「その時さ!
いつまで経っても痛くない。
で、おそるおそる目を開けたら――」
「イルマさんがいたってわけね!
さっすが、あたしが認める紳士・オブ・ザ・イヤー」
「ああ!
で、なんでって聞いたんだ。
だって、そうだろ? 会ってから、まだ間もないのにさ」
「そ、そうしたら、イルマさん何て言ったの? ソラちゃん?」
「うん。
じっちゃん、「友達だろ」って、当たり前って顔で言ってくれて――」
「きゃ~♪
やるやるぅ、イルマさん~!」
「わあ……
いいなあ……ソラちゃん……」
「あの時のじっちゃん、その、やばかった」
「え~♪
ど・う・い・う・意・味・なのかな~?」
「えと、すげえカッコ良かった」
「きゃ~♪」
「にゃー(全く、何、当然のことを言っているのでしょう)」
ソランジュは顔を真っ赤にしてうつむき加減になってしまった。
テンションの針が振り切れたルイディナは、そんなソランジュの頬を「プニプニ」と突く。
やはりファナも頬を赤く染めて、小さな身体を「もじもじ」と揺する。
何故か3人の足下にいるクロコは、自信満々に胸を張っている。
そんな賑やかな3人と1匹のグループに、少し離れた後方からガストンとイルはついて行っていた。
「やれやれ、「きゃー、きゃー」と、まあ。
ソラ坊も含めて3人か。
女三人寄れば姦しいってのはホントだな」
ガストンは深いため息をついた。
どこか疲れたような表情のガストンに、イルは苦笑してしまう。
イル自身も、思っていたフシがあったからだ。
「同感です。
ただ、何を話してるかわからないけど、楽しそうだからいいんじゃないでしょうか?」
「それは、まあ、そうなんだけどな。
ただ、ソラ坊が女の子とは思わなかったから、つい、な」
今、ルイディナ達とイルは、[ケア・パラベル]へ向かうために[中継集落 カスピアン]を出たばかりだった。
結局、ソランジュはルイディナ達を一緒に、[ケア・パラベル]へ同行することになった。
イルから事情を聞いたルイディナが、「あたし達と一緒にこない?」と手を差し伸べたからだ。
誘われたソランジュは、最初、突然の誘いに戸惑っていた。
イルに迷惑をかけた負い目を感じていたからだ。
だが、ルイディナは気にしなかった。
ずっと1人だったソランジュは、少し涙目になりながらルイディナの手を取った。
「しかし、イルマさんはついてなかったな。
結局、ファナだけじゃなくて、ソラ坊にも服を取られたのか」
イルとソランジュの姿を見比べて、ガストンは笑う。
現在、イルが着用しているのは、今まで身につけていた[ローブ・オブ・フォーベアランス(耐えるもののローブ)]ではない。
黒っぽい衣服の上に、柔らかそうな布地の深緑のマントを羽織っているからだ。
「なんか、すごく気に入っていたようなので」
イルもガストンと共に笑ってしまう。
ただ、イルの笑いはガストンと少し異なる。
ソランジュが、あのローブの本当の価値を知ったら、どう反応するかを想像してしまったのだ。
「(確かLV24のローブだから、525,000gp(ゴールド)だったかな。
ってことは、職人1日の給料が1gp(ゴールド)だから、大体52億円??)」
人生を何回繰り返しても使い切れない程の価値だ。
だが、ソランジュはそんな価値などを知らないで、あのローブを気に入ってくれている。
なんだか、イルは、可笑しくも気恥ずかしさも感じてしまった。
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054 ケア・パラベルへ05_待ち伏せ
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(イル、報告します。
この先に続く街道正面、人間型、20名程の存在が確認できました)
前方を歩いていたルイディナグループにいるクロコから、イルに対してテレパスが飛んでくる。
すぐに、イルは[アイ・オブ・ジ・アースマザー(地母神の眼)]越しに目を細める。
遮蔽物など何も無い街道上の為、その存在はすぐに確認ができた。
(どうやら向こうも、こちらの存在に気がついたようです。
なにやら動きがあるのを感じます。
申し訳ありません、報告が遅れてしまいました)
苦々しげに、クロコからの報告があがってくる。
だが、イルは気にしてない。
こんな障害物が何も無い、見晴しの良い街道上では無理はないと思っている。
イルが気になるのは、この後だ。
何故なら、[アイ・オブ・ジ・アースマザー(地母神の眼)]の効果でイルにはわかったからだ。
そう、こちらに向かってくる集団が、あの貴族だったから――
(気にすることはないよ。いつもありがとう、クロコ)
どんな行動でもすぐに取れるように、イルは意識して精神を落ち着かせることにした。
○
「あ、アイツ……!」
一番、目が良いのはソランジュなのだろう。
前方にいる集団の存在と、その中の中心にいる男の正体に気がついた。
心底、嫌そうな声が漏れてしまう。
そして、足が止まってしまった。
「ん、どったの?」
突然止まったソランジュに、ルイディナは不思議そうに見やる。
「ごめん……!」
ソランジュには唇を噛みしめながら謝ることしかできなかった。
○
「待ちくたびれてしまったじゃないか、48番」
街道の真ん中。
派手な金色に縁取られた豪奢なサーコートを着ている、
ではなく、
着られているような男が、胸を張って立っていた。
「全く、こんなに活きが良い奴隷は初めてだよ。
しっかりと、この僕、トスカン・ブルゴー・デュクドレーが教育しないといけないね」
「しつこいやつ……!」
ソランジュが吐き捨てるように呟いた。
さもありなん。
目の前の男は、自身とイルに鞭を打ち付けた男なのだから。
「誰だか知らないけど、ちょっちマナーがなってないんじゃないの?
