真夜中、一人の男は気持ちよく眠りについていた。
同じ布団の中には、黒猫が男に抱かれるようにして気持ちよさそうに眠っている。
ふと、男が寝返りをうつと、その衝撃で猫は目を覚ます。
猫はしばらくぼんやりしていたが、目が覚めたのかすっと起き上がってベットから降りて寝ている
男を見る。
そして、猫はにやりと笑って変身した。
猫は驚くことに人間に変身した。
金髪で幼い顔立ちのした可愛らしい女の子だが、なぜか全裸だった。
金髪の女の子は再び男の布団の中に潜り込み、まどろみの中へ落ちていった。
朝、寒さで目が覚めると男は、傍らで眠っているはずの猫を暖房代わりにしようと抱きしめる。
しかし、抱きしめたはずの猫は、毛のふさふさした感じはなく、肉球のぷにっとした感じもない、そして何より大きかった。
男は、恐る恐る布団の中を覗いてみる。すると金髪の女の子が全裸ですやすやと眠っているのが目に入る。
そして、一瞬の間を置いて悲鳴を上げた。
「うわぁーーーーーーー!?」
男は一瞬でベットから飛び降りたと同時に、何者かが玄関の扉を開けた。
「悲鳴なんか上げて、こんな朝早くから何事?」
入ってきたのは赤っぽい髪をした、メガネを掛けた少女だった。
「あ、あれ……」
男は怯えるように、ベットで気持ちよさそうに寝ている女の子を指差した。
メガネを掛けた少女は、それを見て納得した様子ですたすたと寝ている女の子に近づき勢いよく頭を叩いた。
「い、痛っ~~~~~い!?」
頭を押さえ、飛び起きた金髪の女の子は頭の痛みを与えたメガネの少女を睨みつけて叫んだ。
「何すんのよティア!」
「ジュリア、お前が性懲りもなくクルスの布団に潜り込むからだろう」
金髪の女の子ジュリアが、メガネの少女ティアに食って掛かるが、ティアは冷静に受け流した。
「潜り込んだんじゃないわよ。ちゃんとクルスの許可を取って一緒の布団に入ったのよ」
ふふんと、偉そうにのけぞってティアを見つめる。
「どうせ、猫にでもなって一緒に寝たんだろう。そして、クルスが眠った後に今の姿になったんだろ」
「うっ……」
図星を指され、ジュリアは言葉に詰まって言い返すことができなかった。
そして、二人は壮絶な睨み合いに入った。
「ちょっといいか……?」
どちらも一歩も譲ることのない壮絶な戦いだったが、目を覆い隠したクルスの最後の一言で戦いは終結することになった。
「いい加減、服着て欲しいんだけど……」
ジュリアは全裸だった。
「だいたい、貴方も悪いのよクルス。ジュリアが人間に変身することは容易に想像できたことでしょう? それをわかっていながら一緒に布団に入るなんて……」
「悪かったよ。反省してるって」
ティアの説教にクルスはひたすら謝った。
猫から人間に変身した女の子ジュリアも、今はちゃんと服を着てクルスと並んでティアと向かい合わせの椅子に座り一緒に説教を受けていた。
ティアの作った朝食を食べている間も、ティアの説教はいまだに延々と続いていた。
ティアはクルスの幼馴染で、頭のいい綺麗な女の子だ。家や図書館にある本を片っ端から読んだせいで目が悪くなりメガネを掛けるようになったが、本人は気にした様子はない。
しかも、一度読んだ本はほとんど覚えている。そのため、クルスは知らないことがあるとすぐにティアに聞く癖がついてしまったがクルス本人はそのことに気づいていない。
そんな美人で、頭のいいティアの欠点の一つが説教癖だ。
特に、クルスの両親が死んで、クルスが悪いことをした時に怒る人が居なくなってからはその傾向が強くなった。
しかも、そのよく喋ることがなくならないなとクルスが感心するほど長い。
猫から女の子に変身した少女、ジュリアもティアの説教には飽き飽きした様子で、まだ終わらないのといった感じの態度で聞き流している。
しかし、その態度がますますティアの説教を長くしていることにジュリアは気づいていない。
こういう場合は素直に反省した振りをして謝っておいた方が早く終わるのをクルスは経験からわかっていた、現にジュリアの飽き飽きした態度を見たティアが、態度の悪さと、反省していない様子について説教を始めた。
朝食を食べ終えても、お説教は終わる気配がいまだにみえてこない。
そして、ついにジュリアがキレた。
「あ~、もう! くどくどうるさ~い!」
「うるさいとは何だ? 私はお前たちの為にだな……」
ティアは、冷静にジュリアを受け流してまた説教に入ろうとするが、今度はジュリアもただ黙って説教されるだけではなく反撃に出た。
「私たちのため? 違うでしょ。私がクルスと寝たことが気に入らないだけでしょ」
「だから、そういう問題ではないとさっきから……」
「結局は、後から来た私にクルスがとられるのが嫌だからじゃないの?」
「違うとさっきから言ってるだろ」
「違わない」
「違う」
二人の口論が永遠に続くかと思ったが、ついに傍観していたクルスが割って入った。
「二人ともいい加減にしろよ。今日は入学式だっていうのにこのままじゃ、初日から遅刻だぞ」
