第七話 薔薇とコーヒーと歌最新の技術を駆使して造られた都市や、最新の技術で製造された宇宙船や戦艦でもそこに、人が存在する限り都市伝説や怪談のたぐいは幾らでも存在する。アスターテ会戦の後、同盟軍内部においてとある都市伝説が蔓延していた。『妖怪 Marked For Death(死亡フラグ)』統合作戦本部内の食堂またはカフェで食事をしているといつの間にか出現するし、話しかけてくる。この時に、そいつの機嫌を損ねると次の戦闘で戦死する。実際には第3次ティアマト会戦のホーランド提督やアスターテ星域会戦のパストーレ中将とムーア中将が戦死している。なお、アスターテ星域会戦前にパエッタ中将もそいつの機嫌を一時的に損ねた(昼飯代を払わせた事)が出征前に謝罪(昼飯代を返した事)した為、戦死せずに英雄になったと噂になっている。この様な噂を聞いた時の人々の反応は大きく分けて、信じない者、信じる者そして面白がる者、利用しようとする者に分かれる。 ある時、トリューニヒト派の将校が食堂でその妖怪を発見し噂を利用しようとした。つまり、その妖怪の機嫌を損ねなければ自分達は安全で栄達もあると言う事である。目上の者に媚びる事で今の地位を手に入れた彼らにとってはその妖怪の機嫌を取る位の事は朝飯前の様に思えたのだ。顔に笑顔を貼り付け、その妖怪に近づくトリューニヒト派の将校達。しかし、次の瞬間その妖怪の強烈な眼光で威圧され、全員蒼白になり蜘蛛の子を散らすようにその場を後にした。ローゼン・リッター連隊(※ローゼン・リッター連隊とは帝国からの亡命者の子弟により編制された同盟軍最強の白兵戦部隊である。)の連隊長ワルター・フォン・シェーンコップ大佐も当然その噂を聞き及んでいた。そして、ある日の昼食時に彼と彼の部下が食事しているテーブルにその妖怪が出現した。唖然とする彼の部下達をよそに、シェーンコップの口が不敵に歪む、その時、彼の部下たちは自分達の隊長が例の噂を直接確かめようとしている事を悟った。「ドライロッド ドライロッド 我が生と死を彩るは呪われし色よ 血と炎と真紅の薔薇が我が人生をただ彩る」シェーンコップの口からある歌が紡がれる。ドライロッド(三つの赤)だ。この歌はシェーンコップの二代前のローゼンリッター連隊長だったヘルマン・フォン・リューネブルクが好んで歌い広めた歌だが、彼が帝国に逆亡命をして以来シェーンコップ以外は誰も歌わなくなった歌である。シェーンコップ曰く「お偉いさんの前で歌うと嫌な顔をするのが面白くてな」との事である。彼はこの歌を歌う事で、その妖怪の機嫌を損ねてみようと考えたのだが、歌い終わった時に、その妖怪が彼と彼の部下の分のコーヒーをウェイトレスの少女に注文し彼に歌のアンコールを希望してきた為シェーンコップは自分の思惑が外れた事を悟ったのだが彼の顔から不快な感情は見て取れなかった。その後、シェーンコップは自分の部下のカスパー・リンツとライナー・ブルームハルトらと一緒に歌ったがコーヒーカップの割れる音とウェイトレスの少女の悲鳴により中断させられる事になった。「すみません、すみません。」同盟軍の将校に怯えながら謝る少女を助ける為にシェーンコップ、リンツ、ブルームハルトの三人は席を立ちその将校のいる方に移動する。シェーンコップ達の後ろを例の妖怪が憑いて来るが彼ら三人の意識は既に妖怪から少女とその少女の胸倉を掴み上げる将校に移っていた。「我が軍服を汚すとは我が軍を汚したも同じ事だぞ。」シェーンコップが少女の胸倉を掴み上げる将校に静止の声を掛ける前にその妖怪が声を発した。「貴様らの軍服が幾ら汚れても同盟軍は穢れないが、貴様が今やっている行為は、間違いなく同盟軍を汚す行為だな。」その日、俺は昼食を取ろうと何時ものカフェに入るととても目立つ一団がいた。ローゼンリッター連隊だな、あの集団は。俺はいつもの技(畏れ発動)を使いローゼンリッターに紛れ込む。しばらくその状態を保ち、チャンスが来たら会話に混ざりいつの間にか知り合いになる。よし、いつも通り完璧だ。・・・昼食が終わる頃、急にシェーンコップがドライロッド(三つの赤)を歌いだした。