「ふふ」
薄水色のワンピースを纏う少女が一人、海沿いの歩道を楽しげに歩く。
休日の臨海公園で、のんびりとした雰囲気が漂う中、ご機嫌な様子で闊歩するその少女に、公園利用者達の誰もが目を奪われた。
雪のように白く、シミ一つ無いきめ細やかな肌と、彫像の如く理想的な線を描く鼻梁。
黄金の絹糸の如き金髪は、海風に煽られてたなびき、中天にかかる陽光を浴びてキラキラと輝いている。
欧米のローティーン・モデルも、かくやという程の美しさと愛らしさを兼ね備えた少女であった。
「ん…」
少女は片手で耳にかかる髪の毛を押さえると、落下防止用の欄干に寄り掛かって海の方へと蒼い双眸を向けた。
快晴の空と、それを映す海面にも負けることのないコバルトブルーの瞳を輝かせると、少女は花が咲いたかのように顔を綻ばせ、
桜色の唇が笑みの形を浮かべる。
「いい気持ちだ…蚊柱みたいに鬱陶しい天軍の狗コロの視線を気にせず、地上を闊歩できるなんて、実に素晴らしいね。いちいち屠る
手間が省けるというものだ」
口元に手を当て、コロコロと鈴の音の如き心地よい声で笑いながら少女は、なんとも物騒な言葉を呟いた。
「さて、そろそろ彼に会いに行こうかね」
言いながら、彼女は市街地の方へと目を向ける。楽しみで堪らないというように、蒼い瞳を好奇の光で輝かせながら。
閑話 海鳴の休日
「暑ィ…」
六月初旬の日曜日。見事に雲一つない快晴の空を見上げると、再び招かれてなのはたちとのお茶会のへ向かう途中であった令示は、
うんざりとした声をもらした。
時刻は午前一〇時過ぎ。見事に雲一つない快晴の空のには、既に中天近くにかかった太陽が昇っている。
降り注ぐ日差しは厳しく、ジリジリと肌を焼く感覚に、暑さを通り越して痛みすら覚えそうだ。
前方へと目を向ければ、遠くのアスファルトからは陽炎が立ち昇り、ますます暑苦しさに拍車をかける。
「グズグズしていたら汗だくになるな。さっさと翠屋に行くか」
溜息とともにそう呟くと、令示は幾分か足早になのはたちとの待ち合わせ場所である翠屋へと向かう。
「…そろそろフェイトからビデオレターが届く頃か…?」
歩きながら、令示はこれまでの一連の出来事を振り返った。
──ジュエルシードを巡る騒動から約半月。
『原作』でPT事件と呼ばれていたあの一件は、アレクトロ・スキャンダルという呼称に変化し、事件の概要も本来の流れとは大幅に
変わる結果となった。
なのはとユーノを経由して令示が知ったところによると、彼からもたらされた情報をもとに、クロノたちが独自に内定調査を行った
結果、軍産の黒い繋がりが次々と判明した。
クロノとリンディはそれらの情報と証拠を公開。同時に関係者の一斉検挙に走った。
結果、次元世界は上から下まで大パニック。連日のようにこの件が報道される事態となった。
当然、管理局へのバッシングも起こったが、それ以上に身内に対して容赦なく大鉈を振るった事が高く評価されたらしく、反管理局
派が大規模な攻勢を行うという心配はないそうだ。
そしてプレシアの一件。
公表された彼女の事情に世論は(特に子を持つ親)の同情的な方向へ傾いており、裁判も上手く行きそうだという事だ。──最も、
あの時の次元震が防がれ、周辺世界に被害が出なかった点も大きいのだが。
事後処理の流れは、ほぼ令示の思い通りといい展開である。しかし──
「…………」
九分九厘、自身の青写真通りに事が運んだというのにもかかわらず、令示は渋面を浮かばせていた。
それは、この話を聞いた時のなのはが発した言葉をによるのであった。
曰く、「クロノ君とリンディさんが昔からお世話になっている人が助けてくれんたんだって! フェイトちゃんとプレシアさんの事
も、その人が色々助けてくれたみたい」と──
「…このタイミングで動くのは、どう考えてもギル・グレアムだよな」
顎に手を当て令示は考える。彼しか該当しないと。
フェイトの件については『原作』の流れのままであるし、これは問題ない。
しかし、「大鉈」の方にまで係わったとなると、少々厄介だ。
組織の人間が大幅に削減、移動されたとなれば、早急に新たな人員を補充しなければならない。そうしなければ組織全体が機能不全
に陥り、大きな混乱を招くからだ。
当然その采配を行うのは、アレクトロ・スキャンダルとは無関係であり、かつ信用信頼のおける将官になるだろう。
──つまり、英雄と呼ばれてるグレアムが人事の采配をしている可能性が高い。
もしそうなれば、新たに管理局に配属移動された人員はその大半がグレアムの息のかかった人員という事になる。
それはつまり──
「『A´s』でのグレアムの動き、勢力が大幅に強化されている可能性が高いな…」
よりにもよって面倒なイレギュラーが発生したと、令示は大きく溜息を吐いた。
「まあ嘆いていても始まらないか、俺は『A´s』でどう動くべきか…」
ネガティブな思考に陥りそうになるのを、頭を振って気持ちを切り替えると、今後の事へと考えをシフトさせる。
