微妙な寒さだった冬も終わって春らしくなってきましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか? 私、セージ=リトリーは11歳の誕生日を迎え、今日も元気に頭を抱えております。 ……えーっと、何で俺エルト王国軍遠征部隊の副将になってんの? 参加するのはともかく責任者扱いは予想外デース。■ ――1st Day 事の発端は、旧ヘルミナ王国領とビルド王国領の国境地帯にあるいくつかの集落がヴィスト王国に対して蜂起した事だった。 戦闘力の高い獣人が住む村々が立ちあがった結果、付近をたまたま巡回していた100名前後のヴィスト軍国境巡察隊が壊滅。 まぁ、5倍近い数の獣人に襲われたんだ、殲滅されなかった事が奇跡的ですらある。 で、その報復として派遣されたのがヴィスト軍の誇る宿将、アライゼル将軍。率いる兵力は5000。 いきなりそこそこ大きな兵力が出てきたわけだが、これを期に国境地域の平定でもしようと考えてるのかもしれないな。獣人達を叩き潰せば不安要素は無くなると判断したのかもしれないし。 とにもかくにも、自分達の10倍に達する兵力に泡を食った獣人達の救援要請に応え、ビルド王国軍近衛兵団3000とエルト王国軍1500が出張ってきたわけなんだが……。 これ、周辺の国で緊急にヘルミナ・ビルド国境地方に展開できる部隊がこんだけしかなかったからなんだよね。 ビルド王国国内で迅速に出陣できる兵力は近衛兵団だけで、その内の3割を派遣。んでもって、地理的に比較的近いエルト王国から騎馬のみで編成された1000と、戦略機動力が段違いのリトリー公爵軍500(槍兵と弓兵50ずつは万が一の時の為にお留守番)を派遣。 ちなみに、流石に11歳になったばかりの子供が派遣軍を率いるのも問題大ありなので、今回はアルバーエル将軍とノア将軍が出てきている。で、貴族としての位階の関係上俺が副将になっている、と。 ビルド側の責任者はルーティン伯爵とかいう貴族のおっさんで、まさかの指揮権委譲をやらかしてくれました。曰く、半分素人みたいな自分よりアルバーエル将軍の方が指揮を取った方が良いだろうとか。 しかし対外的にはルーティンのおっさんの顔を立てなきゃいけないのは変わらない訳で……。 ぶっちゃけた話、功績を立てれば横からかっさらうつもりなんだろうな。で、失敗したら責任はこっちに押し付ける、と。 そんなつもりなんて無くて純粋にこちらの腕を信頼してくれているのであればいいとは思うんだが、まぁ淡い期待だろう。 ま、そんな事はどうでもいい。いや、どうでもよくは無いがヴィスト軍との戦闘の事を考えるとそんな事にまで頭をまわす余裕が無い。「セージ、この戦い勝てると思うか?」 遠征に向かう道中でそこそこ親しくなったアルバーエルのおっさんが、あご髭を扱きながらそう聞いてくる。 今はマックラー平原に野営中で、ここはアルバーエル将軍のテントの中。さっきまでルーティンのおっさんとか獣人のおっさんとかがいたけど、一応人払いをしているのでここには俺とおっさんしかいなかったりする。 つまり、本音が言える。「まぁ、断言は出来ませんが……、たぶん勝てませんね」「ほぅ」「兵力こそ同数になりましたが、こっちは寄せ集めで向こうは精鋭。しかも、我らがエルト軍はここ数十年強力な正規軍相手の実戦経験がありません。 現地住民の道案内は期待できますから地の利こそこちらにありますが、マトモにぶつかったら粉砕されるのがオチでしょうね」「まぁ、俺も同意見だな。セージは何か一発逆転が狙える手を思いついたりしていないか?」「勘弁して下さいよ……。 戦争の基本は数です。相手を圧倒する数さえ揃えて適切に運用すれば、相手がどんな名将でも勝てるんですから。欲を言えば近衛兵団は根こそぎ出撃して欲しかったですね」 戦争は数だよ、兄貴。 