「え――!?」
マリエッタには何が起こったのか理解できなかった。
つい先程まで、石牢に監禁されていたはずだ。
それは間違いない。
だが、今、彼女がいるのは地下室の牢獄ではない。
「な、何が、こ、これは……!?」
気がつけば、目の前には曇天の空が広がっていたのである。
また足元に目を向ける。
と、踝サイズの草が生えており、それらが広大な範囲に渡って広がっていた。
紛うこと無き、ここは外だった。
「フフ」
鈴の音色のような声色だった。
「はっ――!?」
マリエッタが振り向くと、そこには[女王]が存在していた。
「驚くのは次になさい。
さあ、もう一回飛ぶわ。
もうすぐよ、ホワイトスネイクのために素敵な言葉を考えておかなきゃダメよ?」
「え――!?」
マリエッタが、[女王]ラクリモーサに対して、どういう意味かを問いただそうとした。
が、それは叶わない。
再び、マリエッタの思考と視界が強制的に閉ざされたからだ。
「フフ、殿方のにおいが一杯」
淫猥で、いつまでも聞いていたいような声。
それでいて、どこか恐ろしくもある声。
そんなラクリモーサの言葉がマリエッタの耳に飛び込んでくる。
おかげで、マリエッタの意識が急速に回復していき――
「な――!!!???」
目を見開いた時だった。
声が出なかった。
酸素が吸い込めない。
奇妙なまでに、大量に口の中に唾があふれ出す。
「さすが白蛇。
牙は健在。
どんな神速舞踏が披露されているのかしら。
胸の鼓動が抑えられないわね。
フフ。
これ、全部、貴方のために踊った結果なんだから。
フフフ――」
ラクリモーサの言葉には、人を引きつけて止まない魅力がある。
だが、この時ばかりは、マリエッタの耳には半分も入ってこなかった。
「……!?」
マリエッタの口の中に、酸っぱいものがこみ上げてくる。
慌てて手で口を押さえる。
必死に堪える。
「こ、これはどういうことなのですか……!」
マリエッタは呆然と声を漏らした。
無理も無いだろう。
今、彼女の眼下には、数多のホブゴブリンの死体が散乱していたのだから――
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070 急転
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「ったく、もうルーチンワークだな、こりゃ!」
勢いよくぼやきながら、キースはサンブレードを振るう――!
「Gyaa!」
攻撃目標にされたホブゴブリンは、皮をなめした盾で身を守ろうと動く。
だが、それはなんの役にも立たなかった。
「でぃぃぃ、やあっ!」
「!?!?」
盾は盾の意味をなさない。
紙を切断するかのように、サンブレードは盾と首を切り取った。
「うし、まだまだぁ――!
妊婦さんや、日本の至宝メイドさんを攫うやつらにゃ、容赦しねえぞ!!」
自身の士気を鼓舞するために、キースは気合の声を上げた。
彼自身の身体には、目立った大きな傷は無い。
これは、キースの戦士としてのレベルの高さと、立ち回り、装備している防具類の強さのおかげである。
そうでなければ、さすがにこれだけの数の猛攻に耐えられるものではない。
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◇[ソーラー・アーマー(太陽の鎧)]
特性
・この鎧は陽光を浴びて赤く輝き、着用者の身体を温め、活気つける。
パワー
・即応・対応。
使用者は[光輝]を受けた際に、[光輝]分の体力を回復することができる。[無限回]
・近接範囲内にいる全ての敵に、この鎧の力(ボーナス)の2倍に等しいダメージを与える。
さらに次のターン終了時まで、攻撃判定にペナルティを与える。[一日毎]
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また、[アイウーン・ストーン・オブ・サステナンス(維持のアイウーン石)]の効果で、
体力的にはまだまだ余裕がある。
「泣いて謝って、二人を無傷で帰してくれたら――
ってりゃあ!
っと、今なら許してやるから、っとぉ!!
とっとと引き下がってくれって、のっ!!」
キースの神速連撃は止むことはない。
この瞬間、3体のホブゴブリンを物言わぬ物体へ変えていく――
○
「う~ん。
観客が舞台に上がるのは、マナー違反の極みだと思うんだよね~
ちょっと、さあ。
それは……無いんじゃないかなあ?」
飄々としたロレインの言葉だった。
彼の視線は、眼下に広がるキースとホブゴブリンの戦いには向けられていない。
今、彼の目には――
「あのさあ。
もうやめて欲しいんだよねえ。
姉さんと僕の邪魔するのはさあ」
いつの間にか現れていたラクリモーサ一行に向けられていたのである。
ロレインと、そしてラクリモーサ一行。
彼、彼女らは、お互いに小高い場所に位置している。
そのために遮蔽物などは無く、視力の良いロレインはすぐに気がついた。
「って、どうせ、僕が、気づくような位置を選んだんでしょうけどねー。
あのエロエロさんのことだから」
ロレインがため息をつく。
と、ラクリモーサがこちらを見て微笑した事に、ロレインは気がついた。
「はあ。
しっかもさ、人が用意した景品まで持ち出してるのかー。
ん~、まあ、ホワイトスネイクを引っ張り出せたから、いいっちゃいいんだけど。
なんか良い気はしないなー」
ロレインは肩を竦める。
実際、彼の心境は困っているというか、困惑はしている。
だが、彼のいつもと変化の無い、飄々とした雰囲気は変わらないために、
そんな風には見て取れるものではなかった。
「ん~、まてよ~~~。
これってさあ。
あは、良い事思いついちゃった~♪」
細いロレインの眼が、ますます細くなり糸目のようになった。
それはどこか、気持ちよさそうに昼寝をする猫を思わせた。
「やっぱり、良い演出家はさ。
予定外のアクシデントもさ、全部利用して観客を楽しませなきゃね!
