なし崩しで泊めてもらった翌朝、起きて簡単な朝飯を食べた後ニアと一緒に塔に向かった。
多少の時間差はまだ残っているはずだが入れない事は無いはずだ。
寝た場所がニアの部屋の横にあるダイニング、と言う事で少し寝不足気味になってしまった。
隣で生エルフが寝てると思うとちょっとね。
「全部終わったら記念撮影させてもらわんとな」
田中敬一郎22歳、エルフに萌える漢である。
遠い国から 第三話 「残照」
私の名はニア、ニア・ラミシール、この塔の守護者をしている。
百年ほど前この塔で行われた大規模召還で兄を亡くした。
実験で生き残った魔術師の話だと、召還自体はうまくいったらしい。しかし呼び出した灰色の衣を纏った者達は
鉄の杖から恐ろしい威力の魔術を連発し、あっという間に魔術師たちを殺し尽くしたらしい。
見届け役として居た兄もそれに巻き込まれた。
私が駆けつけたときにはすでに事は終わっていた、生き残った魔術師が最大の結界術を使ったのだ。
この結界の中ではいかなる生物も生き永らえられない、兄もすでに死んでいるだろう。
しかし兄の墓には何も入って無いのだ、ただ墓碑銘が刻まれているだけ。
その日から私はこの塔の守護者となった、再びこの塔が開放されるまで、兄を弔えるまで。
結界を張った魔術師サバドフの言った
「塔の中の者に勝てる術者が現れるまで」
という言葉を信じて・・・・・
塔の前まで行くと予想通り魔力は小さくなっていた。
完全に時間軸が同調したわけではないが、まあ3~4倍程度の差で収まるだろう。
ぬるりとした感触の境界面を抜けて、鋳鉄らしき両開きの扉に手をかけた。
「さて、鬼が出るか蛇がでるか」
錆ついてるのか、えらく重かったが扉は開いた。
開いた扉から見えたのは鬼や蛇の類ではなく、ミイラ化した死体だった。俺は黙ってそのまま扉を閉めた。
「俺が戻ってくるまで絶対に扉を開けるんじゃない!」
俺はそう言い残してリュックの荷物を取りに戻った。
「備えあれば憂いなしとはこの事だな」
扉の前まで戻ると、俺はなにか言いたそうな彼女を無視しながらマスクとゴム手袋を身につけた。
「それはなんですか?私も長く生きてきたつもりですが始めて見ます。」
痺れを切らしたのか彼女が唐突に聞いてきた、持ってきたもう一組のマスクと手袋を手渡し言った。
「マスクと手袋だ、変な物が体に入らないようにするんだ」
「変なものとは?」
彼女が見よう見まねでマスクと手袋をつけながら聞いてきた。
「城攻めとかで投石器を使って、石の変わりに戦死して腐った人間を城の中に放り込んだりしてたろう?」
彼女の手を取り、入れにくそうにしていた手袋を入れてやりながら答えた。
「ありゃ伊達じゃないんだ、水源地に放り込むのが一番なんだが、わかるか?」
「死病ですか?」
顔色を変えた彼女があわてた様子で聞いてきた。
「そう言う事だ」
マスクと言ってもそう大した物ではない、エアブラシ吹く時に使ってた50枚単位の安売りだ。
ま、気休めと言い切ればそれだけだろうが無いよりマシだろう。
そして俺はもう一度扉を開いた、ローブを着た死体が転がっている。
「とりあえず後回しだ、術式所まで行くぞ」
そう言って薄暗い通路を歩き始めた。
師匠に教えてもらったのだがこの塔、一階と最上階が術式展開所になっていてその他は私室などである。
今回目的は杖の回収と召還結果の確認、杖は回収したので後は召還結果の確認、一階の術式所である。
部屋の入り口は塔の反対側になるので扉の横の階段を無視して通路を二人で歩いていく。
程なくして表の扉と同じ様な鉄製の扉が見えてきた、ただ扉は半分開いており死体が倒れている。
「ココが術式所だな」
気持ちを引き締め、念の為いつでも術を放てる様にして扉を開けた。
