[サーペンスアルバス]から北に向かって延びている街道。
そこから少し歩くと、そこには[ティモシー]と呼ばれる集落があった。
[ティモシー]の住人達は主に農作業と狩猟により生計を立てている。
静かで、穏やかと呼べるような村だ。
その[ティモシー]より、さらに5km程離れた場所にある平原。
この場所は木々も少なく、また、草などの背丈も無い、非常に見晴らしが良い場所だった。
そこに50人程の[弓]と[パイク(長槍)]を装備した兵士が待機していた。
青を基調とした装備を身に纏った兵士達。
一糸乱れぬ体で、兵士達は一言の無駄口も無く整列していた。
風体、様子から、その兵士達はよほどの訓練を積んでいる事が見て取れる。
彼らは[サーペンスアルバス]が誇る精鋭の兵士、[迎撃隊]と呼ばれる部隊。
[迎撃隊]は[サーペンスアルバス]に害を為す者を撃退する専門部隊だ。
多くのモンスターを退治しており、[サーペンスアルバス]の住人から絶大な信頼を得ている。
[サーペンスアルバス]の子供達からは、将来に付きたい職業の1位にもなっている程だ。
そんな[迎撃隊]の中心に、[サーペンスアルバス]の領主[キース・オルセン]は立っていた。
腕を組み、ずっと遠くを眺めている。
「ホワイトスネイク、[囮部隊]より報告です!
お客様を1名ご招待、と――!」
伝令役の兵士が、キース・オルセンに報告を持ってくる。
その瞬間、[迎撃隊]の面々からは歓声が上がる。
[白蛇(ホワイトスネイク)]こと、[キース・オルセン]も満足げに頷いた。
「OK!
さっすがだねえ。
さ、みんな、あとはうちらの仕事だぞー」
キースは[迎撃隊]の面々に視線を向ける。
日々の厳しい訓練に裏付けされた自信から、[迎撃隊]の兵士達から頼もしい声が次々を上がってくる。
またも満足げに、キースは頷いた。
「さ、望まれないお客さんには、とっととご退場願うとしようか」
○
[迎撃隊]が待機している50m程先を、左から右に向かって6騎の騎兵が駆け抜けていく。
[囮部隊]の面々だ。
彼らは敵に対して、囮や時間稼ぎ等の危険かつ非常に重要な役割を任されている。
[囮部隊]が駆け抜けていく際に、先頭を走る騎兵の右手がサムズアップされていることが[迎撃隊]の面々は確認できた。
キースも[囮部隊]に向かって、親指を立ててサムズアップを返した。
その直後。
[囮部隊]がやってきた方角から、巨体な体躯したクリーチャーが走ってきた。
不自然なまでに広い肩幅。
圧倒的な筋肉。
軽々と扱っている巨大な斧。
何よりも異形なのは顔だ。
それは醜悪な牡牛の頭だった。
さすがに鍛えられた[囮部隊]の面々からも、息を飲む声が聞かれる。
そんな中、キースはいつも通りの声が発せられた。
「へー、あれがミノタウロスか。
なんだ、思ったよりたいしたことないな。
さ。
みんな、とっとと終わらして、中断された朝飯、じゃあないな。
帰る頃には昼飯か、食べるとしよう」
[魔術師ビックバイ]や[ブラックドラゴン]と戦った[英雄]である[キース・オルセン]。
彼の普段と何ら変わらぬ声は、[迎撃隊]の面々に落ち着きをもたらした。
絶大な説得力に満ちていた。
「さ、ミノさんに[気がついてもらう]ように、
適当に矢を打とうか。
あ、今、中途半端に当たって逃げられても面倒なんで、適当でいいよ。
当たってかすり傷が付いてくれたらラッキーってな感じで」
キースから指示が出されると、[迎撃隊]のロングボウから矢が放たれた。
弦の音、風を切る音を響かせながら、ミノタウロスに向かって矢が向かっていく。
だが、ミノタウロスまでには距離もあるために、殆どのものが届かない。
