「――――!?!?!?!?」
ノアの全身に電流が駆け抜けていく。
長い黒髪の先から、足元の爪先、末端の神経、滞りなく全てに対して、だ。
身体の全ての毛穴からは汗が吹き出し、全身の毛が逆立つ。
それは[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]からの、最大級の警告だ。
(ダメ、コレ!?)
(ウィズドロー、マニアワナイ!)
(他ノスペル、詠唱ガ追イ付カナイ――!)
(ボウギョ耐性、速度、追イケナイ――――!!)
(パリィ、コレシカ――――――――――――!?)
様々な警告が、ノアの脳内によぎった瞬間――
「あッ!?!?」
息が止まる。
体内全ての空気が、強制的に肺から排出された。
後方から、形容しがたい程の衝撃が襲い掛かってくる。
「ああああああぅぅぅぅっ――!?!?!」
現状を理解することが出来ずに、ノアは吹き飛ばされた。
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080 黒い悪魔、白い騎士
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空からダイブした勢いを上手に逃がしつつ、タエは地面に着地する。
そのような状況下でも、タエが敵から視線を逸らすことは無い。
「ハァ、ハァ、ハァ……!」
タエの額から冷たい汗が流れ出して言った。
呼吸も荒い。
それは不意打ちを仕掛けた側には見えない。
むしろ、食らった側のような面持ちだった。
「な、なんなの、コレ……?」
荒れる呼吸を1秒でも早く落ち着かせようと、タエは深い呼吸を繰り返した。
超音速・高高度攻撃。
タエが最も得意とする形である。
それを全力で、黒鎧に叩き込むつもりだった。
だが――
愛剣ファースレイヤー・ホーリーブレード(彼方狩る聖なる剣)が、黒鎧に触れた瞬間。
黒水晶と鋼がぶつかりあって、甲高い、まるで悲鳴のような音が鳴ったと同時。
凄まじいまでの勢いで、剣から、身体から何かが吸い取られていくのを感じたのだ。
タエは何が起こったのか理解できなかった。
だが、直感と、剣の悲鳴のように聞こえた打撃音で引く事を選択した。
そのために、剣に全力を込めることはできなかった。
今の不意打ちは、全力の2~3割程度の威力だとタエは考えている。
「普通じゃないわねー。
さっすが、極悪レベルの悪者ってところかしら――」
吹き飛ばされた黒鎧の動きは、タエから見ても「あっぱれ!」としかいいようがなかった。
タエの攻撃の勢いを殺すどころか、上手く利用して、最後は立ち上がった。
そして、すぐさま、こちらに対して中腰の姿勢を向けた。
今のところは、黒鎧の手に武器らしき物は見られない。
が、戦闘態勢に入ったことはわかる。
タエが香港アクション映画の1シーンを思い出すほどの動きだった。
「しっかも、変な特殊効果付きよね。たぶん。
ホーリーブレードでも触れたくないわね。
さーて、どうしたもんかしら?」
タエの額から汗が流れる。
頬を伝わって、雫は地面へと落ちていった。
「ちょっと骨が折れそうねえ……」
○
「(な、一体、な、何!?!?)」
突如、としか言いようが無かった。
後方から攻撃を加えられて、ものすごい勢いで吹き飛ばされた。
地面を4回転ほどさせられただろうか。
その段階で、ようやく勢いを利用する形で姿勢を整えることに成功した。
「誰――!?」
先程まで、自身が立っていた場所に対して視線を向ける。
「え?」
と、ノアは呆けた声を出してしまう。
「せ、戦士……!? お、女の人!?」
そこには、純白の女性騎士が堂々と仁王立ちしていた。
白い翼がついた兜から見える瞳が輝き放たれている。
襟首から流れ出す金髪は、黄金獅子の鬣を想起させた。
また、体躯は無駄という言葉が塵1つ見つけられない完璧なものだ。
