無数の光が虚空で、煌めき、瞬いた。
数多の輝きが、夜空を流星のごとく駆け抜けた。
幾多の人間がそれを見つめ、祈った。
平和を。
安らぎを。
そして、何よりも明日の来ることを――
ひとりの幼き少女が、天空を流れる星を見て祈った。古く古くからの言い伝え――流れ星が消えるまでに、三回願い事を言えたらならそれはかなう――を信じて。
無垢であるがゆえに真摯に。
無知であるがゆえに無邪気に。
――パパが早く帰ってきますように。
それが、あるいは彼らが、発見されたのは、星暦一九九年のことだった。
メタルニア。そう名付けられたものは、機械だった。少なくともそれを発見した連中にとっては、機械でしかなかった。
それは、人類が宇宙に飛び出し、故郷以外の惑星に定着して以来初めて遭遇した異種知性体だった。
彼らと出会った調査隊は、狂喜し、そして、彼らの創造者を求めた。
機械なら、それを創造した者がいるはず。
メタルニアと意志を交わすことに、彼らはなんとか成功した。彼らの故郷に連れていってもらうことにも。
彼らが、そこで見たのは惑星規模の機械だった。あるいは、表面を機械に覆われた惑星だったのかもしれない。
メタルニアの創造者との邂逅を夢見ていた探検隊のメンバーは、そこで機械以外のなにものにも出会わなかった。
だから、彼らは勘違いしたのだ。
メタルニアは、かつて栄え、そして滅んだ種族の残した遺産にすぎないと――
探検隊のバックに企業がついていたせいかもしれない。彼らは望んでしまったのだ。
遺産を継ぐことを。
あるいは、企業でなくとも欲したのかもしれない。惑星規模の機械が、工場がもつ生産力を。彼ら自身の価値
を――メタルニアに使われているテクノロジーを。
決して、完全に統一されているとは言えない人類社会で、醜いメタルニア争奪戦が始まるのそんなに遅くなかった。
最初に軍が、国家が、メタルニアの所有権を主張する企業から――国家安全保障の名目で――メタルニアを取り上げた。
隣国がいきなり強大になることを望む国家はない。それとも、宝くじに当たった隣人を素直に祝福する者より、むしろ妬む人間の方が多いということか。
戦争が始まった。
馴染み深い、人類同士の戦い。それは、やがてヒトという種の存亡を賭けたそれへと変わった。
古来より人間が、己れと同格でないと認識した存在に何をしてきたか。何をするか。歴史をひもとくまでもない。
そして、それは繰り返された。
メタルニアに対して。
それは、メタルニアに人類を敵として認識させるに十分だった。
そして始まった。
生きるための、生き残るための戦いが。
ときに、星暦一九九年のことだった。
「何を見ている?」
家族の――愛する妻と娘の――写真を見ていた副艦長のラレックに艦長が声をかけてきた。
「奥さんと、娘さんかね?」
覗き込むようにしてラレックの手元を見た艦長が訊ねる。
「はい」
「そうか……」
しみじみとした艦長の呟きに、ラレックはは思い出した。
艦長の家族はすでに、メタルニアどもに……
「そんな顔をするな」
顔にそんな思いがでていたのか、艦長が苦笑を浮かべて言う。
「今は、あの星を護らねばならんのだ」
「そうですね……」
ブリッジのメインモニター浮かぶ青い星を、艦長とともに見つめながらラレックは答えた。
あそこには家族がいるのだ。愛する家族が。
――この星だけは絶対に護ってみせる。
それは、この艦に乗る者に共通のせつなる想い、絶対の誓い。
すでに隣の星系は滅ぼされている。メタルニアの奴らがここに侵攻してくるのも時間の問題だろう。
星系外縁部に展開していた防衛艦隊壊滅。
その報せが入ったとたんに、惑星防衛艦隊司令部に緊張が走った。
「なぜだ! 敵との勢力比はこちらが有利だったはずだぞ!」
「わからん…しかも、報告が正しければ半数近くが、コンピュータをハックされたらしい」
「バカな! 戦闘中は閉鎖しているはず……」
司令部を怒号が飛び交う。
メタルニアとの絶滅戦争の初期で、人類側はネットを通じて無数のコンピュータをハックされたために、かなりの被害を出した。ゆえに、現在ではたやすく侵入されるようなことの無いようにかなりの対策が取られている。
「どこかに……『穴』があったのか……」
「そうだとしても、システムを洗っている時間は無い。すでに、奴らがここにくるのも時間の問題だ」
「司令部からの通信だ。予想会敵時刻は、十三時間後」
そう言って、艦長がシートにもたれるようにして軽く瞑目する。
「星系外縁部の連中が壊滅したことは聞いているな?」
「え、ええ……」
「彼らは、コンピュータをハックされたらしい。それが敗因ではないかということだ」
艦長の言葉に、ラレックは眉をひそめた。
(なにを……)
「何を言ってるのだ、という顔だな」
「当たり前です。戦闘中の艦のコンピュータは外部から独立しているはずです」
もっとも実際の話、情報的に完全に独立しているわけではない。そうであったら、艦隊行動など取れない。
正確には外部通信システムを、その他のシステムと物理的に隔離することによって艦の情報系を閉鎖系としているのだ。
ついでに述べるのなら、ハックされることを恐れてかつて戦場の花形だった自動兵器群は、有人のそれにとってかわられている。よって、現在ではハックされて敗北などということは無きに等しい。
だが、それでも星系外縁部に展開していたはずの防衛艦隊は敗北したのだ。
なぜだ?