既に六月半ばである今、八神はやての四人の守護騎士たちはその姿を現しているだろう。
そうなると、はやての活動範囲や時間も一人暮らしの時よりも大幅に拡大増加している筈。
つまり、海鳴大学病院か図書館を見張っていれば、彼女たちを発見尾行し、その住居を調べるのも容易であるという事だ。
だが令示は未だに動かずにいた。それは、イレギュラーの発生を危惧しての為だ。
「ほぼ『原作』の流れを辿った筈の『無印』でさえ、あれだけの不測の事態が起きたんだ、ストーリーを無視した行動をとった場合、
どうなる事か」
最悪、友人知人に死人が出てもおかしくはないだろう。
それに、令示にとって『原作』の知識は最大のアドバンテージではあるが、イレギュラーによって物語の流れが大きく狂った場合、
逆にそれが先入観となって、致命的な判断ミスを引き起こす原因にもなりかねない。
かといって、傍観や放置は論外である。
なのはたち不可抗力からの介入とはいえ、後半は自身の意思で立ち回っていたのだ、今更知らぬ存ぜぬとなど言えない。
故に、令示ははやてとの接触を断念し、別方向からのアプローチを模索せねばならなかった。リスクが大き過ぎる以上、慎重になら
ざるを得ない。
結論として、今後の令示の行動方針は、「『原作』知識という自身のイニシアチブを保持しつつ、その流れを変えないよう行動し、
最良の結果を掴み取る」という、恐ろしく難易度の高い選択をせねばならなくなった。
問題はそれだけではない。自身の中にもある。
現在、令示の中には九つのジュエルシードがある。それは理論上、新たに五体の魔人に変身できるという事だ。
しかし、何度試してみても新たな魔人への変身はできなかったのだ。
ナインスターと話してみてもその原因は不明。ただ一つ言えるのは、時の庭園でのマガツヒの大量の汲み上げと使用によって、アマ
ラ深界に何らかの異変が生じたのではないか? という推測しか出なかった。
周囲の対策はおろか、自身ののパワーアップもままならない状態。令示は断崖絶壁を登り切って山頂に着いたと思ったら、更に高い
絶壁に出くわした登山家のように、倦怠感と疲労感を覚えた。
「あー、いかんいかん。このままじゃ果てしなくネガティブな思考に陥りそうだ」
再び思考を切り替えようと頭を振る。このまま翠屋に行ったら、感の鋭いなのはたちに「何かあったのか?」と突っ込まれそうだ。
『A´s』の対策はじっくり腰を据えてやる事にして、せめて今は休日を楽しもう。
そう考えを纏めて打ち切ると、令示は翠屋へと急いだ。
「いらっしゃいませーっと、令示君」
ドアベルを鳴らして店に入ると、トレイを抱えた美由紀が令示に気付き近付いてきた。
「どうも美由紀さん、三人とももう来てますか?」
「うん、すずかちゃんもアリサちゃんも来ていて、あとは令示君だけだよ。席に案内するね」
挨拶を交わしと、美由紀について席まで移動する。
「あっ、来た来た! 遅いわよ令示!」
令示の姿を見つけたアリサがやや不満げな様子で声を上げた。
「まったく…ブランチがランチになっちゃうでしょうが」
「や、すまん。ちょっとゆっくりしすぎたな」
「おはよう令示君」
「おはよー」
「おはよ、すずか、なのは」
片手を上げて謝りながら挨拶を返し、三人が座っている四人掛けの席へと腰を下ろす。
お茶会でありながら、営業中の翠屋が待ち合わせ場所であった理由はこの為だ。
お茶会の前にみんなでブランチを取ろうという事になり、「それならば」と、高町夫妻が場所と料理を提供してくれる事になったのである。
(つーか、ブランチっていうと高尚なイメージがあるけど、ただ単に寝過して朝だか昼だか区別のつかないだらしない飯だよな…)
「じゃ、みんな揃ったし、早速ご飯にしましょうか」
と、令示が益体もないことを考えていた所へ、桃子がメニューを持ってやって来た。
「遠慮せずに好きなもの頼んでね」
「すいません桃子さん。御馳走になります」
笑顔でそう述べる桃子へ、令示は頭を下げて、メニューを受け取った。
(とは言われたものの、流石に高過ぎるメニューを頼むのは気が引けるよな…かといって極端に安いのを選んでも嫌味臭いし…)
下手に精神年齢が高いせいか、日本人特有の遠慮精神のなせるものか。メニューを睨みつつ「むむむ」と唸りながら吟味した結果、
令示は無難に中堅どころのパスタセットを注文するのであった。
「「「「御馳走様でした!」」」」
「はい、御粗末様」
食事を終えた四人が、片付けをする士朗に礼を述べると、彼はニコニコと笑いそれに応じた。
「さて、それじゃあ家に迎えを頼んでおくわね」
士朗が食器を持って行くのを見ながら、アリサがポケットから携帯を取り出す。
「? お茶会って、すずかの家じゃないのか?」
てっきり再び月村家でやるものだと思っていた令示は首を傾げた。
「言ってなかったっけ? アンタまだ私の家に来た事なかったでしょ? 丁度いいから招待ついでに今日のお茶会は家でやる事にしたのよ」
「ああ、そういう事か」