そして右手に握られた銀光を放つソードは、見るものを凍りつかせる何かを感じさせる。
美しく、気高く、そして強い――
そうとしか感じられようがない、そんな女性騎士だった。
「(この人、マスターレベル――!)」
ノアは左拳を前に、右拳を引き気味に構えた。
腕は少し交差気味の角度とする。
そして左足を一歩前に、右足を後方へと下げる。
無意識に、ノアは防御姿勢を取っていた。
「(強い……!)」
ノアは小さく息を飲み込んだ。
この女性騎士の全身から覇気を放っていることがわかったからである。
身に着けている装備品等から放たれているのではない。
彼女自身が、圧倒的とも言えるオーラを身に纏っているのだ。
「(で、でも、なんでこんな状態に――?)」
女性騎士はどの角度から見ても、盗賊や山賊といった類の人種には見えない。
「(もしかして、ビックバイや、あの紫ローブの女の人の仲間とか……?)」
ノアの頭には、雷系の魔法を使うマジックユーザーが思い出された。
それ以外には、ノアには突如襲われるといった覚えは無かった。
「(で、でも、まずは話を――)」
相手は人間(ヒューマン)である。
ノアとしては、まずは会話をしたかった。
「あ、あの――」
フルフェイスのマスクの下から、ノアが声を出した瞬間だった。
「え――」
女性騎士が、左手に大きな円形の盾をこちらに向けてきた。
さらに身体の動きから、握られていた右手の銀光の剣に力が篭ったのがわかった。
○
「(あのお化け鎧の特殊効果ってやつかしらね。
ホーリーブレードでやれないことないとは思うけど――)」
ファースレイヤー・ホーリーブレードを握り締めている右手に、タエは意識を集中させる。
「(なんかガス欠っぽいわね。
となると、すぐに「アレ」はできない、と。
この感じだと、吸い取られた分は5分で満タンってところかしら……
……なら――)」
愛剣の現状を確認し終えたタエは、愛盾シールド・オブ・ザ・ガーディアン(守護者の盾)を構えた。
「こんなことなら、もうちょっと遠距離攻撃を覚えとくんだったわ。
今度、勇希に教えさせないとダメね」
続けて、ファースレイヤー・ホーリーブレードを構えなおす。
「はぁあああ!!!」
タエが気合を入れるために雄叫びを上げる。
ファースレイヤー・ホーリーブレードの刃が銀の光に包まれていく。
アストラル海からの力を呼び出すためだ。
「時間稼ぎさせてもらうわ。
8時40分になったら、印籠見せてエンディングにしてあげる――!」
盾の隙間から、ファースレイヤー・ホーリーブレードを目前の何も無い空間に斬りつけた。
その流水の如き動きは、美しい踊りのようだった。
○
「え、え、ちょ、まって――」
ノアが言葉を言い終える前。
女性騎士は銀光の剣を振りかぶった。
何も無く、誰も居ない空間を斬りつけただけだったが――
「(これって、なんか嫌な感じ――!)」
ノアは急ぎ、両腕を顔の前へと持ってくる。
「きゃっ――!」
その瞬間、腕に、まるで鞭のような衝撃が襲い掛かってきた。
「う、うそ!
な、何コレ――!?」
風が襲い掛かってくる。
鋭く、切り裂くため、切断するための、鋭利な見えない剣戟が――
「ブ、ブレイサー・オブ・デフレクション(偏向の腕輪)、力を貸して!」
慌てて、ノアは防御力向上アイテムを発動させる。
ブレイサー・オブ・デフレクションは防御態勢中に、さらに防御力を向上させる効果がある。
だが――
「う、動けない……!?」
[ヴォイドクリスタル・ラフィング・デス・アーマー(虚無水晶の嘲笑う死の鎧)]の防御力は圧倒的である。
それは例えるならば、戦車並みと言っても良いほどだ。
おかげで、この風による連続攻撃に対しても、ノアを傷つけることは無かった。
しかし、風による圧力までは防ぎきれない。
吹き飛ばされこそしないが、動くこともままならい状態である。
「プロテクション・フロム・ノーマルミサイルリング(飛び道具防御の指輪)も発動しない……!
