第三十九話 逃げるやつは兵隊だ。逃げない奴は殿(しんがり)だ。 前回までのあらすじ キルヒアイスは足止めを喰らった。 以上、あらすじ終了 『オペレーション・ケーロク』『オペレーション・ケーロク』とは、アムリッツァ会戦直前の作戦会議において、ペトルーシャ・イーストが提案した全面撤退の事である。「なるほど、全面撤退か。」「しかし、提督。まだ負けた訳ではありません。小官は、撤退するにはまだ早いと思うのですが・・・。」ヤンの呟きに真っ先に反応したのは参謀長のムライであった。「逃げるられる余裕があるうちに逃げた方が良い、帝国領侵攻作戦は既に終了したって事だよ。」「提督、作戦参謀代理のペトルーシャ・イースト中将が、イゼルローン要塞に帰るまでが作戦だと以前仰っていたのでは?」「おっと、確かにそうだ。では、速く撤退して作戦を終了させるとしよう。」ちなみに、この後ヤンが『ケーロク(鶏肋)』についての詳しい説明を展開し、副官と参謀長に『指揮に集中して下さい!!』と注意を受ける事になった。「オーディンに至る所か、アムリッツァ半ばにして大軍を失う。更にイゼルローンへの撤退も厳しさ極まるモノとなろう。 敗北!!覇の道にあってはまさに大敗!!されど、地を行くペトルーシャ・イーストの道。 大敗と云えど一敗!さらに経ねばならぬ敗北のひとつだ!!」「イースト提督、遊んでないで真面目に指揮して下さい。」「はい・・・。」フック・カーンに怒られてしまった。いや、『数万隻の追撃戦は凄いな』とモニターに見入っていたらつい・・・。・・・・・まあ、俺達が追撃されている方だけどね。「イースト提督、第13艦隊より通信が入っております。」「つないでくれ。」「はい。」モニターには予想通りのヤン提督。とりあえず敬礼しておく。「イースト提督、私の艦隊が殿(しんがり)を務めます。その隙にイゼルローン要塞への撤退をお願いします。」「貴官達は如何する?」「生憎、自滅や玉砕は私の趣味ではありませんから。」「了解した。だが、無理に時間を稼ぐ必要は無い。貴官が危険だと判断する前に撤退してくれて構わない。」「しかし、それでは・・」「追撃可能な範囲に二つに分かれた敵軍がいれば、どっちを追撃するか多少は迷うはずだ。それが時間稼ぎになる。 そして、こっちには秘策がある。貴官たちは僅かな間だけ時間稼ぎをしてくれれば良い。」「了解しました。」こうして、第11艦隊を初めとする同盟軍各艦隊はヤン・ウェンリー提督指揮下の第13艦隊を殿にアムリッツァ恒星系からの撤退を開始した。戦いにおいて一番危険なのは撤退時だ。武田軍が敗れた長篠の戦いでも織田・徳川連合の鉄砲よりも、撤退時の追撃で多くの損害を出したと何かの本で読んだ事がある。(本当かどうかは知らないが)そんな訳で、退却時は殿を任せたら後ろを振り返らずに一目散に逃げるのが正しいハズだ。逃げる事、金ヶ崎崩れの時の信長の如しだ。全面退却に移った同盟軍を追撃する帝国軍の総司令官ラインハルト・フォン・ローエングラムは一進一退の攻防が、キルヒアイス艦隊の到着により一気に帝国軍側に傾いた為余裕を持って戦況を眺めていた。「数万隻の追撃戦は初めて見る。」「旗艦を前進させますか?」「いや、止めて置く。この段階で私がしゃしゃり出たら、『部下の武勲を横取りするのか?』と言われるだろうからな。」オーベルシュタインの問いに答えつつ、ラインハルトは心の隅でキルヒアイス艦隊の遅れに疑問を抱いていた。「全艦後退をしつつ、艦隊を密集隊形に。敵の先頭に放火を集中するんだ。」自ら、同盟軍の殿を買って出た第13艦隊司令官ヤン・ウェンリーは指示を出しつつ戦況を観察していた。一方、帝国軍のラインハルトは第13艦隊の砲撃に感歎の声をあげつつ、貴下の提督たちに指示を出す。「やるな、実に良いポイントに砲撃を集中してくる。」「あれは、第13艦隊の様です。」 「第13艦隊、ヤン・ウェンリーか。此処で確実に仕留めて置くとしよう。両翼を伸ばして包囲陣を布け。」第13艦隊を確実に仕留める為の陣形を布き始めた帝国軍の動きを対して、参謀長のムライは常識的立場から司令官のヤン・ウェンリーに撤退を促した。