突然だが俺、御剣令示の居るこの世界は、空想でも仮想でもない現実の世界だ。
切られれば血が出るし、殴られれば痣が出来る。そんな当たり前の、現実の世界。
一部、魔法やロストロギア等といったものもあるが、理論はしっかり確立されたものばかりである上、『何でも出来る神秘の力』
には程遠いし、そもそも関わりがなければ無い物も同然だ。
如何にアニメの世界とは言え、その辺はつまらない現実と同じ……
…そう考えていた時期が、俺にもありました。
「──って事があってねえ~。もてる男も楽じゃないよ」
「アアハイハイソウデスカソレハスゴイ」
なのはたちとの邂逅から数日後の午後。
本日も滞り無く授業を終えた学校内は、下校する生徒たちでごった返していた。
そんな騒がしい放課後の教室で、脇で喋り続ける阿呆に、適当に相槌を打ちながら、俺は机の上の問題集に意識を集中する。
「む。ちゃんと聞いているのかい、君は!」
…チッ、気が付きやがった。
俺は鬱陶しさを滲ませた顔を上げ、先程から頼んでもいないのに自慢話を喋る同級生の方を向いた。
その視線の先で、細身でまあまあ整っている少年が、俺を見ている。
二枚目とも言えなくもない顔立ちをしてはいるのだが、口端を吊り上げた皮肉げな笑みと、明らかにこちらを見下している
不快な視線が、自らの顔面偏差値を下げまくっている事に気付いていない。
「あのな二条。見ての通り、俺は予習をやっているんだ。自慢話がしたいなら他の所に行け」
こいつは二条清治。けっこうな家柄の生まれで、成績優秀な優等生だ──外面だけは。
とにかく自分が注目されていないと気が済まない性格の上、女たらしでわがままで、癇癪持ちの天動説野朗である。
一言で言ってしまえば、「Fate」の間桐慎二、もしくは「ゼロ魔」初登場時のギーシュとでも言えば解りやすいだろうか?
性根が捻じくれ曲がって、悪魔超人スプリングマンになっている奴だ。
「ふん、君は相変わらず卑怯だな。そうやって影でこそこそ勉強して、また僕をテストで負かして、女の子たちの前で
恥を掻かせるつもりかい?」
恐ろしい程の被害妄想と自己中発言を聞きながら、俺は大きな溜息を吐いた。
こいつとクラスが同じになった際に、最初に行われたテストで俺の点数が上だった時からこっち、ずっとこの調子で
絡まれているのだ。
前世チートで勝った事なんか嬉しくもなく、自慢しても恥ずかしいだけなんで、対抗意識剥き出しで突っかかって来る
二条を大人の要領で対応していたのだが、それが逆効果だった。見下されていると思われたらしく、余計にちょっかいを
出されるようになってしまったのだ。
単なるライバル心とか対抗心で話しかけてくるのならば、背伸びしたい年頃なのだろうと思い、「こやつめハハハ」と
大人の余裕で対応するのだが、前述の通りコイツの性格は最悪で、常に人を見下し蔑む所があり、我が家の経済事情を
馬鹿にされた事も数知れない。本気でぶん殴りたくなる事も多々あるが、問題行動を起こして母さんに迷惑をかける訳に
もいかず、こうして適当に聞き流すか、無視してやり過ごしているのだ。
それで、俺はコイツに絡まれる度に冒頭のような台詞──この世界が現実でありながら、アニメの世界であるという事を
思い知らされる訳である。
…考えても見てほしい、小三男子といったらまだまだガキ。赤やピンクを「女色」と言って毛嫌いし、「女のいねえ国
に行きてえ」と、うそぶくのが普通だろう。(戦隊モノのリーダーは赤なんだが、何故かこの辺は言及されないのが小学生
クオリティ)
だが、この二条は違う。ガキの身空で色気付き、女子を取り巻きにして調子に乗るブルジョア野朗である。
こんな奴、アニメやゲームのキャラでしかお目にかかったことが無い。(…例の大木事件のカップルは、主人公の近くの特別な
環境下での産物だと思っていた)
(しっかし、名門市立ならともかく、所詮公立小学校の学力順位だぞ? エリート様から見れば、俺らなんぞドングリの背比べ
だろうに…)
俺は経済的な事情で聖祥に入学出来なかったが、二条はどっかの名門小学校受験で落っこちたらしい。(以前あんまりにコイツが
しつこかったんで、『学力勝負したいなら、名門私立にでも行けよ』と言ったら押し黙ってしまった時があった)
だからコイツから見たらレベルが低いこの学校で、自分より上の奴がいるのが我慢ならんのであろう。
