切断されたり部分がなくなったりしたものは回復できないらしい。
それが回復できるのは『ベホマ』クラス以上の魔法でないと無理との事だ。
ヒュンケルが木剣を使っているのは、『祝福の杖』で回復できる範囲内でダメージを与えられる得物であるのも理由の一つだろう。
(鬼か悪魔か、この人は)
いくら治る事が分かっていたとしても、骨を折られたトールがこう思うのは仕方ないだろう。
倒れても休ませてはくれない。すぐに続きだ。
倒れたままだと追い討ちを掛けるようにそのまま打ち込んでくる。又は激しい叱責が飛んでくる。
そうするとトールはまるで反射のように立ち上がってしまう。
そして又打ち合いが始まる。
何度か打ち合う内にトールも気づいた事がある。ヒュンケルが絶妙に手加減している事に。
トールが避けれるかどうかのギリギリの速さで打ち込んでくるのだ。
人と打ち合うという事は初めてでまともに出来なかったが、分かってくると段々対応は出来る。だが元々の地力が違うのだ。
結果トールが避けるほどヒュンケルの攻撃は少しずつ早くなり、最終的には攻撃を食らう事になって終わる。
この稽古は日が暮れるまで続いた。
そして一日の稽古の締めとして岩石斬りを行う。
ヒュンケルが用意した剣で斬るのだが、どう見ても銅の剣かそれ以下のなまくら剣にしか見えない。どう考えても特別な剣ではないだろう。
剣の修行での鉱石斬りは、漫画の『ダイの大冒険』や『ロトの紋章』などでもよくある修行方法だが、これを実際に自分で行う事になるとはトール本人も思っていなかった。
(どう考えても無理だろう。あんな事が出来るのは漫画だけだ)
そんな考えがトールの脳裏に浮かぶのも、トールの常識に照らせば当然の事だろう。
そんな思考に剣も影響したのか岩石が斬れる筈もなく、弾かれては手を痺れさすだけでこの日は終わった。
****
素振りをすればするほど、トールは自分とヒュンケルの違いに悩む。
もちろん始めたばかりの素人と比べる事自体が馬鹿らしい事なのは分かっているが、頭に思い浮かべるヒュケルの素振りと自分の素振り、何かが決定的に違うように感じる。
ブンッ、ブンッ、ブンッ。
素振りをするごとに風切り音が聞こえる。
だが、やはり何かが違うように感じていまいち調子がのらない。
トールは素振りを止めてヒュンケルの方を見る。
「すいません。素振りの見本、又見せてもらって良いですか」
「ああっ、かまわない」
それだけ言うとヒュンケルは木剣を振り始めた。ある種、完成されたその振りは美しささえ感じる。
トールとヒュンケルの振りでは様々な違いがある。口で説明しにくいものが殆どだが、その中ではっきりと口にして言える違いを見つけた。
それは風切り音のことだ。
ヒュンケルの素振りでは風切り音が全くしなかったのだ。
上達すると風切り音が鋭くなるのではないのか。疑問が生じ、トールは顔をしかめる。
ヒュンケルはその事に気づいたのか。素振りを止めトールの方を向く。
「どうした。何か聞きたいことでもあるのか?」
「えっと……その風切り音がしなくて……した方が鋭いんじゃないかと思ってたんですけど……」
「深呼吸でもして、少し落ち着いて話せ」
トールは言われたとおりに深呼吸する。自分が考えていた常識と違っていた事に少し混乱したのだ。
「えっとですねえ、素振りをする時って風切り音がするじゃないですか。でも今の素振りは風切り音が全く聞こえなかったもので不思議に思ったんです」
「なるほど、そのことか。確かに鋭い風切り音は、刃筋の通っているかどうかを確認する目安になるが、それは初心者や中位ぐらいの者までだ。上級者になればさっき俺がしたように無音になる。まだトールが気にする事じゃないな。でもまあこういうのが気になるって事は、素振りでもしっかりと考えながらやってるって事だな。ついでだから一つアドバイスをしようか。すこしは力を抜いたほうが良い。といってもずっと力を抜けと言ってるわけじゃない。剣を振るには力を入れるべき時と抜くべき時があるってことだ。今は振り上げる時も下ろす時もずっと力を入れっぱなしだろう。俺が言いたいのは無駄な力を省いて振り下ろす、つまり斬る瞬間に力を集中しろってことだ」
ヒュンケルの言おうとしている事は何となくだが理解は出来る気がする。だが実際に出来るかどうかは別の話だ。
「がんばります」
結局トールが言えたのはこれだけだった。
とりあえずの目標である岩石斬り。
初めは常識的に考えて無理だと思っていたし、その時は実際に無理だった。
漫画じゃあるまいし、とも思ったがある意味この世界は似たようなものであった事を思い出した。
そして岩石斬りごときで躓くわけにはいかない事も思い出したのだ。
よく考えてみればモンスターには石のように硬いものもいる。
思いついたものでいえば『ストーンマン』に『ばくだん岩』だろうか。他にも『さまようよろい』なども鉄の鎧をしているだろうし、ドラゴン種にいたっては、その鱗が鋼鉄のような硬さであるのは、ある意味ファンタジーでは常識だろう。
