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No.1333の一覧
[0] サンタクロース[夜兎](2005/12/28 23:02)
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[1333] サンタクロース
Name: 夜兎
Date: 2005/12/28 23:02
サンタクロース
/0
 この物語は、雪の降る聖なる夜のお話。
 クリスマスのプレゼントを楽しみにしている子供と、
 口の悪いトナカイと、やる気の無いサンタさんとの、ちょっと心温まるストーリー。
/1
 聖なる夜に、雪が降る。
 子供たちははしゃぎ、サンタさんを心待ちにして……
「ナイ。ナイナイナイ。いや、全くナイから」
「……なぁジジィ。なぁにソリの上で下見ながらボソボソ呟いてんだよ」
 遥か上空。
 眼下に広がる夜景。
 その、空。
 ちょうど地面に立っているかのように静止したトナカイが言った。
「いや、ありえねぇって。
 今時のクソ餓鬼(ガキ)どもがサンタの存在なんて信じてるワケねぇだろうが。
 後俺はジジィじゃねぇ。まだピチピチのヤングマンだ」
 それに答えたのは、まだ二十代前半といった金髪の男。
 耳にはピアスを開けて、左右異なるオッドアイ。
 ……その片方はカラーコンタクトだったりするのだが。
「おいこらクソジジィ。てめぇ純粋無垢な子供たちの夢を汚すようなこと言ってんじゃねぇよ。あ? てめぇ何寝言ほざいてんだよクソが。オマエなんて生(しょう)じてから二百年は経ってるもう枯れ木じゃねーかよ」
「あ~! バッカで~バッカで~! オマエまだ子供が純粋なんて思ってるのかよ!?
 おいおい、見ろよあのはしゃいだ顔。ありゃあな、餓鬼どもは餓鬼どもで大人喜ばせるためにはしゃいだフリしてんだよ。そんなのも知らねぇの? うわ~バッカで~バッカで~!
 後俺は枯れ木じゃないですぅ~。まだまだ苗木ですぅ~」
「ちっげぇよ! 子供は純粋なんだよ! オマエにはあの笑顔がそんな色眼鏡でしか見れないのかよ? おらっ、心の瞳でよく見ろよ!
 後てめぇなんざ苗木の時点でおっさんだろうが」
「違いますぅ~俺は一人で生きていけないか弱い若木ですぅ~」
「じゃあそのまま死ね、サンタのクズが。
 ……ったく、俺らぐらいだぜ? このクソ忙しいクリスマスにこんなところで油売ってるサンタクロースなんてよ」
「うっせ~。大体俺はな、オマエのそーゆうクソ真面目なところが大ッ嫌いなんだよ。
 行きたきゃ一人で行けば~?」
「……っ! うっせぇ! 俺だって動けたらてめぇなんざほっぽってさっさとプレゼント配りに行くわ!
 てめぇ……知っててそれ言ってんだろ?」
「当たり前ですぅ~」
 ……そう、トナカイは、プレゼントを配れない。
 プレゼントを配るのは、サンタでなくてはならない。
 それが、この世界の、サンタの世界のルール。
 サンタ一人では空を飛べず、トナカイ一匹ではプレゼントは配れない。
 それ故に、サンタクロース。
 一人と一匹で一組。
 ずっと……ずっとずっと昔から、そうやってクリスマスの日は子供たちにプレゼントを配ってきたのだ。
 このサンタとトナカイも、そうやって、二百年の時を過ごしてきた。
「……おいこらジジィ。んじゃてめぇ、どうすっ気だよ? 職務放棄すると? 今年はプレゼントなんて配りませんってか?
 おいこら、どうにか言えよ」
「あ~~もう! うっせ~うっせ~! なんで俺がそんなかったりぃことしなきゃなんねーんだよ?
 そもそも俺だって、サンタなんかになりたくて生まれたわけじゃねぇんだよ」
「あ? おいこら、てめぇそれマジで言ってんのか?」
 トナカイの声色が、変わる。
 それに気付いていないのか、サンタは鬱陶しそうに言い切った。
「そうですぅ~ぼかぁいつだって真面目ですぅ~。サンタなんてクソ食らえですぅ~。
 今年はソリの上で過ごしますぅ~」
「――――ああ、そうかよ。じゃあな、糞野郎」
「……え?」
 言って、サンタの視界が急速に変化した。
 トナカイが急に走り出したわけでもない。
 ――――これは、落下?
「っ……! っで、でえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!?」
 落下だ。
 紛れもない落下だ。
 自分が乗っているソリごと、これ以上無いってぐらいに落下している。
「っっっっっっっっ!!! くぉらクソトナカイ! てめぇなんのつもりだ!?」
 最早100メートルほど離れた位置から、サンタが怒鳴り散らす。
 トナカイは、そんなサンタを軽蔑したように見下し、
「てめぇとはコンビ解消だ。一生そうやって腐ってろ、この腰抜けが」
 ぼそりと呟いて、どこかへ走っていってしまった。
 その、呟くような声が。
 あり得るはずが無いのに、サンタの耳に届く。
(腰、抜け……)
 トナカイが言った言葉を反芻し、顔を歪める。
 それは落下する恐怖ではなく、
 パートナーに見捨てられたショックでもなく、