…突っかかられる俺からすれば、いい迷惑なのだが。
ともかく、コイツが傍に居ては勉強に集中出来ない。…しょうがない、家でやるか。
俺は溜息を吐いて教材を片付ける。
「おや、もう勉強は終わりかい? ノートに何も書いていないようだけど?」
「ああ、どっかの馬鹿がうるさくてかなわん。自分の家でやるよ」
「ふふん、そんな事言って、本当はわからなかったんだろ? よかったら僕が教えてあげようか?」
ランドセルを背負って教室を出る俺の背にかかる、二条の嫌味。
…いいかげんイラついて来たし、ちょっとやり返してやるか。
「そうか。じゃ、ここの問題を解いてくれ」
そう言いながらランドセルから先程の問題集を出して、指で差し示しながら二条の鼻先に突きつける。
「どれどれ──って、何だコレは!?」
得意満面の笑みを浮かべていた二条は、問題を目にして見る見るその顔色を変えた。
「何って、因数分解の問題集だけど?」
「なんだよそれ、もしかして六年生がやる問題か?」
「うんにゃ、中学二年生の問題」
「なっ!?」
驚愕のあまり、二条は言葉も出ないようだ。
如何に前世の記憶があるとは言え、勉強の記憶は所々虫食いのように抜け落ちている箇所があるものだ。社会人になればまず
使う事の無い数式なんて、その最たるものだろう。
しかし、俺は大検を狙っているので、このままではマズイ。学校でのカリキュラムに合わせている暇など、ありはしないのだ。
故にこうして先行先行で勉強をして、昔の記憶を呼び覚ましつつ、大学入学を確実なものにしようとしているのである。
ちなみに、 この問題集は近所に住んでいる中三の兄ちゃんから貰ったものである。
「そんな問題解ける訳ないだろ!? お前、僕をからかっているんだろ!?」
「俺はそんな暇人じゃねーよ。こういう難しい問題やってるんだから邪魔しないでくれよ?」
癇癪おこした二条にしれっと答え、俺は下駄箱へと歩き出した。
第四話 愚者の英断、臆病者の勇気。(前編)
「おい! ちょっと待てよ!」
(ああうるせえ。お前はキ○タクのモノマネするホ○かよ…)
校舎を出てもしつこくついて来る二条に、心底ウンザリしながら、俺はどうやってコイツを撒こうかと考えつつ、校門の方へ
向かっていたその時──
「んっ? あれは──」
下校する生徒たちの中に、見覚えのある人影を見つけ、思わず声を漏らした。…なんでこんな所にあの子がいるんだ?
とりあえず近付き、話を聞こうと足を上げたその時、俺の後ろにいた二条が、疾風の如きスピードでその人物に近寄り、
話しかけていた。
「やあ君、こんなところで何をしているのかな?」
「え? あの──」
「ああ、言わないでもいいよ。よその学校の女の子がわざわざここまでやって来る理由なんて、一つだけだろうしね」
そう言いながら、薄笑いを浮かべてその子にジリジリとにじり寄り、距離を詰めていく二条。その姿は獲物を狙う毒蛇のような
いやらしさを醸し出している。まるで「こち亀」の「白鳥麗次」。ホントこの世界は現実だけどアニメなんだな…
「その、私──」
と、感心している場合じゃねえ、本気で嫌がってるじゃねえか。さっさと助けんと。
俺は二条の後ろに駆け寄り、肩をつかんで横にどけ、その場に割り込む。「うおおっ!?」とか言っているが気にしない。
「お前はイタ公か? 呼吸するみたいにナンパしてんじゃねーよ」
「あ…令示君!」
渋面で二条にそう言って正面を向くと、俺の登場に、学校帰りなのであろうその子──制服姿のままの月村すずかは安堵したのか、
大きく息を吐いて笑みを浮かべた。
「よっ、すずか。こんな所で何やってんだ?」
ぎゃいぎゃいと文句を垂れる二条を無視し、俺はすずかに話しかける。
「うん、あの…令示君に会いに来たの」
「俺に?」
「学校は知ってたけど、お家とか電話番号とかは聞いてなかったから、ここで待っていたの。その、迷惑、だったかな…?」
言いながらこちらを窺うような上目遣いで、俺に視線を送ってくるすずか。
「──ハッ! い、いや、別にそんな事はないぞ…?」
「ホントに? よかった…」
言いながらすずかは、実にお嬢様らしい控えめな微笑を浮かべた。
…いかんいかん。ロリ属性の無い俺でも、クラっときてしまういじらしい言動の連続だ。
まさかこの歳で、計算ずくでやってるとは思えねえし、天然なのか……?
