「フン!」
真っ赤に染められた凶悪メイスを、女は無造作に振り下ろした。
勢いで、メイスこびりついていた血と脳漿が吹き飛ばされる。
そして――
「テメェら、何見てんだよ、あーん?」
法衣を着てはいるが、その格好から発するには対極の言葉だった。
戦闘の余韻が残っているのであろうか。
爛々と目は輝き、血走っている。
体中の筋肉が脈動しているのが見て取れた。
チラリ、と、イルは女が抱えている子供へと視線を向ける。
一見すると、子供の身体は怪我をしている様子は見られなかった。
意識を失っているのだろうか、ぐったりとしている様子だった。
イルは女性へと視線を戻す。
「(聞く耳持たない系、か。さてどうするか――)」
面倒なことになりそうだ、と、イルが思考した時である。
「メンゴメンゴ。
気に障ったなら謝るわ。
でも、ちょっちだけ聞かせて?
その抱えている子大丈夫なの?
それだけでいいから、ね!」
ルイディナが一歩、前と、足を踏み出した。
「う、うん!
こ、こんなモンスターがいっぱいの森に、ちっちゃな子供といるなんて……
な、何かあったんですか……?」
ファナも声を震わせながら、ルイディナの言から続けた。
今、この場所はモンスターが多く出現する森の中だ。
通常の子供を連れてきて良い場所ではない。
「――」
ソランジュは静かに、両手を隠すように背中へと持っていった。
その瞬間、ソランジュの手にはダガーが握られていた。
ダガーを隠し持ち、ソランジュは足に力をこめる。
いつでも飛び込める姿勢を作った。
「うんうん」
3人が取った行動に、イルは心の底から尊敬の念を頂いた。
今、目の前にいる人物はどうみても怪しい。
そして戦闘能力も目を見張るものがある。
かかわらない方が賢明なのだ、生き残るだけなら。
だが、リーダーであるルイディナはそれを是とはしなかった。
ファナも足をガタガタと震わせながら、一生懸命、ちゃんと口にした。
そんな2人を守るために、ソランジュはバックアップ体制を取った。
冒険者として見れば、意見は分かれるだろう。
だが、イルはこんな彼女達が大好きだった。
「あ~ん!?」
ルイディナ達の問いに、メイスの女による返答はドスの利いた声だった。
「なんで見ず知らずのテメェらに言わなきゃいけねえんだよ?
頭が、出来の悪ぃスカスカのズッキーニになっちまってんのか?
このズッキーニが」
メイスを軽々しく扱う女性からは、1mmたりとも友好的と思えるような雰囲気は感じられない。
むしろ、刺々しさが増した言葉が返ってきた。
「(ま、向こうさんの言い分ももっともだ。
金銭目当ての人攫い系だったら言う訳が無い。
また、別種の厄介ごとだったら、なおさらだ――)」
イルの脳内で、様々な予想が立てられる。
だが、さすがに(魔法を使わない)現状では、確実な答えを出すことは難しい。
イルは真っ白なフサフサな髭を撫ぜながら、
「その子供の意思で、君に従っていれば文句はないよ」
落ち着き払った口調で言い放つ。
瞬間、女はイルに視線を向けた。
まさに、それは「睨み付ける」というしか表現できないものだった。
「あぁ~~~ん、何だって??」
威嚇、圧力、示威。
それらが女の口から、イルに向けられる。
だが、イルは何も変わらなかった。
「言葉通りだよ」
のんびりとした、落ち着いた声で対応をする。
そして、何事も無かったかのように、女に向かって歩を進める。
その途中にいたルイディナの横を通り抜ける時、ルイディナの背中を「ポンっ」と叩いた。
「お疲れ、ルイディナ。
よくやったよ。
後は、年長者に任せるといい」
そして、女とイルは対峙する――
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086 異様過ぎる何かとの遭遇02
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「ジジィ、てめぇ……」
法衣を着た女性からは、先程までとは豹変したかのような言葉が返ってきた。
静かな、静かな言葉だった。
目も、先程までとは異なっている。
恐ろしいまでに鋭く、イルの一挙手一投足全ての動きを見逃すまいとする視線だった。
「なんだ、その歩き方は?
出来る奴の動きだ。
ビンビンに感じやがる。
てめぇ、なにもんだよ、ああん?」
イルが近寄ってくる動きを見て、女は何かを感じたのだろうか?
