この世界に来てから結構時間がたった、なにせ電気どころかガス水道、何も無いのだ。
日が昇れば起きて日が沈めば寝るしかないのだ、晩に魔術書を読もうと思ったら、結構臭う油に火を灯すか
魔術で明かりを灯すしかないのだが、俺には使えない。そう、俺には魔術の才能はあまり無いようだった。
遠い国から 第一話 「出立」
「それで、使える術は増えたかね?」
朝食の玉子焼きを口に運びながら師匠は尋ねてきた。
「駄目です、色々試しましたが雷撃だけですねえ」
俺は軽く炙ったパンにバターを着けながら答えた。
「しかし不思議じゃのう、基礎の<物を動かす>は器用にこなすのにそれ以外の物はほとんど駄目、炎はおろか
風も水も駄目とはのう」
なぜかしみじみとつぶやきながらパンを頬張る師匠、しかしそういう言い方されると傷つくね、ほんと。
「理屈はわかるんですが、焦点が合わないと言うか対象がぼやけると言うか、固体だと楽なんすけど」
今朝届いた牛乳(フパの乳、外見は一本角が生えた牛の様だった)を飲みながら答える。
つか普通一年や二年ちょろっと習っただけで、魔術をバリバリ使いこなす方がおかしいだろう?カテジナさん。
この世の中、勇者とか実は大魔術師の血筋とか、ご都合主義には出来ていない。
まあ、召還されちゃった事で十分ご都合主義だと思うが、ちと迷惑だな、うん。
「修行がたらんのう、あと五十年ほどみっちり修行したらどうじゃ?」
「勘弁して下さい、俺、早く元の世界に戻りたいんすよ」
パンを食べながら答える、異世界は数年いれば十分だ、ネットの無い世界はヒマすぎる。
約束のとおり現代の知識は既に教えた。最初は感心して色々聞いてきたのだが「この地面は太陽の周りを回ってる」
と言うと笑われた、くそう、無知蒙昧のやからめ、いつか粛清してやる。
「とりあえず頑張って人一人丸焼けに出来るようになったんですから、約束どおり旅行に行かせてくださいよ」
無論人に向かって使った事は無い、切り倒した人間大の木材にぶっ放していたのだ。
「乾燥させる手間が省けて良いわい」とは師匠の言。
「おぬしも物好きじゃのう、わざわざ苦労して塔に行くだけでなくドワーフやらエルフやらを見に行くとはなあ」
(本来の種族名ではないが漢のロマンで俺がそう呼んでいたら師匠も真似しだした)
「旅は漢のロマンですよ」
師匠には内緒だが、元の世界に戻る前に本物のドワーフやエルフとデジカメで記念撮影がしたかったのだ。
せっかくこんな世界に呼ばれたのだ、コレくらいの役得がないとやってられない。
会いに行こうとしたら
「旅にでるならせめて身を守れる術を使えるようにしろ」
と言われてこのニ年頑張ってきたのだ、でなければ才能が無いとわかった時点で修行を投げ出していただろう。
昔本で読んだ事が有るのだが、中世の頃までは国内旅行でさえ命がけだったと言う。
なので自分の身を守る為に必死になったのだ。
剣は使えない、格闘も駄目、体力皆無なひ弱な現代人に道は無い。
炎も風もまったく扱えず、師匠の蔵書をかたっぱしからひっくり返し一年前にようやく雷系が扱える事がわかった。
と言っても正規のやり方ではなく<動かす>術の応用で静電気を作ったのだ。
つまり本当に<動かす>術以外身につかなかった事になる。
イカサマっぽいが攻撃力はそこそこあるのだ、良しとしてもらおう。
「そうそう、おぬしの旅に使う荷馬車ができたそうじゃ、食べ終わったら村に行って引き取ってくるがよい」
俺より一足早く朝食をかたずけた師匠はそう言って塔の上の書斎に姿を消した。
俺も食事を終え食器を片付け師匠のお古のローブを羽織ってから書斎の師匠に声をかけた。
「村に行って荷馬車引き取ってきますが、何かついでの用事ありますか?」
そう言うと書斎の中から
「ちょっと待っておれ!」
と声がした、そして三十分ほどすると中から師匠が顔を出し
「ついでじゃ、今日からコレを身に着けろ」
と言って銀色のプレートを差し出してきた、中央に赤、その両側に青い宝石が二つはまった見事なプレートだった。
「師匠、コレは・・・」
つい絶句してしまったが無理も無い、正規の魔術師を示すプレートだったからだ。
基本的にこれを身に着けていると大陸全ての国で現代で言う外交官特権に似た特権を受けられるのだ、
実際師匠も全部青い宝石のプレートを着けている。
