「次の方どうぞ~」
[森の木陰亭]の一階、食事を取るスペースの片隅。
そこでわたしは次の人を呼んだ。
存在意義のわからない扉みたいなものから、ギィ、と音が鳴る。
すると男性の方が入ってこられた。
「すみません、実はお腹の調子が悪くて……」
男性は胃に手を添えて申告してきてくれた。
わたしは席に座るよう勧めてから話を伺う。
男性は、ここしばらく胃が痛むとのことだった。
詳細な状況を伺う。
ほぼ間違いなく胃炎と思われた。
「それじゃ……あなたには……
……うん、これがいいかな!」
テーブルに広げた薬草類から[タンポポ]を手に取った。
わたしは[タンポポ]をすりつぶして、可能な限り細かく砕いた。
それを男性に渡す。
「しばらくお酒はダメですよ。
これをお湯に溶かして、よくかき混ぜて飲んでみてください。
お腹を癒してくれる薬草です」
「おお、助かります!
しばらく、本当に……きつかったんだ……!
娘さん……いや、ハーバリストさん、本当にありがとう!」
男性は嬉しそうに感謝の言葉を述べてくれた。
そんな笑顔はこちらまで元気にしてくれます!
WIN-WINの関係ってやつですよね!
○
気がついたらお医者さんでした。
えと、まず、この世界は医者の存在が本当に珍しいらしいです。
病気になったら、人々は、神さまや精霊に祈りを捧げる。
それが普通で、当たり前の常識なんだって。
むしろ医者という存在は怖がられています。
「身体を改造、かつ、いじくり回す奴ら」って認識でしたよ、ホント。
もちろん中にはちゃんとしたお医者さんもいるらしい。
けど、そういった人は王宮や貴族のお抱え。
仮に診療を受けられたとしても、治療費として半端ない金額を要求するんだって
……それじゃ、人々に忌避されるよねえ……
で。
パケお爺さん。
わたしが寝違えを治して、2階の自室に上がって行った後のことだ。
周りにいた人に治療したことを興奮気味に語ったそうで。
それを聞いた人たちが、家に帰って家族に報告。
あっという間に広まったというわけです。
そして、現状につながりました。
「すまないね、先生。じゃ、これどうぞ」
「わ~、美味しそうなブドウ!」
お金は余裕のある方から5~30cp(銅貨)ぐらいいただくことにしました。
せめて宿代ぐらいと思ったんです。
この金額の大小は使用した薬草の量や希少度で決定。
そんな時、今、金銭的に余裕が無い方がいらっしゃいました。
別にいつでもいいよー、的なことを言ったんです。
そうしたら、自分の畑で収穫された野菜を持って来てくれました!
こういった気持ちって、本当にあったかいです。
野菜に対して、そして、その行動の気持ちにお礼の言葉を述べました。
そうしたら。
なぜか支払いが、お金か食べ物どちらでも良いことになっていました。
ちなみにいただいた食料は、すぐに宿屋のマスターに渡しています。
その都度、髭を揺らしマスターは苦笑です。
でも、マスターは最高の手料理に仕上げてくれます。
場所も借りているし、なんだか頭があがりません。
○
「次の方どうぞ……って、
あれ、パケさん? もしかしてまだ首が悪いのですか?」
入ってこられたのは、先日、首の寝違えの治療をした村長のパケさんだ。
そんなわたしの言葉に、パケさんは大げさに首を横に振って見せてくれた。
「ははは、ホレ、この通り。
わしはもう何ともないよ。あんたのおかげじゃ」
「あは、よかったです」
[薬草学]と[治療]のスキルは大活躍!
これが覚えているのが[偽造]とか[腹話術]とかだったら……
……
あはは……ちょ、ちょっと普通の生活は難しそうだなあ……
さて、気を取り直して、パケさんに伺わないとっと!
「今日はどうされました。
どこか調子悪いところでも?」
「実はのう、娘さん。頼みがあるんじゃ」
「……頼み、ですか?」
「すまんが、ちょっとついて来てくれないかのぅ。
あんたの力を貸してほしいんじゃ」
パケさんに付いてきてほしい旨を言われる。
薬草などの一式を腰のポーチに入れて、パケさんと二人[森の木陰亭]を後にした。
○
案内されたのは村の外れの方に位置する家だった。
こぢんまりとした感じだ。
なんとなく家を見ているわたしをよそに、パケさんは扉をノックされた。
「わしじゃ、入るぞ?」
返答を待たずにパケさんが扉を開ける。
ちょうど出迎えるところだったのだろう、20半ばと思われる女性がいらっしゃった。
赤毛で癖のある髪。そばかす。
なんとなくわたしは大人になった「赤毛のアン」を想像した。
「村長さん……どうされたのですか?」
少し元気がなさそうな表情だ。
もしかしたら、この女性についてなのだろうか?