近衛兵団1万が根こそぎ出てきたら向こうだって戦わずして撤退してくれるかもしれないのに。「ま、ビルド王国はあまりこの戦いに乗り気じゃ無さそうなんだ。3割も出てきただけでも良しとするべきだろうな。 ……しかし、守勢に優れるメレフ将軍をあっけなく撃破したヴィスト軍が相手というのは厳しいか。その上、敵将はアライゼル将軍ときた」「名将ですか」「ヴィストでも3本の指に入るくらいの、な。とにかく手勢を動かす事が巧みで、カーディル王とはまた違ったタイプの名将らしい」「はぁ……。となると、その問題の獣人の集落を立ち退かせた方が早いですね。とりあえず、獣人の代表者に話を通して俺がエルト勢を率いて現場に急行しますよ。 向こうも似たような事は考えるでしょうし、今回は――というかヘルミナ滅亡時の事を考えると、今回も速度勝負です」 まったく、何で俺がこんな危ない橋を渡らなきゃならなんのか。しかも、他人の為に。 適当に戦ってお茶を濁して帰るという手もあるし、本当ならそうしたいんだけど……。 この時期にヴィストに調子扱かせると後が怖そうなんだよなぁ。 マジでやってらんねー。「しかし、正面からぶつかるという手も無い事は無いんじゃないのか? 獣人達はいずれも一騎当千の強者だと聞いているが」「組織戦じゃ個人の武勇なんて微々たるものですから。一騎当千なんて戯言はカーディル王みたいな正真正銘の化物だけに許される言葉です。 だいたい、マトモに連携が取れるかどうかすら怪しい5000なんて、ヴィスト軍でも一、二を争う将軍ともなれば半分の2500でも適当にあしらわれそうですよ。その間に残りの2500が後方の村を焼いてしまえば俺達の戦う理由が消滅する、と」 コーラを飲んだらゲップが出るくらい確実だな。 そうなった場合、俺達の遠征は無駄骨どころの騒ぎじゃなくなる。「ですので、ここはウチの1500が先行してヴィスト軍を足止めしつつ村落の住民を余さず後方へ避難させ、ヴィスト軍の戦略目標を喪失させる事によって彼らの撤退を促します。 タイミング的には、ビルドの近衛兵団が戦場に到着すればそれでヴィスト軍は引き揚げるかと」「……そう上手くいくか? 確かにリトリー勢と騎兵だけで編成すれば間に合うのは間に合うだろうが……」「獣人達は集落の方に陣を構えているんでしょう? なら、現地で2000程度の兵数にはなります。ウチの馬車に村の住民を無理矢理詰め込んで安全圏まで後退させれば、後は何とかなるでしょう」「本当に時間との勝負になるな……。しかし、現状ではそれが一番楽に“負けない”戦いが出来る選択肢か」「大きな犠牲を払って勝っても、次は全力で来られますからね……。後の事を考えれば、ビルドの近衛兵団にはあまり傷ついてもらいたくないんですよ」 近衛兵団の1万が無傷で残っていれば、ヴィスト王国もそこそこ警戒してくれるはずだ。早期に決着を付けられないんなら、せめて時間を稼いでこっちの迎撃準備を整えておかないと。 いきなりビルド王国に本格侵攻されたら耐えきれると思えないんだよな。 ……ジリ貧になるって考え方ももちろんあるんだけど。「とりあえず、獣人族の代表――ビリー殿の説得はこちらでしておこう」「土地とある程度の財産の補償はリトリー家で用意すると伝えておいて下さい。人命は取り戻せませんが、財産ならば何とでもなると言えば折れるのではないでしょうか。 元々獣人族は土地にしがみつくタイプではないですし……」 イメージ的にはローマ人から見たガリア人に近いかな。農耕もやるが、基本的には狩猟採集民族の出だし。 そりゃあもちろん自分が住んでる土地を離れるリスクは嫌うだろうが、代替地が用意されてるとしたら動く事にためらいは少ないだろう。 これが土地にしがみつくタイプだったりしたらエライ事になる。 先祖代々の土地を離れるとは云々とかでゴネられた挙句時間切れとか、寒いにも程があるからな。 森の住人とかだとこうはいかないだろうし、不幸中の幸いと言っていいものやら……。