納得した令示の目前で、アリサはテキパキと翠屋に車を回すよう電話の相手に指示を出していた。
その様子を何とはなしに眺めていた令示の背後で、ドアベルが鳴る音が響く。
「いらっしゃいませ。お一人さまって──外人さん!? ええと、ウ、ウェルカム トゥ…」
「ああ日本語で大丈夫だよ、人と会う予定でね。ここに居る筈なんだが……ああ、居た居た」
美由紀の挨拶の声とともに、よく通る女性の声が令示の耳に届いた。そして──
「やあ、やっと会えたね。ずいぶん探したんだよ?」
通路脇の自分の隣に現れた薄水色のワンピースを纏う、白人の女性が令示を目にして満面の笑みを浮かべた。
その女性を目にした時、令示は目を見開き全身の血の気が引いたかのように蒼白となっていた。
「え…あ、貴女は…えっ…?」
唇を震わせ要領を得ない言動の令示。
なのはたちはいつも飄々とした態度を取る令示が見せた意外な表情に、驚くとともに怪訝さを抱く。
「さ、それじゃあ行こうか」
その女性はまるでそれが当り前であるかのように自然な動作で令示の片手を取ると、そのまま翠屋の出口の方へと歩いていく。
「え?」
「あ──」
突然のその行動になのはもすずかの呆気に取られ、言葉を失ってしまう。
「ちょっと待って下さい! そいつをどこに連れて行くんですか!?」
が、いち早く正気戻ったアリサが、席を立ち上がって女性の前に回り込んで気炎を揚げた。
「そいつはこれから、私たちと約束があるんですけど!?」
言葉は丁寧だが、真正面から女性を睨みつけるアリサの目には、彼女に対する非難と苛立ちが容易に見て取れた。
「困ったな…私も彼に用があってね…」
自身の前に立ち塞がったアリサを見ながらどこか楽しそうに答えながら、女性は苦笑を浮かべる。
言葉は柔らかいが、譲る気がないのは誰の目から見ても明らかであった。
通路上で睨み合う二人を、なのはとすずかはハラハラしながら見つめる。
「ちょ、ちょっと待った!」
一色即発かと思われた二者の間を割って、令示が声を上げた。
「アリサ、ちょっとすまんが俺、この人と話してくる」
「ちょっと! 私たちとの約束はどうなるのよ!?」
思いがけない令示の言葉に、柳眉を吊り上げアリサが食ってかかった。
「すぐ済むから。鮫島さんが迎えに来るまで、まだ時間があるだろ?」
「だからって──」
「頼む」
納得いかずに尚も抗議の声を上げようとしたアリサへ、令示は真剣な表情で頭を下げた。
「むぅぅ…………わかったわよ、早く済ませて来なさいよ!?」
暫し半眼で睨みつけていたアリサであったが、渋々了承し、そっぽを剥きながらそう言い放った。
「すまん、恩に着る。なのはとすずかも少し待ってくれ」
令示はアリサに礼を述べると、席に座ったままの二人にも、そう声をかけた。
「もういいかい?」
「はい…」
尋ねた女性に頷きを返すと、二人はそのまま出口の方へと歩いていく。
ドアが閉まり、二人の姿が消えた後もアリサは無言で出口の方を見つめていた。
「アリサちゃん…?」
「大丈夫?」
微動だりしない親友を不思議に思い、なのはとすずかが恐る恐る近付いて声をかけた。
「…な」
「「な?」」
「何なのよあの女ーーっ!!」
顔を朱に染めて、アリサが怒声を上げた。
「突然出て来て好き勝手言って!! 令示の奴もホイホイついて行っちゃうし!!」
「ア、アリサちゃん、落ち着いて…」
「お店に迷惑かけちゃうよ」
怒髪天を突くといった様子のアリサを、慌てて宥める二人。
が、アリサは治まる気配もなく、キッとなのはとすずかへと視線を向ける。
「二人とも! 行くわよ!!」
「へ? どこへ?」
「決まっているでしょう!? 令示たちの後を追うのよ!」
首を傾げるなのはに、アリサは入り口をビシィッ! と指差し高らかに宣言する。
「え? でも、令示君は待っていてって言ってたよ?」
「ええそうね。なのはとすずかにはそう言ったけど、「私」は言われていないわ」
アリサは「ニヤリ」という擬音が似合う笑みを浮かべながらそう断言し、それに、とつけ加える。
「「ついて来るな」とも言われていないでしょ?」
「いや、そうだけど…」
「いいのかなぁ…?」
屁理屈のようなアリサの主張に、困惑の表情を作るなのはとすずか。
「じゃあ二人はここで待ってるの?」
「えっ…?」
「それは──」
そうアリサに聞かれて、二人は言葉に詰まった。
なのはの脳裏に浮かぶのは、先程女性と対面した時の令示の態度。
悪魔と化し、次元震すら押し留める強大な力を振るう筈の令示が、まるで怯えたような表情を浮かべていた。彼とは色々な話をして
きたが、あのような女性と知り合いであったという話は聞いたことがない。
彼には、まだ何か秘密があるのだろうか?
魔人の力を持つ令示のあの態度も奇妙だったが、すずかが一番気になったのは、突然現れたあの女性の事であった。
まるで旧知の間柄のように令示に語りかけ、微笑み、当然の如く手を絡ませていた。
あんな人の事は聞いたことがない。一体どういう関係なのだろうか?
