第三十六話 彼を知り、己を知れば、百戦危からず。第2次ティアマト会戦で何故総司令官のブルース・アッシュビー提督が死んだかだって?簡単な事だ。不運(ハード・ラック)で踊(ダンス)っちまったからだ。 後世の歴史家 プロフェッサー・クロコダイルダスティ・アッテンボローの目に最初に飛び込んできた光景は、自分が座っていたハズの指令席だった。次に自分が床に転がっている事に気づき、背中に軽い痛みを感じた。どうやら、回避が間に合わず直撃を貰ったが轟沈は避けられた様だとホッとしているアッテンボローに艦長が無事を確認する為に声をかけて来た。「・・・・くっ、アッテンボロー提督(臨時)。・・無事ですか。」「・・・こっちは大丈夫だ。艦長の方は?」「こっちも無事です。お互い悪運が強いですね。」アッテンボローとユリシーズ艦長のニルソン中佐は互いの無事を確認すると自分の席に座り直し、各員に被害状況確認の指示を出す。「各員被害状況を確認しろ。運用仕官は被害復旧に専念せよ。」「こちら主砲制御室異常なし。」「機関室異常ありません。」「後部砲塔異常ありません。」「ふう、どうやら大丈夫な様だな。」ユリシーズは被弾したが重要な箇所は無事だと胸を撫で下ろしたアッテンボローと艦長だったが次の瞬間、絶望的な知らせが飛び込んできた。「こちら、トイレ制御室!!トイレ制御システムに異常が、・・・第1、第2、第3トイレに異常有り、第5から第9トイレに異常発生、 第11、12、13トイレにも異常が!!汚水が溢れます。トイレ制御不可能です!!」「・・・なんて事だ。」報告に唖然とするアッテンボローをよそに、艦長か素早く指示を出す。「全隔壁閉鎖せよ。」「艦長!?彼等を見捨てるのか!!」「・・・仕方ありません。それに、何が何でもブリッジだけは守らねばなりません。」「・・確かにその通りだ。」「「・・・許せ。」」二人の呟きは直ぐに消えたが、ブリッジ以外の箇所から挙がる阿鼻叫喚は戦艦『ユリシーズ』に響き渡った。これ以降、『ユリシーズ』は『便所艦』の異名を奉られる様になった。「おのれぇ、叛乱軍どもめ!!」黒色槍騎兵(シュワルツ・ランツェンレーター)の指揮官、フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト中将は前方の敵艦隊を睨みつけながら毒づいた。このまま突撃し、前方の敵艦隊を食い破ってやりたい所だが、アムリッツァに到着してからの連続突撃により、シュワルツ・ランツェンレーターには疲労と損害が蓄積されている。その為、艦隊前方に築きあげられたクロスファイアポイントの突破は現在のシュワルツ・ランツェンレーターの状態では難しい、あるいは突破したとしても多大な損害を出した挙句、敵中で立ち往生してしまうとビッテンフェルトは考えた。だからと言って後退すれば敵の全面攻勢の切っ掛けを作る事になって仕舞う。更に、シュワルツ・ランツェンレーターの左側面に別の艦隊が攻撃を加えて来た。このままでは、壊滅は時間の問題であった。そして、ビッテンフェルトは他に良い考えが浮かばなかったので総司令官であるラインハルト・フォン・ローエングラム元帥に救援要請の通信を送った。『便所艦』が誕生した頃、第11艦隊司令官のペトルーシャ・イーストの元に『ある報告』が飛び込んで来た。その『報告』はユリシーズの惨劇について・・・・では無く、前方の敵艦隊。つまり、シュワルツ・ランツェンレーターから発信された救援信号であった。「敵の救援信号?宛先は俺達にか?攻撃を止めて下さいって?」「いえ、違います。帝国軍の司令官『ラインハルト・フォン・ローエングラム』への救援を求めた通信の様です。」「・・・なるほど。」どうやら、俺の思っていた以上にシュワルツ・ランツェンレーターに限界が近い様だ。それにしても、敵に救援信号を傍受されるとは余程慌てて通信を送った様だ。・・こいつは使えるか?「敵艦隊に返信を送れ。」「・・敵の救援信号に対してですか?」「そうだ。内容は 『建前 我に余剰戦力無し、現有戦力を持って部署を死守し、武人としての職責を全うせよ。 本音 援軍だと、私が艦隊の沸き出す魔法の壷でも持っていると思うのか!! 我に余剰戦力無し、その場で戦死せよ。 追伸 以後ビッテンフェルトからの通信を切れ、敵に傍受される。別働隊に三割も割いているのを敵に悟られると不味い。 ・・・・・キルヒアイスはまだか?』以上だ!!」「はぁ!?ええっと、『肩の後ろの二本のゴボウの真ん中にあるすね毛の下のロココ調の「全然違う!!!!」・・申し訳ありません。」どんな耳してんだフック・カーン。だが、今のは俺も悪いのか?などと考えながら、俺は自分で返信を打つ事にした。