そんなこんなでいきなり降ってわいた結婚騒ぎとその他諸々にカタがつき、俺は領地経営という戦場へと戻ってきた。相変わらず細かい所はカーロン以下の部下に投げっ放しだし自転車操業かつ博打要素満載という状況もあるが、とにかく動かないといけないのだ。 色々動いた結果が出るまでの時間とその結果を利用する時間を考えると、悩んでる時間すら惜しいというのが実情なので。 見たくない問題結婚騒ぎを先送りしただけとも言うが、とりあえず今は気にしない。 とにかく今は目の前の書類の山を片付けないといけないわけで。カーロンもライガーも似たような感じで書類の山に埋まってるから押し付ける相手も居ないんだよなぁ。 タイオン? あぁ、奴なら学園の魔法使い系の講師の件で正式にノイル王国に陳情しに出張中。ロイア伯爵も別件で行くみたいだから、上手く交渉がまとまってくれればいいなー、と他力本願に祈ってみる。 試しに一隻就航させてみた河川船舶を使った物流ルートの試験も兼ねてるから、そっちの方でも良い結果が出るといいなぁ。 ……別名、現実逃避とも言う。 つーか、あれだ。処理しても処理しても書類の山がいっこうに無くなる気配すら見せないのな。押し付ける相手を探そうにも、どいつもこいつも俺と似たような状況だし。まだ読んで手直ししたりサインしたり指示書作ったりするだけの俺の方がマシっちゃマシなんだが。 そのうち出向組をこっちへ戻して向こうにまた新人君を押し付けるかな? そしたら書類の山を押し付ける相手が出来るし……。 向こうで書類の山と格闘しながらウチの新人の教育まで行っている奈宮組の政務官に本気で呪われそうだが、アリかもしれん。 ま、実際には半分入れ替えくらいが限界点だろうけどな。あんまりやり過ぎると奈宮から睨まれるだろうし。 そういや、あと1ヶ月で俺は11歳になるらしい。これでも一応公爵家の当主なので、身内だけのお誕生日会をやってお終い、って訳にはいかんのだろうなぁ。お誕生日会(笑)をするのであればそろそろ準備を始めなきゃならんが、あまりにも面倒すぎる。 そんな事に1秒たりとも時間を割きたくないというか相変わらず予算がキツキツなのでパーティなんぞ開いてられるかボケッ! ヴィストがヘルミナに戦争吹っかけて全部うやむやになんねーかな、なんてアホな事を考えていたせい――という訳でもないだろうが。 始まっちまいましたよ。運命のドミノ倒しが。■ その日、突如として国境を越えたヴィスト王国軍4万はヘルミナ王国王都ラルンへと迫っていた。 宣戦布告はなされていたものの、その大義名分など大した問題では無かった。問題であったのはヴィスト王国軍のあまりにも速い進軍速度であり、それに比して遅々として進まぬヘルミナ王国軍の集結であった。 その疾風の如きヴィスト王国軍の先陣を指揮するのは、あろうことかヴィスト王カーディルその人であった。 ラルンへと至る途中での抵抗の尽くを鎧袖一触に粉砕し、なおかつ後方との補給路には細心の注意を払いつつ、それでいて各地の拠点の陥落の情報の伝播速度と競うかのような神速の行軍速度。 確かにカーディルの軍事センスは抜群に優れていた。 それはヴィスト王国がヴィスト地方に覇を築き上げる過程での紛争で既に証明されていた事であったが、こうして万単位の軍勢を率いて長駆遠征する際にもそれが色あせないというのは、侵略されつつあるヘルミナ王国の面々にとっては悪夢でしかなかった。 それこそ歴史に名前が残るであろう将器であるのは、対峙したヘルミナ王国の面々が最も感じ取っていた事だろう。 だが、一国の主が侵攻の陣頭に立つとはなんと軽率な事であろうか。 この時ラルン北の平原に集結しつつあったヘルミナ王国軍は総勢6万5千。 国内に最低限の備えを残して出撃しているヴィスト王国軍に対し、国内の軍事力の全てを――制限時間ギリギリとはいえ――集結させる事に成功していた。 4万対6万5千。 しかも、劣勢である方の軍勢を率いるのは最も倒されてはならぬ存在――即ち王。 この時まで延々とヴィスト軍の進行速度と自軍の集結速度の競争に神経をすり減らしていたヘルミナ王国軍の首脳陣に安堵にも似た感情が浮かんでいたのは、ある程度仕方の無い事であったのかもしれない。 あの4万の兵の先頭に立つ王さえ討ち取れば、長く続いた緊張と短い戦争が終わりを告げる。 