そう言えば吸血鬼って、魅了系の能力は標準装備だったよな? これも『夜の一族』の特殊能力なのか? …恐るべし、月村一族。
と、アホな事を考えている場合じゃない。俺は頭を軽く振って雑念を追っ払うと、改めてすずかに向き直して口を開いた。
「──それで、俺に何か用なのか?」
「うん。実はね、今度の週末にうちでお茶会をするんだけど、よかったら令示君もどうかな?」
「…あん? お茶会? お茶会とな!?」
フェイト初登場の回か! ──っていかん、思わず声に出してしまった。すずかが驚いて目を見開いてるよ。
「や、すまんすまん。そういう所に招かれたことなんてなかったもんでな、つい驚いて声を上げちまった」
「そ、そう…それで、来てもらえるかな?」
その場しのぎの誤魔化しだったが、何とか納得してもらえたようだ。しかし、お茶会か…どうするべきかねえ。
「…正直、そういう優雅な席に俺は合わないと思うんだが、行っても問題無いか?」
とりあえず、当たり障りの無い事を聞いてみた。
「大丈夫だよ! そんな難しいものじゃなくて、みんなで集まってお茶を飲みながらお話したり、遊んだりするだけだから」
「ふーむ……わかった。お邪魔させてもらうよ」
「ホント!? ありがとう!」
俺の答えに、パッと花が咲いたように、明るい笑みを浮かべるすずか。
正直、行くか行くまいか迷った。
しかし昨日、家から出た後のなのはが、帰る途中でまた泣き出したという話を、彼女を送った母さんから聞いたのを思い出し、
様子見を兼ねて、尋ねて見る事にした。
(一応元気は取り戻した様だったけど、まだ何かあったのかもな…)
お互いに連絡先を交換した後、俺は嬉しそうに立ち去るすずかに手を振りつつも、なのはの事を考えていた。
それと、二条の奴はすずかが自分を放って、俺と楽しそうに話していた事が、プレイボーイ的に余程ショックだったらしく、
真っ白な放心状態で「この僕が、無視された…? 馬鹿な、馬鹿な…」と繰り返し呟いていた。
日頃の言動から全く同情も出来ない奴なので、正直m9(^Д^)プギャーと思ってしまった。
しかし、とことんお約束な奴だなコイツは…
──そして週末。
「おはようございます。御剣令示様ですね? 月村家メイド長のノエル・K・エーアリヒカイトと申します。お迎えに上がりました」
昨夜、すずかから「迎えに行くから」と言われ、俺が玄関前で待っていると、道路脇にワンボックスカーが乗り付け、運転席より
颯爽と降り立った、エプロンドレス姿のクールなお姉さん──ノエルさんが、俺に向かって深々と頭を垂れた。
「み、御剣令示です。自分一人にお手数をかけますが、よろしくお願いします…」
本物のメイドさん&大人の女性という事もあり、俺は妙にドキドキしてしまって、しゃちほこばった態度で返事をしてしまう。
「フフフ、そんなに硬くならないで、もっと楽にして下さいな」
そんな俺に、口元に手を当て弟を見るような、優しげな眼差しを向けるノエルさん。
…何か、負けたような気分になったのは、なんでだろ?
「それじゃ母さん、行って来るね」
俺は後ろを振り返り、アパート前まで見送りに出てきた母さんにそう告げた。
「ええ、行ってらっしゃい。向こうの皆さんにちゃんと挨拶するのよ?」
「大丈夫だよ。母さんが恥掻くような事、する訳無いだろ?」
ちょっと心配そうに注意する母さんに、余裕の笑顔でそう告げる俺。
母さんは「まあ、大丈夫だとは思うけど…」と呟きながら、今度はノエルさんの方へ顔を向けた。
「ノエルさん、息子をよろしくお願いしますね」
「はい、お任せ下さい。では参りましょう、令示様」
母さんとノエルさんが互いに頭を下げ合った後、俺は彼女に促がされて、ワンボックスカーの後部座席に腰掛けた。
(──さて。わかっているとは思うが、今回は余計な事を言うなよ、ナインスター)
(承知。我に二度の過ちは無い、安心されよ主)
(…ホントに大丈夫か?)
