「へ、パラディン?
また、ニッチな職業選んだなー」
妙子のキャラクターシートを覗き込んで、勇希は苦笑する。
職業欄に「パラディン(聖騎士)」と記載されていたからである。
「ま、あたしもそう思うわ。
けどさ、コレ見たらね~」
ニヤニヤとした面持ちで、妙子は勇希に対してプレイヤーズハンドブックを差し出す。
そして、パラディン(聖騎士)が記載されている箇所を指差した。
「他に目がいかないわよ」
「ん、ああ!
なるほど、[悪を討つ一撃]かー。
妙らしすぎて、なんかすげー納得」
勇希は「これでもか!」というぐらいに、妙子の趣味趣向を理解している(させられている)。
そんな勇希としては頷かざるを得ない。
だが、対面に座っていた、入間初(いるまはじめ)と乃愛には、
勇希が言った[悪を討つ一撃]という言葉は記憶に無いものだった。
「[悪を討つ一撃]ってなんだっけ?
魔法職ばっかり見てたから、ちょっと覚えがないな」
初は首を傾げてから、横に座る乃愛に視線を向ける。
と、乃愛も首を横に振った。
「ま、いるっちにはマジックユーザお願いしちゃったからねー。
あんだけ魔法があれば、他見てる余裕なくて仕方ないわ。
乃愛もわかんないよね、コレ見てコレ!」
妙子は勇希の背中を叩く。
と、勇希は苦笑しつつ、初と乃愛にプレイヤーズハンドブックを手渡した。
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・[悪を討つ一撃]
レベルが2以上のパラディン(聖騎士)は、1日に1回、[悪を討つ一撃]が可能となる。
[悪を討つ一撃]は、キャラクターの「魅力 (Charisma)」+「レベル」の追加ダメージが適用される。
悪属性以外には効果は無い。
※[悪を討つ一撃]は通常攻撃とは異なり、超常能力になる。
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「へ~、こんな能力あったんだ~」
「なんか最後の手段って感じがするね」
パラディン(聖騎士)の特徴箇所を見て、乃愛と初も、先程の勇希と同様の反応を示した。
「でしょ、でしょ!
平均ダメージとかならファイターに勝てないけど――」
妙子は「ぐっ」と握り拳を作り、
「ピンチの状況から、一発逆転の可能性があるってロマンよねー!」
不敵な笑みを浮かべた。
が、そんな妙子に、勇希は思ったことを口に出した。
「でも、なんか名前かっこ悪くね?」
「[悪を討つ一撃]のこと?
シンプルイズベスト、わかりやすくていいじゃない」
「いや、考えても見てくれよ。
ちょー、盛り上がった場面でだよ、「悪を討つ一撃~!」って攻撃するんだぜ?
ただの通常攻撃じゃなくて、わざわざマニュアルに超常能力って書いてあるんだぞ。
ないわー。
なーんか、必殺技っぽくないんだよな。
こう、どかーんとくるようなインパクトが欲しい!」
勇希の言に、妙は小首をかしげる。
それから小さく頷いた。
「うーん、わからなくもないわね。
じゃ、オリジナルネームをつけよっか。
あたしの[悪を討つ一撃]は、そうねえ……
……
……
……
うん、フェイバリットファイターの必殺技をあやかりましょ。
[サンダー・デス・ドライバー]に決定!
[アイアンフィンガー・フロム・ヘル]も捨てがたいんだけどね~」
満面の笑みで、妙子はキャラクターシートに記載を行おうとするが――
「却下、却下!
どっから取ったかわからんけど、サンダーはともかく、
デスやヘルの名前がついた技を、どの世界のパラディンが使うんだよ。
[悪を討つ一撃]が、[善を討つ一撃]っぽい名前になってるぞ、おい」
妙子の意見は、勇希に一瞬で棄却された。
「えー」と妙子は頬を膨らましているが、勇希は腕で×を作っている。
そんな2人やり取りに、初は苦笑してしまう。
「だね。
反対に一票かな。
ブリュンヒルデが白目になるのを想像しちゃうよ」
初の言葉に、妙子は意外そうに(そして嬉しそうに)視線を向けた。
「意外!
いるっちは知ってたのね」
「まあね、深夜に少し見たことあってさ」
「いいわよね~♪」
そこから、妙子と初のプロレストークが始まった。
話が逸れる事は、TRPGではよくあることである。
格闘技がまったくわからない乃愛は、その間に、兄の勇希に対して話しかけた。
「それじゃ、おにいちゃんだったらなんて技名つけるの?」
「ん、俺か?