そう考えれば、エロエロさんには感謝しないとなー。
あは、今度、毒入りのリンゴでも持ってってあげよっと!」
楽しげに、飄々と、ロレインは独りごちた。
そして、懐に手を入れる。
「あは、さあってと。
この距離で、標的があれなら、あはは。
まあ、1000回やってもミスは無いなー」
取り出したのは小さなダガーだった。
風と雷をモチーフにしたデザインが施されており、通常のダガーとしては使い勝手は悪そうな一品である。
「あは」
ロレインは猫目で楽しそうに笑う――
○
「あ、ああ……」
マリエッタは声にならない声を上げてしまう。
見つめる先は、彼女にとって大切な大切な存在。
「ホ、ホワイトスネイク……」
マリエッタは大切な存在の名前を口にした。
瞬間。心が急速に暖かいモノに満たされていくのわかった。
突然拉致されて、今まで、監禁されていたマリエッタ。
不安にならないわけがない。
さすがに普段は気丈な彼女も、心はギリギリだったのである。
だが、そんなネガティブな気持ちを、ホワイトスネイクは瞬く間に吹き飛ばしてくれた。
だが、同時に、謝罪の気持ちもあふれ出してくる。
本来、領主が侍従の1人や2人が攫われたとしても、何もするわけが無い。
見捨てて終わり。
それが当然である。
しかも、サーペンスアルバスの統治者はただの領主ではないのだ。
あの[白蛇(ホワイトスネイク)]なのである。
だが、ホワイトスネイクは動いてくれたのだ。
見捨てないでくれた。
両親にも兄弟にも見捨てられて
何一つ。
何一つ無い、この、私を――
「ホ、ホワイトスネイク……!」
マリエッタの目から、涙が、溢れ出してきた。
それは、感謝と遺憾と歓喜と心苦しさ、その他の数え切れない感情がこめられたモノ。
混沌の涙だ。
「ホワイトスネイク……!!」
そんなマリエッタに、ラクリモーサは背後からそっと近づく。
そして、ラクリモーサはマリエッタを抱きかかえる。
「フフ、よかったわね」
艶かしい唇をマリエッタの耳に近づけて、ラクリモーサは囁く。
「さあ、今度は貴方の仕事よ。
貴方の、大切な英雄に声をかけてあげて。
そして、本当の英雄の力を開放させなさい。
貴方はその鍵になる――」
嬉しそうに、ラクリモーサは告げた。
「ホワイトスネイク!!!」
マリエッタの万感の想いが詰まった言葉。
言葉は曇天の下、辺りに響き渡る――
○
「吹けよ風、呼べよ嵐
身にまといしは雷
貫くは――」
ロレインは握り締めたダガーに向かってコマンドワードを告げた。
ダガーが振動を開始する。
心地よい震えに、ロレインは満足げに(そして怪しげに)何度も頷いた。
「我が姉の敵――」
自身の限界まで右腕を引き絞って、ロレインはダガーを放った。
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◇[スカイレンダー・ストームボルトダガー(空を引き裂く大雷雨のダガー)]
武器:ダガー
特性
・この武器は元素エネルギーで脈を打っている。
振るわれれば、所有者の手の中で大雷雨の怒りと風の力を握ることになる。
パワー
・投擲して使用するとダメージに大幅なボーナスを得る。[無限回]
・飛行している目標に攻撃をヒットさせた場合、風の力で落下させる。[無限回]
・電撃を放つことができる。[一日毎]
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[スカイレンダー・ストームボルトダガー(空を引き裂く大雷雨のダガー)]は、
轟音を纏って、目標に向かって空を切り裂く――
○
キースの身体と脳内は一瞬で深い思考に入る。
理由はわからない。
だが、今、キースには全てがゆったりした動きに見て感じ取れた。
視線の先にはマリエッタ。
彼女が小高い丘の位置から、自分に向かって呼びかけている。
(よかった、無事だったんだ)
と、考えた時だ。
(な!?)
ゾワリと、背中が総毛立った。
嫌な感じな方へ視界を向けると――
「!!!」
ロレインだ。
猫のような笑みを湛えながら、彼はダガーを振りかぶっていた。
(やばいやばい、あれはまずい――!)
生粋の戦士であるキースには魔力は無い。
だが、生粋の戦士職だからこそだろうか。
異様な力、といったものは身体が感じ取ってくれた。
(あ――!)
