第二十八話 牛乳は白い物の王様 自由惑星同盟の首都星ハイネセンにある高級軍人居住区の一角のとある官舎で一人の少女が夕食に使った食器の片付けをしていた。「あっ」 パリーン!洗い終わった食器の水気を拭き取り、食器棚に片付けていた時に食器棚にしまってあった現在留守にしているこの家の主(ぬし)で自分達の保護者である人物のカップを落し、割ってしまった。「どうしたの?大丈夫、カリン。」カップが割れる音を聴きつけ、少女の姉のアメークが様子を見にやって来る。「大丈夫、なんでもないわ。・・・痛っ。」慌てて割れたカップを片付け様として、カリンはカップの破片で指を切ってしまう。「大変、片付けは後でいいわ。救急箱持ってくるから、カリンは指を舐めてて。」姉に言われるまでも無く、カリンは反射的に破片で切った指を口に含んでいた。そして、姉が戻ってくるまでの間、カリンは割れたカップを見ながら遠くの宇宙にいる自分達の保護者の無事を祈った。「提督、無事に帰って来て・・・。」ヤヴァンハール星系で帝国軍のケンプ艦隊と遭遇した同盟軍の第13艦隊は戦況を有利に進めつつあった。しかし、第13艦隊司令官のヤン・ウェンリー中将は敵に勝つより一刻も早くこの場から撤退する事を目標にして戦っていた。ヤン曰く「この戦いは無意味だからね、生き延びるのが先決だ。」である。ヤンは艦隊運用の名人と言われている『エドウィン・フィッシャー』提督に艦隊運用の実行を任せ第13艦隊に半月陣を布くと、それを左右にシフトさせ、敵の陣形の防御ラインを少しづつ削り取っていった。(この調子で行けば、間も無く敵は一時後退して陣形再編を行うハズだ。その隙に、全艦で逃げれば良い。)実際、ヤンは読みは当たっていた。帝国軍のケンプ提督も自分の参謀に「このまま無様な失血死をするよりは、犠牲を覚悟で後退し陣形を再編した方が良い。」と語り一時後退の準備を整えていた。そのまま、何事も無く時が流れればヤンの読み通りに状況は推移しヤンの第13艦隊はヤヴァンハール星系からの撤退を成功させただろう。だが、ここで両軍の司令官が予期していなかったある事態が発生した。その頃、惑星リューゲン上空での帝国軍ビッテンフェルト艦隊と同盟軍第10艦隊の戦況は膠着状態に陥っていた。帝国軍の艦隊司令官ビッテンフェルト提督、同盟軍の艦隊司令官ウランフ提督は共に攻勢に定評のある人物であり、共に有能だった。司令官の能力が互角なら、数が多い帝国軍が有利であったが現状は同盟軍有利に傾きつつあった。同盟軍の司令官ウランフ提督が敵将より有能だったのか、あるいは長年の経験の差であるのかは後世の歴史家に判断を任せるしか無い。両艦隊共に二割程の損害を出した所で、積極的な攻勢を止め、相手の出方を待つ様になった。攻勢に定評のあるウランフ、ビッテンフェルト両提督は本来なら、この様な消極的な戦い方は得意では無い。両提督共に戦況を変えるきっかけを待っていた。そして、ついにその『きっかけ』がやって来た。「ビッテンフェルト提督、フォルゲン星系方面より艦隊が来ます。」「フォルゲン星系?ああ、キルヒアイス提督か。やっと来たな、これで勝てる。一気に攻勢に出るぞ、敵を殲滅せよ。」この時、ビッテンフェルト提督は接近中の艦隊の所属を確かめる事をしなかった。彼の頭の中では『フォルゲン星系=キルヒアイス』と云う方程式が出来上がってしまっていた。中には、接近中の艦隊の所属を確認しようとする艦がいたのだがビッテンフェルト提督が直ぐに全面攻勢を命じた為に、その作業は中断された。だが、幾ら司令官が勘違いをしていたとしても、艦隊の距離が縮まれば嫌でも気付く事になる。そして、接近中の艦隊が『味方では無く敵』と一部の艦が気付いた時にはその艦隊から放たれた攻撃がビッテンフェルト艦隊の側面に突き刺さった。「な、何だと!!」「敵です!!接近中の艦隊は敵です。」敵による側面攻撃を成功させたビッテンフェルト艦隊には、一気に混乱が広がっていった。そして、この『きっかけ』に反応したのは帝国軍だけではなかった。「敵は混乱しているぞ!!紡錘陣形を取り、敵の左翼を突き崩し突破せ!!」「はっ!!」陣形を再編している最中に、同盟軍第10艦隊司令官ウランフ提督の参謀長がある疑問を投げ掛けて来た。「敵を突破した後はどうします?」「・・・そのまま、撤退だ。」「撤退ですか?このまま戦えば敵を殲滅出来ると小官か考えますが。」「あれを見てみろ。」ウランフ提督が指し示したのは味方の援軍だ。そして、その援軍の艦隊は既に撤退に入っている。「あの艦隊は既に撤退を開始している。この宙域で戦い続ければ、我が艦隊は敵地に取り残される事になり あの艦隊を追って来た敵と遭遇する事になる。だから、撤退だ。・・・それにしても、アイツらしい見事な逃げっぷりだ。」