なに、彼の将器は脅威ではあったが、一国の国主であるのに陣頭に立つなど軽率にも程があった。彼は兵を率いる将としては大器であったが、王の器ではなかったのだ。 ……その楽観論が崩されたのは、間もなくの事だった。 ラルン北の平原に着陣したヘルミナ王国軍は横陣を敷き、ヴィスト王国軍のラルンへの侵入を阻止しようと構えた。 先陣左翼に1万、先陣本隊に1万5千、先陣右翼に1万、後陣左翼に5千、後陣本隊に2万、後陣右翼に5千。 中央を分厚くした2列横陣で、中央の先後2陣で敵の攻勢を受け止め、あわよくば先陣の左右両翼で敵を包囲殲滅しようという狙いは明白だった。 前後列に軍を分けているのはどちらかといえば下策なのだが、ヘルミナ軍内部の政治力学は複雑であり、その発露としてはまだマシな部類に入っただろう。 各備えはそれぞれ有力貴族や将軍が率い、全軍をヘルミナ王国の宿将エイニィ=メレフがまとめる。 それに対するヴィスト王国軍は、中央にカーディル王率いる2万5千、左右にそれぞれ5千を率いる右将軍ミリア=ダヴーと左将軍ジャン=スーシェ、後方にカーディルの副将を務める老将ヘクトール=アライゼル率いる5千が布陣した。 包囲殲滅を狙うがゆえに各陣の間隔がかなり離れているヘルミナ王国軍に対し、ヴィスト王国軍のそれは極端なまでの密集隊形であった。 もちろんヘルミナ王国軍――というよりメレフ将軍はカーディルの中央突破の狙いを正確に読み取っていた。 だからこそ双方の布陣開始直後に後陣左右両翼が中央に寄る形で陣形が修正され、ヴィスト軍4万に対して中央に4万5千の兵力を集中して受け止めるという思惑を描いていた。 先陣左右両翼が移動して敵側面を叩くまでの僅かな間だけ敵の攻勢を受け止める、ただそれだけの為に全軍の7割以上の兵力を回し、敵軍の総数をさえ上回る数の防壁を築き上げる。 普通ならば石橋を叩いて渡る采配であると賞賛されるべきであったのかもしれない。 両翼を広げて包囲殲滅を狙うという当初の作戦を堅持すべきだとの声も多かった事を併せて考えれば、メレフ将軍の指揮は臆病であると揶揄されかねないものですらあっただろう。そんな状況の中での作戦の修正であると考えれば、メレフ将軍を責める事は難しい。 しかし、それでもなお敢えて指摘するのであれば。 彼の見通しは甘かった。 戦闘開始直後、ヘルミナ軍の前衛より射掛けられる矢や魔法による制圧火力を物ともせず、カーディル自身が陣頭に立つ2万5千がヘルミナ軍先陣本隊の1万5千に速攻を仕掛けて襲いかかる。 局地的な兵力差は逆転し、接触点での兵力比に至っては3対1を超える状態――しかもカーディルの周囲の兵は全軍から選りすぐられた精鋭だ。 一瞬の抵抗すら許されず、ヘルミナ軍の最前衛が瓦解する。 そのまま豆腐をナタで叩き潰すかのようにカーディル率いる兵はヘルミナ軍の隊列を抜けていき、先陣本隊は中央に巨大な穿孔を穿たれた。 中央から分断されつつある備えにはもはやカーディルの突撃を押し留める力は残されておらず、後続の1万5千を受け止める事すら危うい状況となりつつあった。 戦闘開始から僅かしか経っていないにも関わらず、その戦況を見たメレフ将軍は己の劣勢を悟った。 先陣本隊の1万5千は初撃で粉砕されて軍集団としての機能を失いつつあり、左右の各1万はその役目を果たせず遊兵と化しつつある。 何より、カーディル王自身とその周囲の将兵の強さが尋常ではなかった。 彼の直率する2万と左右に展開する各5千の兵を併せればカーディル直率の2万5千は上回るが、恐らくそれで止められる相手でも無い。 敗北と死すら覚悟した彼の意識は、せめて無傷の先陣左右両翼の2万を無事後退させてラルンの失陥を防ぐ、という事に向きつつあった。 その覚悟を決めてからのメレフ将軍の指揮は苛烈であった。 文字通り全滅する事をもいとわぬ不退転を直率全軍に発令し、自らも一歩足りとも退かずに指揮を取る。それどころか将軍自ら前線近くまで馬を運び、カーディル王の突撃により崩壊しかかっていた戦線を立て直しつつ、周囲の陣へ向けて伝令を走らせて可能な限りの友軍を後退させる。 カーディル王をも唸らせたメレフ将軍の老練な指揮により、ヘルミナ軍後陣はヴィスト軍の突撃を辛うじて受け止めた。 それどころか、メレフ将軍を救おうとした後陣の左右両翼がヴィスト軍の側面へと突撃するに至っては戦線を押し返しすらした。 