 ――――過去に負った、傷痕の痛み……。
(……だって、仕方ねぇだろうがよ)
 自分の身体が重力に沿って落ちていくのを感じつつ、
 サンタは回想する。
 ……あの、忘れがたい、過去を。
 ……あの、忘れたい、過去を。
 ……あの、忘れたくない、過去を。
 ――――去年と同じ、雪の降った冷たい冷たい、夜のことを。

 思えば、サンタは暇があればいつも此処に来ていた。
 そもそもサンタの仕事なんていうのは、12月25日の晩だけだ。
 それまでに子供の欲しいプレゼントをリストアップし、誰が何処の担当となるか決めるのだ。
 無論、それを一年中やるわけではない。
 中には当日サンタ、なんてアルバイトもいるぐらいだ。
 ……まったく、ふざけた世界としか思えない。
 だから、こうやってそれぞれの時間を過ごすのも、普通といえば普通。
 それは普通。
 あまりにも普通。
 それは普通過ぎて、後から考えてみれば、
 異常――――として際立っていた。
 そうして、サンタは今日も此処に足を運ぶ。
 人間世界。
 子供たちの住む、世界。
 その――――子供の住む、一つの家。
 そこで寝ている、少女。
 その子のことを、サンタはずっと気にかけていた。
 寝たきりの少女。
 笑わない少女。
 綺麗な少女。
 心が閉じた、氷の少女。
 そんな少女の横顔を、サンタは暇があれば見に来ていた。

 最初は――――ただの興味だった。
 適当に人間世界を俯瞰していたサンタの視線が、たまたまその少女に止まっただけ。
 偶然といえば偶然。
 でも――――
 必然といえば、必然だった。
 サンタは、その笑わない少女を、
 無表情で泣く少女のことを、
 徐々に、気にかけるようになっていった――――
 重い病気なのだろうかと、色々と彼女の身の回りを調べたこともある。
 サンタの国に行けば、子供たちのことで分からないことなんて無い。
 窓辺の少女のことは、調べればすぐに分かった。

 ――――それは、サンタが想像していたよりも、重い病気だった。

 心臓の病気。
 今となってはその名称は忘れたけど、それでも助からない病気ってことは覚えていた。
 でも――――サンタがもっと絶望したことは――――
 彼女の両親は、既に他界していたことだ。
 交通事故で両親を亡くし、元々悪かった心臓がさらに悪化して、取り返しのつかないところまで……。
 今は優しい叔父と叔母が引き取って、療養生活をしているけど、事故以来、一度も笑ったことは無い。
 ――――そんな、秋のこと。

 春が来て、夏が来て、秋が来て――――
 山の木々が紅や黄に変わる頃、サンタは失敗した。
 生まれて初めての、失敗だった。
 どうしようもない、失敗だった。
 いつものように少女を見に来たサンタ。
 でも、今日の彼女は、とても苦しそうで――――
 咄嗟に、サンタが窓まで詰め寄って、様子を確認しようとして――――
 目が……合った。
 その少女と、がっちりはっきり目が合ってしまった。
 沈黙。
 重い沈黙が、少女とサンタの間に流れる。
 サンタは見つかったことによる動揺よりも、
 ――――ただ、呆然とした。
 遠目に見ていた少女を間近で見て、サンタの思考は停止した。
 そのお人形のような整った顔立ちに、白い肌、赤い唇。
 そして何よりも切れ目の長い、透き通るような黒曜の瞳が、印象的だった。
 結局、沈黙を破ったのは少女だった。
「――――サンタさん!?」
 それで、サンタはさらに停止した。
 もう木っ端微塵に、サンタの意志が吹っ飛んだ。
 だって、仕方ないだろう?
「わたしっ、サンタさん見たの初めて!」
 今まで表情らしい表情を見せなかった少女が、
 本当に年相応なぐらいに、輝かしいばかりの笑顔を放ったのだから……。

