「いっち、にー、さん、しー、ごー、ろく、しっち、はっち」
現在、ラジオ体操やっています。
運動後の整理体操ってやつです。
今日は、起きたら気持ちの良い晴天!
こんな日には散歩でもと、[ドルーアダンの森]に来たんです。
で、良い機会だと思って身体を動かすことにしてみました。
今どれぐらい動けるかを、知っておきたかったからです。
結果。
うん、オリンピックで金メダルは取れるよ!
……
……
……あはは、なんていうか、今の自分にびっくりです……
走り幅跳びをやってみたのですが、たぶん10mぐらいは飛んだと思います。
力なんて、すんごいですよ。
力こぶなんて全然無いのに、普通に岩石持って立ったり座ったりとかできますもん。
その後はグングニルの練習に充てました。
動きに関しては、なんの問題も無くできて安心です!
久しぶりに自転車に乗ったり、泳いだりと行った感覚。
これならモンスターに襲われたとしても何とかなりそうです!
というか、たぶん、普通に退治できる自信があります。
「でも、あんまり戦いたくはないな」
レベル15ファイター/レベル20クレリックでも、やっぱり戦いたくはないです。
やっぱり平和が一番ですよね!
■■■
[ドルーアダンの森]の中、仕掛けた罠に獲物がかかっていないか確認作業。
なんてことは無い、いつもの作業だ。
いや、はずだった。
「……くそったれっ……!」
いつもの視界に違和感。
よく、よく目をこらしてみる。
遠目だったが、「ソレ」は確かに存在していやがった。
巨大なゴブリンの[バグベア]だ。
あれはやばい。はっきり言って勝てる気は全くねえ。
やつらでかくて不器用な歩き方のくせに、やたら機敏ときてる。
しかも武器や、不意打ちまで使ってきやがる。
なんとかするにゃ、俺ぐらいの男が5人は欲しい。
1対1? ありえんね、死ぬだけだ。
俺は気づかれないうちに反対方向に戻ろうとした。
当たり前、当然の行動だ。
……が、バグベアの肩に背負われているものが見えた。
目玉をひんむいた。
こんときゃ、俺の目の良さには泣きたくなるような感謝したくなるような――
ぐったりしたナターシャ。
ニコライのやつの一人娘。
しかも赤い血が流れている。最悪だ。
ただ時折、身体は動いていることも確認できた。
生きているんだ。
まだ、まだ生きているんだ!
最近、ナターシャが村の中で走り回るのをよく見かけるようになった。
元気だった。
ちょっと前まで考えられなかった光景。
ナターシャのやつも嬉しかったんだろうなあ。
きっと両親の言いつけを守らないで[ドルーアダンの森]に入ってしまったのだろう。
俺も同じことをした記憶あるしな。
「くそ、くそ……!」
足の震えが止まらない。
しょんべんも漏れそうだ。
一歩も動けない。
やつは[バグベア]。
俺一人でどうこうなる相手じゃねえ。
けど。
けど――!?
俺はどうしたい!? 何をするべきだ!?
心臓が早く動きすぎて、いっぱいいっぱい。
弓矢? そんなんであいつが死ぬわけねえ。
ナターシャにも当たっちまう可能性がある。
ニコライとソーニャ、そしてナターシャの最近の表情。
ソーニャの泣き崩れる顔が頭によぎる。
わかりすぎるぐらいにわかる。
生まれて来たときから病弱だったナターシャ。
ニコライとソーニャは必死に働いた。働いて、ナターシャを育ててきた。
周りのやつらも協力して、がんばってきた。
で、ようやくノアさんの薬が効いて元気に走り回れるようになった。
そんときゃ、本当に村人全員が喜んだもんだ。
ニコライのやつがノアさんにハチミツ酒を勧めた時は最高だったなあ。
ノアさん断りきれなくてなー。
一杯だけって呑んでみたら、顔真っ赤になって。べろんべろん。
ニコライもソーニャも、ナターシャも笑っていたぜ。
俺も嬉しかった。
ああいう酒は最高だ。
その表情で、いつもより3杯は多く飲めるぐらいにな。
ああ、楽しかったなあ……
……
……ったくよ!