「今日は客人を紹介しようと思うてな。
ホレしみったれた顔をするでない、ノアさんが驚かれるて」
パケさん、わたしを横に並び立たせる。
「え、えと、初めまして。ノアと申します」
慌てて挨拶する。
そんなわたしに、女性は挨拶をしてくれた。
「こちらこそ初めまして。
この家の主人ニコライの妻ソーニャです」
○
ソーニャさんとパケさんの後を追い、奥の部屋に入っていく。
そこには小さな女の子が苦しそうにベッドに横たわっていた。
女の子は幼稚園に通うぐらいの年齢の子だろうか。
呼吸も荒い。汗も酷い。咳をすると吐きそうな感じまで続いてしまっている。
そんな少女の手を握りしめる男性。
きっとソーニャさんの旦那さんニコライなのだろう。
……わたしのやることがわかった。
こんな小さな女の子が苦しんでいる。絶対に元気にしてあげたい!
「パケさんに、わたしが呼ばれたのがわかりました」
わたしの声に初めて男性が気づかれた。
「……あなたは……?」
「この方はノアさん。ハーバリストじゃ」
「ハーバリストさん……
しかし村長は知ってるだろ? うちの子は……」
「ええから! 何事もためさんと話ははじまらんわい!
おまえたち村人はわしの子供みたいなものじゃ、なんでもしてやるわい!」
パケさんが少し声を荒げる。
それだけ……
……この村、この人たちが好きなんだろうな……
「よろしくお願いいたします、ノアと申します。
決して悪いようにはしません!」
わたしは真剣に男性の目を見つめる。
男性の方の目はとても……
……悲しみに負けそうな、そんな、そんな目で。
「……すまない……
娘を頼みます……」
泣きそうな声だった。
○
苦しそうな女の子は[ナターシャ]ちゃん。
最初は少し具合が悪い感じだったのだが、次第に、今の状況になってしまったとのことだった。
ニコライさん、ソーニャさんは自分たちで考えられることは全て試したそうだ。
しかし全く改善されなかった。
そして藁にもつかむ思いで、この村の僧侶に尋ねたそうだ。
何でも僧侶の方が言うには[悪魔がとりついている]とのことだった。
ニコライさん、ソーニャさんは必死に「何とかしてほしい!」と僧侶に訴えた。
僧侶の方が言うには、悪魔を払えば娘さんの命は助かるとの事。
それでニコライさん達は悪魔払いを依頼したが、悪魔払いには奉仕が必要とのことだった。
奉仕。
それはつまり「お金」とのことらしい。
「あと少しで[悪魔払い]を使ってもらえる額になるのに……!」
「……あなた」
ニコライさんはぎゅっと手を握りしめた。
本当に悔しそうな表情だった。
奥さんのソーニャさんはニコライさんの頭を抱き寄せる。
「私たちのナターシャは強い娘。大丈夫、神さまは決して見捨てないわ」
「……そうだな、うん、そうだよな……」
ニコライさんは笑顔をソーニャさんに向けた。
……けど、それは作った笑顔だ。
……
確かにD&Dの世界では、教会なんかで魔法を受けるにはかなり高額のお金が必要だった。
わたしはナターシャちゃんの手を握ってみた。
……
……温かい手だった。
そして、痩せていて、小さな紅葉みたいな手だった。
「こんな小さいのに……」
わたしは女の子の額に手を乗せた。
すぐにわかるぐらいに熱があった。
「んー」
わたしの手で気がついたのだろう。
ナターシャちゃんが、眠そうな感じでわたしを見つめてくる。
「……おねえちゃん、だれー?」
「わたし?
わたしはねノア、ノアって言うの」
「のあ……?」
「うん、そう、ノア」
「のあおねえちゃん……?」
「うん、そうだよ」
半分、夢の世界なのだろう。
言葉もぽやんとした感じで、ナターシャちゃんは答えてくれた。
こんな可愛い子に悪魔……?
だったら、絶対に許せない!
魔法を使ったことがわからないように、わたしは小さな声で詠唱の言葉を捧げる。
「ウィズドロー【時間支配】」
-----------------------------------
・[ウィズドロー【時間支配】] LV2スペル
使い手自身に対してのみ、時間の流れを変える呪文。
周囲で1分過ぎる間に使い手は2分+レベル×1分の時間を過ごすことが出来る。
緊急時に物を考える時間、または、自分自身に対してのみ[治療][探知]の呪文が使える。
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これは低レベルの魔法なのに、かなり強力な呪文だと思う。
今のわたしのレベルなら1分の時間の流れでの中、22分間、敵に気づかれないうちに怪我を治したり、物事を考えたりすることができるんだから!
そして、次に使う魔法はこれ!
「ディティクト・イービル【邪悪探知】!」
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・[ディティクト・イービル【邪悪探知】] LV1スペル
物体や空間から発散する邪悪な気配を探知することができる。
邪悪の度合いも判別可能。
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取り憑いている悪魔とやらの強さを知りたかったのだ。
……
……が、全く反応無し。
ゆっくりと流れる時間で、かなり念入りにナターシャちゃんのオーラを調査。
しかし、どうやっても、何も判別できない。
……
……むー、この魔法に失敗なんて無いしなあ。
この村の僧侶さん、どうやって悪魔が入るってわかったんだろ?