「「──行く!」」
僅かな逡巡の後、二人はアリサの考えに追従する事にした。
「そうこなくっちゃ。さ、行くわよ!」
アリサは先頭に立ち、元気よく翠屋の外へと飛び出した。
女性に連れられて翠屋を出た令示は、そのまま手を引かれて臨海公園へとやって来た。
「さて、どこがいいかな…………あのベンチでいいかな?」
園内に入った女性は、周囲をキョロキョロと見回し適当な場所を見つけると、令示にそう尋ねてきた。
「はい…」
それに対して、令示は神妙な表情で短く肯定の返事をする。反対する理由もないし、反対などできる筈もない。
「ふう。…んー、別にあの店でもよかったかな? お茶を楽しむ事もできたしね」
ベンチに腰掛けた女性は優雅に足を組みながら令示へ向かって微笑みを浮かべる。
「……………」
令示はその問いかけには答えず、おもむろに彼女の前に移動するとその場で膝をつき、地に手を置いて恭しく頭を垂れた。
「お初にお目にかかります陛下。無知故の不作法な御挨拶、どうか御容赦下さい」
「────ふうん」
女性は一瞬、呆けたような表情を浮かべた後、面白いものを見つけたと言いたげに目を細め、唇を笑いの形に吊り上げた。
「何を言っているのかな? 私はごくごく普通の女の子なんだがね?」
「お戯れを。まがい物といえど、この身は魔人の力を宿しています。力の源泉にして『生みの親』たる御身を見まごう筈がありません」
太腿の上に肘を置いて頬杖をつきながら楽しそうに惚ける女性に、令示は頭を下げたまま答えを返した。
「へえ。…私が「人ではない事」くらいはわかるかな? って思っていたけど、正体にまで気付くとはね。ますます君は興味深いな、
御剣令示君」
「恐縮です」
──そう。翠屋で対面したその瞬間に、令示はこの女性の正体に気が付いた。
あの瞬間、彼の中の四体の魔人の力が、眼前の女性に対して強烈な「畏れ」を抱いたのだ。「死」の具現にして悪魔をも怯えさせる
魔人たちが、である。
それはまるで、背骨を抜き取られて氷柱を突っ込まれたような、体の芯から凍えるような恐怖。
そんな事ができる存在など、令示の知る限り数える程しかおらず、何よりも目の前で微笑むこの金髪碧眼の女性に、見覚えがあった。
──其は、悪魔達の首魁。
──其は、王の中の王。
──其は、天より堕とされし明けの明星。
「恐れながら申し上げます。此度の御身の御出座、如何なる故あってのものでしょうか? 大魔王ルシファー陛下…」
「真・女神転生」シリーズを通してあらゆる形で姿を現すアマラの支配者たる大悪魔を前に、令示は身の内で暴れ回る恐怖を押さえつ
け、平静に振る舞う。
「……ルイ・サイファー」
「えっ?」
数秒の見つめ合いの後、眼前の女性が呟いた言葉に令示は疑問の声を呈した。
「この身、この姿の時はそう名乗っている。気軽にルイと呼んでくれたまえ」
言いながら、女性──ルイ・サイファーは悪戯っぽく微笑んだ。
「さて、それで君の質問の答えだが…それは君自身が一番理解しているんじゃないのかな? 御剣令示君」
「陛下の至宝たるメノラーに手を触れ、不完全とはいえ悪魔の力を飲み込み、アマラに漂うマガツヒまで汲み上げたこの身に、誅を下
しにいらしたのですか…?」
令示が使っている魔人の力は、言ってしまえば掠め盗ったものだ。その所有者である彼女が不快に思わない道理がない。
「まさか。そんなつまらない事でいちいち足を運んだりしないさ」
やや緊張した面持ちで答えた令示に、肩をすくめながら答えるルイ。
「私はね、君に、そしてこの世界に興味を覚えたんだ。実に面白い存在だしね」
「面白い…?」
「ああ」
怪訝な表情を浮かべる令示に、ルイは鷹揚に頷き、語り出した。
「不完全とはいえ魔人の力を呑み取って尚、己を保ち続け、更には創意工夫で更なる力を生み出す…一体君という存在は何者なのだろうね…?」
ルイの視線は真っ直ぐに令示の両目を射ぬく。
「っ…!」
心の奥底まで覗きこまんとするようなその鋭い目線に、令示は金縛りにあったかの如く固まってしまう。
衝動的に目を逸らしたい衝動に駆られるが、歯を食いしばり、気力でその欲求を捻じ伏せ、睨み返す。
目線に渾身の力を込めてルイを見るが、彼女は大して気にした様子もなく、まるでそよ風に涼むかのように気持ちよさげな表情を浮
かべるのみであった。
…完全に遊ばれている。令示は圧倒的な彼我の実力差を目の当たりにし、内心で歯噛みする。
「そしてこの世界。我々が感知せず、悪魔も存在しないアマラ宇宙の外。何があるのか、何が起きるか…興味が尽きないよ。ああ実に
心が躍るね…!」
ルイはベンチから立ち上がり、クルリと体を回転させスカートの裾を翻しながら楽しげにステップを踏み、弾む声を上げた。
彼女の美貌も相まって、天真爛漫なその動作は、事情を知らないものであれば心を奪われるくらいに魅力的な事だろう。
しかし、ルイの正体を知る令示にとっては、彼女のその何気ない動作、一挙手一投足に至るまでが、振り上げられた死神の大鎌の如
き恐怖と重圧であった。