「ああああああああ!!!」
俺は大声を上げる。
[バグベア]に届けと、声を張り上げた。
全身に力を込める。
[バグベア]気がつきやがった。
……いいねえ。
こうなれば、もう、後には引けないからなあ。
そして、少しホッとした。
これから死ぬかもしれねえのに。
「俺は臆病者じゃなかった」
そう思えただけでも最高だ。
そうだ、今日は[森の木陰亭]で酒を10杯ぐらいは多く飲もう。
俺自身へのご褒美だ!
バグベアがナターシャを地面に放り投げる。
棍棒を俺に差し向ける。
……
……上等だ!
ウォウズのゲイルをなめるじゃねえ!
「きやがれ、畜生やろう!!」
○
愛用のハンドアクス。
[バグベア]の肩口にアクスは食い込んだ。
が、それだけだった。
毛むくじゃらな体毛に防がれた。
血の一滴も出やしない。
「うばあああああ!」
[バグベア]の咆吼が響き渡る。
上段に構えた棍棒が見える。
「くそ、化け物め……!」
あの棍棒くらったら痛てえんだろうなあ。
そんな風に思った。
「誰が食らうか、んなもん!」
体毛に埋もれたハンドアックスから手を離す。
地面の土を握り、思いっきり顔に投げる。
「があ!」
瞬間。
熱かった!?!?
俺の左肩口には棍棒があった。
嫌な音がはっきりと耳に届いた。
肩から押されるように、肘あたりから白い骨が飛び出していた。
血が噴き出した。
「……っけ、お前となんか戦ってらんねえよ!」
幸い、バグベアが目をこすり始めた。
左腕一本で、バグベアから本当に少しの時間。
……上等だ!
走り出す。
ナターシャに向かって。
俺は右腕だけでナターシャを抱えた。
体温と、重みが、しっかりと感じられた。
「重くなりやがって!
大きくなったんだなあ、めでてえこった!」
全力で走る。
左腕には感覚が無かった。
……
……
……ああ。よかった。
中途半端に痛みなんてありやがったら、さすがに泣きわめいていたかもしれねえからな!
バグベアの咆吼が聞こえる。
ああ、ものすごく怒ってるな、ありゃ。
……
……
さて、俺は男だ。
……なら、もうちょっとは意地見せねえとな!
○
俺、すげえよ。
[ウォウズの村]近辺の[ドルーアダンの森]は熟知していたことが幸いした。
必死で知っている道を逃げた。
もうわけわかんねえ。
気がついたら[ウォウズの村]が見えていた。
いつもの変わらない、何も無い退屈な村だ。
「はは、なんとかなるもんだなあ……」
本当の本当の、最後の力を振り絞る。
「誰か、誰か来てくれ!! ナターシャがやられた!」
■■■
村の入り口でなにやら揉めているとのことだった。
若い衆がまくし立てる。
……やれやれ、いつになったら楽隠居ができるんじゃい。
「わかったわかった、んなに慌てるでない。
……まったく、これだから若いもんは……」
愛用の杖持ち、ロッキングチェアから腰を上げることにした。
○
「な、何があったんじゃ!?!」
血だらけのナターシャに、左腕がぐしゃぐしゃのゲイル。
驚いた、腰を抜かすかと思うた。
「パケ爺さん……ナターシャがやられた……
バグベアのくそったれにだ……」
「ゲイル、おぬしも大けがじゃ、後は任せせい!」
ナターシャの意識は無かった。
暖かい血だけが流れでている。
ゲイルの声にも力がこもっておらん。
左腕の肩は陥没、骨が肘の辺りから飛び出ていた。
血が滝のように流れ止まらない。
村人が布でナターシャとゲイルの傷を巻いていたが、
どちらの真っ黒にドス黒くなっていた。
「け、もう逆に痛くもなんともねえよ。
……あ、酒くれ。俺はそれでいい……」
「ゲイル……!」
バグベアとやり合うなんて……
馬鹿だ、馬鹿だと言っておったが……!
なんてという無茶を……!
「ナターシャとゲイルの怪我を見ぃ!
手が空いているもんは、全て手伝うじゃ!」
「ニコライとソーニャを呼べ!