わたしは[ウィズドロー【時間支配】]を終了させた。
まずは普通に[治療]の技能から、ナターシャちゃんを調べたいと思う。
○
栄養失調気味と百日咳。
わたしは、そう診断できた。
正直、完全に治せる自身がある。
というか、悪魔ってなんなのか、そっちがわけわからない!
「はい、ナターシャちゃん。あーんして」
「うん、あーん」
ナターシャちゃん、めいっぱい口を開けてくれた。
うう、なんて純真なんだろ!
何にも疑うとか、そういうのが無いよ~!
めいっぱい開けてくれた、小さな口にブドウを一個入れてあげた。
「む~、むぐむぐむぐ……
……わ、あまーい! あまーい!
わわ、おねーちゃん、のあおねーちゃん、あまい、あまーい!」
「あはは、美味しいでしょ!」
[グッドベリー【おいしい果物】]をかけた新鮮なブドウ。
しかも、これだけでヒットポイントは1回復する。
小さな子供からみたら、HP全快のアイテムと同等だ。
「もっと、もっと、もっと、のあおねーちゃん!」
「ごめんね、今日はもうないんだ」
でも、また明日持ってくるから、今日はゆっくり眠ってね」
「えー!」
「約束。約束するから」
なんだか、もう、少し元気になってくれたような気がする。
そんなナターシャちゃんに、わたしは小指を差し出す。
「なあに、これ?」
「あ、そっか。指切りって知らないのね。
これはね、絶対に約束を守るっていうことなんだよ」
わたしはナターシャちゃんの小指と、わたしの小指を絡ませた。
「ゆーびきーりげんまーん、うそついたら、はりせんぼーんのーます」
「はい、一緒に」
「ゆーびきりげんまーん」
わたしが言うと、ナターシャちゃんも続けてくれた。
「……はい、指切った!」
最後に、わたし達は小指を切り離す。
「これをやるとね、嘘ついたら針をいっぱい飲まなきゃいけないの」
そんなの嫌やだから。また明日来るね!」
「うん! 約束したんだもん。
のあおねえちゃん、指切りしたもん、絶対んだんだからねー!」
その後、わたしはナターシャちゃんの髪を梳くように頭をなで続けた。
落ち着いた寝息が出るまで、ずっとそばにいた。
○
「ありがとうございます。あんな元気なの……
……本当にひさしぶりです」
お母さんのソーニャさんが嬉しそうにお礼を言ってくれた。
ニコライさんも、嬉しそうに握手してくれた。
「食事後に、この薬草を呑ませてあげてやってください」
百日咳に効果のある薬草を何種類か煎じた物を、ニコライさんに渡す。
「悪魔とか、わたしにはよくわかりませんでした。
でも、これでナターシャちゃん、元気になりますから」
「え! いいのか!?」
「でも、あなた、うちには僧侶様にお支払いしてお金が、もう……」
ソーニャさんが薬草を見つめつつ、本当に悲しそうな表情を浮かべる。
「わたし、[ウォウズの村]に来て間もないんです。
だから友達とかいなくて。
で、今日初めて、ナターシャちゃんていうお友達ができました。
……友達からはお金なんていらないですよ、ね」
わたしはへたくそなウィンクをしてみた。
うう、いがいと片眼だけつむるのって難しくありません?
「……すまん、本当にすまん……」
「ありがとう、ありがとうございます!」
ニコライさん力強く手を握ってくれた。
ソーニャさんは泣いていた。
○
医者不足は深刻だなあ。
それにやっぱり呪文は高額というのも、どうなんだろ?
でも、そうでもしないと、本当に魔法が使える人のところに殺到するのか?
さすがにわたしも、むやみに人に魔法を見せる気はおきない。
魔法を使う人間が、この世界ではどんな目で見られるのかわからないのだから――
しかも、今回は悪魔が取り憑いているって……
……イービルの微量の気配すらしなかったのに。
……
……なんだか、本当にファンタジーの世界なんだな……
○
「はい、次はニコライさんとソーニャさんの番ですよ」
「え、わたしたち!?」
「どういう意味だい?」
「お二人とも、すごく疲れているでしょう?
目の下のクマ、指の爪、手の豆、一目見ればすぐにわかります」
きっと、ナターシャちゃんのために無理して仕事をされたんだろう。
「いや、でも……」
しぶるニコライさんに、わたしは首を横に振った。
「わたしのお友達、第一号のご両親ですもん。
だったら、やっぱりお金なんていらないですよね!」
わたしは何種類かの薬草をすでに机の上に並べ始める。
「……すみません、すみません……」
ソーニャさんは、何度も何度もお礼を言ってくださった。
ニコライさんは黙って頭を下げてくれた。
☆
次回は戦闘シーンを入れたいな。