紫色を基調とした豪奢なローブを纏った女性。
そんな装いから、その、太陽が似合わないといった雰囲気が感じられてしまいます。
目はフードに覆われて見えません。
けれど、紫色に塗られた唇で表情がわかります。
わたしに良い感情は持っていないことが――
「全てを貫く神槍、我が手に……」
再度、わたしはグングニルを呼び出して握りしめる。
「へえ、それが[神槍グングニル]ね。
さすがに初めて見たわ。
イグドラシル(世界樹)から生まれたっていうのは嘘ではないようね。
思わず泣きそうになるぐらい力を感じるわ」
台詞の内容とは口調は真逆でした。
ローブの女性から、余裕の姿勢が消えません。
外見や、突然現れたことから、ほぼ間違いなく相手は魔法使い。
その余裕は、そこから……!?
何を考えているの――!?
危険だ。
[ノア]も警告を全身で発してくれています。
先手を仕込まれていたら、何をされるかわからない――!
「あ、貴方は一体なんなんですか……?」
あまり期待はしていないけど、わたしは思ったことを口にしてみました。
いや、自然に出てしまったと言う方が強いかもしれない。
「『なんなんですか』、ね……
……
……
ま、いいわ。
私はね、この駄犬を管理する役目『だった』もの。
わかる?
これで満足かしら? 黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)」
言葉の間に少しの沈黙を挟んで、ローブを纏った女性は苦々しげに言い捨てました。
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029 地下墳墓(カタコンベ)05
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「役目……?」
役目って……?
それに、わたしの名前を知っている――?
わたしは、このローブの女性に関して心当たりは全くありません。
この世界に来てからは勿論ですし、
ゲームプレイ中でも、プレイしたキャンペーンで敵対するような女性魔術師はいなかったと思う。
「……
……
……はぁ」
わたしの反応で、気に入らない箇所があったのでしょうか。
ローブの女性はこれみよがしな程にため息を付きました。
「やっぱりむかつくわ」
次の瞬間、目の前の女性は、足下にあるマクガヴァンの遺骨を踏みにじる。
パリンパリンと乾いた音。
ポキポキと割れる音が耳に飛び込んでくる。
「え……?」
突然のことに、なんていうか口が動かない。
「使えない男って本当に腹立たしいわね。
存在価値無いわ。
なんのためにいるのかしら。
さっき駄犬なんて言ってしまったけど犬に失礼だったわ。
そうは思わない?」
ケタケタといった感じで、ローブの女性は笑いはじめました。
なんだろう……
……
……嫌な予感がしてなりません……
「誰ですか、貴方は?
わたしに何か用があるのですか――?」
改めて問うわたしの言葉に、ぴたりと足下の骨をいじるのを女性はやめました。
「ああ、本当に予想通り。
予想通り過ぎて、予想通り過ぎて。
……
……
……私はあんたを殺したくなる」
「――!」
女性を中心に[魔力] が集束していくのがわかる――!
やっぱり、この人は魔法使いというのは確定だ。
なら、わたしに姿を見せる前にいろいろな『準備』をすることが可能だったはず。
『D&D』の魔法はいくらでも極悪な性能のモノがあるのだから――!
まずい、まずいかもしれない――!
「なんでこんな時まで、そんな言葉使いなの?
自分で言うのも何だけど、今の私以上に怪しい存在は居ない。
こういう時は敵対心出して向かってくるものでしょ、違う?」
[ノア]からも警告が伝わってくる――!
LV9から上のマスタークラスの魔法使いの力だと――!
「そういえば、そんな声で多くの男に媚び売っていたわね。
何人の男にすり寄った?
この売女が――」
「な――!?
何を言っているんですか!?
わたし、わたしそんな――!」
「それが[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]の処世術。
あんたみたいな真面目ぶった女が、一番、男達を不幸にする」
「貴方は……
何が言いたいんですか……!?」
駄目、なんだかもうわけがわからない……!?
この人の目的って――!?
「私は認めない。
認めない。
我が主に、[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]は相応しくない」
「我が主……?
その人の命令なの!?
貴方、一体わたしに――」
「もう黙りなさい、売女。
同じ事を何回も聞いてきて。
オウムなのかしら?
あんたの声聞くだけで腸が捻れる。
不格好な鎧で顔が見えないのは感謝するわ」
「いきなり出てきて……
貴方はわたしに何をしたいんですか――!?」
わたしが、この人が言う「主」に相応しくない?
「主」って誰のこと!?