師匠の名前と俺の名前が刻印されていて、偽造は死刑の一級品(?)である。宝石の色は一番下が赤らしい、よく知らんが。
「どうせ帰ってきたら元の世界に戻るんじゃ、いちいち手形取るのもめんどくさい、術も使えて知識もそこそこ、嘘にはならん」
そういって師匠は笑いつつ書斎に戻っていった。
首からプレートを下げて村に行き鍛冶屋に顔を出すと鍛冶屋のロエルが珍しく笑いながら
「おう、ちょうど良かった、荷馬車と一緒に鉈も仕上げて置いたぜ」
と声を掛けてきた。
早速裏で薪を試し切りさせてもらうが、バランスもよくスパッと割れた。
「さすが親方、いい仕事してますねえ」
某評論家の真似をして親方をほめるとすかさず
「あたぼうよ」
と江戸っ子のような返事が返ってきた、言葉が通じるとはいえ妙なファンタジー世界も有ったものである。
この村は<ラファート>と言うのだが最初の半年は皆余所余所しかった、がこの頃は村に下りるたびに
「よう、早く爺さんの後継いでやりなよ」
とか
「うちの娘どう?売れ残っちゃって」
とかえらくフレンドリーに、返す言葉に困る事を言われるようになった。
もうすぐ元の世界に戻る俺としては答えようがないので
「いやー、後を継ぎたくてもその前に旅に出ないといけないんですよ」
といったら
「生き別れの両親を探している」とか
「生き別れの妹を探している」などは良いほうで
「実は国に追われている」「復習の為に魔術を学んでいる」
などの噂が立って非常に困った事がある。
鍛冶屋を出た後、頼んでおいた干し肉やら何やらを引き取り、鳥を一羽絞めてもらってから塔にもどった。
その時、慣らし運転の荷馬車に揺られたのだが解った事が一つある、座布団が無ければ痔になるのは確実と言う事だ。
なにせ現代の車と違ってスプリングが無い、路面の違いが直に来ます、良い事じゃないけど。
乗馬はへたくそな俺だが確かにコレは良い、これならなんとか<ロバ>と名前を付けてやった生物を動かせる。
(この地方ではトリアと呼ばれている馬の様な生き物、二匹目は<ウマ>と名づける予定)
「これで乗り心地が良ければなあ・・・」
晩飯は村で買った鳥を俺の部屋にあった醤油で照り焼き風にして食った。
最初呼ばれた時に食べた料理の不味さに閉口した俺はある日晩飯の作り手を買って出て、部屋に転がってた醤油で
(ラーメンと一緒にコンビニで買ってきたので偶々あった)
鳥の照り焼き風を作った所、師匠にバカウケしたのである。
まあ台所に調味料が3つしかなかった時点で他に作りようが無かったと言うのが正直な所だったのだが。
「コレでおぬしの料理も暫く食べられんのう」
最後の一切れをパンに乗せて食べながら師匠がポツリとつぶやいた。
「ま、醤油もこれでラストですからねえ、他に調味料なんてないし」
俺もさらに残ったタレにパンを付けながら答えた、そう思うと非常に貴重だな、タレだけでも。
「さて、ぬしは明後日から旅に出る事になるが最初は言ったとおり<ダイセ>の町に寄って封じた塔を確認しろ」
師匠もそう言いつつパンにタレを付けていた。
「百年前の惨劇以降、時間ごと封じた塔じゃが同じ世界の者を召還に成功したのじゃ、流石に中のは死んでる
じゃろうから覗いても大丈夫じゃろ」
なんでもこの世界で魔術師の数が少ない理由は百年前の大規模召還に失敗して大魔術師のほとんどが
死んだのも原因の一つらしい。
五百年前の大陸戦争以降、なり手が少なくなってリーチがかかった魔術師の数はそれが止めになったそうだ。
召還できたものの、よくわからないうちに魔術で双方相打ちになったそうだが(確認する前に封印したらしい)
大魔術師(十人ほどの同時召還だったそうだ)でさえ簡単に殺せる者を塔の外に出すわけには行かない、との事で時間ごと
塔を封印したのが師匠だそうだ。
しかし、それが原因でこんな辺境に流されたらしい、政治って難しいね。
「おぬしなら見ただけで解るだろうが解除のワードを唱えても半日程度入るのは無理じゃぞ、後杖の回収を忘れるな」
カップの水を飲みながら師匠は続けた。
「後塔の横に耳長が住み着いておる、それを見たら襲ってはこんじゃろうが気をつけろ」
エルフは食人でもするのだろうか?
後は特に難しい話も無く洗物を済ませてから寝た、明日は旅の準備が出来る最後である。
忘れたと言ってコンビニに寄ったり出来ないので忘れ物が無いようにしないと、ツーリングに行く度に何か忘れるからな、俺。