いきなり人に向かって奴隷なんて言っちゃって――」
ソランジュのただならぬ様子に、ルイディナは黙ってなかった。
ズカズカと、トスカンの前に歩み出る。
そんなルイディナに、ソランジュは悔しそうに言葉を吐いた。
「ごめん、あいつなんだ。
俺が売られた貴族って――」
ソランジュの言葉に、ルイディナは納得する。
それは話に聞いていたとおり、そして想像していた通りのダメ貴族っぷりだったからだ。
トスカンを見つめながら黙るルイディナに対して、トスカンは何を思ったか満足げだった。
「ははは、この僕が貴族とわかって萎縮してしまったのかい?
まあ、それは無理もないね。
私の品格と風格に当てられて、言葉が出ないのは仕方がないことだからね。
許してあげようじゃないか」
トスカンは高笑いする。
「は、はあ……
ありがたいこと、で???」
さすがのルイディナも、思わず疑問系になってしまった。
斜め上過ぎて、いや、斜め下過ぎて、どうしてよいかわからないのだ。
「ありがたがるといい。
だが、48番は返してもらうよ。
それは僕のモノだからだね」
48番。
この数字を聞いて、ルイディナは目前の男を敵と判断した。
ルイディナが一番嫌いなタイプだったからだ。
その時だ。
ルイディナの頭の中でアイディアが閃く。
頭上に電球が光り輝くように――
「くそ!」
一方のソランジュは腰の重心を下に下げる。
どんな動きに対しても対応できるように戦闘態勢に入った。
だが、そんなソランジュに対して、ルイディナは自信満々の笑みで胸を叩いた。
「ソラ、大丈夫よ。
ぜーんぶ、このあたしにまっかせなさい~!」
「え?
……あ、ああ……?」
あまりの堂々とした態度に、ソランジュも呆然と思わず答えてしまう。
だが、そんなルイディナの様子に頭を抱える人間がいた。
ガストンとファナである。
「ああ、終わった……」
「る、ルーちゃん……」
ガストンとファナは知っている。
いや、強制的に教えられた。
こういった時のルイディナの行動で、上手く物事が進展したことは一度も無いのだから――
だが、そんな2人の心中などつゆ知らず、
ルイディナはトスカンの前に堂々と歩み出て行った。
「あの~、ちょっちいい?
何を言っているか、意味わからないんですけど?」
ルイディナは片手を顎に添えて、小首をかしげている。
ハッキリ言って、その姿はわざとらしいものだった。
そんなルイディナを見て、トスカンの表情は「これだから下々の人間は」といった表情を浮かる。
「良いだろう。
特別だ、この僕が説明してあげよう。
そこにいる汚らしいローブを着ている、そいつを48番と言っている。
あれは僕のモノなんだ」
「き、汚い!?」
トスカンの言葉に、ルイディナよりソランジュがいち早く反応する。
それは大切な人から貰った、思い出のローブを馬鹿にされたからだ。
だが、そんなソランジュに、ルイディナは手で制止する。
「だから、この子があんたのモノっていう意味がわからないのよ。
何か証拠でもあんの?」
ルイディナの言葉に、演技のように大げさにトスカンは肩をすくめる。
「腕にあるのだよ。
消えることがない、我が家の所有を表す家紋がね。
ハハハ――!」
自信満々にトスカンは高笑いをする。
だが、一方のルイディナも笑いそうになってしまった。
そう、まさに考えていた通りに事が進んで行ったからだ。
「ふーん。
じゃ、人違いね」
ニヤニヤしながら、ルイディナはサラッと答える。
「……え?」
何事も無いような、自身が予期していなかった返答に、
トスカンは止まってしまった。
「だって、あんたの言う[消えることがない]家紋なんて知らないもの。
ね、ソラ~?」
ルイディナはソラに満面の笑顔を向けた。
いや、笑顔というよりも、いたずらを計画している子供に近い。
そして。
そんな表情を見たソランジュは、ルイディナの意図を理解することができた。
正直、分の悪いかけのような気もしたが、ソランジュはベットすることにした。
する以外の選択肢が無かったとも言えるが。
「あ、ああ!
