さて、唐突だが。 この世界でも普通にあるサンドイッチという料理は、俺が知っている限りだとイギリスのサンドイッチ伯爵だか男爵だかが発明した料理だったはずである。詳しくは知らんが。 なんで名前が同じやねん、なんてツッコミは野暮だから置いておくとしてだ。 かの貴族様は「カード(トランプ)を楽しむ、食事も取る。両方しなくちゃいけないトコが道楽貴族の辛いところだな。覚悟はいいか? 俺は出来てる」とか言ったとか言ってないとか。 片手で食事が出来るのは便利だよねって話だが、もう片方の手で持ってるのがトランプじゃなくて部下の報告書な辺りが救われない。 領地に帰って来たはいいが、相変わらずゆっくり飯食う暇もねぇのかよ……。「報告書を読んだ限りじゃ、街道筋周辺を中心とした地域の治安の改善には一定の成果は出ているか」「はい。ただ、これまでに捕縛されなかった連中のやり口は徐々に巧妙になってきています」「んー……。まぁ、それは予想の範囲内だ。どうせ、無法を働くリスクが高いと知れれば数は自然と減るだろ」 犯罪の根絶なんて無茶を言うつもりはない。 だけどまぁ、何か困った事があったら警察に相談するなり通報するなりできる環境が作れたらいいな、と。「俺としては、ビルド王国領内の街や村落での犯罪が増加しないかどうかが当面の心配事だな」「はぁ……。ですが、街村での我々の活動は必要無いと……」「そりゃあ、ビルド王国としては人口集積地での捜査やら捕縛やらの権利は手放す訳にいかないだろうからな。一応共同組織にはなっているが、実働員はこちらの人間が殆どなんだし。 ただ、一般ピーポーからすればんなセクト争いなんてどうでもいいから結果出してくれ、と。そうなるもんだしな……」 玉突き現象すら起こりかねないんだが、ビルド王国側はその辺りに危機感を持っているのかどうか。 面倒事は出来るだけ他人に押し付けたい、なんて安易な考えの貴族もちらほらいたみたいだし……。 激しく不安だ。「しかし、我々には権限がありませんよ?」「その言い分が通じればいいんだがな……。何にせよ、確かにこちらに権限が無い事も確かだ。心配していても仕方ないか」「では、彼等が泣き付いて来た時の対応も準備しておきますか?」「泣き付いて来てからで構わん。もしそうなったら、その時は内密に相談されるくらいはあるだろう」「はっ!」 それにしても、照り焼きサンドがバカうまである。和風食材が一通り安価で手に入るのはマジでありがてぇ……。 これが唯一の俺の心のオアシスだよ。現実逃避とか言う人嫌いです。 で、部下と入れ代わりで入って来たメイドさんは何故そんなにオドオドしてるのカナ? してるのカナ?「あのぅ、セージ様……。マイル商会の会長がお目見えなのですが……」「は? そんなアポなんか無かっただろ」「ふぇぇ……。その、あの、アポイントが無いとダメです、って言ったんですけど……」「強引に押し切られたか……」「す、すみません」「流石にそういう事を勝手に判断されちゃ困るんだけど……」 家内の主な連中はそれぞれ出張中だしな。カーロンでもいれば話が別だったんだろうが、新人メイドばっかじゃなぁ。 この子を責めても仕方ない。 つか、中学生くらいの女の子捕まえて虐めてるみたいでアレだしな。「私はどんな罰を受けてもいいですから、弟だけは……」「あー、心配しなくてもそんな下らん事で罰したりしないから。まぁ困るのも事実だけど、あそこの会長が相手ではしょうがないさ。次から気をつけてくれればいい」「あ、ありがとうございます!」 マイル商会と言えば、親父殿がお抱えにしていた商人だ。そのせいかどうかは知らないが、黒い噂も多いらしい。 つーか、火の無い所に煙は立たないと言うがあそこに関しては真っ黒だった。 親父殿に取り入って税を免除されていたばかりか、公爵家の消費物等の売買も一手に取り仕切っていたとか。しかもやや割高。 さらに、ウチの領内での商売における有形無形の優先権まであったとくればやり過ぎにも程がありましょうぞってなもんだ。 カーロンは何も言わなかったが、当然それに見合った見返りが親父殿に流れていたはずで。 ほぼ間違いなく女と酒だな。 下手をするとクスリまであるかもしれないが……、カーロンの様子からするとあまり宜しくない事態だったと考えた方が良さそうだ。 そんな相手が面談要求ねぇ……。あまり愉快な時間にはなりそうにもないな。■「お忙しいところを申し訳ありません、公爵様」「いや、執務がちょうど一段落したところだったのでな。