僧侶様を呼べ! 急ぐんじゃ!」
ああ、こんな時は無駄に長生きしていた自分に嫌気が差す。
知りたくない知識ばっかりじゃ。
……
……
……
……
あの二人、致命傷じゃ……
■■■
「マスター、酒をくれないか?」
若い衆が酒を欲しいなんて言ってきた。
こんな午前中の真っ昼間に、お前も好きだな。
なんて軽口を叩いた。
けど、帰ってきた言葉はびっくりした。
「ゲイルに飲ませる」
ああ、あいつなら昼間から飲んでもまあ当然だ。
でも、なんでお前が買いにきているんだ。
ゲイル、いつも来るじゃねえか。昼間だろうと夜だろうと。
俺は笑ったが、若い衆はまったく笑わなかった。
それどころか、視線を下に向けちまった。
○
ナターシャちゃんを助けたのか、あいつ。
……馬鹿だよなあ。
バグベアだぞ、あんなの人間一人でどうにかなるもんじゃねえ。
……
「くそ、俺へのツケはどうするんだよ、あの馬鹿!」
それに、だ。
俺の酒は死んでいくやつになんか飲ませねえ。
生きていくやつら、がんばっているやつらに飲んでもらうもんなんだよ!
俺は[ドルーアダンの森]に向かって走った。
あの人ならなんとかしてくれる。
わけのわからない確信があった。
パケ爺さんの寝違えを治した。
いろんなやつらの病気を治した。
悪魔が憑いているなんて言われたナターシャちゃんがあんなに元気になったんだ!
「ノアさん……!」
初めて会った時から、なんだか不思議な娘さんだった。
わけもわからなくドキドキした。
なんだか神聖な、不思議な、雰囲気を持った娘さんだと感じられた。
いつも笑顔だった。
年端もいかない娘さん。
魔法のように薬草でなんでも治してしまう娘さん。
いつも、俺の作ったもんを美味しそうに食べてくれた娘さん。
考えれば考える程、ノアさんなら何とか、なんとかしてくれそうな気がする!
本当は俺ら、大人達がなんとかしなきゃならねえのに。
でも。
今だけ、今だけは、もう一度力を貸してくれ。
あの馬鹿と、ナターシャちゃんをなんとか、なんとかしてくれ。
「ノアさん、ノアさん、聞こえてるか、頼む、頼むーー!」
[ドルーアダンの森]全てに届くように、俺は、腹の底から声を上げた。
ノアさんなら、絶対ここにいるはずだ――!
■■■
身体を動かした後、今日は薬草採取することに決定です。
さすがに毎日使用していると、想像以上に減りが早い早い。
「[ドルーアダンの森]のみんな、少しだけ分けてね……
……[スピーク・ウィズ・プランツ【植物との会話】] !」
植物と会話するために、魔法を唱えた瞬間だった。
「ノア、よんでる」
「たすけてって」
「はやく、はやく」
「あっち」
「こっち」
「はやく、はやく」
「え、え!? ど、どうしたの、みんな!?」
木々や草たちが一斉に、わたしに話しかけてくる。
しかもとっても急いでいるようだ。
「ちょ、ちょっと、みんな待って!?」
話しをまとめる。
するとどうやら、[ウォウズの村]から、わたしを探している人がいるようだ。
その方の声が、伝言ゲームのようにわたしのいるところまで植物に伝わってきたらしい。
「何かあったのかな……? みんな、その人の場所へ案内して!」
植物に導かれるまま、わたしは森を駆けだした。
○
四つん這いになって叫んでいるのは、[森の木陰亭]のマスターだった。
「どうされたんですか! こんな森深くに!」
わたしは薬草探しなどもあるので、結構、奥深くまで来ている。
だが、ノーマルマン[一般人]のマスターが来て良い場所じゃ決してない。
ゲーム中、[一般人]は簡単に死んでしまうぐらいのHPしかないのだ。
「た、たのむ、ノアさん。あの馬鹿とナターシャちゃんを……!」
「え? どうしたんですか!?」
話を伺う。
ナターシャちゃんがバグベアにさらわれかけたらしい。
それをゲイルさんが一人で奪還したとのことだ。
だが、おかげで二人とも大けがを負ってしまったとのことだ。
「お、俺はいい。息を整えてからいく!
