首都ポルソールの北の外れには演習場がある。
何でもここに街が築かれた時からある、由緒正しい軍の演習場と言う話だ。
街が拡大するのに合わせて北にずれていって、最初に演習場のあった土地は500年程前に宅地に変わったそうだ。
そんな歴史ある(といってもただの野原にしか見えない)演習場に二つの大きな荷物が運び込まれた。
「ふふふ、コレが戦力化された暁には三年ぐらいは余計に戦えちゃったりするぞ我が軍は」
「まともに当たれば魔術師だってイチコロだと思いますがね、結構な難物だと思いますよアレは」
隣で難しそうな顔をしているのは、元ドワーフ弓兵隊の隊長だったガーリン・ザクソンと言う男だ。
平民なのに弓兵隊の隊長まで上り詰めた腕利きである。といっても、平民出が隊長を勤められると言う事が旧ドワーフ軍内での
弓兵の立場を物語っているのだろう。事実、騎兵や歩兵隊の隊長に平民出は一人もいない。
「ザクソン君、別に直撃させる必要は無いのだよ。普通、戦場で一人で飛び跳ねてるバカはいないだろう?」
「そうでもないですよ、前の戦争の時には何人か射殺しました。ま、大抵初陣の貴族の坊ちゃんでしたがね」
貴族の所で大げさに肩をすくめて言った。えらくアメリカンな野郎である。
「そういう時は今度から鉄砲で処理してくれたまえ、鉄砲の弾と大砲の弾じゃ値段が違う。弾はタダじゃないんだ!」
「そうですな」
田中敬一郎二十代後半、気の利いたジョークが受けなくてちょっとさびしい今日この頃。
「ふっ、こんな時代じゃ私のウイットに満ち満ちたジョークも分からない…か」
「…」
そんな彼はジョークの才能に恵まれていない現代人だったのです。
遠い国から 第十八話 「誤謬」
演習場に轟音が轟いた。鉄砲の射撃音も初めて聞く者は必ず恐怖心を覚えてしまう程の音だったが、
大砲の発砲音はあきらかに次元の違う音だった。
最初は明らかに恐怖心を抱いていた兵達も三発目の射撃の時には有る程度落ち着きを取り戻し、四発目に放った弾が
標的である壁を一発で打ち崩した時には歓声を上げていた。
彼らはその壁が貴族の屋敷の壁並の強度を持っている事を知っていた。最初は雑に作られていた壁だが、その出来に
我慢の出来なくなった元石工のドワーフ達数人がかりで作り変えられたソレは十分な強度をもった物だったのだ。
もっとも、彼らの期待とは裏腹に壁を見た宰相は非常に複雑な表情を浮かべていたと言われている。
「やはり今回の戦で使うには問題が有りますな、あの大砲という奴は」
「なんですとー!」
期待していた言葉とは裏腹の、思いもよらない言葉に宰相の演技も忘れて叫んでしまった。
「四発撃っただけで今日の訓練用の火薬が三割がた消えました。大食らいすぎますな、あれは」
またもや大食らいの所で大げさに肩をすくめたザクソンは冷静に言い切った。
手柄の割には昇進していない理由が少し分かった気がする。これから彼の事をアメリカンスキーと呼ぶ事にしよう、主に心の中で。
「今までの備蓄分が有れば多少の練習は出来るはずだ、実戦でも一度か二度の戦いなら十分撃てるはずだぞ?」
「備蓄、と言いましても火薬に余裕が無いのです。閣下の言う三会戦分しか貯まっていません。無論鉄砲のみの計算です」
「三会戦分って、今まで送り込んだ火薬は相当量のはずだぞ?いったいどこに消えたんだ」
生産された火薬の八割はこの演習場に運び込んでいるのだ。残りの二割は国境近くに建設された事前物資集積基地に
運び込んでいる。戦争が始まる直前に首都から運んでいては手間がかかりすぎるからである。
「無論訓練で使用しました」
私は演習場で射撃訓練を行っている所を離れた場所で眺めていた。
演習場でも通常はマスターの側を離れないようにしてるのだが、射撃訓練を行っている際には離れて待機するように言われている。
無論、直ぐに反論した。しかしマスターは「一度の誤射で主従全滅と言うのは情けないからなー」
と言った後小さな声で、「外行きメイド服を硝煙で汚すなんてメイドの神への冒涜」がどうとかとつぶやいていた。
普段は理性的かつ合理的な判断をされるのだが、時々このように妙なこだわりや判断に苦しむ指示を出される時がある。
最初は戸惑ったが、最近はその辺りの判断をするのも私の仕事の一つだと割り切る事にした。
それに、妙なこだわりによる被害はマスターの周りにいる者にしか出ていないのだ。
ほとんどが私かメイド関連なのは幸いに思うべきなのかどうか判断に迷う所だ。
問題は残りの稀な例外だが、それら殆どがマスターにあまり穏やかでない感情で接した結果だから自業自得だろう。
今特に被害を受けているのはロウィーナだと思う。おそらく本人は気付いてないだろうが、彼女の目的や行動は有る程度マスターに
見破られている。しかし今でも律儀に、週に一度は館を訪ねてきてこちらの動きに探りを入れている。ほんの少しだが同情してしまう事も無くはない。
実は私がまだ学生の頃、彼女と故郷のあまりに閉鎖的な社会を、そして明らかに衰退の道を進んでいる国の現状を変えようと誓い合った事がある。
兄様の件が無ければ、おそらく私は彼女と行動を共にしていたであろう。そしてきっとマスターと敵対していた。あまり考えたくない状況だ。
そう考えれば私がマスターと出会えたのは間違いなく運命なのだろう。あのまま彼女と貴族の責務を果たしても、私達に国を変えれたとは思えないからだ。