「って~~」
 気がついたら、木の上で寝ていた。
 心なしか、身体のあちこちが痛む。
 ぼーっとする頭を揺り起こして、サンタは辺りを見回した。
 すぐ隣には、明かりのついた民家。
 フラフラと働かない頭をフルに回転させて、ようやく現状を把握した。
「あのクソトナカイ……普通落とすか?」
 痛む箇所を押さえつつ、上体を起こす。
 ……背骨が嫌な音を立てた。
「あ~~~~」
 まだ上手く回らない頭を叩いて、サンタは呟く。
「また、あの夢かよ……」
 夢。
 過去。
 ――――忘れたくない、あの思い出。
「腰抜け……かぁ」
 空を見上げて、呟く。
 仕方ない。
 こうやって腐るのも、仕方の無いことだ。
 だって、何も見出せなくなったから。
 何がサンタだ。
 何がプレゼントだ。
 何がクリスマスだ。
 ――――何が、聖夜だ。
「なんで……不幸になんなきゃならねぇヤツが、いるんだよ………」
 信じられない。
 信じたくない。
 世界がこんなにも残酷だってことを。
 世界がこんなにも無情だってことを。
 何よりも――――あの出来事を、信じたくなかった。
「みんな幸せでハッピーエンドの、どこが悪いんだよ………」
 それは、夢を運ぶサンタの、
 それは、この世界から生じたサンタの、

 ――――精一杯の、世界へと向けた呪いの言葉だった。

 もういい。
 もう疲れた。
 どうせ寝ていればクリスマスは終わる。
 何もしなくていい。
 何もしたくない。
 今日は、この場所で過ごそう。
 風が、酷く冷たいけれど。
 雪が、酷く冷たいけれど。
 世界は、酷く冷たいけれど。
 ――――この世界より冷たい場所なんて、どこにも無いんだから……。

「寝よう……」
 と、サンタが再び枝に横になったとき。
 バキッ……と。
 何か、決して、認識したくない、嫌な音が……。
「ははっ、そんなまさか」
 気のせい気のせいと、瞼を閉じた瞬間。
 バキバキバキィ……!!
 本日二度目の、落下を体験した。
「今日はよく落ちるなぁ――――!」
 悪態をつきつつも、重力に引っ張られる体は止められない。
 そうして、地面に叩き付けられた。
「――――――――」
 ズキズキと顔が痛む。
 鼻が真っ赤だ。
 もう嫌だ。
 もう帰りたい。
 と、サンタが顔を上げた先には――――
「……サンタ、さん?」
 ――――記憶の中の少女が、立っていた。
/3
 最初は、ほんの些細なキッカケで――――
 本当に些細な。
 でも、確かな。
 吹けば飛ぶような、そんな絆だけが、俺と彼女を繋いでいた。
/4
「ねぇサンタさん。貴方は何をしていたの?」
 雪の少女が、笑う。
 俺の目の前で、心底楽しそうに。
 それは……今まで見てきた少女の姿とは程遠く。
 こんな素敵な笑顔を、自分は今まで見逃していたのかと。
 こんなことならば、もっと早くに出会っていればよかったと。
 そんな……思うはずの無いことを、思っていた。
「可笑しい。サンタさんって、みんな貴方みたいなの?」
 少女が、微笑む。
 決して見せなかった笑顔。
 俺は、もっとその笑顔を見ていたくて。
 ずっと、ずっと話していた。
 サンタのこと。
 サンタの国のこと。
 今までの出来事。
 相棒のトナカイのこと。
 一つ一つ自分の想い出を語るたびに、少女が微笑む。
 夢中になって、話した。
 その微笑が、
 何故だか知らないけど、
 俺の目には、物凄く儚いモノに映ったから――――
 だから、必死だったんだ。
 必死で、楽しませようと。
 懸命に、笑わせようと。
 ――――ずっと、想い出を語っていた。