そう、今日はクルスとティアのレイリッシュ召喚士学校の入学式だった。
召喚士。
異界から生物を呼び寄せ使役する者を指す。
三百年前、召喚士アルセフィアは召喚術を体系化し、後の召喚術の発展に大きく貢献した。
そのためアルセフィアは、召喚士の母と呼ばれるようになる。
その召喚士の母が作った召喚士を育成するための学校、レイリッシュ召喚士学校。
一流の召喚士になるならレイリッシュと呼ばれるほど、召喚士のエリート中のエリートが通う学校である。
その学校に、クルスとティアは入学することになっていた。
そして、今日はその入学式だった。
「確かに、このままじゃ遅刻するわね」
「誰のせいだと思っているのよ?」
ティアの呟きにジュリアが突っ込むが、ティアは気にせずに言葉を続けた。
「だが、これだけははっきりさせておきたい。クルス、なぜ君はティアと一緒に寝たんだ?」
「それは……」
「それは?」
「だって、可愛かったからしょうがないだろ」
クルスの言葉を聞いた後に吐いた、ティアのため息がやけに大きかった。
クルス・ルバレットは、クールな顔に似合わず無類の可愛いもの好きだった。
しかし、それは女の子のことではない。
というより、クルスは女の子が苦手だった。
理由はわからないが、女の子に触れることができないのだ。
ティアに言わせると、それはトラウマという物らしく過去に負った心の傷が原因でそういうものになるらしい。
例外として幼馴染のティアは、触れることのできる唯一の女の子だったが、それもティアに言わせると兄妹のように育ったため、女の子として見ていないからだと言われた。
確かにティアとは兄妹のように育ったため、そういう部分があるのは認めざるを得なかった。
可愛い女の子に触れられない影響では、ないだろうがクルスは動物が大好きだった。
特に可愛い動物には弱く、近所で猫を見かけたら何時間も猫と戯れているような状態だった。
だからこそ、猫のジュリアと一緒に寝ると言う欲望には勝てなかったし、起きたに時ジュリアが女の子になっていた時も必要以上に驚き、怯えていたのだ。
「何とか、間に合いそうだな」
学校まで歩いても五分はかからない所まで走って、歩いても間に合いそうだと判断したクルスはここからは歩いて学校に行くことにした。
「ティアの長~い説教のせいで、遅刻しなくてよかったね」
クルスはジュリアの言葉に対して、曖昧な笑みを浮かべることで返事をした。
そして、そう言われた本人のティアは、ジュリアの言葉に怒ることはなかった。
なぜならティアは遥か後方で、息を切らせながらまだ走っていたからだ。
その様子を見かねたクルスは、ティアの元まで迎えに行く。
「大丈夫かティア?」
「だ、大丈夫ではないわね」
息も絶え絶えの様子のティアだったが、一分くらい休むとようやく息も整いはじめた。
「相変わらず運動だけは苦手だな」
「仕方ないでしょ。これで私が運動まで出来たら完璧すぎると神様が思ったのよ」
「ただ単に、運動不足なだけでしょ」
最後のジュリアの言葉にむっとしたものの、図星だったティアは反論しなかった。
「あ……」
そう、呟いたクルスの視線の先には、のんびり日向ぼっこをする猫の姿があった。
まずいと思ったティアが止める間もなく、クルスは猫のところへ走っていってしまった。
「あ~、猫かわいいなぁ~」
「ねぇ、クルス学校に遅れちゃうよ」
「そうよ。入学式から遅刻なんてみっともないわよ」
「あ~、ねこねこ~」
ジュリアとティアの必死の説得にも、クルスの魂は猫に引っ張られっぱなしだ。
クルスがこうなると長いとわかっているティアでも、今日だけはこんなことをさせている時間はない。
それはジュリアもわかっていたので、二人は珍しく協力してクルスを猫から引き離そうと努力する。
そして、二人がようやくクルスを猫から離した頃には、もうかなりやばい時間になっていた。
「しまった。ちょっとだけのつもりだったのに。だが後悔している暇はない。走るぞ!」
「うん」
そう言ってクルスとジュリアは走り出した。
「また走らないといけないのね……」
ティアはため息をついて、再び学校に向かって走り出した。
途中遅れたティアの手を引いて走った結果、何とか入学式に間に合ったと思った。
だが、思わぬところでクルス達は足止めをくらっていた。
門番が、学校に入れさせてくれないのだった。
「部外者は入れない規則になっている」
「だから、部外者じゃないって言ってるだろ」
「お前と、ティアというメガネの子は入ってもいいが、その金髪の小さ
い女の子はうちの学生ではないからここから先は入ることが出来ない」
確かに、学校に入学するのはクルスとティアだけだから門番が言うことは正しい。
だが、クルスはどうしてもジュリアを入れてもらわなければいけなかった。
「何度も言ってるだろ。こいつは入学者ではないけど、部外者でもないって」
「じゃあ、なんだと言うんだ?」
「俺の召喚獣さ」