仮に森の住人だったらヴィスト軍も易々と手出しは出来ないわけだしなぁ。 ま、俺は悪運だけは強いらしい。 そういう事にしておこう。「しかし、そんなに金と土地はあるのか?」「土地はともかく、金の方は借金で賄うしかないですね。まぁ、長期的には何とでもなると思ってますし、それくらいしないと彼らも動きづらいでしょう」 逆に言えば、生活のアテがあるなら家族の命を危険に晒してまで戦おうという気にはならない、と思いたい。 というか、名誉のために死ぬとしても、あんたらだけでやってくれ、と。巻き込まれる方は良い迷惑なんだぜ?「――もう1つ考えたのは、ワザと行軍速度を遅らせるという手なんですけどね……」「……なるほど。戦わずして帰還する、という事か。それならば確かに我が軍もビルド軍も被害は出ないだろうが……」「獣人族は見殺しになります。後々禍根として残るかもしれないので、外交的には拙いでしょうね。宰相殿やムストに説教を食らうのは間違い無いでしょう」「それに、エルト王国やビルド王国、ルーティン伯爵の名にも傷が付くだろうな。俺としては、その策は却下せざるをえん」「俺も出来れば使いたくないですよ。死にたがりの馬鹿ならともかく、何の罪も無い女子供まで見殺しにするのは流石に良心に堪えますから」 まぁ、俺だって血も涙も無い人間じゃない。好んでそんな策を使いたいとは思わないな。 村の放棄に同意してもらえなかったら容赦無く実行するくらいには冷たいけどね。 馬鹿どもの自尊心を満たすために俺の大事な部下を擦り減らす気になんぞ、なれるはずも無い。 ……このまま状況が推移したとしても、ちょっと洒落にならない状況になりそうだけどな。 住民の脱出を護衛するために絶望的な戦いに臨むだなんて、そんな“お話”みたいな事を真剣にやるだなんて思ってもみなかった。 最高に上手くいけば敵影を見る事も無く全てを終わらせる事が出来るんだけど、な……。 ヴィスト軍の進軍速度を考えると望み薄か。「アルバーエル将軍はビルド王国近衛兵団を指揮して後詰めに回って下さい。先遣隊としては、ノア将軍と騎兵隊を借りていきます。俺もウチの軍と共に出ますんで、避難民の後送と後詰に関してはよろしくお願いしますね」「……俺は、お前を無事に帰すようにムストに言われているんだがなぁ」「こんな所で死ぬ気は無いんで、ホント早いとこ合流して下さいよ。最終的には近衛兵団の3000が頼りなんですから」■ ――2nd Day この時代の道路はアスファルト舗装なんてされている訳でもなく、一部の街道を除けば、石畳の敷かれた道路なんていうのは都市や街の中にあるのが精一杯だったりする。 まぁ、輸送手段の主力が馬車だったりするので、逆に舗装されてない方が好都合だったりもするんだけどな。主に馬の蹄的な意味で。 これでバネが発明されて無かったりしたら死ねるんだが、都合の良い事に既にバネ自体は開発されていたりする。 後は車体と車軸の間にバネを挟んでやれば、震動はだいぶ和らぐので乗り心地やら輸送での使い勝手やらが全然違ったり。これでゴムでもあれば車輪に実装するんだが、まぁそこまでは未だ無理だ。 つまり何が言いたいのかというと――「俺はエースと6のツーペアッス」「キングのスリーカード! いつまでも殿下に遅れを――」「フラッシュ。残念だったな」「――くぁwせdrftgyふじこlp!?」「おぉぉぉぉぉ……!」「うは、小隊長フルボッコwwww」「ざわ……ざわ……」 車内でこんな事が出来たりもするのだ。乗り心地が良くない時代の馬車を知る人間からすれば、天国と地獄ほどの差があるとか無いとか。「すげぇ、公爵様がこれで5連勝だぜ……」「つーか、11歳の子供にポーカーでボロ負けする俺達が情けなさ過ぎだろ、常識的に考えて」「凄まじいまでの引き……! 来る、大挙して……。山札の各地から、知将猛将名将が……っ、山のように入ってくる……! 