馬車の窓から顔を出していると、柔らかな風を感じることができます。
この季節の緑の匂いが、風で後方に流れる髪の感覚が、本当に心地良く感じられます。
「うわあ! 大きな壁!」
のどかな街道を伝い、渓谷の高台へ馬車に乗って数日。
まだ遠くの方だけど、ようやく堅牢そうな石壁が見えてきました。
色とりどりの塔なんかが顔をのぞかせているのがわかります。
興奮気味のわたしに、同乗されているイアンさんが微笑されました。
というか、苦笑かもしれません。
あぅ。
でも、現代日本人があれを見たら誰でも興奮すると思うんです!
「ノア様。
長旅、お疲れ様でした。
そしてようこそ[城下町エドラス]へ――」
イアンさんの言葉は、本当にわたしのドキドキを加速させます。
「わああ……!」
石壁は近づくにつれ、次第に大きくなっていきました。
想像していたものよりも、ずっとずっと高いかもしれません。
「オーク達との30年戦争で城は落ちてしまいましたが、
この街を守るための壁は、民達を最後まで守り通しました。
ゆえに、人々にとって岩壁は誇りなのです。
[城下町エドラス]の代名詞でもあります」
説明してくださるイアンさんも、どこか誇らしげに感じられます。
大好きな感情が伝わります!
「[城下町エドラス]かあ……!」
ここでまた、どんな冒険が始まるのだろう。
どんな出会いがあるのだろう。
期待のドキドキと、ちょっとの不安がミックスされた状態です――!
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017 城下町エドラス
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「入るのにお金がかかるんですね……」
大きな門にたどり着いた時、二人の衛兵さんにチェックを受けることになりました。
なんでも1gpのお金が必要とのことでした。
ワタワタと戸惑うわたしに、イアンさんがお衛兵さんに掛け合ってくれました。
衛兵さん、イアンさんと気がついて直立不動の敬礼です。
「はは、森や小さな村ではありませんからなあ。
大きな街に入る時には、どこでも必ず入市税を支払う必要があります」
そんな大きな門の岩壁には文字が刻まれていました。
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恵みと力
危うき時にも
安けく守る
御身の目指す港たらんことを
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この門を作られた方の気持ちなのでしょうか。
なんだか、ホッとします。
そんな文字を見てから、先に進むと――
そこはまるで、小さい頃に絵本なんかで読んだ「おとぎ話」の世界そのものでした!
「わあ……
……本当に中世の町並み……!」
「ん? なにかおっしゃられましたか?」
「あ、あ、いえいえ! ひ、独り言です!」
あ、あぶない!
中世とかって、この人達にとっては現代なんだから!
で、でも、わたしが考えていた中世の街のイメージまんまなんですもん!
三角屋根の木組み住宅。
石畳の道路。
活気ある人々!
「はは、どうやら気に入っていただけて何よりです」
興奮気味のわたしに、イアンさんが微笑まれました。
「ええ……とっても!」
「[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]にそこまで言われるとは、エドラスも光栄です。
では、教会へ向かう前に、少し周囲をご案内しましょうか?」
イアンさんのお言葉。
一も二もなく、わたしはすぐにお願いしました!
○
「プレーンラインと呼ばれる通りです。
この当たりには職人達の多くの店がございます」
プレーンラインは、多くの方々行き交うメインストリートといった感じです。
両脇には多くのお店が建ち並び、やはり多くの人々が軒先を覗いています。
「剣や農具に……
それに洋服とか、わ、人形まであるんですね」
「はい、ここは魔法道具から子供向けの玩具まで揃いますよ。
ありとあらゆる職人達が、日々、腕を競いながら職務に励んでおります」
「あのクマの人形、大きいなあ……」
たくさんの店には多くの人が群がっていました。
わたしたちは馬車なので、邪魔にならないように遠目からです。
後で、絶対にわたしも見て回りたいと思います!
特にあのクマのぬいぐるみ……
シュタイフ製にそっくりで、絶対にモフモフしたいです!
「続いてはブルグ庭園です。
ここは、本来城があった場所になります。
30年戦争後に再建されずに庭園だけが残り、今では人々の憩いの場所となりました」
深い緑。
それがすっごく感じられる場所でした。
また花壇には多くの花が植えられており、色とりどりに咲かせており緑に映えています!
「わ、小さい子がいっぱい遊んでいますね。
それに……剣や斧を振るっている方も?」
「ええ、広い場所ですから。
子供は遊び、一攫千金を夢見る冒険者は身体を鍛え、恋人達は愛を語らいます」
「みんな……
とっても楽しそうですね……!
生きていることを、とっても楽しんでいるのが伝わってきます」
「それはノア様が、世界を守られたおかげですよ」
「はぅ。
も、もうそれはいいですってば~」
「はは。どうにも歳を取ると、同じ事を繰り返して述べてしまいますな」
続いて馬車が向かったのは、多くの露天が立ち並ぶ場所でした。
「マーケット広場です。
ここでは、野菜や肉は酒などを販売する出店が多く並びます。
[城下町エドラス]の台所と言えるでしょう」
「本当に一杯のお店ですね……!
