(やば、やば、やべー、やべ~!
余裕ぶるので手一杯!?
どうする、俺!
がんばれ、俺!
考えろ、俺!)
キースの脳内では大会議が開催されていた。
自身と、目前の戦力差を比較すれば無理も無い。
TRPGで遊んでいた時のラスボスだったキャラクターの出現である。
しかも、どう見ても、相手の戦う気力ゲージがMax状態だ。
(くそ、普通にやり合ったら勝ち目ゼロだろ、これ!
ダイヤ1:9ってレベルじゃね!?
落ち着け、俺!
そ、素数を数えるか!?
ひとよひとよにひとみごろ!
って、違う!
いろはにほへとちりぬるお!
ひっひっふー、ひっひっふー!
プリズムの効果発動、キースは冷静になるっと――!)
だが、そんな時には、アイウーン・ストーン・オブ・パーフェクト・ランゲージのパワーを使用する。
まずは冷静にならないと勝負にならない。
この事は、こちらの世界に来てからすぐに学んだことだからだ。
白桃色の菱形プリズムは、すぐにクルクルと動き始めた。
効果が発動されたのである。
これにより、キースには[威圧]、[交渉]、[事情通]、[はったり]のボーナスが加算された。
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075 チート
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泰然自若。
そんな面持ちで、キースは眼前の男と向かい合っていた。
だが、それができる男が何人いるだろうか。
相対している男は一般人ではないのだ。
3つの国を瓦解させ、数多の町や村を蹂躙した魔王である。
キースの眼光や雰囲気は、魔王と呼ばれた男に対しても全く引けを取るものではなかった。
まさに、その姿は[英雄]と呼ぶに相応しいものだった。
「血が燃える、な……!」
そんなキースに、サンブレードの切っ先を向けられている男。
ビックバイ。
彼は不敵な笑みを隠すことは無かった。
面持ち、身体の至る所から、歓喜があふれ出しているのが見て取れる。
そんな2人が見合っている。
誰も口を挟むことなどできない。
息を飲んで見守るだけ。
大自然も邪魔はできない。
先程まで降っていた雨が、いつの間にか止んでいた。
あの御伽噺の中の戦いが、今、実際に開幕しようとしていた。
○
(さて、どうする――?)
キースは思考する。
逃げ出すという選択肢は無い。
キース自身だけなら不可能ではないかもしれないが、マリエッタとニエヴェスの2人はどうにもならないからだ。
では、どうすればいいか?
(アイツは確か、戦いラブの某サイヤ人みたいなやつだった。
小悪党的なボスキャラじゃない――)
ゲーム時代のビックバイの人となり(キャラクター設定)を、キースは思い出す。
(同じだったら、なんとかなるか――!
アイツの気持ちを上手く持ち上げて、手打ちの方向へと持っていけばいい。
そうすりゃ、この場だけでもなんとかなる。
まあ、少しでも悪い心境にさせたら、逆に、文字通りの意味で木っ端微塵だけどなあ。
……
……
……
アハハ、テラワロス。まさか、俺がギャンブルまがいをすることになるとはー。
で、問題はアレか――)
チラリと、キースはビックバイの後方に控えている4人に視線を向ける。
(あの新キャラ達だ。
あのロレインって男も、いつの間にか傷が無くなってるし。
行動が、いまいち、読めないのがうざいな。
マリエッタさん達を保護してくれたダークエルフの姉さん、あー、ダクエル姉でいいか。
ダクエル姉はちょっと保留でいい。
なんか、今も、俺を見て手を振ってるしなー。むむ、これも逆によくわからん。
マックスにヤバそうなのは、どー、見ても残りの2人だよなあ)
紫紺のローブを纏った女マジックユーザー。
不快な声を発するオレンジ色のローブに身を包む正体不明の男。
この2人から、どう控えめに見ても殺気しか感じ取れないのである。
(テラヤバスって、こういう時に使うってことがわかったなー。
なんか全身から雷の音がバリバリ鳴ってて、しかも目付きがギンギラギンの女の子と、
クレイジーマックスな雰囲気しか感じられないオレンジの人、っていうか、本当に人??