「提督、このままでは殲滅されてしまいます。」「もう少し踏みとどまれば味方はイゼルローン回廊に逃げ込めるが・・・・イースト提督の言う通り、此処は素直に撤退するとしよう。 右翼前方、敵艦隊の最も薄い部分に集中砲火。一点突破を図る、急げ!!」こうして、第13艦隊は帝国軍の最も薄い部分(シュワルツ・ランツェンレーター)を突破し無事にイゼルローン要塞に帰りつく事に成功する。だが、アムリッツァ撤退戦はまだ終わっていなかった。あれ?何で敵が追って来るの?ヤンは?第13艦隊は?殿は?「提督。どうやら、第13艦隊は無事に撤退したようですね。良かったですね。」「よくねぇよ。速すぎだろ。」「『兵は神速を尊ぶ』ですね。流石はヤン提督です。」「意味が違う!!」「それより、ビュコック提督とウランフ提督から通信が入っています。モニターに出します。」何か、嫌な予感がする。「健在で何よりだ、イースト提督。」「ビュコック提督もお元気そうで。」「それより、ヤンから聞いたのだが何やら作戦があるそうだな。」「ええ、あるにはありますが・・。」「そうか!!では、殿を任せる。よろしく頼む、逝きて還れよ、イースト提督。」ちょっと待て、ビュコック提督。「貴官になら安心して任せられる。」ウランフ提督、あんたもか。「頼んだぞ、イースト提督。用兵家としての君の手腕を・・グフッ!!」パエッタ提督まで・・あれ?「あれ?今、パエッタ提督が居なかった?」「何を言っとるんじゃ?パエッタはハイネセンに居るだろう。」「まったく、その通りだ。」「「では、任せたぞ。」」「ちょっ・・」通信切られた。こうなったらやってやる。「全艦隊反転し、密集隊形を作れ。射程内に入った敵の頭に集中砲火だ。 それから、アッテンボロー提督(仮)を呼び出してくれ。」「お呼びですか?」速いなアッテンボロー。流石だ。「アッテンボロー、無人艦隊は第11艦隊の方で預かる。代わりに、改造艦隊で第11艦隊の撤退援護を頼む。」「改造艦隊?例の『主砲艦』や『装甲艦・厚』の事ですか?」「そうだ、援護の仕方は戦術コンピューター内の『オペレーション・ステガマリ』を参照してくれ。」「了解しました。」後は、時期を待ちつつ殿を務めるだけだ。それにしても、アッテンボローのいる『ユリシーズ』内が騒がしかったが・・・。まあ、俺には関係ない事だ。「後退しつつ敵艦隊の頭に集中砲火だ!!焦って陣形を乱すな、敵の思う壺だ。」事態は悪化している。帝国軍艦隊にキルヒアイス艦隊が無事合流し、追撃に参加して来た。「イースト提督、そろそろ撤退した方が宜しいのでは?」「いや、まだ駄目だ。例のアレが完了した後でないと撤退したとしても、敵の追撃を一方的に受ける事になる。 下手すれば全滅だ。かといって、敵中突破は無理だ。帝国軍の陣形に隙が無い。」恐らく、ヤンにシュワルツ・ランツェンレーター辺りを突破されたんだろう。その穴埋めに、他の艦隊(キルヒアイス艦隊か他の艦隊かは知らないが)を使って陣形を修正した様だ。今撤退したら全滅だ。俺はアッテンボローからの連絡を神経の焼き切れる思いをしながら待った。ラインハルトは眼前に構える同盟軍第11艦隊に自分の中に渦巻くペトルーシャ・イーストへの感情と、先ほど第13艦隊に敵中突破をされた怒りをぶつける様に命令を下す。「ヤン・ウェンリーの次はペトルーシャ・イーストか。ヤン・ウェンリーには逃げられたが、ペトルーシャ・イーストは逃がさぬ。 全艦隊で包囲陣を布け。シュワルツ・ランツェンレーターの穴はキルヒアイス艦隊に任せる。」「敵艦隊、紡錘陣形を取っています。」「紡錘陣形?やはり、此方を突破し退却するつもりか。そう何度も同じ手が通用すると思うなよ。中央部の布陣を薄くせよ!!」「閣下、それでは本隊の守りが。」「ワザとだ、ワザと突破し易い場所を作り敵の突撃を誘い出す。敵が突撃して来たら中央部を後退させ、両翼で取り囲み一気に包囲殲滅する。」先ほどの失敗を教訓に組み立てた戦術を貴下の提督達に指示し終えるとほぼ同時に、紡錘陣形を取りつつあった同盟軍の突撃が始まった。「敵軍突撃を開始、此方の中央部を狙っています。」「やはり来たか。各艦隊、私の指示通りに動け。」