 紅葉が落葉へと静かに移り変わる。
 この街にも、冬が、やってきた……。
 サンタは少女に見つかってから、毎日のように足を運んで、色んなことを話していた。
 なにせ想い出は200年分あるのだ。
 一つの季節の間になんか、到底話し切れない。
 季節は冬。
 それはつまり――――
「もう少しで、クリスマスね……」
 そう、クリスマス。
 サンタのお仕事。
 その季節が、もう近づいていた……。
「わたしにも、プレゼントをくれるのかしら?」
 悪戯っぽく微笑む彼女に、俺は胸を張って答えた。
 勿論。何でもあげるよ。
 だって、自分はサンタなんだから。
 それが、自分の仕事なんだから。
 君が望むものを、なんだってあげるよ。
 言い終えてからの少女は俯き、それから微笑んだ。
 今までに無い、最高の微笑だった。
 嬉しくて。
 そんな彼女の笑顔に心を躍らせて。
 クリスマスの準備があるからと。
 今日はもう帰らなきゃと。
 また逢えるのはクリスマスの日だと。
 ――――サンタは、少女の部屋から出て行った。

 後になって、思うんだ。
 俯いた彼女の顔は、一体どんな表情をしていたのだろうか、なんてことを。
 そして、何であの時の微笑みの、さらにその奥まで見なかったのかと。


 サンタの国は慌しくなっていった。
 次第に仕事も増え、サンタ自身も手一杯で、でも活き活きとした表情で。
 サンタの担当地域が決まったその場所は、偶然にもあの少女がいる地域だった。
 そのことにサンタは大喜びし、ここに抜擢してくれたサンタ長と、サンタ長にそんな気まぐれを起こさせた神に、感謝した。
 早速、サンタは自分の地域の子供たちが何を欲しがっているか、欲しい物を書かれたファイルを見る。
 そもそも、サンタはプレゼントを集めるのではない。
 子供たちが。
 クリスマスを待ち望む子供たちが、本当に心の底から欲しい物を、プレゼントするのだ。
 そしてその欲しい物は、この一年の間願い続けてきたものが、クリスマスの日にファイルへと書き込まれるのだ。
 子供たちの写真を流し見ながら、サンタは一人の少女の姿を探す。
 あの少女が欲しがるものとは、一体何なのか。
 あれこれと少女が欲しがるものを思い描きながら、サンタは少女の姿を探す。
 が、いつまでめくっても、少女の写真は無い。
 やがて、ファイルが終わった。
 どこかで見落としたのかな、と再びファイルをめくる。
 探す。
 探す。探す。探す。
 本当に隅々まで、何度も何度も読み返し、少女の姿を探し続けた。
 ――――でも、見つからない。
 サンタはすぐさまサンタ長の下へ向かい、あの街にいる少女のことを忘れているぞ、と報告しに行った。
 上司は渋りながら、やがてその重い口を開く。
 最初は、目の前の人間が何を言っているのか、全く理解できなかった。
 でもそれは、理解できなかったんじゃなくて。
 ただ、理解したくなかっただけなんだ。
 だって、酷すぎるだろう、そんなこと。
 だって、哀しすぎるだろう、そんなこと。
 そんなこと、あっていいはずが無い。
 今日は、クリスマスだっていうのに……。
 聖なる夜だって、いうのに……。

 ――――何故、あの子が死ななきゃならないんだろう……。

 クリスマスの夜に。
 雪の降る、聖なる夜に。
 少女はひっそりと、世界から置き去りにされて、この世界を去るのだ。
 そんな馬鹿げたことが、あっていい筈が無い。
 そんな巫山戯(ふざけ)たことが、あっていい筈が無い。
 だって、今日はクリスマスなのに。
 みんなが幸せに暮らす、クリスマスの日なのに。
 なんで……あの少女が、あの少女だけが、一人で死ななきゃならないんだ?
 駆け出した。
 サンタ長の制止の声も振り切って、サンタは走った。
 寝ている相棒のトナカイを叩き起こして、すぐさま少女の家まで飛ぶように言った。
 時刻はまだ8時。
 子供たちが寝ているには、早すぎる時間帯。
 トナカイは訝しがりながらも、渋々起き上がってくれた。
 ソリも、プレゼントの袋も持った。
 追いかけてきたサンタ長に振り返り、一度だけ頭を下げ、サンタはクリスマスの夜へと飛び出した。
 翔ける。
 空を、風を切って何よりも疾く翔ける。
 顔にかかる雪が冷たいけど、そんなことを無視して、もっと疾くトナカイを走らせた。
 そうして、あの少女の家へと辿り着いた。
 少女はやっぱり一人で、苦しそうにベッドの上で寝ていた。
 ――――だから、気付いた。
 本当は、もう起き上がることも辛いのに、毎日のようにやってくる自分を喜ばせようと、必死に笑っていたんだってことを……。
 知らずに滲んでくる視界。
 それを拭って、サンタはいつものように少女の部屋の窓を叩いた。
 少女が起き上がる。
 ゆっくりと、苦しそうに、けれども起き上がる。
 少女は窓を開けて、
「メリー……クリスマス………」
 そう、微笑んでくれた。