「…重ねてお尋ね申し上げます。ミス・ルイ」
その圧倒的なプレッシャーに耐えつつ、令示は呻くように声を絞り出した。
「──うん?」
足を止め、ルイは令示の方へと目をやった。
「御身は、この世界で何を成される御心算でありましょうか?」
公園の敷石に当てた手をグッと力を込めて握り込み、腹に力を入れてルイへと質問を投げかけた。
「そうだねえ、…この世界に『混沌』の楽園を築く。そう言ったらどうする?」
クスクスと笑いながら、ルイは腰を落として目線を合わせ、息がかかりそうなほど顔を近付けると、からかうように令示の瞳を覗き込む。
「誠不遜でありますが────」
吸い込まれそうな程蒼く澄んだ双眸を睨み返す令示の背後に、紅い光が乱舞し四体の魔人が顕現する。
「止めさせていただきます。」
令示の声に応じ、魔人達が戦闘態勢をとった。
──マタドールがエスパーダを構える。
──大僧正が印を組み、真言魔術の発動準備に入る。
──ヘルズエンジェルが跨る鋼の獣が、猛々しい咆哮を上げる。
──デイビットが飴色に輝くストラディバリウスに弓を宛がう。
魔人達より発せられる闘志と殺意は唯一点、正面に居る女性へと向けられる。
まるで空間をも歪むのではないかという程の濃密な殺気。常人であれば、居合わせただけで気絶してしまうであろう。
だがそんなむせ返るような殺気の中でも、ルイは目を細め楽しそうに微笑みを浮かべた。
「ほう。出来るのかい? 君に、君達に」
まるで自分の腕にじゃれる子猫を見るような好意すら滲ませるルイ。
当然だ。そもそもレベルが違う。
巨象が地を這う虫を気にもかけないように、生物としての、存在としての根幹に絶対的な差があるのだ。
彼女が令示へ明確な殺意──いや、苛立ちや悪意を向けただけで、それは物理的な力となって襲いかかってくるだろう。
「…一命を賭しても」
だが、それでもやらねばならない。
経緯結果はどうあれ、この世界が悪魔に目をつけられた理由を作ったのは他ならぬ令示だ。
本気でアマラの悪魔達がこの世界に現れれば、大破壊後の荒廃したトウキョウの景色が海鳴に生まれる事なる。
いや、海鳴だけで済む筈がない。溢れ出た悪魔達はあっと言う間に日本中を蹂躙し、アジア、ユーラシア、世界中へと空気感染する
ウイルスのように、爆発的にその生存圏を拡大していく事だろう。そしてそれは地球だけでは終わらない。数百以上存在する次元世界
中へと広まって行く。
数百億を超えるであろう人間達が、弱肉強食の地獄と化した世界で悪魔に嬲られ弄ばれ死滅していく。
…それだけは防がねばならない。家族である綾乃だけではない、なのは、すずか、アリサ。それにユーノやクロノ達を守る為にも。
彼女達は、自分の大切な友人なのだから。
それが絶対に敵わぬ相手であろうと、逃げる訳にはいかないのだ。
「…………」
「…………」
長い時を、互いに睨み合う二者。
否。睨んでいるのは令示だけだ。
ルイは涼しい表情のまま余裕を崩さない。
一方の令示はただ見つめ合う、それだけで脂汗を浮かべ、その手を小刻みに震わせていた。
「ふふ、冗談だよ。私はこの世界をどうこうする心算はないよ」
再びベンチへ腰をおろし、ルイは愉快な様子で声を上げた。
「…「私は」と仰られるという事は、ミス・ルイ麾下の悪魔達はその限りではないという事ですか?」
「へえ。鋭いね、君は」
ルイは片方の口端を吊り上げ、笑みを浮かべる。
それは先程見せた女性らしい魅力的な笑みではない。
まさに悪魔と言える、積み重ねた老猾な笑みであった。
「悪魔の言葉を額面通りに受け取るのは、阿呆のする事でしょう」
悪魔は言葉巧みに相手を騙し、陥れるものだ。言葉通りに物事を受け取れば、待っているのは破滅だけだ。
「そうだね。私の配下の中には、この世界をマグネタイト補給の為の狩場にしようとする者や、信奉者の拡充を狙う者もいるだろうね。
…もっとも、私はそれを許す心算はないよ」
「──は?」
意外な返事に、令示は思わず間の抜けた声を上げてしまった。
「当然だろう? さっきも言ったが私はこの世界の在り方に興味があるんだ。神魔が存在せず、年端もいかない少女が並の悪魔を上回
る力を持つ世界…こんな場所は今まで見た事がない。この世界がどこに行き、どうなるか…是非見てみたいのさ。
なのに下手に悪魔が介入してきたら、アマラ宇宙の世界の二の舞にしかならないじゃないか」
そんなものはつまらないよと、ルイは肩をすくめた。
「だから、この世界に手を付けさせる気はない。…もっとも、私の立ち位置を狙う悪魔や、「天にまします我らが父」に関しては保証
は出来ないがね。まあ、アマラ宇宙とこの世界を隔てる『壁』を貫いて浸入出来る存在となれば、私に匹敵する力が必要だ。そしてそ
んな存在は得てして多忙だ。そう簡単には動けないさ」
「…つまり、現状は心配はないと…?」
「そうなるね。ちなみにこの件に関しては嘘偽りもないし、黙っている事もないよ。私に何の得もないし、寧ろ楽しみを奪われるだけだしね」
「そう、ですか…」