「貴方は――」
「あああああああ!!!」
再び声をかけた瞬間。
突然、この紫のローブの女性が叫びを上げる!?
「な、なに!? な、なんなの……!?」
叫んだ女性は、先ほどまでとは一転して静かにうつむいてしまいました。
一瞬の静寂。
顔を上げたローブの女性の目が一瞬だけ見える。
それは紫色に輝く瞳――!
「グダグダとうるせえんだよ!
知りたかったら、その大層な槍で私の身体に聞きゃあいいだろ!!
挑発だったら成功だよ!
ああ、そうやって男も手玉に取ってるんだね!」
「――!?」
女性の激昂!
瞬間、何も無かった右手周囲の空間にひずみが見える――!
転移!?
魔法!?
召還!?
「させない――!」
魔法使いに先手を取らせては駄目だ――!
[ノア]とわたしの考えがシンクロする!
身体が動く!
右腕に力が漲る!
「てやああ!」
「ナニぃ!」
振りかぶった右腕から放たれるのは一筋の光。
光は外れない。
これはもう決められたこと。
神槍グングニルは決して外れないのだから――!
「やるじゃない。
やれるじゃない、この売女が――!」
ローブの女性はマジックワンドを呼び出そうとしていたようです。
グングニルはワンドを貫き、ワンド毎後方の壁に突き刺ささりました。
「グングニル――!」
グングニルに呼びかけると、一瞬で、わたしの右手に戻ってきてくれました。
グングニルに貫かれて壁に突き刺さっていたワンドは、支えが何もなくりコトリと落ちていき
ました。
「そして、まだ私の心臓を狙わないあんたがムカツク!
あああ。
あああ。
我が主よ。
決めました。
今、決めました。
私は[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]を殺します。
貴方様に監視と報告を命じられておりました。
命に背いた罪は、我が身体、我がココロ、全てで償いましょう。
許してくださいとは言いません。
が、貴方様の為に――!」
ローブの女性が身構える――!
右腕を上に、左手を下へと上下の構え――!
身体の動作が必要な呪文!?
「鳴動
空気
鋼
空から降りる剣――!」
詠唱――!
右手にはいつの間にかガラスの棒が握られている!
触媒――!
あの触媒なら、わたしが唱えるべき呪文は――!
「雷神、天雷、迅雷、雷鳴、
万雷、雷火、紫電、紫閃、
我が友、我が兄弟となりて守護されん――!」
ローブの女性の両手には雷が纏われて――
「まずは小手調べだよ、見せてみな!
あんたの力を――!
[ライトニング・ボルト【電撃】]――!」
轟音が響き渡る!
必殺の電撃が、至る所の壁に乱反射されてわたしに向かってくる――!
「[プロテクション・フロム・ライトニング【対電撃防御】]――!」
全ての雷がわたしを貫いた。
けど、わたしは――
「クソが、[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]!
私の[ライトニング・ボルト【電撃】]で五体満足な女は初めて……
……
……
なんて無様……!」
地を匍うような低い声でうめく女性。
そう、今の私は無傷で済みました。
これは相手の[触媒]から、どんな呪文を使ってくるかがわかったからです。
[触媒]とは魔法を唱えるのに必要な道具になります。
[触媒]から[ライトニング・ボルト【電撃】]がくるとわかっていなかったら、
さすがに無傷っていうわけにはいかなかったと思います。
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・[ライトニング・ボルト【電撃】] LV3スペル
この呪文は電撃により効果範囲内の全てのクリーチャーにダメージを与える。
また可燃物は着火する可能性もあり、15cm以下の厚さの石壁は破壊される可能性もある。
融点の低い金属(鉛、金、銅、銀、青銅)は溶けてしまう程の威力がある。
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「小手調べなんて必要なかった……!
あんたは、あの[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]……!」
ローブの奥から紫の瞳が輝きを増したのがわかりました。
「出し惜しみは無しだ。
次の呪文で、あんたを必ずぐちゃぐちゃにしてやる。
膨張、
融合、
衝動、
臓腑、
あはは、
あはははは……!!!」
呪文の詠唱では無い、通常の言葉なのに。
なのに。
なのに。
背筋がビリビリするような感覚が襲いかかってくる――!
★
情緒不安定な女性キャラクターを書いてみたかったんです。
難しい、難しい……
本当に、地下墳墓(カタコンベ)編は難産続きです。
次か、あと二話でノア編の一段落の予定です。
予定。
おさまらなかったらごめんなさいw