「サンタ……さん?」
「―――――っ!!」
 跳ね起きた。
 痛む箇所なんて無視して、全力で立ち上がった。
「わぁ! やっぱりサンタさんだぁ!」
 飛び跳ねて喜ぶ少女。
 でも――――それは――――
「~~~~っはぁ…………」
 全然、あの少女と似ていなかった。
 それどころか、似ている箇所なんてどこにもなかった。
 脱力し、再び腰を下ろす。
「サンタさんっ! サンタさんっ! サンタさんっ!」
 喜び回っている少女を横目で見つつ、サンタは嘆息した。
 ……本当に、参っちまってる。
 くしゃり、と前髪をかき上げつつ顔を覆う。
 これだから……クリスマスは嫌だ。
 思い出したくも無いことを、思い出してしまう。
 忘れたくないことを、思い出してしまう。

 ――――雪の降るこの日に眠った、あの少女のことを。

 思い出したくないのに、忘れたくない。
 矛盾した……恐怖にも近い感情。
「えほっ! けほっ、こほっ……」
 突如、少女が咳き込む。
 心なしか、顔も赤い。
「あー? オマエ、もしかして風邪引いてんのか?」
 少女の身体を抱き寄せ、額と額をくっつけた。
 ……やはり、熱っぽい。
「えへへ……うん、ちょっとだけ、熱があるの」
「バカ。ちゃんと寝とかなきゃダメじゃないか。
 なんだってこんな寒い場所に出て来るんだよ、お前は」
 鼻と鼻が擦れ合うほどに、お互いの距離は近い。
 ここは、寒い。
 寒さにだけはバカみたいに強いサンタですら、この寒さは少しだけ身に沁みる。
「えへへ~サンタさんが、空から落ちてくるんだもん」
「げっ、見てたのか……」
「……うん」
 言ってから、少女の身体が傾いだ。
 呼吸も荒く、動機が速い。
「おい! 大丈夫か!?」
 意味も無く、焦った。
 腕の中で苦しそうに息を吐く少女の姿が、
 去年の……あの少女と被ってしまったから。
「とりあえず、家に戻るぞ。お前の部屋はどこだ?」
「二階の……いちばん、おく」
「わかった」
 短くそう答えて、サンタは少女を抱いたまま家に入っていった。
/5
 今日この日が終わりなんだってことは、
 多分、彼女は最初から知っていたんだと思う。
 それでも、彼女は笑っていた。
 だから、彼女は笑っていた。
 ――――そして、この日、全てが終わる。
/6
 薄暗い部屋の中。
 鼓動の音は二つ。
 ベッドの上に座る少女と、
 大きな袋を持ったサンタ。
 サンタは言った。
 今日は君に、プレゼントを持ってきたんだと。
 君の欲しがるものがあるか分からないけど、一つでも気に入ってくれたのがあったら、嬉しいと。
 そう言ってサンタは、袋の中から、色んな玩具を出していく。
 お人形、ゲーム、お花、ぬいぐるみ、ツリー……たくさんの、玩具。
 この日を楽しみにしていた子供たちの、玩具。
 それでも少女は苦しそうに微笑んだまま……その玩具の一つも、受け取ろうとはしなかった。