届いたものも殺傷する力など無く、ミノタウロスの身体に触れたか? といった程度だった。
「Buoooooooooo!」
そんな中途半端な矢の攻撃に対し、[迎撃隊]の方に向けて、ミノタウロスは威嚇の雄叫びをあげた。
[迎撃隊]の存在に気がついて、怒りの声を上げている。
「はい、続けて二発目、三発目と行こう」
キースの指示で、さらに矢が放たれる。
二射目もミノタウロス相手には効果がない程の矢が飛んでいった。
ミノタウロスは、蚊や蜂を追い払うかのように毛むくじゃらの手を振う。
それだけで、矢は地面に叩き落とされる。
「Bugaaaaaaaaa!」
それでも[迎撃隊]は攻撃の手を緩めない。
ミノタウロスには全く効果の無いと思われる攻撃が続けられた。
何度も放たれる矢の攻撃を無視して、ミノタウロスは逃げ去っていった[囮部隊]の方に視線を向ける。
無論、既に6騎とも影すら見ることはできない。
その刹那、赤く、血走った目を[迎撃隊]に向けてきた。
前傾姿勢になり、ミノタウロスは牡牛の頭にある角を向けてくる。
ミノタウロスの攻撃対象が[囮部隊]から[迎撃隊]に変わったのが、キース達自身で感じることができた。
「Buwaaaaaaaaaa――!!!」
ミノタウロスが恐ろしい速度で突っ込んできた。
こざかしい人間を角で突き殺すために――
「やれやれ、勝ったかー」
ミノタウロスの動きと同時にキースは呟いた。
その瞬間、キースと[迎撃隊]の面々の視界からミノタウロスが消えた。
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044 日常02
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「Buaaaa!?」
キースの指示により用意されたトラップ、30フィート(約9m)の深さの落とし穴。
ミノタウロスは落とし穴に嵌った為に、キースや[迎撃隊]の面々から消えたように見えたのだ。
理解している[迎撃隊]の面々から歓声があがる。
「ミノさんが這い上がって来るとも限らない。
さ、いくぞー」
30フィート(約9m)の落とし穴に嵌ったミノタウロスだったが、死ぬようなことはなかった。
だが強靱な身体を持つとは言え、突然の落下に対して足へのダメージは避けられない。
「Bgaaaaaaaaaaaaaaa!!!」
怒りの咆吼をあげながら、穴から脱出するべく手の力だけで壁を上ろうとしていた。
そんなミノタウロスの様子に、さすがのキースも驚いている。
「さっすがファンタジー世界の生き物。
まさか、こんな高さから落ちても平気とはなあ」
キースは感嘆とも、呆れとも取れるため息を付いた。
「けど、いくらか矢で傷ついているっぽいかな?
もうちょっとしたら[トリカブト]の毒も効いてくると思うけど、
その前に、這い上がって来ちゃいそうだな。
ネットの準備は?」
キースが[迎撃隊]に目を向けると、既に、彼らによって[分銅付きネット]が何枚も用意されていた。
その様子にキースは嬉しくなる。
「さっすが!
んじゃま、投擲開始!」
キースの声で、何枚もの[分銅付きネット]がミノタウロスに向かって投げられる。
「……BUAAAaaaaaa!?!?」
壁を上り途中だったミノタウロスに対して、[分銅付きネット]は容易に命中する。
覆い被さるように投擲される[分銅付きネット]は、枚数が重なる毎にミノタウロスの身体の自由を奪っていった。
5枚目の[分銅付きネット]で、再びミノタウロスは落とし穴の底に落ちていった。
「さあ、みんな!
相手はもう動けない!