そして、アムリッツァ撤退戦最後の大勝負が始まるかに見えたが・・・。「イースト提督。アッテンボロー提督より入電、『設置完了』との事です。」「そうか!!よし、撤退に移るぞ。」今こそ、俺の考案した新戦術『擬似突出・改』を使う時が来た。第3次ティアマト会戦の時はあんな事(単機掛け)になったが俺が更に改良を重ねた、この新戦術に隙は無い。「これより、全面撤退に移る。無人艦を全て敵陣に突入させろ。如何にも、全艦隊で敵中突破を図っている様に見せ掛け、紡錘陣形っぽいモノをとる。 その隙に全艦回頭し、イゼルローンに逃げ込め。」「「「はっ!!」」」「提督?紡錘陣形っぽいモノですか?」「っぽいモノだ、帝国軍が勘違いしてくれれば良い。」 『擬似突出・改』 無人艦隊を突撃させ、敵がそれに気を取られている隙に逃げる、以上。 ロイエンタールのパクリ。「どうやら勝ったな。」余裕の笑みを持って戦況を眺めていたラインハルトであったが、戦況が移り変わると同時にその顔から笑みが消えていく。「突撃してくるのは敵の一部のみです!!本隊は反転後退に移っております。」「くっ、しまった、囮か。」「閣下、いかが致しますか?」「最左翼のケンプ、最右翼のレンネンカンプは敵第11艦隊を追撃せよ、残りの艦隊は突撃してきた敵艦隊を殲滅後に、第11艦隊の追撃に移る。」(またしても、ペトルーシャ・イーストめ。いや、これは偶然ではない。先ほどの第13艦隊との連携による戦術か? あえて、第13艦隊と同じ行動を取る事で敵中突破と誤認させる。やはり、ペトルーシャ・イーストは危険だ。何としてもここで仕留める。)「提督、どうやら追撃してくるのは敵の一部です。」「一部ってどれくらい?」「主に最左翼と最右翼の艦隊です。」「合計するとコッチより・・」「多いです。」うん、ヤバイです。おまけに後ろから襲われたらひとたまりもありません。なので逃げます。まあ、最初から逃げているけどね。今、第1チェックポイント通過。「それじゃ、今のチェックポイントのヤツを起動。」「はっ、S-1起動。」後は上手く行ってくれる事を願いながら逃げるだけだ。「まもなく、敵第11艦隊を射程に捉えます。」「良し、レンネンカンプ提督には悪いが先に始めさせてもらおう。射程内に入ったら敵の尻に火を付けてやれ。」参謀長フーセネガー少将からの報告を受けたカール・グスタフ・ケンプ中将は、同僚よりも先んじて攻撃出来る事により上機嫌で答えた。だが、敵艦隊が射程距離に入る直前にケンプ艦隊の側面より二本の光が放たれ、ケンプ艦隊を貫いた。「何だ!!今の攻撃は!!」「どうやら敵の伏兵が居たようです。」「全艦隊、追撃中止。今の攻撃で乱れた陣形を立て直しつつ、周囲を索敵だ。伏兵の攻撃に備える。」敵艦隊の足が止まった。上手く行ったらしい。もう片方の艦隊もポイント『S-2』での足止めが成功した。それにしても同じ手で両艦隊の足が止まるとは、帝国軍の連中って横の連携が出来てないんじゃ無いのか?だが、これで第11艦隊は無事にイゼルローンまで帰れるだろ。ヤンは今頃、酒でも飲みながら撤退してるのか?まあ、命があっただけでも良しとしよう。こうして、帝国領侵攻作戦は特に何の戦略上の意義を見出せぬまま終わった。 『オペレーション・ステガマリ(捨て奸)』 逃走ルートに配置した『主砲艦』で近づいてきた敵艦に向けてを砲撃。『装甲艦・厚』は『主砲艦』の防御の為の壁。 ちなみに、『主砲艦』の発砲と同時に『装甲艦・厚』の防御シールドを切り、『主砲艦』の自爆に巻き込まれる形で 『装甲艦・厚』、『主砲艦』共に消え去り、証拠が残らない。・・・・つづく。 カリン「嫌な夢を見たわ。本編で何ヶ月も出番が無い夢を・・・。」作者「大丈夫、世の中には十年も同じ敵と戦い続けたり、準主役のくせに一年も出番が無いヤツだっている。」 鶏肋 = チキン・ボーン 素手で食べるのにはちょっと抵抗があります。私はティッシュやラップなどを使って食べています。アムリッツァは今回で終了です。見直してみると十話以上でした。こんなだから、某掲示板に『アムリッツァ以降、作者が展開に迷って』とか書かれてしまうんですね。