実力……っ! リトリー家の神童の……! これが、実力……っ!!」「……お前ら、他人事だからって楽しそうだな」「小隊長ー、俺もボロ負けしてるんスけど」「お前は顔に出すぎだ」 小隊長、そう言うあんたも微妙に手つきに出てるぞ。 つーか、俺だってポーカーフェイス上手くないんだからちゃんと降りろよお前ら……。他のやつらはきちんと降りてるぞ?「次です、次。今度こそぎゃふんと言わせるッス!」「俺は良いが……、財布は大丈夫なのか?」「大丈夫です、いざとなったら給料前借りさせてもらうッスから」「それは大丈夫とは言わないし、しかもお前の給料出してるの公爵様だろ」「殿下、俺から貸しておくんで給料の前貸しなんてしないで下さいよ」「……心配しなくてもそんな事になったら多少割り引くよ。部下から限度を超えて巻き上げるつもりは無い」「おぉ……、公爵様テラカッコよ過ぎる……!」 ものすごく不真面目にやっているが、もちろん今現在も大絶賛行軍中だ。 俺はサボってるといわれたらその通りなんだが、馬をビリーとかいうおっさん――じゃなくて、獣人族の代表に貸しているので行軍中は殆ど何も出来ないのだ。 つーか、ビリーのおっさんにもノア将軍にもカーロンにも「馬車にスッ込んでろ(意訳)」と言われてしまったので、こうしてポーカーでもしていると。 トランプなんてあったのかってか? 何故かは知らんが普通にあったぞ。いやまぁ、麻雀が存在する時点でその辺気にしても仕方ないんだろうけど。 俺が馬車に引っ込んでるとなると行軍に関する仕事は他の面子に丸投げなわけだが、道案内はビリーのおっさんがやってるし、行軍の指揮はノア将軍とカーロンがやってる。 ちなみにビリーのおっさんの見た目は、思っていた以上に違和感がないというか普通というか……。 若干背が低い気もしたが、精悍な顔つきと引き締まった体はなかなかどうして、おっさん扱いするのは可哀想なくらいだったな。焦げ茶色の髪の毛と一体化した猫耳と長い尻尾が無ければ普通のスポーツマンみたいだったし。 これでバーコード頭のリーマン風のおっさんだったらシュールすぎだったな。少なくとも俺はドン引きしてる自信がある。 ……まぁ、それはそれで違和感無い見た目になってるのかもしれないけど。「セージ様の番ッスよ」「あいよ~」 スペードの2、4とダイヤの7、ハートの9にクラブ9か……。 一応ワンペアは出来てるんだが……。「ククク……」 あそこのアゴの長い奴とか……。「…………」 無言でニヤニヤしてるアホとか。「はいはい、ワロスワロス」 既に降りてる奴とか。前に出る気しねー。「俺も降りるわ」「よし! これで公爵様の6連勝は無くなった!」「こらこら、そこで喜ぶな」「金持ち喧嘩せず、ってな。勝ってる時は無理しないってのが鉄則だよ」「普通に冷静過ぎですよ、公爵様……」「いやいや、もう十分に冷静じゃない行動した後だから」 残り2枚のカンチャンの10引いてストレート作って勝ったりとかした後だからなぁ。 つーかそもそも上司の目の前で賭博行為をするっつーのは中々肝が座っている気もするんだが、そこのところはどうなんだ? もちろん、黙認してる方も黙認してる方だろうけど。 女と酒に関しては許可の出しようがないから、後は打つ方を黙認するくらいしか兵士のフラストレーションを発散させようがないってだけだけどさ。「勝負ッス、小隊長!」「ふっ、愚かな……」「え? あれ? あれれ……? ぎゃーす!!!」 で、勝負の行方はといえば。 やたら軽い兄ちゃんのフルハウスに対し、小隊長の手は4カード。残念、君のフルハウスでは勝てないな。もちろん俺も勝てそうになかったので降りて正解。 勝ったはいいが、バタバタ降りられてるから効率悪いな。「うーん、平和だねぇ……」「こ こ か ら が 本 当 の 地 獄 だ ぜ !」「いや、それ洒落になってないから」 本当、何人生き残れる事やら……。