それはマスターが思いもつかなかった政策で、有る意味故郷よりも酷い状態だったこの国を半年も掛からずに立て直してしまった事でも判断がつく。
当初心配されていた難民流入による治安情勢の悪化と、安価すぎる難民の労働力による失業者の増大と経済の破綻は
「難民も二日に一度、学校で教育を受けなければ就労許可証を出さない」
と言う政策により未だに労働力が不足している状態で推移している。恐れていた治安の悪化もほとんどない。
平民が女子を学校に行かせるか?と言う周りの危惧に、成績優秀な女子を高額でメイドとして雇ったのは大成功だろう。
メイドの給金が知れ渡るにつれ、競って学校に通わせるようになったのだ。
もし、マスターが私の祖国で腕を振るって下さればどうなるだろうか。このままマスターの計画が進めば、私の祖国は余り良くない未来が待っているだろう。
ロウィーナが動いているのはおそらくその辺りをどうにかする為なのだろうが、まだ具体的内容を推測できるまでの情報がない。
今日入港した商船から王国の最新情報がきているはずだから、その資料を見ればある程度の予測はできる。
それさえ分かればロウィーナに会うたびにどんな目で見られても、心から哀れんであげる事ができる。
そして戦いが終わったら、どんな手段を使ってもマスターを私の国へ連れて行くのだ。
マスターは一見冷たい方に見られやすいが、本質的には優しい上に甘い方である事は良く知っている。
戦後祖国に連れて行って、我が家の領地の現状を見て頂ければ…簡単に見捨てるとは言えない人だ。
後はなし崩しでマスターに住んで頂くだけだ。見栄えと素性の良い者を集めて忠実なメイドにしてしまえば、全てを捨て
てすぐ故郷に帰るとは言わないだろう。
この計画の最大の問題は、マスターが我にかえる前に躾の行き届いたメイドをそろえる事だったが、ここで雇った者の中で出来の良い
者を伴って教育させれば解決できるだろう。既に使えそうな者も何人か見つけている。
本質的には甘い方だが、メイドに関しては深いこだわりをもっている。見栄えだけのメイドをそろえたら見捨てられるのがおちだろうが、
本当のメイドをそろえれば見捨てる事はされないと思う。
彼女らも、相場の三倍は稼げる職を捨てるとは思えない。いくら景気が良いといっても、平民と難民の女の職業など限られているのだ。
ましてや目端の利くものなら、マスターの元を去るなど考えもしないだろう。
そう考えればドワーフ達には感謝してもしきれない。まさに天の采配と言うものだ。
そんな事を考えていると、射撃場からマスターが歩いてくるのが見えた。
「予定に変更が無ければ屋敷に戻りますが…いかがなさいましたマスター?」
傍目で見ても解るほど顔色を悪くしたマスターに気づいて声を掛けた。そしてその答えは非常に短い物だった。
「弾が…ねえ…」
館へと戻る馬車の中は重い空気に包まれていた。
「でな、俺は言ったんだよ。戦闘で必要な分量の火薬を備蓄してから練習しろとな」
疲れきった表情を浮かべたこの国の宰相は、隣のメイドに今回の経緯を説明していた。
「そしたらあの野郎、「撃ったらどこへ飛んでいくか解らないような者に鉄砲を持たせられませんし、一緒に戦うなど
不可能です」と言い切りやがった。正論だが、どこまで訓練させるつもりだってんだ」
「厳しい訓練なのですか?」
火薬の増産に苦心している主人を見続けていたメイドは、すこし硬い表情を浮かべて聞いた。
「厚板を打ちぬける距離が有効射程だ、と言って撃ちまくっていやがった。誰がそこまでしろと…」
「しかし、これから節約すれば十分貯まると思うのですが?」
「100M程で訓練させる所までは譲歩させたんだがな、それ以下では頑として受け付けやがらねえ。武器として弓以下なら
無理して銃を使う必要は無いと言ってな」
そして座席からずり落ちそうな姿勢まで体をずらしながら言った。
「直接的な攻撃力だけを求めているわけでないのに、それを誰も理解しやがらねえ…」
さすがにまだ誰も使った事の無い兵器の利用方法について、一朝一夕で理解しろと言う事は無茶な要求と言えるだろう。
「こんな時、ドワーフの執拗なまでの凝り性と生真面目さがうらめしいよ」
それを聞いたメイドは心の中でドワーフの技術に対する凝り性と、主人のメイドに対する凝り性とどちらが上か考えつつ言った。
「…片付けますか?」
「みんな同じ考えだから、後任がいない…つーかいい加減その直接的な考えを改めようよ」
なぜこの世界の者は、みなこう好戦的なのだろうかと心の中でため息をつきつつ言った。
これに関しては世界、と言うよりも時代的な物が大きかった。現代の世界の命の価値と根本的に違うのである。
比較的人口が少なく増えにくいドワーフやエルフ達でも、平民の命の値段は中国人民解放軍に近い物だった。
なお、帝国や王国での平民の命の重さは大戦中のソ連軍懲罰大隊のソレに近い物である。命が地球より重い国とは全然違った。
「エルフの動きは陽動と見せかけだった。とかだったら助かるんだがなあ」
無論、そんな事は無かった。
あとがき
11/21 修正
すみません、えらい失敗やらかしてしまいました。
今度は失敗ないよね…
なにかございましたら感想の方にでもご連絡下さい。
出来るだけ直ぐに直します。
では