そこまで聞いて令示は、魔人を消して張り詰めていた五感を弛緩させた。
「これも先程言ったけど、君にも色々と興味がある。魔人の力に関しても別にどうこうする心算はない。──た・だ・し」
ニィっと、先程と同じく老猾な笑みを浮かべ、ルイが言葉をつけ加えた。
「私がこの世界に来る際、少々時空間を揺らしてしまったんだ。それに流された悪魔が、幾らかこの辺りに入り込んだかもしれない。
君にはそれらの排除を君に頼みたい」
「なっ!?」
ルイがのんびりと話すその事実に、令示の五体に再び緊張が走った。
それは致死性の猛毒がばらまかれたに等しい。
「ああ、連中がこの世界で暴れ回って私の楽しみを奪われても困るのでね。この近辺に結界を展開して遠方に出られぬようにしておくよ」
「そう、ですか…」
とりあえず最悪は回避出来た。とは言え身内がいつ襲われるとも限らず、油断は出来ない状況であったが。
「悪くない取引だろう? 君はこの世界を守りたい。私はこの世界を楽しみたい。互いに利害は一致している。報酬として、君の魔人
の力の略奪の件を不問としよう。どうだい?」
「…承りました」
どの道、断ることなど出来ない。悪魔に抗する事が出来るのは、悪魔自身かそれ征する者のみだ。
「契約成立だ。んん…さてと、そろそろ私は帰るとしよう。部下達が騒ぎ出す頃だろうしね」
ルイは。軽く伸びをしながらベンチから立ち上がり、優雅な足取りで令示の元へと歩いていく。
「君と、君の友人達には大いに期待してるよ」
腰をかがめて目線を合わせてそう言うと、ルイは不意に両手を令示の首に絡ませ、顔を近付けてきた。
「へ──」
悪魔の襲来という情報に気を取られていた令示は、ルイのその行動に対して完全に対応が遅れる。そして──
「んっ…」
「っ!?!?」
次の瞬間、己の頬に当たったフワリと柔らかな唇の感触に完全に気が動顛する。
「私を楽しませてくれたまえ…」
耳元で囁かれると同時に耳腔に侵入するヌルリとした熱い感覚。舌を入れられたのだ。
「ひゃわい!?」
その感触に、令示は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「「「ああ~~~~~!!!」」」
と同時に、公園の植え込みから、なのは、アリサ、すずかの三人が声を上げながら姿を現した。
「な、なななな何やってるのよ! アンタ達!?」
羞恥か怒りか。あまりに性的なルイの行動に、顔を真っ赤に染めたアリサがブルブルと震えながら二人を指差し、動揺を隠せぬ声で
詰問してくる。彼女の後ろに居るなのはとすずかも、驚いたのか呆気に取られているのか、黙ったまま令示達を凝視している。
「おやおや、お子様には刺激が強かったかな?」
「なっ!? なんですって!!」
どこか小馬鹿にした様子で鼻で一笑するルイに、アリサはギッ! 彼女を睨みつけた。
「怖い怖い、じゃあ私はこれで失礼するよ。じゃあ、またね御剣令示君」
スルリと絡ませた腕を解き、軽快な足取りであっという間に姿を消したルイ。
(アリサ達の事、わかっててやりやがったな…!)
場をかき回すだけかき回していったルイに、心中で罵声を上げる令示。
令示は眼前のルイに集中して気が付かなかったが、彼女は三人の存在に気付きながら火種を投下して逃げたのである。
「ああもう! ホントに何なのよあの女!! さんざん人の神経逆なでして!!」
ガンガン地面を踏みつけ、アリサが怒声を上げる。
一通り暴れた彼女は、ゼエゼエと荒い息づかいのまま今度は令示へときつい視線を叩きつけた。
「ちょっと令示! あの失礼女の事、キッチリ説明してもらうわよ!」
「「…………」」
アリサの後ろで、なのはとすずかも無言のまま自分へ事情を聞きた気に、視線を投げかけている。
どの道、ルイの言っていた悪魔の事がある以上、警告を含めてある程度の事情は明かさざるを得ない。だが──
(絶対どっかでこの様子眺めて笑っていやがるな、あん畜生…!)
ニヤニヤと笑いを浮かべながら、この様子を楽しんでいるであろうルイの姿が容易に想像でき、令示はしかめっ面のまま額に手を当
て天を仰ぐのであった。
「まず最初に言っておく事がある。今後、外で『あの女』を見かけても、決して接触するな」
バニングス邸、アリサの私室。
公園での出来事の後、憤るアリサを宥めすかしてここへとやって来た令示と三人。
テーブルを囲む椅子にそれぞれが腰を下ろすと、左右に座るなのはとすずかの視線を受けながら、令示は対面に座るアリサへ、先刻
の女性について、固い表情のままそう第一声を切り出した。
「は? なんでよ?」
訳がわからない。事情の説明そっちのけで、まず言う事が何故それなのか?
怪訝な表情を浮かべるアリサに令示は一言で、簡潔にその理由を述べる。
「怖いからだ」
「──え?」
目を丸くして言葉を失うアリサ。彼女は一瞬、令示が何を言っているのか理解出来なかった。
怖い? 一騎当千、万夫不当などという言葉すら生ぬるい、圧倒的な力を誇る魔人の能力を持つこの少年が、「怖い」と口にしたのか?