「奴らは、新兵器でも開発したのかもしれんな」
かもしれない。ラレックはうなずいた。
「今のうちに、艦載機の展開準備をしておくか。状況はどうだ?」
「……? 宇宙塵雲にでも入ってるようです。これが、晴れたら展開しましょう」
「なんてことしやがる……」
メタルニアの攻撃の第一陣は、あろうことか星系外縁部防衛艦隊だった。
正確には、その残存艦隊。
もはやメタルニアの一部と化した艦を、惑星防衛艦隊は、まだいるであろう生存者ごと攻撃しなくてはならなかった。
だが、ひとごとではなかった。惑星防衛艦隊も星系防衛艦隊と同じ運命をたどりつつあったからだ。
十三時間前の宇宙塵雲。
それにまぎれこんでいたナノマシンが、破壊活動を行なった結果。搭載機の二割近くが使用不能に陥り、艦の方も装甲や気密にダメージを受けていた。
もはや、勝利は時間の問題だった。送り込んだ極微端末が、順調に敵の行動中枢を侵蝕していく心地よい感覚に〈彼〉は身を任せていた。
自分が大きくなるのはいつも心地よいものだ。
〈破壊セヨ〉
シンプルなコマンドが上位者から送られてくる。
もちろんだ。
略奪と暴虐のかぎりを尽くそうとした彼らは敵だ。そして、敵は滅ばさねばならない。
奴らがはびこっている惑星を護っている連中の躰をすべて乗っ取るのも時間の問題だ。
ふと、おもしろいプランが浮かんだ。奴らの躰で、奴らの惑星を攻撃するのだ。
さっそく実行しよう。
突然、艦が大きく揺れた。
「なにごとだ!」
すでに艦長は亡く、ラレックが代わりに艦を指揮していた。
「艦のメインコンピュータが!」
なんてことだ……この艦も乗っ取られたらしい。
一応、チェックすると航法プログラムが完全にやられている。まだ、ほかの部分は大丈夫のようだが……
「――!」
無意識に、娘がくれたお守りを握りしめる。
大気圏再突入軌道を取ってやがる。奴ら、この艦を隕石がわりにする気か!
「副長……」
蒼白な顔で部下のひとりがこちらを見ている。このことに気づいたらしい。
ラレックはうなずいた。
「させん。動力炉の制御システムに介入しろ」
たちまち顔色を取り戻して、部下がうなずく。ラレックが、何をするつもりなのか気づいたのだろう。
自爆するのだ。
動力炉を暴走させ大気圏外で自爆すれば惑星に直接の影響はない。
だが、間に合うかどうか。
脳裏に妻と娘の顔が浮かぶ。無邪気な顔で早く帰ってきてと頼む娘が、泣きそうな顔で自分を見つめる妻が……
すまんな……帰れそうにもない………
少女は祈る。少女は願う。天を流れる無数の星々に。
そして――彼女は知らない。
天に満つる煌めきが、はるかな虚空での戦いの死であることを。
少女は知らない。彼女が祈りを捧げた流れ星が、彼女の父の乗艦であることを――
あとがき?
単発です。ルビタグ使用可らしいので試してみました。