あのリンゴは美味しそうです」
「あれから作るリンゴ酒も人々には人気です。
それとこの時期ですと、アスパラガスが美味しいですぞ」
「わ! 白くて太い!」
「今、この時期の[城下町エドラス]でしか食べられない、このあたりの名物です」
「う、是非、今日の夜にでも食べたいと思います!」
なんだか素敵な観光地に来た感じです!
時期もよかったかもしれません!
「では、そろそろ聖堂となります。
どうされます、少しお休みになられてからにされますか?」
「あ、いえ、大丈夫です」
新しい場所に来て気持ちが向上しているためかな、全然、疲れた感じはありません。
いや、[ノア]の身体のおかげかもしれません。
「はは。
さすが[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]です。
それでは、聖堂の方へご案内させていただきます」
○
案内された教会はものすごいものでした!
な、なんていうんでしょうか!? ゴ、ゴシック建築?
それも、ものすごい高さの建物です!
た、たぶん、[城下町エドラス]で一番高いんじゃないでしょうか!?
イアンさんによると、170年近くかけ完成されたとのことだ。
さらに圧巻だったのは中に入ってから!
主祭壇の奥にあるステンドグラスは天上近くまで続き、キラキラした光を取り込んでいました。
また木造の彫刻も、あまりの精巧さに空いた口がふさがりませんでした。
そんな中で案内された部屋。
そこには法衣を身に纏われたお爺さんがいらっしゃいました。
「ほうほうほう、こりゃあ美人さんが来なさったなあ」
顔をしわくちゃにされ、そうおっしゃる姿はまさに好々爺といった感じです。
なんだか小さい頃によく行っていた、田舎のとなりの家のおじいちゃんを思い出します。
そんな方に向かって、イアンさんは丁重な挨拶をされました。
「ジョウゼン長老(エルダー)、
イアン・フレミング、ただいま戻りました」
「相変わらず堅苦しいのう。
でも、ま、それがイアンちゃんじゃものなあ」
ジョウゼンさんと呼ばれた方は、カカカといった感じに笑われました。
「長老(エルダー)、大切なお客様の前です。
いつも言っているでしょう、おひかえください」
「ほいほい、わかった、わかったって」
頭をポリポリといった感じで掻く。
え、えと、こ、この方がイアンさんの上司の方で、偉い人……?
で、長老(エルダー)と呼ばれているから……
ゲームで言えばレベル6の僧侶さんになるのかな?
「おほん。
それでは改めましてご紹介いたします。
この御方が[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]、ノア様です」
1つ咳払いをしたイアンさんが、わたしを紹介してくださった。
「え、えと、初めまして、ノアです。
今回は突然お伺いしてしまいまして、その、申し訳ありませんでした」
あわててお辞儀をします。
そんなわたしに対して、ジョウゼンさんは笑いながら答えてくださった。
「いやいやいやいや、何が申し訳あるものか。
男が女性と会えるなんて、大地が生まれた瞬間からずーっと男は誰も迷惑がらんわい!
わしはずーっと会いたかったんじゃ!
サーガで聞くよりも、絵で見るよりも、ずーっと美人じゃった!
こりゃあ、眼福眼福!
寿命が10年は延びたのー」
「は、はい。な、なんていうか……
……ありがとうございます……?」
こんなわたしとジョウゼンさんのやり取り。
ちらりとイアンさんを見ると、深いため息をつかれました。
……
……な、なんだかイアンさんってば色々苦労されてそうです……
○
[ウォウズの村]に関する話し合いは、なんにも問題もなく終わりました!
全てのことに対して、あっさり了承がいただけました。
本当に良かったです!
話し合いは、ずっと穏やかなムード。
実はちょっと緊張していたので、ホッとしました。
正義を教義とするハイローニアスの方と話すなんて、ちょっとイメージできなかったんですよ。
ジョウゼン長老が面白いおじいちゃんでよかったです。
ただ、1つ残念なことが。
……
……やっぱりジョウゼンさんも「ノア様」でした。
……あぅ。
「ノア様、すまんが一点だけ知っていたら教えて欲しいことがあるんじゃ」
そんなジョウゼンさん。
少しだけ真面目な雰囲気の顔をされました。
「……え? わたしにですか?」
[ノア]ならいざしらず、[乃愛]で答えられることかな……?
ちょっとドキドキです。
「[戦乙女(ヴァルキュリア)]」
ジョウゼンさんはポツリと言いました。
その言葉に、イアンさんもうつむかれてしまいました。
「[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]、ノア様。
[戦乙女(ヴァルキュリア)]がどこにおるのか教えてくれんかのう?」
★
相変わらずの進展の遅さ。
それに加えて、相変わらず若い男もでてこない。
おじさんかおじいちゃんばかり。
そんなキャラクターが大好きなんで許してくださいw