シートベルトを装着しながら聞いた、仮想人格改めナインスターの台詞に、俺は不安を覚え表情を歪ませた。
いつまでも仮想人格のままでは呼びにくいので、俺はコイツにナインスターと名付けた。
最初、人の死と寿命を決定する司命神、北斗星君──北斗七星からとって、セブンスターにしようかと思ったのだが、
タバコの銘柄みたいだったので、却下した。
そこで、北斗七星に太陽と月を加えた九星──九曜紋からとって、ナインスターと名付けたのである。
ちなみにこの紋章、かの新皇平将門公の家紋としても知られおり、メガテニストで魔人になれる俺としては、なかなかな
ナイスネーミングだと思っている。
閑話休題。
(まあ、今回はなのはの様子見だ。フェイトとの接触、交戦はなるたけ避けるつもりだから、問題は無い…かな?)
とりあえずヤバそうな事は無い筈と断じ、俺は車内の天井を眺めながら、目下最優先事項である月村邸での立ち振る
舞いや、なのはの事を考える。
なのはと、すずか・アリサペアでは、俺に関して知っている情報量が違う。
なのはが知っている情報量の方が、後者二人のそれよりも多いのだが、素直にそれまで話してしまうと、なし崩し的に
なのはの魔法関連の秘密まで、二人に知られてしまう。
(…すずかはともかく、アリサの性格を考えると、なのはがそんな厄介事に首を突っ込んでいるという事実にいい顔をする筈が無いよな)
十中八九、止めに来る。
なのはを心配して、事件に首を突っ込んで来る可能性も高いだろう。
(主よ、やはりここはなのはに口裏を合わせさせてカバーストーリーを作り、ただの知り合いとして上手く誤魔化すのがよかろう)
(なんか珍しいな、お前がそんな消極的な意見を口にするなんて)
「事情全部話してこっちについてもらえ」とか言い出すと思ってた。
(戦闘能力も無い人間が、戦場でウロチョロしても邪魔にしかなるまい。ましてやそれが、主と親交のある者となれば尚更よ。その者が
窮地に陥った時、主は瞬時の判断を違える可能性が高い)
…よくわかってやがる。確かにその通りだ。
(結構深いとこまで関わっちまったからなあ、もしそうなったら助けない訳にはいかんだろうなぁ…)
前にも言ったが、女の子を見殺しとか後味悪過ぎる。
(基本方針はそれだな。じゃあ、後はどうやってアリサとすずかに知られぬよう、なのはと接触して口裏を合わせるか、だな)
(それに関しては問題ない。三度の変身でジュエルシードの扱いに慣れも出来た。今なら念話も使えるぞ)
(ふむ、それは朗報だ。じゃあカバーストーリーの内容は──)
月村邸へと向かう車内で、俺とナインスターは協議を重ねた。
そうこうしているうちに、ワンボックスカーはあっと言う間に海鳴郊外に辿り着き、広大な森とモダンな御屋敷、そしてそれを
ぐるりと囲む塀が俺の目に入った。
「はー…」
巨大な門扉を通過して、車より月村邸の玄関先に降り立った俺は、そびえ立つ邸宅の威容を目の前にして、思わず溜息が漏れた。
「? どうかしましたか?」
俺が降りた後に、車のドアを閉めたノエルさんが首をかしげながら、俺の背中に声をかけた。
「あ、いや、何か圧倒されちゃって…すずかって、本当にお嬢様なんだなーって」
前世知識で知ってはいたものの、モニター越しのアニメ絵で見るのと、肉眼で確認するのとでは迫力が違う。
「まるで、明治大正期の迎賓館みたいなお屋敷なもんで、目を奪われちゃったんですよ」
俺は首だけ振り返りながら、ノエルさんにそう答えた。
「──あら、褒めてくれてありがとう」
ノエルさんが口を開くよりも早く、屋敷のドアを開く音とともに、声をかけられた。
俺が正面を向き直すと、開いた扉の前にはすずかと、彼女を成長させたような顔立ちの女性──おそらくは月村忍が立ちこちらを
窺っていた。…かけられた声は大人っぽいものだったから、忍さんの方だろう。
「令示君、いらっしゃ──」
「すずか、待って」
笑顔を浮かべ、俺の傍へ駆け寄ろうとしていたすずかを、忍さんが手で制して遮った。
「おねえ、ちゃん…?」
困惑するすずかをそのままに、忍さんは俺の三、四メートル手前まで歩み寄ると、足を止めて口を開く。
「月村家当主、月村忍と申します。先日は妹を助けていただいたとの事、深く感謝を申し上げます。」
そう言って、彼女は俺に深々と頭を垂れた。そして──
「それで、私たちが吸血鬼だと知る貴方は、何者なのかしら?」
頭を上げた忍さんは笑みを浮かべてはいたが、その目は笑っていなかった。
第四話 愚者の英断、臆病者の勇気。(前編) END
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
今回は短めでスイマセン。次こそはフェイトを、次こそは戦闘シーンを…