そして、陣形を再編した同盟軍第10艦隊は、まだ混乱している敵に向って突入していった。キルヒアイスゥゥ!!×3(エコー付)提督の艦隊に追い掛けられた俺ことペトルーシャ・イーストは自分の指揮している第11艦隊を二手に分け、それぞれ別ルートで逃げていた。敵に遭遇しない事を祈って。「前方で戦闘中の艦隊あり。」「そうか。で、どっちが敵だ。」「黒い方です。」なるほど、確かに黒い、驚きの黒さだ。遠めでも分かる。本当に黒い。俺は今まで、『カーボンナノチューブ黒体』が、この世で一番黒いと思っていた。だが、その俺の価値観がどうにかなってしまいそうな位の黒さだ。「全艦、慌てず、ゆっくり、優雅に、蝶のように、前進せよ。」「了解しました。」どうやら、敵は俺の艦隊を味方だと勘違いしている様な感じだ。此処まで近づいたのに、俺の艦隊には特に反応せずに前方の第10艦隊との戦闘に集中している。第10艦隊と戦闘中なのは、帝国軍のビッテンフェルト艦隊だな。通称『黒色槍騎兵(シュワルツ・ランツェンレーター)』だ。艦隊全てが、黒いのが特徴だ。・・・なるほど、確かに黒い。だが、近くで見てみると思っていたほど黒くないな。俺は手元にある『カーボンナノチューブ黒体』と見比べて思った。やはり、『カーボンナノチューブ黒体』は黒の王様だ。『カーボンナノチューブ黒体』に比べれば『黒色槍騎兵』など、只の黒っぽいヤツだ。心配した俺が馬鹿だった。「全艦、前方の『黒っぽい』艦隊に向って主砲を斉射せよ。蜂のように刺せ。」俺の命令で放たれた攻撃が、シュワルツランツェンレーターの側面に突き刺さり、敵艦隊に一気に混乱が広がった。「よし。では、全艦逃げろ。ゴキブリの様にだ。」ふっ、完璧な作戦行動だ。蝶の様に舞い、蜂の様に刺し、ゴキブリの様に逃げる。まさに完璧だ。俺の心の中のランズベルク伯も『イースト提督の華麗にして優雅な作戦行動、このランズベルク伯アルフレッド、感歎のキワミ。』と、賞賛している。「・・・所で、ラップ君は」「別ルートの分艦隊の方で参謀をしております。」「そう。」誰か、突っ込んでくれ。俺はツッコミが居ないと死んでしまう。(※フック・カーンは任務中は基本的に忠実。)艦隊司令官の性格はその艦隊全体に感染するものらしい。第11艦隊のルグランジュ提督とワイドボーン提督の指揮する合計8000隻の分隊はヤヴァンハール星系を進む中で敵艦隊と交戦中の第13艦隊を発見した。そして、ルグランジュ分艦隊とワイドボーン分艦隊は帝国軍のケンプ艦隊の側面に攻撃を加えながら反包囲する動きを見せ第13艦隊は突如現れた味方の動きに合わせる様に全面攻勢に出た。たまらず、後退しながら防御の為に陣形を組み直すケンプ艦隊を尻目に第13艦隊とルグランジュ、ワイドボーン両分艦隊は素早くその場を離脱しケンプ艦隊が陣形を組み直し終わった頃には、撤退を成功させてしまった。「あっ」 パリーン!自由惑星同盟の首都星ハイネセンに高級軍人居住区の一角のとある官舎のキッチンに一人の少女(カリン)の声と食器が割れる音が響き渡る。「カリンちゃん、大丈夫?」「だっ、大丈夫よ、大丈夫。」食器の割れる音を聴きつけてやって来たのは、カリンの姉のベルナデッド。(ちなみに、カリンとベルナデッドは同い年なのだが、ベルナデッドの方が数ヶ月誕生日が早いので姉という事になってる。)そんな、ベルナデッドに返事をしながら割ってしまった食器を手早く処理していくカリン。カリンは割れた破片を集め、不燃物用のゴミ箱に捨てる。そんな、カリンにベルナデッドが問い掛ける。「・・・カリンちゃん、今月に入ってから何回目?」「・・・・女は、1だけ数えられれば生きて行けるのよ。」カリンが破片を捨てたゴミ箱の中には、色々な食器の破片が積み重なっていた。帝国軍ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥の旗艦ブリュンヒルトではある報告書がラインハルトの元に届けられた。「何っ!!ビッテンフェルトとケンプが、同時刻に別の場所で同盟軍の第11艦隊と遭遇しただと!! 第11艦隊、・・・ペトルーシャ・イースト。どの様な魔術を使ったのだ。 ヤツは艦隊の湧き出す魔法の壷でも持っていると言うのか。」「閣下、落ち着いて下さい。」その後、詳しい情報が届けられるまでの間オーベルシュタインは必死になってラインハルトをなだめる事になった。・・・・つづく。別に、死亡フラグでは無いです。カリンは日常的に食器を割る子という設定で。ノートパソコンの調子が悪くなり30分も使っているとオーバーヒートして勝手に電源が切れてしまう様になりました。得意?の分解で中を見てみたらファンの所に黒い綿埃が思いっきり詰まっていて、ファンが動かない状態でした。たまには、お手入れをしないと駄目だなと思いました。