「怖いって何よ? まさか、悪魔の力が使えるあんたが、手も足も出ない奴だって言うの?」
「ああ、俺が全力で攻撃したところで、『あの女』は眉一つ動かす事なく、身動き一つ取らずに平然と耐え切った上に容易く俺を叩き
潰すだろうな」
『っ!?』
令示がさらりと述べた恐るべき事実に、三人は息を呑む「本当は単なる冗談ではないか?」という考えがアリサの脳裏をよぎるが、
令示の額に浮かぶ脂汗と固まったままの表情が、その話がまぎれもない真実であると物語っていた。
「令示君、あの女の人って一体どういう人なの…?」
おずおずと、すずかが疑問を口にする。
「魔人を生み出した張本人。そういう意味では俺の『親』とも言える。もっとも、そんな甘い関係じゃないけど」
「何だってそんな物騒な奴が海鳴に来たのよ?」
「ああ、その事なんだが…」
アリサの問いに、令示は少々苦い表情をしながらなのはへ視線を向ける。
「なのは、すまんが緊急事態だ。ジュエルシードの件を含めてアリサとすずかに説明するぞ」
「ええっ!? きゅ、急にそんな事言われても…! リンディさん達にもどう言うの!?」
「問題ない。四人の魔人と高町なのはは口止めされていたが、「御剣令示」は何も言われていないからな」
「にゃ!? それはちょっとずるいような気が…」
突然の宣言にわたわたと焦るなのはと、事も無げな様子の令示の言動を見ながら、アリサとすずかは話が読めずに首を傾げる。
なのはは眉間に皺を寄せ、困った表情で「いいのかなぁ~」と呟き、暫し頭を抱えて悩んだ後、ゆっくり彼へと頷きを返した。
「…それで、『あの女』が海鳴に来た理由だけど、この前までのなのはと俺の活動に端を発しているんだ」
なのはの頷きを視認した令示が語り出しのは、非常に突拍子もない話だった。以前令示からなのはとの行動についての概要を聞いて
はいたが、改めて詳細を聞くと驚きを禁じ得なかった。
ロストロギア──異世界の遺失技術の結晶、ジュエルシードと呼称される二十一個ものそれが、この海鳴市に散らばったのだという。
ユーノを連れて行った動物病院の事故や、街で起こった巨大樹の発生も、ジュエルシードの暴走によるものだったというのだ。
更に驚いたのは、そのジュエルシードこそが令示が以前語った悪魔化した原因たる『秘宝』であるという事、そしてフェレットのユ
ーノがジュエルシードを回収に来た異世界の魔法使い──魔導師であるという事だ。
なのは、ユーノ、令示の三人は協力してジュエルシードの回収に当たり、その後現れた別の魔導師フェイトとの衝突や、管理局と呼
ばれる組織との接触の後、彼女彼らとなのは、そして四体の魔人とで協力体制をとり、二十一個のジュエルシードをどうにか回収した
のだという。
「なんか異世界とか魔法とか…とんでもないスケールの話ね」
「うん。令示君の話を聞いたり、悪魔の姿とか見ていなかったらすぐには信じられなかったかも」
事が地球規模の災害にも成りえたかもしれないという事実に、アリサもすずかも呆けたような表情のまま呟きを漏らした。
「あのアリサちゃん、すずかちゃん…ごめんなさい、二人に本当の事言わずに黙っていたりして…」
俯いたまま謝罪の弁を口にするなのは。
それを見たアリサとすずかはお互いに目を合わせ、数瞬見つめ合った後、同時に大きく頷くと椅子を蹴って立ち上がり、なのはを左
右に挟み込むように並んでそれぞれが彼女の手をとった。
「馬鹿ね、そんなの気にしてないわよ。そりゃ黙っていられたのにはイライラしたけど、言いたくても言えなかったんでしょ?」
「うん…」
しょうがないな、と言いたげな苦笑を浮かべたアリサの言葉に、なのはがおずおずと頷きを返すとすずかがそれに続く。
「そうだよなのはちゃん。事情があるのはわかっていたし、令示君も話せる範囲で話してくれていたから、別に怒ってなんかいないよ?
…それに、こんな私と同じくらい小さな手で私達を守ってくれてたんだね。ありがとう、なのはちゃん」
「すずかちゃん…」
突然のすずかからの感謝の言葉に、目を見張るなのはに反対側のアリサも同じようにギュッと手を握り声をかけた。
「私たちだけじゃない、この街も、私やすずかの家族も、みんなを助けてくれたのよね。ありがとう、なのは」
「アリサちゃん……っ!」
二人の親友からの温かい言葉に、なのはは感極まり大粒の涙をポロポロとこぼしながら、肩を震わせしゃくりあげた。
アリサとすずかは、そんな彼女を黙って優しく抱き締めた。
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「さて、みんな落ち着いたようだし、話を続けていいか?」
「うう…」
「……」
「……」
淡々と話を進める令示へ、三人はチラチラと恨めしげな視線を送る。
高ぶった感情が平穏に戻ると、同時に令示の目前での己の言動を振り返り、彼女達は羞恥に頬を染め、彼を直視出来ずにいた。
「最後のジュエルシードの回収の時、複数個のジュエルシードが纏まって暴走を起こし、次元震が起きる寸前だった。俺は自分の体内
にあるジュエルシードを全力で発動させて、その力をぶつけて相殺する事で次元震を止めたんだが、その際に力を出し過ぎたせいでア
マラ深界──まあ、わかりやすく言えば魔界にいた「アレ」に俺という存在を気付かれる羽目になったんだ。
で、どうやらその一件で興味を持たれたらしくてな、あの通り俺に接触して来たという訳だ」
「…あの女の目的は? あんたと話をしに来ただけって訳じゃなさそうだったけど?」
アリサの問いに、令示は「ああ」と頷きながら口を開く。
「どうやら自分の住処と随分と違うこの世界に興味津々らしい。悪意や害意を持って行動する気は無いらしいし、「アレ」の性格上、
直接ちょっかいをかけて来る事はまず無いとは思うが、かなりの曲者である事は事実だ。何にせよ用心して、さっきも言った通り「ア
レ」を見かけても近付かないでくれ」
「う…わかったわよ…」
「頼むよ」と真剣な表情で念を押してくる令示に気圧されるかたちで、アリサは不承不承といった感じで肯定の意を返した。