早く、ノアさんは村へ……!」
「マスター……」
友達のゲイルさんのため、ナターシャちゃんのため。
ここまでして、マスターはわたしを探しに来てくれたんだ。
なら期待に応えたい……
……いや、応えて見せる!
「却下です。ここは結構危険です」
「ノアさん、俺はいいんだ、あいつらを――!」
「だから、少しの間だけ我慢してくださいね」
わたしはマスターを片方の肩に背負った。
うん、軽い軽い。
「お、おお!?」
「わたし、結構、力には自信があるんです。
だから……
……ちょっと本気出して飛ばします!」
「え、ええ!?」
マスターが驚く。
そうだろう、70kgぐらいはマスターだってあるだろう。
それが、ショルダーバッグを背負うような感覚で持ち上げられたんだから。
でも、今はそんなことを説明している場合じゃない!
「みんな、道を少しの間だけ作って、お願い!」
木々や植物たちにお願いする。
さわさわ、と木々や草花が擦れ合う音が聞こえてくる。
「な、ノ、ノアさん、これって!?」
草や枝、それらが左右に分かれ始める。
まるでモーゼの十戒の森バージョンです。
[スピーク・ウィズ・プランツ【植物との会話】]は、限定的なコントロールも可能になるんです、実は。
もちろん、植物に根を引き抜いて動き回れなんていうのは無理ですけど!
「しっ、舌をかんじゃいますよ!」
この世界に来て、わたしは初めて全力で走り出す。
絶対に、絶対に、間に合ってみせる!
「行きます!」
「う、うわああああ……!」
マスターの声が[ドルーアダンの森]に木霊した。
■■■
「残念ながら、神は力を貸してくれませんでした。
信心と奉仕が足りないのでしょう。残念なことですな」
僧侶マクガヴァンは重々しく告げきおった。
「なんとか、なんとかならんもんか!?」
「神の奇跡は一度きり。
再度行うには奉仕が必要です」
「奉仕といわれても、のう……」
「今回は[悪魔払い]の分を使いました。
もう一度、神の奇跡を希望するならば、それなりのものが必要となります。
奇跡を起こすのに使用する触媒というのは、とてもとても希少なものなのですよ」
1年前にこの村に来た僧侶マクガヴァンは淡々と言う。
どうにも好きになれん。
人間味がないのか、僧侶はこういうものなのか。
……いかんいかん……
こんな考えだからダメなのかのう……
「ナターシャ、ナターシャ!」
ソーニャがナターシャの手をに握って必死に呼びかけている。
ナターシャはもう声も上げない。
ニコライは頭を抱えて嗚咽をもらしていた。
「せっかく、せっかく元気に遊び回れるようになったってのに!
なんで神さまはこの子ばかりに……あんまりだ、あんまりだ!」
「なあ、坊さんよ。
……俺には馬が一頭いるんだ。そりゃあ、いい馬だ。
売ればそれなりの金にはなる。
だからよ、ナターシャに、もう一度、奇跡とやらやってみてくれ……」
弱々しく、だが、はっきりとわかる声でゲイルは言いおった。
「ゲイル!!! お前はどうするんじゃ……!?」
「け、俺はいい。40年ぐらいか、これだけ生きりゃ十分だ。
それに俺は神さまってよくわかんねえ。
そんな男に奇跡なんておこんねえよ。
だったら、なあ。
……ナターシャにやってくれ」
「……ゲイル……」
こいつは顔も頭も口も悪い癖に、のう……
……やれやれじゃ。
「わしの全財産も寄付するでの、いや、たいした額にもならんが……
ゲイルの分と足して、もう一度を頼む」
わしも腹をくくろう。
それが、曲がりなりにも[ウォウズの村]の村長としての、最低限の責任じゃて。
「そんなダメだ、ゲイルさん……!
俺たち二人の全財産に、さらに一生働いてお金は支払う!
だから娘とゲイルさんを助けてやってください!!」
「そうです! 村長、ゲイルさん!