そりゃあ、俺だったらインパクトある名前をつけるさ。
ファンタジーの世界なんだからなー。
長々しくて、仰々しい詠唱とか言っちゃってさ。
それから、技名を言ってからフィニッシュ! って感じになるようなやつ。
……そうだなあ……
……
……
あ、いいのがあったじゃんか~!」
勇希は乃愛を見て、いたずら小僧のような笑みを浮かべた。
「黒歴史はこんな時に使うもんだよな」
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081 悪を討つ一撃
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「仰げば御空に煌く光、我が兄弟の血海より生まれしもの――」
タエは静かに言葉を発する。
と、ファースレイヤー・ホーリーブレードは、青く煌々と輝き出した。
ただの光ではない。
冷たく、荘厳な、圧倒的な力を周囲に照らし出していた。
「我が兄弟よ、悲しみで鍛え上げられた鋼鉄の心は――」
ここで、一呼吸を置く。
そして下腹部に息をたっぷりと吸い込んでから――
「今、この時のために――!」
気迫のこもった声を放つ。
瞬間、光が爆発する。
今のファースレイヤー・ホーリーブレードは太陽のようだった。
「幾千万の内なる意思、
ありがとう、我が兄弟。
心よりの感謝を。
我らの想い、闇の帳を打ち砕かん――」
タエは右足を引き、右斜めに向けてホーリーブレードを右脇に向ける。
そしてゆっくりと剣先を後ろに下げた。
陽の構え。
タエの全力攻撃の態勢である。
「ああああああああああぁっ――!!!」
タエの気魄に満ちた雄叫びが響き渡った。
○
「え、どっかで聞いたことあるような……???」
眼前の女性騎士から放たれる光。
それが、なんら害の無い通常の光と同じはずが無い。
今、「ノア」の全身の至る所から、警告が発令されて脳へと伝えられている。
だが、今の「乃愛」には、それ以上に女性騎士が発した言葉が気にかかってしまった。
聞き覚えがあったのである。
「わたしの呪文、僧侶系の詠唱……じゃ、ない。
なに、これ?
でも、すごく口にしやすい……?」
無意識に、乃愛の口から詠唱が漏れた。
「幾千万の内なる意思、
ありがとう、我が兄弟。
我らの想い、必ず因果砕かん~~~♪」
直後、乃愛の頭の中には、ピアノのメロディが流れ始める。
「Am(エーマイナー)、Dm(ディマイナー)、E7、Fに続いて――
って、あーーーーー!?!?!!?」
聞き覚えがあって当然である。
この詠唱の言葉は――
「作詞おにいちゃん、作曲わたしのヘビメタソング!?」
乃愛が中学生1年の頃、だ。
勇希は高校生の頃に、ハードロック/ヘヴィメタルに傾倒していた時期がある。
その頃に、兄から作曲をお願いされたのだ。
乃愛は何度も断った。
クラッシック系の音楽しか聴いてこなかった乃愛は、ロックを全く知らなかったからである。
「むしろ、それがいい!
クラッシックのメロディをパクっ――
ゲフンゲフン、インスパイア的な感じでだな――」
と、なにやらよくわからないことを言って、勇希は歌詞を渡してきたのだ。
これを曲にして欲しいとのことだった。
で、結局、乃愛は、歌詞を見ながらピアノでメロディを作って渡したことがある。
「あれ知ってる人が、この世界にいるはずは無いし――」
この瞬間、乃愛の中で線がようやく繋がった。
「って、この世界であれって~~!!??!?!?!」
勇希のオリジナルソングは、今、この世界では「パラディン(聖騎士)」最強の技なのだから――
○
「妙ねえ、ストップ~~~!?」
禍々しく、忌まわしい、闇の鎧から漏れる声。
それは全く持って似つかわしくない、慌てた少女の声だった。
「――へ!?」
しかも、あの鎧から聞こえたのは――
「(あたしの名前、しかも――)」
その声と、呼び方をするのは1人だけ、だ。
「わたし、わたしだよ~!
妙ねえ、乃愛、水梨乃愛――」
隣人で、一緒にいることが多かった少女のみ――
「はへ?
の、乃愛――」
タエ自身が意識する前に、口が言葉を発する。
と、タエの中でも線が繋がった。
瞬間、ノアのキャラクター設定が一気に思い出される。
「わわわわわ、やば、やば~!?」
[戦乙女(ヴァルキュリア)]ブリュンヒルデ・ヴォルズングの、凛とした雰囲気が霧散する。
「わ、わ、わ、わ、わ~!?」
[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]ノアの、夜の帳といった雰囲気が消え去った。
「キャンセル、キャンセル~!!!」
「妙ねえ~!!?!?」
今、ここにいるのは原ヶ崎妙子と水梨乃愛という、どこにでもいる2人の少女だった。
そして。
マセラの大空は、蒼の光に包まれた――
★
とりあえず、一歩でも前に。