矢を打って打って打ちまくれ!」
[迎撃隊]のロングボウから矢が何度も放たれる。
だが鋼鉄の筋肉を持つミノタウロスと言えた。
傷は与えられても、[迎撃隊]が放つ矢では致命傷は与えられなかった。
怒りの赤い目をキースに向けてくるミノタウロス。
だが、[分銅付きネット]の拘束の為にミノタウロスはもがくことしかできなかった。
「別に刺さらないなんて承知の上。
かすり傷でいいんだ。
トリカブトの毒が、ミノタウロスに止めをさすから」
「Bu、buuwaaaa……!?」
執拗なまでに放たれる毒矢の攻撃。
さすがのミノタウロスと言え、声にも、もがく動きにも精彩が無くなってきた。
「さすがに弱ってきたかな?
油をお願い」
ミノタウロスの様子から、キースは新たな指示を出す。
指示はすぐさま実行され、[迎撃隊]は油が入った樽を転がしてくる。
そんな兵士達にお礼の言葉を言った後、キースは大きく頷いた。
兵士達は、柄杓を使ってミノタウロスに油を浴びせていく。
「終わりにしようか、みんな!」
キースは腰に付けている[バッグ・オブ・ホールディング]から粘土製の小瓶を取り出した。
その小瓶にはドクロの絵が貼り付けてあり、さらには「危険!」とも書かれている。
危ない、ということが子供でも理解できた。
このへたくそな絵と文字を見るたびに、キースは笑ってしまう。
「[こっちの世界]で魔法使いでも、字と絵は[あっちの世界]の下手くそなままなんだな。
元気にしているか、つーか、あいつらもこっちに来てるのかなあ……
……
……って、いかんいかん!」
思い出に耽りそうになった頭をクリアにするために、キースは頭を振る。
「みんな、たぶん、耳をふさいだ方がいいぞー!
何て言っても、あの[イル・ベルリオーネ]の特製品だからなー」
キースは小さなドクロ印の小瓶を投げる。
小瓶は放物線を抱いて、的確にミノタウロスに向かっていった。
慌てて、キースは耳を押さえる。
「え、ええ-!!!
あ、あの、[終演の鐘(ベル)]特製だって!?!?
ぜ、全員、耳を押さえて伏せろ-!!!」
[迎撃隊]の面々は、大慌てしながらその場に伏せる。
その瞬間だった。
「awsxedcrfvtybhuji――!!」
小瓶をぶつけられたミノタウロスを中心に爆発が起こった。
ものすごい音と振動が辺りを包んだ。
「うへー、耳がジンジンするなあ……
……なんつーもんを、あいつのキャラは作って配ってたんだ……」
キースが投げた小瓶。
[アルケミスツ・ファイヤー(錬金術師の火)]と呼ばれる魔法のアイテム。
通常だと中の液体が発火するという物だ。
だが、[イル・ベルリオーネ]製の[アルケミスツ・ファイヤー(錬金術師の火)]は爆弾に近かった。
爆発の中心部であり、さらには油まみれのミノタウロスにはたまらない。
真っ黒になりながら、全身が炎に包まれていた。
「Bua、bu、aaaa……!」
ミノタウロスは全身を痙攣させながら、地面をのたうち回っていた。
「あれでも、まだ生きてるのか。
6HDのモンスターでこれか、やばい世界だなあ……」
癖である独り言を呟きながら、キースはため息を付く。
「よし、しばらく様子見。
窮鼠猫を噛むなんて、シャレにならないからなー」
[アルケミスツ・ファイヤー(錬金術師の火)]の爆発から5分程だろうか。
ミノタウロスは動かなくなっていた。
その様子を確認した[迎撃隊]の面々から歓声が上がる。
「最期だ、パイク(長槍)で止めを頼む」
キースの指示で、ミノタウロスにパイク(長槍)が何度も突き刺された。
○
[迎撃隊]によるミノタウロスの処分と、[落とし穴]の再整備が行われていた。
その様子を、キースは何となく眺めている。
だが、キースの頭の中では様々な事が考えられていた。
まずはミノタウロスについてだ。
キースは[D&D]のマニュアルである[モンスターコンペディウム]によって、
ミノタウロスの出現場所が[迷宮]であることを知っている。
だが、それにも係わらず、[ティモシー]のような平原に出現した。
通常ではあり得ないことだとキースは考える。
「イレギュラーなモンスターか。
こりゃ、そろそろ新しいクエストが始まるなあ。
こんな不自然な導入、あいつのお家芸みたいなもんだったし」
キースは、[D&D]のダンジョンマスターをやってくれていた友人を思い出す。
ヤレヤレ、とキースこと[水梨勇希(みずなしゆうき)]は考える。
「けど、新しいクエストが始まるってことは、何かしらの新しい動きがあるはずだよなあ。
見てろよ、ダンジョンマスター。
今回の俺はファンタジーなロールプレイはしないぞ。
空気を読まないで、どんな手を使っても勝ちに行くからなー」
キースは自身の右手を力強く握りしめる。
「みんな、いるんだろ?