私達がお金はなんとでもしますから!」
ニコライとソーニャもマクガヴァン僧侶に懇願する。
わしは……
不謹慎かもしれんが嬉しくもあった。
この村人たちが誇らしかった。
この村の村長で良かったと思った。
ゲイル、ニコライ、ソーニャの言葉。
僧侶マクガヴァンは重々しくうなずいてくれた。
「そこまで言われたら仕方がありません。
もう一度、奇跡を願いましょう……」
僧侶マクガヴァンは、身にまとった法衣の懐から木製の円盤を取り出す。
なんでも聖印といって、とても貴重でありがたいものらしい。
その円盤にナイフを突き立てた。
大きく、両手を空に向かって広げる。
「さあ、神よ。
おお、万能なる神よ。
この者達の信心に応えたまえ。
この者達が御身にとり価値あるものならば奇跡の欠片を与えたまえ。
奇跡を与えたまえ。傷を癒したまえ」
わし、ニコライ、ソーニャ、村のみんなは何も声を発せなかった。
沈黙がしばらく支配する。
それを崩したのはゲイルだった。
「くそが、神ってのはケチくせえなあ」
何もおきなかった。
ナターシャは血まみれのままだった。
僧侶マクガヴァンは静かに両腕を下ろす。
「このものの命運は尽きました。
これが定め。運命です」
「ナターシャ、ナターシャ!」
ソーニャの泣き声。
痛いのう、ほんに痛いのう……
「神よ……
せめて安らかに眠れるよう、この者達に天上の門を開きたまえ……」
僧侶マクガヴァンは厳かに告げた。
■■■
「ちょ、ちょっと待って!」
さ、さすがに息が整わないです、よ。
はあ、はあ、も、本当に全速で来たから……!
マスターは安全と思われる位置からは、後から来てくれるようにお願いしました!
「ノアさん!!」
わたしの声に、みんながこちらを振り返ってくれた。
パケお爺さん、ニコライさん、ソーニャさん、村のみんな!
そして。
横たわっているゲイルさん。
わたしは法衣っぽい格好された男性の横をすり抜けて、ナターシャちゃんとゲイルさんに近寄った。
「ゲイルさん……」
わたしはゲイルさんに近づくように腰を屈めた。
「ノアさんか……
かっこわりいところ見せちまってるなあ……」
「いえ。
今、どんな英雄や王様とかよりも、ゲイルさんはかっこいいです」
「く、くははは……
英雄、王様、大きくでたなあ。
ノアさんみたいな美人の娘さんにそんなこと言われたらうぬぼれちまうなあ」
「ええ、うぬぼれてください。ゲイルさんはかっこいいですよ」
続けて、ナターシャちゃんを見る。
血が止まらない。どくどくと、こんな小さな身体からあふれだしている。
骨や、肉なんか見えてくる。
目をそらしたかった。
でも、わたしは直視する。
そうだ、目をそらすな、乃愛!
「よく、よくがんばったね……
ナターシャちゃんは良い子だね!
そんないい子には、ご褒美をあげなくちゃ!」
私は傷がひどいところに手を添える。
熱い。ナターシャちゃんの血は熱かった。
大丈夫、この熱があるかぎり、この子は大丈夫!
いや、わたしが助けてみせるんだから!
わたしは柊の木のホーリーシンボルを取り出した。
「ノ、ノアさん。薬草じゃないのかのう……?」
懇願するようにパケお爺さんが、わたしに訪ねてくる。
「ええ。この傷だと薬草の治療では間に合いません」
わたしははっきりと告げた。
「そ、そうかのう、やっぱり……」
「ナターシャ……!!」
「ナターシャ、ナターシャ……!」
パケお爺さん、ソーニャさん、ニコライさんが嗚咽を漏らした。
「だったら――!」
[治療]と[薬草学]が間に合わなければ――
魔法を使えばいいんだよね!
初めての呪文だ。
けど、失敗なんてない!
今のわたしが失敗するわけがない!
「空の小鳥
こずえの風
いのりは幼きくちびるに――」
わたしの手に青白い光が発せられる。
「さあ精霊たち、お願い!
[キュア・ライト・ウーンズ【軽傷治療】]!」
そっと、光を傷口に添える。
青白い光は、傷口から広がるようにナターシャちゃんを包み込んだ。
「さあ、お父さんとお母さんが待っているよ。
もう、おっきしようね……!」
★
次回は主人公っぽいノアを書きたいな。