あ、あの剣、マジックアイテム――!?」
女性騎士と話をするべく、ノアは近寄ろうとする。
だが、動こうとすると、その一歩目に風の斬戟が襲い掛かってくるのだ。
で、足を引っ込める。
と、今度はそちらの方にと、風の一撃が振るわれているのだ。
さらに風を無視して、ノアの驚異的な力を持って強引に足を出そうとする。
すると、今度はノアに対してではなくて、ノアの一歩先にある地面の土を抉った。
慌てて、ノアは足を引っ込める。
「う、動きが、予測されてる、の……!?
な、なら――」
ノアは左腕を横にして、右腕を縦に構える。
そして、背中を丸めて顎を下げる。
この体勢は横からの攻撃には弱いが、正面からの攻撃にはかなり有効となる。
ノアの武器技能[マーシャルアーツ(素手)]による防御姿勢だった。
「ウィズドロー!」
防御重視の体制を取ったことにより、風の攻撃で呪文が中断させられることは避けられた。
[ウィズドロー【時間支配】]の効果が発動され、ノアの体感時間が変化する。
(ちょ、と、盗賊って感じには見えないし!
ど、どうみても騎士っぽい?
も、もしかしたら、どっかの国とかに仕えている騎士さん!?
わ、わたしが、この村を襲ったとかって思われてたりしてる!?!?)
女性騎士の風体を見て、ノアは考える――
(こ、このままだと――!)
この世界は危険だ。
ノアがマスターレベルに達しているとはいえ、何が起こるかはわからない。
ここはファンタジーゲームの世界なのだから。
実際に、今、たった1人の女性騎士に押され気味なのだ――
(ま、まずはあの武器をなんとかして――)
風による攻撃を止めない、止めてくれないことには会話もままならない。
誤解を解くこともできない。
(落ち着いて、落ち着いて――
ドーヴェンさんも、おにいちゃんも口をすっぱくして教えてくれた。
落ち着いて――
まず、あの風の武器を何とかしなきゃ!)
ノアは自身に言い聞かせるように、小さく、1つ頷いた。
そして呪文の効果を切る。
「全てを貫く神槍、我が手に――」
ノアはコマンドワードを詠唱する。
空間がゆがみ、ねじれ、渦が出来る。
そこから、ゆっくりと、神槍グングニルが顕現する。
ノアは防御体制を解き、グングニルを手にして引き抜いた。
(で、それから、わたしも武器を捨てて、戦う気が無いことを示そう――)
○
「なんて反則!?
どっから出したの、その槍!
金さんのお庭番じゃないんだから、急に出てくるんじゃないわよ……!」
タエは冗談めかしたことを口にする。
だが、黒鎧が手にする槍から目が離せなかった。
心臓が激しく暴れだす。
止まらない。
まるで口から飛び出さんばかりの勢いだ。
「(まっず、あれ、半端ない――!!!!!!)」
全身の至る所から、最大級の警告が発せられる。
[戦乙女(ヴァルキュリア)]ブリュンヒルデ・ヴォルズングが告げている。
アレは無理だ。
避けられない。
そういうものだ、と。
「(投擲槍!?
投げる気!?