丁度ペトルーシャ・イーストが周りの冷たい目に耐えながら、通信を打っていた頃帝国軍の総旗艦『ブリュンヒルト』にビッテンフェルトからの救援要請が届いた。「ビッテンフェルト提督より援軍の要請です。」「援軍?援軍だと!!私が艦隊の湧き出す魔法の壷でも持っていると思うのか? ビッテンフェルトに伝えよ。我に余剰戦力無し、現有戦力を持って部署を死守し、武人としての職責を全うせよ。」「はっ。」そして、ラインハルトからビッテンフェルトへの返信はスムーズに送られた。 ほぼ同時刻に、戦場の別々の場所よりシュワルツ・ランツェンレーターの旗艦『王虎(ケーニヒス・ティーゲル)』に向けて発せられた通信合戦は同盟軍側に軍配が上がった。勝因はケーニヒス・ティーゲルへの距離だった。この通信合戦で、もしも帝国軍側が勝利していたらアムリッツァ星域会戦は別の終わり方をしていたかも知れないと語る後世の歴史家は存在しない。何故なら、そんな通信合戦が存在した事を当事者達を除て知る者は居ないからである。「・・・ビッテンフェルト提督、救援要請についての返信が来ました。・・・・ですが、これは・・。」「如何した?」「これは、敵軍からの返信です。どうやら、救援要請を傍受された様です。」「見せてみろ。」ビッテンフェルトが副官のオイゲンから返信内容が書かれた用紙を受け取ると目を通した。そこには 『建前 我に余剰戦力無し、現有戦力を持って部署を死守し、武人としての職責を全うせよ。 本音 援軍だと、私が艦隊の沸き出す魔法の壷でも持っていると思うのか!! 我に余剰戦力無し、その場で戦死せよ。 追伸 以後ビッテンフェルトからの通信を切れ、敵に傍受される。別働隊に三割も割いているのを敵に悟られると不味い。 ・・・・・キルヒアイスはまだか?』と、書かれていた。「何だこれは?フンッ、下らん。」ビッテンフェルトは一通り目を通すと、用紙をクシャクシャに丸め投げ捨てた。この時点でビッテンフェルトは、この返信内容はコチラの気を逸らす為の計略、あるいは救援要請を傍受された事へのからかいと考えていた。オイゲンが、丸めて捨てられた用紙を拾い上げ伸ばしながらビッテンフェルトに問い掛けた。「しかし、一体何の目的でこんな返信をして来たのでしょうか?」「どうせ、大して意味の無い事だろうよ。」「・・・発信者が、第11艦隊司令官『ペトルーシャ・イースト』となっております。」「フンッ、司令官の癖に、暇な奴だ。」ビッテンフェルトが掃き捨てた時、第二の返信が総旗艦『ブリュンヒルト』より届いた。まず、返信を受けた通信士が凍りつき、不審に思ったオイゲンが通信士より返信内容の書かれた用紙をひったくる形で奪い取った。そして、用紙を奪い取ったオイゲンが次に凍りついた。流石に、不審に思ったビッテンフェルトが凍りついたオイゲンから用紙を奪い取った。そして、オイゲンから用紙を奪い取ったビッテンフェルトは内容に目を通した。そこには『我に余剰戦力無し、現有戦力を持って部署を死守し、武人としての職責を全うせよ。』と、書かれており、その返信文を読んだビッテンフェルトは、今自分が見ている用紙は先に同盟軍から送られて来た通信だと思いオイゲンの持っているもう一つのシワが付いている用紙を奪い取り内容を再確認した。そして、確認した後、ビッテンフェルトの混乱は益々大きくなり、彼は最も安直な選択をした。つまり、「これは敵の策略だ、ローエングラム元帥に緊急通信を開け。」『ローエングラム伯に直接聞けば良い』と考え、それを実行した。しかし「駄目です、通信回線が閉じられています。」通信士から通信拒否の報告を受ける事になった。その時、ビッテンフェルトの脳裏にペトルーシャ・イーストから受け取った返信文が浮かんだ。『以後ビッテンフェルトからの通信を切れ、敵に傍受される。』(ローエングラム元帥は本当に自分との通信を遮断したのか? そして、ペトルーシャ・イーストはローエングラム元帥の考えを見抜いたと云うのか?)『別働隊に三割も割いているのを敵に悟られると不味い。』(いや、それだけでは無い。 別働隊が居る事も見抜いている。 此方の作戦を完全に見抜いた?)『キルヒアイスはまだか?』(しかも、別働隊の指揮をジークフリード・キルヒアイスが執っている事を知っている?)「しまった、これはイーストの罠だ!!全軍後退せよ、直ぐにローエングラム元帥にこの事を知らせねば。」そして、ビッテンフェルトはシュワルツ・ランツェンレーターに後退の指示を出した。・・・・つづく。 アッテン「トイレ制御室?」作者「すみません。つい出来心でやってしまいました。」アッテン「出来心で?」作者「実はかなり前からやってみたくてやりました。後悔はしていません。」