首都ポルソールの中心に位置する建造物。首都の市民達にただ「宮殿」と呼ばれている施設がある。
五氏族の共同所有物である「宮殿」は国政の場であるが、名前も愛称もない。
一時期は名前を付けようと言う時期もあったが、各氏族の思惑もあり紛糾。結局「宮殿」と呼ぶ事に落ち着いた経緯がある。
今の宰相が就任するまでは六つのブロックに分かれて管理されており、各氏族が一ブロックを所有し、残りの一つが合同討議場となっていた。
そう、共同所有ブロックは合同討議場だけだったのだ。
氏族連合は五氏族からなる緩やかな連合体であるがゆえに行政、徴税、外交までもが各氏族毎に独立運営されていた。
しかし、今の宰相が就任した直後に全ての施設と人員は全て統合され、氏族独自で保持されている区画は一つも無い状態になった。
氏族毎に独立していた各部門も人員ごと統一運用され、又は新設される事になった。
そして新設された部門の中で一番人員、予算が多いのが通商産業省だった。
「つまりエルフが参戦を決意しても、食料で動きを縛るわけには行かない。と言う事か。」
館でバナリーとの打ち合わせを済ませた後宮殿に「出勤」し、エルフと交易を行っている商人達から集めた情報を見ながらつぶやいた。
商人達は通常交易する場合、取引している商品以外の情報も集める。次の商いに有利な情報を集める為だが、他の荷を扱う商人との
情報交換に使えるからだ。商人達は情報を金では買わない、情報の対価は情報しかないのだ。
したがって当初、商人達から情報を集めるのは難しかった。いくら国の命令、相応の対価は払うといっても情報は商人の宝と言って良い。
各港の品物の取引価格だけでなく、誰が何をどれだけ欲しがっているかなどの情報まで持っている者もいる。
自分が扱ってない商品でも、仕入れる事が可能であれば取引できるし、別の商人に口を利いてやって恩を売る事も可能なのだ。
誰が自分の商売のネタを国に喜んで知らせるだろうか?
担当者の予想とは違い、最初は碌な情報が集まらなかった。各氏族の担当者は激怒したがどうにもならなかった。
それを聞いた宰相は方針を変えさせた。提供された情報に金で代価を払うのではなく、情報で代価を払わせる事にしたのだ。
商人がある港の市場価格を情報省に知らせると、その商人はその時点で判明している全ての港の市場価格を知る事が出来るのだ。
そして市場価格だけでなく他の情報を提供すれば、それに応じて更なる情報を手に入れる事が出来るようにしたのだ。
問題は片付いた。
今では首都の市民達は「通商産業省」と言うのは新手の商人援助機関だと信じているほどである。裏に存在する情報収集、及び簡易であるが
分析まで行う機関の存在に気付いている者は皆無だった。
「いっそ国名をフェザーン自治領にでも変えようかねえ」
田中敬一郎二十代後半、銀英伝は原作の頃からファンだった男。
「しかし適当なつるっぱげを領主にしないといけないから難しいよな、コミック版だと女性だけど」
そんな彼はオタクな現代人だったのです。
遠い国から 第十九話 「開戦準備」
「今までグドランドの連中が買っていたとばかり思っていましたので、我々も試算してみて驚いております」
情報省を担当しているエル・ソブリン男爵が羊皮紙を抱えながら言った。東の出身だが貴族内での受けが悪く、今まで無役に近い状態で
燻っていた男である。あだ名は「金貸しソブリン」。親の財産を他の貴族に貸して財産を10倍にした傑物である。
ゆえに貴族内の評判は非常に悪かったが、能力は非常に優秀と判断し登用した。
「買い手が王国となっている小麦、その他の雑穀が碌に港から動いていません。買い手のホウエ男爵とやらも相当臭います。
こちらの記録では六十ぐらいの老人のはずが、取引に現れた男爵は三十才程の男だったそうです」