ロレインは、異様な力を感じるダガーを投擲したのだ。
「!?」
ダガーが手から離れた瞬間だ。
恐ろしいまでの轟音が轟いた。
まるで台風だ。
(あ……!)
雷と風を纏ったダガーが向けられているのは――
「マリエッタぁあああ!!」
キースの姿が掻き消える――
○
「相変わらずね、[狂乱双子(クレイジーツイン)]とはよく言ったものだわ」
こちらに向けられたダガーに対して、ラクリモーサはエストックを抜こうと――
「フフ」
したが、止める事にした。
ダガーの目標は自分ではない。
それに――
(さあ、どうするの?
彼女は彼女の役目を果たしたわよ。
このまま彼女を見殺しにするような弱い殿方でしたら――)
ラクリモーサは動くのを止めた。
「私が貴方を殺して、天上にて彼女に謝罪させるわ」
ラクリモーサは唇を舐めた。
○
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、ああ……」
マリエッタの頭は現状を理解できなかった。
否。
理解できていたが、拒否したがっているのだ。
「よ、やっと会えたなあ」
目の前にはキースが微笑んでいた。
「あ、あ、あ、あああ……!」
両手を広げて、大の字にして。
キースは微笑んでいた。
「ったく、勝手にいなくなりやがって。
その分、給料は引くからな。
ああ、でも安心してくれ。
ちゃんと、労働者災害補償保険、ろーさいは付くからな。
うちはクリーンなホワイト企業なんだ」
キースが言い終えた時だった。
口の端から赤いモノが流れだす。
それは結構な量だった。
止まらない。
地面に向かって、ポタポタと落ち続ける。
「ホ、ホワイトスネイク……!?!?!?」
マリエッタが必死に声を出す。
「さすが、ですわ」
拍手をしながら、ラクリモーサがマリエッタの横に立つ。
「お会いできて光栄ですわ。
魔術師ビックバイを打倒した四英雄が1人、ホワイトスネイク。
貴方の行為に、心からの尊敬を――」
ラクリモーサは片膝をついた。
そしてゆっくりと頭を下げる。
「えー、えと。
あはは。
よく事情が見えないなー。
頭上げてくれよ。
もし、うちのマリエッタとニエヴェスさんを助けてくれたってんなら、
むしろ、こっちが礼を――」
突然現れた、おそろしく美人のダークエルフの女性。
さらに後方に控える幾人かの、やはりこれまた女性達。
その女性達に保護されているニエヴェス。
そんな彼女達を見て、キースが言いかけた途中だった。
「がはっ――!!」
キースは大量の血を吐いた。
当然だ。
今、キースの背中の中心にはダガーが深々と突き刺さっているのだから。
しかも、ただのダガーではない。
スカイレンダー・ストームボルトダガーである。
今、キースの体中では、風と雷が大暴れしている――
「ホ、ホワイトスネイク!!!」
慌てて、涙を目に一杯ためたマリエッタが、キースに駆け寄ろうとする。
「大丈夫。
ただ、ちょっとばかりタイミング見誤っただけだからなー。
あと、あと、ちょっと早ければなー。
絶対に、俺のソーラー・アーマーで弾いてたんだ。
今回、どうやらダガー上に、ちょうど、テレポーテーションしたのかな?
こういうの、日本語で自業自得って言うんだぜ
だから、マリエッタは気にしないでおーるおけ」
マリエッタを、キースは、血まみれの顔のまま笑顔で制した。
そして改めて、キースの前に歩み寄ったラクリモーサに向き合った。
「悪いな。
今、ちょっと手負いで、ね。
血、大分汚しちまった。
悪いな」
そんなキースの言葉に、ラクリモーサは大きく首を横に振った。
「汚れ?
そんなことは微塵もありませんわ。
むしろ光栄」
ラクリモーサは、自身の頬についたキースの血を指で掬う。
そして、その指を舌で舐め取った。
「英雄が、ただのなんでもない1人の女性の為に流された血。
金よりも、古代の英知よりも、大自然の木々よりも美しくて尊いものですわ。
これを汚いなど言うやからなどは――」
ラクリモーサの視線はキースの背後に、それはすなわち――
「エロエロさん。
あは、ずいぶん汚いカッコになってるねー。
汚い血まみれで似合ってるよ。
で、さ。
汚いって言うと、どんなことになるのかな? かな?」
スカイレンダー・ストームボルトダガーを投擲した男。
[狂乱双子(クレイジーツイン)]のロレインへと向けられていた。
★
ホブゴブリンvsおにいちゃん!
ダイスとエクセルで戦わせてみたのですが、おにいちゃん強すぎwww
20なんて全然でませんでしたー。ホブゴブリン涙目。
○
でもご安心を。
「D&D」には凶悪なモンスターが盛りだくさん!
○
ピンクフロイドが好きです。
○
後半は、もっともっとスピード感あるような文章にしたかった~!
○
そして、出来る限りのクサクサな文章!
皆様の中二心をくすぐるようにがんばった!