「よし。じゃあ俺の、それとなのはの事情はこれで話し終ったし、さっさと気分変えて普通にお茶会を楽しむとしようか」
「うん!」
「そうだね」
令示が笑顔を作りパンパンと手を打って場の雰囲気を改めると、なのはとすずかがそれに同調し大きく頷く。
が──
「ちょっと待った! まだ終わってないわよ!!」
三人の目前にバッ! と掌を突き出し、アリサがストップをかけた。
「な、なんだよ…まだ何かあるのか?」
その勢いに若干気圧され気味になる令示。
それに対しアリサは「ニヤリ」という擬音が合いそうな、口端を吊り上げる悪役じみた笑みを浮かべると、再びすずかへ目配せを送る。
合図を受け取ったすずかも、楽しそうに悪戯っぽく微笑み、アリサとともになのはの傍から離れると、今度は令示の左右に立つ。
「ちょっと二人とも、今度はなん──」
その行動に令示が疑問の声を上げるよりも速く、二人は彼の手をしっかりと掴んで握り、
「あんたもなのはと一緒にこの街を守ってくれたんでしょう? ちゃんとお礼を言わないとね。 ア・リ・ガ・ト・ウ・令・示♪」
「私達を守ってくれて、ありがとう令示君」
「い、いや、ほら、俺はサポートで? メインはなのはがやってたからまあ、大した事はないって…」
真っ直ぐに二人から向けられた視線から目を逸らし、令示はしどろもどろなりながらそう答える。
するとその途端、なのはが勢いよくテーブルを叩いて立ち上がった。
「そんな事ない! 令示君がいなかったら、私もあんなに戦えなかったしフェイトちゃんやプレシアさんだって助けられなかったよ!」
令示の自己評価に対し、真っ向から異を唱えるなのは。
「いや、あれはその…偶然の要素も大きかったし」
令示は更に小さくなった声で異議を唱えようとするが、そこにアリサとすずかが一気に畳みかけた。
「ほら、なのはもああ言ってるじゃないの。謙遜なんかしてないで素直に受取っておきなさい」
「そうだよ。私達を助けてくれた人が何もしなかった訳ないもの。もっと自信を持って」
「む、むうう…」
三人に持ち上げられ、令示は所在なげに俯き、唸りを上げる。
「そうそう照れない照れない。ま、私たち三人を一人だけ大人振って見ているのが気に喰わなかったってのもあるけどね」
「そっちが本音かよ!?」
アリサの漏らした声に、令示が顔を上げてツッコミを入れる。
「あら、心外ね? 感謝してるのは本当よ?」
言いながらアリサは令示の手をぎゅっと握り、怯む事なく満面の笑みを浮かべる。
「もう、アリサちゃん。あんまりからかったらダメだよ? 令示君、アリサちゃんも私も、本当に助けてもらったって思っているからね」
「コイツの場合はシチサンで悪戯心の方が勝ってるだろ…」
すずかのフォローに対して、令示はアリサへジト目を送りながら苦々しそうに呟く。
「フフン、いつも人の事をからかうんだから、この位やり返したってどうって事ないでしょう?」
令示の視線を鼻で笑い飛ばすアリサ。
「にゃははは…」
そのやりとりを眺めながら、なのはは力の抜けた笑いを漏らした。
「あっ、そう言えばさ、四体目の魔人ってどんな奴よ? 気になるわ」
「あ、それ私も気になる」
とその時、アリサは先程の話の中にあった、まだ見ぬ令示の悪魔形態の話しを思い出して疑問の声を発すると、すずかもそれに頷き、
同意を示した。
「…デイビットっていうヴァイオリン奏者の悪魔だよ」
「ええっ!? 何ソレ、変な悪魔ねえ。ちょっと気になるわ、ここで変身して見せなさいよ」
「ここでかよっ!? メイドさんとかに見つかったらどうすんだよ!?」
ワクワクとした様子で瞳を輝かせ、無茶振りをしてくるアリサに思わずツッコミを入れる令示。
「大丈夫よ。家の人間なら必ずドアをノックして、OKを貰ってから入って来るから」
「私も見てみたいなあ。私もアリサちゃんもヴァイオリン習っているから、余計に気になるしね」
令示の抗議もなんのその。アリサは余裕でそれをいなし、すずかは彼女に同調する。
「わかったよ…それじゃあなのは、フェイト見送った時の曲やるから歌やって」
「にゃっ!? 私も!?」
渋々といった感じで了承した令示に、突如として話を振られてなのはは驚きの声を上げた。
「当然だ。俺一人針の筵に居るような思いは御免だ。一緒に地獄に落ちてくれ」
追い詰められた犯罪者のようにやけっぱちな笑みを浮かべる令示の言葉に、アリサとすずかが興味を示す。
「なになに? なのはも歌うの?」
「あ、聞きたいな。プールに行った時にもなのはちゃんの歌は聞けなかったし」
「にゃ~~!! みんなのいじわる~~!!」
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…はしゃぎ回る四人は知らない。
後に街で起きる奇っ怪な事件に、自分達が巻き込まれる事に。
閑話 海鳴の休日 了
どうも皆さんお久しぶりです! やっとこさ新章突入──とはならず、その前の空白期のお話になります。
映画公開前に完成させたかったのですが…間に合わなかった。
ちなみに映画は昨日三連続で観て来ました。なのはのフィルムゲットしましたー!
リインフォースの腕のナハトヴァールかっけえ! アレはパイルバンカーか! パイルバンカーなのか!?
リインフォースとシグナムのボディコンスーツと、シャマルの下着姿ガン見したw
しかし〇〇〇〇の存在が完全になくなっているとは…〇〇〇汚い。超汚い(公開直後の為自主検閲)
とまあ、映画面白かったです。
さて今回は前回に続いて閣下連続登場です、が、相変わらずエロいなぁ、この人。
この人書いてると無意識のうちにセクシャルな表現に走っているような気がしますw
この後、悪魔退治編を何話かやった後、「A´s」編に入る予定です。が、予定通りに行くかなぁ…?
では、今日はこの辺で失礼します。次回更新時にお会いしましょう。
P.S
遅ればせながら、舞様ご結婚おめでとうございます。(嫁候補って、マジだったんすね…)
P.S2
その他板にライドウの小説をアップしました。よろしければご覧ください。