もう少しだけ待っててくれ。
俺が、にいちゃんがなんとかしてみせるから……」
空を見上げながら、キースは力強く言い放った。
不安と恐怖を押し込める為、自分自身に言い聞かせる為に――
○
ローレンの手にある透明なオーブには[キース・オルセンが]映し出されていた。
ローレンと共に、一緒に見ていたロレインは苦笑する。
「うへえ、容赦ないなあ。
あの深さの落とし穴に引きずり込まれちゃった時点で、もう詰んでたよねえ」
「[白蛇(ホワイトスネイク)]が策士だということはわかっていたが、
ふん、ここまでとはな。
中々にやる。あの売女とはえらい違いだな」
一方のローレンは憮然とした面持ちだった。
褒めているのだか、貶しているのか、よくわからない言い回しだった。
「確かに、まー。
うん、[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]のノアちゃんとは全然違うよね。
しっかも、殆どが兵士任せ。
[白蛇(ホワイトスネイク)]の腕を見たかったのになあ。
僕らの頭の中は好戦的でダメだね、今回の作戦は完全無欠なまでに失敗だったよー」
ロレインとローレンは[白蛇(ホワイトスネイク)]こと[キース・オルセン]の実力を見ておきたかった。
そこで、2人はあえて、ミノタウロスを一体だけぶつけてみたのだ。
何体もの敵を送りつけたら、当然、キースは兵士へ撃退を指示するだろう。
だが、[キース・オルセン]は[サーペンスアルバス]に係わる戦いには、いつも陣頭に立っている。
そんなキースならば、ミノタウロス一体ぐらいなら1人で片を付けると踏んでいたのだが――
「ふん、[白蛇(ホワイトスネイク)]に腕が無いだけではないのか?
噂が先行しているだけに違いない」
「いやあ、そりゃないでしょ、姉さん。
あの、[白蛇(ホワイトスネイク)]なんだよ?
逆に、僕はノアちゃんより[白蛇(ホワイトスネイク)]の方がめんどくさい気がしてきたよ~」
肩を竦めるロレインだったが、その表情は楽しげだった。
「姉さん。
[白蛇(ホワイトスネイク)]の実力は見てみたかったけど、もう[別の一手]を始めようよ。
でないと、姉さんの方の準備時間を考えると、マスターを大分待たせちゃうからさ」
「ああ、そうだな。
マスターには、一刻も早く楽しんでいただきたいからな」
ロレインとローレン頷きあった。
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◇[オーブ・オブ・ファー・シーイング(遠見のオーブ)]
パワー
使用者から、ある一定の距離にいる1体の目標を選ぶことにより、
この透明なオーブの中に、姿をはっきりと捉えることができる。
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おにいちゃんのお話で予定していた[チート内政編]を全て没した為に、
もしかしたら、あっさりと、おにいちゃん編は終わるかもしれない???