 なんで? 嬉しくない?
 ううん、嬉しいわ。
 じゃあなんで?
 でもそれは、他の子供たちが欲しがったモノでしょう?
 ……それは、そうだけど……。

 少女が、激しく咳き込んだ。
 今まで見たことが無いような、苦しむその姿。
 サンタはなんとかして、少女を救おうと思った。
 でも、サンタにできることなんて一つも無くて。
 ただ……苦しむ少女を見ていることしか出来なくて。
「……こっちに、来て………」
 ベッドに仰向けになりながら、少女が喋る。
 もう、こっちにも向かずに。
 ただ、天井へと……。
 フラフラと、足取りは不確かなまま、少女の下へと歩む。
 少女が……この少女の命が、静かに、弱まっていく。
「わたし、ね……ほんとは、物凄く、怖かったの。
 世界は、こんなにも綺麗なのに。
 世界は、こんなにも残酷なんだって。
 わたしのことなんか、置いていっちゃうんだって」
 少女が虚空へと伸ばした手を、しっかりと握る。
 強く、強く握る。
 何処へも行かないように。
 ちゃんと、彼女が此処にいるように。
「だから、ね……。一人でいるのが、怖かったの。
 叔母様も叔父様もよくしてくれるけど、でも……怖かった。
 いつか、叔母様も叔父様も、いなくなっちゃうんじゃないかって……」
 それが今まで、感情を見せなかった、理由。
 必要以上に近づきすぎることを恐れた、理由。
 だって――――二人を、好きになってしまいそうだったから。
 仲良くならなければ、別れても寂しくない。
 そう言い聞かせて、彼女はずっと耐えてきたんだ。
 そう心で泣いて、彼女はずっと戦ってきたんだ。
 孤独と。
 まだ小さな少女には、大きすぎる孤独と。
「でも……ね、今さらになって、気づいちゃった………。
 あなたが此処に来るようになってから、気付いちゃった………。
 ――――わたし、寂しいのは嫌だよぅ……」
 抱き締めた。
 サンタは少女の身体を、きつく抱き締めた。
 苦しいくらいに。
 痛いくらいに。
 少女は泣いていた。
 子供のように、泣きじゃくって、抱きついてきた。
 だから、強く抱き締める。
 離さないように。
 孤独が、彼女を捕らえないように。
 独りじゃないってことを、教えるように。
「ねぇ……サンタさん。わたしのお願い、聞いてくれるのかなぁ?
 どんな願い事でも、聞いてくれるのかなぁ?」
 耳元で、少女が囁く。
 注意していなきゃ、聞き取れないようなか細い声で。
 けれど、しっかりと耳に届く声で。
「わたし……、わたしね…………、
 ――――まだ、死にたく、ないよぅ」
 それは、彼女の精一杯の、祈りの言葉だった。
 今まで我慢し続けてきた彼女の、精一杯の願いの言葉だった。
 出来ることなら、叶えてあげたい。
 もし彼女の願いを叶えられるのなら、どんなことだってしてやる。
 ――でも、それでも、叶わない……。
 この身は所詮ただのサンタで。
 プレゼントを配ることしか出来なくて。
 たった一人の、少女すら、救えない……。
 もうサンタは、声を押し殺すことも出来なかった。
 その、これ以上ないぐらいの悲痛な願いを聞いて、一体何が出来るのか。
 泣くしか、出来なかった。
 ただ泣いて、彼女の身体を抱き締めて、
 声を上げて――――泣くしか出来なかった。
「なんでかなぁ……わたし……なにか、悪いこと……したかなぁ?
 ちゃんといい子にしてたよ? ワガママも言わなかったよ?
 ねぇ、サンタさん……わたし、そんなに悪い子かなぁ?」
 もう、少女の目に、光は無い。
 彼女の身体はどんどん冷たくなっていって。
 抱きついてきた腕の力も、なくなっていって……。
 サンタは、奥歯を噛み締めて、耐えていた。
 ……その少女の悲痛な疑問を、誰が答えられたというのだ。
 ――誰が、答えられた?
 誰がその問いに答えられた!?
「でも……よかったかなぁ………最期は、一人じゃ、ないや……。
 一人は…………寒い、もん。サンタ、さんのからだ……あったかいなぁ……――――――――――――――――」
 少女はすでに瞑目していた。
 腕の中から、少女の力が抜けていく。
 終わった。
 少女が、ここで死んだのだ。
 俺の腕の中で、俺は何も出来ないまま、
 ただ、見ていることしか出来ないまま。

