プロローグ
自宅の倉庫の整理をしていたら、折りたたみ式ナイフを見つけた。
そのナイフを見たとき、今自分がしたい事はなんだろうかと思った。
何故ナイフを見たときにそう思ったのかは判らない。
僕は深く考えるために、家族にバレないようにナイフを自室に持ち込んだ。
薄暗い自分の部屋は考え事をするのに丁度良い。
自室に着いた僕はベッドに腰掛ける。
そして、折りたたみ式ナイフの刃を出し考える。
―自分は今、何がしたいのだろうか?
僕は自分に問い、考える。
僕の家は結構金持ちな方だ。
僕は何の不自由なく、育ってきた。
欲しい物はすべて手に入ったし、遣りたい事は遣らして貰った。
この十六年間、様々な事を遣った。
スキー、サッカー、柔道、剣道、合気道、水泳、スケート、陸上等だ。
しかし、何を遣っても熱中する事無く、直に止めた。
僕にはなぜか――これもどうしてそう思うのかは言い表せないのだが――いつも例えようのない空虚感があった。
持っているはずのものを持ってない、そんな感じだろうか?
だが、これも少し違う気がする。何かが合わない。
結局、僕は何がしたいのだろうか?
手に持っている日本刀を僕の目の先に掲げる。
ナイフの刃は淡く光りながら僕を映す。
「そうだ・・・・」
僕は唐突に思いついた。
―人を殺してみよう。
誰を殺そうか?
身近な人間じゃないほうが良い。
僕と何の接点のなくて、殺されても良いような人間。
僕はナイフをポケットにしまい町へ出た。
あちこちで灯るネオン。
その光に照らされて波のように蠢く無数の人。
公園に灯る白色灯。
あちこちで鈍く輝く命の火。
僕はとある駅前で立ち止まった。
僕の横を無言で通り過ぎる人々。
僕に何ら感心を持たない他人。
しかし。
がやがやと僕の前に現れる集団。
赤だの青だの色々な色をした髪の毛。
思わず顔をしかめるだらしない格好。
群れる事で強気になる臆病者の集団。
―ほら来た。
一人では何も出来ない奴ら。
他のゴミたちと集まって、僕のような人間を見つけては恐喝をする。
案の定こいつ等も僕を見てとても気に入ったらしい。
にやにやとした汚らわしい顔で僕を取り囲んだ。
「…ねえ。アンタ。ちょっと来てくんない?」
くちゃくちゃとガムを噛みながらリーダー格のロンゲの男が言う。
白々しい。断ったところで無理やり連れて行くだろうに。
「・・・・・」
僕は黙って俯くとその男達について行った。
その僕の仕草を見て男達はさらににやける。
別に僕はこんな奴らに金を払う気などない。
下に俯いたのも、あまりにも愚かな連中に笑いそうになったからだ。
少し離れた人通りのない廃工場に連れて行かれる。
まさに恐喝にはもってこいの場所だ。
「なあ・・・・わかってんだろ?おい!金を出せよ。」
男達は俺を取り囲んで、歪めた顔で金を出せと迫った。
なんて愚かな奴等だろう。わざわざ自分から人目のない所に来るなんて。
僕はポケットからナイフを取り出すと、そのままリーダー格の男の腕目掛けナイフで一閃する。
「うぎゃああああああああああ」
その叫びと共に男の腕がぼとりと落ちる。
それを間近で見た他の連中は状況が飲み込めないらしく、呆けている。
僕はその隙に近くにいた男の胸にナイフを突き刺した。
その男は、「うっ」とうめいただけでそのまま沈黙した。
他に男が三人。
その三人はようやく状況が飲み込めたらしく、僕に襲い掛かってくる。
僕はまず、一番右にいる男の首にナイフを突き刺し、そのまま抜く。
そうすると其処から噴水のように紅が飛び散った。
僕は一旦その場から離れる為、首から紅を放水する男を襲い掛かってくる二人の男に投げつけ、近くにあった物陰に隠れる。
資材の山に身を隠しながら男たちの挙動を探る。
数十秒はたったが動く気配は様子はない。
隠すどころか臆面もなく殺気立っているくせに、蜘蛛の糸を張ったような緊張を巡らしている。
下手に動くより待ち構えたほうがいいとの判断か。
こんな真っ暗で遮蔽物に溢れた、不意打ちにはうってつけの場所で少しの狼狽も焦りも見せないのは、少し驚きだった。
先程、僕にかかった赤い液体が頬からたれる。
真っ当に戦っても、多分勝てるだろう。
しかし、それをしなかったのは奴らをどう殺すか考えるためだ。
心臓一刺しではつまらない。
もっと面白い殺し方は・・・・・
周りを見回していると一本の鉄パイプが視線を横切った。そして、名案が浮かんだ。
僕は物陰から出たと同時にナイフを投射した。
ナイフは一直線で男の左胸に向かって突き刺さった。
―こいつはこれで良い。
唯一、生き残った男が今死んだ男の胸からナイフを抜き、僕に襲い掛かってくる。
逃げれば良いのにと思う反面、絶対に逃がさないと思っている自分がいる。
―矛盾だな・・・
そんな意味の無い思考を巡らせていると、男は僕と一メートルはなれた距離まできてい
た。
僕は先程拾った鉄パイプを強く握り、資料の山の陰で思いついた名案を実行する。
僕を切り殺すために振り上げた男の腕を鉄パイプで思い切り殴る。
男は痛みの為にナイフを落としてしまう。
僕は男にナイフを拾わせてやる時間などを与えず、男の頭を鉄パイプで殴る。
ぐしゃ、というグロテスクな音がして紅が飛び散るが、一回では不安なので何度も頭を
殴った。
その度に、ぐしゃぐしゃ、という肉のつぶれる音が響き、辺りを真っ赤に染めていく。
其処はまるで紅い絨毯のように赤一色になる。
そこでようやく自覚する。
―僕は彼らを殺した。
しかし、後悔も快楽も無い。
僕の空虚感が満たされる感じがしただけだ。
まるで、幼い頃に意味もなく、蟻を殺していた時のようだ。
昔、誰かが言っていた。命は皆平等だと。
なるほど、人の命とは蟻の命と全く変わらない。
「凄いわね。」
僕が思考をしていると、突然背後から女性の声が聞こえた。
振り返ると其処には、着物を着た二十歳前後の女性が立っていた。
黒絹のような長い綺麗な髪に、完璧といって良いほど整っている容姿。
そして、彼女の出す雰囲気に何となく惹かれた。
「誰・・・・ですか?」
当然の疑問を僕は口にする。
女性は妖艶な笑みを見せると、手を差し伸べた。
「壱宮玲子。どう?私のところで働かない?」
それが僕と壱宮玲子の出会いだった。