そんなモンスターを相手にする事もあるだろうというのに、動かない岩石一つ斬れずにこれから闘っていくことが出来るのだろうか。否だ。
だからこそ斬らなければいけない。
偶然ではなく自分の意志で斬らなくてはいけないのだ。
斬るという明確なイメージと共に剣を振り下ろす。もちろん直ぐに出来るわけではない。何度も弾かれ、手にどうしようもないほどの痺れを感じながらも何度も岩石に向かって剣を斬りつけた。
素振りやヒュンケルとの実戦形式の打ち合いをしながらも、その結果がでたのは修行を始めて5日目だった。
その一振りは音も立てず岩石を切り裂いた。
それは疲れが身体の余分な力を取った事が功を奏した結果だった。
結局は漫画でよくあるような展開で岩石を斬る事になってしまったが、どのように斬ったかは記憶している。
次こそは自分の意志で斬る事をトールは誓った。
とりあえず第一の目標を終えた事で、一旦休みを取る事になった。
次の日は一日中身体を休める事を命じられた。
「余計な鍛錬などせずとにかく休め。迷宮探索など論外だからな」
帰り際にヒュンケルはトールに念を押すように言うのだった。
****
そういうわけで次の日、トールは宿屋で休んでいた。
今までは碌に休むという事をしてこなかったように思える。
迷宮を探索しない日でも、その迷宮のための用意などに時間をかけ純粋に休むという事がなかった。
心が焦ってゆっくり出来なかったという事が大きいのだろう。
だが今回は違った。疲れているという事も確かにあるが、目標を達成できたという事の意味が大きい。
元の世界に帰るという大きな目標はあるが、これはある意味まだ現実味が薄い目標だ。
そのため目標に近づいたという手ごたえはなく、焦りのようなものばかりを感じていた。
だが今回は他人に決められた事だが目標があり、それをクリアー出来た。
だから今のトールには達成感のようなものを感じ、変に焦りを感じる事もなくゆっくりと休む事が出来ていた。
今日一日はだらだらしよう。
トールはそう決めた。
コンコンッ。
そんな時に軽いノックが部屋に響いた。
「はい、開いてますよ」
トールはそう答えたものの頭の中には疑問が浮かぶ。
わざわざ部屋を訪ねてくる人が誰なのか、身に覚えがないからだ。
ドアが開き、顔をのぞかせたのはビアンカだった。
「大丈夫だったんだ。よかった」
ビアンカはホッとした表情を浮かべるが、トールには何のことか分からない。
「そりゃあ見てのとおり大丈夫だけど、どうしたの?」
「どうしたのじゃないわよ。いつもとっくに起きて下に降りてるのに、今日は起きてこないじゃない。このごろ変に疲れた顔してたし、何か起きて寝込んでるのかと思ったのよ。でも何ともなさそうで良かったわ」
この宿屋に泊まるようになっての一月半ほど経っているが、確かにいつも同じような時間に下に降りて朝食を取っていたように思う。そんな人間が起きてこなければ心配もするだろう。
「心配かけたみたいでごめん」
トールは素直に頭を下げる。
「いいわよ。大丈夫だったのならいいわ」
そう言われて頭を上げ、改めてビアンカを見て気づいた事があった。
「あれっ、その服って……」
「ああっ、この服。そういえばこの格好で会うのって初めてよね。トールはいつももっと前に宿屋を出てるから見てないかもね。これはエルシオン学園の制服よ」
ビアンカはいつもとは違うエルシオン学園の制服を着ていた。何というか新鮮な感じがする。
「どう?」
「あっ、そのっ、似合ってると思うよ」
しどろもどろになりながらも何とかトールは答えた。
「ありがと」
ビアンカはニコリとトールに微笑んだ。
「じゃあ、わたし、そろそろ学校に行かないといけないから行くね。下にはパンが一応残ってるけど、食べるなら早くね」
「分かったよ。わざわざありがとう」
「いいわよ。じゃあ行って来ます」
「あっ、いってらっしゃい」
何となくそのやりとりに気恥ずかしさを感じて二人は少し頬を染めたが、それ以上話すこともなくビアンカが出て行くのをトールは見送るしかなかった。
(もう少し気の利いた言葉が言えないのかよ)
そんな事を考え、少し悶えながらもトールはその日をゆっくりと過ごした。
――― ステータス ―――
トール おとこ
レベル:12
職:盗賊
HP:65
MP:36
ちから:30
すばやさ:24+10(+10%)
みのまもり:13
きようさ:38+5(+10%)
みりょく:24
こうげき魔力:15
かいふく魔力:18
うん:20
こうげき力:42
しゅび力:26
言語スキル:2(会話、読解、筆記)【熟練度:9】
盗賊スキル:2(索敵能力UP、常時すばやさ+10、ぬすむ)【熟練度:61】
剣スキル:3(剣装備時攻撃力+5、ドラゴン斬り、メタル斬り)【熟練度:43】
ゆうきスキル:2(自動レベルアップ、ホイミ、デイン)【熟練度:46】
経験値:4404
所持金:313G
持ち物:やくそう(18個)、毒けし草(12個)、おもいでのすず(5個)
――― あとがき ―――
修行風景については大きな心で接してくれるとうれしいです。