並大抵の軍であれば一撃で粉砕してしまうカーディルの突撃を受け止めたのは賞賛に値すると、後にカーディル王自身が述べている。 だがしかし、ヘルミナ軍の抵抗はそこまでであった。 戦線を押し返し、最前線に立つカーディル王の周囲の兵が薄くなった――カーディル王を討ち取りかけたまさにその時、前列を抜けてきたアライゼル将軍率いる5千がヘルミナ軍の右側面へと回り込んで強烈な一撃を加えたのだ。 ヘルミナ軍の右翼は一瞬で壊乱し、連鎖的に戦線が崩壊してゆく。 あるいは予備兵力を投入すれば戦線の全面崩壊は防げたのかもしれないが、メレフ将軍の手元にはもはや一兵の予備戦力も残されてはいなかった。 戦場を迂回してラルンへと撤退した2万の兵を除いた4万5千のうち、ラルンへと帰還した兵は2万に届かなかった。 特にメレフ将軍が直率していた2万の兵は最後までメレフ将軍に従って友軍の盾となった結果、帰還率が2割に満たないという凄まじい記録を残し、壊滅。 主だった貴族や将軍たちもその半数以上が戦死あるいは捕虜となり、ヘルミナ王国軍は事実上その組織的戦闘能力を喪失した。 特にその人柄と能力で王や兵士達から絶大な信頼を寄せられていたメレフ将軍の戦死は致命的と言えた。 著しい士気の低下と作戦能力の低下にも諦める事無く、ヘルミナ王はラルンに篭城する事を決めたが……。■「結局貴族から内通者が出てヘルミナ王は凶刃に倒れ、ヘルミナ王国は降伏、か……」「しかも、先の会戦で有力貴族の過半が戦死するか捕らえられた上に、ヘルミナ王の暗殺騒ぎの際に王族の大半が亡くなられております。まぁ、事実上の滅亡と言ってよいでしょうな」 渋い顔で事の顛末を報告するカーロンだが、俺も負けず劣らず渋い顔を見せているに違いない。なにせ、侵攻から僅か1ヶ月でヘルミナ王国が陥ちるだなんて想像もしていなかったからな。 ヴィストのヘルミナへの侵攻の一報とヘルミナ王国の降伏の報告がほぼ同時に入ってくるとか、ありえなさすぎる。 ある程度覚悟していた俺ですら半ばポルナレフ状態なんだから、他の連中の混乱ぶりはさずかし酷い事になっているだろう。 ……それにしても、ラルンの位置が相当北に寄っているという要素があるにしても、凄まじい早業だな。ナチスドイツのポーランド侵攻だってこんなに素早くはなかっただろーが。 何より、一国の主が“進撃せよゴーアヘッド”じゃなくて“我に続けフォローミー”で突撃ぶちかますとか正気の沙汰じゃねーって。しかも奴自身がメレフ将軍を討ち取っているとか、リアル無双にも程があるだろ。 その上地味に、損害の大きくなる力攻めでの攻城戦は避けて謀略で王都陥としてるしさ。 奴がオフレッサーばりの猪武者ならいくらでも料理できるんだろうが、馬鹿じゃないどころか普通にそこらの知将より知略も優れてるときた。能力値的には、政治がやや低いものの武力100オーバーで知謀80超えとか、そんな感じか? 結論。 カーディルマジチートスグルwwwwwwww「乾いた笑いしか出てこないなぁ……。とりあえず、一国でどうこうできそうな相手じゃないって事だけはよーく解った。宰相殿の首尾はどうだ?」「都市オルトレアに各国の代表が集まっているとの事です。今すぐに何らかの外交的成果が出るとは、このヴィンセント=カーロンには思えませんが、恐らく何らかの手は打たれる事でしょう」「その“何らかの手”が打たれるまで年単位で待たされるかもしれないけどな」 即座に連合軍を編成してヴィスト王国を討つ――なんて事が出来れば原作開始時点のあの惨状は無かった訳で。なんかもう色々無理だよな……。 ヴィスト王国は脅威に違いないんだが、だからといってすぐに各国の足並みがそろうほど世の中上手くいかないものなんだわ。 例えば我らがエルト王国と奈宮皇国は比較的良好な――というか半ば主従関係なんだが、エルト王国なんかよりはるかに有力な国であるインスマー公国なんかは奈宮皇国とはすこぶる相性が悪い、らしい。エルト王国とガンド王国は貿易摩擦を抱えているという話だし、ビルド王国とロードレア公国は国境付近の鉱山の所有権を巡って揉めたばかりだそうで。 最後のはヘルミナ王国まで含めた係争だったらしいんだが、当該地域がヴィスト軍に占領されてしまったので今のところうやむやになってるけどな。あぁ、でも火種としては残ってるわけだから厄介な事には変わりない、か。 