気にする事はない」 応接室のソファから立ち上がった中年のおっさんと握手を交わすが、この時点で既に部屋の空気はよろしくはない。 客人待たせるとか良い身分だなゴラァ、こっちの都合も聞かずに押しかけてくるとか最悪だなテメー、という応酬に近い事をにこやかに青筋立てながらやっているのである。 これで部屋の雰囲気に問題が無いように見えたら問題だろう。「それで、貴殿程の方が直接こちらに来るとは余程重大な用件だと見たが」「確かに、その点においては公爵様と私どもの見解は一致していますな」 (意訳)下らん話だったらシメるぞコラ、お前に言われんでも(ry とまぁ、互いに軽いジャブを打ち合ったところで第1Rは終了。可哀相なくらいオドオドしてるさっきのメイドが俺達の前にお茶を並べる。 当然、ついでとばかりに人払いをしておく。 正直今でも軽くアウターゾーンだからな、この部屋。これ以上罰ゲームの犠牲者を増やす事は無いだろう。 ……しかし、何故に番茶だし? いや、俺は好きだけどさ、番茶。こういう時は無難に普段使わない高級セット(紅茶)使ってくんねーかなぁ。 まぁ、普段全く使わないから仕方ない面もあるけど。「おや、お父上は紅茶を好まれていたようにお見受けしておりましたが」「最近、奈宮風の茶を好んでいてな。まぁ、私の個人的な趣味だ。彼女も慌てていたのだろう、私の顔に免じてやってくれないか」「そんな、滅相もない。それに、こちらも中々……。ですが――」 ほらきた。「失礼ですが、その器では公爵様がお使いになられるにしては少々格が足りないように思えるのですが……」「すまない、彼女には後でよく言って聞かせておこう」「いえ、私などにはお気遣いは結構でございます。ただ、公爵様程の方であれば、例えば四峰家領国の佐古田地方で産する焼き物などをお使いになられるのは如何かと。彼の名物も、公爵様のお手元でこそ輝こうというものですし」「心遣いはありがたいが、私はそういった事にはあまり興味は無くてな。それに、私が必要以上の贅沢をするのは領民が豊かになってからだと決めている。貴殿の心遣いだけは受け取っておこう」「いやはや、公爵様は領主の鑑のような方でございますな! そのお歳でそれだけのお心得を得られておられるとは、感服致しました」「父の所業を考えると手放しで褒められる訳にはいかないが……。まぁいい。そろそろ本題に入らないか、ヘイロー殿」 醒めた口調の俺の言葉に、ヘイロー殿の好々爺じみた表情の視線だけがギラリと光った。 どうやら親父殿とは違うという事に気付いて貰えたようで何よりだ。 これ以上空疎な世辞なんぞ聞いてられるかっつーの。「では、お言葉に甘えまして――今回お伺い致しましたのは、私どもマイル商会と公爵家の間の商慣行において重大な誤解が生じているように思われまして。公爵様の誤解を解かねばならぬと思い、馳せ参じた次第であります」「重大な誤解、か」「ええ、そうでございます。確かに私どもの商会は公爵家に様々な便宜をはかって頂いておりますが、それは私どもの公爵様に対する様々な援助と一心同体。互いを比翼とする関係にございます」「なるほど、筋は通っているように聞こえるな。だが、左右の翼の大きさが違う鳥は果たして空を飛べるものか、甚だ疑問に感じるな」「私どもの働きに何かご不満でもおありですか?」「率直に言えばそうだし、さらに突っ込んで言えばこちらの払う対価が高すぎるきらいがあるな」「私どもが私腹を肥やしたとでもおっしゃりたいのですか?」「その質問、本当に答える必要があるのか?」 今までマイル商会が甘受してきた利益が尋常なものではない事くらい、当の本人が1番良く知っているはずだ。 俺の発言がかなり際どい物であるにも関わらず、毛ほども表情が変わらないのが証拠みたいなもんだ。 ……いや、むしろ2人とも面の皮が厚いだけかもな。 なんだかんだ言ってマイル商会はエルト王国屈指の商会の1つだし、こちらとしても完全にそっぽを向かれるのはやや拙い。 マイル商会としても、リトリー公爵家という大口の顧客と喧嘩別れなんぞしたら商売敵を利するだけだ。下手をしたら経営が傾きかねないだろう。 つまり、互いに妥協点を探り合っているだけなのだ。「分かりました。確かにお父上の代とは事情も大きく変わりましたからな。今までの商慣行もそのままという訳にも参りませんな」「……残念だが、それでは些か公爵家の支払いが過分に過ぎる。嘘偽りの無い本心を言うが、私個人としては我が公爵家に損を押し付ける相手とは商売をしたくはないな」 この言葉は本当に本心に近い。 