何を言ってるかさっぱりだ?
あんなやつ、初めて会ったしさ」
「そうよね~」
ソランジュの言に、ルイディナは自信満々に何度も頷く。
「な、何を言うか!
そいつの右腕には――」
再起動したトスカンがなにやら言いかけるが――
「何も無いわよね~♪」
ルイディナはソランジュのローブをまくって、
傷一つない、ほっそりとした綺麗なソランジュの腕を、これみよがしに見せつける。
「な、なんだって!?
そ、そんな馬鹿な!?」」
トスカンは顎が外れんばかりに、大きな口を開けて呆然としている。
一方のルイディナは高笑いだ。
ルイディナはソランジュから、「48」という傷があったこと、
そしてイルのポーションで、その傷が完治したことも知っていた。
だからこその引っかけだ。
「消えること無いんでしょ?
あんたが偉そうに言ったんだもんね~♪
ってわけで、人違いってことよね。
全く、人騒がせなんだから。
あ、今回は慰謝料はいいわ。
でも、もう、人様に迷惑かけちゃだめよん」
言うやいなや、ルイディナは手を挙げて横を通り抜ける。
そんな後に、パーティの面々は続く。
ソランジュはあかんべーをしながら。
ファナはぺこぺこと頭を下げて。
ガストンは麦わら帽子を取って、収まりの悪い髪をバリバリと描いた。
イルは、笑いをこらえるのに必死だった。
いつでも動けるように控えて様子をうかがっていたが、まさかこんな展開になるとは思っていなかった。
ルイディナの行動に拍手を送りたいぐらいだった。
「ちょ、ちょ、ま、待て!
な、何を突っ立っているんだ。
お前等、取り囲め!」
あまりの事の成り行きに、トスカンの後ろの控えていた兵士達も呆然としていたが、
主人の命令で、慌ててルイディナ達を取り囲んだ。
「あ、あれ??
パーペキな作戦だったはずなんだけど……」
今度はルイディナが焦る番だった。
「こ、この私を愚弄するとは、か、覚悟はできてるんだろうな!!」
トスカンの顔は真っ赤だった。
先程までの胡散臭げな演技ぶった物言いは無くなっていた。
ただの街のゴロツキと同レベルだ。
「ル、ルーちゃん。
な、なんか、すっごく怒ってるよ……?」
小さなファナの身体は、ますます小さく萎縮してしまう。
「やっぱりなあ。
なんか、こうなる予感はしてたんだけど。
ま、ソラ坊に、あんなこと言うヤツは気にくわないからいいけどな。
けど、もうちょっとなんとかならんかったのかねえ」
ガストンは深いため息を付く。
「た、たはは……
ご、ごみんなさい」
自信があったルイディナは、さすがに肩を落とす。
「みんな、悪い。
俺のせい――」
ソランジュは謝罪しようとするが、それはルイディナに遮られる。
「ストップ。
あたしはリーダーで、失敗したから謝るけど、
ソラは、それ以上は無しよん。
あたし達は仲間でしょ。
当たり前、当たり前!」
いつも見せるルイディナの笑顔だったが、
今、ソランジュは泣きそうになってしまっていた。
だが、そんな余韻を――
「何をごちゃごちゃと……!
おい、お前等!」
トスカンの声によって壊された。
そしてトスカンは鞭を持った右手を挙げる。
すると、すぐに兵士達が剣を構え始めた。
切っ先は勿論、取り囲んでいるルイディナ達だ。
それを見たルイディナも、深呼吸をしてから真剣な面持ちでレイピアを抜く。
「ごめんなさい、イルマさん。
たはは、
どうもちょーっち、あたし、お仕事続けられないかもしれない。
あ、でも安心してね。
絶対にイルマさんの安全は守って見せるから!」
ルイディナは後方に控えているイルに対して、目一杯の笑顔を見せた。
そして、すぐに目の前にいる兵士に視線を戻す。
「何を言ってる!