ま、ざっと見ただけでも一枚岩とはとても言えないわな。 さらに付け加えれば、連合に参加する国が多すぎて意志の統一すら上手くいかない同盟なんて上手くいくはずが無い。 見た目の戦力だけは揃っているというのも、この際はマイナス要因だ。こんなの俺ですら各個撃破が最善手だと気付くぞ。 当然、チートキャラのバーゲンセール状態のヴィスト陣営がそれに気付かないわけも無く。 まぁ、いまいちアテにならんオルトレア連合の事はこの際置いておこう。 とりあえずヴィスト王国とウチの間にはビルド王国が緩衝地帯として挟まっているから、援軍でも出して踏みとどまって貰うのが最善か。 となると、戦力の用意が問題になるんだが……。エルト王国はともかく、ウチ単体としては前途多難といったところだろうな。「警察予備隊はどうなっている?」「騎兵600と槍兵400、弓兵200が訓練済みです。警察隊の補充・編成と配備が概ね終わりましたので、歩兵に関しては来期以降大幅に増員できる余地はあります」「それじゃ、当初予定通り増員しておいてくれ。とは言うものの、数だけ増やしても意味が無いからしっかり鍛えておいてくれよ。数に限りがある以上、徹底的に鍛え上げるしかないからな」「はっ」「あと、警察隊の方も訓練は継続させてくれ。領内の治安維持は一番重要だからな。一応、現場から定期的に一定数引き抜いて訓練を受けさせられるくらいの数は揃えたつもりだから頼むぞ」「了解です。騎兵はどうなされますか?」「暫くは実働部隊配備はしない。引き続き新兵の補充と訓練だな。オイゲンには新兵に地獄の特訓を課すように言っておいてくれ」「かしこまりました」 とりあえず1200まで兵力は増えたが、万単位の兵力がぶつかる会戦じゃ少しばかり数が少ない。せめて倍あれば後方に回り込んでみるとか、いろいろできるんだろうけどなぁ。 ま、数が揃うまではひたすら補充と訓練の繰り返しだな。特に、当面の間は騎兵の数が揃わない事と数少ない騎兵を戦場に出して損耗させられないという事情を考えると、歩兵の増員は急ピッチでやらないと。 いや、別に歩兵が楽に練成できるとか考えてる訳じゃないんだけどね。騎兵は金と時間が掛かるんだよ。 いずれにしても、歩兵の補充が間に合うまではウチが純軍事的な意味で出来る事ってのはそんなに無いなぁ。傭兵でも雇って王国軍に合流するというのも無くはないが、残念ながら予算を割くほどのメリットが感じられない。 というか、他の案件の優先順位が高すぎて傭兵なんていう対費用効果が芳しくない所には予算を回せないし回したくない。 一応、街道敷設工事や治安の良化、税免除付きの開墾事業なんかによって人口の流入が起こっているのは間違い無いんだが……。それが税収増その他諸々の効果に結びつくのには少しばかりタイムラグがあるのだ。 しかも、今のところそのタイムラグを財宝売却益で埋めて投資を行っているような状況だし。 常備軍は金が掛かり過ぎるからホントは嫌なんだけど、戦力としての信頼度と訓練をキチンと積んだ場合の精強さを考えると外せん。 うぅ、胃が痛い……。 街道敷設が終われば奈宮からの援軍を通すルートにはなるし、それでもう仕事したって事にしてもいいかなぁ……。 ダメだよなあ……。「それと、来月に迫りました――」「パス、却下。こんな緊迫した情勢下で暢気にお誕生日会なんぞやってられるか」「セージ様……」「だいたい、その時期だとビルド王国が何らかの動きを見せるんじゃないのか? 隣の国が滅亡したんだ、国境地帯が騒がしくならないハズが無いからな」「では、出兵があるとお考えで?」「声が掛かるかどうかは怪しいが、一応そのつもりでいておけ。もし出兵となると援軍くらいは出さなきゃならんだろうし、そうなれば色々派手に動いている俺のところにもお鉢が回ってくるだろうからな。 まぁ、どうせ衝突しても小競り合い程度で終わるだろうが……」 併合したヘルミナ王国の平定や経済状況などを考えると、ヴィスト王国もそうそう大規模な軍事活動には打って出てこないだろう。 動かしたとしても、中規模の部隊による威力偵察とか限定的な侵攻とか、その程度が限界……、だよね? そうですよね? 頼むからそうだと言って下さいお願いします。 とはいえ、それでビルド王国への侵攻の足掛かりを作られるのも嫌だし阻止しておきたいのが本音なんだよなぁ。 ……まぁ、金も兵もない状態じゃ何も出来ないんだけどさ。