そう言いつつ一枚の羊皮紙を抜き出し机に広げた。王国貴族の記録だが、確かに現当主は63歳の老人だ。さらに言えば子供は二人の女子
だと言うのだからふざけるにも程が有るだろう。
「ここ数ヶ月の取引の内容を洗いなおしました、武器や防具の取引が王国の必要量以上に増えています。新品、中古共にです。
馬用の飼料や岩塩の取引の多さに紛らわされておりましたが、既に千人分ほどの量が流れています。禁輸令を出しますか?」
言いながら一枚の羊皮紙を抜き出し、武器の輸出量を纏めた資料を提示した。
「今から止めても「今ようやく気がつきました、テヘッ」とふれまわる様なものだ、それにそれを理由に暴発された日にゃ目も当てられん」
そう言いながら頭の中で対応策を考えた。
1.輸出する武器を放射能汚染させる
この時代じゃ放射性物質を探す方が難しいし、気にもしないで使ってきそうだからダメ。
2.輸出する武器などに毒などを仕込んでおく
使った兵士がバタバタ引っくり返ったらソレを理由に宣戦布告されそうだからアウト。
3.輸出する武器を不良品にしておく
一番安全かつ効果的かもしれないが、バレ難い細工を施すには時間と人手が足りない。ましてや秘密を守るのは至難の業だろう。
結論
うむ、だめだなこりゃ。
「とりあえず武器の相場を上げよう。それとなく商人達にエルフに武器が高く売れる事と、俺が新しい歩兵部隊の編成を考えていると
噂を流してくれ。泥縄な対応かもしれんが、暴発させる事だけは防がないといかんしな」
「わかりました、武器防具の相場をとりあえず二倍にして商人達に知らせておきます。しかしそれだけでよろしいのですか?
思い切って兵を集めて先に叩いてしまった方が早い気がしますが?」
資料の羊皮紙を纏めながらソブリンが言った。宰相の後ろにはエルフがいるのに、平然と言ってしまう所にこの男の問題が有ると思う。
「今エルフを叩くと確実に王国が敵に回るからな、こっちも帝国側につけば済むが確実に買い叩かれる。戦力の安売りは止めとこう」
後手後手の対処の上に、効果も余り期待できないがしょうがない。
ああ、情けない。
宮殿で打ち合わせを終えた後、俺はそのまま館へと戻った。内緒話をする場合、二度手間ではあるが現状では仕方がないのだ。
各氏族毎のブロックを取り上げた為、内緒話をしやすい場所が無くなってしまったのだ。効率を上げる為には仕方がない事では有ったが、
今の「宮殿」でバナリーと内緒話をしたら他の氏族の有力貴族が聞き耳を立てに来るだろう。聞くだけなら良いのだが、聞いた者の中に
本来の雇い主以外に連絡して小銭を稼ごうとする者がいる可能性もある。現在は情報収集と分析だけで手一杯の状態で、とても情報統制
なんぞしていられない状態なのだ。
大事だけど、情報統制。
ましてや今の首都には聞き耳を立てている巨乳エルフもいるのだ、油断はできない。
ああ、せめて火薬が大砲分込みで二・三会戦分有ればこんなに苦労しなくて良いのに…。
この後、バナリーと会食し新しい硝石鉱山を作る予定だ。今まで鉱山はドワーフのみが掘っていたがいかんせん頭数が足りない。
今回は試験的に鉱山労働者の半分を人間で補う予定だ。無論成人した人間では身長に差が有りすぎる為、人間の子供が主戦力となる。
こんな仕事をやっていれば、いずれ手を汚さないといけないと言う事か。
そもそもの問題は硝石鉱山が国有化されておらず(部族間にまたがる微妙な問題もあった)生産の為の折衝が長引いた事が原因であった。
結局硝石鉱山などは俺が買い取る事で各部族を納得させた。後で返せと言っても返さんもんね、うひひひひ。
実際通商産業省などは俺の金で動いているのだ、少しは儲けさせてもらわんと釣り合わない。
なんで俺の金で動く嵌めになったのかと言えば、部族間の利益配分に問題があり…ああ、胃が痛い。
だれか代わってくれないかなあ…。