 ――――少女は、死んだ。

 まるで雪の妖精のように、優しい微笑のまま。
 哀しい微笑を、残したまま。
 永遠に、目を覚ますことの無い……深い、深い深い眠りに。
 世界は、美しかった。
 白く染まった景色。月光が照らす雪原は、とても幻想的で……。
 白色の、銀色の、雪世界。
 白く積もった雪は、まるで世界から何もかもを埋め尽くしてしまうかのように。
 ただ優しく。
 ただゆっくりと。
 何事も無かったかのように、雪は降る。
 世界は、変わらない。
 たった今少女が死んでも、世界は何も変わらない。
 まるでそんなこと無かったかのように。
 まるでそんなことは当たり前のように。
 世界は、流れる。
 そんな、残酷な世界の中心に、彼はいた。
 少女の亡骸を抱いて。
 少女の死を悼んで。
 彼は泣いた。
 無様なぐらいに、滑稽なほどに、彼は泣いた。
 泣いて、泣いて泣いて泣いて――――
 この涙が雪を溶かしてしまえと、
 世界が、少女のために泣くことを祈って。
 彼は……泣いた。

 ――――それでも、世界は変わらない。

「ほら、ゆっくり寝とけ。ちゃんとプレゼントもやるよ」
「ありがとう、サンタさん」
 ソリから降ろした袋から、少女が欲しがっていたぬいぐるみを取り出す。
 本来なら寝ているそばに置いておくのだが、この緊急事態(?)なら仕方ないだろう。
 クマのぬいぐるみを抱き締めながら、少女が笑う。
 ……やっぱり、クリスマスの日は、こんな笑顔で笑ってもらいたい。
「――――っ!」
 奥歯を、強く噛み締める。
 胸に去来した感情に流されないように。
 この少女の目の前で、喜んでいる少女の目の前では、悲しんじゃいけない。
 だって、子供は敏い。
 敏感に、感情の奔流をキャッチしてしまう。
 そうして、自分も悲しむのだ。
 ダメだ。そんなのはダメだ。
 今日はクリスマスなのだ。
 笑ってなきゃ、いけない。
 悲しんじゃ、いけない。
 クリスマスの日は、笑って、過ごさなきゃ――――
「ねぇサンタさん? サンタさんは、どうしてサンタさんなの?」
「お前はジュリエットか……?」
「……?」
「ああわりぃ、子供には分からんネタか……。
 っと、それで? なんだっけ?」
「む~~~」
 ぷくぅ、と頬を膨らませて唸る少女。
 やっぱり、このぐらいの少女には、こういった表情が似合うよな……。
「だから謝ってるだろ? ほら、言ってみ?」
 ぐしぐしと少女の頭を撫でる。
 いや、ちょっと違うか。
 それは撫でているというより、頭を鷲掴みにしてグリグリと回しているといった感じか。
「あ~~う~~。サンタさんは、どうしてサンタさんなのぉ?」
「――――――え?」
 ……待てよ。
 何だ……この感覚――――
 そう言えば、昔、どこかで、これと似たような質問を……、
 あれは、いつだ?
 あれは、確か――――


『あなたはどうしてサンタをしているの?』
『どうしてって……生まれてからサンタからだけど?』
『そうじゃなくて。どうして、サンタを続けてるの?』
『ん~~~』
『だって、自分で決めたワケじゃないんでしょう?』
『それは……そうだけど』
『じゃあなんでサンタを続けてるの?』
『う~~~ん、そうだなぁ…………子供たちの喜ぶ顔が見たいから、かな?』
『ふふっ、なぁにそれ……』
『ああっ! 笑ったなぁ!?』
『笑ってない、笑ってないわよ』


「思い――――出した」
 どうして、忘れていたんだろう。
 こんな、こんなに当たり前のことを。
 彼女の死で、記憶を閉ざして。
 ただ、クリスマスと神を嫌って。
 ――――ただ、自分を憎んで……。
 記憶に蓋をしていたんだろうか。
 記憶に鍵をかけていたんだろうか。
 忘れたいと……願ったけど。
 忘れないと……誓ったのに。
「なんて――――無様」
 無様。
 無様。無様。無様。
 無様。無様。無様。無様。無様。
 なんて――――――無様だ。
 彼女の死にかこつけて、
 彼女が死んだことを理由に、
 俺は……堕落した。
 巫山戯(ふざけ)るな。巫山戯(ふざけ)るなよ、お前。
 それは……絶対にやっちゃいけないことだっただろうが。
 冒涜だ。
 完全なる、彼女への冒涜だ。
 なんたる失態。
 なんたる醜態。
 世界中の全ての人間が彼女を蔑んでも、
 この俺だけは――――彼女を汚しちゃいけなかったというのに……!
「? サンタ、さん……?」
「ああ、そうだな……そうだったよ――――」
 もう一度、目の前の少女の頭を、優しく撫でて、
 微笑んでみた。
 あの、彼女の微笑には程遠いかもしれないけど、それでも精一杯、微笑んでみせた。
「俺は……サンタだ。俺が、サンタじゃないか。
 ――――だったら、行かなきゃダメじゃないか」
 それが少女の問いの答えなのか、
 そもそも少女に向けた言葉なのか、
 ……自分を、奮い立たせる言葉なのか。
 サンタは頷いて、立ち上がった。
「悪い。忘れ物してたみたいだ……。
 ちょっくら、プレゼント配ってくらぁ」
「???」
 頭に?を三つ飛ばしてる少女に、最大の感謝を込めて、
「じゃあな。風邪……早く治せよ?」
 額に軽くキスをしてから、サンタは背を向けた。
 少女は、熱の所為なのか、さらに顔を真っ赤にして、
「うん……バイバイ、サンタさん。メリークリスマス!」
「――――おう。メリー………クリスマス」
 その言葉を背中から一身に浴びて、サンタは部屋から出て行った。