警戒しているような事を言って来た。
だが、歩き方などイルは意識したことは無い。
「ただのロートル冒険者だよ」
女に対して、淡々と言葉を発して、1歩、足を動かした。
ただそれだけだった。
その瞬間、この空間はイル・ベルリオーネの支配下へと変貌する。
空気がはっきりと変わった。
「私は君の何者でもなれるよ。
友にも、
敵にも、だ。
選択は君次第、グルームシュの僧侶――」
イルは[リング・オブ・ノンディクション【探知魔法消去の指輪】]の効果を止める。
「――っ!?!?」
イルに対峙していた女性は戦闘の態勢を取る。
全身の至る箇所からは、一気に、汗が噴出し始める。
「ハハ、ハハ、こりゃすげえわ――!!」
緊張の汗を流しながらも、女性は嬉しそうな笑みを浮かべた。
それは、まるでハイエナが獲物を見つけた時のそれであった。
○
沈黙、停滞。
静かに時間だけが経過していった。
魔物も動物も近寄ることは無い。
「なあ、ジイさん」
最初に口を開いたのは、血まみれの法衣を纏った女の方だった。
「(ジジィからジイさんにランクアップ。
ハッタリが少しは役にたったかな?)」
イルは[リング・オブ・ノンディクション【探知魔法消去の指輪】]の効果を発動させる。
「なんだい? グルームシュの僧侶」
イルが口を開いた瞬間だった。
今まで、まるで灰色のように感じられた世界が、一瞬で、色彩を取り戻していくような――
そんな感覚が、ここにいた面々には感じられた一声だった。
そんなイルに対して、女は口笛を吹いた。
そして――
「脱いでくれ」
と、イルに対して告げた。
「……
……
……
……
……え???」
「脱いでくれ」
思わず漏れてしまったイルの反応に、女は同じ言葉を繰り返す。
「さ、さすがにそれはインテリジェンスがチートでも予想出来ないな、うん……」
斜め上を行った反応に、イルは慌ててしまう。
大きな真っ白な髭をなぜてから、ゆっくりと両腕を組んだ。
そして小首を傾げてみせた。
女の言葉に、なぜか、肩の上のクロコが「フー、フー!」と荒い息をして女を威嚇し始めた。
「あー、なんか勘違いしてんじゃねえぞ。
って、ジイさん、まだ現役なのかよ!?
そっちの方もびっくりだよ!
っていうか、どんだけ規格外なんだよ!」
イルの言葉と、黒猫の雰囲気に、女は何かを感じ取ったのだろう。
的確に突っ込みを入れる。
そして、
「ちっげぇよ!
さっきの足の運びだ。
ありゃ、普通じゃねえ。
上半身と下半身のバランスも完璧だ。
生まれて初めてみた、すげえよ。
すげえ身体してんのバレバレなんだよ。
筋肉は隠せねえ、ごまかせねえ。
爺さん、あんたはすげえ奴だ」
ニヤリ、とした笑みを浮かべた。
「だから、そのやぼってぇこ汚ねえローブを脱いでくれってこったよ!」
女の言葉に、イルはわざとらしくため息をついた。
そしてオーバーアクション気味に、
「……本当に脳筋かー」
ため息を付く。
イルの態度に、女は獰猛な笑みを湛える。
「メンドクセエことは言いっこ無しにしようぜ?
脱げよ。
アタシとコイツと話がしたけりゃ、まずはそこからだぜ?」
女は抱えている子供に視線を向けてから、八重歯をむき出しにして笑みを見せる。
そして、大きな舌で唇を舐める。
テラテラと唇が艶かしい色へと変化していった。
「ファンタジー世界は怖いな。
まさか女性に脱げと言われることになるなんて。
日本じゃありえない……」
再び、イルは、女が抱える子供に視線を向けた。
わざとらしく、だ。
そんなイルの視線に、女は気がついた。
イルは小さく頷いた。
「オーケー。
交渉成立だ。
クソなグルームシュに感謝、だ。
エイメン」
女は近くの大木の根元に、左手に抱えていた幼子を静かに横たえた。
子供の胸が小さく動いているのが見て取れた。
「さあ、ジイさんの番だ」
女はどっかりと、子供の横に腰を下ろす。
どうやら、ゆっくりとイルの脱ぎっぷりを鑑賞するのだろう。
「筋肉は絶対だ。
唯一無二だ。
知っているか。筋肉は絶対に裏切らねえ。
ヒューマン、デミヒューマン、モンスター、
あー、老若男女、お偉い王様や貧民も差も全部全部関係無え。
誰でも鍛えりゃ、ちゃーんと育ってくれる。
さぼりゃ、ただの無駄肉だ。
ブニブニのくさったネズミのように、な。
これって凄くねえ?
超公平なんだぜ?
あたしゃ、神に仕えてる。
が、神だって裏切りまくりだ。
けどよ、筋肉にはそれがねえ。
筋肉みりゃ、そいつの人となりが分かる。
筋肉は厳しいからよ、ごまかせねえからな!」
女は楽しそうに笑った。
それは恋を語る少女のように無垢なものだった。
「ジイさん、あんたの筋肉はどうなんだ――?」
★
前回と今回のお話を足して1話って感じです。
短くて申し訳ありません。
○
野球が楽しいです。
ドーリンの覚醒を正座して待ち続けています。
松山選手ごめんなさい。正直、見くびっておりました。