幸い生き物の気配は何もしなかったが、真っ暗だったので持って来たL形ライトを点けた。
「こりゃあ・・・・・・」
思わず絶句してしまったがそこには地獄と形容して良いだろう惨状が広がっていた。
壁に散った血痕と弾痕、穴だらけの者、上半身が燃えた者、様々だった。
「グリッソム主任を呼びたくなるな」
とりあえず数を数えていると突然彼女が走り出し、一つの死体に縋りついた。
「兄様!」
不用意に死体に触るなと注意しようと思ったが、言葉が出なかった。
泣いている彼女を置いてその場を調べたが、大体何があったか見えてきた。
服装、所持品、数から考えると召還魔法は確かに成功していたのだ。
ただ召還されたのが二個分隊程の、戦争末期の武装親衛隊だったのがすべての原因なのだろう。
背嚢をしょっている所を見ると行軍中だったと思う、しかし黒い制服に赤い腕章、パンツァーファースト。
間違いない、戦争末期、国民総動員法で急造錬成された国民突撃隊だ。
おそらく敵襲におびえながら、戦線に向かって行軍している最中にいきなりの召還、新兵の集団。
そら呼び出したとたんに戦闘にもなるわな・・・・
とりあえず塔の横にシャベルで穴を掘り、彼女の兄貴を除いて埋め終わった頃には日が沈みかけていた。
やばそうな荷物は荷馬車に全て積み、塔の部屋に戻り彼女に声をかけた。
「そろそろ埋葬してあげてはどうかね?それとも一晩このまま放っておく気かね?」
10人目辺りを埋葬した頃から無言の彼女に声をかけた。
「エルフの埋葬が土葬でないなら掘った穴が無駄になるが、あまりそこら辺に詳しくないものでね」
そう言うと彼女は泣きはらした顔を上げて言った。
「有難うございます、本当は私が全てしないといけないのに」
そう言うと彼女はそっと遺体を担架の上に乗せた、そして遺体の指から赤い指輪を取って胸におし抱いた。
俺が最初そのまま持とうとして、遺体がちぎれてしまったので急造した簡易担架を二人で持ち遺体を埋葬した。
その晩、彼女が作った晩飯を食べていると話しかけてきた。
「私の兄は魔術も剣も、王国では有数の使い手だったのです、だから最初塔ごと封印したと言う話を聞いた時
人間が生きてる兄を見捨てて封印したのでは無いかと疑いました」
そうぽつり、ぽつりとと話し始めた。
「兄が生きていればいくら結界の中とはいえ合図を送ってくるか結界その物を破る、そう思っていたのです」
俺は黙って話を聞き続けた。
「いつか兄が塔から出て来る、そう思って私はこの塔の番人を申し出たのです、ですが・・・・」
そう言ったっきり彼女は黙り込んでしまった。
「召還した者達と戦ったのがそこらの王国の騎士団でも、半時立たずに全滅してるよ」
スープをすくって飲みながら話を続けた。
「彼らは強い、よくあれだけの数の魔術師で相打ちに持ち込めたもんだと感心すらするね」
彼女は驚いた様子で顔を上げ聞いてきた。
「彼らを知っているのですか?」
「ああ、だから俺が来たんだ」
無論嘘である、サバドフもここまで考えてなかったに違いない。
「彼らは音よりも早く騎士を打ち倒し、ドラゴンの鱗でさえ溶かす火炎魔法を唱える、塔が吹き飛ばなかったのは僥倖だ」
うん、今度は嘘じゃないな、魔法じゃないけど。
「おそらく急に呼び出されて混乱してたんだろうが、それだけの兵を相手に相打ちにまで持ち込んだんだ、大したもんだ」
最後のパンを口に入れながらそう言った、しかし彼女は暫くの無言の後ポツリとつぶやいた。
「私は、ただ兄が生きてさえいてくれればそれでよかった・・・」
流石にかける言葉が無く、その後は静かな食事になった。
その晩は疲れてる事もあってぐっすり眠れた、そりゃあれだけ穴掘ればなあ・・・・・
ロードランナーじゃねえんだぞ、俺は。