どうやら、紛れ込んでいたのがバレたな。流石、白兵戦の達人だ。俺の技が破られたのは初めてだ。それにしても、生でシェーンコップのドライロッドが聴けるとは今日はついてるな。おひねりの代わりにコーヒーを全員に奢ってついでにアンコールも要求してみる俺。これに気を良くしたのかリンツとブルームハルにも一緒に歌うように催促して三人でドライロッドを歌いだす。かなり、シュールだ。アンコールした事にチョット後悔しているとコーヒーカップの割れる音がした。音のした方を見ると謝る女の子(ウェイトレス)と見覚えのある同盟軍の将校?がいた。あいつ等、この前俺にたかりに来た連中だ。その瞬間、俺の推理力が現状について一つの結論を導き出した。 ワザとコーヒーをこぼさせる。 ↓ 店員「すみません。すみません。」 将校「誠意みせろや、ゴルァ!!」 ↓ 食事代タダ。クリーニング代GET。まるで、チンピラだ。なんて、うらやまけしからん事だ。普通の同盟軍人ならこんな事をする筈が無いがあいつ等はこの前、初対面の俺にたかりに来るくらいガメツイ奴らだ。この程度の事は、朝飯前(実際は昼食前)のはずだ。きっと、今までに何回もやって来ているに違いない。許せん。俺の心が怒りに打ち震えているとシェーンコップとその他二名が席を立ちそいつ等の方に歩いていったので俺も便乗する事にする。腕力沙汰になったらシェーンコップ達に任せよう。うん、なんて心強いんだ。流石、白兵戦技達人だ。その場にいるだけで俺の戦意(テンション)が向上してくる。よし、先ずは舌戦だ。「貴様らの軍服が幾ら汚れても同盟軍は穢れないが、貴様が今やっている行為は、間違いなく同盟軍を汚す行為だな。」俺はチンピラ将校に凄まじい口撃をくわえた。シェーンコップも「口先だけで勝てるようになったら一人前だ。」って言っていたしな。俺の登場に顔色を変えて退散する将校と俺の登場に不満顔な薔薇の騎士面々。ヤバイ、またやっちゃった?だって、俺の中の何かが囁いたんだ。少女を助けろって。仕方が無いので不満顔な面々に言い訳しておく。「俺は一度でいいから、チンピラにからまれる女の子を助けてみたかった。」と心のウチを素直に白状し何かを言われる前にその場を後にした。足早にカフェを後にするペトルーシャ・イースト。その姿を見送る幾つかの視線の中にイゼルローン攻略作戦を任されその作戦の補給面について相談しているヤン・ウェンリーとアレックス・キャゼルヌがいた。「彼が第3次ティアマト会戦の英雄ペトルーシャ・イースト中将ですか。」「そうだ。エルファシルの英雄ヤン・ウェンリー少将閣下。」「なんですか?その気持ちの悪い言い方は。」自分の先輩であるキャゼルヌに気色の悪い呼び方をされ眉をひそめるヤン。「そんな呼び方をしたら、あいつも同じ様な反応をするから気を付けろよ。それから、あいつは食事中に話しかけられると機嫌を悪くするから、話し掛けるなら、食事を始める前か、ある程度食べ終わってから話しかけろよ。アッテンボローだってその辺は気を付けているはずだ。(多分)」「そういえば、キャゼルヌ先輩と同期でしたね。実際はどんな人なんですか?」「ん?お前さんは面識が無いのか?」「ええ、残念ながら、まだ面識はありません。」「そうか。あいつにしては珍しい事があるもんだな。それで、あいつの人となりか。そうだな・・・・。他人が馬鹿な事をやろうとすると痛烈に批判をするが誰も馬鹿な事をしないと率先して馬鹿な事をしようとするヤツかな?まあ、人の言う事をちゃんと聞くから大きな失敗はしないと思うがね。」ヤンの質問に少し考えてから口を開くキャゼルヌ。「大きな失敗はしない・・・ですか。」「人の事より、まずは自分の事を心配したらどうだ?あのイゼルローン要塞を、しかも半個艦隊(アスターテでやられた第4・第6艦隊と新規の人員を加えて結成された艦隊)で攻略しようとしているんだ。何か策があるんだろう?」「あるような、無いような。」「おいおい、俺にも秘密かよ。」・・・・やがて、二人の興味は一人の人物から一つの要塞にうつって行った。