無理、避けられない!?)」
槍を構えた黒鎧の姿が、タエの目に飛び込んで来る――
○
ノアはグングニルのパワーを発動させる。
それは「投じると何者もかわすことができず、敵を貫いた後は持ち手のもと戻る」というもの。
絶対に命中する。
これはそういうものなのだから。
「(きっと、あの人には中途半端な行動は通じない。
なら、確実に、絶対命中のグングニルで――)」
女性騎士が手にする剣の位置、速度、角度、
左手の位置、
右手の位置、
腰の重心、
右足のポジション、
左足のポジション――
グングニルとノアが告げる。
今だ、と――
「いっっけぇぇ――!」
大きく、しなやかに、鋭く身体を回転させる。
まるで小さな台風。
「お願い、グングニル――!」
ノアの右手から一筋の光が放たれた。
○
因果。
原因と結果。
過去現在。
巡り巡り、結果は決まっている。
今、自身に向かってきている一筋の光はそういったモノ――
「(避けられないなら――)」
だが、この不条理とも言える攻撃でも、パラディンであるタエの心は打ち砕けない。
[勇気のオーラ] が発動される。
苦境であればあるほど、タエには心の力が溢れ出してくる。
パラディンは、タエは決して恐怖には負けることがない――
「当たればいいんでしょう――!!!」
タエが選択した行動は、驚愕としか言えないものだった。
今までの数々の危機から、タエの命と身体を守った相棒とも呼べる盾。
シールド・オブ・ザ・ガーディアン(守護者の盾)を正面に向ける。
「(いくわよ、あたしのシールド・オブ・ザ・ガーディアン――!)」
凄まじい勢いで向かってくる槍に対して、自身から突っ込んで行ったのだ。
一筋の光と盾が相見えた、刹那――
「はぁぁぁ――!!!!」
槍の飛ぶ方向と同じ向きに、シールド・オブ・ザ・ガーディアンの背を向けた。
タエは回転しつつ、不条理な槍の衝撃を和らげる。
「っで、ここぉ――!!」
そして、シールド・オブ・ザ・ガーディアンを押し出す。
甲高い金属同士が擦れる音が響く。
「ココイチでスリッピング・アウェー、なんて無茶振りさせんのよ――!」
当たる、という結果をグングニルは残した。
一筋の光は、タエの後方へと直進していった。
○
「え――!」
少し遠めのノアには、詳細までは分からなかった。
だが、理解できたことがある。
グングニルが避けられた、いや、弾かれたのだ――!
「い、いけない――!」
グングニルを呼び戻すコマンドワードを、急ぎ、ノアが口にしようとした時――
「!?」
女性騎士の全身から覇気が爆発した。
そしてゆっくりと、手にした剣を大空に向かって掲げる姿が目に入る――
○
「あっ、ぶな!
スリッピング・アウェーがあんなに上手く行ったのに、こんなに抉られるなんて。
もう、なんなのよ、あの反則な槍は――」
スリッピング・アウェーはボクシングの超高等防御技術だ。
顔にパンチがあたる瞬間、首をひねって受け流すテクニックである。
そのため、上手くいった時には、大きな傷は付きにくい。
だが、シールド・オブ・ザ・ガーディアンには抉られた傷が残されていた。
タエは苦笑いだ。
「でも――」
盾から、黒鎧に視線を戻す。
「8時40分」
タエは大空に向かって、ファースレイヤー・ホーリーブレードを掲げた。
その姿はまさに英雄。
グレイター・メデューサを1人で打ち倒した[戦乙女(ヴァルキュリア)]、ブリュンヒルデ・ヴォルズングだった。
「パラディンの印籠の札、切らせてもらうわよ――」
★
タ「むふふー、不意打ち修正のおかげでイニシアチブは圧勝ね!」
ノ「うー、や、やばいかもー」
タ「じゃ、次は命中判定ね。
って、きたー! 20でクリティカル!!!」
ノ「う、うそ~! 妙子ねえ、ホント~!?」
タ「ふふふ、容赦しないわよ!
これでダメージ2倍、いっくわよー!」
ノ「ひ、低い数字出て~!」
タ「って、えー!
こんなイケイケなのに、ここで1は空気読めないわ~!?」
ノ「よ、よかったあ~!
1の2倍で2。
で、ヴォイドクリスタル・ラフィング・デス・アーマーの特性でダメージ半分。
た、助かった~!!」
オープニングヒットはこんな感じ。
○
次話ぐらいで、一段落予定です!
むちゃで強引な展開だったかなーと、反省。
でも、身内同士で戦わせてみたかったんです!
お許しくださいませ。
○
スピード感を重視した結果、酷い文章になったよ!