あの2人はやばい。もー、存在がやばいって感じ。
ビックバイを抑えられたとしても、暴れ出しそうな雰囲気だもんよー。
それはいただけないよなあ……)
ビックバイよりも先に、この4人を無力化させる――
キースは考える。
だが、それは、一瞬で却下となった。
ロレインという男の力を考えれば、他の3人が弱いということは望み薄だろうと考えたからだ。
それにビックバイも黙ってみている保証は無い。
そのまま複数からの攻撃に晒されるようなことがあれば最悪だ。
(なら、先手を打たせてもらうとするかねー。
性格知っているプレイヤーのチートっぷりを見せてやるとするか――)
キースはビックバイへと視線を向ける。
目と目が交差する。
ビックバイがこちらを意識したタイミングを見計らい、キースは言葉を発した。
「ビックバイ。
後ろの4人は黙らせてろ。
俺とお前の間じゃ、邪魔することもできない」
そして、キースは不敵な笑みを逆にビックバイへと向ける。
「水、差させんなよ――?」
キースの一言は大きいものではなかった。
だが、自然に全員の耳へと入ってきた。
聞こえてきた面々の反応は様々だった。
憤慨する者。
両手を挙げて降参ポーズする者。
頬を染めて艶かしい吐息を漏らす者。
奇妙な声で笑う者。
勇気づけられた者。
そして、ビックバイは――
「クク、ククク。
そうくるか。
これが黒聖処女や戦乙女だったら、こうはいくまい。
さすがは毒持ちの白蛇。
相変わらずのようで満足だ。
若干露骨だが、俺もそう思わんでもない。
いいだろう。
お前の考えに、今回は乗るとしよう」
楽しげであり、満足げだった。
そして、後方を見ることもなく右手を上げる。
「命令だ。
お前達が動くことを禁ずる」
後方に控えている4人に対して、ビックバイは高らかに命を下した。
それにより、命じられた4人は、異なるそれぞれの反応を示す。
だが、逆らう者はいなかった。全員が、魔王と英雄を見守ることを選択した。
沈黙――
キースとビックバイの2人のみによる邂逅。
緊張感が一気に跳ね上がる。
そんな中で、最初に動いたのはキースだった。
大きく息を吸い込む。
全身の筋肉に張りが出てくる。
右足の指先に力が宿る。
瞳に力が篭る。
その姿、正しく獲物を狙う蛇――
「さんきゅ。
じゃ、行かせてもらうとするかー。
お返しにアドバイスな。
瞬きするなよ?
したら、一瞬でエンディングだ」
言うやいなや、キースはサンブレードを逆手に握りかえる。
大きく右腕を後方へ持っていく。
左手はビックバイへと向ける。
それはまるで、槍投げの体に近いものだった。
「蛇が牙をむけ、獲物を狩る。
そして、今、俺が獲物となる、か。
だが、俺は鳥のタマゴではない。
飲みこんでみろ、ホワイトスネイク――」
そんなキースに対して、ビックバイはロッド・オブ・ザ・ソロウスウォーンを握りしめた。
○
(脳筋万歳!)
キースは思わず踊りだしたい気分だ。
だが、そんな思いを顔に出すようなことはしない。
それにここからが、本当の勝負なのだから――
(次は、サイヤ人脳のアイツに満足してもらわにゃならん。
そうしないと、手打ちの言葉に説得力が無い。
だから――)
逆手に握り変えたサンブレード。
キースは力をこめて柄を握り締める。
(これの出番が来るとはなー。
練習してたけど、ジョークみたいなもんだったんだがな。
何がどう転ぶかわからんね。
気に入ってくれるといいんだが、なっ、と――!)
○
「いっけえ、約束された勝利の――」
キースは言葉を発して――
「投剣――!!」
振りかぶった右手から、キースはサンブレードを投げつけた。
剣はまっすぐにビックバイへと向かう――!
「な――!?」
誰の声だろうか?