 もう、終わりにしよう。
 ずるずると、彼女の死を引き摺るのはやめよう。
 忘れるわけじゃない。
 想い出を、捨てるわけじゃない。
 彼女との想い出は、いつも胸に。
 時々、振り返ることもあるけれど……。
 時々、あの時のことを思い出すこともあるけれど……。
 それでも、踏み出す足は明日へ。
 ただ前を向いて、歩いていこう。
 踏み出す足は、いつだって初めの一歩なんだから。

 ソリの前へ、やってきた。
 周りを見渡しても、あいつの姿はない。
 木に背中を預けながら、サンタは懐から煙草を取り出した。
 火を点ける。
 煙草の先の火が、ポゥ……と雪の夜に灯る。
 紫煙を吐き出しながら、サンタは空を見上げた。
 星は見えないけれど、
 その代わりに、雪が降っている。
 ゆらゆらと、風に流されることなく、ゆっくりと舞い落ちてきた。
 その雪を見ながら、
 その過去を見つめながら、
 サンタは、待っていた――――
「よぉ、クソサンタ」
「よぉ、クソトナカイ」
 互いに苦笑。
 サンタは煙草を銜えたまま、シニカルに笑う。
「俺が恋しくて戻ってきたか?」
「俺に逢えない寂しさで、とうとう脳がイカレやがったか?」
 ぬかせ、と互いに笑う。
 サンタは袋を担ぎ、ソリに飛び乗った。
 トナカイは何も言わず、ソリの前に立つ。
「あ~~。今、何時だクソトナカイ?」
「1時半だよクソサンタ」
「かぁ~~。間に合うかねぇ」
「とうとう本気でボケたかてめぇ……。間に合わせるんだよ」
「……だよな」
 トナカイの手綱を握って、サンタは大きく息を吐く。
 もう、大丈夫だ。
 過去に囚われたりなんか、もうしない。
 彼女の死は、それはそれはとても哀しかった。
 彼女の死は、本当に本当に理不尽だったけど。

 ――――それでも、サンタを心待ちにしている子供たちは、いるのだ。

 クリスマスを心から楽しむ子供たちは、いるのだ。
 そんな子供たちから笑顔を、
 そんな子供たちに泣き顔を、
 奪ってはいけないし、与えてもいけない。
 サンタはサンタらしく、子供に笑顔を――――

「いっちょ行くぞっ! 途中でヘバんなよ!? クソトナカイっ!」
「てめぇこそ途中で休めるなんて思うなよ!? クソサンタっ!」
 罵りあいながら、サンタクロースは飛んでいく。
 たくさんのプレゼントを持って、
 たくさんの夢を届けに、
 ――――子供たちの、笑顔のために……。


 去年のこの日。
 君は、一人で死んだ。
 でも……最期の君の顔は、妖精のように微笑んでいたと、思う。
 例えソレが俺の勝手な妄想だったとしても――――
 例えソレが俺の傲慢なエゴだったとしても――――
 ――――俺の中の彼女は、ちゃんと、笑っていたんだから。
 一人じゃないと。
 孤独じゃないと。
 彼女は、安らかに、眠ったのだから――――

 だから、俺は………、
「メリィィィィィクリスマァァァス!!!」
 ――この寂しい世界を、もう少しだけ、歩いてみるよ……。
 世界は、こんなにも冷たいけれど。
 世界は、こんなにも寂しいけれど。
 ………世界はきっと、一人ぼっちなんだから。


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