ある状況で相手のために損を引き受ける事自体は忌避しないが、それが常態化するのは頂けない。やはりどこかでバランスをとらないとな。「私どもを公爵家の商いから締め出すおつもりですか?!」「まさか、いくらなんでもそんな無法な事をするつもりはない。ただ、取引をする相手を選ぶ時にこれまでの取引の事が頭をよぎる事もあるかもしれないだけさ」「私どもはこれまでお父上に多大な便宜をはかってきたのですぞ! それを……」「それに見合うだけはもう十分に儲けただろう。それに、あまり暴利を貪っていると思わぬところで手痛いしっぺ返しを食らうかもしれないな」 その言葉に最近の俺の交遊関係に思い至ったのだろう。腰を浮かさんばかりだったヘイロー殿がソファに沈み込むようにして呻き声を漏らす。 既に一度、警察隊立ち上げの際に受注を王都のエルゼ商会に持っていかれた後だからな。俺の言葉は、ただの脅しというには現実味を帯びている。 実際にムストを動かせるかどうかという方は怪しいところだが、それが可能かもしれないというだけで十分に脅威に感じるだろう。 脅迫じゃないかって? HAHAHA! いたいけな10歳の子供が脅迫なんて出来るわけないじゃないか。「まぁ、私もこちらに便宜をはかってくれる相手を無下に扱うような事はしないが……」「…………」「話は変わるが、当家には価値のある財宝や美術品がそれなりにあるのだが、私のような子供にはその真価は理解しえないと思うのだよ。どうせなら、物の価値が解る者に譲りたいと思っているのだが、ヘイロー殿はどう思う?」■ リトリー公爵家の邸宅からの帰途、ヘイローは心底疲れた様子で馬車の座席に身を沈めていた。秘書の差し出した水筒の水を一口飲み、ため息をつく。「油断していたつもりは無かったが……、かなりやられてしまったな」「あれだけの点数の美術品と財宝を時価の2割増しで買い取りですか……。財務担当が泡食って倒れますよ」「だが、ここらで手打ちにしておかなければならないのも事実だ。恐らく断っても普通の商売まで締め出される事は無かっただろうが……」 公爵家が絡む取引の総量を考えると、マイル商会を外し続ける事は不可能なのだ。そんな事をしても領内の経済が混乱するだけで、困るのは公爵家の側も同じ事である。 今までの動きから見て、セージがその事に気付いていないとはヘイローには到底思えなかった。 ならば、なぜヘイローがセージの取引に応じたのか?「公爵家が資金面で困っているのは確かだ。我々が断ったとしても、間違いなく他の商会が高くで買い取って恩を売る。そうなれば、旨味のある取引を全て持って行かれかねん」「しかも、こちらの心証は悪いまま、ですか……。確かにマズイですね」「一番の問題は、セージ様がそこまで全て計算づくでこの取引を提示してきたように感じられる事だ。セージ様はまだ10歳なんだぞ……。まったく、先代がアレだった反動か何か知らんが、神様も意地の悪い事をする。 ともかく、この後何年公爵位にあるか分からん相手なんだ、上手く付き合っていかねば商会が傾く。逆に言えば、公爵様個人に恩を売っておけば無駄にはならないが……」「部下に何か用意させますか?」「無駄だから止めておけ。歓心を得るには、相手の欲しがっている物を渡す事が肝要だ。酒や女を宛がって機嫌が取れるような相手ならこんなに悩みなどしない」 彼の歓心を得るには、実務的な利を供与しなければならない。長年商会を切り盛りしてきた彼の勘はそう訴えていたし、先の謁見での様子を鑑みてもその勘で間違いは無さそうだった。 例えば、常識外れの低金利で金を貸す、というような便宜をはかれば確実にこちらに利益が返ってくるよう取り計らってもらえるだろうが……。しかし、そんな単純な事では商売敵にすぐに真似をされてしまう。 基幹事業の1つである貸し金業で低金利競争なんて馬鹿げた事をするつもりは、彼には無かった。 とはいえ、酒や女などであればよほどのレベルのもので無ければどうという事は無い端金で準備できるが、それに比べればよほど金も時間も掛かる類の物でなければ彼の心は動かせない。 そうなると当然、ヘイローの悩みの種は増えるわけで。「まぁ、今までのように楽に鴨に出来る相手じゃなくなった事だけは確かだ。今までは楽をさせてもらっていたが、これからは気を引き締めておかないと椿屋やエルゼ商会に負けるかもしれないぞ。部下達にもその辺りの事は徹底しておかねばな……」 つまりはまぁ、エルストーナにまた1人苦労人が爆誕した1日でありましたとさ。 どっとはらい。