この私を馬鹿にしたんだ。
男とじじいは剣のサビにしてやる。
お前と、48番、子供の女は、せいぜい、部下の役に立って貰うことにしてやるぞ!」
もう、とても貴族とは思えない言動だった。
トスカンの言葉を聞いて、周囲を取り囲む兵士が野卑な表情を浮かべる。
「やれやれ、ここまでとは」
イルは苦笑してしまう。
もう、今日は何度苦笑したかわからないぐらいだ。
それは、目の前の貴族が、マスターが作成するダメ貴族のテンプレートのような男だったからだ。
「だ、大丈夫ですから、イルマさん。
あ、あの、あたし、絶対に守りますから……!」
イルの呟きに、ファナは何か思うところがあったのだろう。
イルを兵士達の攻撃にさらさないように、と、ファナはイルの前に立ったのだ。
そんなファナの小さな背中は震えていた。
だが、ファナは動こうとはしない。
この瞬間、イルは決心した。
「ありがとう、ファナ」
小さなファナの頭に、イルは優しく手を置いて撫でる。
「……え?」
「君のような優しい女の子と知り合えて、本当に嬉しく思う」
「え、え?」
突然のイルの言葉に、ファナは混乱してしまう。
そんなファナの横を通り、今度はソランジュの元に向かった。
「どうやら私は、自分が思っていたより欲張りな性格のようだ。
今まで知らなかったよ」
身構えて、ガチガチに緊張しているソランジュの肩に、
イルはそっと肩に手を置いた。
「え、じ、じっちゃん?」
「君を、あんなヤツらにやるのは嫌で仕方がない」
「え!?」
続けて、イルは、先頭に立っているルイディナの所へと向かった。
レイピアを構えて腰が引け気味のルイディナに、イルは背中を軽く叩いた。
「ルイディナ。
私は君が大好きだよ」
「へ!?」
突然のイルの言葉に、ガチガチだったルイディナの全身から力が抜けてしまった。
「最高のリーダーで、最高のパーティだ」
言うやいなや、トスカンとルイディナの間にイルは立つ。
「黙って、手を引いてくれないかな?」
この場の雰囲気にはそぐわない、それは穏やかな声だった。
だが、トスカンと兵士達から返ってきたのは嘲笑だ。
そんな様子に、イルは溜息をつく。
「今回は、私の負けか」
結局、貴族のイベントから逃げることはできなかった。
この状況では、マスターに向かって白旗を上げざるを得ない。
「何当たり前のことを言ってる、このジジイ?」
だが兵士達は、イルの言葉を違う意味で取った。
「自分達の手によって蹂躙される」と――
そんな兵士達の間違いに気がついたイルは訂正する。
「ああ、すまない。
君達に向けての言葉じゃないんだ。
マスター、いや、なんと説明したらよいかな?
君たちで言う神か。
今回は神に負けた、そういう意味なんだ」
だが、イルの言葉は兵士達に通じることはなかった。
「何、わけわかんねえこと言ってやがる」
「耄碌か?」
「心配しなくていいぞ。お前はすぐに神様のとこに送ってやる。
残った女は、俺たちが有効活用してやるから」
まるで盗賊か山賊のような言い分に、イルはさすがに不快感を覚える。
自分をどうこう言われるのは、イルにとっては何ら痛痒を感じる物ではない。
だが、自分が気に入っている人達に関しては別だ。
正直に言えば、逃げる手段などはいくらでもある。
だが、このような言動をする人を放っておいたら、いつ、ソランジュ達にどんな危険なことが起こるかわからない。
「上司が上司だと、部下もこれか。
盗賊と変わらないな。
そんな君達には、この子達はもったいなさ過ぎる。
渡すことはできない。
彼女達は、私の大切な人なのだから――」
今までに見せたことがない、イルの真剣な言葉だった。
その言葉に、思わず兵士は尻込みしてしまった。
だが、対照的に。
イルは気がつかなかったが、後方の女性陣は顔を真っ赤にしていた。
「この身体に慣れるように、モンスターとは戦いまくったけど――」
イルは首を大きく回して「ポキポキ」と骨の音を鳴らす。
そして、次は指の骨を鳴らした。
「……手加減できるかな……?」
イルの言葉を聞いた、兵士達はざわめき始めた。
当然だろう。
この老人が、自分達に対して「手加減」するなどと言っているのだから。
兵士達の目に本物の殺意がこもる。
場は一触即発の空気に包まれた。
★
ハーレム物の醍醐味って、主人公が無自覚に女の子をメロメロにすることだと思います。
この無自覚というのがポイント。
うーむ。難しい。
おじいちゃん編は本当に苦労の連続です。
○
オープニングはガールズトーク(笑)
○
ガストンさんが放置気味。ごめん。
○
ルイディナさんは良いリーダー。
○
あと1,2話ぐらいで、おじいちゃん編が終了できればいいなあ。