いや、ここにいる戦闘に覚えがある者、全員の声であろう。
当然である。
これは誰もが予想しなかった。
サンブレードは投擲用の武器ではない。
しかも、あの剣は間違いなくキース・オルセンの愛剣。
様々な攻撃手段や、恐るべきことに回復手段も備えている。
手放すなんて思いもよらない。
「ふむ」
ビックバイは迫り来るサンブレードに対して警戒する。
が、間違いなく避けられることを確信した時――
「さすがラスボス。余裕だなー」
「ほぅ……!」
だった。
なんとサンブレードが届く前に、目前にキースが出現していたのだ。
「うっしゃあ!」
そして自身で投擲したサンブレードを受け取る、
と、同時に、腰に帯剣していたトランスポージング・ソードを抜いており――
「生粋戦士の剣、魔術師に避けられるかビックバイ!?」
神速剣舞。
2刀によるキースの連続攻撃が、魔王ビックバイへと向けられた。
剣の軌跡が光となり、線となり、空間を蹂躙する――!
「虚像、無限、鏡、幻――」
唇の端を上げて、ビックバイは言葉を紡ぐ。
ただの言葉ではない。
力を持った言霊。
「ミラーイメージ」
ビックバイの魔法が完成する。
刹那、8体のビックバイが現れる。
本体を含めると、9人のビックバイが出現した。
しかも、霞がかり、ぼやけて見えるために、実体の見分けは全くつかない。
「少ねえよ、戦士舐めんな!」
だが、キースは止まらない。
一気に9人のビックバイへの中心へ飛び込む。
「でぃいぃぃりゃあ!!」
キースの連撃は止まらない。
まるで回転する独楽のようである。
それは一気に、4人のビックバイを袈裟切りにして見せた。
だが、一瞬で全員は仕留めることはできない。
もう二瞬、三瞬ほどの時間があれば、キースならできたであろう。
そうなれば――
「なら、魔術師の力を見せるとしようか――」
5体のビックバイが、一斉に、ギラリと、爛々とした目でキースを睨み付ける。
刹那、ビックバイから、世界が凍り付くように思われるほどの力の放出が始まった。
残り5体のビックバイが、全員、同じ動作を開始する。
右手と左手を忙しなく動かす。
それはまるで九字護身法の九字を結ぶ動作に似ていた。
「死んでくれるなよ、ホワイトスネイク」
そこに現れたのは数メートルサイズの半透明な手だった。
「――しまっ――! 詠唱省略、なんてチート!?」
キースは思い出す。
あれはビックバイの得意とした呪文、ビックバイズ・クレンチド・フィストだ。
なら、あれは避けられない。
呪文のルールでもそうだし、ゲーム中でもそうだった。
絶対にダメージを食らう。
「なら、クソ、やってらんねえなあ!!」
キースは剣をクロスさせて、防御体勢を取るが――
「ぐっ!?」
全身に重い重い衝撃が走る。
半透明の手は、剣の防御を素通りしてきたのだ。
(くぅぅぅ~~!)
飛びそうになる意識を必死に留める。
(けど、1撃で死なない限り、こっちもチートなんだよ!!)
キースはサンブレードを、自身のソーラー・アーマーへと突き立てた。
そして、再度、ブーツ・オブ・テレポーテーションの効果を発動させる。
キースの姿が、ビックバイの眼前から掻き消える。
そして、現れたのはマリエッタの目前だった。
「ふぅ、体力回復っと――
着ていてよかった、ソーラー・アーマーだな、まじで」
そして、ゆっくりとサンブレードを抜き取った。
今、2人の立ち位置は、キースがサンブレードを投げた時と同様に戻った。
5体のビックバイとキースの視線が、再び絡みついた。
★
次話で一段落の予定……こ、今度こそ!
○
>ダイヤ1:9ってレベルじゃね!?
ダイヤはダイヤグラムの略です。
ここでは格闘ゲームよく使われている意味で、キースは言葉を発しています。
要するに、「勝ち目無くね?」って意味ですw
○
おにいちゃんを書くのが難しい!
○
戦闘シーンはもっと難しい!
○
久しぶりに、1話から5話を読み直して見ました。
意外と楽しめましたw
○
ノアをもっと書きたいな!